メインヒロインが登場しますが誰のことかは想像にお任せします。
あれから3日後。
俺のPさんに対する呼び方は特に変わらずPさんのままです。
つまり俺に親友なんていなかったんや! って感じでぼっち継続中ということでもある。
この3日間はメイクのレッスンしたり女の子の服の着こなしを学んだり姿勢とか立ち振る舞いを矯正されたりしてたけど、とりあえずメイクの方は及第点をもらえた。
女性服も難しいのじゃなきゃあからさまに男に見えるような着崩れ方はしないので、今日から女装出勤が始まる。
最初はバレたらどうしようってドキドキしてたけど、家出て10分ぐらいしたらそもそも俺に注目する奴なんていないじゃんということを思い出したので普通に電車に乗って事務所まで来た。
ぼっちの経験が活きたな(迫真)
でも心なしか俺の方を見る人が何人かいた気がするのでやっぱりまだ見た目に違和感があるのかもしれない。
さて、午前のレッスン(今日はメイク+日本舞踊。なんでそんな先生までいるの?)を終えたので社員食堂に来てみた。
社食が使えるなんて俺も社会人になったんだって気持ちになれるな。まだ在学中だけど。
あ、ちなみに親とか大学には346の事務員として内定したことにして報告している。もちろんPさんがなんとかしてくれた結果である。
しかし社会人になってもぼっち飯が続くとは思わなかった。
Pさんぐらいしかまともに知ってる人いないし、レッスンの先生とかみんな女性だから昼食に誘うのはハードルが高すぎる。
まあ慣れてるから昼食仲間は別にいなくてもいいけど知り合いはもう少し増やしたい。特に346は女性が多い職場だから、同性の人だとなお良し。
Pさん以外にも頼れる人がほしいんだよね。ほら、男同士でしかわからない悩みとかあるもんだし?
アイドル以外の職員さんたちには俺が男だってことは知られてるし、男性職員がいたら面倒だけど話しかけてみるか……
そんなことを考えながら「クリームシチューうどん」とかいう謎メニューを注文し、お盆を持ちながら空いている席を探していると、1人の大柄な男性が目に入った。
「ありゃ、武Pさんじゃないですか。こんにちわ」
我ながら自然に出てきたセリフを口にしながら正面の席に座る。
この目の前でハンバーグ定食を食らっているぴにゃこら太みたいな目をした男性は武Pさん。
面接の時にこの人もいたのだが、ヤクザっぽい見た目に反して丁寧な口調で話す心優しい青年だ。
ヤケクソになってアホみたいなことしかしゃべらなかったあの時の俺に対して困った仕草を見せながらも根気よく質問を続けてくれた人である。
初対面であそこまで好感度が高くなったのはこの人が初めてかもしれない。
きっと武Pさんの中身は聖人だよ。
なんか後輩とか年下ポジションが似合いそうだけど俺より年上なんだよね。17歳じゃなくて成人だよ。
で、その武Pさんなんだがさっきから一向に返事が来ない。
もしかしてやっちゃったんだろうか。
俺にとっては自分史に残る好感度の高い人だけど向こうからしたらたくさん面接してきた中の1人でしかないもんね。
これは黒歴史に残る羞恥度の高い事件ですよ。
一縷の望みを懸けて聞いてみよう。
「あのもしかして私のこと覚えてませんか?」
武Pさんの顔がさっきまで以上に困った表情を見せる。
あっ(察し
これはあかんですわ。全然覚えてなさそう。
申し訳なさそうな顔してるけどこっちも申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「その……申し訳ないのですがどうしても思い出せないようです」
「あぁいえ! 私の方こそ勝手に知り合いヅラしてごめんなさいと言いますかなんといいますか」
「どこかでお会いしたことがあるなら最近所属されたアイドルの方でしょうか? 女性職員の方はわたしのオフィスには1人しかいませんし……」
「あ、そうですね。つい先日ここに拾ってもらったばっかりのアイドル候補生です、はい。女性職員が1人だけって珍しいですね」
俺の周りは女性しかいないから男性が多いのはうらやましい。
それとも職員の数自体が少ないのかな。
ん? 女性?
「て、あー!?」
「ッ! どうされましたか?」
忘れてたー! 俺女装してんじゃん!
