アーランドの冒険者   作:クー.

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謝罪と信頼

 ギルドに行った翌日、俺はアトリエの前でドアに手を掛けては離すを繰り返していた。

 

「トトリちゃん、魔が差したんです。許してください」

「ぷに」

「いや、これはなんか男らしくないだろ」

 

 最近ただでさせ靴舐めるとかで俺の漢ポイントが下がってるんだし、ここはもっとクールで知的な大人っぽい言い回しがほしい。

 それによりアカネさんはクールでカッコイイ、でも死んだふりなんてユーモラスな一面もある素敵っ!

 

 ……みたいな感じでうやむやにしつつ好感度の上昇を図りたい。

 

「よし、クールな文学青年な謝罪方法で攻めるとしよう」

「ぷに……」

「またややこしくなるって? 安心しろ、今日の俺はマジだ」

「ぷに~」

 

 完治には程遠い右手でポケットからメモ帳とペンを取り出し、俺の想いを書き綴っていった。

 

「明けぬ夜、身を焼く悔恨を胸に男は一人苦痛に耐える、されど救済の星々は降り立ち、黒き衝動を闇へ溶かす。夜は明け、贖罪を繰り返す日々は幕を開ける」

「ぷ……ぷに?」

「あ、ああ、俺も驚いてる」

 

 まさか俺に詩の才能があったとは、この俺の感受性の豊かさと自由奔放さがこの名作を作り上げてしまったんだ。

 これでトトリちゃんも俺の思い悩んだ心を理解してくれるはずだ。

 

「ぷ、ぷにに?」

「学のないお前に解説してやろう。噛み砕いて言えば、夜の領域でアカネ君は苦しんでいましたが、皆が来て助かりました。でも迷惑かけたから謝らないとってことだ」

「…………」

 

 足元のぷにが口を大きく開けてポカンと俺の事を見ていた。

 ふふっ、感動で言葉も出ないと言った様子だな。

 さあ待っていろトトリちゃん、この冒険者かつ錬金術士かつ吟遊詩人な俺の言葉を君に届けよう。

 

「ぷに!」

「なあ!?」

 

 何を思ったのか、ぷにが俺の手元に飛びかかって来た。

 紙が破ける音と共にぷには視界から消え、後に残ったのは白紙のページだけたっだ。

 

「何が気に入らなかった」

 

 視線を下に落とすと、たいそうマズそうな顔で紙を咀嚼しているぷにがいた。

 おそらくあれ一枚で十万コールの価値はあったはずだ。

 

「いや待てよ、よくよく考えてみるとおかしいか……」

「ぷにぷに」

 

 ぷにがようやく分かってくれたかといった様子で鳴いている、まさかぷにに詩の教養があるとは思ってもみなかった。

 

「そうだよな、うん、韻を踏んでなかったもんな」

「ぷに……」

「良い作品は一日にして成らず、よし一旦宿に戻るぞ!」

「ぷに!? ぷに! ぷに!」

 

 戻ろうとする俺の足に噛みつくぷに、これは不器用でもいいからお前の想いをこの場で作り上げろよってことなのか?

 

「アカネ君、とりあえず中入ったら……?」

「あ、師匠」

「ぷに」

 

 左を向けばそこには苦笑いの師匠がいた。

 退路を断たれた。プランB・いつも通りに移行しよう。

 

 師匠の後に続きアトリエに足を踏み入れ、俺は謝罪ターゲットを補足した。

 対象は無防備にもソファで本を読んでいる、そんなんじゃあ俺の謝罪を防げないぜ? ガール。

 

「ダメだ。頭が悪い」

「えっ?」

「えっ?」

 

 俺が小さく呟いた言葉に、師匠は驚いたように目を見開いて俺の方に振り返ってきた。

 思わず俺も聞き返しちゃったけど……怒っていいところなのか?

 

「あっ、アカネさん……」

 

 トトリちゃんは俺に気付くと顔を上げ、俺のギプスが付いた左腕に視線をよこして少し申し訳なさそうに目を伏せた。

 ただ俺がした仕打ちを覚えているのか顔をそっぽ向かせた。

 

「ぷいっ」

「――っ」

 

 口に出してそっぽ向くトトリちゃんが可愛いという感情と本格的に嫌われてないかという不安と一瞬心配するトトリちゃんがツンデレっぽいという三つ巴の闘いが繰り広げられた。

 

「アカネさんなんて知りません」

 

 古来より本当にどうでもいい相手は無視するというアクションで接すると言われております。つまりまだ挽回できる。

 ピアニャちゃんの時なんて空気みたいな扱いされたからな、ここできっちり謝れば大丈夫だ。

 

