魔法少女リリカルなのは―畏国の力はその意志に―   作:流川こはく

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やっとこさ原作突入一話目。
こちらユーノ君の説明会会場になります。


第五話『始まりの物語』

‘助けてっ! どうか、この声が聞こえているあなた。お願いです! 僕に力を……’

 

 それは小さな願いでした。

 願ったのは異界の少年。

 受け取ったのは、不屈の少女。

 

 そして、出会ったのは魔法の力。

 それは、多くの人々の運命を変えることとなった出会いの話。

 

 

第五話『始まりの物語』

 

 

 始まりは何だったのだろうか。

 夜、助けを呼ぶ声に導かれた時か。

 昼、傷ついたフェレットを助け出した時か。

 それとも、昨夜、化け物と戦う少年の姿を夢に見た時か。

 きっかけは何であれ、なのはが今杖を手に取り、異形の化け物と対峙しているという事実は変わらなかった。

 

 高町なのはは、私立聖祥大附属小学校三年生の平凡な少女である。両親と兄と姉の五人家族の末っ子で、母親譲りの栗色の髪をツーテールにとめ、藍色の瞳の中に、まっすぐとした信念を持つ可愛らしい少女だ。

 そんななのはが、夜中布団に入って寝ようとした時だった。

 

‘助けて……’

 

 どこからか、声が聞こえた。

 

「誰なの? どこにいるの?」

 

 周囲に人影はない。それも当然だ。ここは自分の部屋なのだから。

 

‘助けて……。この声を聞くことの出来る誰か……。早く、僕の所へ……’

 

 明らかに異常だった。

 頭の中に直接声が聞こえてくる。何故か声の持ち主がいる方角がわかる。

 普通の人なら、怖くて震えていたかもしれない。

 だが、なのはは進んだ。助けを求める声のもとへ走り出す。

 誰かが助けを求めていて、自分は向かうことが出来る。理由はそれだけで十分だった。

 

「ここは……、昼間の病院?」

 

 声の先は、槙原動物病院だった。

 ただ、昼間とは違う点が一点。

 病院の腹の部分に大きく空いた謎の空洞が、何か特別な事態が起きている事を物語っていた。

 

「きて……くれたんだね……」

「あ、うん。え……? えーッ?!」

 

 声にふりかえると、そこにいたのは昼間助けたフェレットだった。

 首に赤い宝石をぶら下げ、こちらに向かって話しかけている。

 

「えー?! 昼間のフェレット?! しゃ、しゃべれるの?!」

「時間が無いんです! どうか僕に力を貸してください! お礼は必ずしますからっ!」

「そんな事言ってる場合じゃ無いでしょーっ! 力って……、とにかく何すればいいの?!」

「あなたには資質があります。どうか、僕に力を貸してください。魔法の力を!」

「ま、魔法……?」

 

 いきなりおかしな話になった。いや、フェレットがしゃべっている時点で大分おかしいことには気付いている。

 自分はもう小学三年生だ。世の中に対しての分別はついているつもりだ。いや、……つもりだった。まさか世の中の方がずれていたなんて……。

 少し離れた所で、真っ黒で大きな化け物が動いているのが見える。きっとあの化け物が病院を壊したのだろう。

 あんな化け物がこっちにやって来たら、とてもじゃないが対抗できない。

 

「これを持って、僕のあとに続いて起動ワードを唱えて!」

「起動ワード? よくわからないけどっ、わかった!」

 

 そういってフェレットは首にかけていた宝石をなのはに差し出す。

 

「我使命を受けし者なり」

「わ、われ、使命を受けしものなり……」

「契約のもと、その力を解き放て」

「えと、けいやくのもと、その力を解き放て……」

「風は空に、星は天に」

「風は空に……星は……天に……」

「不屈のこころはこの胸に」

「不屈のこころはこの胸に!」

「この手に魔法を……」

「こ、この手に魔法を……!」

 

『レイジングハート、セット・アップ!』

 

《Standby ready setup.》

 

 宝石から桜色の魔力が立ち昇る。

 その光景に、フェレットが声を洩らす。

 

「すごい魔力だ……。AAクラス、いやAAAレベルはあるかもしれない……! 落ち着いてイメージして! 君のだけの魔法の杖の姿を! そして君の身を守る防御服の姿を!」

「えーと、えーと! いきなりそんなこと言われても~!」

 

 桜色の光がなのはを包み込む。

 宝石を核に、白と金をベースにした錫杖のようなものが現れる。

 なのはの姿も、今着ていた服から、私立聖祥大付属小学校の制服に似た形のそれへと変身する。

 とっさにイメージした姿が、制服の姿だったのは仕方のないことだった。

 

「成功だ!」

「服が変わったー?! あの服、お気に入りだったのに……」

「今の服は魔力で作り出しているだけです! 魔法を解けば元に戻るから。それよりもあっちを!」

 

 ヴォォッー!

