不死鳥になりまして   作:かまぼこ

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不死鳥と時止め

 ライザー邸、ライザーの私室。そこには、二人の影があった。

 一人は部屋の主であるライザー、もう一人は魔王の妹にして、ライザーの婚約者であるリアスである。

 天蓋付きのベッドに寝転び本を読むライザーと、そんな彼をベッドに腰掛けながら眺めるリアス。

 ライザーによるリアスの救出劇から、しばらくの日にちが経過していた。その間、毎日と言っていいほど、リアスはライザー邸を訪れていた。

 無音ながらも穏やかな時間。出来ればずっと浸っていたい時間であったが、リアスはあえて、その空間を崩す。

 

「ねえ、ライザー」

「……なんだ、リアス」

 

 仰向けで本を読んだまま、ライザーは応えた。

 

「この間あなたが言っていた隠し名について聞きたいのだけれど、あれは、どういうことなの?」

「隠し名? ああ、あれか……どういうこととは、それこそどういうことかね。リアス」

「私は、言葉遊びがしたいわけじゃないの。ライザー」

「おお、怖いことだ。リアス、かわいい顔が台無しじゃあないか……」

「茶化さないで」

 

 リアスは半眼でライザーを見る。

 ライザー・フェニックス。こういうところが面倒くさい男でもある。

 

「クク……かわいい姫様の機嫌が悪くならない内に、答えるとしよう……」

「すでに機嫌悪いわよ」

 

 ライザーはパタンと本を閉じ、身体をゆっくりと起こす。パキパキと固まった身体が音を立てた。

 光を放っているように見えるほど、明るく輝く赤と金が混ざった瞳が、リアスを映す。

 

「なぁに、簡単なことだ……俺は『ライザー・フェニックス』であり、俺は『ジョシュア・ジョースター』である。いたって簡単! かつシンプルな答えよ……」

「それが分からないからこうして聞いているんじゃない」

「そうかね。リアス、お前は鈍いなァ」

「に、鈍くないわよ! 失礼ね!」

 

 それだけの言葉で全てを理解せよ、という方が無理な話である。

 リアスの反応を見て、ライザーは喉の奥をククッと鳴らした。

 

「なぁ、リアスよ……君は……仏教について詳しいかね?」

「仏教って……いきなりなによ、ライザー」

「これが重要だから聞いているんだ、リアス。重要でなければ、言わない。二度同じことを言わせないでくれ……一度でいいことを二度、言わなきゃいけないってことは、頭脳がマヌケってことだ……リアス。何度も言わせるって事は無駄なのだ。無駄が故に、俺は嫌いなんだ。嗚呼、無駄無駄」

「頭脳がマヌケ、って……」

「さて、二回目を言わせるかね……出来れば幻月のように繰り返させないで欲しいものだ」

 

 困惑顔のリアスを見て、ライザーは笑う。

 性格が悪いのである。

 

「うう。仏教でしょう? 人並みの知識は持っているわよ」

「そう。それでいいんだ」

「それで、なんなの? 仏教が」

「そう急かすなよ、フィアンセ……仏教の概念の一つに、輪廻というものがある……人や動物が、何度も何度も、車輪のように、生まれ変わりを繰り返すという思想だ……」

「それくらいなら知ってるわよ。六道輪廻とか、そういうものでしょう?」

「クク、中々お詳しいじゃあないか。リアス」

「侮らないで頂戴。三大宗教のことを何にも知らないなんて、グレモリーの恥さらしもいいところよ」

 

 人間の世で言う、いわゆるオカルト関係の知識は、悪魔たちの中では重要な知識である。生粋のお嬢様であるリアスもまた、そう言った知識を、家庭教師から勉学、学問として修めている身なのだ。

 その中には当然、宗教というものもあった。時には敵対することもあるが故、しっかりと学んだ分野である。

 

「知っているというのなら、話は早いぞ、リアス……なぜならば、それが答えそのものだからだ」

「……どういうこと?」

 

 リアスは首を傾げる。

 

「そういうことだ。俺、ライザー・フェニックスという悪魔には、ジョシュア・ジョースターという人間として生きた、確固たる記憶がある」

「は?」

「二度、言わせるかね、リアス?」

「い、いえ。つまり、あなたは転生を経験したと、そう私に言うの?」

「そうだ」

「ありえないわ。そんなこと」

 

 リアスはそう言った。生まれ変わり、転生。そんなことを体験した話など、聞いたこともない。転生を繰り返すと言えば、神器の特徴であるが。もしや、神器持ちだったのか。そうリアスが訊くが、ライザーの答えはNO。首をゆっくりとライザーは頭を振った。

