実は原作でとある人物が登場したことで大幅にストーリーを変更することになりまして………今まで主人公にとっての敵をオリジナルでやる予定だったのがその人物になったおかげでその他諸々の調整に戸惑ってしまいました。
アニメは終わってしまいましたが、この作品のメインキャラである二人の卒業生が出る二期を願ってこれまで以上にギアを上げていこうと思います。
ジャンケン。
一般的に物事の優劣を決めるときに用いられる決闘法の一つで必要な道具が己の身一つという点から世界的に有名な競技である。
「「最初はグー!ジャンケン、ポン!」」
「俺の勝ち、だね」
「っ~~~~~~!!!」
対決する二人から繰り出された拳。
榊奴の手元に対し、目の前の少女は小さく歯噛みする。
これで23戦23勝。
えりなにとってはその逆だ。
「も、もう一回です!」
「いいよ。だってジャンケンなんて”運”だもんね」
キャラ弁研究会を巡る戦いの行方は榊奴の誇る高度の交渉テクニックにより遠月伝統の食戟ではなく、二人のジャンケンへと移行されていた。
最初は食戟のテーマを決める程度のものだった。誤解の無いように言うが、榊奴操と薙切えりなにとってテーマなど本来はあってないものだ。なんでも作れるように努力する代わりに得意料理が存在しない榊奴に対し、薙切として食文化の英知を教え込まれているえりなには自らのテリトリーこそあれ苦手な料理など存在しない。
だからこそ、テーマの選定において二人の希望は殆ど無くそんなことで時間を食いたくないとえりなが切り出したのがジャンケンだった。
そう、先に切り出したのはえりななのだ。
「つ、次こそは絶対に勝つわよっ!」
「あれれ~?敬語はどうしたんだい?俺、一応せ・ん・ぱ・いだぜ?」
「だ、誰があなたのような男をっ!」
「言っておくが、先にジャンケンを低俗な競技と貶したのは君だ。その報いは受けてもらう。そら行くぞ、最初はグー」
「クッ、じゃ、ジャンケン」
普段の榊奴ならばこのように相手の精神を逆撫でするような言動は取らない。
しかし、えりなは持ち前の負けず嫌いを発動し一回勝負のところを何度も食い下がっているうちに発した言葉が料理人としてジャンケンをこよなく愛する榊奴の逆鱗に触れた。
「また、俺の勝ち~」
「ど、どうして…………」
「どうして?さあ、どうしてだろうね。もしかしたら俺がイカサマをしているかもしれない。でも、一つ教えてあげるよ。”例えばれても立証できなきゃイカサマじゃない”」
一般的には運ゲーと呼ばれるジャンケンだが、実はその認識は大いに間違っている。
この競技にはいくつかの必勝法が存在し、それを知っているか知らないかで時にこのようなワンサイドゲームが展開されることがある。
料理人としてひたすら基本に忠実に歩んできた榊奴にもそれがある。
講師や自分よりも実力が上の料理人たちを参考とする上で最も注視するのは相手の手元だ。その手でありとあらゆる作品を作り上げる料理人の手元からは非常に多くの事を学ぶことが出来る。そうして学び取った多くの技術は今日の榊奴操という料理人を語る上で欠かすことのできないものであり、その結果得た技術が相手の手元を見て次の動きをほぼ100%予測し、それと同時に自分の手元を同じように動かす曲芸じみた模倣だ。
これと客が今何を食べたいか予想するために学んでいる精神学やFBIの知り合いなどから学んでいる最先端のプロファイル技術を応用すればジャンケンにおいて奇跡的な勝率をたたき出すことは難しくない。
相手の目線や手首の角度を観察し、心理操作すら駆使する榊奴の必勝法は今のところ全国ジャンケン大会決勝リーグで当たった猛者達や彼を凌ぐ観察眼を持つ薙切せりかを除いて破られてはいない。
