魔法少女リリカルなのは―畏国の力はその意志に― 作:流川こはく
二度目の夢はおもちゃ箱でのクロノ君。
「おめでとう!」
「おめでとう! 二人とも!」
ここは教会か。平素なら厳かな雰囲気を漂わせているだろう空間も、今は祝福の言葉で包まれている。
「本当に……立派になったわねクロノ。お母さんは嬉しいわぁ」
「お幸せに。お兄ちゃん」
緑髪の女性リンディ=ハラオウンと、金髪の少女フェイト=テスタロッサが賛辞を送る。
答えるのは長身の男性。緊張と照れを隠すためか、少し顔に力が入っている。
「ありがとう。二人とも……」
傍らには一人の女性がいる。その女性が、長身の男性クロノ=ハーヴェイの伴侶なのだろう。その顔は、ヴェールに包まれていて見ることができない。
(ん……? 突っ込みどころが満載なんだけど……。とりあえずなんでこの三人が家族なの? みんなファミリーネーム違くない?)
「さぁ、みんなへのお披露目だ。行こう」
「うん、分かったよ。クロノ君」
(クロノ君がいるってことは……その相手はもしかしなくても……)
アイリは横の女性について意識を向ける。想像通りなら、その女性は自分が良く知る相手。自分の家族同然の少女。
クロノは女性の手を取り、花道へと進みだす。
風で捲れたヴェールから見えた横顔は、幸せに包まれた茶髪の女性。
「これからもずっと、よろしく頼む。エイミィ」
第十二話『残された思い』
「誰だあああぁぁぁああッッ!!!!」
アイリは絶叫を上げて飛び起きた。
「にゃああああっ!!」
つられてアイリの看病をしていたなのはも叫ぶ。
傍には他にも複数人いた。床は畳で、今の自分は布団の中。その割には傍に鹿威しがあったり、桜の木が埋まってたりとわりと景色が崩壊していた。
ここは次元航行船アースラの一室。アースラの責任者と、現地での関係者がこの一室に集結していた。
意識を取り戻したアイリにクロノが話しかける。
「起きたか……。君のことは大体彼女から聞いた。現地住民ということも調べが付いている。だが……その宝石はデバイスじゃないのか。一体どこで手に入れた?」
「…………この二股男」
襲われたことを水に流して問いかけてきたクロノに対して、アイリの返答は辛辣だった。
まだ意識が夢の中から戻ってきたばかりであり、先ほどの光景が脳裏に焼き付いていたためである。
「あらあら……。そうなの? クロノ」
「クロノ君って意外とやり手だったんだねー」
傍にいた緑髪の女性リンディ=ハラオウンと、茶髪の女性エイミィ=リミエッタは面白い話を聞いたとばかりにクロノをからかう。
その声を聞いたアイリは、二人に目をやった。そして、そのうちの一人の女性が、夢の中よりも大分若い様子ではあったがクロノと共にいた女性であったことに気づく。
「あッ! あなたは……」
始めは驚いた風だったが、すぐなんとも言えない表情を向ける。クロノの横にいる姿を見ていられなくて、顔をそらす。
「え、何その反応ー?! あたし?! その一人ってあたしなの?!」
エイミィはたまらず叫んだ。
「違う! 冤罪だ! 名誉毀損だ! 僕はそんなことはしていない!」
「あ、私も違う! 私クロノ君と付き合ってなんかいないよ!」
「あらあらクロノ、修羅場なのね。お母さんは悲しいわぁ」
「母さん、だから違うとッ!! 君も適当なことを言って話を反らすな! そのデバイスはどうしたかと聞いてるんだ!」
一騒動落ち着いた後に、クロノが話をまとめる。
「つまり君は次元震の影響で空間転移して異空間に漂流していたが、そのデバイスと出会いこの世界に戻ってくることができたと、少し信じがたいがそういう事だな」
「次元震っていうのはよく分からないけど、空間の歪みみたいなのの事を指してるのならその通りだよ」
「確かに昨日の次元震の影響なら辻褄が合うよ。そのデバイスについては本人から詳しく話を聞ければいいんだけど……」
《私はマイスターに作られたあとずっと放逐されていたデバイスです。残念ながら何の情報提供もできそうにありません》
「その製作者っていうのは誰なんだ」
《残念ながらそのデータもありません。最低限のデータと魔法のみが登録されている状態です》
その返答を前に、クロノは顔をしかめる。
結局は何も分からないということだ。
「それにしても……、アイリ君は強いわねぇ。うちのクロノと競り合えるんだもの。今14歳なのよね。どう? うちに就職する気はないかしら」
「いや、正直時空管理局っていうのもよく分からないんでなんとも……。というかぶっちゃけ、あなたたちはなんで地球にいるんですか?」
「あら、そうだったわね。なのはさんたちには説明したんだけど、あなたには忘れてたわ」
「そうだ、なのちゃんだ! なのちゃんにはたっぷりとお話やら説教が……」
その言葉を聞いてアイリはなのはを見る。なのはと、その横にいる少年を見る。今まで気にならなかったが、この少年とどこかで会わなかっただろうか。
何かとても大事な場面で会った気がする。
じっと見つめてみるも、分からない。
アイリの視線に気付いた少年が声をあげた。
「あ、僕は……。えと、はじめましてじゃないんですが、ユーノです。ユーノ=スクライアです」
――どうして……
何か、どこかで聞いたことのあるような声じゃないだろうか。
――ねぇ、どうして?