 

「一般の人間からしてみれば、我々のような悪魔はありえない存在だ……ありえない? そんなことを誰が決めた。独断と偏見、あるいは一般と常識。そういったものは己の目を湯気を被ったメガネのように曇らせるものだ……」

「け、けど、生まれ変わりよ? 天使や悪魔とはまた違うわ」

 

 リアスは再度否定する。

 

「フ……俺からしてみれば、そこに大きな違いはないと思うがな。どれも超常の存在よ……ありえない……なんてことはありえないのだッ! 俺の記憶には、確かに! 人間ジョシュア・ジョースターとして生きた百年の記憶と、悪魔ライザー・フェニックスとして生きてきた十五年の記憶が存在する。無論、妄想の類ではない。精神に異常をきたしているわけでもない。俺は実に正常だ」

「確かに……確かに、あなたの言うことで辻褄の合う現象はいくつか存在するわ……けど」

 

 悪魔らしくない悪魔としても、ライザーは有名だ。同時に、悪魔らしい悪魔としても、名を馳せているが。

 しかし。

 

「にわかには信じ難い、かね?」

「……いえ、信じましょう、ライザー。あなたの婚約者としても。私としても……あなたはこんな時にこんな嘘を吐くような人格の持ち主ではないわ」

 

 リアスは信じることにした。

 ライザーの態度は真剣そのもの。嘘では出ない、一つの本気が伝わってくるのだ。もしもこれが嘘であったのならば、ライザーは役者の道を歩いてもいい。そうリアスは思った。

 

「恐悦至極だ、リアス――ククッ、それにしても……中々、奇妙な出来事だったよ……! 先ほどの俺は、仏教を例に出したが、『変身』に喩えてもよかったかもしれん。フランツ・カフカのあれだ……ある朝、グレーゴル・ザムザが目を覚ますと、一匹の毒虫になっていたように……ある朝ジョシュア・ジョースターが目を覚ますとライザー・フェニックスになっていたのだ」

「あなたの前世、ね……気になるわ、とても」

 

 ライザーの前世の記憶に興味津々なリアスを見て、ライザーは笑う。

 眷属たちとは、また違う反応だ。眷属たちの大半は、ライザーに心酔したり、興味本位であったり、王足るが故に、その言を信じた。しかし、リアスは違う。ただのライザーの言葉を信じた。

 だからといって、感動するとかしないとかこれっぽっちも関係ない性格なのが、ライザーなのだが。

 

「そうかね。特別話すようなことじゃあないと、俺はそう思うがね」

「あなたのことを知りたいのよ……えっと……」

「ライザーでいい。ジョシュアの名はあくまで前世の名。今はライザー・フェニックスよ……」

「そう、ライザー……私はあなたのことを知りたい」

 

 それは知的好奇心によるものではない。

 

「フ……語ることは多くもあり、少なくともある……我が前世、ジョシュア・ジョースターの人生は、黄金の日々であった……」

「黄金の日々……」

「そうだ。運命の連続だった……故に俺は生を実感出来た」

 

 遠い過去に思いを馳せているのだろう。ライザーの目が細くなる。

 かつての日々。遠い日々。

 その様に、リアスはある感情を抱く。それは嫉妬であった。今の自分では、ライザーにそのような表情をさせることは出来ないだろう。

 黄金の日々などと、言わせられないだろう。

 

「出ろ、神秘(アルカナ)

 

 黒金のボディに金色の瞳を持つヒトガタが現れる。

 リアスを助け出した時の荒々しさは無く、静かに佇んでいる。しかし、その身から溢れるパワーは隠しようもなかった。思わず引き込まれてしまう、独特の存在感がある。

 

「こいつは、我が魂の一端だ……前世からの繋がりよ。前世ではこういうものを幽波紋(スタンド)と……そう呼称したがね」

幽波紋(スタンド)……神秘(アルカナ)……」

「そう、我が力だ……他人に見えるまで馴染むのには随分と時間がかかった……」

「馴染む?」

「我が前世と現世は、種族すら違う。故に、身体と魂が馴染んでいないのだ……まだ完璧ではない」

「苦労しているのね」

「言うほどではない」

 

 そも、ライザーは苦労とも苦行とも思っていない。超えるべき壁であると認識しているのだ。前世の力、スタンド。ともに苦難を越えてきたもうひとりの自分。それを取り戻している過程なのである。

 

「あなたは、どんな人生を送ってきたの?」

 

 ライザーに枝垂れかかるリアス。ライザーはそうだな、と顎に手を当てた。

 

「吸血鬼に襲われ、殺人鬼に狙われ、ギャングのボスに追われ、神父に殺されかける……そんな感じだな」

「……なに、それ」

 

