食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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完成したので再投稿しました。

食事描写を入れたことで少し長くなってしまいました。
もう少しだけこの食戟にお付き合いください。



料理人としての責務

必要なものは『笑顔』。

 それが榊奴操が人生の全てを賭けて己が料理に求めるものであり、その為ならば自分が持つどんなものでも犠牲にする覚悟がある。

 

 どんな状況でも求めるものは『笑顔』だ。

 『笑顔』は人に希望を与える。それで救われた人間は確かにここにいる。

 

「話を聞く限りこの食戟で俺の求める『笑顔』が生まれることはないみたいだ。審査員に本当に細工しているかどうかは別として――――――その疑惑がある以上、須郷先輩は給仕サーブした時点で自分自身が作った『皿』を汚すことになる」

 

「ひ、人の心配をしている暇があるんですかー?もし、私の言葉が本当なら貴方は負けるんですよ?」

 

「…………」

 

 榊奴の求める『笑顔』とは別種の仮面を付ける少女は突如人間離れを見せた榊奴に驚きつつも直ぐ様ズレかけた仮面をつけ直し、恐らくは先ほどの須郷にやった手口と同じ巧みな口撃を仕掛けてくる。

 

「今の状況を考えてみてください。巻き返したとはいえ、貴方はそこにいる第九席さんに対し終始劣勢だった。例えレシピがそれを覆したとしても、今日この場に集まった観客の殆どはその正しい意味を理解なんてしていませんよ?だから、例え『正しい』判断が下されなくても誰も疑いはしません」

 

「…………嘘、だな」

 

「え?」

 

「アンタは審査員に細工がされているかどうかなんて知らない。担当が違うんだろ?アンタはこの食戟で『実況者』という料理人に対し、途中で話しかけても誰も疑問に思わない最高の『役』だったから選ばれた。同様に、仕込みに適した『役』があって、そいつが動いたという情報をアンタは知っているだけ。だから俺達を揺さぶる為の手札は持っているが、それが本当に正しいものなのかは理解していないんだ」

 

「生憎と俺は人の表情の変化や汗の量から嘘を付いているか否かを大体判別することができる。ウチのセンパイや身内・・等、なかにはにはそういった隙を見せない人間もいるがどうやらアンタは違うようだな」

 

「そ、それは…………」

 

 ここまで話し、早津田みるるの表情が焦りと絶望に変わるのを見て、横目で周囲を確認する手間を取る。それは十秒に満たない僅かな時間。しかし、意外なことに空気というものを読むには周りをじっくりと観察するよりも感覚だよりの方がいい時もある。

 

 目まぐるしく変化する視界の中、食戟の審査員たちは何が起こったかまるで理解できていないかのように目を丸くし、この食戟が正式な勝負であることを証明する為に一人呼ばれた趣味の悪いスーツを着た認定員はこの場で起こっている現象を見逃さないようにそのメガネの奥の瞳を光らせていた。

 そんな中、須郷圭一の自らの料理人としてのプライドとこの食戟の結末で左右されるであろう己の未来に押しつぶされそうな姿が眼に入る。

 

(やるしかない、か)

 

 割に合わないって事はわかっている。

 これから行うのは応援してくれた木久知園果や今日まで特訓に付き合ってくれた角崎タキを、何よりこの食戟の為に文字通りあらゆるものを賭けてくれた薙切せりかを裏切る行為だ。

 榊奴がその選択をすることで発生する火の子は確実に彼女達にも降りかかるだろう。それは榊奴が去ることで全て丸く収まることではないことも理解している。

 

(―――――それでもっ、こんな食戟お遊び如きでどんな人間であれ己の人生を料理に費やしてきた料理人の人生を狂わしていいはずがない!)

 

 作戦は単純、食戟の参加者であり一方的に負けていた一年生が勝てないと躍起になって暴れだした。ただ、それだけのシナリオでもこの場に集まった第九席側の観客は無理なく受け入れるだろう。過程と結果、榊奴が暴挙に出る理由は揃っている。

 

 第八席を名乗っている早津田みるるの言葉がハッタリだという保証は彼女が肝心な部分は何も知らないという事実に行き着いた時点でどこにもなくなった。本当はもう少し情報を持っていてくれれば他の手段もあったのだが、どうやら本当の第八席・・・・・・というのは相当狡猾な人物らしい。

 

 諦め交じりの溜息一つと入れ替わりに拳を握りしめ、

 

「…………なにをしているんですか?」

 

 その拳はこの場で考えられる限り最弱であろう車椅子の少女の声によって制止された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「薙切せりか…………」

