魔法少女リリカルなのは―畏国の力はその意志に―   作:流川こはく

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プール回。2.5話のあれです。


第六話『人の夢と書いて儚い』

「ジュエルシード、シリアルXX! 封印!」

 

≪Sealing.≫

 

 ここは夜の小学校。ジュエルシードの気配を感じたなのはとユーノは、封印するために家を飛び出した。家族にばれないように窓から、文字通り飛行魔法で飛んでいった。

 

「ふー、順調に封印出来てるね」

「うん、この調子で頑張ろう。なのは」

「あ、ユーノ君明日のことなんだけど、実は新しくできた温水プールに行こうって話になってるんだ」

「そうなの?」

「うん。それで、せっかくだからユーノ君も一緒に行こうね」

「え」

「アイリ君も来るから、着替える時にこっそりジュエルシード回収できるかもよ」

「えと、うん。そうだね……頑張るよ」

 

 次なる舞台はレジャー施設。

 その地に眠る、叶わぬ願い。

 たとえ正しく叶わなくとも、願望器は願いを汲み取っていく。

 多くの人を巻き込みながら、その魔法の石が巻き起こす奇跡とは……。

 

 

第六話『人の夢と書いて儚い』

 

 

 その日の放課後、なのはは親友のアリサとすずかとともに、かねてより楽しみにしていたレジャー施設へと向かった。

 

「すずかちゃーん! こっちですー!」

 

 声をかけてきたのは、月村家のメイドのファリン。

 現場には、既に他の面子が集合していた。月村家のメイドのノエルとファリンの姉妹。監視員として働くことになっている忍と恭也。そしてユーノを抱えた美由希とアイリがいた。

 恭也は、仕事の打ち合わせがあるからと一人先に入っていった。

 

「プール楽しみだね」

「泳ぐの大好きー!」

「あたしは、泳ぎを教わらないと……」

「アリサお嬢様、私がお教えいたしますよ」

 

 一様にプールに思いを馳せている。だが、アイリの顔は暗い。暗いというよりも赤かった。顔を赤らめながら、その小さな体をなんとか美由希の陰に隠そうとしていた。

 

「あれ、アイリ君どうしたの? 体調悪いの?」

「アイリったら、朝から僕は行かないーって騒いでたのよね。あたしが美由希さんに頼んで無理やり連れてきてもらったのよ」

「前は楽しみにしてたのになぁ。アイリちゃんどうしたのかな」

「うぅ……」

 

 アイリは別にプールが嫌いというわけではない。むしろ、以前は温水プールを楽しみにしていた。

 だが、この場にいる忍とつい最近気まずい思いをしたばっかりで顔を合わせるのが辛かった。

 

「アイリ君、その……前はゴメンね。アイリ君は魅力的な子だから、きっといつかいい出会いがあるよ。私とは、その、前みたいに話してくれると嬉しいなぁ、なんて」

「あ……、僕の方こそ、変なこと言っちゃって……ごめんなさい。その……が、頑張ります」

 

 気まずい雰囲気を作りながらも、忍はアイリと仲良くなろうと歩み寄る。

 事情を知らない周りの人々は、二人の作り出す空気に驚愕した。

 

(すずか! どういう事?! アイリと忍さん何かあったの?! いつ?いつの間にそんなことがあったの?! っていうか忍さん恭也さんと付き合ってたんじゃなかったの?!)

(わ、私は細かいことは知らないんだけど、私が誘拐されたときに何か悲しいすれ違いがあったみたいで……)

(あ、アイリ君が……。そんな、忍さんが好きだったなんて……)

(忍さんは凄いなぁ。私にもその魅力を分けてほしい……)

 

 気になりはしても、さすがに本人に直接尋ねるのは気がひけた。それに、話を聞く限り報われない類いの恋だったようだ。

 そうしているうちに入場し、更衣室前までたどり着く。

 

(なのは、僕はアイリについていくね。機会があればジュエルシードを確保するから!)