 思わず呆然となるリアス。それもそうである。

 

「事実だ。別にからかっているわけではないぞ……我が前世における最も危険な連中のことだ……とてつもなく、強かった」

「ハードな人生を送ってきたのね」

 

 どんな風に過ごしたのならば、そんな濃い人生になるのだろうか。人の寿命は長くても百年。あまりにも密度の高い人生と言えた。

 全く羨ましくはない人生であった。

 

「だが、最も充実していたとも言える……彼らは恐怖であり、脅威であり、狂気であった……敵であった」

「敵」

「そうだ、敵だ……大敵こそが覚悟を呼び起こし、成長を捗らせ、明日への道を切り開く鍵と成りうる」

 

 それは、やはり異常なまでの拘りであった。ライザーは、目的のためならば手段を選ばない。決して。敵を求め、魔王を狙うように。その有様は、破滅へと突き進んでいるかのようであった。

 否、求めているのだ。ライザーは求めている。自らに滅びを与えるような存在を。恐怖を、脅威を。

 

「俺には親友と呼べる友が二人いた。一人は人間、一人は吸血鬼だった。その内、吸血鬼を俺は殺した……なぜならば、敵になったからだ。奴は敵と成り果てた。ならば、手にかける以外あるまい……リアス。お前は言ったな。我が野望を止めてみせると」

「ええ」

「我が敵となるということだ……」

「止めてみせるわ。あなたのために……私の意思で! あなたのその飢えと渇きを、満たしてあげる」

「それでこそ、それでこそだ。婚約者」

 

 

    ――○●○――

 

 

「ライザー……貴方に頼みたいことがあるの」

「頼みたいこと……?」

「ええ」

 

 リアスの頼みごと。ライザーはふむ、と頷いた。

 

「リアスがそういうのは珍しいな……良いだろう。言ってみるがいい……」

「助かるわ」

 

 リアスが魔法陣を展開する。彼女の象徴でもある紅い光が部屋を包み、やがて消える。その後にあったものは――

 段ボール箱であった。

 みかんと書いてある、極々普通の段ボールである。

 

「段ボール……だと……?」

「段ボールよ」

「……みかんのおすそ分けかね?」

「違うわ」

 

 ガタゴトと、段ボールが揺れた。

 

「………………」

「………………」

 

 無言の空間が広がる。

 

「リアス……元のところに戻して来たらどうだ……?」

「違うわ。イヌネコじゃないの」

「ふむ、何らかの魔法生物かね……? 使い魔とか」

「生憎、そのどっちでもないわね……」

「ほう……」

「私の使い魔はコウモリだし」

「そういえば、そうだったな」

 

 だからといって、段ボールががさごそしない理由にはならないが。

 軍団長であり、伯爵でもあるライザーは、それなりに豪華な屋敷に住んでいる。そんな中ぽつねんと置かれる段ボールは実に浮いていた。

 

「ねえ、ライザー。貴方の眷属には、吸血鬼がいたわよね?」

「いるな、一人」

 

 一人といっていいのか微妙なラインだが。齢を重ねた最強格の吸血鬼を思い浮かべる。件の吸血鬼は地下で棺桶に入っているのだが。

 

「そんな貴方だからお願いしたいの」

「ふむ、つまり」

「この子を」

 

 段ボールが開けられ。

 

「いやああああああ! なにするんですかああああ!」

「………………」

「言いたいことは分かるわ。すごく分かる」

 

 ライザーは閉めた。

 

「ぬぅ……」

 

 何か間違ったのかもしれない。

 そう思い、ライザーは再び段ボールの蓋を開ける。

 

「ひいいいいいいいん! お外怖いいいいいい」

 

 段ボールを閉める。

 

「一体何なんだ……この奇天烈びっくり箱は……笑い袋の逆バージョンかなにかかね……」

「吸血鬼よ」

「俺の知る吸血鬼というのは、もっとこう……アーカードだぞ」

 

 あんまりな説明である。

 

「吸血鬼にも色々あるのよ。私たち悪魔も個性ってあるわけだし……」

「中々強烈な『個性』だな……」

「貴方から見ても?」

「俺から見ても、だ……ヴァンパイアと言うよりは、マンドレイクではないのかね」

「正真正銘の吸血鬼よ。ハーフだけど……」

「なるほど、両親のどちらかがマンドレイク、と」

 

 耳がキーンとなる悲鳴であった。絶命を呼ぶほどのものではないが。

 

「残念、人間と吸血鬼のハーフなの。それが問題になっているんだけどね……」

 