 

 事態についていけないなのはが混乱していると、化け物がこちらに注目していた。

 視線が合う。

 気が付いたら、完全にこの化け物と戦う流れになっていた。

 

「ええっー……」

 

 そして相手は待ってくれなかった。

 

「きますっ!」

「え、まっ……!」

 

 その巨体を回転させ、勢いをつけてなのはに突撃してくる。

 

(あ、逃げれなっ……。もう、ダメッ!)

 

 痛みを覚悟し、とっさに両手で体をかばう。

 

《Protection.》

 

 突如手にした杖が音を発し、なのはを中心とした障壁を展開する。

 化け物は障壁にはじかれ、その体をバラバラに飛び散らかした。

 

(なんなの一体……。でも今のうちに、立て直さないと……)

 

 距離を開けて逃げる最中、フェレットが説明をしてくれた。

 

「僕たちの魔法は、精神エネルギーを糧としたプログラムからなる方式です」

「そしてあの化け物は、忌まわしい力によって呼び出されてしまった思念体……。僕たちは、あの化け物のもとを封印しなくてはならないんです」

「えっと、よくわかんないんだけど……どうすればいいの?」

「その発動体――レイジングハートがあれば、攻撃や防御の基本魔法はさっきみたいに願うだけで発動します。より大きな力、封印魔法には……呪文が必要なんです」

「呪文……」

「心を澄ませて……あなたならわかるはずです」

「心を澄ませて……呪文を……」

 

 そして先ほどの化け物がまたなのはに襲い掛かる。

 大丈夫だ。さっきと同じようにやれば……。

 なのはは心を集中させる。

 

《Protection.》

 

(大丈夫、きっとできる。この子を、封印して見せる!)

 

「リリカル、マジカル、封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード。――シリアルXXI封印!」

 

《Sealing mode, setup.》

 

 桜色の光が網のように化け物に絡まっていく。

 魔力が化け物を包み込み、徐々にその力を取り除く。

 

 ヴォォォォー!

 

 最後に悲鳴を上げ、その姿は小さな、青いひし形の宝石へと変化する。

 

「やったっ」

 

《Receipt number XXI.》

 

「終わったの……?」

「はい、本当にありがとう……。これで、二つ目……。はやく、全部あつめないと……」

 

 封印したのを確認すると、フェレットは倒れこんだ。

 すると、微妙に違和感の感じていた空気が消えていった。結界かなにか、そんなものを展開していたのかもしれない。

 

「そう……よかった……」

 

 落ち着いて辺りを見回すと、塀は壊され、地面は陥没して、電柱は倒れている。

 そして遠くにサイレンの音が聞こえる。

 

「ご、ごめんなさ~い」

 

 なのはは逃げ出した。

 

 

 

 

 ここは近くの公園、あたりには誰もいない。

 なのははフェレットに話を聞くためにも、ひとまずここへ抜け出した。

 

「えっと、自己紹介しよっか」

「あ、はい」

「えへん。私、高町なのは。小学校三年生! 家族とか仲良しの友達には、なのはって呼ばれてるよ」

「なのは……。僕は、ユーノ=スクライア。スクライアは部族名で、ユーノが名前です」

「ユーノ君かぁ、よろしくね」

「……すみません。僕のせいで……あなたに迷惑をかけてしまいました」

「えと、なのはでいいよ。それに、わたしは大丈夫。詳しいことは……、帰ってから話そっか。実は今日、ユーノ君のこと飼っていいってお父さんたちに許可をもらったんだ!」

「飼う……、あ、うん。えーと、おねがいします」

 

 そしてなのはこっそりと、出てきたときと同じようにこっそりと家に入ろうとして、恭也に見つかった。

 

「おかえり」

「あ、……お兄ちゃん」

「こんな夜分遅くに、どちらまで?」

「う、それはその」

「黙って勝手に家を出たりして、ばれないとでも思っていたのか?」

 

 なのはの家族は、実家に道場があることも関連しているのか、気配を読むということに長けていた。この調子だと、他の家族にもばれているのかもしれない。

 ちなみにその力はなのはには備わっていない。むしろ、なのははひどく運動音痴だった。だがそれはまた別の話。

 