会った記憶は無いはずなのに、その声が耳を離れない。
――どうして…………助けてくれなかったの?
そうだ。この少年は、自分に取り憑いていた――。
「きゅ~」
その事実に気付いた時、アイリは目を回して倒れた。
「ちょっ、なんで?! 気絶してるー!!」
「ユーノ君何したの?!」
「し、知らないよ!」
「…………ふう、続きは起きてからだな」
「仕方ないわね。とりあえずなのはさんたちだけでも先に送っときましょうか。さっきも言った通り、一晩じっくり考えてみてね」
「あ、でもアイリ君が……」
「彼も後で帰すから心配はいらない。とりあえず君たちだけでも帰るといい。僕が送ろう」
「はい……」
なのはとユーノは海鳴へと戻る。
ジュエルシード集めは時空管理局が行うから、今までの日常に戻るようにと、そう言われてしまった。それでいいんだろうか。自分の街の事なのに、自分が始めたことなのに。
なのはは、ここで行動を止めたくなかった。
それに、ジュエルシード集めをやめるとフェイトに会えなくなる。
あの子と分かり合えないままは嫌だ。
ならば――答えは決まっている。
なのははその日のうちにユーノに自分の想いを、これからどうしたいかを打ち明けた。
◇
「うぅ……、ごめんなさいごめんなさい……。成仏してぇ」
「艦長……、なんかアイリ君うなされてますよ?」
「成仏ってどういう意味だったかしら」
「確か、死者が現世から天の国に向かう事だったと思います」
「じゃあユーノ君は実は死者だったのかしら。なら無念はジュエルシードを集められなかったことね」
「母さん、縁起でもないことを言わないでくれ」
残されたアースラスタッフは好き勝手話していた。
「ダメだよ。クロノ。そんなのってないよ……」
「あ、クロノ君が出てきたみたいだよ」
「なんでこの子の夢に僕が出てくるんだ……。そしてなんで微妙に親しげなんだ……」
「クロノ、そんなのダメだ! 僕は、君にならなのちゃんを任せられるって思ってたのに……」
「おぉ、クロノ君高評価だよ」
「いや、だから……」
「高評価というか、振り切ってないかしら」
「いや、だから夢の中の僕は一体どうなってるんだ……」
「く、クロノ裏切ったな! 僕と低身長同盟を組んでたのに……。しばらく会わなかったらそんなにおっきくなって……」
「おぉ、よくわかんないけど時間が跳んだ」
「よかったわねぇ、クロノ。夢の中だけど背が大きくなって」
「母さん、別に僕は背が低いことを気にしたりなんて……」
「よかったね、なのちゃん。クロノがずっと一緒にいてくれるって! あれ、なのちゃんなんでそんなに顔を赤らめてるの? ん、なにその首下にたくさんついてる赤い痕は。え、どういう事? ちょっと待って。それってキスマー…… く…………クロノーーッ!!」
ガバッ!
