ギアを上げていくと言ってからまたまたひと月近く期間が空いてしまい申し訳ありません。
この作品は現在連載している薊キングダムの前日章として進めていこうと思います。だいぶ時間がかかると思いますがどうぞ温かく見守っていてくれると助かります。
と、いうことで今回から数話はスタジエールをお送りいたします。
原作の叡山先輩について一言
第八席「審査員買収とか普通ですよねぇ。こんなの手を打たない方が悪いんですよ!後、買収したのがあからさまだとバレて襲撃に遭うのでグレーゾーンを貫くのがいいと思いますよゥ!」
魔女「お金――――ですか。うーん、甲山くんは彼らのご家族とか恋人とかと先にお話しといたほうが良かったかもしれないですねー。ほら、よく言うでしょう?先に動いたほうが負けると」
タキ「お前らの思考の方が怖いんだよ………」
遠月学園に通う高等部第一学年の生徒達にとって『地獄の宿泊研修』と並ぶ関門であり、外部の様々な料理の現場に派遣されるカリキュラムである。
派遣先は高級料理店から食品メーカー、公的機関等多岐にわたり、実践の空気を学ぶ正式な授業の一環となっており、当然遠月の課題である以上実力が足りなければ容赦なく振るい落とされる当事者たちにとっては決して油断ならない期間となる。
さて、ここまでの事を頭の隅に留めてこの話を聞いてほしい。
つまり、この
毎年数百名の生徒が日本各地で同時に課題を開始するこの
「この空気、久しいな」
「お待ちしておりました。コードネーム223、これが今年の担当者の名簿です」
毎年顔を合わせる教員とは一年に一度の付き合いと言えど、最早長年の友のような信頼を気付いており、男が『極秘』と書かれた封筒を目の前で破るのも咎める事無く見守っている。
「ほう、この時期で十傑候補の一人か。一昨年の薙切せりかや矢成音弧、去年の角崎タキや八神真理を思い出すな」
「ええ、長年この行事の審査員を務められた貴方へと学園総帥直々の推薦です」
「なにっ、仙左衛門様のか!……………それは失敗は許されんな。常日頃から鍛え上げたこの技の冴えが未だ衰えていない事を証明せねばなるまい」
「気に入って頂けたようで何よりです」
「当然よ。五十年以上続けたこの任が今やっと結実しようというのだ。これで高ぶらずになんとする!…………こうしてはおれんっ!私は準備があるゆえ、失礼する!それでは御免!」
教員の言葉に胸の奥に眠る闘志が呼び覚まされたかのように張り切る男は内容を確認した封筒とその中身をその卓越した技術で再生不可能なまでに塵にすると懐に忍ばせていた煙幕を爆発させ、その場から消失する。
「っ、相変わらずせっかちなお方だ。室内での煙幕はやめて欲しいと毎年言っているのだが…………」
男の行動によって発生した白煙に残された教員は咳こむも、男が封書を塵にする直前に目にした「榊奴操」と「木久地園果」という名前を思い出し、今回ばかりはしょうがないかとその貼り付けたような笑みを広げるのだった。
さて、遠月学園名物地獄のスタジエールが開始されて早二日というところだが、この段階で既にきめ細かい網の目をふるい落とされた者の数は計り知れない。ひと月という学生生活の中では決して短くない期間を実際に料理の売り買いをしている戦場に駆り出される事となる学生達の大半は遠月という環境とレッテルを過信し、今自分達のいる場所を戦場の第一線だということを理解出来ていなかったからである。
「不合格」
「そ、そんな………」
審査員ナンバー223の担当する生徒がまた一人研修先の主任から遠月での生活の終止符となる言葉を浴びせられた。学生達がそれぞれ派遣された店の責任者には研修期間の間は本当のスタッフのように扱ってくれと学園側からの要望が届けられ、実際に各々の意思で彼らをクビにする権限を与えられている。
学生だからといって決して甘やかされることはない。このスタジエールの選考基準は現場の空気が常に張り詰められていることであり、たった一つの異物が店全体を数日で良くも悪くも変えることが出来るようになっている。逆に言えばこの期間中に何らかの変化を与えなければ本当の意味での合格ではなく、それを確かめるために学生達と店側の様子を逐一遠月側に報告し、最終的な合否を決定するのが審査員の役目である。
「ふむふむ、これで六人目。最初の関門である現場の空気に触れるという段階で落ちるものは落ち尽くしたかのう」
223は毎日審査員としての必須技能である変装を駆使して各研修地へと直接様子を見に行っている。勿論、客として入るには限界があるので時に仕入れ業者や清掃員として出入りすることで可能な限り学生達の生の反応を観察する。
