緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第5話「策動する者達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くじ引きで衣装決めを行った翌日から、変装食堂用の早速衣装作りが始まった。

 

 成り切りルールがあるとはいえ、基本は一般校で行われるコスプレ喫茶と同じ。衣装を自分達で用意し、それを着てフロアの給仕を行うのだ。

 

 ただ、この際使う衣装はそれぞれ、自分達で作る事を推奨されているが、今日日、芸術専門校でもない限り、裁縫スキルの高い人間など殆どいない。それが一般科目をおまけ扱いしている武偵校ならば尚の事である。

 

 そこで、潜入用の特殊な服を扱っている特殊捜査研究科(CVR)や予め小物を多く取りそろえている装備科(アムド)等に発注し、作成を依頼する行為が、暗黙のルールとして横行している。

 

 ただし、時期が時期であるだけに、CVRも装備科も稼ぎ時を心得ている。彼女等が発注者の足元を見るのは、無理も無い事と言えた。

 

 もっとも、それを専門にしているだけの事はあり、送られてきた衣装の出来栄えは上々である。

 

 後は教務課(マスターズ)の命令にある『汚し、よれ等、リアリティが不十分な物は許可しない』と言うのに従って、仕上げを行う。要するにまっさらな新品では無く、多少使い古した感を出せ、と言う意味だった。

 

 それらの仕上げを、締めきり日の前日に泊まり込みで行っていた。

 

 借り切った教室の壁際には、衝立で区切られた即席の着替えコーナーが設けられ、そこで作成した衣装に着替えるようになっている。

 

 誰かがスピーカーとアンプを持ち込んで音楽を掛けている為、さながらどこかのパーティ会場のような様相になっていた。

 

「じゃん、どうよッ」

 

 白地に黒とオレンジのラインが入ったプロ野球チーム巨人の恰好をした陣が、手にしたバットを構えてポーズを取っている。

 

 なかなか堂に入った出で立ちだ。

 

 元々、痩せ型ながら180センチの長身に、ガッシリした体付きの陣である。普段は制服を着ていてもラフに着崩している事が多いせいでチンピラめいた印象が強いが、このようにしっかりした格好をすれば、普通に体育会系の爽やか高校生に見える物だ。

 

「おお、良いんじゃねえか?」

「問題無いだろ」

 

 陣の野球選手の格好を見たキンジと、車輛科(ロジ)の武藤剛気が、感心したように評する。

 

 2人とも、今は見慣れた臙脂色の制服ではなく、それぞれ引き当てたクジの衣装に着替えていた。

 

 キンジは警察官の巡査の恰好で、腰には、恐らく装備科からの借り物と思われるリボルバー拳銃をしっかりと装備していた。

 

 武藤は全身銀色の、重そうな服を着ている。ヘルメットは被っていないが、こちらはどうやら消防士のようだ。

 

 2人とも、やはりCVRに発注したらしく、その出来栄えは本物よりもリアルさを感じさせた。

 

 バットを虚空に向けて「かっ飛ばすぜ」とか言っている陣の後ろでは、ちょっとした人だかりができていた。

 

「わ~、可愛いッ」

「四乃森さん、全然いつもと印象が違うね」

 

 女子陣に囲まれた瑠香が、少し照れたような表情をしている。この中で1人1年生と言う事もあり、女子陣から可愛がられている様子だ。

 

 格好は、彼女が引き当てた『文学少女』をイメージした物だ。普段とは違う、青系のセーラー服を着ている。清楚感を出す為に、スカートも武偵校の短い物では無く、膝上2センチ程度の長さだ。掛けている眼鏡は伊達であるが、黒縁の物で、普段の快活さを和らげる効果がある。髪はいつもより長く、三つ編みにしているが、これはウィッグのようだ。

 

 手には、普段は決して読まないハードカバーの小説を持ち、見事に「大人しめの文学少女」を作り上げていた。

 

「うちの制服も、あれくらい大人しければな・・・・・・」

 