アイリは布団から飛び起きて叫ぶ。
「クロノーーッ!!」
その夢の内容はよく分からなかったが、アイリがどんな心境かは改めて聞くまでもない。
「……ん、ここはどこ? なんか非常に重要な夢を見ていたような……」
周囲を見回すも、見慣れぬ光景。
アイリが混乱している間に、リンディが話をしだした。
「起きたのね、アイリ君。それで私たちがいる理由なんだけど……」
「あ、リンディさん……。あれ? 大きい?」
「大きいって……何を言ってるんだ君は」
「へ? クロノ? あれ……小さい? …………ああっ! えと、何でも無いです!」
「何でもないならいいんだが……」
「でもなんかクロノに何か言わなくちゃいけなかった気がするような……」
「何でもないならいいんだが!」
「うーん」
「……話を戻していいかしら」
「なるほど。イデア……じゃなかった、ジュエルシードを回収、管理するために来たんですね」
「あぁ、あれは危険なものなんだ。高町なのはたちにも説明はしてある。あとは僕たちが責任をもって回収にあたると」
(となると、フェイトちゃんたちとは完全に敵対関係の組織になるわけか)
アイリは情報を集約して、要点を摘み取る。
「それで、あの時逃げたもう一組の魔導士について知っているかしら」
「…………知らないです。というか、なのちゃんが魔法使いだったことも知らなかったです。なのちゃんが魔法少女だったなんて……。っていうか魔法使いって地球上では一応空想の中の話なんですけど」
「君だって魔法を使っていただろ」
「あれは剣技だって言ったじゃん」
「納得できるか! それにその前にも転移魔法やら反射魔法やらを使っていただろうが!」
「…………てへ」
「君ってやつはーッ!!」
真面目に話しているなかでおちゃらけてくるアイリにクロノは怒声をあげる。
「大体なんで君は僕に対してやたら親しげなんだ!」
「え、あれ? そういえばなんでだろ。……あー、君がなのちゃんの彼氏だからかな。なのちゃんが君の事信頼してるし、一応信頼できそうな人物だからだよ」
「おー、やっぱりクロノ君高評価だね。でもいつの間になのはちゃんと付き合ったの?」
「だ、だから誤解だ!」
「でもあの子クロノ君の好みそうな子だよね~」
「エイミィ~、怒るぞ」
そのクロノたちの様子からは、ごまかしのような気配はない。本当に身に覚えが無さそうだった。
(あ、これ何時もの全然関係ないパターンかも……。なのちゃんのことでテンパってて早とちりしたけど、未来とかいうレベルじゃなくて全然関係ないやつだ)
今までの勘違いを思い起こし、アイリは冷や汗を流した。
「あ、なのちゃんの件はちょっと無視しておいて! でもクロノの事多分信頼してるから! クロノの事勝手に名前で呼ばせてもらうから僕の事もアイリって呼んでね!」
「はぁ……、分かった。よろしく頼む、アイリ」
疲れきった表情のクロノ。一方で同年代の友達ができて嬉しそうな表情のアイリ。
並べてみると対照的な図となった。
「それはそうと、ジュエルシードの捜索は時空管理局が行うから後は任せてくれ。万が一見かけたら僕たちにすぐ連絡してほしい」
「あー……うん。分かったよ」
「あら、あなたはあっさり引き下がるのね。なのはさんたちは色々と食い下がってきたんだけど」
「うーん、まぁ正直全然実感がわかないですし。僕にできることも無いですしね」
「まぁ、なんだ。実際その通りだ。対象がロストロギアである以上素人が手を出すべきじゃない」
「なら、一応連絡先だけ交換しとこっか」
アイリは教えられた番号を携帯に登録する。
電波やら番号やらどうなっているのか不思議だったが、アースラスタッフによって魔法式を打ち込まれたら解決した。携帯会社に喧嘩を売っている技術である。
「じゃあ海鳴に戻るのは自分のデバイスで出来るから! ジュエルシード集め頑張ってね~」
「ああ、ってちょっと待て。一応繋がるか試しておこう。今そちらの携帯にかける」
ルルルルル……
「おー、かかった! 着信相手は……クロノ=ハーヴェイ。うん、間違いないね。じゃあ、今度こそさよならー!」
そう言ってアイリは消えていった。
だがその台詞は、クロノにとっては聞き逃せないものだった。
自身の名前の言い間違い。だがその名前を、目の前の少年が知っているわけがなかった。
「なっ?! ちょっと待て!!」
クロノの言葉は消えていった背中には届かなかった。
◇
「あらあら、あの子クロノの名前間違えて覚えていっちゃったわね」
リンディの軽く呟いた言葉に、しかしクロノもエイミィも後に続かない。
「…………そういえばさ、クロノ君……あの子に自己紹介ってしたっけ?」