「ごめんなさい……」

「心配したんだぞ」

「うん、お兄ちゃん。心配かけてごめんなさい……」

「まったく……。それで、なんで急に飛び出したりしたんだ?」

 

 キュゥ。

 

 なのはの後ろ手に抱えられているユーノが小さく鳴いた。

 

「ん、そいつは……そいつを連れ出しに行ったのか」

「うん、その、ユーノ君っていうの!」

「ほー、そいつが……」

 

「へー、可愛いねー!」

 

 玄関から美由希が出てきて、ユーノを抱きかかえる。

 

「美由希。そっちはどうだったんだ?」

「あー、うん。……問題なかったよ」

「問題ないわけないだろう。お前の腕は信用しているが、だからといって話は別だ。警察には連絡したのか?」

「けっ、警察?! お姉ちゃんどうしたの?! 何があったの?! 大丈夫?!」

 

 突然の不穏な単語になのはは不安になる。

 自分のいない間に家で何か事件があったらしかった。

 

「あー、いや。ほんと何でもなかったから大丈夫だよ。いやほんとに。いつの間にか私の部屋に誰かが潜り込んでる気配がして、一体誰が、って思ったんだけど……」

「む、知り合いだったのか。しかし、俺たちに気付かれずに潜り込むとは……、一度手合わせ願いたいな。今度紹介してくれるか?」

「あー、うん。知り合いというか、……アイリちゃんだった。なんでかわかんないけど、アイリちゃんが私のベッドで泣きながら寝てた。とりあえず今はそのまま寝かせてるよ」

「何、アイリが? いや、寝てるって……どういう状況だ」

 

 恭也は頭に手をあててため息をついた。

 

「え、アイリ君きてるの? なんでなんで??」

「それは私が聞きたいかなぁ。でも、可愛い弟分の無防備な姿を見れて私的には満足かも。手を差し出すと、ぎゅー、ってにぎってくるんだぁ」

「なにがあったか知らんが、なんだかんだであいつはお前に一番懐いているのかもな」

「えぇっ?! お、お姉ちゃん、前、年上が好きって言ってたのに!」

「年上じゃなくて、恭ちゃんみたいな人が好きって言ったんだよ、なのはー。それとも、私が年下好きだと問題あるのかなぁ~~」

「お、お姉ちゃーん!」

「いや、お前、兄の前でそういうことを言うか……」

 

 場が混乱していた。

 奥から士郎と桃子が合流してからは更に賑やかになる。

 結局ユーノを家族総出で歓迎して、色々と世話をするための話し合いやら準備やらで、その日なのはとユーノは話し合うことができなかった。

 

 

 

 

 清々しい朝。

 高町家は朝食はいつも家族みんなで仲良く食べることとなっている。

 もっとも、六年前からは時々士郎の弟子のアイリが朝練の後にご相伴に与ったりしている。

 だが少なくともそれは朝練があった時であって、何の用事もなしにアイリが朝の食卓にいることは稀であった。

 だから今回はその稀なケース。

 食卓に追加された、半分アイリ専用となっている椅子を美由希の椅子の横にくっつけて、片手で美由希の服の裾をつかみながら、もう片手でご飯を食べるという器用なことをしている。

 ちなみに食卓につくまでもひな鳥のように美由希の後をついて回り、美由希が着替えたりしているときは恭也の周りをついて回ったりしていた。

 さすがの美由希も、こうも自分にべったりとされると気恥ずかしかった。恭也もいつもと違うアイリの様子に戸惑っていた。

 

「えーと、美由希。その、いつの間にアイリちゃんを連れ込んだの? 私的には、その、いいとは思うんだけど……。そんなにオープンなのは、ちょっと心配になってくるわ……」

「えええっ?! 違うっ、違うよかーさん! いや、確かに昨日は一緒に寝たけど、そういうんじゃないから!」

 

 事情を全く知らない桃子は困惑しながらも、ただただ現状を受け入れ、盛大に誤解していた。

 

「そんなことよりも美由希。なんでアイリはお前の部屋にいたんだ。というよりも、なんでそんな状態になってるんだ」

 

 「そ、そんなことー?!」と、抗議の声を上げる美由希を無視して一同は説明を促す。

 

「うぅ、恭ちゃんが冷たい……。えと、私が聞いた話もだいぶぼんやりした話になるんだけど……」

 

 そう前置きを置いて、美由希が事の次第を説明する。

 

