また戦闘でござる……ござる
ジョジョ3部アニメ終了記念。ライザー特殊能力発動開始
まだ陽も昇らぬ時刻。冥界一高いという山を、登る影があった。
それが普通の登山と違うのは、登山用の装備を何一つ持っていないということである。しかも、なにをトチ狂ったのか、上半身裸であった。
左肩に星のアザを持つ少年、ライザー・フェニックスは、そんな風に山を登る。
とはいえ、その判断基準は、人によるものである。悪魔の基準で測ってみれば……やはり尋常ではなかった。
なによりもクレイジーであるのは、わざわざ登山道ではなく、断崖絶壁をボルダリングしているという点である。
一つ打つ手を間違えれば数千メートル下に真っ逆さまであるが、ライザーは涼しい顔で登り続けている。フェニックスとしての飛行能力があるからではない。万に一つの可能性もなく、確実に頂上に到れると、その確信を持っているからだ。
手頃なところにある岩を素手で掴む度に、電流のような、火花のような何かがライザーの手から放たれる。それは足も同様であった。まるで、吸い付くかのように、ライザーは絶壁を登り続ける。
と、パラパラと岩の破片がライザーの頭にかかった。上を見上げると、ゴロゴロと転がり落ちてくるものがある。
――岩だ。岩である。
ライザーをぺしゃんこにするには十分な大岩が真上から降ってくる。
「フン……落石か」
ライザーを今にも押しつぶそうとする大岩。
しかし、ひと睨みすれば、ライザーの目の前で大岩は砕け散った。破片が少し髪に落ちてきたので、ぐるりと首を動かし、破片を落とす。
そうして出た言葉は
「ふむ……無駄な時間を使ったな」
であった。
それが当然であるかのように、ライザーは山を登り続ける。
頂上に近づくほど気圧が下がり、気温が下がり、より劣悪な環境へと姿を変えてゆく。吐く息が白くなり始めた頃。今度はゴゴゴゴゴ、という音が響く。上を見たライザーはやれやれとかぶりを振った。
「雪崩か」
今度は雪崩であった。
真っ白なモンスターが、ライザーを襲う。すわ飲み込まれるか――と思いきや、ライザーの周りだけ雪が蒸発した。
「ちょいとばかり、ツキというものがないようだな……」
ライザーの場合、自然災害もその程度のものであるらしい。
あまりにも険しい環境のせいで、すでに生命の気配はない。草の一本たりとも生えていない中、黙々と絶壁を登り続けるライザー。
その姿は恐ろしくもあり、しかし、同時に美しさも感じられた。
一歩、一手。確実に登り。そしてその瞬間はやって来た。
頂上に到達したのである。
「1時間24分36秒……素晴らしいですわ、閣下」
頂上で待っていたのはアシュタロスであった。彼女から上着を受け取り、ライザーは肩からかける。
「全盛期ならば30分もあれば余裕だったろう……まだまだほど遠いな」
「前世ですか?」
「ああ、そうだ……やはり使い慣れない肉体というのは厄介だ……我が魂が馴染んでおらん」
十年も同じ肉体ならば、慣れて当然、というわけにもいかなかった。何分、大往生した前世から見れば、十分の一程度の時間なのだ。肉体との齟齬が発生するのもおかしなことではなかった。
加えて、種族すら違う。今の『ライザー・フェニックス』の肉体は悪魔。いくら人型だとはいえ、人間だったころとは、細部の使い勝手が異なる。
前世よりも強すぎる肉体はライザーに常に豆腐を箸で摘まむような繊細な運用を強いてきた。無論、それで精神を参らせるようなタマではない。
「放っておいたら、いつまで経っても馴染まん……こうして肉体を使い、イメージとのズレを無くさなくてはならない……! これは早急にカタをつけなくてはならない問題なのだ、アシュタロスよ……」
「そんな状態で魔王二人に大立ち回りを演じたのですか、閣下」