 瑠香の恰好を見て、溜息をつくキンジ。ヒステリアモードという、ある種の持病を持つ彼としては、羞恥心をどこかに置き忘れたような武偵校の制服は、可能な限り遠ざけたい物なのだ。

 

 一方で、

 

「馬鹿言うなよ、キンジ」

 

 瑠香の姿を見た武藤が、目を光らせながら熱く語る。

 

「普段は元気一杯の後輩少女が、普段とは違う大人しい格好をして現われた。そのギャップを理解できねえのか?」

「理解できるか、そんなもん」

 

 叩きつけるように答えるキンジ。

 

 「キンジは付き合いが足りねえ。後で轢いてやる」等と、捨て台詞を吐く武藤。

 

 そこへ、着替えスペースの衝立が開いて、別の人物が出て来た。

 

「う~、何でいつもこうなるんだろ・・・・・・」

 

 出てきた瞬間には既に戦意を失っているその人物は、魂の底から深いため息をつく。

 

 黒地の長袖ブラウスとスカート、白いエプロンドレスとカチューシャ。普段縛っている赤茶色の髪は、今は解いて自然に流している。

 

 何処からどう見ても、美少女のメイド。

 

 緋村友哉は、地平の彼方へやる気と言う物を捨て去った状態で、その場に立っていた。

 

 次の瞬間、

 

 キンジ、武藤、陣の間で、大爆笑が起こった。

 

 なぜか、割と女装率が多い友哉。周囲の人間も既に見慣れた物だし、ふとすれば同性と判っていてもドキリとさせられる物がある。

 

 が、

 

 何度見ても面白い物は面白い。

 

「最高だよ、緋村ッ!!」

「お前、その格好で秋葉原とか行ってみろ。絶対ナンパされるって」

 

 そう言いながら、爆笑をやめようとしない武藤と陣。

 

 周囲の人間も、大半がクスクスと笑っている。中には友哉の女装を見て、顔を赤らめている者までいる。

 

 概ね好評である事は間違いない。

 

 が、

 

 それに対して友哉は、顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている。

 

 見る方は、それは楽しいだろうが、やる方は正真正銘、羞恥プレイ以外の何物でもなかった。

 

 そんな友哉の反応も、見ている人間からすれば可愛くもあり、面白くもあるのだが、

 

 友哉の手が刀の柄に掛かり、キンッ という音と共に鯉口が切られた。

 

 その様子に、笑っていた連中も一瞬で凍りつき、思わず後ずさる。

 

「今宵の逆刃刀は、血に飢えておる」

「いや、その刀、血なんて吸った事ねえだろッ!!」

「て言うか、武偵法9条ッ 9条!!」

 

 武偵法9条「武偵は任務中、如何なる状況に置いても人を殺害してはならない」。

 

 が、今の友哉にとっては、「横断歩道は手を上げて渡りましょうね」と言われているくらいに、どうでも良い事だった。

 

 先祖の人斬り抜刀斎宜しく、誰かに斬りかかりそうな友哉の雰囲気は、しかし、次の瞬間、部屋に入って来た人物によって霧散する事になった。

 

 どこか別の部屋で着替えていたその少女は、恥ずかしそうに俯き、上目遣いで一同の視線に耐えていた。

 

「・・・・・・・・・・・・あの、皆さん、あんまり見ないでください」

 

 恥ずかしそうに小さな声で言ったのは、和服姿の茉莉だった。

 

 彼女の引いたクジは「和服ウェイトレス」だった。確かに、一見すると着ている物は和服に近い。

 

 しかし、それは上半身だけの話だった。

 

 掛け合わせた襟と、ゆったりとした袖、やや太め帯は和服その物だ。

 

 しかし、裾はミニスカート並みにカットされ、太股の付け根、股下1センチ付近まで大胆に露出していた。足には白い足袋と漆塗りの下駄を履いているのが、却って初々しいエロチズムを増幅している。

 

 髪は普段通り、ショートポニーに結い上げているが、いつもなら紐かゴムで適当に縛っているそこを、今日は大きなリボンで結んでいた。

 

「わぁ、茉莉ちゃん、可愛い!!」

 