「さて、これで49戦目。もう少しで50の大台だ。別に俺としてはまだまだ相手してやってもいいが、流石にこれ以上君に恥を上塗りするのは気が引ける。どうだろう、今回の件は手を引いてくれないか?俺も料理人だ。専用の調理棟の重要性は理解している。上を目指す以上これで十分なんて妥協は存在しないことも。その上で、彼らについても今一度考えてくれないか?君にとっても重要な話だ」
「ど、どういうこと?」
目を真っ赤にしながらも決して涙だけは見せないように榊奴を仇が如くキツく睨みつけるえりなに対し、あくまで笑顔で近づく。
「このキャラ弁研究会には遠月学園において代々重要な役割が与えられている。卒業アルバムは知っているね?」
「当然です。この遠月を卒業した証にして毎年数冊しか作成されることのない記念品。ゆくゆくは私が手にするものです」
「そう、君にとっても重要なものだ。なら、その卒業アルバムが毎年その実態を明かされないこともしっているね。何故だと思う?」
「?何故って、それだけ重要なものだということでしょう?」
先程のジャンケンの件もあってか含みのある榊奴の言葉にあからさまな警戒心を隠そうともしないえりなだが、自分に関係のあることだと理解しているだけに少しずつのその警戒は甘くなっていく。
「ま、普通はそう考えるよな。でも違う。卒業生達が頑なにその実態を隠すのは彼らにとってそれがとんでもない地雷だからだよ。俺も多くは知らないが、あれには在校生や講師達からの賛辞の言葉の他に各々が遠月の生徒として送れる最高の”賛辞”が載せられる。その内1ページをこの研究会は数十年に渡って担当している」
「伝統、ということですか」
「そういうこと。わかってくれたかな?」
伝統という言葉は人に何とも言えぬ充足感を与える。例えどれだけくだらない事だろうと人間はそれが伝統だと言われるだけで納得してしまう時がある。その魔力を知っているからこそ、榊奴は今度こそ価値を確信する。
彼の知っている薙切えりなという少女は絶対的な才能とそれを最大限生かす環境を持つ強者であり、それを持ってもあまりあるほどの負けず嫌いなのだ。
「ふ、それがどうしました?例え伝統だとしてもそれがくだらないものであれば消し去ってあげるのが”薙切”である私の役目です。この遠月にそのような低俗な伝統など必要ないわ。第一、私の人生にそのような汚点を刻むなどありえない。この事について教えてもらったこと”だけは”お礼を言っておきますわ」
榊奴の言葉をバッサリと切り捨てることでどこか勝ち誇った表情をするえりなは先程と同じようにキャラ弁研究会の代表に詰め寄るように「さあ、食戟を――」と言葉を投げつける。
どうやらこの棟を手に入れる決意は固いようだ。榊奴の方に食激をする意思がない以上ここから先は当人同士の問題。介入は諦める他ない。
「そうか、残念だよ。俺では力不足なようだ」
「ようやくわかりましたか。では、邪魔者もいなくなったところで―――――」
「えりなちゃんがそんなにコスプレがしたかったとは―――――男として美少女のコスプレを止める理由はない。是非撮影の際は呼んでくれ。一応俺も裁縫の腕前はここの学生服を自作して誰にも気づかれない程度はある。きっと役に立つと思う」
「………………………へ?」
目を点にしてたった今聞こえたとんでもない発言の意味を理解しきれない様子のえりな。榊奴こそ至って真剣な表情だが、隣で堪えきれずに壁をその小さい手でバンバン、と叩く音孤やえりなとの食戟という実質的な死刑宣告を受けながらもいそいそとカメラを取り出す研究会の面々などは完全にこの状況を楽しんでいた。
「君がこの研究会を食戟で潰し、この棟を手に入れるというのはわかった。でもね、それで卒業アルバムのページがなくなるわけじゃない。この遠月に一体いくつの研究会が存在すると思っているんだい?キャラ弁研究会がなくなればその役割は他の研究会へと受け継がれる…………」