「自分が不調だからといって、闘いは待ってはくれん……サーゼクスとの戦闘は実に有意義であった。我が前世の力もそれなりに戻ってきたのもあれのお陰だ」
ぐっと手を握る。ライザーは己の肉体すら満足に御せていないことを恥であると考えていた。最も身近にあるものすら操れずに、眷属を纏められるはずもない。
「死闘では致命打になりかねないくらいの微妙なズレだ……それが明暗を分けることもあるだろう……俺は死なないがな」
「閣下の不死性は群を抜いていますから。大概の攻撃は脅威にはなりませんわ」
『滅び』の魔力にすら抗うほどの不死。その強力さをアシュタロスは間近で見た。
消え去った側から手が生え足が生え。不死鳥とはかくあるものかと、アシュタロスに刻み込んだのであった。
「サーゼクスとのじゃれあいの時もそうだな……被弾は多めだった。避けられたはずの攻撃も多い」
「閣下ならば避ける必要もないのでは?」
「それは怠慢というものだ、アシュタロス」
そうライザーは断じた。
「高過ぎる不死性も存外不便なものだ……心をなまくらにし、技を錆び付かせる。過信は油断を呼び、油断は敗北を運んでくる。実に下らん」
「流石ですわ、閣下」
「フン……それよりも見ろ、アシュタロス。夜明けだ」
日が昇ってくる。
冥界をゆっくりと照らし出し、新たな一日の始まりを告げる。
「見よ、アシュタロス。これが世界だ……この世界だ……この世界はやがて、俺の掌中に収まるためにある」
「閣下ならば、それを成せるでしょう。いいえ、必定……すでに決まっていることなのです」
「そうだ……俺こそが、頂点に立つのだ」
「閣下はすでに頂点に立っていますわ。我々の頂点に」
「それでは足りん……もっとだ。それだけでは俺の本懐は遂げられん」
それは傲慢とも取れる言葉。しかし、決してライザーは眷属たちを蔑ろにしているわけではないことを、アシュタロスは知っていた。
目的。ライザーの目指している場所。
それは、遥かなる高みだ。
欲深な悪魔ならば、一度は夢見る高み。
「今の俺にはまだ力が足りん」
「四大魔王と互角の力を持っているのに、ですか?」
「互角であってはならないのだよ、アシュタロス。彼らをひねりつぶせる程度の力がなくてはならない」
ギュッと拳を握るライザー。その手には光が灯る。肉体すら御しきれていない今、何をしても、上手くはいかないだろう。
ライザーは己の力を理解している。サーゼクスとの戦闘の時、確かに互いは本気で戦った。だが、全力は出していない。
ライザーは出せなかったが、サーゼクスはあえて出さなかった。
ライザーとアシュタロスという二人の損失を嫌ったからだろう。そして、その余裕はライザーのプライドに大きな瑕を付けた。
「今の俺が目指すべきところはそこだ。そこ以外にはない」
「閣下ならばいずれ至れるでしょう」
「なるほど、いずれ、か――だがアシュタロスよ。そのいずれとは何時だ? 一年か、十年か、百年か……それでは意味がない。一刻も早くッ! 奴らを追い越さなくてはならないッ!」
悪魔はその寿命の長さゆえに、時間に関して無頓着なものが多い。長大な時を過ごしてきたアシュタロスにしてみれば、一年と百年の差は殆どないと言ってもいい。
しかし、ライザーはそれを許さなかった。
その間に、魔王との差は広がるばかりだろう。少なくとも、ライザーはそう考える。
「時間は無限ではない。有限だ。そして、時の流れとは、常に平等なのだッ! 我々は短き時の中で躍進しなくてはならないッ! 間抜けどもが半歩進む間に我々は十歩進むのだ、アシュタロス! 今のままでは、お前は永遠に新魔王に負けたままだッ! 俺はそれを許さんッ! 精進せよ!」
「ハッ! 全ては閣下の為に!」