最近の若い審査員の中には道端の電柱の影から観察するなどという愚行を犯す輩がいるが、万が一通報でもされて持ち場を離れる可能性をしっかり考慮しているのだろうか。一流の審査員ならば駆けつけた警備員を即座に制圧、その後装備を奪い何事もなかったかのように持ち場に戻るくらいの技能が求められる。
それが遠月クオリティ。何もあの学園を支えるのは料理人だけではないのだ。もし戦争が起こっても食と武の両方の面から即座に事を納められるのが遠月という何代にも渡りこの世界に君臨してきたモノの力の証明である。
「今年の持分は十人。全盛期は三十はゆうに任せられていたというのに、嘆かわしいことだ。それもこれも去年、一昨年の失責から。今年こそは本来の力を発揮し、まだやれるということを証明せねば………」
相棒であるハヤブサの『月光丸』に脱落者の報告を兼ねた書を括りつけて大空へと飛ばす。それと同時に223の身体は闇に溶け込むように姿を消し、次の参加者のもとへと向かうのだった。
『リストランテ・エフ』
遠月学園の卒業生が経営するこの料理店は近年でも稀に見るほどの急激な速度で日本国内に存在するイタリア料理会の上位ランキングに喰い込むほどの活躍を見せ、経営者である”彼女”は昨年の最も勢いのある若手料理人TOP10に入賞する等、現在国内でも有数の優良物件である。
そんな今ノリに乗っているエフの店内で躍動する影があった。
「ミサオ!次はこっちを頼む!」
「操くん、こっちもお願い!」
「はい!今行きます!」
スタジエールが始まってから二日目。
つい先日あったばかりのあの『エフ」のスタッフ達から頼りにされていることに喜びを感じる。学園では体験できない実際に客の相手をする現場特有の技術を学び取る事がこのスタジエールの醍醐味だが、榊奴は特技の一つである周囲と即座に溶け込む社交性を持ってたった一日で従業員達からのある程度の信頼を勝ち取っていた。
「今こそ我々日本人が代々培い進化させてきた至高の技術をお見せしよう!用意するものは割り箸、使い古しの布、そして輪ゴム。これを組み合わせるだけであら不思議!たったこれだけで掃除機やほうきなどが届かない隙間のゴミを簡単に取ることができまーす!」
「「おおお!!」」
「まだ驚くのは早い!普段は手の届かない天井の汚れも片手に濡れた雑巾、もう片方に空拭き用を持って空中三角飛びを駆使することでこの通り!」
「こ、こびりついていた汚れがみるみるうちに!」
「なんという身体能力!これが日本のいや、遠月の学生の力なの!?」
瞬く間に開店前の清掃を済まし、次の作業に取り掛かる。
滅多にA評価を出さないことで有名なローラン・シャペル講師の授業でレシピに記載されていない盛付けや調理後の清掃などの部分で本来B評価だった品をギリギリA評価まで繰り上げたことのある身としてはこのくらいはそれほど苦でもない。
同様に開店後のラッシュ時でも頭の中で各テーブルの状況を整理し、その上で一人一人の客のペースや体調、性格を考慮し完璧なタイミングで料理をお出しする事が出来るため学生の身分で『エフ』からすれば外様である榊奴にも十分な信頼を寄せてもらっている。
―――――ただ、ひとつ。たった一つ心配なことがある。
(あーあ、俺ここに来てから一回も料理してないな)
スタジエールの期間は基本的に一週間。
ここまでの調査と店外をウロチョロしていたので不審者かと思い捕まえた視察員の何名かから聞いた話によればこのスタジエールでは派遣先に順応するだけではなく、その先――――現場に何を与えられるかというものが審査基準になっているらしい。
その基準で言うと今行っているホールでの業務は一見真逆。ハッキリ言って榊奴一人がいようがいまいが変わらないというのが本当のところだろう。
なら、直ぐにそんな作業をやめてもっとスタジエールを合格するのに必要なことをすればいい、とは思う。だが、そうはいかないのがこの世界における常識だ。一度請け負った仕事は最後までやり遂げるのが当然。途中で投げ出したり満足にこなせないものの意見など受け入れられるはずもない。
そして、どれだけ上手く効率的に行ったとして常に違うお客様を相手にするサービス業にとって明確な合格ラインなど存在しない。あるのは目の前に存在するお客様とまだ見ぬお客様に対するあくなき奉仕の精神だけであり、それは悟りを開くために仏の教えを学び、ひたすら修業に励む修行僧に近いものがある。
そして、もう一つ。
榊奴操が厨房に足を踏み入れられない理由がある。
「ゴメンネ。あの遠月から来てくれた操くんにこんな事までやらせちゃって。本当なら
一緒に回転を準備をしていた『エフ』のスタッフであり榊奴の教育係である伊佐敷夏那が申し訳なさそうにそう言ってくる。