「ここが無くなるとすると次の候補は『魔女っ子ファミリア』か『巫女さんファーム』かねい。私としちゃこれ以上変な属性が増えるのは流石に纏まりがつかないから止めようとしたんだけどねい。ま、角崎やお前の面白映像が見れるなら悪くないかねい。て、いうか魔女の魔女っ子ってそんな面白そうなの見れるなら私が先に動けばよかったねい!!」
「なっ!な、ななな!!??」
「言ったろ伝統だって。伝統ってのは受け継がれていくものだ。今までの卒業生が君と同じことを考えなかったとでも思うのかい?はっきり言って無駄だよ。この問題をどうにかするには遠月学園そのものと争うしかない。これは考えようによっては学園を巣立つことで強大な力を持つ卒業生達にとっての抑止力なのさ。卒業したからって天狗になっているとこのアルバムを公表するぞってね」
その点ではこの研究会は優秀だ。
ありとあらゆる食材を使い、写真と遜色ないレベルで作り上げられるキャラ弁は一発でモチーフとなった本人がわかる出来となっている。以前少し見せてもらった今年の第二席のモノなど試作段階のものでも、嘗て貧困街出身でありながら
厨二ゴコロを刺激するそのデザインはきっとあの伝説に憧れる者達にとっては大金を積んでも手に入れたいものだろう。
榊奴としてもあんなイイモノを御蔵入りにするのはもったいないということでなんとか阻止しようとしたが、魔女っ子なども非常に興味をそそるものであることには変わらないのでそれで満足するしかない。
「ま、しょうがないよね。これ以上邪魔して君の道を阻むなんて俺には出来ないし、後は好きにするといい。――――すみません、矢成先輩。折角頼ってもらったのに力になれませんでした」
「いやいや、気にすること無いよい。無茶を言ったのはこっちなんだ。――――それより、二人で角崎にはどんなコスプレが似合うかゆっくり話そう!今度の十傑会議でここの後釜を決めるときに推薦するからさ」
研究会の面々と怒りと恥ずかしさで全身真っ赤に染まったえりなを置いて教室を出る。
遠月学園とは絶対的な競争社会。上を目指そうとする若者を止めることなどできない。そう、えりなとそこまで年の変わらないふたりはどこか悟った表情で多くの研究会が立ち退かされ静寂に包まれた廊下を歩いていた。
数分後、「やってられるかぁぁぁぁぁ!!!」と、とてもお嬢様が発するものではない声が聞こえたがキャラ弁研究会の存続が決まったと二人が知るのは数日後のことなのできっと関係のないことだろう。
「全く、素直に相手してやればいいだろうに。お前には十傑相手でも通用する魔女のレシピがあるだろう?まさか、遠慮したのかい?」
研究等を出て暫くした後、矢成音孤がイタズラめいた表情でそう話しかけてきた。
「何のことですか?矢成先輩」
「とぼけるなよ。勘がいいなら今の状況分かってるだろう?この前の食戟で須郷の奴が十傑から失脚して今第九席の座は勝者である魔女預かりとなっている。つまりは、だ。魔女の配下であり、直接前任者に引導を渡したお前が今一番十傑に近い位置にいる。少なくとも何も知らない学園の連中はそう思っているよい。」
今朝の遠スポでは須郷という聞き覚えのある財閥の本社ビルが爆破されたという記事が一面を大々的に飾っており、十傑同士の食戟という世紀の一戦が二面行きというまさかの事態が発生していたので油断していたが、案外と噂というのは広まるのが早いらしい。
「……………そんなことあるわけないのになぁ。俺を倒したところで次の十傑になれるわけがないし、そんな事で十傑になったら真面目に十傑を目指している人たちに失礼だ。だいたい、候補なら俺よりも相応しい人間がいますよ」
