白い海、死にたい青い空、吹きかける死にたい潮風。
あれからトトリちゃんを待って死にたい出港をして三日、順調に死にたい。
「はあ……」
甲板から上半身を出して海を眺めていると、母なる海に全てを投げ出したい気分になってくる。
今ならプランクトンの体当たりでも死ねる気がするし……。
「何黄昏てんのよ」
ふと肩を叩かれて振り返ると、そこにはメルヴィアが。
「おう、死にたいメルヴィアじゃないか、別になんでも死にたいで死にたい」
「……今にも死にそうな」
「分かってくれるか……」
「ええ、大分分かりやすいわね」
妙に真顔で頷くメルヴィア、しかしそうか流石に付き合いが長いだけある。
顔色とか言葉の端々から分かってくれたんだろうな、持つべきものは友人だ。
「では語ろう、俺がなぜこんなに死にたいくらいに落ち込んでいるかを……」
「あ、そういう流れなのね」
そういう流れだろう。
「事の発端は俺がパメラさんに悪霊と言い放った事だ……」
水平線の向こうを遠い目で見つめ、俺は話し始めた。
「アウトじゃないの」
「それで、出港前に謝りに行ったんだ……そしたらなんて言われたと思う!」
思わず目から涙が零れ落ちそうになる。むしろ現在進行形で泣いている!
「……『アカネ君なんか嫌いよ、もう許してあげないんだから~』だってよ」
「無駄に似てるわね」
思い返してみれば、ぷんすか怒るパメラさんもまた素敵だった。
だが、その時はそうは思えず……。
「そして俺は浮かぶパメラさんにビビりまた逃げた」
「とんだダメ男ね」
「っく、潮風が目にしみるぜ」
パメラさんに嫌われるとか、もうアランヤ村に行く意味が見出せない。
いや、この世界にとどまる理由すら見失いかけている。
「死にたい……」
「一方的に話して落ち込まないで頂戴よ、うっとうしいわね」
「そして、俺は船着き場に行ったんだ」
「ああ、まだ続いてたのね」
それだけだったらまだ俺は一日くらいしたら落ち着いてたんだろうなあ。
「そこにはトトリちゃんとグイードさん、さらにマークさんがいた。そこまでは良かったんだ」
やたらと良い笑顔で去っていくマークさんの顔を今でも覚えている。
あの時点で気付ければよかったのだが、人生の価値観ゲージが一ミリも残っていなかったせいでそのまま船に乗ってしまった。
「舵をみてみると中心には赤いボタンが……」
「ああ、あれね。押してみたいんだけど何なのアレ?」
「何なんだろうな……」
前回は超加速だったから今回は飛行モードとかかなあ……。
ただマークさんのことだからきっととんでもない物に決まっている。
押すなよ、絶対に押すなよを素でやる人だからな。
「後輩君とトトリちゃんがちらちらとあのボタンを見る度に俺の胃が痛くなって……」
「だから何なのよアレ」
「押した瞬間俺は船から飛び降りるからな」
横に来ていたメルヴィアを割とガチで睨みつけた。
「もしかして、自爆スイッチとかなの?」
「限りなく近いな。正確には自殺スイッチだ」
今回のはトトリちゃんの船だからまあ死ぬような危険はないのかもしれないが、それでも俺はそう呼ぼう。
「パメラさんに嫌われた事、船にスイッチがある事。まさにこれこそダブルショック幽霊なんかに出会うよりももっと奇怪な遭遇……」
「幽霊に会ってるじゃないの」
「…………」
なんだか急に元の世界に帰りたくなった。
俺の言葉に理解を示してくれる友人がほしい。
「とりあえずパメラさんの機嫌をどうやって取るかを考えよう」
メルヴィアの方を向いてそう言ったら、スゴイ嫌そうな顔をされた。
「友達だろ」
「何が悲しくてあんたのそんな相談にあたしが乗らなくちゃいけないのよ」
「……死にたいなあ」
再び海に視線を落とした。
「俺に死んでほしくなかったら相談に乗る事だな」
「それじゃあ元気出しなさいよ」