(うん。ユーノ君お願いね)

 

「あれ、ユーノどうしたの? 僕と一緒に行きたいの?」

「キュー」

「あははっ、可愛いなぁ。じゃあ一緒にいこっか!」

 

 ユーノを連れて、アイリは男子更衣室へと消えていった。

 

「うぅ、ユーノ君が羨ましいかも……」

「我が兄ながら、あんな無邪気な顔をされると気恥ずかしいわね」

「あはは……」

「あの子、男の子だけどすごく可愛いわよねー。男子更衣室で着替えて大丈夫なのかな」

「あ……」

 

 忍の指摘に、なのはは慌ててユーノに念話を繋ぐ。

 

(ユーノ君、そっちなんだけど……、混乱なんかしてないかな?)

(あわわ、なのはっ?! な、なんでもないよっ! 何も見てないから!)

(ユーノ君どうしたの?)

(なんでもないからっ、またあとでね!)

(ユーノ君? ……念話切られちゃった……)

 

 一同は、水着に着替えてプールに集まる。先に入った恭也も監視員姿で合流した。

 

「お姉ちゃん水着似合ってるよ!」

「あら、ありがとう。恭也はどう思う?」

「別に……いいんじゃないか」

「恭也さん、監視員姿かっこいいです!」

「おー、恭ちゃん監視員姿似合うー」

「む、そうか……。自分ではよくわからないな」

「恭ちゃんこっちはどう? みんなの水着姿は?」

「まぁ、その、なんだ……」

「あたしはどうですか?」

「あぁ……」

 

 アリサが身をねじって恭也に問いかける。

 女性だらけの場で、流石の恭也も気圧されていた。

 この場にいるのは美女ばかり。普段女性に囲まれることの多い恭也だったが、流石に水着の美女に囲まれるのは気恥ずかしかった。

 そこへ、遅れてユーノを伴ったアイリがやってきた。

 

「お待たせ。ユーノがなんか暴れちゃって……」

「あ、アイリ君。その水着似合ってるよ!」

「ありがと、なのちゃん」

「いや、似合ってはいるけど……」

「なんか、背徳的じゃないかしら」

 

 ユーノを胸に抱いたアイリは、空色のホットパンツの水着姿で登場した。中世的な丸みの帯びた体を惜しげもなく晒しており、その胸は膨らんでいないながらも幼い顔と相まって白い肌が妙に艶めかしい。

 アリサと似た顔をしていることからも、並ぶと姉妹にしか見えなかった。

 胸の中ではユーノが顔を真っ赤にしていた。もっとも、フェレットの顔色を判断できるものはいなかったが。

 

「アイリ、これを着てろ」

 

 そう言って、恭也は自分の着ているパーカーをアイリに着せる。

 

「え、なんで? 兄さん。泳ぐのに邪魔だよ」

「いいから、着てろ。絶対に脱ぐなよ」

 

 恭也は有無を言わせずアイリに服を着せた。アイリは不満を漏らしながらそれに従う。

 

(ユーノ君、ジュエルシード確保できた?)

(へ? あああ! 忘れてたー!)

(忘れてたって……。何のためにアイリ君についていったの……)

(その、いろいろあって……。でもあの子がペンダントにしてたジュエルシードをよく見てみたんだけど……、なぜかちゃんと封印されてるみたいなんだ。僕の知ってる封印方法とは違う感じだったけど)

(そうなの? たまたましっかり封印されてたのかな)

(全部同程度の封印しかされてないはずなんだけど……。それに前神社では確かに発動していたんだ……)

(それってどういうこと?)

