午後十一時四十分、オカルト研究部室。
リアスとライザーはそこで、修行の初日以来となる対面をしていた。
模擬戦という非公式の試合ということだが、ライザーは正式な軍服に身を通している。存外気に入っているらしかった。
「それで? 十日間の修行の結果はどうかね? リアス……話になる程度には仕上がってきたのだろうな」
「上々と言ったところよ、ライザー。私たちは『成果』を手に入れたわ。貴方の首元に牙を立ててみせる!」
飲み込まれそうなライザーの覇気にこめかみに冷や汗を流しながらも、リアスは毅然と応じる。その姿に、ライザーは口角を吊り上げた。
「ふ……そいつは重畳……楽しみにするとしようか。ルーキー」
『王』同士の睨み合い。赤金と紅の視線がぶつかり合うが、先に目を離したのは、ライザーであった。ぐるりとリアスの眷属達を見回した後、深く頷く。
「一応、俺の駒を紹介しておこうか。我が『兵士』、アーカードだ」
ライザーの影から、ライザーとは正反対の真っ白な服に身を包んだアーカードが現れる。その体躯は常の丈夫の姿ではなく、黒髪を長く伸ばした童女の姿だ。
「おお、美少女!」
「お前……話には聞いているぞ。今代の赤龍帝だそうだな。グレモリーの『兵士』は……興味深い」
「うわっ! 声低っ! 渋すぎんだろ!」
「本質が影であるのが吸血鬼だ。上っ面の造形など、我らが吸血鬼にとって、水面に写る月のようなもの……それは悪魔も変わるまい」
吸血鬼も悪魔も、自由自在に姿を変えられる。その気になれば、誰にだって成れるのだ。
「そりゃ……そうだけど……釈然としねー! ギャスパーといい、吸血鬼はみんなそういうのばっかりなのか!?」
「ふぇ!? ぼぼぼぼ僕ですかぁ!?」
聞いていたイメージと大分異なるアーカードに、イッセーは地団駄を踏む。
そんなイッセーを見て、リアスは懐かしいものを見た気分になる。誰もが通る道……なのかもしれない。
「そいつらは普通にマイノリティだ……」
ライザーが言う。アーカードのようにころころと姿を変えるものはあまりいない。往々にして、自分に最も適した姿というものがあるからだ。
「皆さん、準備はお済みになられましたか? 開始十分前です」
「お、お義姉様!? なぜここに!?」
銀髪のメイド、サーゼクスの『女王』、グレイフィアがいつの間にか、部室に現れていた。
「なぜもなにも、どうもこうも……リアス。いいか? こういうイベントごとが大好きな奴がいるだろう……」
「……ああ、そういうことね……はあ」
理解したリアスはゆるゆると首を振り、溜息を吐く。
「模擬戦とは言え、今からやるのは『レーティングゲーム』だ……両家の耳に入るのも当然。お前への関心の高いアイツのことだ……嬉々として諸々の準備をやっていたんじゃあないか」
「おっしゃる通りですわ、ライザー様。サーゼクス様はそれはそれは楽しみになさっていました」
「なんでこう、イマイチ余計なことをするのかしら……もう……」
「妹好きをこじらせた結果だろう。俗に言う、シスコンという奴だ」
「うう……」
身も蓋もないライザーであった。
「しかし、
「偶然よ、偶然。そんなこと言ったら、アーシアやギャスパーはどうなるの?」
「偶然、か」
半眼でリアスを見るライザー。木場や小猫はリアスが付けた名だと、ライザーは知っている。
「ああ、それと、だ。お前達に渡さなければならないものがあった」
「あら、何かしら?」
「これだ」
ライザーが取り出しのは、複数の小瓶であった。台座にしっかりと収められているそれは、透明な水のようであるが、ただの水ではない。
「これは……」
「フェニックスの涙。俺謹製のものだ……好きに使え」
「フェニックスの涙……ありがたくもらっておくけど……目、抉ったりしていないでしょうね?」
「安心しろ。普通の手順で作ったものだ」
「そ、そう。なら、いいわ」
抉られた目。地味なリアスのトラウマである。
「開始時間になりましたら、ここの魔法陣から戦闘フィールドへ転送されます。場所は異空間に作られた戦闘用の世界。そこではどんなに派手なことをしても構いません……リアス様の陣営は、ですが」
暗にライザーとアーカードは全力を出すなということである。実際、身の安全は保証出来ない――リアス達の、だが。
「今回の『レーティングゲーム』、両家の皆様も他の場所から中継でフィールドでの戦闘をご覧になります」
「ほら、言った通りだろう?」