 飛びつくように、瑠香が茉莉の手を取ってブンブンと振り回す。

 

 当初、クジを引いた時、茉莉としては時代劇風の茶屋娘を想像していたのだが、完成して見ればある意味、普段から着ている制服よりも恥ずかしい格好になってしまっていた。

 

 ヒステリア化を警戒するキンジなどは、露骨に茉莉から視線を逸らしているくらいだ。

 

「ま、茉莉・・・・・・その、格好は?」

 

 自分の恰好の恥ずかしさも吹っ飛んで、友哉は尋ねる。その顔は若干赤く染まり、ちらちらと、視線が茉莉の太股付近に行ってしまうのは、健全な17歳男子として仕方のない事である。もっとも、格好はメイドさんだが。

 

「その・・・理子さんに、服の作成を依頼したら、こんな・・・・・・」

 

 茉莉はもじもじと、ミニスカート状になった服の裾を気にしながら答える。

 

 その返事で、友哉はなるほどと納得した。

 

 理子は普段から自分好みの服を自作している。何しろ、武偵校の制服まで色々と改造しているくらいだ。頼めば服くらい作ってくれるだろう。

 

 茉莉としては、友達の理子に頼めば完璧に作ってくれるだろうし、友達割引でCVRに頼むよりも安くなるだろうと考えたのだ。

 

 その狙いは正しかった。ただ一点、デザインがこんな物にならなければ。

 

「そ、その・・・・・・似合ってる。とっても、可愛いよ・・・・・・」

 

 尚も視線を逸らすようにしながら、友哉はそれだけ伝える。

 

 勿論、本心からの言葉である。普段はおとなしい少女が、このように大胆な格好で現われたのだ。似合っていない訳がない。

 

 とは言え、じゃあ、直視できるかと言われれば、

 

 そこまで大物になるには、まだまだ道は険しかった。

 

「あ、ありがとう、ございます・・・・・・」

 

 対して茉莉も、恥ずかしそうに俯きながら、そう答えるのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕上げ作業も終わり、集まった面々が三々五々散っていく中、友哉達も完成した衣装を手に帰宅の途についた。

 

 あの後、くじ引きで「小学生」を引いていたらしいアリアが、キッズサイズのブラウスにミニスカート、ランドセル装備状態で現われ、理子達にからかわれる、と言う騒動があったが、取り敢えず各人の衣装製作作業は完了し、後は「変装食堂」に必要なメニューや内装のセットをどうするのか、と言う事務的な話へと移行して行った。

 

 そちらは問題ないだろう。武偵は潜入作戦において、調理が必要になる場面もある為、料理ができる人間は意外に多い。

 

 イクスに関して言えば、友哉もあまり難しい物でなければ自炊で作っているし、瑠香に至っては旅館の娘と言う事もあり、料亭の板前並みの料理スキルを持っている。陣も軽いつまみ程度なら作れると言う。

 

 ただ1人、壊滅的、と言うよりは破滅的と言っても過言でない料理の腕前をしているのは茉莉である。瑠香との特訓で、辛うじて「食べても人が気絶しない物」くらいなら作れないでもないレベルにはなって来ていたが、彼女の料理を出そうものなら、変装食堂から食中毒者が出る事は間違いない。そうなれば、教育委員会やら、食品衛生管理部からうるさく言ってくる事は目に見えている。

 

 そんな訳で、学園祭当日、茉莉だけは厨房に立たせないようにしよう、と言う事で衆議一決したのだった。

 

「あ~、楽しかった」

 

 弾むように歩きながら、瑠香が手にしたバッグを振りまわしている。

 

 どうやら、先程の余韻がまだ残っている様子だ。

 

「早く当日になんないかな~」

 

 楽しみで仕方ない、と言った感じの瑠香の姿に、並んで歩く友哉と茉莉も微笑みを禁じえなかった。

 

「でも、確かに楽しみですね」

 

 茉莉が、囁くように口を開いた。

 

「私、学園祭って久しぶりなんです」

「あ、そうなんだ」

 