(僕にもよくわからない……。でも、あのジュエルシードは普通にしてたら発動しないはずだから、しばらく放置しててもいいのかもしれない)

(そうなんだ。まぁ、それはよかったのかな。また夕方からはジュエルシード探しするね)

(ありがとう、なのは)

 

 なのはと念話しながら、ユーノは別の事を考えていた。それは、魔力を探る能力に長けたユーノだからこその気付き。

 

(なのはは気付いていないようだけど、この場所にはかすかに魔力の残滓がある。誰かの強い願いにジュエルシードが反応しようとしている? でもこんな場所で何を願うっていうんだろう)

 

「美由希、昨夜も話したが荷物周りには気を付けるんだぞ」

「うん、分かってるよ、恭ちゃん」

「どうされたんですか?」

「実はここのプール、近頃女子更衣室が荒らされたり、着替えや水着が無くなる事件があって……。更衣室事件の犯人は捕まえたんだけど、念のためね」

「それは物騒ですね……」

「でもせっかく遊びに来たんだし、楽しんで行ってね」

「はーい!」

「すずかちゃん泳ぐの速いんだって? 私と競争しようよ」

「負けませんよ!」

「アリサお嬢様はこちらで泳ぎの練習をしましょう」

「あ、お願いします!」

 

 各々思い思いにプールで遊ぶ。

 ウォータースライダーを楽しむものもいれば、付属の温泉を堪能するものもいた。

 なのはもひとまずの休息を楽しんだ。

 思えば、ここのところとんでもない出来事ばかり起きている。一週間前の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。そんなことを思い、なのはは一人苦笑した。

 

「こちら高町です。――はい、わかりました。すぐに向かいます」

 

 恭也が無線で見回りの連絡を受けて、プールサイドを発った。その様子を眺めながら、小さい浮き輪を駆使してゆったりと泳いでいたユーノは、ひそかに警戒していた。

 

(嫌な予感がする。ジュエルシードが発動する予兆を感じる……。もしかして、外部からの刺激を待っている?)

 

(なのは、ちょっと僕は付近を見てくるね)

(大丈夫? 迷子にならない?)

(大丈夫だよ。ちょっと行ってくる)

 

 そして恭也に引き続き、ユーノもその場をあとにした。

 だが、事件はプールで起こる。なのはは少し離れた部屋で休憩しており、ユーノは遠く離れていたため、二人はジュエルシードの発動に間に合うことが出来なかった。

 

 ――キィィィイン――

 

「これは、ジュエルシード?! こんなとこで発動?!」

 

(なのは! ジュエルシードが発動してるっ。急いで決結界を張ったけど、上手く範囲指定が出来なかったから取り残されている人がいるかもしれない!)

(えぇっー! ど、どうしよう! とりあえず発動してる場所に向かうね!)

 

 なのはが現場に着くと、そこには水が意思を持って人間を襲っている光景があった。

 

(やっぱり何人か結界内に取り残されちゃってる……いったい誰が……。って、にゃあああ! アリサちゃんにすずかちゃんにアイリ君!)

 

 そこにいたのは、全裸のアリサとすずか……、そして、全裸で水のお化けと戦っているアイリだった。

 それを見たなのはが思った心境は言うに及ばず。

 

 どうしてみんな水着を着てないの?

 

 

 

 

 アイリは当初泳ぐ気満々だったが、パーカーを着せられたせいで泳ぎにくくてしかたなかったので、仕方なく浮き輪の上に乗っかって水の流れに身を任せていた。

 暫くそうしてぷかぷかと漂っていたら、気持ちがよくなって寝てしまう。

 しかし、それも突然の大波によって起こされてしまうことになる。

 

「ごぼあぁっ! ……ごほっごほっ……、一体何が……、波のプールとか設定されてたのかな……」

 

 そしてアイリが見たものは、波よりももっと巨大なもの。

 それは物理法則を無視したかのように空高く伸びた水柱だった。

 

「おぉ、これは壮観……。え、これどうやってんの?」

 

 水が変な形を保って固定していることにアイリは驚く。

 その時、その水に向かって突入していく人影が目に入る。

 普通なら、そのよくわからないアトラクションに向かって遊びに飛び出した子供と思ったかもしれない。

 でもその少女は、というか自分の妹は、全裸だった。

 

