食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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『F』の悲劇 思惑

 

 少年が去った後、リストランテ・エフのオーナーである水原冬美は一人、自らの机の上に飾られている一枚の写真を見ていた。

 

 そこには十数年前、あの学び舎で共に技を磨き、競い合った仲間たちの姿があった。この中には水原のように卒業した者もいれば、力及ばず途中で遠月を去った者もいる。それでも、この仲間達がいたからこそ、今の水原がいる。逆にいれば、誰か一人が欠けていても遠月第二席という場所には立てなかっただろう。

 あの時よりも確実に前に進んでいるという自信はある。

 

 でも、今あの時の仲間に胸を張って自分の店を紹介できるかといえば正直わからない。

 今までのやり方が間違っていたとは思えない。少なくとも、それで一般的に成功と呼ばれるようにはなった。

 

 それでも。

 

「アイツにだけは――――見せられない」

 

 絶対負けられない相手がいた。

 ソイツは遠月の補助を断り、単身海を渡り、今は水原と同じように成功と呼べる働きをしている。

 

 学生時代から、今も尚負けたくないと思える相手。

 よりにもよってソイツだよって今の自分を見せたくないと思っている。

 

 そして、もう一人。

 

 そう思えるような相手がつい先日生まれた。

 

 その少年はお世辞にも才能が有るとは言えなかった。

 技術や知識をいくら溜め込んでも、肝心のセンスが遠目から見ても見当たらない。どれだけ努力しようと同じだけ努力した天才には絶対に敵わない。そんなハンデを背負いながら、人一倍料理を楽しんでいた。

 

 結果的に、その少年は今年の夏の合宿で参加した講師を対象に取られたアンケートで最も印象に残った生徒として満場一致で挙げられた。

 実力や才能的には同学年内にも、木久地園果やあの赤ずきんのおかしな少女等、彼よりも圧倒的に優れている生徒がいたにも関わらずである。その場に()()()講師達全員から一人残らず()()として認識されてしまった。

 

 それが偶然なら、どれだけ良かったことか。

 たまたま全員の意見が一致した。それだけなら、彼に特別目立つ何かがあったのだろうと思うことが出来た。

 

 そう、そんな偶然が三年も連続で続かなければ。

 

 

 

 二年前の今は極の世代と呼ばれる面々を差し置いて、たった一人で遠月リゾートに三十品目以上の新メニューを誕生させ、それと同時にいままでメニューとしてあった同じ数だけの料理を遠月リゾートから消し去った【魔女】薙切せりか。

 

 一年前、純粋に実力も才能もある角崎タキや搦手で合宿を大混乱に陥れた八神真理がいたにも関わらず、ただ一人圧倒的な才能だけで最終日の課題で売り切れを出した天才は今は学園で第一席をやっている。

 

 この二人は他の生徒と比べても規格外だった。

 単純な実力ではない。文字通り、比べるものが違う。

 

 食戟に例えるなら、魔女の方は水原ならきっと勝つことが出来るだろう。しかし、その代償に今まで培ってきたものすべてを搾り取られ、何度か目には負けてしまう。そして、もう一人の方には最早勝てるかどうかもわからない。先に料理を作り終えられれば負けるし、先手を取ったとしてもひっくり返されるだろう。それだけ脅威と思える相手だった。

 

 そして、この二人は全く同じことをその年のスタジエールでやらかしている。

 

 彼らは圧倒的な成果を見せた。

 新たなメニューの開発やリピーターの増加、それ以外にも店そのものの格を上げるまでの活躍をした。

 期間中に驚異的な売り上げを上げる事は歴代で十傑になったものなら珍しくもない。

 

 しかし、彼らが去った店はその尽くが崩壊した。

 ある店は経営者が入れ替わり、それまでの方針が百八十度変わった。

 ある店はそもそもの目玉といえる料理を全く別のものに変えた。

 ある店は繁盛しているにも関わらず店主自らが店を畳んだらしい。

 

 それだけならまだ、よくあることで済む。

 高い競争力を持つ遠月学園の生徒にはそれだけの可能性がある。

 