 はあ、とリアスはため息を吐いた。やはりそれなりのワケありらしい。ライザーは静かになった段ボールを見やる。

 

「ほう。しかし、こう段ボールを眺めていても仕方あるまい」

「そうね」

「開けるか……イマイチ、こう、気分が乗らないが」

「迷惑かけるわ。ライザー」

「そうでもないさ……」

 

 なんだかんだで婚約者であり敵対者でもあるリアスには甘いところのあるライザーであった。

 

『ひぃいいいい! 開けないでぇぇぇぇえええ!』

 

 くぐもった声が、段ボールから漏れ出る。

 

「実にやかましいことだな。耳に響く」

「その子の名前はギャスパー。ギャスパー・ヴラディ。さっきも言ったけれど、吸血鬼と人間のハーフ、ダンピールよ」

「それで、俺にどうして欲しいんだ? リアスよ……ダンボールの引きこもりを治せとでもいうのかね……生憎、フェニックスの涙は外傷に効果はあっても、心の問題には無力だぞ」

「そっちじゃないわ。いえ、出来ればそっちも治して欲しいのだけれど……問題なのは、この子の持っている『神器(セイクリッド・ギア)』なの」

「『神器(セイクリッド・ギア)』、か」

 

 聖書の神が創りたもうた奇跡が一つ、『神器(セイクリッド・ギア)』。人に人以上の力を与える、可能性。

 人に限らず、人の血が混ざっているモノにも、『神器(セイクリッド・ギア)』が宿る可能性がある。ギャスパーもまた、神に選ばれた身であるということであろう。

 

「とはいえ、だ。俺は特に詳しいわけじゃあないが?」

「それでもあなたが一番だと思うの」

「ふむ……まあ、お前が言うのならば、やってみるとするか」

『ひいいいい! 僕の知らないところで話が進んでるぅううう!』

「まずは、段ボールを開けなくてはなあ」

 

 籠城状態に入ったギャスパーに対し、ライザーは『神秘(アルカナ)』を出すことで対抗することに決めた。

 

「Open sesami」

 

 『神秘(アルカナ)』は近接パワー型に分類されるスタンド。段ボールの蓋程度、造作もないことである。

 

「いやあああああ! お化けぇええええ」

 

 段ボールから出てきたのは、金髪の子供であった。可愛らしい服を纏っている、絶世の美女とは言わないが、美少女として十分通用する容姿であった。

 

「お化けを怖がるヴァンパイアがいるものかよ……なあ、リアスよ」

 

 しかし、リアスからの返答はない。

 みれば、リアスは固まっていた。

 彫刻のように、微塵も動かない。

 

「リアス……? いや、この感覚! この感覚を俺は 知 っ て い る ぞ ! そう、俺にとって馴染み深いこの感覚! 時を止める感覚! ギャスパー・ヴラディ……貴様……世界を止めたな!」

「な、なんで止まっていないんですかあ!?」

 

 ギャスパーの驚愕を見、ライザーは確信を得た。目の前にいる小さな子供が、時に干渉したのだと。

 

「範囲は視界、止める対象は殆ど……この現象、俺には到底及ばないが、確かに! 時を止めているぞ……! こんなことを出来る、『神器(セイクリッド・ギア)』に心当たりがある……ええと、なんだっけ……そう……『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』だ……違うかね……」

「ヒィッ」

「違うかね。と俺は訊いているんだ……」

「そ、そ、そ、そうですうううう! 『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』ですぅう」

 

 蓋をビリビリに裂かれたギャスパーは、段ボールで出来るだけ身を縮めるということしか出来なかった。

 

「ふむ、見えてきたぞ。お前、『神器(セイクリッド・ギア)』を制御出来ていないな……」

「は、はぃ……」

「そうだろう……時を止めることは、世界への叛逆にも等しい……だがな。ギャスパーよ……」

 

 ライザーは炯々と光る眼を、ギャスパーに向ける。

 

「時間を停止することは何も特別なことじゃあないんだ……」

「ひ、ひぃ……」

「そんなにこわがらなくてもいいじゃあないか今にもゲロを吐きそうな顔だぞ……安心しろ……安心しろよギャスパー」

「う……うう……」

 

 ギャスパーは思った。

 

(と、時が止まっているっていうのに、動いている! この人は動いていられる! 息をして、話していられる! な、なぜ……? そんなことは一度たりともなかったのに!)