「私の水着返せーっ!」

「アリサなにやってんの?! こんなとこで裸になっちゃだめだよ! ほんと何してんの! アリサは可愛いんだから変な人が寄ってきたらどうすんの!?」

「あ、アイリ! ち、違うわ! あたしは別に脱ぎたくて脱いだわけじゃ……」

「アリサちゃん……っ、あの水の上の方に私たちの水着があるよ!」

「うわっ! すずかちゃんまで?! 女の子が人前でそんなはしたない恰好しちゃだめだよ!!」

「きゃああっ! アイリ君、これは違うの! えと、その、取りあえず、こっち見なぃで……」

 

 アイリは慌てて着ているパーカーをすずかに着せ、アリサを人目から守るためにしっかりと抱き寄せた。

 可愛い妹の肌を衆人の目に晒すなど、あり得なかった。

 

「アリサ、家に帰ったらお説教ね。人前で裸になるなんて……、世間には怖い大人がいっぱいいるんだよ? アリサが考えもしないようなことをされるかもしれないだから。大体、姉さんや兄さんだってなんで止めないんだか。いくらなんでも悪ふざけが……って、あれ? なんか周りに誰もいなくない?」

 

 問いかけるも、力強く抱きしめられているからか、顔を真っ赤にしているアリサは答えられそうになかった。

 代わりにすずかが答える。

 

「急に誰もいなくなっちゃったの! それでなんかプールの水が急に襲ってきて……私たちの水着を取ってっちゃったんです!」

「人が急にいなくなったって、そんな馬鹿な……。いや確かにこの場には誰もいないんだけど。う、なんか嫌な記憶が……。それで、襲ってきたっていう水は、あの物理法則を無視したやつ?」

「あれです! あれが私たちの水着を……」

「あれ、なんかこっちに向かってきてない?」

「心なしか大きくもなっているような……」

「とりあえず逃げるよっ! って、あれ、足がなんかに掴まれてる?!」

「私もー?!」

 

 ザバーンッ!!

 

 大量の水が三人の上から降りかかる。

 上も下もわからないような浮遊感からなんとか抜け出し、水上に顔を出す。

 

「ゴホッ! 二人とも大丈夫?!」

「ケホッケホッ、あたしは大丈夫~」

 

 アイリがしっかりと抱きかかえていたアリサは無事だった。

 

「かほっ、無事、です……」

 

 次いですずかが顔を出した。

 

「よかった。って、あれ、すずかちゃんパーカーが無くなってるよ」

「きゃっ、ほ、ほんとだ。また……。って、あ、アイリ君……、その、……アイリ君も……」

「へ? ……って、うわああぁぁっっ?!」

 

 すずかだけでなく、アイリの水着もまた、水の化け物に奪われていた。

 思わずその場でしゃがみこむ。

 

「あ、アイリの水着もあの水の化け物の中に!」

「ええぇ……、なんなのあの水。ほんとに……」

 

 アイリは水着を取り返すために、仕方なく水の化け物に向かって相対する。正直、水着を狙い水の触手をうねうねと動かしている化け物は銃を手にした誘拐犯よりも相手をしたくなかった。気持ち悪さ的な意味で。

  

「二人とも少し離れてて……あれとは僕が戦うから」

 

 それでも、この二人をこんな不審物体に関わらせるわけにはいかない。

 水の化け物とは、水中から一直線に繋がっている。

 ならば、直線の水ごと弾き飛ばす!

 

 ――大地の怒りがこの腕を伝う!

 防御あたわず! 疾風――

 

「ハアアァッ、地裂斬ッッ!!」

 

 地面に沿って直進する衝撃波を放つ。

 それはプールの水を左右に弾き飛ばしながら、水の化け物に直撃する。

 

 ヴオオォォォッー!