 

 始まりは昨日の夜の事だった。

 

「夜寝てる時に夢を見たんだって。誰か、小さい子供の声が、助けて……、助けて……って。誰なの? どこにいるの? って聞いても助けて……としか返ってこなかったらしくて。それでしばらくしたら、その声もしなくなったんだって。どうしたんだろうって思っていたら、泣いてる金髪の、民族衣装みたいな服装の子供が現れたんだって。その子に近づいて、どうしたの? 大丈夫? って聞いたら、その子が返事をしたらしいんだ。すごく恨めしそうな声で――どうして助けてくれなかったの? ――って」

「ホラーはちょっと……。そういうのは苦手……」

 

 なのはは、途中まで自分にも身に覚えがあるような話を聞きながら、その話に恐怖する。

 後ろではユーノが微妙に冷や汗を流していた。

 

「そこで、うわあああっ! て飛び起きたんだって。でもアイリちゃんの悪夢はまだ終わってなかったんだ。なんだか屋敷がひどく静かな気がして……、怖くなって家族のとこに行ったんだって。でも家にいるはずの家族がみんないなくなってたんだ。どこの部屋にも、だれも。明かりだけはさっきまでいたみたいについているのに、人間だけが抜け落ちてたんだって。私じゃないからわかんないんだけど、夢かと思って自分を傷つけたりもしたけど、ちゃんと痛かったってさ」

 

 そう言って、アイリの右手に目をやる。よほど強く傷つけたのか、そこには包帯が巻かれ、血が滲んでいた。

 

「それで屋敷を飛び出して、繁華街に行ってもコンビニに行っても誰もいなくて、街は死んだように静かで。どこにも人がいなくなっちゃって世界に自分一人だけになっちゃったんだって。そのままふらふらと、うちまでたどり着いたのはいいんだけど……、やっぱりうちにも誰もいなかったらしくてさ。私の部屋を確認した時にそのまま気絶しちゃったんだってさ」

「いくらなんでも怖すぎるの……。まだ朝なのに、今日寝るのがすごく怖くなっちゃったの……」

「少なくとも、うちは昨夜は家族全員家にいたはずなんだがなぁ。まぁ、せっかちな子が一人ユーノを連れ出しに出かけたりはしてたが」

「そうだな。少なくとも、アイリが美由希の部屋に来る前の時間だろう? その時は間違いなく部屋にいたはずなんだが……」

「それは、ごめんなさ~い。昨日お兄ちゃんにたっぷり怒られました」

「なんていうか、怖い話ねぇ。それで今日はアイリちゃんがそんな調子なのね」

 

 美由希の説明したアイリの恐怖体験は、かなり怖い部類に属するものだった。

 アイリが幼児退行してしまったのも納得がいった。

 なのはは、家族ともどもその夢に恐れおののく。

 その後ろでは、ユーノが滝のような汗を流していた。

 

(まさか、なのは以外に魔法の適正者がいたなんて……。僕が張った封時結界の中に取り残されている人がいたなんてーー!!)

 

 ユーノは心の中で絶叫していた。

 自分が最後の力を振り絞って張っていた結界がこんな問題を起こすとは思ってもいなかった。

 

(――うぅ、いつか謝らないと)

 

 反省が続く。自分のせいでジュエルシードがばらまかれてしまったし、反省することだらけだ。

 というよりも、自分の正体をばらすわけにもいかないし、謝罪出来る時がくるんだろうか。

 ユーノは申し訳ない顔をしながらアイリを覗き見た。

 じとー、っと自分を見つめるアイリと視線が重なる。

 

「…………なのちゃん、そのフェレットどうしたの?」

 

 今日初めてアイリが口を開いた。

 やたらボーッとしていたが、大丈夫そうな雰囲気ではあった。美由希が何とか頑張ったのかもしれない。

 

「あ、うん。ユーノ君っていうの。昨日からうちで飼うことになったんだ!」

「そうなんだ。むむむ……」

「どうしたの? アイリ君?」

「……そのフェレット、普通のフェレットじゃないんじゃないかな」

 

 その言葉に、なのはとユーノはビクッ、と体を震わせた。

 

「えっと、な、なんのこと?? ユーノ君はどこからどう見ても普通のフェレットさんだよ!」

 

(僕の事に気づいてる? いや、気づきかけてる? この子は一体……)

 

「む、アイリが気になるなら何かあるのかもしれないな。確かに、よく見てみると普通のフェレットとは品種が違う……」

 