「時を止めるということは、なにも、そう特別なことじゃあないんだ。ギャスパー……気付かないかね……? この世界はすでにお前のものじゃあないことに……」

「え……?」

 

 ギャスパーは気付く。自分の視界外の時計が止まっていることを! 窓の外の木々が揺れていないことを! 自分が引き起こす時間停止よりも、更に上回る、大規模な時間停止。

 ギャスパーは恐怖した! 眼前の男はそれが当然であるかのように、成し遂げているのだ。

 

「あ、あなたも……!?」

「そうだ。俺は『閉ざされし世界(アルカナ・ザ・ワールド)』と呼んでいるがね」

 

 『神秘(アルカナ)』を脇に待機させるライザー。

 

「時間を止めるという行為を特殊 特別 特異なことと考えるな……呼吸をするように、手足を動かすように、それが至極当然のことと思うのだ……そうすればいい。そうすれば、時を自由に止められるようになる」

「ぼ、僕は……僕は時間を止めたくないです……」

「否。自由に止められてこそ、なのだ……ギャスパー……時を自由に止められてこそ、自由に時を止めないことが出来る。恐れるな……それは、普通のことよ……」

「ひ、ひぃい……」

「怖がることはない……それはお前の才能だ……」

「さ、才能……?」

 

 その言葉は、蕩けるような言葉であった。

 ギャスパーの耳に入る、一言一言が、甘い蜜のように蠱惑的で。

 心にするりと入り込んでくる。

 このまま永遠に浸りたい。ギャスパーにそう思わせるほどライザーの囁きは魅力的であった。

 

「そうだ……天から与えられた才能よ……だが、今のお前では、振り回されているだけだ。そう遠くない内に自爆するだろう。お前はその才能を、天のものではなく、自らの才能としなければならない。指を動かすと同じように、時間を止められるようになるのだ」

「時間を……」

「そうだ。さすれば、俺と同じように、時を操ることが出来るだろう……さあ、ギャスパー・ヴラディ……俺の手を取るんだ……」

「手を……」

 

 ギャスパーはその手を、取った。

 

「そして時は動き出す」

 

 世界が動きを取り戻した。

 

「リアス」

「はっ……ライザー……? あなた今までこっちにいなかった?」

「……知らないで俺に会わせたのか……」

「?」

 

 相変わらず、根本的な引きがいいことだ。ライザーは思う。天性のものとでも言えばいいか。リアスは運がいい人間だ。最善手を自然に引くとでもいうか。そういう運のよさを持っている悪魔であった。

 

「まあ、いい。ギャスパーの件だが、俺に預けてみないか?」

「え? ええ……そうね。今の私だと、その子を御せないわ。駒として見ると、腐らせてしまうし……『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』の制御が出来るようになるというのなら、お願いしてもいいかしら?」

「ギャスパーの駒は、何を使った?」

「『僧侶』よ。『僧侶』の『変異の駒(ミューテーション・ピース)』を使ったわ」

「ちょうどいい。俺も『僧侶』は一駒余らせているんだ……トレードでどうだ? リアス」

 

 『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』により眷属となった者は、王の意向により他の王と同種の駒でトレードが出来る。

 

「必要なことなの? 貴方にギャスパーを預けるだけでもいい気がするのだけれど」

「実戦に近い空気を吸わせるためだ……レーティング・ゲームを使う」

「ひ、ひぇぇえ~~~! た、戦うんですかぁあ~~~!? 勘弁してくださぃいぃ~~~!」

 

 そんなギャスパーの言葉を、ライザーは嫌だ。の一言で片付ける。

 洗脳に近いカリスマも、ギャスパーのヘタレ根性には通用しなかった。

 

「強い力は強い力を呼び寄せる……おまえもいずれ、戦わなければならない時が来るかもしれない。レーティング・ゲームは所詮、『ゲーム』……練習代わりくらいにはなるだろう。どうかね、リアス。君にもレーティング・ゲームを知る眷属がいるのはメリットになるが……?」

「そこまで考えているなら、文句はないわね」

 

 ギャスパー本人を除き、トントン拍子で話は進む。

 

「えええええええ! 嫌ですぅう! 戦い、怖いぃいいぃい!」

「あなたのためにもなるのよ、ギャスパー。ライザーなら、大丈夫よ」

「ひーん! でもでも、ライザー様はどう見てもドSですよぉお!」

「なあに、死にはしないさ、死にはな」

「いやああああああ!」

 

 残念、ラスボスからは逃げられない。

 

「ともかく、問題は多いけどいい子よ。彼をよろしくね」

「ふ。よかろう……」

「………………」

「………………」

「…………彼?」

「ええ」

 

 ギャスパー・ヴラディ。

 れっきとした、彼である。

 

 

 

 






Q ライザーとギャスパーの時止めの違いって?
A 範囲はライザーの方が上、停止時間はギャスパーの方が上、止められる対象はライザーの方が上

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