食戟のソーマ―愚才の料理人―   作:fukayu

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宣戦布告

 表彰式が終わり、秋の選抜という一つの行事が終わる。

 それは同時に学生達にとって新たな試練が目の前に迫っていることとなる。

 

実地研修(スタジエール)ですか」

 

「そうです。遠月の学生にとっては初めての本当の食の戦場へと立つ機会にして、その才能がどれだけその場所で役立つか試す機会でもあります。でも、みーくんは何も心配いりませんよ~。この行事は別に天才でなくとも突破可能なものでして―――――」

 

「そこまででお願いします」

 

「どうしてですか?」

 

「それ以上教えてもらうとどうにもイカサマをしているようでして―――――」

 

 榊奴の言葉に彼が押している車輪の付いた玉座に座る少女は不思議そうな顔をする。

 

「ふ~む、成る程成る程みーくんはズルがしたくないと」

 

「ま、先輩方に特訓してもらっている以上真っ向勝負とは言えないでしょうが、一応は俺も男の子なんでそういうのは真剣勝負で挑みたいってわけです」

 

「フフ、わかりました。私が少し無粋でしたね…………でも、この学園に通っている以上フェアな戦いなんてそもそも存在すると思いますか?」

 

「……………」

 

 彼女の言葉に押し黙る。

 この学園で言う料理人としての実力はその調理技術だけを意味するものではない。食材や調理器具を用意する手腕、数多く存在する課題の真意を見抜く直感は勿論、時には夢を捨てて本来の道とは違うルートを通る覚悟も必要になってくる。先達からの知恵を借りることもこの学園では必要なことなのだ。何を利用してでも生き残る覚悟。それこそがこの遠月で最も必要なもの。

 

(でも、そんなことをやっていった先に本当に客の未来なんてものがあるのか?)

 

 榊奴操の料理は誰かを笑顔にするためのものだ。

 笑わせるのと笑われるのは全く違うと誰かが言っていたが、道化になってでも最終的に誰かが笑顔になれるならばそれでも構わないと思ってこの学園でも生きてきた。

 それは今も変わらず、この胸の奥に引っかかるように存在する。

 

 モヤがかかったような思考の中、対面から歩いてくる相手に気づくのが僅かに遅れる。

 

「みーくん、ストップです」

 

「え、あ、はい!」

 

 車輪で動くものは総じて急に止まれない。そこまでスピードが出ていなくともそれは同じで主を乗せた車椅子が停止したのは相手との距離が二mを切ってからだった。

 

「おや、これはこれは薙切せりか様でしたか。秋の選抜での激務ご苦労様でした」

 

 自分達が危うく接触しそうになった相手はどうやら最初からこちらに気づいていたようでさして慌てる様子もなく言葉を発する。

 

「ああ、貴方は第九席の――――」

 

「…………須郷圭一ですよ。この前テレビでも特集をやっていました」

 

 せりかにそっと耳打ちをする。

 遠月学園が誇る第十席(薙切せりか)第九席(須郷圭一)が面と向かって会話する機会は意外と少ない。これは同じ十傑である角崎タキから聞いた話だが、どうやら須郷圭一は同学年であり、自分よりも早くに十傑入りしたせりかに一種のライバル意識を持っているらしく、表立ってではないものの何かにつけて張り合おうとするらしい。

 その度に他の十傑が止めに入るらしいが、残念ながら今ここにそういった助け舟はない。

 

「どうやら相当お疲れのようだ。従者に車椅子を押させるほどの仕事ならば私がやりましたのに」

 

「フフ、大丈夫ですよ。私は元気いっぱいです」

 

「ほう、それはそれは。明日の食戟が楽しみです。…………して、聞く所によると私の相手は貴女ではなくその配下の者が務めるとのことでしたが、角崎タキと木久知園果のどちらを出してくるのですか?」

 

「う~ん、そうですねぇ。十傑のタキちゃんが出ちゃうとややこしいですし、園果ちゃんは今日はお疲れだったので休ませてあげたいですし~」

 

 須郷の探りを入れるような口調をのらりくらりと躱すせりか。

 第十席である彼女は自身の食戟に代理人を出すことで有名だ。その筆頭があの二人であり、角崎タキが十傑入りしたのもその実績がデカいという噂まであるが、彼女の場合はそんな事がなくても間違いなく実力で入っていただろう。そういった噂が流れるのはいつの時代も恨みや僻み、妬みなどを持つ者が少なからずいるということだ。

 

「では、まさかご自身が?」

 