 なのはの家族は、アイリの感がやたら鋭い事を知っていた。そのアイリが何かあると言うのだから、ユーノについて注目しだした。

 

「変な感じはするけど、嫌な感じはしないから大丈夫、だとは思う……。でもなんかもやもやする」

 

 本人もよくは分かっていないらしかった。

 

「キュ、キュー!」

 

 ユーノはごまかすように鳴いた。

 

「まぁ、いっか……。嫌な感じはしないし……」

 

 アイリは追及を諦めたようだった。

 

「お前たち、そろそろ学校に行く時間だぞ」

「あ、もうこんな時間!」

 

 いつの間にかだいぶ時間が経っていた。

 

「アイリちゃん、学校に行くから離してほしいんだけど……」

「ついてく……」

「いや、さすがにうちの学校が緩くても中学生を連れていくのは不味いよーな……」

「ついてく」

「うぅ……あ、そうだ! 恭ちゃんの方についていきなよ! 恭ちゃんは大学生だから、授業に中学生がいてもきっと問題ないよ!」

 

 名案が浮かんだとばかりに、美由希は指をたてて立ち上がる。

 恭也は、成る程、一理ある。とつぶやいたあとに静かに席をたった。

 

 ――御神流奥義、『神速』

 

 それは目にも映らない超神速での歩行術。

 その動きの前には全てのモノが置き去りにされる。

 そして恭也は美由希を置き去りにした。

 

「恭ちゃんのバカーっ!」

 

 服を掴まれて逃げられない美由希はただただ叫んだ。

 

 

 

 

(あれは僕らの世界の古代遺産なんだ。本来は手にした者の願いを叶える魔法の石なんだけど、力の発動が不安定で……大抵は昨日みたいに暴走してしまうんだ)

 

 学校へ向かう間、ユーノから念話を教わったなのはは、授業を聞きながらユーノと会話していた。

 

(なんでそんな危険物が散らばってるの? まだ他にもあるみたいな事言ってたよね)

(僕のせいなんだ……。僕が発掘したジュエルシードが移送作業中に、事故か何らかの人為的災害が起こってこの地に降り注いでしまったんだ。ジュエルシードは全部で21個。今のところ回収できたのはたったの二つだけ……)

(あと19個かぁ……。それってユーノ君が集めないといけないのかな。ユーノ君のせいでばらまかれたとは思えないんだけど……)

(あれを見つけたのは僕だから。最後までしっかりと管理して封印しておかないと……)

(……真面目なんだね、ユーノ君は)

 

 なにか悩みや問題がある時、一人で抱え込んでしまう性質を持つなのはは、ユーノの気持ちが少し理解できた。

 きっとユーノは自分が何とかしなくちゃいけないと思っている。他の人に迷惑をかけないために自分だけで対処しようと考えている。

 

(あと五日もあればなんとか魔力も回復するから……、申し訳ないけど、それまでなのはのうちで休ませてほしい)

(回復したらどうするの?)

(僕一人でジュエルシード集めを再開するよ。これ以上迷惑はかけられない)

(私じゃ……、力になれないかな?)

(確かになのはの魔力と潜在能力はすごいよ。でも……昨日みたいに危ないこともあるかもしれない)

(だって、もう知り合っちゃったし、話も聞いちゃったもん。それに、ほっとけないよ。ユーノ君、他に助けてくれる人いないんでしょ? 一人ぼっちの寂しさは、少しわかるんだ。だから、私にもお手伝いさせて)

(なのは……)

(困っている人がいて、助けてあげられる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけない。これはお父さんの教えなんだ)

 

 そうしてなのははユーノの手助けをすることを決めた。

 昨日から、自分が魔法使いの仲間入りをしたり、変な化け物と戦ったりと信じられないことばかり起きている。

 それでも、自分の信じる思いを貫くために。魔法の力を手にしてただ守られるだけじゃなくなった少女は、新しくできた友達を助けるために、そして海鳴の平和を守るために進み出した。

 

 

 

 

「ユーノ君っ、この感じは?!」

「間違いない、ジュエルシードが発動してるっ」

 

 放課後、ジュエルシード探しに繰り出したなのはとユーノは、異質な気配を感じとりその場へ向かう。

 向かった先は丘の上の神社。その麓にたどり着く。

 

「この石段を登るのはつらいかも……」

「なに言ってるんだ! 急がないと……、あれ……、ジュエルシードの暴走する気配が、消えた?」

「えっ? どういこと、ユーノ君」

「僕にもよく分からない……。一度発動したジュエルシードが自然と落ち着くなんて……。とりあえず、行ってみよう!」

 

