内容を簡単に説明すると水原さんマジ天使。
「また、勝てなかった―――か」
全てが終わり、敗者としてせめてもの務めとして一人厨房に残り後片づけを行う。
テーブルに乗せられた自分以外の料理を眺め、一つずつ口にする。
四宮さんの作った『シューファルシ』と『九種の野菜のテリーヌ』、田所さんと創真くんが元十傑に対抗するために作り出した『虹のテリーヌ』。どれもおいしくて自然と顔が綻んでしまう。
「悔しいの?」
「―――――水原さん」
声を掛けられ振り返ると、そこにはたった一人俺の料理に票を入れてくれた恩人が居た。
「どうして、ここに?」
「一応、お礼を言っておこうと思って。四宮の停滞に気付いてくれてありがとう」
「別にいいですよ。他でも無い水原さんの為でもあったんで」
「私の為?」
「ええ、だって水原さんって料理している時の四宮さん大好きでしょう?」
「!?―――――、大好きってほどでもない」
貴重な水原さんの赤面顔を貰った。これだけで今回、あの天才に挑んだ価値は十分に得られただろう。
すぐさま、クールないつもの雰囲気になるがタキちゃんとタイプが似ているので内心だと今も動揺しているんだろうなと思うとニヤニヤが止まらない。
「ま、今回はスタジエールの時のお礼とお詫びも兼てと言う事で。あの時はすみませんでした!」
「ああ、それなら別に。四宮じゃないけど、あの時は変に店全体の雰囲気が固まり出してたから、何か新しい風でも入れようかと思ってスタジエールを受け入れたわけだし。丁度よかった」
「うわ、流石遠月卒業生えげつねえ…………」
顔の前でV字サインを取る水原さんに萌えながらも当時まだ自分の力を自覚していなかった俺が完全に利用されていたという事実に恐怖を感じずにはいられない。
センパイといい、俺の周りはどうしてこう怖い女性が多いのだろうか?やはり、癒しで言えばイジリ甲斐のあるタキちゃんとか木久知に限るな。今度「春果停」にでもお邪魔しようかな、などと考えていると水原さんが不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んでいることに気づく。
「ねえ、操」
「な、何ですか?というか、その座り方とある名探偵思い出して怖いんですけど…………。可愛いんでいいですが」
「呪い、増えた?」
「……………俺が四宮さんのルセット以外で魔法を使ったことに関して言えば違いますよ。ほら、これ証拠」
「―――――そのルセット、四宮のじゃないわね」
俺が自慢げに出したお洒落にパッケージされた四宮さんの課題用のルセットは一見すると田所さんたちが持つ課題で使われたものと同じようだが、よく見ると最初からカリフラワーの部分などで『傷んでいる場合』にワインビネガーを使う前提として再計算された調理法が事細かく載せられている。
「うちのセンパイのものです。前に四宮さんの料理を食べたってさっき言ったでしょ?その時に書かれたものです」
「ちょっと待って、それって何年前?」
「三年前です。………気持ちは分かりますよ。あの時あの人は二年後くらいならこれくらいのものになるだろうという予想でこれを書いてましたから」
四宮さんの停滞が始まったのはそこまで昔のことじゃない。当然以前食べた時よりもルセット自体に手が加えられて段違いに進化していた。
しかし、あらゆる食をその手で書き留める『黄金のレシピ』を創りだしたかの魔女はその上をいく。実際に料理すれば恐らくは四宮さんが上だろう。しかし、レシピを創るという一芸において彼女を上回る人間を俺は知らない。
必要ならば未来すら予測し、常に究極のレシピを導き出す。
それこそが、俺の憧れにして超えるべき人間だった。
「噂には聞いてたけど、とんでもない才能ね。異常と言っていいくらい」
「それは俺も思いますよ。あの人見て、食べて、嗅げば実際の調理風景を見てなくてもその料理を作り出すのに最適な調理法を書きますから。…………気まぐれなのが難点ですけどね」
全盛期には一年で千を越えるレシピを書いただとか、食戟で相手のレシピを改良したものを審査員に”見せただけ”で調理せずに勝ってみせたとかどこまで本当かわからない伝説を持っている人だが、俺と一緒にいた間は四宮さんのような本当に美味しくて興味の湧く料理しか書かなかったり、学園祭のためのその日限りのレシピを百種類近く創り出したりと仕事量のムラが激しかったのは覚えている。
