食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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 今回で一応食戟は決着です。


二人の怪物

 須郷圭一の必殺料理(スペシャリテ)の登場を機に二人の料理人が互いに創造していた道が今、完全に分たれていた。

 何十何百と繰り返し磨いた技術と地位と権力、数の暴力さえ使って用意した最高の食材により圧倒的優位性を保つ須郷。

 それに対するはあくまで須郷のコピーとして立ち回っていた序盤から一変し、見ているものに複数の調理形式を思わせる程の奇怪な動きを新たに武器とした榊奴。

 

 

 

「ふ、料理人だと思っていたがどうやら道化師の間違いだったようだ。全く、せりか様には困ったものだ。このような道化に大切な食戟の場を任せるなど少々十傑としての自覚が足りないと見える」

 

「別にもうその程度の挑発に乗る気はないですよ。既に賽は投げられた―――――俺はその通りに動くだけだ」

 

 須郷は先程までとは一線を画した榊奴の動きに一瞬驚きの表情を見せたものの、そのあまりに整合性の取れていないデタラメな調理法に直ぐにその驚きを愚か者に対する嘲笑と憐れみ、そして遠月の生徒としてのプライドから沸き起こる静かな怒りへと変える。

 

「はっ、その通りに動くだと?君は何もわかっていないな。自ら思考せずして何が料理人か!この遠月で生き残るために最も必要なものは高みへとのし上がる野心とそのために何かを捨て去る覚悟だっ!それすらもなく、ただ誰かの言いなりになっているような人間にこの私が負けるわけがないのだよっ!」

 

 須郷の動きがより一層、洗練されたものになる。

 この遠月で生活するなかで常に磨き上げてきた技術と共に繰り出されるのは料理人としての魂。

 目の前の一年生との二年間という隔絶された差と才能・技術・地位といったものによる圧倒的な違いを見せつける為に―――――この道化を蹴散らし、あの魔女と呼ばれる少女に一矢報いる為に――――――そして、この食戟に賭けた全てを守り抜くために第九席の天才は一切の容赦なく獲物に牙を突きつける。

 

 その圧倒的なプレッシャーは見ているだけの観客すらも飲み込み、月天の間そのものを喰らい尽くそうとする。

 

 これこそが十傑。

 

 これこそが遠月の頂点。

 

 その風格を前に、榊奴操は怯えるでも笑うでもなく、ただ機械的な動作のようにその全身を調理のために注ぐことで答える。

 

「確かに、俺一人では貴方に勝てないでしょう。でも、今の俺は落ちこぼれの一年ではない。この場に立った時点で俺のこのちっぽけな両手にはあの人の―――――第十席である薙切せりかの名が乗せられている。いい加減気づいたらどうです?貴方が戦っているのは榊度操でも薙切せりかでもない。俺たち二人だろということに!」

 

 榊奴は決して勝負を諦めたわけでも、絶望したわけでもない。

 

 その証拠に口を動かしながらもその目は、その鼻は、その耳は、刻一刻と変化していく食材が発する僅かなサインを見逃すまいとその五感全てを総動員して観察する。

 

 全ては作戦通り。

 この食戟の前に薙切せりかから言われた言い付けをただ純粋に守った結果がこの状況だ。

 

 初めは渡されたベースと足るべきレシピと榊奴が持つ技術によって対抗し、相手の実力を測りその全力であり限界を意味する必殺料理(スペシャリテ)を引きずり出すのが目的だった。

 そして、今目の前で作り上げられている第九席の必殺料理(スペシャリテ)という圧倒的な力を前に榊奴操と薙切せりかが行おうとしているのは前代未聞を大博打。

 

「初めに言っておく、自分の限界を超える準備は出来ているか?今から俺達は貴方の必殺料理(スペシャリテ)を超える。だから、その限界を超えて見せてくれ。じゃないと―――――――貴方は負けることになる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 榊度操の人間として優れている点を上げろと言われれば、木久知園果は何でも出来るところと答え、角崎タキは不機嫌そうに忍耐力や真っ直ぐな所を挙げる。薙切せりかもまた、考えただけでも相当な点をその口から言葉にすることができるだろう。

 しかし、榊奴操が料理人として優れている点を挙げるとすれば彼を知っている人間でも答えるのは難しい。例えば、同じ学年内でそれぞれの得意分野で競えば榊奴の勝率は半分よりも下を走る事になる。それは決して誰かに対して劣っているというわけではなく、榊奴に得意料理と言えるものがなく相手の得意料理で負け、それ以外でたまたま選んだ分野でもこの遠月では相手の方が優れている場合が少なくないからだ。

 