 長い石段を登り頂上に着いた時に二人が見たものは、いつもと変わらない趣の神社だった。

 

「やっぱりなんともない……、気のせいだったのかな」

「そんなはずは……。なのはだけじゃなくて、僕だって確かに感じたんだ……」

「あ、誰かあそこにいる! ユーノ君念話に切り換えて!」

 

 神社の奥の木々の向こうから、人が現れた。

 

「あの……、ちょっと話を聞いてもいいですか? って、アイリ君?」

「へ? あぁ、なのちゃんか。どうしたの、こんなとこで?」

 

 奇しくも、そこにいたのはアイリだった。

 朝見かけたような、どことなく不安定な姿ではなく、しっかりとしたいつもの様子だった。

 

「アイリ君こそ、こんな所でどうしたの? まだ風芽丘学園は授業でしょ?」

「うっ、なぜ僕が高校に行ったことを……」

「なんでもなにも、朝ずっとお姉ちゃんにべたべたしてついていってたよ……」

 

 なのはは少し不機嫌になりながら答えた。

 

 

 

 

 なのはの言うとおり、アイリはさっきまで風芽丘学園にいたのだ。

 ユラユラとしながらも美由希のそばを離れず、なんだかんだで一緒に授業を受けたりしていた。

 周りは美由希が小さい男の子を付き添って学校に来たことに驚いたが、その男の子が美由希にしがみついて離れないことに大層驚いた。

 

 ――高町さん、彼氏連れ?! なんかぼーとしてるけど可愛い子だね。いいなぁ。

 ――そんな、年下好きだったなんて……。高町さん狙ってたのに……。

 ――あれ、でも前かっこいい男の人と二人で買い物してるとこ見たよ?

 ――清楚だと思っていたのに、意外と肉食系なんだ。

 ――あんなイチャイチャして……、妬ましい。ぐぐぐ……。

 

 そしてあるがままに二人を受け入れた。アイリの分の椅子を美由希の机の横に用意してあげるくらい協力的だった。

 教師さえ見て見ぬふりをした。美由希は心の中で泣いた。

 そして、ついさっき、アイリの意識がようやく復活した。

 

「あれ、ここはどこ……。ん、人がたくさん……高校生? なんでこんなとこに……。うわああっ、姉さんなんで僕の手握ってるの?! 恥ずかしいよ!」

 

 そして盛大に混乱した。ちなみに、美由希がアイリの手を握っていたのではなく、アイリが美由希の手を握りしめていたことには気づかなかった。

 

 ――姉さん? 確か高町さん、下は妹しかいなかったはずじゃあ……。

 ――じゃあ、実の姉妹じゃないってこと?

 ――いくらなんでも、アブノーマルすぎるでしょ……。

 ――落ち着け。普通に考えて妹の彼氏とか言うオチだろ。

 ――待って! 今のは私に言ったのかもしれないわ。

 

「ちっ、違うから! これはアイリちゃんがっ!」

「っていうか、ほんとここどこ?!」

「アイリ君、ここは風芽丘学園だよ」

「あれ、那美さん?」

 

 声をかけてきたおっとりとした少女は神咲那美。

 アイリは彼女とは、実はかなり昔からの顔なじみだった。

 彼女は、アイリの昔からの友達、狐の久遠の飼い主だったのだ。

 ちなみに、学年は三年生。二年生の美由希のクラスには本当に顔を見に来ただけらしかった。

 那美の姿を見たアイリは、昨日の悪夢を思い出した。

 金髪の恨めしそうにこちらを見ている少年の姿を。

 

 そうだ、お祓いに行こう。今すぐにでも。

 

 神社の巫女をしている那美の姿から、自分についている悪い気を祓ってもらうよう神頼みすることを思い立った。

 そして、そのまま学校から抜け出し、神社へとやってきたのである。

 背後では「こんな空気にしたまま放置しないでー!」という美由希の悲鳴が聞こえた気がした。

 

 神社に着いて念入りに神頼みしたアイリは、道の脇に青い宝石が落ちているのに気がつく。

 

「まさか、さっそく神様が僕に何かのアクションを……。こんなきれいな宝石が落ちているなんて珍しい」

 

 その普通では中々ありえない状況に、アイリは驚きながらも受け入れた。

 

「うん、これは中々きれいな宝石だ。青くて……、ん……なんか青い宝石にはいいイメージがないような……。寧ろ相性が最悪なのでは……」

 