 

 悲鳴を上げながら、水の化け物がはじけ飛ぶ。

 アイリを起点として一直線にプールの底が露出していた。それはまるで過去の偉人が海を割ったかのような光景だった。

 化け物の消失と共に、空から大量の水着が降り注いできた。

 

(あの化け物が抱えていたのか。これだけの水着をよくもまぁ……)

 

「ふー、なんだったんだ一体……。とりあえず恥ずかしいから水着を……」

 

 そうして自分の水着を探そうとしたアイリは、確かに見た。

 今さっき倒した水の化け物と同じものが、色んな所から集まってくるのを。

 そしてその奥で、二本の足で立ちながら怪しい魔法陣を展開しているユーノを。

 

「え、ユーノ? なんで……? ふにゃ……、あれ? 急に……ねむ、く……」

 

(まさか、犯人はユーノ? なんで、水着なんて……)

 

 多くの疑問を残しながらも、アイリはそのまま眠りについてしまった。

 

 

 

 

(なのは、三人ともとりあえず眠らせたよ)

(ナイスだよユーノ君!)

 

 三人に姿を見られる心配のなくなったため、なのははバリアジャケットを装着してその場へと現れる。

 そしてその場を見回す。

 裸で倒れている友達が三人。あたりに散らばる大量の水着。そしてジュエルシードの暴走体なのか、複数の水の化け物。

 

「ユーノ君、いまいちよくわかんないんだけど……、なんでジュエルシードが水着を集めてるの……」

「あ、と、その……想像なんだけど、ジュエルシードを発動させた人間の願いが、そうだったんじゃないかな。多分、捕まったっていう更衣室荒らしの願いとか興味とかの強い意志に反応して、その……それで多分女の子の水着を集めたいっていう願いをくみ取ったのかな……」

「えぇー……、強い意志って……、なんでもいいの?」

「それは僕に言われても……、とにかく、封印しないと!」

「うん。目標がたくさんあるんだけど、どうすればいいの?」

「一つ一つ、封印していくしかない。時間がかかるけど、頑張ろう」

 

《You can. If that's what you desire.》

「レイジングハート?」

《Imagine you're about to strike. 》

「うん、いくよ! レイジングハート!」

 

 なのははレイジングハートを構えて魔法を発動させる。

 すると全ての魔物に魔力拘束が発動する。

 

「これは?! こんなこと、まだ教えてないのに……」

「いくよ! レイジングハート! 許されざるものを封印の輪に……ジュエルシードシリアルⅩⅦ、封印!」

《Shooting.》

「シュ――トッ!!」

 

 杖の先から砲撃が放たれる。

 それは複数の化け物を同時に補足し、砲撃に包まれた化け物は悲鳴をあげながら宝石へとその身を変えていく。

 見覚えのある宝石をレイジングハートにしまうと、辺りに散らばっている水着が動き出して各地へ散っていった。

 

「ユーノ君、これはどういうこと?」

「魔法が解けたから、水着が持ち主のところへ戻っていってるんだ。何はともあれ、これで解決だよ。なのは」

 

 その場に残る願いの残滓ごと、ジュエルシードは封印された。

 名も無き男の切なる願いは、魔法少女の手によって暴走することすら許されなかった。

 

 

 

 

 アイリとアリサとすずかは、プールサイドで目が覚めた。

 

「あれ? あたし寝ちゃってたの?」

「いつの間に……」

「あははっ、三人ともぐっすりだったよ」

 美由希がそう答えるも、三人にはいつ寝たのかの記憶が定かではない。

 寝ぼけて、目をこする。周りを見回しても、変な水の化け物がいるなんて事はなかった。それに、水着だってちゃんと身に付けている。

 

「あれは、夢? ……何か非常にあれな夢を見た気がするわ……」

「は、恥ずかしくて確認できない……」

 

 アリサとすずかは顔を赤らめ、必死に思い出さないようにしようとしていた。

 だがアイリは違った。何故か寝てしまったけど、確かに覚えていた。あのよくわからない水の化け物、そしてそれを操っていたユーノの姿を。

 じっと、なのはの肩に止まっているユーノを睨み付ける。

 思えば、初めて会った時から少しおかしな感じがするとは思っていた。まるで、人に変化することのできる久遠を相手にしているかのような錯覚を覚えた。

 

 ――妖怪。

 

 アイリはユーノの正体に辺りをつける。

 じゃあ、なのははユーノにとり憑かれている?