「ええ。言った通りだったわね」
「そろそろ時間です。皆様、魔法陣のほうへ」
魔法陣が光り、ライザー達の姿が消える。
光が収まった後、リアス達はオカルト研究部部室にいた。ライザーとアーカード、そしてグレイフィアがいなくなっただけの光景に、イッセーとアーシアは首を傾げる。
すると、校内放送が入った。
『皆様。この度グレモリー家、フェニックス家の『レーティングゲーム』の
聞こえる声は間違いなく、グレイフィアのものである。
『我が主、サーゼクス・ルシファーの名のもと、ご両家の戦いを見守らせていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。早速ですが、今回のバトルフィールドはリアス様とライザー様のご意見を参考にし、リアス様が通う学び舎『駒王学園』のレプリカを異空間にご用意いたしました』
大から小まで、何から何まで本物そのままに作られたそっくりな駒王学園。そこがバトルフィールドであった。
『両陣営、転移された先が『本陣』でございます』
「
ふと、窓の外を見やるリアス。そこからは空と校庭が見えた。空は異空間ということだけあって、真っ白だ。そして、その下。校庭の中央。そこには見慣れないものがあった。
それは、玉座であった。豪奢な装飾のなされた、玉座。そして、それに座る人影が一つ。
ライザー・フェニックス、その人である。
リアスはへなへなと力が抜けていくのが分かった。
「予想外……ええ。予想外過ぎたわ……いいえ。けれど、らしいと言えば、らしいのかしらね……」
「あらあら。流石はライザー様ですわ」
朱乃が頬に手を当て、そう溢す。
「ふん……この俺が逃げや隠れやするわけもあるまい」
玉座の上で足を組みながら座るライザー。その横には童女姿のアーカードが立つ。
「さて、どうするかね、オウサマ。オーダーは?」
「適当に揉んでやればいいだろう……我々に敗北はありえん……万に一つもだ」
「ほう」
「拘束術式はかけたままで行け。使う必要もあるまい……そうだな、『兵士』の能力を使うのも禁止だ」
「随分と手を抜かせるのだな、オウサマ」
『兵士』アーカードのみに加え、ライザーは更に縛りをかけるという。
「代わりに
「認識した我が主」
『開始のお時間となりました。なお、このゲームの制限時間は人間界の夜明けまで。それでは、ゲームスタートです』
開幕の狼煙が上がる。
「どれ……手合わせ願おうか!」
――○●○――
「皆様は此度のこの『レーティングゲーム』……どのような結果になると思われます?」
リゼヴィム関係の多忙の合間を縫って観覧をしに来たサーゼクスが言う。
「リアス嬢の親族がいる前で心苦しいが、ライザーの圧勝でしょうなあ。それ以外は考えられませぬ」
フェニックス卿は、そう答えた。
「なに、事実ですからな。仕方のないことでしょう……何せフェニックス軍団長はプロの『レーティングゲーム』でも常勝無敗。いかに『兵士』のみとはいえ、『王』がフェニックス軍団長である時点で、勝ち目は皆無と言っていい。リアスがどう『負ける』のか。この一点でしょう」
ライザーの『レーティングゲーム』。公式での試合数が少ないため、ランキングは中堅止まりだが、その圧倒的強さは誰もが認識しているところだ。そもそも、常に実戦を想定しているライザーとその眷属達では、求めている強さの次元が違う。
ましてや最近はリゼヴィム・リヴァン・ルシファーという明確な対象が現れたことで、更に研ぎ澄まされているのだ。
「勝つ手腕も重要ですが、戦いは時に、負ける手腕も求められる。圧倒的強者を前に、いかに立ち回るのか――」
「――とかなんとか、外野は思っているでしょうね」
リアスは言う。
「けれど、そう思われるのも癪だわ。ええ、癪でしょうとも。負けてもいい、いかに負けるかなどと考えている時点で、私たちはどうしようもなく敗北を喫しているの」
「でも部長、修行中は負けるのが前提って言ってましたよね」
イッセーが片手を挙げてそう言った。
「そうね。言ったわ、イッセー。貴方とアーシアは悪魔になって日が浅いから、ライザーという規格外の彼を知らない。だから、その戦力を理解させるためにそう言ったわ。けれど、それじゃあダメ。勝つ気で挑まなくては……!」
「負けると分かっていても、ですか?」
「負けると分かっていても、よ。端から負けると思っているようじゃ、大成はしないわ。なによりも、逃げの姿勢では何も掴めない――決して」