 『若き料理人達を競い会わせ、最終的に唯一無二の才能を持つ玉を完成させる』という遠月の理念から言えば、自らの得意料理を持たない榊奴は間違いなく何の意味も持たない存在だ。この学園では何か一つの分野で誰も負けない人間やなんでも得意でその中で一つだけ突出した才能がある人間がいても、何でも卒無く熟せるが特に得意と呼べるものがない人間は存在しない。何故ならそういった人間は秋の選抜後に迫る実地研修(スタジエール)によって軒並みはじかれ、この学園を去るからだ。

 当然榊奴もその一人であり、彼自身それを感じ取っていた。

 

 だが、そんな少年を平凡と見捨てず異常と捉えた翡翠の眼を持つ少女がいた。

 遠月十傑評議会第十席にして、食の魔王の一族と呼ばれる『薙切』の名を持つ少女は榊奴自身ですら理解していなかった才能を誰よりも早く掬い上げた。

 

「う~ん、次はB-7ですかね~」

 

 薙切せりかはその手に持ったペンで大きな画用紙に絵を書きながら規則的な音による信号で料理人としての戦場に立つ少年に指示を飛ばす。

 レシピがあるのに何をと思うかもしれないが、何もせりかが渡したレシピは一つではない。

 

 そもそも薙切せりかが創るレシピは彼女の直感によって判明した料理の情報を分析し、『薙切』として彼女が持つ食に関するあらゆる知識を総動員して昇華させたものを自身の手で他人に分かるように書き出したもので、レシピとして形になった時点で一つの料理で『ベースとなった料理を正確に再現したもの』と『元の料理よりも優れたもの』の二つが完成する。更に彼女のやり方として三つ目の『食材や料理人の技量に問題があった場合のマニュアル』を付けた三つのレシピが『黄金のレシピ』と呼ばれ、彼女の代名詞となるほどの結果を世界中の料理人達を通して上げている。

 しかし、それはあくまでその料理を作った本人が使用して初めて100%の力を発揮するもので誰でも簡単に扱えるものではない。料理人は一流となる過程で失敗や経験を通して自分なりのカンやコツといったものを生み出し成長する。だからこそ、せりかは一人として同じ動きをしない彼ら一人一人に対して特別に生み出したオーダーメイドとも呼べるレシピを渡す。それは例えるなら彼女が最近愛してやまないゲームにおける『秘伝の書』のようなものだと説明するようにしているが、この業界はこういったものに疎い『料理こそ我が人生』といった人間ばかりが大成する為、この例え話が上手くいった試しは殆ど無い。

 

 では、今回。

 榊奴操に薙切せりかが渡したレシピとは一体如何なるものなのか。

 その完全な答えは既に二人の頭の中にしか存在しない。

 結果的に言えば膨大すぎたのだ。薙切せりかがレシピを創るような人間は基本的になにかの分野で優れた料理人であり、その一つに絞って書き上げてばそれで済む。木久知園果なら洋食を、角崎タキにはスペイン料理に限定すれば彼女たちの腕をより生かしたものをせりかはいくらでも創り出すことは出来る。だが、あの少年に関してはそれがない。どの分野においても突出した才能がないというのは厄介なものでそういった人間に対してレシピを創るときは大抵別の料理人に創った方がいい物を創れる。普通に考えれば榊奴操に対してもそのパターンが当てはまるはずだ。

 

 だが、あの少年には得意と呼べるものも苦手と呼べるものも存在しなかった。

 

 基本を誰よりも重要と捉え、他人が試行錯誤を繰り返し自らの才能を育て上げている中、あの少年はひたすら基本を学んだ。教科書を読み耽り、何度も一人で反復練習をして、与えられた課題のレシピをほぼ完全に再現できるレベルにまでその技術を鍛え上げた過程で生まれた偶然の産物。どうしてそんな曲解をしたのかせりかにも想像つかないが、あの少年は教本通りの技術をひたすら極め続けた。ああいった教材は万人が学ぶために敢えてコツといったものは欄外にこっそりと載っている程度でアレを完璧に覚えたところでその先のステップに進まなければ意味がないものだ。大抵その鍵は実践する内に身についていくそれぞれに合ったやり方であり、榊奴自身も確実にその機会はあっただろうにそれでも無我夢中で極めたのだろう。結果的に榊奴操には料理おける癖というものが何もない。

 

「先程からあの小うるさい(元気な)実況が聞こえないとなると”彼女”は気づいたようですね~。でも、彼女にそこまで読み取らせないとなるとやはり『本物』、ですか」

 