「いえ、しょうがないですよ。店で最も重要な厨房に素人を一気に二人も入れるのは無茶だってわかってましたし、適材適所って言葉がある通り俺はサポートに回るのが今回は正しい選択だってわかってますから」
「え、でも遠月の学生なら料理が凄く上手いんじゃないの?」
キョトン、とした顔で夏那はとんでもない事を口にする。
「は?い、いや遠月は確かに日本――――いや、世界でも有数の料理学校ですけど、そこに通っているからって皆が皆料理が無茶苦茶上手いってわけじゃないですよ!?」
「へー、そうなんだ。冬美さんも遠月出身だから操くんやあの子もてっきりそのレベルだと思ったんだけどなー」
「いやいや、水原先輩は遠月の中でも1%以下の卒業生なんでそれと比べられても。はぁ、ウチって外から見たらそんなイメージのなのかな…………」
遠月の中でも実力はしっかりとピンからキリまで存在する。ただ下の者たちが次々と切り落とされていくので化け物みたいな連中だけが生き残るシステムなだけなのだ。
彼女は遠月の料理人だから料理がうまいと思っているようだが、実際は遠月に所属しているから料理が上手いではなく、遠月で生き残るためには死に物狂いで知識や技術を身につけなければいけないので料理が上手くなるのが正しい。その中でも卒業まで漕ぎ着けるのは極一部であり、この『リストランテ・エフ』を経営する水原冬美は当然榊奴などと比べるのもおこがましい程の天才である。
「ま、でもアイツは伊佐敷さんが期待するような天才ですよ。それは保証します」
「ふーん、信用しているんだね」
「ええ、アイツがメインで俺がサポート。今までもそうでしたし、きっとこれからも変わらない。ずっと見てきたから痛いほどわかっていますよ。本当にどうにもならないほどね」
榊奴操が厨房に踏み入れられないもう一つの理由にして最大の案件は同時期にここに派遣されたもうひとりの存在だ。
このスタジエールで一つの現場に二人以上の学生が派遣されるのは珍しいことではない。一体どういった基準化は定かではないが、話したこともない赤の他人よりは普段から学園で接点のある人間が同じ現場を指定される傾向があるらしい。そして、それはただ単純に知り合いだから助け合い、協力しろという意味で受け取る事は遠月学園に通っておる身としてはとてもじゃないが出来なかった。
そう、この『リストランテ・エフ』に彼女――――木久知園果が派遣されたのは偶然でも神からの恵みでも何でもない。
たとえ、普段は仲のいい友人でもこのスタジエールにおいては互いに牽制し、相手より結果を出すことを強いられた
そういった意味では彼女の存在はこのスタジエールにおいて絶対的な壁となりえる。
木久知園果という少女は料理人として絶対的な才能を持つ。それこそ水原冬美に匹敵するレベルであり、時期十傑候補として上級生をを差し置いて真っ先に名前が挙がるほどだ。ハッキリ言って榊奴では勝負にもならない。そう思わせるに十分な差があるのだ。
だから、
「俺はホールを任された。任された仕事はトコトンまでやるつもりです。伊佐敷さん、今日もご教授お願いします」
「いやー、普通に君もう私超えてると思うんだけど…………私に教えられる事後何個残っているかなー?」
榊奴操は勝つことを諦めた。
おまけ 223が選ばれた訳
榊奴「ふむ、どうしても身元を話す気はないと」
視察員A「当たり前だ!不覚はとったがそこまで落ちぶれてはいないわ!」
榊奴「いや、俺は普通に貴女が怪しかったんで話を聴こうとしていただけなんですけどね。ま、そう硬くならずに。俺も一応料理人なんで何か作りますよ?」
視察員A「そ、そう?悪いわね」
榊奴「さてと、ああちょうどいいところにプリンと醤油がある。ま、これでいいか」
視察員A「え、何そのものすごく悪そうな顔………え、なにそれ」
榊奴「知ってますか?プリンに醤油をかけるとウニの味がするらしいです。ま、それは本来なら都市伝説レベルの話なんですが。ウチの先輩が大真面目にそれこそ配合比や分量を事細かに決めたこのレシピがあれば完璧な味を再現できるんですよ。……………欠点としてはあまりに完璧にウニの味がするので食べた人は本当のウニの味がわからなくなったり、醤油を使った料理が全てプリンの味がするようになったりするらしいですが、瑣末なことですよね?」
視察員A「う、ううん!全然瑣末じゃない。凄く大事なことよ!だ、だから笑顔で私に食べさせるのはやめて!君なんかとてつもない闇を背負ってそうでなんか怖いのよ!い、いや止めて―――――いやあああああ!!!!」
せりか「数量と用法は正しく使ってくださいね♪」
タキ「………アイツってたまに容赦ないよな」
冬美「…………私のプリンがない」