 

「い、一体何故ここへ!?」

 

 料理人同士が技を競い合うこの厨房スペースへは本来調理に参加する料理人以外は何物も立ち入る事は禁止されている。今回は規模が規模と言う事で特別選手へのインタビューとして早津田みるるが立ち入りを許されたが、これも一般的にはマナー違反。当然参加者である榊奴操の身内である薙切せりかと言えども例外ではない。

 

「何故って、おかしなことを言いますね。これは元々私の食戟だったはずですが」

 

「ですがあなたは代理人を立てたはずですよね!?今更出しゃばってきたところで」

 

「う~ん、本当におかしいですね~。私はあくまで料理の代理人をみーくんに頼みましたけど、その後までは頼んでいませんよ?」

 

 マイクと笑顔の仮面という武器を一気に失ったことで逆に怖いもの知らずとなったのか十傑という遠月における権力の象徴を前にしても食い下がるような勢いを見せるみるるに対し、心底不思議そうな顔をしながらせりかはその車輪で出来た足を動かして審査員の座る場所まで真っ直ぐと進む。

 

「ちょっと、待っ――――っひ!?」

 

 後を追おうとするみるるだが、一歩踏み出した瞬間にこれから向かおうとする魔境から発せられた自分ではどうしようもない覇気に気圧される。

 

 今回の食戟はまさに十傑同士のモノに相応しい全てが集められた。

 月天の間という最高の舞台、最高級食材を使用したテーマ、そしてその勝敗を決定する最強の審査員。それこそが遠月学園の長い歴史を支え続けた現遠月の重鎮達であり、放送部員という理由でこの場に存在を許されているみるるではあまりに役者不足の強者つわもの揃い。

 

「お久しぶりです、叔父様方」

 

 彼らの眼光に萎縮し、一歩も動けないでいるみるるを余所に何の躊躇も気苦労も無いというように薙切せりかは彼らの前に行き、慣れた仕草でお辞儀をする。

 

「おう、せりかちゃんじゃないか」

 

「元気そうで何よりじゃな。そうじゃ、こっちに来て一緒に食べんか?」

 

 対する老人たちも幼い頃からその姿を見てきたせりかの登場に顔を綻ばせ温かく迎え入れようとし、少女のひどく不機嫌そうな翡翠の瞳を直視してしまう。

 

「ん、なにか機嫌を損ねるようなことを言ったかの?」

 

「…………遠月の重鎮である貴方がたならこの会場の変化に気づいているでしょうに」

 

「はて、なんのことかのう。年を取ると色々目も勘も鈍ってしまっていかんわい。…………それで、この場で遠月の玉を見出すという理念から逸脱した行為が行われていたかのう?」

 

「…………なるほど、この程度は全て想定内。遠月の為になると、そういうことですか。わかりました。――――――なら、こちらもそういう風に振舞わせてもらいます」

 

 結論から言うとこの時点で薙切せりかは少々キレ・・ていた。

 

 遠月の伝統ある食戟にまとわりつくように張られたそれぞれの思惑。

 それを知っていてそれでも遠月の礎になるならと全て見逃そうとする老人達。

 

 この場所には最初からせりかが選んだあの少年が求める笑顔など生まれる余地もなかった。

 

(これは私の責任ですね。あの子に背負わせすぎました)

 

 認めよう。

 自分は過ちを犯した。

 だが、過ちは取り消すものではない。過ちというものは認め、それをあらゆる意味で上回る成果を挙げる。それが”薙切せりか”の歩んできた道だ。

 

「…………みーくん。世の中にはこういう風に思い通りにいかないこともあります。それでも貴方は料理人です。料理人というものはどんな場面でもお客様に料理をお出ししなければいけません。それがどんなに認められない状況だろうと料理人としてこれは絶対です。わかりますね?」

 

「…………はい」

 

 苦々しくもはっきりした声で返事をする少年にせりかはこれ以上責めようなどとは思わなかった。

 叱責の言葉の代わりにいつもと変わらぬ笑みを。

 それが薙切せりかのやり方。

 

「よろしい。では、思い通りに行かない状況での”料理人として”のお手本を私がお見せしましょう。―――――といっても、見せるのは全てを蹂躙して、笑顔で帰る私なりの方法で、ですが」

 

 そう、これから始まるのは魔女と呼ばれた遠月第十席薙切せりかのただの八つ当たりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実食っ!」

 

 どこからともなく響いた大声とともに五人の審査員のもとにそれぞれ二つの皿が給仕される。

 