「いえいえ、私にはもうひとり右腕がいるんですよ?」

 

「右腕?ああ、後ろの彼ですか。見たところ一年生のようですが…………ふむ、おかしいですね。彼を今回の選抜で見た覚えがない」

 

 不意に話題が他ならぬ榊奴のモノへと移り変わる。

 

「みーくん、ご挨拶を」

 

「えーと、一年の榊奴操です。秋の選抜では予選落ちでした。先輩に見覚えがないのはそのせいかと」

 

「予選落ち。―――――成る程、せりか様は私の実力に疑問を持っているようだ」

 

 値踏みをするような視線から吐き出されたのはそんな言葉だった。

 

「ぎもん?何の事ですか~」

 

「今回の食戟は仮にも十傑同士の対決だ。それに実績のない一年生を出すとは。そう思っても私に落ち度はないと思いますが」

 

 「ごもっともです」という言葉を危うく呟きかけるほどの正論だった。

 十傑相手にはせめて秋の選抜で決勝辺りまで残った生徒を出せと言う須郷の主張は最もだろう。

 榊奴としてもせめて木久知園果のサポートくらいで出させてくれと再三言っているところだ。

 

「それに、」

 

 須郷は言葉をとぎるように咳払いをすると皮肉を込めた笑みを浮かべる。

 

「今年の一年はどうやら不作のようだ。知っていますか?予選のAブロックでは最初の方で数名が高得点を出したものの、それ以降は誰ひとり60点すら満たない結果だったとか」

 

「っ!?」

 

「仮にも学年の選抜たるメンバーがそんな有様では遠月の未来も心配ですねぇ」

 

「う~ん、そうでしょうかぁ。みんな頑張っていたと思いますよ~?」

 

「頑張ればいいというものではないでしょう?仮にも遠月の学生がそんな体たらくでは示しが付きませんよ。この分では我々の卒業した後の十傑のレベルが落ちないか心配ですよ、私は」

 

 須郷の瞳は既に榊奴を見ていなかった。

 その言葉の全てはただ目の前の薙切せりかとその不作の一年の頂点に立った木久知園果に向けられている。

 

「須郷先輩。訂正してください」

 

「……………何だ、君は」

 

 須郷の前に立つように二人の十傑の間に割って入る。

 既に榊奴の事等眼中に無い須郷は突如視界に入ってきた羽虫を煩わしく思うようにその目を剥く。

 

「ぶつかりそうになったことは謝ります。でも、今の発言は取り消してください」

 

 一連の会話でこの男がどんな人間なのかは理解できる。自分の実力と実績を元に他者を貶めることで優越感に浸る典型的なタイプ。厄介なのはそれが実際に確かな実力を持っていることで意外にもこの徹底的な実力社会である遠月にはこういう者が多い。

 だから、自分がどう言われても事実である以上それはどうでもよかった。でも、彼らは違う。秋の選抜を勝ち残り、有終の美を納めた彼らは――――その頂きに立った木久知園果が不当な評価を付けられるのを黙って見ていられるほどお人好しではない。

 

「発言を取り消せだと?小物がッ、少し自分の立場がわかっていないようだな」

 

「自分でもそう思いますよ。でも、発言は取り消してもらう」

 

 静かに睨み合うこと数秒。

 埓があかないと思ったのか須郷が視線を逸らす。

 

「…………せりか様は部下の躾が苦手なようだ。そういえば、角崎嬢も少々品がありませんでしたね」

 

「いや、それは元々ですよ~?タキちゃんはヤンチャさんなので」

 

「ッ!アンタ、事実だからって言っていいことと悪いことがあるぞ!」

 

 まさかここであの先輩の話題まで出すとは相当性格が悪い。

 角崎先輩はあれがいいんだ。あれでお嬢様口調だとギャップで萌えるだろうが。

 

「まあまあ、二人ともそれくらいにしませんか?ここは遠月の学生らしく食戟で決着をつけましょう」

 

「………ああ、そうでしたね。彼が明日の相手ですか。それは楽しみだ、もし万が一勝てたら発言は取り消しましょう。ですが、」

 

「そうですね。対価を追加してしまった以上仕方ないでしょう。こちらも明日掛けるものを増やしましょうか」

 

 須郷の嫌味な笑みを受けながらも涼しい顔をするせりかが次の瞬間口にした言葉は正気を疑うものだった。

 

「まずは、私の十傑としての席とここ数年で書き留めたレシピですね。後は、私が所有するこの学園の敷地と設備、学外にある私が援助しているお店が百か二百程あるのでそれと――――」