 アイリの頭に浮かんだのは、自分を半年の昏睡に追い込んだ青色の聖石。大きさはだいぶ小さいし、形も違うが、どことなく雰囲気が似ている気がする。そう、どことなく普通の宝石にはない吸引力を感じる。

 

「いや、まさか……。ねぇ……」

 

 その時、アイリの手の中で宝石が光り輝く。それはジュエルシードの暴走が始まった合図だった。

 

「やっぱりーー!! 神様あんまりだーー!!」

 

 周囲に異常な魔力が満ち溢れる。そしてアイリを侵食しようと宝石が迫ってくる。

 以前の時は、ただ受け入れるしかなかった。だが、今の自分には力がある。

 

「やられるか!

 心無となり、うつろう風の真相……

 不変なる律を聞け…不変不動!」

 

 先手必勝で、相手を行動できなくする技を叩き込む。宝石は完全に発動する前に光を失っていき、元の状態へと戻っていく。

 

「更に、追い打ちだッ!

 青き海に意識薄れ、沈み行く闇……

 深き静寂に意識閉ざす……夢邪睡符――ッ!

 眠れ! 深き夢の中へ!」

 

 次いで相手を眠りに追いやる技を打ち込む。物質に効くかは不安だったが、宝石は完全に沈黙し辺りは元の平穏を取り戻した。

 アイリは宝石が力を失ったのを確認してから、それを拾いあげる。

 

「むう。六年間の努力の成果か、こんなにあっさり対応できるようになるとは……。というかこんなものが落ちてるとか危険すぎるでしょ。念入りに保管しておくか」

 

 アイリはジュエルシードを握りしめ決意する。

 そして後ろから声をかけられた。

 

 ――あの、ちょっと話を聞いてもいいですか……?

 

 

 

 

「それで、アイリ君はなんでこんなとこにいるの?」

「なんでって、神社にいるんだから神頼みに決まってるじゃない。金髪の少年に取りつかれて困ってるんだ」

「そういえば、朝もそんなこといってよーな……」

「なのちゃんこそ、なんでこんなとこいるのさ?」

「うっ、私は、その……」

 

(なのはっ! その子の手にジュエルシードがある! その子がジュエルシードを持ってる!)

(え? にゃあー! ほ、ほんとだ! ど、どど、どうしようユーノ君!)

(あれはホントに危険なんだ! 特に人間が発動させたらどんなひどい暴走になるかわからない)

(にゃあああーー! どうしよう! どうしよう!)

(落ち着いて、なのは。それとなくその宝石を渡してもらおう)

(そ、そうだね。よーし)

 

「おほん。アイリ君、いい天気だね!」

「……? うん、そうだね? どうしたのいきなり」

「う、うん。えーと、その……。あー! アイリ君なに持ってるの?!」

「あ、えーと……性格の悪い神様からのプレゼントかなぁ」

「よく意味が分からないよ……。あ、その石きれいだね! なのは気にいっちゃったなぁ。ねね、アイリ君、それ私にくれないかな?」

 

 なのはは自分で言ってて少し気恥ずかしくなりながらもアイリにおねだりしてみる。

 普段何かと自分に甘いアイリのことだから、きっとすぐに渡してくれるはずだった。

 

「ダメ」

「え゛……?」

 

 だがアイリの返答は否。予想外の状況になのはは困惑する。

 

「え……、その……。なのはその石欲しいな……」

「ダメだよ、なのちゃん。この石はあげられない」

 

 もう一度ねだってみるも、アイリの返答は頑なだった。

 

「なのちゃんが欲しいなら、似たようなもの今度探してあげるから。でもこれはダメ。これなんか嫌な感じがするから」

 

 あ、これはダメなやつだ。

 自分に甘いアイリだが、その実、頑固で譲れないことは決して曲げないところがあることをなのはは知っていた。

 そして明らかに今は、自分の意思を曲げる気がない。

 

(ユーノ君、これ無理なやつだよ)

(なのは何言ってるの?! 諦めないでよ! ほんと危ないんだってば!)

(うぅ、でも……。それになんかジュエルシードも落ち着いてるよ?)

(それはそうだけど……。でも今たまたま落ち着いているだけなのかもしれない。何か他に理由をつけて渡してもらおう)

(他にかぁ、うーん。何かあるかなぁ)

(持ち主が探してるとかは? 実際そうなんだし、それでいってみようよ)

(あ、そうだね! ユーノ君頭いいっ!)