「ふむ、見た目で言えばせりかちゃんの料理の方が美しく整っていはいるが―――――見た目と味は別じゃぜい?」

 

「ですな。まずは第九席のモノから頂くこう」

 

 老人達はそれぞれの料理を推し量るように一瞥した後最高品質の食材で作られた須郷の皿に手を出す。

 見た目という意味では薙切せりか――――つまり榊奴が作り出したものが優れているといったばかりなのに何故、と思うかもしれないがあくまで彼らの料理が優れているのは完成品の美しさだけ。並べてみれば確かに須郷のモノと比べれば優秀と言わずにはいられないが、それでも使用した食材の質という意味では圧倒的な差がある。

 それらの差を見抜けぬようなものはこの審査員席にはいないというかの如く迷い無い手付きで料理を口に運んだ審査員達はその口の中に甘い果肉のようなゼリーを運んだ瞬間静止する。

 

「こ、これは!?」

 

「口の中で料理が消滅した!?」

 

 通常生物が取る『食事』という行為には口へと運んだ栄養素を自らの血肉へと変える為、その命を噛み締めるという意味を込めて『咀嚼』が行われる。

 しかし、今彼らが口に運び養分としたものにはそれが存在しなかった。取り込んだ瞬間に口内に溶け込むような旨みが発生し、その余韻がいつまでも消えない。

 

 一歩。

 須郷圭一が前へと出る。

 

「…………今回使用した食材は珍味と称されるようにどれも癖が強い食材です。一つ一つならその強烈な個性を味わうのに申し分無いが、世界三大珍味というのは伊達ではない。消費者にこの三つの食材を同時に味わわせるのならば料理人は確実に現れるだろうクドさを如何に軽減するかを考える。私が辿り着いたのは口へ入った瞬間に旨みだけを残して蒸発させるというものです」

 

「た、確かにこれなら食事する上での苦痛の一つとも言えるクドさと満腹感を感じることなく次々と口へと運ぶことが出来るっ!!」

 

 審査員の絶賛の声が会場内に響き、集まったギャラリー達の感嘆の声で月天の間は秋だというのに真夏のような熱気に包まれる。

 

「遠月の重鎮をここまで言わすなんて!さすがは十傑の一人だ!?」 

 

「まだよ。まだあのお方が反応していない」

 

 一人を除く四人の審査員の好印象を得た事で須郷の皿の有能性は証明された。

 それならばと、会場にいる誰もが最後に残った老人の反応に期待するのは当然のことだった。

 

「―――――”食”とは、どんな時代を跨いでも常に進化し続けるものだ。この遠月学園は若き才を磨き、たった一握りの”玉”を生み出すためだけに存在する」

 

 五人の審査員の中央に座するはこの遠月を世界有数の調理学校として君臨させ続けるたった一つの理念を体現したマスラオ。

 食の魔王と呼ばれる老人が言葉を発した瞬間、熱気漂っていた会場は一瞬の静寂に包まれる。

 

「須郷圭一、客に対するその誠意見事だ」

 

「ありがたきお言葉です」

 

「ならば、食する側としてもそれ相応の気位を見せねばな」

 

 老人は口に入った瞬間解けるはずのゼリーを確かに噛み締める。

 

「なっ!?」

 

 口内に溶け渡るよりも遥かに早く、調理した須郷の予想を上回る形でその顎を開閉し、料理に込められた全てを文字通り噛み砕くが如き咀嚼音が会場内を響き渡る。

 

「食材の良さを損なうこと無く全てをひと皿に纏め上げる。この遠月でのその精進、確かに受け取ったっっ!」

 

 学園の頂点として全てを喰らい尽くした老人―――薙切仙左衛門の幾重にも着重ねられた着物がても触れてないのに脈動しだす。

 

「で、でるぞ――――」

 

 優れた料理である須郷の必殺料理を食べたことで老人の着物が弾け飛び、老齢に見合わないほど筋肉質の体格が顕になる。

 

 

 

「「「おはだけだァァァァァァァ!!!!」」」

 




 
 最近徐々にソーマの二次創作が増えてきて嬉しいばかりです。
 他の作品の料理描写がすごく丁寧で真似できるか心配になってきたのでこの作品はこの作品の持ち味を生かすことにしようと思います。
 
 客を気遣う料理を出した九席に対し、魔女はどう対抗するのか?
 次回はせりかのターン!


Q 主人公が活躍してなくない?

A 調理とか食材確保で頑張っているので!



 ……………キャビアってサメの卵だよね。

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