「…………よくよく考えてみると、していないな」
二人の雰囲気にリンディは疑問を覚えた。
「あら? 何か聞いたことのある名前だったのかしら?」
「クロノ=ハーヴェイは……クロノ君が時々使ってる偽名の一つです……。クロノ君、あの星に行って使ったことある?」
「……一度だけある。数年前に、グレアム提督の国に行った際だ」
「なら、その時に会ってたりしたのかしら?」
「いや、そんなはずは……。ゼロではないが、少なくとも記憶にはないです」
微かな不信感が三人を包む。
アイリについて今一度意識を巡らす。
アイリの人間性には問題が無さそうではあった。そして今まで魔法に関わっていないながらも、その内に秘める魔力量は決して少なくない。むしろ、かなり上位に位置するのではないだろうか。
あのデバイスについては謎だが、出会い方についてはおかしい点は見当たらない。高町なのはの証言もある。先日初めて魔法に触れたというのは本当だろう。
総合的に判断して、今回の事件に関与している可能性は非常に低い。
「まぁ多少不審な点はあるが、彼がこちらにコンタクトをとらない限りもう出会うこともないだろう」
「…………そうかしら」
そうまとめたクロノだが、リンディが口を挟んだ。
「何か気になる点でも?」
「少なくとも一つ。あの子は嘘をついているわ」
「え……嘘、ですか?」
「嘘………………なるほど、確かにそうだ。少し怪しいな」
「クロノ君分かったの?」
「あぁ、さっきの質問でアイリはあの黒衣の魔導士たちを知らないと言った。だがそれはおかしい」
「そう? なのはちゃんもよく知らないって言ってたしおかしくないんじゃない?」
「いや、彼女が知らなかったとしてもアイリは知り合いだったはずだ。彼が転送してきた時、あのオレンジの狼の使い魔は確かにアイリの名前を呼んだ」
クロノに言われて、エイミィもその事実に気付く。
「あーっ! 確かにー!! あれ、それってどういう事?」
「アイリはジュエルシードの事を知らずに、あの二人組と個人的に知り合いだったか、もしくはあの二人がジュエルシードを集めていることを既に知っていたのか……。どちらにせよ、僕たちの事を完全に信用しているわけではなさそうだ」
「まぁ、現地住民からしたら怪しすぎる話だものねぇ」
「へー、素直そうな子だったけど、案外そういうとこはしっかりしてたんだね~」
アイリに対する警戒を一段階上げる。
唯の一般人なら何の警戒もすることは無いのだが、
アイリは自称剣技とやらでアースラの主戦力であるクロノと接戦してみせた。
魔法についてはあまり知らないようであったが、力を持っているということはそれだけで警戒の対象となる。目的が分からないのなら尚更である。
もしかしたらまた遭遇するかもしれない。願わくばその時の関係がいいものである事を。クロノはアイリが消えていった空間を眺めながらそう思った。
その夜、なのはとユーノは時空管理局アースラに自分たちもジュエルシードの回収に協力させて欲しいと願い出る。
自分たちの戦力を売り込むなのはたちと、ジュエルシードを狙う敵対者に備えて戦力強化をしたいアースラの思惑は合致し、その願いは受け入れられる。
なのははその後、アースラに直接乗り込み十日間程ジュエルシード集めに集中することになる。
その成果はジュエルシードNo.ⅧとⅨの二個。同期間でフェイトの集めたであろうジュエルシードはNo.ⅡとⅤの二個。
地上はもう十分に調べつくされたと言える。となると、残りの六個はおそらく海の中。
最後のジュエルシードを巡って、二組の衝突の時は近い。
◇
アースラから帰還した次の日、なのはに話を聞こうと高町家に向かったアイリだったが、なのは不在の連絡を受ける。何でもやりたいことがあるから泊まり込みで出かけているらしい。
そう告げる桃子の言葉に、アイリは納得がいかなかった。
「だからって泊まり込みでどっか行くなんて危ないよ。師匠や兄さんは了承してるの?」
「無理矢理納得させたの。なのはの事は心配でたまらないけど、あの子が自分で決めた事だもの。応援してあげないとね」
(多分行き先は時空管理局かな……。やりたい事ってジュエルシード探し? 責任感の強い子だとは思ってたけど、全然分からない怪しげな組織に飛び込んでいくなんて……。多分クロノとかリンディさんはいい人だと思うんだけど、だからってなぁ)
クロノから、ユーノが夢に出てきた民族衣装の男の子であること、ユーノがジュエルシードを事故でばら蒔いて、それを回収するためになのはが飛び回っていたことを聞いたため、ジュエルシード集めを途中で止めるのが嫌だったのだろうとあたりをつける。