 考えてみれば、茉莉は14歳の時にイ・ウーに入学し、今年の5月まで在籍していた事になる。その間、まともな学園生活を送れたとは思えなかった。

 

 瑠香以上に、茉莉もまた今度の学園祭が楽しみなのだろう。

 

「じゃあ、たくさん楽しもうね」

「はい」

 

 茉莉が、笑顔で頷いた時だった。

 

 先を歩いていた筈の瑠香が、何故か足を止めて立ち止まっていた。

 

 待っていてくれたのか、とも思ったが、どうやらそうではない事は、すぐに判った。

 

 瑠香は無言のまま、闇の奥を凝視している。

 

 何かに怯えるように、震えているのが判る。

 

「瑠香?」

 

 声を掛けてから、瑠香の視線を追ってみる。

 

 その闇の中から、滲みでるように人影が現れるのが見えた。

 

「久しぶりだな」

 

 痩せ形の長身に、鋭く細められた双眸。

 

 剣呑その物と言って良いさっきと存在感を振りまいている男。その手には、鞘に収まった日本刀が握られている。

 

 まるで、牙をむき出した狼が現われたような感覚さえある人物。

 

 思わず、腰の逆刃刀に手を掛けてしまう。

 

 友哉はその人物を知っている。

 

 だが、同時に、間違っても油断できる人物でない事も知っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・斎藤さん」

 

 友哉は警戒心を最大限に引き上げた状態で、相手の名前を呼ぶ。

 

 男の名は斎藤一馬巡査部長。

 

 警視庁公安部第0課特殊班に所属する刑事であり、友哉達とはイ・ウーを巡る戦いや、長野の事件の際に共闘している。

 

 これまで敵対関係になった事は無い。

 

 しかし、徹底した現実主義者の皮肉屋であり、更には殺人を否定する武偵の対極に位置する、公安0課所属と言う事もあり、友哉は一馬を、遺伝子レベルで反りが合わない人物だと思っている。

 

 一馬はゆっくりと歩み寄ると、友哉を真っ直ぐに見据えて立ち止まる。

 

「話がある。ちょっと顔を貸せ」

「・・・・・・いやだ、って言ったら?」

 

 絞り出すように友哉は答える。同時に、緊張が一気に場を支配した。

 

 友哉は刀を持つ手に力を込め、すぐに抜けるように身構えた。

 

 何時相手が斬りかかって来るか。その緊張感に満ち溢れる。

 

 正直、この男を相手に勝ちを得るのは難しい。相手は殺しのライセンスを持つ公安0課の現役刑事。潜ってきた修羅場も比較にならない

 

 背後では茉莉と瑠香が、それぞれ援護の準備を進めているのが気配で判るが、仮に3人で掛かったとしても勝てないかもしれない。

 

 そんな3人の殺気など見向きもせずに、一馬は踵を返しながら口を開く。

 

「極東戦役」

「ッ」

 

 その言葉に、友哉も、そして茉莉も瑠香も反応を示した。

 

 既に瑠香と陣にも、極東戦役開戦の事は伝えてある。しかし、まさか斎藤の口からその単語が出てくるとは思わなかった。

 

 3人の予想通りの反応に満足を得たのか、一馬は口元に笑みを浮かべた。

 

「来る気になったか?」

 

 そう言うと、顎をしゃくって歩き出す。どうやら、ついて来いと言うジェスチャーのようだ。

 

 その一馬の様子に、友哉達は黙って従うしか無かった。

 

 

 

 

 

 学園島の端まで来ると、一馬は煙草に火をつけ、大きく煙を吸い込んだ。

 

「どうやら、随分とややこしい事を始めてくれたようだな」

「別に・・・・・・僕達がやりたくて始めた事じゃないです」

 

 一馬の言葉に、友哉はムキになった調子で言葉を返す。まるで自分達のせいで戦争が始まったような言い方に、ムッときたのだ。

 

 だが、一馬はそんな友哉の様子を一切斟酌せずに話を続ける。

 