 彼は―――――榊奴操は初めて薙切せりかに会った時「自分には特別な才能がない」と言った。

 でも、それは違う。

 そもそも才能がなければこの遠月でこの段階まで生き残れないし、今もこうして遠月の頂点の一人と渡り合う事など出来無い。そして、その事実こそが彼のただ一つの異常性を証明している。誰も疑問に思わないのだろうか?―――――名前は忘れたが、あの少年と戦っているのは仮にもこの遠月の頂点。一年生が、それも秋の選抜で結果すら残せないような人間が一瞬でも渡り合える相手ではない。それなのにあの第九席が隠し玉である最高品質の食材を使った必殺料理を出すまで明確な差が誰の目から見ても存在しなかった。それどころか今も尚、必殺料理か否かという明確な一点を除いては本来圧倒的な実力差があるはずの相手にその技術によって喰らいついているようにも見える。

 それを誰ひとり疑問に思わない。それどころかせりかが指示を出した事で彼の動きが変わったことばかりに気を取られる始末。

 

 基礎が基礎であるがゆえにそれが荒旅によって研磨され尽くした宝玉相手に本来有り得ないような善戦をしていても誰も不思議に捉えない。それは料理人が基礎というものの大切さとその地力の強さをその身に刻み込んでいるから。

 食という文化に精通していればいるほどその異常に気付く事無いまま、その光景を『あたりまえ』と誤認してしまう。

 

 しかし、基礎通りにやっていればいいというのなら人類の料理という文化の進歩はとうの昔に限界を迎えていただろう。

 基礎が絶対だからこそ、そこからの創意工夫が目立つ。榊奴のやり方では技術点で百点を取れても応用点を取ることが出来ない為どうしてもそれ以上へは進めない。だが、それは逆を言ってしまえば基礎を極め続けた榊奴の百点は途中で応用の道に入った料理人達では決して辿り付くことの出来無い不可侵の境地であることを意味する。

 

 そしてそれが如実に現れたのが今回の秋の選抜の予選である。

 五人いる審査員が榊奴の調理風景や完成した料理を見て無意識のうちにそれが『あたりまえ』と認識してしまった結果、本当に突出した才能を持たない者以外には誰ひとりとして高得点を出さず、過去に類を見ない不作の年と言われる悲劇が巻き起こったのだ。しかもその元凶は誰よりも平均点を叩き出し、誰に知られる事もなくその場を後にするというどうしようもない結末だ。

 

 その誰も得をしない結末に眼を付けた薙切せりかが彼の為に用意したレシピは正に異常だった。

 

 

 Q:料理というのが日本、イタリア、フランス、中華等に分かれているのは各文化圏で独自に進化した結果に過ぎません。でも、日本が外国の技術を取り入れて洋食を編み出したように他の文化圏の料理を学ぶことで新たな地平を切り開けることは食という文化の歴史が証明しています。レシピというのは本来先人達が学んだノウハウを私達後人が取り入れ、次へと活かすものですが…………人間の寿命は短く、新しいものを取り入れる事が出来る時間を考えるとそれらを学び、取り入れられる猶予は限られてきます。では、どうすればいいでしょう?

 

 A:あらゆる料理を全て同じ実力で作れる料理人と料理に関する知識だけを詰め込んだ人間を用意して、それぞれの力を合体させる。

 

 

 あらゆる文化圏の料理に関する知識を有し、それをレシピという形に変えることが出来る薙切せりかならばあらゆる調理法を取り入れた『黄金のレシピ』を超えた『至高のレシピ』を創り出すことも可能だ。しかし、そこまで辿り着いても人類は挫折する。例えあらゆる料理の知識を有する人間を作れてもあらゆる調理法をマスターした料理人を作ることは出来無い。例えそんな料理人がいたとしても、結局はその人間が最も得意とする料理のレシピを創った方が美味しいものを作れてしまうから。

 だが、榊度操には得意とするものも苦手とするものも存在しない。ただひたすらに基礎だけを極めた異常なまでに基本に忠実な技術があるだけだ。

 

 それこそがたった一つの条件。

 

 それこそが薙切せりかが『黄金』を超え、『至高』に辿り着く為に欠けていた最後のピース。

 

 ずっと探し求めていたものを見つけた薙切せりかの才能はまるで共鳴するかのように更なる高みへと舞い上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薙切せりかと榊度操。

 二人の怪物の異常とも取れる才能は須郷圭一の必殺料理を糧に存分に発揮された。

 