なのはには暫く会えなそうである。もう一組の探索者、フェイトに会うべくマンションに行っても外出中であった。ちなみに部屋の鍵は開けっ放しで不用心極まりなかった。
何か事件が起こりそうな気がしてならないのに、誰とも連絡がとれないのは嫌な感じである。
自分に他に出来ることといったら、セリスに習った魔法の練習か、ミッドチルダの言語の修得か。
習いたての分割思考魔法のマルチタスクを駆使して、言語の修得に力をいれる他無かった。
気になるのはやはりあの遺された日記。同封された手紙は、どうやらフェイト宛らしいことだけは分かった。
しかし、セリスは決して気持ちのいい内容ではないと言った。フェイトに関する事なだけに、出来るだけ早く知りたくもあり、知らないままでいたくもある。それでも、恐らく自分は知らなくてはいけない。知らなかったら後悔する。そんな予感がした。
一週間以上かけてそれを解読した結果、アイリは残酷な真実を知ることになる。そして悩んだ末、一つの重大な決断をすることとなる。
◆
■リニスの日記、一部抜粋
――これはプレシア=テスタロッサの使い魔である私、リニスの想いを綴った記録です。これを誰かが読んでいる時には、恐らく私はこの世にいないでしょう。これを読んでいる貴方、どうか私の主人と生徒たちを悲しみの連鎖から解き放って下さい。しがない山猫の、最期の願いです――
○月δ日
フェイトは本当に優秀な生徒です。出来ることならば急ごしらえの戦闘訓練などでなく、基礎からじっくりと教え込みたい。あの子は成長すればプレシアの娘としての名に相応しい魔導士になるでしょう。アルフもフェイトの支援をしようと補助魔法の修得に力をいれています。拾った時はあんなに小さかったのに、こんなに大きくなって……時間の流れを感じますね。
フェイトもアルフも本当にいい子です。だから、この子の家族で問題があるのは母親の方。
プレシアがなぜフェイトを拒むのか、私には分かりません。ですが、親子の関係がこんなに冷えきったものだなんて悲し過ぎます。どうにかして仲良くなってもらいたい。
○月φ日
プレシアの様子を見に行った際に、彼女が吐血しているところを目撃してしまった。普段から体調が悪い様子でしたが、まさかそんなに体を壊していたなんて……。
こっそり血液のサンプルを採取させてもらいました。付近の医者に見せてみようと思います。できれば本人に行ってもらいたいんですが、プレシアは決して研究以外に時間を割かないでしょう。何もないといいんですが……。
×月π日
何て事でしょう……。プレシアの研究室の奥でとんでもないものを見てしまいました。あれは……ポッドの中で浮かんでいるフェイトに似た少女は……。
アリシアとは誰ですか、プレシア。なぜその名前をそんなに愛おしそうに呼ぶのですか。
それに、今まで気にしていませんでしたが……貴女はそこまで身を削って……一体何の研究をしているのですか?
×月γ日
プレシアと口論した回数は数知れませんが、これ程大きなものは無かったでしょう。
プレシアが行っていたのは禁断の研究、死者蘇生。フェイトもその研究の一端として産み出されたアリシアのクローン。フェイトの持っている記憶も……アリシアの記憶を転写したもの。
私も、アリシアが飼っていた山猫をベースにした使い魔みたいです。
フェイトにとってのプレシアは優しかった母親である一方、プレシアにとってのフェイトは……アリシアになれなかった出来損ないでしか無かったようです。
死者蘇生など不可能であること、フェイトもアリシアとは違ってもプレシアの大切な娘であること、いくら話しても受け入れてもらえませんでした。
戻れない過去を目指しても、誰も幸せになどなれないというのに……。
×月μ日
プレシアの容態について、医者に診断結果を聞きに行きました。
その結果は、重度の肺血腫。全身に転移している可能性があり、今すぐ集中治療しても二年後の生存確率は10%以下であるとの事。
悪い話は続くとはよく言ったものです。プレシアが研究を急いでいたのは、自分の死期を悟っていたからかもしれません。だとしたら、アリシアと再会することがプレシアの最期の望みだとしたら……私はそれを妨害できるのでしょうか。私は、何をすべきなのでしょうか。
△月ν日
分からない。
フェイトに真実を打ち明けて、ここから連れ出しても私の命は長くない。もともと、フェイトを一人前にするまでがプレシアとの契約です。契約が切れて魔力供給が無くなったら私は消える。プレシアから離れては、その僅かな期間もフェイトを支え続けることはできない。フェイトは悲しい真実を知ってしまうし、プレシアから離れるのも辛いでしょう。それに、プレシアは最後まで運命に裏切られたままになってしまう。