 俺は未だに首を元に戻さないトトリちゃんの前に立ち、口を開いた。

 

「えっと、トトリさん、アレはちょっと悪ふざけが過ぎました申し訳ありませんでした」

 

 頭こそ下げないものの口から出るのはクールでもなんでもない普通な言葉だった。

 微妙にギスギスしたこの空気ではある意味正解かもしれないが。

 

「……本当に怖かったんですからね」

「う、うむ」

 

 顔を下に伏せ、沈んだ口調でそう言ってきた。特に責めるような口調ではないけど、心が痛い。

 

「わたしの投げた爆弾でアカネさんが、し、死んじゃったんじゃないかって……」

「あ、うん。本当に悪かった」

 

 顔を上げたトトリちゃんの目には涙が溜まっていて、俺のノミの様な精神は罪悪感に押しつぶされてしまった。

 確かにトトリちゃん視点から見たらあの状況は洒落になってないもんな。

 

「もう心配させないでくださいよ?」

「はい、もう心配とか掛けさせません」

「……約束ですよ?」

「ん、これからはもうちょっと皆に頼るよ」

 

 トトリちゃんは満足したように頷き、袖で涙を拭った。

 すると、タイミングを見計らっていたようで師匠が声をかけてきた。

 

「二人とも仲直りできてよかった~、早速皆でお茶にしよう」

「あいよ」

「分かりました」

 

 トトリちゃんは打って変ったように笑顔になってくれた。

 流石は師匠感謝してもしきれないな。

 

 

 

 

 

 わだかまりもなくなり、パイとお茶でのティータイムを楽しんでいた。

 

「しかしあの時は演技とは言え指輪壊してゴメンな」

「わたしは気にしてないよ?」

「わたしもです。アカネさんも悪気があってやったわけじゃないですから」

「そう言ってもらえると助かる」

 

 あの時は本当に仕方がないとはいえ苦渋の決断だったからな。

 結局意味はなかった気がするけど。

 

 まあしかし、あんな事の後でもこうやってお茶を楽しめるって言うのは贅沢な事だよな。

 俺は感慨にふけるように紅茶の入ったカップを傾けた。

 

「そうだ。アカネさんって本当はどこから来たんですか?」

 

 贅沢の対価の時間だ。

 

「そう言えばあの時勢いで聞いてなかったね。わたしも気になるな」

 

 え? どうしたらいいの? あんな真面目に謝った後にこの話していいの?

 もしここで正直に話したら……。

 

 

 

「実は異世界から来たんだぜ。気づいたら林にいたんだぜ」

「バカにしてるんですか! もう知らない! 二度と顔も見たくないです!」

 

 

 

 なんてことになっても何ら不思議はない。

 どうしたらいい、この二対のキラキラと眩く輝く瞳にどう対処しら良いんだ……。

 

 でもできることならもう嘘ついたりとかしたくないしな。

 正直に言ったら師匠辺りは、ああ異世界? わたしも昔言ったことあるよ。みたいな反応示してくれたりとか……ないよなあ。

 

 やっぱり正直に言うしかないよなあ。

 

「その……だな。異世界から来て、気づいたら林にいました」

「「え……?」」

 

 二人の同様の言葉が見事に重なった。

 すると師匠が俺に取り繕ったような笑顔を向けてきた。

 

「その、アカネ君……今からお医者さんに行かない? えっと、悪魔さんの後遺症とかあるかもだし……他意はないんだよ」

 

 頬に汗を浮かべて師匠は躊躇いがちにそう口にした。

 他意はないって単語ってさあ、これってもはや他意はありますって言ってるのと同じだよなあ。

 ちくしょう、まさか師匠にこんな可哀想な子を見る目で見られるなんて。

 

 かといって今すぐここで異世界の証明なんてできないし、できてたらとっくの昔にやってるし。

 俺がもうちょっとおとぎ話の異世界の王子様みたいな感じでイケメンだったら信じてもらえたのかもしれない。

 まさかこんなところまでただしイケメンに限るが適用されるとはな。

 

「…………」

「……ぷに?」

 

 どうしようか、思い悩んだところでテーブルに乗っているぷにが目に入った。

 

「家のぷにちゃんを見てくれ、どう見てもこの世界の生き物は思えないだろう?」

「ぷに!?」

 

 ぷにが驚いて俺の方に振り返るが、俺はポーカーフェイスを崩さずに言葉をつづけた。

 

「明らかに普通のぷにじゃあない、実は俺の世界にいるぷになのさ」

「ぷに! ぷに!」

「アカネさん、無理がありますよ?」

「ちっ」

 

 大分冷静に諭されてしまった。

 