 榊奴の自分自身でも気づいていない異才が最も効力の発揮する相手は当然目の前でその『決して振れない軸』をいやがおうにも見せられている料理人だ。

 どんな料理をつくるにしろ、基礎というのは料理人にとって最も重要なものであり、その成長には必要不可欠な存在だ。だが、”より高みを目指す為”料理人達はそれをベースにしつつ自らの道を歩み出す。特に若い才能たちを強制的に競い合わせるこの遠月においてはそれは必要不可欠な行為であり、その自分なりの料理の型を持たない人間は生き残れない。

 だが、榊奴の誰もが『あたりまえ』と無意識に感じてしまうほどに完成された基礎はそれを粉々に壊し尽す。榊奴の動きを見た料理人達は当然自分たちもそれが『出来るものだと』勝手に思い込んでしまう。

 だってそれは当たり前に誰もがやってきたことだから。

 みんなその道を通ってきたことだから。

 途中で応用の道へと旅立ったものと今も基本を極め続けるものでは最早その動きは全く別ものだというのに。

 

 無意識の内に料理人達が取ったその行動は曲がらない方向に無理やり関節をねじ曲げるかに等しく、今まで積み重ねてきた料理人としての方を歪める。

 今回も同じだ。

 榊奴操が須郷圭一に並んだわけではなく、本人が気づかないうちに須郷が勝手に榊奴と同じレベルまで落ちてきているだけ。

 

 

 そして、その差は薙切せりかのレシピによって絶望的に広がる。

 薙切せりかのレシピが何故『黄金』の名を冠するか。

 それは、彼女のレシピの作り方にある。

 薙切せりかには自身のその翡翠色の眼で捉えた料理が一体何で出来ているのか、どうやって作られたかを肉を炙る温度を一度単位で、ボールに加えられる材料の数量を一ミリグラム単位で言い当てられる技術がある。

 それを第三者視点で俯瞰的に観察し、自ら持つ知識を使い昇華させる。そんな行為をこの遠月で数年間に渡って繰り返した。

 自分で料理して試行錯誤等はせず、複数人の料理人に作成したレシピを渡すことで結果を知り、誰よりも早くレベルアップを行う。答え合わせなど生き残るために成長を強制されるこの遠月ではいくらでも出来るし、どんな無茶な料理でも一定以上の技術をほぼ全員が持っているので再現出来ないということもない。

 

 そうして、料理人達の努力を、技術を、才能を糧として確実に上回る形でレシピが完成する。

 それは料理人の全てを注いだ必殺料理とて例外ではない。

 

 

 須郷圭一と榊度操。

 二人の料理が完成し、その皿に乗った姿が同じことに動揺する会場の中で食材の差すら逆転するかのように二人の怪物の作り出した料理は隣に並ぶ嘗て必殺料理と呼ばれていたモノを過去の遺物として輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 久しぶりのキャラ紹介。
 今回は第八席についてです。


 八神真理
 遠月第88期生にして第八席。
 料理人としてだけではなく、芸術家としての一面も持っており二つ名である【影の傑作】は料理だけでなく自分以外の他人を材料に見立てて演出する事からも有名。
 曲者揃いの第87期生達の中に入り込んだ二年生の一人だが、常に貼り付けられた笑顔やとぼけた言動によって相手に真意を探らせない立ち回りで色々極まった三年生達と殆ど対等に渡り合っている。
 悪巧みが趣味で「自分が笑えるのが一番」等と平然と口にするような人間だが、非常に手先が器用な点とよく気が回る性格から十傑メンバーの中では会議の際のお茶くみや進行役の薙切せりかの補助、飲み会の幹事等を担当とする。特に彼女の計画した飲み会は十傑の参加率が5割を超えるという驚異的な結果を残し、遠月学園では一種の伝説となっている。
 家族構成はあまり仲の良くない弟が一人。





 【影の傑作(シャドウ・アート)】
 第八席の二つ名であるが、他の十傑のモノとは異なるためここに記載。
 色々例外の集まった今期の十傑評議会であるが、第八席である『八神真理』については他と一線を画す問題児として扱われる。と、言うのもこの学園内で『八神真理』を名乗る生徒は確認されているだけでも二十数名、学外や退学者を含めると軽く百名は越える者と予想される。何故こんな状況になっているかは当学園執行部でも未だ把握しきれていないが、その全員が遠月学園第八席を名乗り本物の第八席自身がそれを認めている事だけは確かである。
 このような事態はこの遠月始まって以来のようだが、『八神真理』を名乗る彼または彼女は普段は普通の生活を送っているが、いざという場合は驚くべき統率性を見せ集団『八神真理』として活動することが確認されている。
 この集団が一体どのような目的で結成されたのかは不明だが、現在この遠月で一、二を争う情報網を構築していることは間違いない。

 より一層の調査が必要と上申する。
 学園執行部―――報告書 十傑№8――――

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