肩を叩いて離脱しようとするメルヴィア、恐ろしい……。落下自殺を図る人見たら、とっとと落ちなさいよって突き落とすタイプの人だよ。
「ここはパメラさんの機嫌を直すために考えていた方法でご機嫌をとろう」
「口に出して興味を引くのは卑怯だと思うわよ」
「まあ、そこに立ってろ」
三日悩んだ結果、一番パメラさんの機嫌を直せそうな方法だ。
茫然と立つメルヴィアの後ろに回り、俺は口を開いた。
「題して、甘い言葉作戦」
「あ、甘い言葉!?」
何言ってんだこいつ、みたいな様子で目を見開きこちらを振り向こうとしたが、俺は顔を押さえつけ耳元に顔を寄せた。
「や、やめなさいよ気色悪い!」
バタバタと暴れるメルヴィア。何こいつは顔を少し赤くしてるんだ気色悪い。
そんな思いとは裏腹に、俺は撫でるようにできるだけ甘ったるい口調でそっと囁いた。
「…………クリームパン」
「っく」
あ、ちょっと笑った。
「そこそこ受けると思う」
メルヴィアを離して、二、三歩下がった。
これをパメラさんにやれば、もうお茶目さんみたいな感じで和やかなムードに持っていけるはずだ。
問題は俺がパメラさんにそこまで接近するのに耐えられるかどうかだ。
幽霊的な意味でも、かわいさ的な意味でも。
「た、確かに甘い言葉よね」
笑いをこらえているようでまだ微妙に顔を赤くしていた。
心の中でいけると確信していると、マストの影に動くものが見えた。
「何で隠れてるんだ? トトリちゃん」
「ひゃ! え、えっと……その……」
おずおずと出てきたトトリちゃんは微妙に気まずそうに目を逸らしていた。
瞬間的に心得た俺とメルヴィアは素早くアイコンタクトを交わした。
「別にちょっと甘い言葉を囁かれだけよねえ?」
「イエスイエス。よーし、トトリちゃんにもやったげよう」
「え、ええー!?」
驚くトトリちゃんの後ろに素早く回り込んだ。
結果、二人とも怒られた。
そして翌日、南の島に着いた俺たちは船を降り、砂浜に立っていた。
「ここが聖なる島ノヴァ、精霊よ俺を導いてくれ」
「ぷに……?」
頭の上でぷにが質問してくるが、この単語の羅列には何の意味もない。ただの気分だ。
「よーし後輩君、この島の一番東にある伝説の剣エクスカリバーを取りに来たのは知っての通りだ」
「え? そうなのか?」
「アカネさん、ジーノ君に変なこと吹き込まないでください」
怒られた。きっとまだ昨日の事を怒ってるんだろう。
「んじゃエターナルソードで」
「お、カッコイイなそれ!」
頭の上に手を置いて撫でてやった。やはり後輩君は分かってる。
「まあ冗談はこれくらいにして、とにかく目的地までは金目の物をメインに進むぞ」
昔の海賊の宝とかが都合よく見つかってくれたら嬉しい。
「ぷにぷに」
「まあ人生そんなうまくいかないよな」
「せんぱーい、早く行くぞー!」
気づけば、後輩君を先頭に皆が歩みを進めていた。
迷子になった。
「…………テラかっけえ」
「ぷに……」
俺の手の中には金色のカブトムシみたいな生き物がいる。
これを子供に見せればその日のヒーローになれるだろう。
「ロイヤルヘラクレスオオカブトと名付けよう」
「ぷに」
森を歩いていて金塊かと思ってふらふら近寄っていったらこの有様だよ。
「お土産に持って帰ろう」
ポーチにねじ込み、俺は元来た道を戻って行った。
しかし、当然の様にまた迷った。
「……うめえな」
「ぷに」
歩いていたら森の中を金色の羊が歩いていたんだ。
こりゃ金になるぜと思い闘いを挑んだら意外と強くて、さらに迷子になったんだ。
そして現在、毛を刈り取り、解体して肉を食べている。
金になると良いなあ、この金色の羊毛。
「……先頭と俺たちの間で次元が歪んだとか言ったら許してもらえるかな?」
「ぷにぷに」
「やっぱ無理だよな」
溜め息を一つ吐いて、俺は立ち上がり太陽の場所を見て言った。
「とりあえず東に行くか」
「ぷに!」
こんなんでも熟練の冒険者のはずだよなあ、俺。