プレシアに賛同して、研究を続けさせてもフェイトの未来は暗い。フェイトとアルフはきっと不幸になる。それは研究が成功しようと失敗しようと変わりません。あの子にプレシアが振り向いてくれることは、決して訪れない。
そして今こうして悩んでいる間にも、私を維持するためにプレシアは寿命を削っていっている。本当に、どうすればいいのでしょうか。悩んでも、悩んでも、いくら悩んでも分からない。
△月τ日
私は、プレシアを裏切れない。あの人には幸せになって欲しい。でもそれは恐らく叶わぬ願い。そしたら、私はフェイトに何をしてあげられるのでしょうか。
今日あの子にいつか友人を作るといいと話したら、「友達はいらない」という返事が返ってきました。私とアルフがいれば友達はいらないと言うフェイトに、私が消えるという残酷な真実を告げられませんでした。なぜあの子があんなに寂しい瞳をしなくてはいけないのでしょうか。あんなに優しくて、がんばり屋で、家族思いのフェイトをあんな顔にさせたのは……やはり今の環境がおかしいからでしょう。私は……フェイトに言葉を返せませんでした。必死で心を殺している頑張っているあの子を、邪魔していいものか分からなかったから……。
……言い訳ですね。でも、それでもどうかあなたに、いつかあなたにも、嬉しい時に一緒に笑って、悲しい時に一緒に悲しんで、同じ速度で一緒になって歩いてくれる、まっすぐに向き合ってくれるような、優しい友達が……できるといいと願っています。
□月κ日
せめて私がフェイトにしてあげられることは、残された時間であの子に強さを教えること。あの子がつらい運命に少しでも立ち向かえるように、少しでも良い未来に進めるように。
あの子を少しでも支えてくれるよう、デバイスを念入りに調整しましょう。お願いします、バルディッシュ、そしてアルフ。どうか、これから来るフェイトの絶望を、少しでも和らげて下さい……。
もう本当に時間がありません。フェイトはもうほぼ一人前、バルディッシュももうすぐで完成。バルディッシュが完成したら、その時が私が彼女たちの前から消えるときでしょう。
それまでに、どんな些細なことでも、フェイトのためになることをしなくては。プレシアを、プレシアに、幸せになってもらえるようなことを、しなくては……。
□月α日
今日はフェイトが一人前になった記念すべき日です。それと同時に、私が彼女たちの前から姿を消す日でもあります。
結局、今日までプレシアの考えを変えることは出来ませんでした。プレシアのフェイトに対する態度は冷たいまま。だけど、プレシア。私の意地っ張りなご主人様。
あなたはフェイトを結局娘として認めてはくれませんでしたね。でも、気付いていますか? あなたは認めまいと必死だったことを。
フェイトの笑顔を見るたびに、フェイトの優しさに触れるたびに、フェイトの一生懸命な愛情を見るたびに、あなたは揺れていたはずです。だから必死に自分から遠ざけているのでしょう? だから必死に――あの子につらくあたっているのでしょう?
私のプレシアとの契約の対価は、フェイトと一緒に食事をして、一日だけでも、フェイトに優しく接することにしてもらいましょう。せめて私が消える最後の記憶だけでも、二人には本当の家族のように……。できることならば、私がいなくなることでフェイトとプレシアの距離が少しでも近づいて、本当の親子になってくれれば。どんな形でもいいから、皆が少しでも幸せで、笑顔になれるような未来を……。
バルディッシュの残ったパーツで私のデバイスにAIを組み込みました。私が消えた後に、誰かに私の想いを伝えてもらうために。出来ることならば、フェイトを知っている人に想いを託したい。時の庭園の転移ゲートに細工をさせてもらいましょう。プレシアと、フェイトとアルフ以外の誰かが利用したらここに跳ぶように。
全てが終わってしまう前に誰かがこの本を手にすることを願っています。
もう私には祈ることすらできません。
それでも、願わずにはいられない。
あぁ、愛しいフェイト、かわいいアルフ、そして意地悪で偏屈で、ちっとも優しくない私のご主人様。どうか、どうか幸せに……。
それだけが、私の心残りです。
これを読んでいる誰か、押しつけがましい話ということは分かっています。それでもどうか、どうか私の大切な人たちをよろしくお願い致します。
リニスより
管理局本格参戦。
なのは管理局の指揮下に。
アイリ、行動方針を決める。
以上の三本でお送りいたします。