「大丈夫ですよ、わたしはアカネさんが嘘をついてないって信じてますから」

「と、トトリちゃん……」

「そりゃちょっと前まで嘘をつかれてましたけど、それだけで疑ったりしませんから」

 

 頬笑みの女神……ああ、今俺の目の前に君臨されている。

 なんだろう、心なしかトトリちゃんの後ろに後光が差しているような錯覚さえする。

 無条件の信頼、これはとても素晴らしいものだと私は思いました。

 

「あ、ちょっと泣きそう」

「あはは……わたしだって本当は信じてるよ。さっきのはちょっと困らせてみようかなって」

「まさか師匠の演技にだまされる日が来るとは……」

 

 心中複雑になりながらも、俺は自分の口元が緩むのを感じた。

 

「異世界ってよく分かりませんけど、力になれる事があったら協力しますからね」

「わたしも! わたしも師匠だから頑張るよ!」

「ぷにぷに」

「ん、皆ありがと」

 

 いくら感謝の言葉を言っても言い尽くせない。 

 正直本当に帰れるのか自分でも信じ切れてないけど、やれるところまでは頑張ってみようと思える事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言った物の何から手を付けていいやら。

 

「やっぱりトラベルゲートとかから研究してみるかねえ」

 

 錬金術でこいつは半端ないと思った物ランキングベスト3のトラベルゲート。

 空間を飛び越えてるって辺りで共通点はありそうだ。

 

「うーん、こんな時師匠がいてくれたらなあ」

 

 一緒に本で調べ物をしてくれている師匠がそう口ずさんだ。

 

「師匠って、師匠の師匠?」

「うん、アストリッド師匠。すっごい錬金術士なんだから!」

 

 何故か師匠が威張っているが、師匠の師匠となればきっとさらに天然だったりするのかもしれない。

 もしかしたら逆に恐怖の大魔王キャラであるという可能性も否めないが。

 

「そういや師匠の師匠って今どこにいるんだ?」

「えっと、旅に行ったきり連絡もないからわたしもよく分からないんだ」

「むう、まあでもいくらなんでも異世界の事なんて流石に分からないだろ」

 

 俺がそう言うと、師匠は甘いよと一言言って、思い出すように目を閉じて先をつづけた。

 

「師匠は本当にスゴイんだもん。何ができてもおかしくないんだから……ちょっと困った所もあるけど」

「ふむ、そんな師匠が旅に出てるとすると……」

「うん、きっとスゴイ物を作って帰ってくるんじゃないかな。私たちには想像もつかないような」

 

 超天才が作り出す凡人には想像もつかないようなアイテムか……。

 自由に空を飛ぶとか一瞬で城を立てちゃったりとか、きっととんでもない代物なんだろうな。

 もしかしたら不老不死なんて可能性も捨てきれない。

 こう、師匠とか可愛い子の美しさを永遠に保ちたいみたいな精神で……ないな。

 俺の削りきられた倫理観でも流石にそれには手出しできない。

 

「ほむちゃんにも会いたいし、早く帰ってこないかなあ師匠」

 

 どことなく寂しげな様子で師匠は窓の方を向いてそう呟いた。

 その気持ちは今ならよく分かる。

 

 よくよく考えたらもし帰れたとしてその後どうするかだよなあ、帰ったら帰ったで今度はこっちが恋しくなるだろうし。

 簡単に行き来できるとも思えないし、俺が二人いたらあっちにもう一人置いて帰ってきたり出来るんだけど……。

 

「はっ!」

「? どうしたのアカネ君?」

「いや、ちょっと神の様な発想が頭に浮かんでしまった」

 

 俺はトラベルゲートについて書かれた本を本棚から取り出し、開いて読みこんだ。

 もしも、もしも意図的にミスを加えて転送元と転送先二つに同一の人間を存在させるようにしたら……。

 

 一人のトトリちゃんが二人、いいや三人、俺の意思によっては四人五人と言う事も可能だ。

 なんという萌兵器、超軍事萌戦略兵器TOTORI誕生の瞬間である。

 

「後は俺がこの倫理観と言うちっぽけな物を手放しさえすれば……」

「よく分かんないけど、止めた方がいいと思うよ?」

「だよなあ」

 

 生憎そういったマッドな方向に進むと一気にこの世界の世界観を崩壊させる事ができてしまう。割とマジで。

 例えばホムンクルスを大量生産して冒険者需要を衰退させるとか。

 

 今度トトリちゃんに釘刺しとこう。

 ホムちゃん関連ではあの子は一体何をするか分かったもんじゃないからな。

 

「恐ろしいな錬金術」

 

 実は本当に錬金術関連のせいでこの世界にいるんじゃないかという疑いが俺の中に芽生えましたマル。

 

 


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