だから武Pさんもわからなかったんだ。
そうだよね? 素で忘れてるんじゃないよね?
「あの、私、じゃない。俺です、俺。小鳥遊有です。覚えてませんか? ほら、この前の面接で会ったんですけど」
「!! 小鳥遊さんでしたか。全く気付きませんでした、すみません」
「いやいや。覚えてもらえてて良かったです」
いやーほんと良かったー。
「小鳥遊さんが……その、そういった格好をなさっているのは承知していたのですが、あまりにも自然な姿でしたので」
「そうですか? そう言ってもらえると俺、私も安心できます。柄にもなく頑張りましたからね」
「本当にお綺麗です。このポテンシャルを見抜いたPさんは慧眼ですね」
「いやーでも女性からみるとまだまだらしいんでデビュー出来るとしても先は長そうなんですけどね」
「小鳥遊さんなら頑張れば問題ないでしょう。期待しています」
本当に武Pさんが覚えててくれて良かった。
女装したままなのに気付かず話しかけてたから微妙に黒歴史化を回避できてない気もするけど、浅い傷で済んだ。
その後も武Pさんと仲良くなるために話を続けた。
なんかもう打算とか無しでこの人と親しくなりたいと感じている。
やだなにこの気持ち。
これが魅力チートってやつか。もう武Pさんがアイドルやればいいじゃん。
「レッスンは辛くないですか? 小鳥遊さんは事情が事情ですし、他の方とは違う悩みもあるでしょう」
「あー、わかりますか? 実際やってみると知らないことだらけで全部覚えるのはいつになるやらで。もう家帰って寝たいです」
「頑張ってください。それが小鳥遊さんのためになりますから」
「働きたくないでござる」
「働いてください」
「お、おう。なんか意外と押しが強いですね。慣れているというか」
「わたしの担当アイドルにも似た方がいますので……」
はー。俺みたいな奴がいるとは武Pさんも苦労するだろうね。ていうかそいつアイドルやれるの?
ニートがアイドルになっても許されるのは杏ちゃんだけだぜ?
たぶん俺が杏ちゃんの真似をしたら即業界から消えるから、俺がデビューするときは隠すんだろうなあ。
「まーでも自分のことながらここまでやるかって思うときもありますね。Pさんの本気っぷりがやばいです」
「と、言いますと?」
「アイドルとしての私の存在がすごいリアルで、細かいところまで設定があるんですよ。公表はしないですけどスリーサイズとか、生理のスケジュールまで決められてるんですよ?」
「っ! ゲホッゴホッ!」
「うわっ! 大丈夫ですか!? あ、やべ」
突然武Pさんがむせてしまったのでティッシュを渡そうとしたのだが、手を伸ばした拍子にクリームシチューうどんの器にぶつけてしまった。
服にシチューが飛び散ってしまっている。
「あちゃー。これ借り物の服なのに白濁まみれになっちゃった」
「!? ゴホッゴホッ! ゲホッ!」
「うわわ! 武Pさんしっかりして!」
結局武Pさんが落ち着くまで背中をさすってあげていたら昼休憩が終わる時間になってしまったので、お互いに謝りながらもすぐに別れて次の目的地に向かった。
男同士の会話を書いてるのに楽しかった。あ、作者はノンケです。
人物紹介のコーナー。
●武内P
アニメのプロデューサー。
作者を一目惚れさせデレマス世界に引きずり込んだ張本人。あ、作者はノンケです。
この作品ではアニメと同じようにシンデレラプロジェクトを発足、大成功の後にメンバーは解散しそれぞれアイドルとして独り立ちしたという設定。
メンバー全員の担当プロデュースは継続しているが、手が掛からなくなってきたのが嬉しいやら寂しいやら。
新しいアイドルも入ってこなくてちょっともやもやしていたけれど、先日新人獲得のための面接が行われた。
参加者が少なく面接してみても不作だったが、最近幸運にも才能のある新人が1人所属したという。
でも詳しく聞いてみたら面接にいた子で、しかも再会したら妙に既視感のある性格だった。
頭では男だと理解しているのに時折見せる無防備さに反応してしまう。
武内Pのもやもやはちょっぴり膨れた。