 問題は、それぞれが言った場所で最も格上と呼べる店。つまりは、遠月卒業生が経営する場所が完膚なきまでに潰されたことだった。

 スタジエールで選ばれる研修先はランダムではなく、実はある程度生徒の実力にあった場所が選ばれる。勿論難易度は彼らがクリア出来るレベルではなく、それよりも上。物によっては学園側も絶対にクリアできないだろうと思う場所に送り込む。

 

 合宿で結果を出した二人が向かった先もそういう場所だったはずだ。

 それにも関わらず、彼らは結果を出した。研修先を原型が止めないほどに歪めて。一体どこの世界に研修先をよりよくするためだと言って、経営者 それも遠月卒業生を真っ先に切り捨てる研修生がいるだろう。しかも、その事実を課題が終わって数ヶ月間主無きその店に経営を維持させることで隠し通す等、遠月の歴史が始まって以来類を見ないことだった。

 

 そして、今年。

 前年度よりも競争者が少なかったとはいえ、三人目が生まれてしまった。

 

 それも、他の二人よりも早く、遠月卒業生を潰した上でのランクインだ。学園側に警戒されるのも無理はない。

 

 そう、あの少年。

 榊奴操はすでに、あの夏合宿で遠月卒業生の一人を再起不能にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはとある富裕層だけの閉じられたコミュニティがサロンの一室だった。

 

「これが、詳細データです」

 

「ほう」

 

 八神真理が渡したデータを興味深そうに確認するのは髪の毛から靴の先まで全身を黒一色で統一された男だった。

 まるで死神。

 黒髪に僅かにメッシュのように入り込んだ白髪と死人のように白い肌だけが皮肉なことに男を生きた人間なのだと感じさせる。

 

 男が覗き込んでいるのはここ数年の『リストランテ・エフ』の売上や客層を含む近況だった。

 

「素晴らしいね。君の言う通り、彼女の才能は一流のようだ。だが、それだけに惜しい。現状では彼女の才能を活かしきれる環境とはとても言えないな」

 

「ですねー。スタッフ内も派閥と言えるかどうかわからないほどおざなりなものですが分かれていますし、何よりこのままでは水原冬美という個性は確実に死にますよね。それは勿体無い」

 

「ああ、感謝するよ。彼女はきっと僕の目指す理想に大きく貢献してくれる。こんな人材がダメになる前に発見できて本当に良かった」

 

「でも、協力してくれますかねぇ。わたしが言うのもなんですけど、彼女かなり遠月の思想に染まっちゃってますよ。ま、ドップリというよりはそれでも困ることがないほど才能があって、他の人間と違ってあのやり方でも問題ないから従ったって風ですが」

 

「なんだ、そんなことか。確かにそれは問題だね。でも、心配いらないよ」

 

 八神の危惧をもっともだといいながら男は然程気にした様子はなかった。

 それどころか、どこか楽しそうに暗い笑みを浮かべながら。

 

「何、どうしても賛同してもらえないというなら仕方がない。―――――――僕が直接()()してあげよう」

 

「…………」

 

 アッサリとその言葉を言い放つ男に八神は笑みの仮面を貼り付けたまま、僅かに考える仕草を取る。

 

「不満かい?」

 

「いえ、わたしは才能がある人間が死ぬほど嫌いなのでいいんですが。それだと、()()()()が貰うものがなくなってしまんじゃないかと」

 

「ああ、そうか。今回は君達のお陰だったね。心配はいらない。例え考え方は変わっても彼女は彼女だ。問題なく、愛せるだろう?」

 

 まるで、既にそれが決定事項であるかのように言ってのける男の言葉に、()()()()として、そして『エフ』内部にいる協力者として考え、彼女は問題ないと結論づけた。

 

「はい。そうですねぇ、わたし達はそれで構いませんよ。今じゃなく、未来がある『エフ(IF)』が頂ければそれで」

 

「そうか! では始めよう。――――――革命を」

 

(こっちが動く以上、内部崩壊は確実。このままじゃ、本当に頂いちゃいますよ、水原先輩?)