「あれ?十傑に興味ないの?」
音孤の意外そうな声に「ないわけがない」と即答する。
だが、榊奴操には十傑になる前にやらないことがある。
「二回です」
「ん?」
「二回、あの子――――薙切えりなに俺の料理を食べてもらったことがあるんです。まぁ、一回目は「不味い」で二回目は「つまらない味」と評価は散々でしたけどね。」
「ほう、それは興味深いねい」
音孤の目が食肉類のように鋭くなる。
「残念ながら今の俺には彼女を笑顔にする料理を作ることは出来無い。でもだからこそ、俺は前に進もうと思える。あの日の『不味い』があったから今の俺があるんです。100人が口を揃えて美味しいと言える料理ってのはそれを作った料理人もそれを評価した客も素晴らしいと思える。でも、俺にとっては99人の『美味しい』と同じくらいたった一人の『不味い』って声が重要なんです。―――――――だって、三回目は『美味しい』と言わせてみたいじゃないですか」
「あの神の舌に文句無しに美味いなんて言わせるのは至難の業だぜ?私ら十傑でも
「それでも、です。俺の夢は料理で誰かを笑顔にすることであり、それは俺自身の力で成し遂げなければならない。でも、恥ずかしながらまだその自信がないんですよね。食戟ってのは時に対戦相手の料理を食べることがあるんで自分の料理に自信が持てるその時までは―――――俺はあの子と料理で戦うわけにはいかないんです。ま、料理人っていうよりは男の意地ですけどね」
「料理で笑顔を」。
目指すいただきが遠くても――――否、遠いからこそ努力することができる。そういった意味ではえりなを料理で笑顔にすることは十傑になるよりも難しく、重要なことだった。この目標を達成するまではあの座に届いてはならない。もし、届いてしまう時が来るならそれは偽りの冠を被ってでも何かをやり遂げないといけない時だろう。
「へー、やっぱり面白いねいお前。気に入ったよ、私の事は信仰を込めて音孤と呼んでいいぜい。ほら、これは親交の印だ」
「さっきのジャンケン対決の間に作った」と渡されたのはプラスチックのタッパに入れられたいなり寿司だった。
一見なんの変哲もないどころか割と雑な入れ方で「宴会の残り物を詰めました」感が溢れるそれを渡すと上機嫌で帰ろうとした音孤は最後に一言、
「もし、魔女のところが嫌になったら私のとこに来るといい。お前には特別に私のために供え物を作る許可をやるよ」
「それって、どういう―――――っ!?」
それ以上の言葉を発することは出来なかった。
口の中を伝わる衝撃が咀嚼以外の全てを榊奴に放棄させる。少し冷めたご飯もそれを包む油揚げも何もかもが違う。料理人にとっては身近であるはずの物が全てこの世のものとは思えない領域に達している。
(おいおい、これをあの部室にある食材で作ったってのか!?この人、一体何を―――」
榊奴操はその日、生まれて初めて信仰するほどの美味さということを知った。
おまけ 成功報酬
主人公「この前のキャラ弁研究会の部長からのお礼でもらった水原先輩の秘蔵写真――――やっぱり可愛いなぁ」
魔女「みーくん?何をしているんです?」
主人公「あ、せんぱい!どうですかこれ!俺のお宝写真です」
魔女「ふふふ、みーくんはそういう人が好みなんですか~」
主人公「はい、正直言ってどストライクです!」
タキ「あ、あのその大量のレシピは――――」
魔女「あ、これですか~?今度みーくんがスタジエールでここにお世話になるらしいんで選別です」
タキ「『エフ』って冬美先輩の――――って、これ全部『エフ』看板料理の改良版じゃ!?」
魔女「ふふふ、そういえばタキちゃんも雰囲気が何処となくこの人に似てますね~」
タキ「へ?」
そして、物語は『エフ』の悲劇へ
それにしても、第二席一体何者なんだ……………