それは、あまりにも難しい要求であった。勝ち目はゼロ。それでも、立ち向かわなくてならない。しかも、勝つ気で。
「あなたたちの精神を信じるわ。後は、全力を叩き込みなさい。山が吹き飛ぶ一撃を当てたところで、あの二人は生き残るでしょうし」
「考えれば考えるほど、強いんですね……」
ぼそりと小猫が呟く。
「ギャスパー。『
「一瞬ですが、止められますう。本当に一瞬だけですけど……」
「それは朗報ね――祐斗、ギャスパー、小猫はアーカードを迎撃、私、朱乃、イッセー、アーシアでライザーを狙いましょう。数の利を最大限まで活かして、迎えるわ」
リアスの眷属達が応、と声を揃える。ライザー達が共闘をするということはまずない。
『王』も眷属も、
というか、ライザーとアーカードが本気で連携を取ったとしたら。
「何回全滅出来るかしらね……」
「……? なんか言いましたか? 部長」
「いいえ。なんでもないわ」
木場を先頭に、対アーカード部隊が校庭へと向かってゆく。彼らが出発して三十秒後、リアス達も校舎を出、ライザーの下へと向かおうとしていたその時。
「ひえええええええ!」
「……! ギャスパー!?」
ギャスパーの悲鳴が聞こえた。
悲鳴の聞こえた方角を見、身構える三人。すると、何者かが走ってくる。それは、ギャスパーを抱えた木場であった。
「ああ、部長! 一回建物の中へ!」
「おい、木場! どうしたんだ一体!」
「一体何があったの! まさかグールの召喚か何かを!?」
「いいえ、ある意味そっちの方が楽だったかもしれません……」
冷や汗を流しながら、木場は言った。
「……? どういうこと?」
「それは――」
「……来ました」
「やはり、早い……!」
ドカドカドカドカと、音がする。『それ』が、木場達を追ってきたのは明白で。
「棺が……」
「「「は?」」」
それが来た。
「はいちょっとゴメンなさいネー」
それは確かに棺であった。上質なただの棺だ。
それが、四本脚を生やして走ってさえいなければ。
「なんだありゃ……」
思わずそう溢すイッセー。それもそうである。それはあまりにも珍妙な見た目であったし――インパクトが大きいだけで、そう強くも見えなかったのだ。少なくとも、木場小猫ギャスパーの三人が撤退を強いられるようには思えない。
そう言えば、ギャスパーがなんか言っていた気がする。そんなことをふと思い出したイッセーだったが、それを考える頃にはもう遅い。
「はいよ」
「でえ!」
イッセーは棺に轢かれた。
「イッセー!」
「嫌だあ! こんなギャグみたいのにやられるなんて嫌だー!」
宙を舞うイッセーの身体。べちゃっと音を立てて地面に落ちる。
「一応、無事みたいね……」
「精神的にキツいですけどね! なんだこのやられ方! 釈然としねえー!」
「それだけ吠えられれば大丈夫ね!」
「部長冷たくないですかー!」
「そんなことはないわ、イッセー」
冷静にリアスは返した。
「揉んでやれと言われたからやってみたが……歯ごたえが無さすぎるな」
「アーカード様が強すぎるんですよぉ……うう、
木場から降りたギャスパーがさめざめと涙を流す。
「ギャスパー」
そんなギャスパーに声をかけるものが一人。イッセーである。
「『
「アーカード様には本当に一瞬、ゆっくりなる程度しか効きませんよぉ……」
「一瞬あれば十分だ! 修行中に思いついた必殺技をぶちかましてやるぜ!」
イッセーの必殺技。今も小猫と木場を吹き飛ばしているアーカードに有効打を与えられるのであれば。
「い、行きます! 『
「む……」
アーカードの動きが一瞬だけ鈍くなった。
それは、本当に僅かな時間であった。だが、その明確な隙を、イッセーは見逃さない。
「いくぜ! これが俺の必殺技だ! 『
イッセーがそう言った瞬間、アーカードの纏っていた『服が』弾け飛んだ。
「む……?」
白い裸体が顕になる。
『
「そら」
棺桶がイッセーを蹴り飛ばした。
「へぶぅ!」
くるくると錐揉み回転しながら空高く打ち上げられるイッセー。
「イッセー……修業中にコソコソしていたと思ったら……」
思わずリアスは額を押さえた。
そも、吸血鬼の身ぐるみを剥いだところで、所詮は影。すぐに戻るわけなのだが。現に、アーカードは何の感慨もなく服を再構成していた。
「グレモリーの『兵士』は随分とユニークだな」
「……言わないで頂戴。眷属の頑張りがなぜこうも奇妙な方向へ向かってしまうのか、私も考えあぐねているところなんだから」