アシュタロスは全霊で配下の礼を取っていた。
烈火の如く激しさは、怠惰を焼き切るのに十分であった。
「そうだ、それでいい。それでこそ、我が眷属よ。我が僧侶よ……」
さて、とライザーは一拍置いた。
「貴様! 見ているな!」
中空を指さすライザー。
「閣下?」
思わず、アシュタロスは首を傾げた。
しかし、次の瞬間であった。アシュタロスの顔に、驚愕の色で染まる。
空間、何もない空間が歪んだのだ。
ぐにゃりと曲がる奇妙な現象。空間を乱す波紋からひょっこりと顔を出したのは、一人の少女であった。
赤いリボンに金色の髪。あどけない表情。そして、背中には真っ白な翼。
「天使……!?」
「いや、違うけど」
「紛らわしい格好だな……」
「あらごめんなさい」
謝る気はさらさらないような謝罪であった。そんな態度に、アシュタロスがいい顔をするはずもない。
「何者だ、貴様」
「さて、何者でしょう」
「知ったことじゃあないな……ただ、俺はこの数日俺を見ている貴様が気に食わないだけだ。鬱陶しいことこの上ない……蠅はさっさと潰すに限るとは思わんかね……?」
「やだ、この人怖い」
「図太い奴だ……全く、やれやれ」
ゆるりとライザーは首を振った。ライザーはまだ動かない。目の前の天使モドキがあまりにも未知数過ぎたからだ。
大抵の攻撃は持ち前の再生能力でどうとでもなるライザーだが、それでも最低限の警戒はする。世の中には初見殺しというものがあるのだ。ましてや相手は選りすぐりの眷属たちの目を盗むほどの実力の持ち主。
とはいえ、そこで竦むような男でもない。
「選べ」
「え? なに?」
「自ら退散するか、俺の手によって退散するか――二つに一つだ……さあ、選ぶがいい」
「ちょっとちょっと、待ちましょうよ。もっと余裕を持ったらどう? 私の正体とか結構気になってない?」
「悪魔の匂いがするな。もっとも? ただの悪魔じゃあないようだが」
「あら正解。私は幻月。幻の月と書いて幻月よ。夢幻にまつわる悪魔よ」
「ムゲンの悪魔とは大きく出たな」
ムゲン。それの意味するところは大きい。無限ならば『無限の龍神』オーフィスを、夢幻といえば『真なる赤龍神帝』グレートレッドを指す。
そのどちらもが、彼の二天龍をも上回る、圧倒的な力を持つ龍である。
それと同じムゲンを、目の前の悪魔は冠するというのだ。つまり、それだけ強大な力を持っている可能性があるということ。
自然、ライザーの口角が上がる。
「ふふふ、興味を持ってくれたみたいね」
「ああ、少しだけ、な……」
「次元の狭間を漂う悪魔。というか、次元の狭間を生んだのが私なの」
「そんなはずがあるか……!」
「そんなはずあっちゃうんだなー、これが」
「いい。アシュタロス。信じよう。そんな大悪魔がなぜ俺を見る?」
「気になっちゃったのよね。滅びの力とタメを張れるあなたが」
「ほう……その時から見ていたか」
サーゼクスとの死闘。その最中に観客がいた。次元の壁一つ隔てたところから、幻月は鑑賞をしていたのだ。
「あなたたちの衝突は、次元の壁を揺らしたわ。だから見に来たの」
「見物料を取ったほうがいいか」
「やめてよねー。通貨なんて持ってないんだから」
軽口の応酬。しかし、漂う空気は次第にピリピリとしたものに変わってゆく。
「ともかく、今の私の興味はあなたにあるの」
「ほう……そうか」
「そう、例えば、私でも壊せないのかなー、とか」
山頂が消し飛んだ。
宣告と同時に放たれた魔力砲が、岩石で出来た山を、消滅させたのである。
幻のように。
抉れた痕には何も残っていない。ライザーも、アシュタロスもいない。
「あれ、もう終わっちゃった? なんだあ。つまんないの」
「そいつを言うのは少し早いんじゃあないかな……」
背後からの声!