「お陰で、お偉いさん方は、随分と慌てている。この状況を予想していた連中は、少なくとも政府関係者にはいなかっただろうからな」

「政府は、極東戦役が開戦した事を知ってるんですかッ?」

 

 驚いたような茉莉の言葉に、一馬は面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

「阿呆。あれだけド派手な連中が雁首揃えて東京に入って、更に考え無しにドンパチまでやったんだ。気付かない筈がないだろう」

 

 つまり、宣戦会議の事は、予め日本政府の方に情報が言っていたと言う事だ。

 

 一馬は煙草の煙を吐き出しながら、更に続ける。

 

「もっとも、判っていて何の対策も打たなかったんだから、上層部も間抜けの極みだが」

 

 確かに、もしあの場に公安0課の刑事達が踏み込んでいたら、世界中の犯罪者を一網打尽にできたのだ。それをしなかったという事は、大規模な出動許可が警察庁、ひいては政府から出なかったと言う事だろう。

 

 いつの時代も、平和ボケした人間の対応など、そんな物だ。自分の頭の上に砲弾が降ってくるまで事態の重大性に気付かない。そして気付いて対応しようとした時には、既に事態は手遅れである場合が多い。

 

「まあ、そんな事はどうでも良い。問題なのは、戦場がこの国だと言う事だ」

 

 戦場がこの国である場合、一般人へ被害が出る可能性もあるし、構造物への破損も考えられる。最悪、それが無かったとしても、そうした事を懸念し、煙たがる連中はどこにでもいる。

 

「まさか、今更、どこか余所でやれ、なんて言いませんよね」

 

 皮肉めいた友哉の言葉には答えず、煙草の煙を大きく吐き出して一馬は言った。

 

「・・・・・・もし、お前等が派手に暴れるような事態になれば俺達が黙ってはいない」

「「「ッ!?」」」

 

 一馬の言葉に、友哉のみならず、茉莉と瑠香も身を強張らせた。

 

 それは事実上、公安0課が極東戦役に介入する事もあり得る、と言う宣言であり、万が一の時は、相手が友哉達であっても容赦はしないと言う警告だった。

 

 国内最強の武装集団である公安0課。

 

 その公安0課から目を付けられるという事態が、どれほど恐ろしいか。そんな事は想像もしたくない。敵対したが最後、その人物は、命を失うだけでは済まない。その存在から根こそぎ抹消され、文字通り塵一つ残らないだろう。

 

「俺が伝える事は、それだけだ」

 

 せいぜい、命は大切にしろ。

 

 そう告げると、一馬は来た時同様に、暗がりの中へと消えて行く。

 

 後に残された友哉達は、緊張のあまり一言も発する事ができずに、ただ立ち尽くしているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、皆さんに新しいお友達を紹介しますね。

 

 朝のホームルームを始めるなり、2年A組担任の高天原ゆとりは、そう切り出した。

 

 転校生と言う存在を珍しく思いながらも、友哉は心ここに非ずと言った感じに窓の外を眺めていた。

 

 宣戦会議から数日が経過したが、眷属側は一向に動きを見せる様子は無かった。

 

 師団側の方針としては、当面は守りに徹し、敵が攻めてきた場合にのみ対応する事になった。

 

 その方針に、友哉も異存は無い。戦力が不足している現状で、打って出るのは自殺行為でしか無かった。

 

 その間に、メーヤはバチカンへと帰国し、《厄水の魔女》カツェ=グラッセ討伐を目指し、玉藻は『鬼払い結界』と言う物を東京全域に張り巡らせ、敵の侵攻に備える事となった。

 

 防衛に徹する以上、敵が動かない事には、こちらも動きようが無い。

 

 加えて、一馬が言い残した、公安0課の極東戦役への介入の件もある。下手な動きは文字通り命にかかわる。ここは、慎重に動くに越した事は無い。

 

 そんな訳で、師団側の主戦力とも言うべきイクス、バスカービルの両チームには連日待機の日々が続いていたのだった。

 

 戦争中とは思えない程の長閑さの中、武偵校2年A組は、やや時期外れの転校生を迎えたのだった。

 