総じて掴みどころの無く、人生を楽しんでいる人だった。
「……………好きだったの?」
「反撃のつもりですか?ま、否定はしないですけど。好意っていうよりは尊敬や憧れ、後は俺を救ってくれた事への恩義のほうが強かったかもですね。と、いうか畏れ多くてとてもじゃないが告白とかはできませんて。本当、どこ行ったんでしょうね」
魔女の行方は彼女の卒業後、誰ひとりとして知らない。
一応、親しい人間には思い出したかのようにお手製のレシピが送られてくるので生存が確認されているが、消印が地球の隅から隅まで様々なので探そうにも俺のような暇人でなければ不可能なレベルに至っている。
「恩義、か。ねえ、操は四宮に自分の料理を試してみたくなかったの?誰かのレシピじゃなく、自分だけの
「
水原さんの質問に言葉が詰まる。
なぜなら、それは今一番誰かに聞いて欲しくなかったことだから。てっきり、意外と性格の悪い堂島さん辺りに後々コッテリやられるかと思ったがまさか彼女とは。
「ま、勝てる勝負ではなかったですからね。ましてや審査員は俺の尊敬する先輩方だ。見苦しい料理は見せられませんて」
「嘘ね。少なくとも食戟を挑んだ時の目は死んでなかったわ。それこそ、あの幸平創真のように」
ここであの少年の名前を出してくるか。
この人も存外性格が悪い。
「田所さんからね。”今の”四宮さんの
「それで?」
「それでと言われても、それまでですが?」
ここで思う。
これ以上は踏み込まないでくれと。
これ以上俺に言い訳をさせないで欲しいと。
切に、料理人としての俺が悲鳴を上げる。
「――――――嘘ね」
どうやら、神様は俺に相当罰を与えたいようだ。
「聞いてどうなるものでもないですよ?男の負け惜しみってのは」
「構わないわ。それでも、一人の料理人として放っておくことは出来無い。操が私に実食の時に願ったのはそういうことでしょう?」
「…………あれはただ、俺みたいになって明日からの課題で生徒達を理不尽に振り落とさないでくれってことですよ。まさか、負け犬の愚痴を聞いてくれなんて頼むわけないっての。一応、男の子ですよ?俺」
再び、彼らが作った料理を口に運ぶ。
一口目と変わらず、涙が出るほど美味しい。
「――――――俺は確かに魔法を手に入れた。この力で遠月を卒業できたことは間違いないし、この才能に気づいてくれたあの人にも感謝している!でも、忘れられないんですよ。初めて料理したとき、分量も火入れの時間もバラバラで今思えば美味しいとはとても思えない俺の料理を食べてくれた人たちのあの顔がッ!!この頭にこびり付いて離れないッ!確かに俺の料理は上手くなった。でも、それはいつも誰かの力を借りたもので、俺だけの力じゃないッ!!その証拠に、俺の作った料理は作り方から何まで完璧に近いはずなのにそこには感動も笑顔も存在しない!…………知ってますか、水原さん。俺の料理を食べた人はみんな最終的に”本物”を求めるらしいですよ?俺の作った料理じゃなく、その料理を考え出した誰かの本物が食べたいと思うらしいです。それが、どれだけ屈辱かわかりますよね?俺の客の筈なのに誰も俺の料理を見やしない!!」
どれだけ技術を磨こうが、どれだけ食材に拘ろうが、どれだけ完璧に再現できる状況を作り出しても、それは結局既に誰かが行き着いた領域でしかない。
コピーは永遠にオリジナルに敵わない。
それが本当だったらどれだけ良かっただろう?
現実は残酷だった。コピーも完璧さえ目指せばオリジナルも打倒出来る。出来てしまった。それでも、客の求める”真実”は俺の料理じゃない。
「言ってやりたかった!お前らの求めるものなんて何処にもないって!!そんなものはまやかしだから―――――一番美味しいのは俺だからってアイツ等の前で言ってやりたかった!でも、言えるわけないだろ!どれだけ外道に落ちても料理人はそれだけは言っちゃいけない。客を騙してでも、夢を見せなきゃ俺達は終わりなんだ!」
「…………もし、四宮が自分の
「勝てません。はっきり言ってあのレベルの人間の
「あの二人はそこまでして守るべきもの?」
「ええ、俺にとって彼等は最期の希望だ。あのジョウイチロウ・ユキヒラの息子である創真くんは勿論、土壇場で
「そう」
彼女は短く呟くと悲しそうな目をしながら僅かばかり俯いていた。
やっぱり、神様は俺を恨んでいるのだろうか?