幻月が振り向いた先には、ライザーが居た。炎の翼を背中から生やし、アシュタロスを抱えている。
「あれ、瞬間移動なんて使えたの?」
「フン……随分なご挨拶だ。アシュタロス、下がっていろ」
「閣下!」
「問題はない。お前の王はこんなところでは死なん……」
「……わかり、ました」
「いい子だ」
アシュタロスが下がったことを確認し、ライザーは幻月と向き直る。
幻月の瞳はどこまでも純粋であった。そう、まるで、子供が玩具であそんでいるかのような、無邪気な邪気を含んだ純粋さだ。
「どれ、子供の相手といこうか」
「あなたの方が子供じゃない」
先手は幻月であった。有り余る魔力によって作り出された無数の魔力弾がばら蒔かれる。
「遠距離タイプか……」
対するライザーは、手を滑らせる。その軌跡に、炎を固めた六つのスフィアが現れた。
「こんなものでいいか」
スフィアから高速の炎弾が発射され、幻月の放った弾幕を撃ち落としてゆく。
更に、ほんの隙でもあれば、幻月本体を狙うが、敵もさるもの、軽々と避ける。
「閣下! 後ろです!」
「ああ、気づいているとも」
「あらら」
不規則に曲がる光線を、見もせずに避けるライザーに、惚けた声を出す幻月。
「この程度かね。ぬるい。ぬるいぞ、幻月とやら。この程度では遊びとも言えん」
「えー。ショックー。じゃあ、もっと増やそうかな」
「さあ、来るがいい」
魔力弾が更に増える。膨大な数の魔力弾が檻のようにライザーを包む。
隙間は殆ど存在しない。しかし、避け切れぬ程の者でもない。ライザーの明晰な脳がそう判断した、ところで。
「そーれ」
山を吹き飛ばした極大の魔力砲が弾幕の檻ごとライザーを巻き込んだ。
「あー! 当たった! 当たったわ!」
「閣下ーっ!」
「喚くな。ちょいと右腕が吹き飛んだだけだ」
ライザーの右腕は肩からなかった。
とはいえ、ライザーにしてみれば、軽傷に等しい。問題なのは怪我の程度ではなく、被弾したという事実なのである。
「ふむ、やはり。馴染んでいない、か」
微妙な誤差が、ライザーの明暗を分けたと言ってもいい。即座に腕は再構築され、グーパーと手を動かすが、やはり、違和感は拭えなかった。
ぐるりと腕を回す。
こきりと首を鳴らす。
「この痛みは甘んじて受け入れよう……このライザーが、まだ! 未熟である証明であるが故に」
「うーん、よくわからないけど……」
再び、弾の檻が出来上がる。密度はさらに濃く、威力はより高く。
「そう簡単に死なないでよ?」
「不死であるというに……」
光線三度。
しかし幻月が忘れていたのは、一度目はどうやって避けられたのかということであった。
「あら?」
幻月が気がついた時には、ライザーが目の前にいた。
「鈍い鈍い鈍い!」
ライザーの回し蹴りが、幻月に突き刺さる。炎の力を足したことによる、爆発的な蹴撃。
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴とともに、幻月は山肌に叩きつけられられた。
しかし、ライザーはその程度で手を緩めようとはしない。
「一つ攻勢に出るとするかな……」
ライザーは指を一本立てた。その先に赤い炎の玉が出来上がる。ビー玉ほどの大きさのそれは、しかし、そんな生易しいものではなかった。
不死鳥の炎を凝縮、固定したそれを、ライザーは幻月に向かって打ち出す。
直線を描きながら、突き進む悪魔の弾。
着弾そして。
――ドッ
大爆発が起きた。人型に対して使用するようなものではない、大爆発。幻月は愚か、山頂を吹き飛ばすような、威力のそれ。
爆風で髪を揺らし、外套を棚引かせながら、ライザーは呟く。
「サーゼクスの真似ごとをしてみたが……中々上手くいかないものだな。いや、炎の膨張の性質のせいか。これでは気軽に撃てん」
爆煙の中、目を凝らす。次第に煙がなくなり、視界が晴れたが幻月の姿は見えない。跡形も残らない、というわけでもあるまい。中々死ななそうな顔をしていた。そも、彼女の言うことが正しければ、相当な齢を重ねていることになる。山を崩すほどの爆発でどうにかなると思うほど、ライザーは甘くはなかった
ライザーは考える。あの少女がいかにして消えたのかを。
「だーれだ」
背後から迫る狂気の手がライザーに迫る。
「……なるほど」
短く零した後、ライザーの姿が消えた。
「あら」
背後に何者かが立っている。その事実に、幻月は気付く。
何者かなど考える間でもない。
ライザーだ。
「なんでよけられるのよー」
