食戟のソーマの卒業生組が好きすぎて衝動的に書きました。
あらすじにある通り殆ど料理についての描写がないかもしれませんが、よろしければ感想をいただけるとありがたいです。
間違った居場所
自分は何故ここにいるのか。
一体こんな場所に呼ばれる自分はなんなのか。
四六時中考えて、それでも答えは出なかった。
『多忙の中、今回のために集まってくれた遠月学園の卒業生たちだ』
壇上でマイクを持って笑わないことで有名な講師シャペル氏が言葉を発する。
「卒業生!?」
「到達率一桁を勝ち抜いた天才たちィィィーー!!!???」
改めて聞くとむちゃくちゃな確率に頭が痛くなる。
在籍していただけで料理人として泊がつくとはいえ、心を折られ料理の道を諦めたもの達にとっては箔ではなく『中卒』という重い
大広間でこちらを見上げる新一年生たちの羨望と憧れ、そして畏怖の視線が同じようにステージに並ぶ俺にも少なからず注ぎ、嫌な汗が背中を伝う。
この場にいるのは皆若いながらも食の第一線で活躍している精鋭たち。
在学中は第一席で日本人で初めてフランス『プルスポール勲章』を受賞し、今もパリでフランス料理店「SHINO'S」を構える四宮さんを筆頭に、イタリア料理店「リストランテ エフ」の”かわいい”水原さん。細目の関森さん、壇上から降りて在校生をナンパし始めるドナートさんと日向子さんまで、解説役っぽいメガネの少年が丁寧に説明してくれる。
彼らは皆、料理人を志す者なら誰もが知っている程の有名人できっと現在その後を歩いている彼らにとっては紛れもない憧れなのだろう。
「本当、どうして俺ここにいるんだろう」
俺といえば彼らと比べれる事などおこがましい弱小料理人であり、去年なんとか卒業したものの結局定職にありつけてはいない。シャペル先生の言った『多忙の中』という条件も俺だけは満たしてないのだ。
「ぶっちゃけ、えりなちゃんとかここにいる何人かにはもう抜かれてるんだろうなぁ…………」
「なに弱気になってんの?」
目に見えて落ち込んでいたのだろうか。
隣りで立っていた水原さんが小声で話しかけてくる。
「み、水原さんっ!俺、ここにいる自信がないんですけど」
「…………
多分、クールな水原さんなりの励ましだろう。
童顔でかわいくて在校生と並ぶと区別がつかないくらい背が低いが、俺よりも十年程人生経験豊富なこの先輩はこうやって気を使ってくれる。
「…………思い出すなぁ。三年前のスタジエールの時、こうやって慰めてもらった後夜の厨房で――――――」
「そのような事実は一切ない」
冗談があまり通じないのもこのひとの特徴だった。
「ふう、ありがとうございます。この
「操、今何件目だっけ?」
「…………一昨日、三つ目の職場を追い出されたところです」
「もう少し、修行したほうがいいよ?」
「ごもっともです…………」
上げて、落とす。
きっと下の人間を育てることに必要なことだとは思うが、何も大切な後輩にまで使わなくてもいいと思う。
この年、六年間苦憎を共にした学び舎を巣立ったばかりの俺、榊奴操は合宿の講師という大役を仰せつかった。
合宿の講師というとフリーの専門家やその学校専属の職人が務めるものだと思えるが、この遠月学園では代々卒業生がその役を担う。
ある日届いた招待状に他の卒業生たちとは違い、自分の戦場を見つけられず割と暇だった俺は軽い気持ちでOKをした。
だが、講師用のバスに一歩踏み込んだ瞬間にその甘い考えは一瞬にして吹き込んだ。
――――――そもそも、三年前自分達が合宿を受ける立場だったとき俺のような新米がその席に一人でもいただろうか?