 

「実はね、それを落とした持ち主が困ってるの!」

「……なのちゃん、さっきからなんか挙動不審じゃない? っていうかそのフェレットはどうしたの?」

「きょ、挙動不審じゃないよ! それにこの子はユーノ君だよ! 昨日からうちで飼ってるって朝説明したでしょ!」

「いやなんか時々黙り込むし……。それに朝のことは言わないで」

 

 そう言って、アイリはユーノをじっと見る。

 

「なのちゃん、そのフェレット、なんか普通じゃない雰囲気がするんだけど……」

「ななな、なんのこと?! って今はユーノ君のことはいいの! その宝石を持ち主に返すから渡して!」

「うーん、まぁ嫌な感じはしないからいいけど……。ユーノがなんか変なことしてきたら相談してね?」

「え、宝石を渡してくれるの?!」

「いや、それはダメ。どうしても持ち主に渡したいっていうなら、その人を連れてきて。直接渡すから」

 

(なのは、この人やたら勘が鋭いんだけど。魔法関係者とかじゃないよね?)

(アイリ君は昔から異常に勘が鋭いんだよね。あと、魔法なんてファンタジーなものは地球には無いはずだよ)

(ファンタジーというよりもどちらかというと科学なんだけど……。でもデバイスも持ってないみたいだし、多分魔法使いの素質があるだけの子供かな)

(え? アイリ君も魔法使いの素質があるの?)

(うん。昨日の夜も、寝ていたけど僕の声が届いていたみたいなんだ。それに近くで見てみると、結構な魔力を秘めてるのがわかるよ)

(そうなんだー。あれ……、アイリ君が聞いたっていう、なんで助けてくれなかったの? っていう声ユーノ君の声だったの?!)

(それは違うから! それはこの子の夢の中の出来事だよ! 僕そんなこと言ってないからね!)

(そ、そうだよね。ユーノ君優しいから、アイリ君を怖がらせることなんてしないよね)

(…………)

(あれ? ユーノ君どうしたの? ……ゆーのくーん?)

(……………………うぅ……。なのは、実は……)

 

「なのちゃん?」

 

 ユーノとの念話に集中していたなのはは、アイリが不思議そうな目でこちらを見ているのに気が付かなかった。

 

「なのちゃん、どうしたの? やっぱり調子悪いの?」

「にゃ、な、何でもないよ」

 

 アイリはなのはの前髪をかき上げ、自分のおでことくっつける。

 

「んー、熱はないね。でもほんとに大丈夫? 家帰れる?」

「あ、うん。だ、だいじょぅぶ……」

 

 なのはは突然アイリが身を寄せてきたので恥ずかくなった。顔が熱を帯びているのがわかる。赤面しながらもなんとか返す。

 

「じゃあ、無理しちゃだめだよ。またね」

「あ、また今度……」

 

 そしてそのままアイリは帰っていった。

 

(なのは、帰しちゃだけだよ!)

(あ、つい……。でもきっとアイリ君は渡してくれなかったと思うな)

(確かにあの調子だと渡してくれなかったかも……。じゃあ今度僕がこっそり回収してみるね)

(お願いね、ユーノ君)

 

 高町なのはの手にあるジュエルシードは二つ。所在を知ることができたのは一つ。

 まだ見ぬジュエルシードはあと18個。

 なのはの冒険はまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 なのはが家に帰ると、桃子はやたら慌てており、美由希はだいぶ消耗していた。

 そんな家族の様子を不思議に思いながらも、食卓につく。その日の夕食は赤飯だった。

 

「おぉ、赤飯か~。久し振りだなぁ」

「えぇ。その……美由希のめでたい日だからね」

「へ、私? なんで私? 今日何かの記念日だっけ?」

「美由希……。その……、シーツは洗っておいたからね……」

 

 美由希は初め何を言われたのか理解できなかった。

 だが唐突に思い出す。

 シーツ……。昨日アイリが潜り込んでいたベッド。そのアイリは腕から血を流していて、手当てをしたが、シーツには血が染み込んでしまっていた。

 二人で寝た血の付いたベッド。そして妙によそよそしい母の姿。その様子からとんでもない勘違いをされていることに思い至る。

 

「違うっ! 違うから!! ほんとに違うからーー!!」

 

 美由希への勘違いは止まらない。

 




恭也にとって美由希はあくまで妹。
美由希にとってアイリは完全に弟分で対象外。
アイリにとってなのはは完全に妹分で対象外。
小学3年生に惚れる中学生なんていませんよ(いないとは言ってない)。

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