「分かりやすぎるのだ……貴様は」
殺気。無邪気ながらも当然のように内包していたそれを、ライザーは感じ取っていたのである。
そして、ライザーは目の前の傷一つない少女を見た。
「瞬間移動……お前のそれは、俺とは全く異なるものだが」
「もしかしてだけど……バレてる?」
「分からないとでも思ったか、たわけが」
ライザーは幻月を指差した。
「次元の狭間への移動……それが貴様の能力にして瞬間移動のアンサーだッ! この俺の目は欺けんッ!」
「ピンポーン♪ 正解! でも大正解じゃないわ……正確には、小さな次元の狭間を作って緊急回避しているでした。じゃん!」
幻月の語った手法はあまりにも埒外なものであった。次元の狭間とは、ライザーたちの住む世界の常に隣にある無の空間。そこに干渉する手段すら本来は限られている。にも関わらず、目の前の悪魔はわざわざ作ったのだという。
それがどれだけ非常識で、規格外なことか。
「ネタばらしも終わったし。じゃあ、おおっぴらに使っちゃうわね」
幻月の姿が出現と消失を繰り返す。更には、不意打ちのように弾幕が現れる。弾幕の濃さと速さが増していた。数えきれないほどの弾の塊が、目にも止まらぬ速度でライザーに襲いかかる。
炎翼で飛び回り、炎弾で撃ち落とすが、それでも処理しきれるようなものではない。
「フン、やはりまだまだ未熟か」
ライザーは己の未熟さを噛み締める。瞬間移動に対応するために、瞬間移動で応じる。
相手が本気でもないのにだ。
(いかに閣下といえども、次元の狭間にまで届く攻撃などない……! 一体どうするのです、閣下……)
「心配そうな顔をするな……俺は王ぞ」
「王様頑張ってねー」
何度目か分からぬ幻月の瞬間移動。しかし、転移先が問題であった。
幻月の目の前に、赤色のスフィアが浮いていたのである。
「あ、あら?」
当然のように、爆発し、幻月を巻き込んだ。
「あらああああ!?」
偶々かもしれない。偶然の可能性が高い。そう思い、瞬間移動を試みる幻月であったが――
「そこだ」
顔を出すと同時にまたボン! と爆破される。確定した。ライザーはどうやってか幻月の移動に応じているのだ。
「ええ~!」
幻月は次元の狭間に飛び込み、一先ずの避難を手にいれる。
(な、なに!? 何が起きているの!? ばら蒔いているわけじゃない、ピンポイントで爆撃してきた! 私が出てくる場所が分かっているの!?)
そっと顔を出す幻月。ライザーは見ていない。だが。
「ふぎゅ!」
顔面に炎弾がめり込んだ。
「なんでー!」
「それは、俺だからだ。無駄無駄」
ついには、姿を現すとほぼ同時にライザーが眼前に現れる始末。幻月はすっかりライザーの術中へと陥っていた。
(いい具合に混乱しているな……)
ライザーは、また被弾した幻月を見て笑う。いかなライザーとはいえども、心を読めるなどということは出来ない。
しかし、全く別の感知法と、攻撃方法があった。
「いかに次元を移動しようとも、いかに隙間のない弾幕を張ろうとも……俺には意味のないことだ……お前がこの次元へ顔を出している時点で、俺はお前を討つことができる……」
ライザーは瞑目する……そして、目を開いた。
「世界(ザ・ワールド)!」
音の無き静かな世界に立つライザー。
固まる幻月の前に、そっと魔力弾を送る。それだけでよいのだ。
「ふぎゃ」
後は自然に爆発が幻月を襲う。
「目には目を、歯には歯を。瞬間移動には瞬間移動を、だ。もっとも、俺自身は好きじゃあないがね。だがまあ、それで負けるのも癪だ」
「もうー! あったまきた!」
幻月の羽根が広がり、これまで以上に魔力が高まる。
「ほう……中々……」
「あー! 余裕かましちゃって! どうなっても知らないんだから!」
「どうなるというんだ?」
「こうなるの!」
放たれたのはやはり弾幕。しかし、その規模は全くもって規格外であった。幻月を中心に球状に広がる膨大な魔力弾。速度もライザーの目を持ってすら見切れぬもの。全く死角のない攻撃。
だが、ライザーには余裕がある。
「フン……」
瞑目。
「世界(ザ・ワールド)! ……なんだ、本当に被弾確実ではないか……」
そして――
何もかもが止まった。幻月の弾幕は勿論、彼女自身も止まっている。否、彼女だけではない。ライザーを見守るアシュタロスもだ。
人以外も停止していた。
風も、雲も、太陽すら動いていない。
静寂の世界。
そこはまるで、ライザーのみの世界であった。
(この世界になるたびに思う……未だッ! 馴染んでいないということをッ!)