 入って来たのは、男子制服を着た少年だった。

 

 髪を短く切り揃え、小柄な体をしている。友哉よりも更に線の細い少年だ。

 

 少年は入って来ると、黒板に達筆な筆記体で自分の名前を書いた。

 

「エル・ワトソンです。よろしくね」

 

 良く通るような声で自己紹介する。

 

 同時に、女子達から黄色い歓声が上がったのは言うまでも無い事である。

 

 それにしても、

 

 友哉も驚きを隠せない。

 

 ワトソン、と来たもんだ。

 

 J・H・ワトソンと言えば、その名は彼の名探偵シャーロック・ホームズの無二の相棒として、あまりにも有名な名前である。

 

 そして、本人が社交的でない事も相まって、周囲にはあまり知られていない事だが、このクラスにホームズがいる事は、薄々だが偶然ではないだろうと言う確信が、友哉にはあった。

 

 ちらりと視線を向けると、アリアは何やバツが悪そうに、その隣のキンジは面白くなさそうに、それぞれワトソンを見ていた。

 

 2人の普段の態度から考えて、既に何かあったであろう事は間違いない様子だった。

 

 キンジとアリア。これまで喧嘩しながらも、割と上手くいっているように見えた2人。そんな2人の間に入り込んだワトソンと言う、ある意味、アリアにとっては最も近しい立場にある少年。

 

 友哉は、もう一度、視線をワトソンに向けた。

 

 口元に優しげな微笑を浮かべた少年。一見しただけでは、害のある人物には見えない。

 

 ただ友哉には、彼の存在が余計な火種にならない事を祈るだけだった。

 

 そんな事を考えていると、

 

「えっと、実はですね、今日はもう1人、新しいお友達がいるんですよ」

 

 ゆとりのこの言葉には、クラス一同も驚きを隠せなかった。

 

 一度に同じクラス、2人の転校生。そんな事普通はあり得ないだろう。普通は、同じ時期に転校して来たとしても、クラスは分ける筈だが。

 

 ワトソンに続いては言って来たのは、軽くウェーブのかかった、茶色の長い髪を持つ少女だ。背は高2女子としては並みくらいだろう。目付きが鋭い感じの女子だった。

 

高梨(たかなし)・B・彩夏(あやか)です。宜しくお願いします」

 

 そう言って頭を下げる彩夏に、今度は男子陣から歓声が上がった。

 

 彩夏の容姿は、充分に「美少女」とカテゴライズしても良いレベルだった。

 

 だが、男女が上げる歓声には加わらず、友哉は壇上に立つ2人の転校生を眺めていた。

 

 この時期に2人もの転校生。

 

 果たして、これが偶然と言えるのだろうか。

 

 材料が少なすぎる現状では、友哉は断定する事ができなかった。

 

 

 

 

 

 2人の転校生、ワトソンと彩夏は、あっという間にクラスの人気者へと昇りつめた。

 

 何しろ、ワトソンは線の細い感じの美男子だし、彩夏はハーフであるらしく、日本人には無い凛とした感じのある少女だ。

 

 傍から並んで見ると、王子の姫と言う言葉がこれほどぴったりとくる2人はいないだろう。

 

 2人はどうやら、アメリカのマンチェスター武偵校から来たらしく、所属する学科は違うものの、共に仲は良い様子だった。

 

 特にワトソンは、強襲科(アサルト)探偵科(インケスタ)を既に履修済みであり、東京武偵校では衛生科(メディカ)を受講するらしい。

 

 一方の彩夏も強襲科を履修済みで、こっちでは車輛科(ロジ)の所属となるそうだ。

 

 単に見た目が良いだけではない。

 

 2人とも日本に来るに当たって、一般教養を一通り予習して来たらしく、授業にも全く遅れずに着いて来ている。更に、2人とも如何にも外国育ちらしく、性格は社交的であり、誰とでも簡単に打ち解けている。

 

 そんな訳で、2人がクラス内で人気を獲得するのに、それほどの時間は必要なかった。

 