こんな事を打ち明ければ結末なんて想像できただろうに。
胸の内にしまって置く位がちょうどいい思いだろうに。
どうしてこうも、俺は弱いんだ。
「すいません。忘れてください。俺の今言ったこと全部、どうってことない事ですから。それこそ、人間誰もが抱える悩みですし………」
「関係なくはないわ。誰もが持つ悩みでもない。私にはきっとあなたにかかった呪いは解けない。でも、先輩として胸を貸すことくらいはできる」
「水原さん―――――――。すいません」
「いいのよ」
「あ、いえ。そういう事じゃなくて、水原さんの胸じゃ借りても泣けないっていうか。せめて日向子さん、理想を言えば木久知サイズが欲しいというか。安定感を求めるなら堂島さんが最強だとは思うんですよ。いや、最後のは選択肢には絶対入れても選びませんけどね?」
水原さんの顔が一気にゴミを見るような目に変わる。でも残念!俺にとってはご褒美です!
いや、本当に助かりました。でも、この線だけは男としても譲れないんですよね。水原さんもタキちゃんも甘えるよりは愛でる方というか………前者でも一向に構いませんけどね。
「――――――操。最終日、私のところ三倍で宜しく」
「っちょ、それは本当にシャレにならな――――」
「無駄口はもういい。この合宿では私は操を自分の従業員として扱っていい権限がある」
「それ学生に対してのみ適応されるやつだったと思うんですが――――っていうか、三倍は本当に無理ですって!!」
「うるさい。もう、質問は受け付けない。ここでは私がルールよ」
「横暴だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
そそくさと厨房を出て行く水原さんにどうにか考え直してもらうために地上への階段を付いていく。
既に時刻は深夜。
これで地獄の宿泊研修も半分が終わったことになる。
最終日には最大の関門があり、三日目でもこれまで以上に無理難題が出されるだろう。
一体、何人の生徒が生き残るのか。俺は彼らをどれだけ救い、導けるのか。不安は残るばかりだけど不思議と心の中は軽い。
泣いても笑ってもここが正念場。
もうひとつの戦い。
「ねえ、緋沙子。絵札しかないのだけれど、こういった場合どう責めるべきかしら?」
「オイ、11(イレブン)バック中の革命の裁定はどうなってやがる!!」
「秘書子、秘書子!10捨てで8を出したら面白いと思わない?」
「こ、この海は地獄だ…………」
常に絵札と1や2を独占するえりな様。執拗に革命を狙う黒木場。よく分かりもしないのに複数のルールを利用するアリスお嬢様。
緋沙子の手札には殆ど彼らの余り物としか思えないカードしか回ってこない。勝ちを狙うならば黒木場に協力するべきだが、そうすれば強力なカードばかりを持つ主の敗北する確率が上がる上にあの勝利に貪欲で側近としての弁えすら持たない男に手を貸すのはプライドが許さない。
「フ、これで終わりです!」
「ッチ、革命だ」
「なら、私の3が最強ね。これで私の勝ちー」
「あ、アリスお嬢様それ反則です。次は4位からのスタートです」
基本的には緋沙子のサポートがあり、えりな様が常にトップで黒木場かアリスお嬢様が続く。緋沙子といえば、自分の引きの悪さとサポートに全戦力を使って今のようにたまにアリスお嬢様が反則で脱落してくる以外は常に最下位を独走中という有様。
加えて渡された手書きらしきルールブックをメガネを掛けながら解読する手間もあり、この場で最も疲労しているのは間違いなく緋沙子だ。
「次よ!次こそは私が一番になるんだから!」
「無駄ね。貴女はそれ以上は上がってこれないわ」
「足りねえんだよ!勝利に対する飢えって奴がッ!!」
(ま、まだやるのか…………)
新戸緋沙子の受難は続く。
なんかオマケの方が本編より長くなってきた気が―――――。
とりあえずは今回の話で合宿前半戦は区切りです。次は一旦番外編を挟んで後半戦を開始しようかと思います。
後、主人公の能力はどちらかというと食戟のソーマのものと言うよりは別のジャンプ漫画のものに近いのですが、気づいた方はいるでしょうか?
今回の話の冒頭でヒントというよりは答えを出してはいますが…………。次回はそんな主人公の親友が慰めに来てくれます。
というか、このSSのキャラいつ寝てんだろう?