 

「な、何を言っている?」

 

「え?明日の食戟に賭ける私の対価ですけど?まだ必要ですかぁ?なら、薙切としての権限も付けましょう!」

 

 彼女の言葉に須郷も榊奴も完全に言葉を失う。

 賭けられたものの総額は数億では足りない程でどう考えても個人が口約束で交わしていいものではない。

 

「そういう事ではないでしょう!貴女はご自分が何をしているのか理解できているのか!遠月の食戟は絶対だ。それは薙切といえども蔑ろには出来ないんだぞ!?」

 

「どうしてそこで薙切が出てくるんですか~?ああ、勝手に権限を賭けたことについては心配しなくても大丈夫ですよ?薙切というのは食については絶対ですから全て自己責任で済みますし~」

 

「ッ――――わかりました。ご自分が言ったこと後悔せぬよう」

 

「何を言っているんです?私は対価を示しましたよ。次は貴方です。えーと、第九席の人。私のお友達を侮辱した事、対価はちゃ~んと払ってもらいますよ?」

 

 日が沈むと同時に魔女はその笑みを濃くしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の出来事だった。

 先程まで憎らしいと思っていた須郷が哀れに思うほど一方的な条約の締結。

 

 ニコニコと笑う彼女の隣で榊奴は事が終わるまで魂の抜けた人形のように立ち尽くすしかなかった。

 

「あ、アンタ何やってんだ!」

 

 榊奴にしては珍しく、というより初めて魔女に対して暴言を吐く。

 

 掛かった時間はモノの数分。

 たったそれだけでこの魔女は一度の食戟で遠月第十席と第九席が互いに持つ全てを賭ける勝負を括りつけてしまったのである。

 

「え、だってムカツクじゃないですか~。あの人絶対性格悪いですよ」

 

「アンタほどじゃない!っていうか馬鹿だろ!なんであんな条件をッ」

 

 薙切せりかが付けた条件は須郷圭一の発言の撤回と謝罪。

 ここまではいい。

 だが、その後に彼の第九席の地位をそれ以上の条件を提示して殆ど強制的に賭けさせたのである。

 

「ば、馬鹿!?わ、私そんな暴言初めて言われましたよ!?馬鹿?ばか?バカ?ひ、酷い………」

 

「もうそんな猫被ったって騙されませんよ。今日という今日はとことん言ってやる!アンタ馬鹿だ!」

 

「に、二回も!?」

 

 だって、おかしいだろう。

 須郷としては彼女が提示した条件は破格のモノだったし、明日の相手は彼女自身ではなく名前も知らない一年だ。断る理由など当然ないし、彼の性格から言って逃げることなど絶対出来ないだろう。

 そんな雁字搦めの状況を作り出すためだけにこの魔女は自分の持つ全ての手札を賭けたのだ。一体どこの賭博師だ。

 

「……………って、本当に泣いてるんですか?」

 

「あ、当たり前です!馬鹿なんて生まれて初めて言われたんですよ!傷つかないわけ無いでしょう!」

 

 予想外の事態だった。

 そこにいたのは豪胆な賭博師でも妖艶な魔女でもなく、たった一言で驚いたように目頭に涙を一杯にためる一人の幼い少女。

 

「な、何泣いてるんですか。馬鹿なんて普通に日常会話で飛び出すでしょう?」

 

「そんな日常知りません!私の世界にそんな当たり前は存在しないんですよ!」

 

 いつもは真意を悟らせない魔女が感情を剥き出しにして反論する。

 翡翠色の瞳が真っ赤に染まるほど泣くと、迫力も威厳もない目でこちらを睨みつけてくる。

 

「いいですか!私はあなたに最高の剣を用意します。あなたはそれであのすナントカを打ち取りなさい!これは命令ですよ!」

 

「え、えええ」

 

 そこにいたのは紛れもなく、見た目相応の子供だった。

 

 

 




 魔女に煽り耐性というものはない。
 今回出てきた第九席の人は特に覚える必要はないです。というか魔女さん同じ学年なんだから名前くらい覚えてあげて…………。

 基本的に魔女と主人公では生きてきた世界での言語レベルが違うのでこういったストレートな暴言になれてはいません。社交界などで馬鹿とか言わないですし。
 と、いうわけで彼女にとって生まれて初めて馬鹿と言われた記念日です。


 次回は、魔女のえげつない戦法が炸裂。
 主人公も覚醒するよ!

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