「ほ~、そいつはすげぇな」

 

 昼食の日替わりランチを(友哉の金で)食べながら、陣は感心したように言った。

 

 今は昼休み。食堂に集まったイクスの面々は、それぞれ注文した食事を持ってテーブルの1か所に集まっていた。

 

「ホントですよ。成績は、多分私よりもいいと思います」

 

 卵を箸で溶きながら、茉莉が答える。

 

 因みに茉莉の一般科目の成績は、イクスで随一である。一般教養をさして重要視していない武偵校の中ではかなり上位に食い込んでいる。

 

 その茉莉よりも成績が良いと言うのだから、ワトソンも彩夏も大した物である。

 

「ふ~ん。そんなもんかね? 俺なんか、午前中の授業は全部寝て過ごしてるぜ」

「相良君、それはちょっと・・・・・・」

 

 自慢げに言う陣に対し、茉莉は控えめに抗議の声を掛ける。そんなもん自慢してどうするのか、と。

 

 だが、友哉は2人の会話に加わらず、何かを考え込むように黙り込んでいる。

 

「友哉君、どうしたの?」

 

 少女然とした顔で難しい表情をしている戦兄の様子に、瑠香は怪訝な顔で尋ねる。

 

 見れば、友哉は注文した料理に手を付けてもいない。ずっと考え事をしていた様子だ。

 

 瑠香に声を掛けられて、ハッと我に返る。

 

「あ、ごめん、ちょっと考え事してた」

「ひょっとして、極東戦役の事?」

 

 瑠香と陣にも、既に極東戦役の事は伝えてある。

 

 話をした時、普段は騒がしい2人も神妙な顔つきになって聞いていた。2人とも、事態が冗談を差し挟めるものでない事を理解したのだ。

 

 話を終えた後、2人とも友哉の決断を支持すると言ってくれた時には、ホッと息をついた物である。

 

 これでイクスは、極東戦役に対して本格参戦の体勢を固めたと言える。

 

 だが、

 

「いや、ちょっと別の事だよ」

「ひょっとして、ワトソン君達の事ですか?」

 

 茉莉の問いかけに、友哉は躊躇いがちに頷きを返した。

 

 気になっているのは、ワトソン個人の事では無く、彼に絡んだキンジ、アリアの事だ。

 

 2人とも、明らかに様子がおかしい。今日などは、殆ど顔を合わせている所を見ていない。

 

 正直、これをワトソンの出現と無関係に考えるのは強引すぎると友哉は考えている。

 

 だが、同時にそれを関連付ける、決定的な証拠がないのも事実であった。

 

「ん~、でも遠山先輩とアリア先輩って、いっつも喧嘩、て言うかアリア先輩が遠山先輩をドツキ回している事が多いよね。今回もそれの延長なんじゃないの?」

 

 確かに、瑠香の言葉にも一理ある。むしろ、そう考える事の方が自然であるのかもしれない。

 

 だが、

 

 あの2人、特にアリアの態度が、これまでと違うような気が友哉にはした。

 

 どこが違う、と聞かれても答えられるようなたぐいの話ではない。むしろ、普段から接していないと気付けないような、微妙な変化なのだから。

 

「まあ、あの2人、ああ見えて、あの状況を楽しんでるみてぇだからな。気になるんだったら、それとなく様子を見とけよ」

 

 陣の言葉に、友哉は考え込む。

 

 楽しんでる? あれで?

 

 自分の身に置き換えてみる友哉。

 

 部屋に押し掛けられ、何かあるとすぐにガバメントか刀が出現し、それが無ければヒグマさえ殺すと自慢している腕力で殴られたり蹴られたりetc etc

 

『・・・・・・ダメだ』

 

 そんな毎日は全速力で遠慮したい。

 

 よくもキンジは、あんな生活に毎日耐えている物だと、改めて友人に崇敬の念を抱くのだった。

 

 その時だった。

 

「ごめん、相席、良いかな?」

「他の席、空いて無いのよ」

 

 声を掛けて、向かい合う友哉と瑠香の隣にそれぞれ、件の転校生組、ワトソンと彩夏が座った。

 