 いや、妖怪にだっていい妖怪はいる。久遠がそのいい例だ。むしろ妖怪の実物は久遠しか知らないからあまり参考にならないが。

 嫌な感じはしない……。じゃあ、いい妖怪なんだろうか。でも、色んな水着をあんな風に集めている姿を見るとどこか不安になってくる。

 動物だから……、半分本能のままに動いてる?

 でも、人間の女の子に興味を持つなんて……もしかして久遠みたいに変身できる?

 ユーノは今何歳だろう。フェレットってイタチの仲間だから、人間換算すると相当歳いってるんじゃ……。

 もし成人男性にでも変身して襲いかかられたら……。アイリは嫌な想像をして背筋が寒くなる。

 なのはは大丈夫なのだろうか。もしかしてもう既に……、いや、たとえ妖怪が相手だろうと恭也と士郎がなのはに不埒な真似を許すわけがない。

 なら、純粋に女性の服に興味があるだけだろうか。犬が何でも物を集めるみたいにそういう習性があるんだろうか。

 わからない……。今までただ可愛いとだけ思っていたのに、素直にそのままの姿を見ることが出来なかった。

 というよりも、あんなに可愛いのに中年男性にでも変身されたらトラウマになるかもしれない。

 

(なのは、なんかアイリが顔を赤くしたり青くしたりしながらこっちを見てるんだけど……)

(えっ? あ、ほんとだ。えへへ、あんなに真剣な目で見られると恥ずかしいな)

(いや、どちらかというと疑いの目で見られてるような……)

(えええ?! な、なんで?! も、もしかして起きてたとか?)

(それは無いよ。それに眠らせてからは結界の外に出したから僕たちの事はばれてないはずだよ)

(良かった~。なら、なんでかな)

(わからない。でも、もしかしたら何かに気付きかけてるのかもしれない)

(そっか。アイリ君勘が鋭いしなぁ。じゃあこれからはもっと気を付けていかないとね)

 

 二人は微妙なすれ違いに気付けない。

 それが吉と出るか、凶と出るかはまだ誰も知る由がない。

 

 

 

 

「アイリ君何してるの?」

「うん、ちょっとした実験をね」

 

 なのはの部屋には、色々な物が並べられていた。

 ドッグフード、ほねっこ、メスのフェレットの写真、アリサの写真、ページが破かれた女の人の水着写真(父の書斎から失敬した)、アイリの部屋でタンスの肥やしになっていたキュロットスカート、さっきまでアイリが着ていたシャツ、などなど。全部アイリが自分の家から持ってきた物である。

 

「よし、じゃあユーノを部屋に入れていいよ」

「あ、うん。ユーノ君、入ってきていいよ」

「キュ」

 

 なのはの声につられてユーノが部屋に入ってくる。

 そして部屋の様子を見て固まった。

 

(なのは、これってどういうこと?)

(にゃはは……、私にもよくわかんないんだ。とりあえず頑張って! ユーノ君!)

 

 なのはに聞いても苦笑いで返される。

 一つわかることは、自分はアイリに何かを試されているということ。それならば、自分に出来ることは無事にこの試練をのりきることだ。

 部屋を見渡す。大まかに見て、写真か、食品か、服か……。

 まず食品に目をやる。しかし、ドッグフードなどを食べる気にはなれない。自分の体にはでかすぎるほねっこなど論外だ。

 服は正直どうでもいい。ただ、スカートは気にならないけど、シャツの方からは爽やかないい匂いがした。

 となると、やっぱり写真か。

 正直、フェレットには変身しているだけなので、他のフェレットの良し悪しがわからない。というより、他のフェレットの写真を見せてどうしようというのだろいうか。さすがに写真と現実を混同してるような演技はしたくなかった。