そう思うライザーの背には、黒い影があった。巨大な巨大な影である。だが、靄がかかり、その実態は見えない。
(しかし同時に……一手一手打つ度に俺に馴染んでくることも事実……さあ、幻月よ、我が糧となるがいいッ!)
不死鳥の炎を凝縮したスフィアがライザーの羽根から生み出される。その数都合十六基。千を越える幻月の弾幕の前に、その数はあまりにも頼りなく見えるが、そんなことはない。なぜならば、このスフィアは、直接ぶつけるものではないのである。
(秒間八発を五秒間掃射。計六百四十発……!)
射出された炎の弾丸たちが、空中で止まってゆく。
六百四十発。幻月が放射した弾幕の数には届かないだろう。しかし、一面のみを突破するには余裕の数であった。
「自らの弾幕で首を絞めるのだな」
――五秒が経過した。
「そして、時は動き出す」
「え?」
ライザーが呼んだのは誘爆であった。弾幕が広がりきる前に一面を己の魔力弾で相殺。高密度の弾幕はまるで粉塵爆発かのように爆発が爆発を呼び、幻月を呑み込む。太陽がもう一つ出来たかのような大爆発が山の上で花開くこととなった。
「こういう時には、汚い花火だ、とでも言っておくべきか」
「見た目はそれなりにいいですわ、閣下」
「そうかね……」
「それよりも閣下、何か落ちていきますよ」
何か、ではなく、幻月であった。
真っ逆さまに山まで落下してゆく幻月。ライザーとアシュタロスは、彼女を追って、山に降りる。
「えーん、強すぎるわ」
「ほぼ自爆だがな」
「げ、不死鳥さん」
ごきりと、ライザーは指を鳴らした。それだけで、彼の意思表示は完了である。
「こんな幼気な女の子を殴るつもり!?」
「俺は男女を差別しない主義でな」
うう、と幻月は唸る。
「ひ、ひと思いに右で……」
「NO……NO NO」
「や、やさしく左? かなーって」
「NO……NO NO」
「り、りょーほー……?」
「YES YES YES」
「ももももしかして、オラオラですかーッ!?」
「YES! YES! YES!」
「悪魔である私が言うのも難だが……OH MY GOD」
このあと滅茶苦茶オラオラした。
――○●○――
「……しかし、閣下。この娘、本当に次元の狭間を生み出したと、そうお思いですか?」
目を回している幻月を見て、アシュタロスはライザーに問うた。
「なぜそう思う」
「次元の狭間はムゲンの巣です。つまり、彼女はそれ以上の齢を重ねているはずですわ。けれど――」
「威厳も力もそこまでのものではなかった。か?」
「ええ。確かに彼女の攻撃は苛烈ではありました。けれど、様々な面がその経歴にはあまりそぐわない」
次元の狭間を生み出したと、そういうのならば、もっと強力であってもいい、もっと老獪であってもいい。悠久の時を過ごしてきたにはあまりにも子供過ぎる。それがアシュタロスの意見であった。
「アシュタロス。威厳とは、他人と触れ合わなければ出ないものだ。威厳を示す相手がいて、初めて威厳となる。力もそうだ。必要なければ必要ない。力を振るう機会がなかったということだろう……他者と積極的に関わらなかった。そういうことだろう……回収しろ、アシュタロス。フェニックス邸に運び入れる」
「御意」
「さて」
ライザーは一帯を見回す。
「サーゼクスにどやされそうだな」
冥界一の高さではなくなったかもしれない山をライザーは見た。
幻月(東方project)
公式で最凶最悪とされる裏ボス
東方では数少ない悪魔。この人の参戦を読めた人はいないはず
Q つまりどういうことだってばよ・・・
時を止めて幻月の転移先を確認、スフィアを置くだけの簡単なお仕事
Q ライザーのスタンドはザ・ワールド?
あくまで時止めのことをザ・ワールドと称しているだけ。スタンドは別にあるます