答えは、否だ。
あの時、必死に生き残った合宿で俺たちが少しでも比べられるような弱点を持っている講師は存在しなかった。
だからこそ、抗いようのない存在だったこそ死に物狂いで食らいついていったのだ。この合宿に招待され、それを受けた人間は現役の学生が食らいつく隙を持っているほど甘い人間ではない。そもそもが、一%の敗因すら想像し、確実に排除できるという自信を持った傑物たちなのだ。卒業一年やそこらでこの場に立つ資格を持つものなどそうは存在しない。
「きっと、これは卒業後ブラブラと過ごしていた俺への神様からの罰なんだ。ハッ、もしかしてこの合宿でミスったら遠月の歴史から抹消されるとか?……………有り得る」
この学園の現総帥「薙切仙左衛門」は日本の料理界を牛耳る首領だ。もし、あの化物に睨まれでもしたら少なくともこの国で包丁を握ることすら許されなくなるだろう。
「嗚呼、どうすればァァァァァァーーーーー!!!」
「どうやら困っているようですね?」
「あ、あなたは日本料理店「霧のや」女将乾日向子さん!もう、担当生徒と一緒に試験会場へ向かったはずでは!?」
「ふふ、これを忘れたのです」
日向子さんの手に握られていたのはコンビニで売っているような市販の柿の種。試験にでも使うんだろうか?
「榊奴くんは今年が初めてでしたね」
「は、はい」
若くに見えるが、これでも水原さんと同じ時代を生き、在学中は「霧の女帝」とまで言われた女傑だ。あの俺じゃ怖くて近づけない四宮さんにギャグパートで絡むような人間であり、俺にとってはそれだけで雲の上の存在である。
「緊張しているのですね?」
「ええ、まあ」
「私にもそういう時期がありました」
(すみませんが、全く想像できません!)
少なくとも俺の中でこの人は歴代の第一席である堂島さんや四宮さんと同レベルの偉人だ。そんな人間が緊張する場面などちょっと想像がつかない。
でも、嘘でもいい。俺一人じゃなかったという言葉を聞けただけでさっきまでの萎縮していた感覚は消え、代わりに挑戦感に似た感情が生まれる。
「そうですね。俺もまだまだ若輩者。在学していた頃と比べれば三年のハンデをもらっているようなものだと考えれば気が楽ってもんです」
「うん、いい顔になりましたね。では、これを」
「――――これは?」
手渡されたのは一冊のノート。
手書きで「日向子日記」と書かれたそれはずっしりと重みがあった。
「前に私がこの合宿に参加した時のものです。走り書きでよければ榊奴くんに差し上げますよ」
「そ、そんな、大事なものを!?」
「いいんですよ、少しでも役に立てば」
料理人にとって自分が得て素直に感じたものを書き留めておくメモはどんなレシピよりも重要なものだ。
それを困っている後輩にこんなにも簡単に渡すなんてやはりこの人只者じゃない。
「――――わかりました。ただ、貰うだけでは忍びないのでなにかお礼はできないでしょうか?」
「本当ですか!?それじゃあ、恵さんの担当になることになったら私のことをよろしく言っておいてください!!」
「よろしく言う?そんな事でいいんですか?」
「恵さん」というのは確か開会式の時、日向子さん達がナンパしていた女の子だったと思う。遠月の卒業生であるこの人が目を掛けるほどの少女。確かドナートさんも注目していたし、そんなすごい料理人が今年の一年生にいるのか?
「…………わかりました」
正直言って怖い。
こんな時期から彼らに注目されるような新世代の料理人の担当なんてしたくない。
「それではよろしくお願いしますよ。また今夜」
「はい。日向子さんもお気を付けて……………」
どっと、疲れがたまった身体を動かしそろそろ試験会場に向かう事にする。
ここからが地獄だ。毎年、怪物というのはこの時期から既に頭角を現している。えりなちゃん然り、アリスちゃん然り、葉山くん然りだ。せめてこういったメンバーと先程話題に出た「恵さん」とやらとだけは同じ組み合わせにはなりたくないものだ。
「それにしても、今夜?確か初日の今日は夜の行事はなかったはずだけど…………俺の居た時と変わったのかなぁ?あとで予定表確認しよう」