 

 ここに、また一つエフ(あの店)を狙う者達が動き出す。




 おまけ じゅっけつのおしごと その二

榊奴「今年で三年。後輩達も育ってきたし、思い残すことはないな」

司「ちょっと待ってください! 先輩がいなくなると誰がみんなをまとめるんですか!」

榊奴「いや、そこは時期一席の司くんでしょ。実力はダントツなんだから頑張って。いざとなれば来年はえりなちゃんもいるし、早い内に巻き込んでしまえばいいと思うよ。あの子には秘書子ちゃんいるし、薙切だから素で他人を支配し出す仕切り屋だから」

司「な、薙切えりなですね! わかりました!」

榊奴(ま、流石に一年だから十傑加入は早くても秋過ぎだろうし、それまでにはある程度まとまるだろう。…………流石に、大変だからって進級と同時に十傑に推薦しねえよな?)


もも「待って」

榊奴「ん? ももちゃんどうしたの?」

もも「先輩がいなくなったらいったい誰が「ブッチー(ぬいぐるみ)」を治すの!?」

榊奴「うん。まず落ち着こうか。落ち着いて俺の手に爪を立てるのを辞めようか。いいかい、俺は基本的にみんなのスタイルには口を出さないし、先輩である俺を真似しろだなんて絶対に言わない。でもな、俺は再三言ってきたはずだ。ブッチーにだって命はある。それをオーブンから取り出すたびに両手を捥いでミトン替わりにするのはやめろと! 俺はブッチーの腕を直しているんじゃない! ブッチーの傷ついた心を直しているんだ! 後、まさか手をブチッと千切るからブッチーとか言わないよね? 本当にやめてくれよ? 俺霊感あるからどっかの誰かのご先祖様とか見えるんだよ!」

もも「ブッチーはいつも私の料理を助けてくれる友達だもん!」

榊奴「よーし、よく言った! 本当は引き取って代わりにこの喋る超合金「真月」を渡そうと思ったが、君がブッチーを友達だというならそれはやめておいてやろう。いや、ブッチーも満更でもないみたいだし? 例え手をもがれようとちっちゃい女の子に抱き抱えられるなら本望とか言ってるし?」


竜胆「せんぱーい。あそびにいこうぜー」

榊奴「ん? 竜胆ちゃんか。ちょっと待ってくれ、俺がいなくなってもいいように今ブッチーに改造手術を施しているところだから。この糸はな、自動縫合繊維と言って古き良き日本人形を材料にしていて、手が取れても近くに置いとけば夜中に糸が伸びて勝手にくっついてくれるという代物なんだ。今ならその素材になった日本人形もついてきて―――――おいこら、ブッチーテメエ暴れんな!」

竜胆「いいから行こうぜー。またくがのやろーが瑠璃せんぱいの赤ずきん取ってなんか酷いことになってるみたいでさー」

榊奴「え、また? 近くに木久地とかいないの? 逃げた? ほう、いい度胸だ。 それにしても、本当に困るんだよなー。なんか去年あたりから十傑関係のトラブルは全部俺の所に来るし、なんか仕事増えた気が」

竜胆「早く行こうぜー! 終わっちまうよー」

榊奴「あーわかったわかった。あ、司くん、俺の机の上の書類提出しておいてー」

司「わかりました。っと、すごい量ですね。どうしたんですか、こんなに。なにか特別な案件でも?」

榊奴「ん? いや、普通だけど? それ今日三回目だし」

もも「三回目? どういうこと?」

榊奴「いや、言葉の通りの意味で今日三回目の仕事ってこと。帰ってきたら残りもやるつもりだから、心配しなくてもいいよ」

竜胆「なー、なんでせんぱいの仕事を私たちが心配するんだ?」

榊奴「あ、いや、だって、それ全部本来は十傑全員で処理する案件だし、一応俺がいる間は一人で済ましたほうが早いし、確実だからやっているけど。あ、ちゃんとみんなの意見が必要なモノは会議で紹介しているから安心してくれ」

司(これを、)

もも(全部!?)

竜胆(ま、司に押し付ければいいか)

榊奴「よし、くだらない喧嘩をおさめに行くか。これも一応れっきとしたじゅっけつのおしごとだしね」

司「ど、どうしよう。自分の仕事を他人に任せるなんて―――失敗でもされたら……でも、この量を一人で(ブツブツ」

もも「わ、私にはブッチーがいるから。ね、ねえ。ブッチーに書類整理機能を付けるなんてことは――――」

榊奴「さーて、おしごとおしごと!」



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