 他の写真に目をやる。綺麗系な女性が写った水着写真だ。そんな物が紛れているとは思わず、恥ずかしくなって少し声が漏れる。とっさに近くにあった布切れに顔を埋め、体を震わす。

 

 キュー

 

 なるべくその写真を見ないようにして、最後の写真に目をやる。そこに写っていたのは、はにかんだ笑顔の可愛らしい少女、アリサだった。

 それを見て、ユーノはようやくこのよくわからないテストに納得がいく。アイリが試していたのはアリサの事を大切に思っているか、その一点だったのだ。

 そうとわかれば、アリサの写真をさっきまで顔を埋めた布のところまで運び込み、布の上で写真を小さい舌で舐め続ける。

 

 キュキュー♪

 

 全力を尽くした、と自画自賛したユーノが顔をあげると、なにやら顔を青くしたアイリと目が合う。

 

 キュ?

 

「ひっ」

 

 あれ、気のせいかなんか怯えてないだろうか。

 一本前へ歩く。するとアイリも一歩下がった。

 もう一歩歩く。アイリは二歩下がった。

 もっと近づこうと前傾姿勢をとる。

 するとアイリはなのはを抱きしめて窓から飛び出した。

 

(ちょっと、ここ二階なのに?!)

 

 慌てて窓に駆け寄ると、アイリは遠くの家の屋根の上を飛び回っていた。

 

(な、なんて身体能力だ。魔法を使っているわけでもないのに……)

 

 ユーノはただ呆然と見送った。

 

 

 

 

「なのちゃん、その、ユーノになんか変なこととかされてないよね」

 

 実験は失敗だった。

 いや、違う……実験自体は成功だったのだ。期待していた結果にならなかっただけで。

 まさか食べ物やメスのフェレットには全く目を向けず、自分の服の匂いを嗅ぎまわり、アリサの写真を舐めまわすとは思わなかった。

 

「へ? 変なことって?」

「たとえば……押し倒されたりとか。下着を盗まれたりとか……」

「ふえぇ? 下着って……、そんな変態さんみたいなことユーノ君はしないよ。それに、いくらなんでもユーノ君みたいにちっちゃい子が押してきても何ともないよ」

「何とも無いならいいんだけど……何かあったらすぐに僕を呼んでね。すぐ助けに行くから! それに僕だけじゃなくて兄さんや姉さんも……、誰でもいいから絶対に助けを呼んでね!」

「嬉しいけど、なんでユーノ君がなのはを傷付ける話になってるのかがよくわかんないよ……」

「何かあってからじゃ遅いんだよ! とにかく、ユーノには気を付けてね!」

 

 動物というのは、本能で動くからある意味質が悪いのだ。

 

(何か対策をとらなくちゃ……)

 

 アイリは強く決意した。

 

 

 

 

 その日の晩、アイリは高町家の夕食にお邪魔した。とある提案をするためである。

 

「師匠、動物を飼うのって初めてですよね」

「ん、まぁそうだな。正直事あるごとに調べものをしている状況だよ」

「動物を飼うにあたっては、後々のためにやっておいた方がいいことが多々あるんです」

「あぁ、予防接種とかだな。今度獣医さんに頼む予定だよ」

「それもありますけど、他にも大切な事があるんです」

「そうなのか? 調べた感じじゃあ他になんかあるように思えなかったが……」

「それはペットによりけりだと思います。うちの場合はしないことが多いんですけど……。でもユーノには必要かもしれません」

「ほー、さすがは沢山ペットを飼っているだけはあるな。で、結局何なんだ?」

 

 そう言われてアイリはユーノをちらりと見る。

 そしてとんでもないことをいい放った。

 

「去勢しましょう」

 

 ユーノは今、人生最大のピンチだった。

 




魔法少女リリカルすくらいあ――始まります。

恭也さんは原作通り壊れた配管の温水攻撃に遭ってます。

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