 一瞬の事で、呆気にとられるイクスの面々を余所に、2人はさっさと席に座ってしまう。

 

 見渡せば、確かに他のテーブルは殆ど食事をする学生で埋まっている状態だ。

 

「ヒムラ、マツリ。2人とはまだ、あまり話していなかったからね。これから一緒に勉強するんだし、少しでも早く仲良くなりたいと思ってね」

 

 屈託なく言うワトソンの様子に、敵意のような物は感じられない。本当に、転校初日で友達作りに邁進している感じだ。

 

 特に、おかしな様子は見られないが。

 

「はい、しつもーん!!」

 

 シュタッと手を上げたのは瑠香である。

 

「ワトソン先輩って、やっぱり、あのワトソン家の人なんですか?」

「君の言うワトソンが、どのワトソンなのかは知らないけど、J・H・ワトソン博士の身内か、と聞かれたら、僕は彼の曾孫だよ」

 

 「おー」と関心の声を上げる瑠香。

 

 だが、これでますます、アリア達との仲がややこしい事になるのは確定されたような物だ。

 

「あなた達って、そう言えばどういう関係なの?」

 

 手にしたフォークに、パスタを巻きつけながら彩夏が聞いて来る。

 

 確かに、普段からイクスの看板を掲げて歩いている訳でもないので、傍から見れば、4人の関係性は奇妙な物に映るのかもしれない。

 

「武偵チームだよ。この間、登録したばっかだけどね」

 

 そう言って友哉は、まだ紹介していない瑠香と陣を2人に紹介した。

 

「ああ、武偵チームか。そう言えば、そんなのもあったね」

「アメリカじゃ、そう言うのは無かったのか?」

「無い訳じゃないけど、あたしもワトソンも、登録はしてないから」

 

 陣の言葉に、彩夏はそう返して肩を竦める。

 

 個人で武偵活動をしていたと言う事だろうか。アメリカでは、そう言う人もいるのかもしれない。

 

「じゃあ、高梨先輩の『B』も、何かのイニシャルなんですか?」

「まあね、けど・・・・・・」

 

 言いながら一瞬、

 

 彩夏は顔を曇らせたような気がした。

 

「何の名前かは、秘密だけどね」

「えー・・・・・・」

 

 不満そうに口を尖らせる瑠香の様子に、彩夏はクスクスと可笑しそうに微笑を浮かべた。

 

「じゃあさ、じゃあさ、」

 

 尚も質問を続けようとする瑠香。だが、そのせいでワトソンと彩夏の食事は一向に進まない様子だ。

 

 流石に、それは申し訳ない。

 

「おっと、続きは、また今度にしないかい?」

 

 そう言って、ワトソンは、子犬のようにじゃれつく瑠香に優しく微笑みかける。

 

「今度?」

「今度、転校の挨拶もかねて、寮の僕の部屋でクラスの皆を呼んで、ちょっとしたパーティを開こうと思うんだ。君達にも、ぜひ来てほしい」

 

 パーティか。如何にも西欧人らしい発想である。

 

 しかし、これは同時に好機かもしれない、と友哉は思った。

 

 パーティにかこつけて、ワトソンの懐に入り込めれば、何かと色々探れるかもしれない。

 

 茉莉達には話していないが、もう一つの疑惑。極東戦役が開戦したこの時期に合わせるように、2人もの人間がアメリカから転校してきた、と言う事にも友哉は疑念を抱いている。

 

 ワトソンと彩夏が白ならそれで良し。だが、もし違ったら。

 

 その時は、対応を考える必要が生じて来る。

 

「わ、わ、友哉君。パーティだって。あたし、ドレスなんて持ってないけど、どうしよう?装備科(アムド)とかで貸してくれないかな」

 

 そんな瑠香のはしゃいだ様子に、ワトソンは苦笑しながら「制服で良いよ」と言っている。

 

 その様子を友哉は、僅かに目を細めて眺めていた。

 

 

 

 

 

第5話「策動する者達」      終わり

 


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