リアスは頭を振る。ともかく、アーカードをどうにかしないことには、ライザーの顔すら拝めない。
「アーカード。ここを通らせてもらえないかしら?」
「それは無理な相談だ、グレモリーの。私は
「やっぱり、そうよね……!」
最強の吸血鬼を、倒さなければならない。それがリアスに突きつけられた命題である。
「なに、私も本気を出そうとは思わん……だが、それでもお前たちは追い詰められた鼠だ。さて、どうする? どうするんだ、リアス・グレモリー」
「……祐斗、小猫、ギャスパー」
「はい」
「……はい」
「はいぃ……」
「貴方たちを、捨て駒に――」
捨て駒。それが最も効率的、かつ有効な手段であろう。戦術上は、それが正解だ。
リアスのプレイヤーとしての知識はそう言っている。そして、この三人は頷くであろうことも分かっている。
それは、あまりにも、残酷な一手。そして、最も効率的な一手。
その手をリアスは――
「――いいえ。そんなことは出来ないわね……! 全員よ。こうなれば、全員でアーカードを討つわ……!」
「ククク、甘いことだな、お嬢様」
「甘いと言われても、私は私の道を征くわ! その道を外れた私は、リアス・グレモリーではなくなる……! その道から逸れるくらいならば、『敗北』の方がマシよ……! 愚かと言われようともッ! ここにいる全員で貴方を越えてゆくわッ!」
「なんとも可愛らしいことだ……それが、貴様の『覚悟』かね?」
「ええ。私の『覚悟』よ」
リアスの瞳には『覚悟』が……決意があった。それを認めたアーカードは、ふっ、と笑う。
「成る程……いい覚悟だ……だが悲しいかな、お前たちが纏めてかかっても、私には及ばない」
「分かっているわ。けれど、貴方を越えて、ライザーに挑まなくてはならない……! 貴方を突破出来なくては、笑われるわ……!」
紅の魔力が、リアスから放出される。紅き其は、サーゼクスのそれとそっくりであった。
「滅びの魔力か」
「『
二度目の時止め。アーカードの動きが僅かに止まる。
「はあああああ!」
「……えい」
「おりゃあああ!」
木場が『
イッセーの溜めに溜めた一撃がアーカードの鳩尾に入った。
「皆さん! 行きます!」
「了解朱乃さん!」
朱乃の合図と共に、イッセー達はアーカードから距離を取る。と同時に、雷がアーカードを襲った。黒焦げになるアーカード。
「最後は私よ! 消えなさい!」
紅き滅びの魔力が、アーカードの上半身を文字通りに消し飛ばした。残った脚が、ばったりと倒れる。
「やべ、やり過ぎた……! ぶ、部長、死んじゃいましたよ! うわあああ人殺しなっちまったあああ!」
「NO、よ、イッセー。
そう。
つまり。
それは。
「『
「……ッ」
蝙蝠の群れが、アーカードだったものを包み込む。
「なるほど大した威力だ。しかし『
その姿は、白い少女から、赤いコートを纏った丈夫へと変わっていた。
「『
「冗談だろ……」
「終わりかね?」
手に握るは、黒き銃と白き銃。
そして、場の空気が変わった。濃密な殺気。アーカードは今までのお遊びを止めた。
リアスは自分が再度冷や汗をかいていることに気付く。
「ならば
薬莢が排出される。狙いはリアス・グレモリーその人。
「フォ、『
空中で止まる弾丸。ピタリと静止していた。微塵も動く気配がない。
「ギャスパー・ヴラディ……」
「あ、貴方を止めることは出来ません……け、けれど、銃弾を止めることは出来ます……! ひぃいいいい! ごめんなさいぃいい!」
どこからともなく出てきた段ボールに避難するギャスパー。
「ギャスパー……逃げてどうするの」
「す、すみませんんん! でもでも、ライザー様のところでのトラウマが……トラウマがああ! 堪忍してくださいいいい!」
「叩き込まれてるわね……色々と」
「ひいいいいいん!」
段ボールから泣き声が響き渡る。その珍妙な見かけに、アーカードはチッと舌打ちをしてみせる。すると、より激しく段ボールがガタガタと揺れた。
「……興が削がれた」
アーカードは銃口を下げた。
「え?」
「行ってこい。そして、逝ってしまえ。私に倒されるか、あいつに倒されるかの違いだけだろう」
(見逃された……!)
その事実に、リアスは口を真一文字に結ぶ。
だが、勝ち目はないのが事実である。今でこそ、ギャスパーの『
リアスは知っている。アーカードの真髄を。それはライザーと肩を並べる、異常なまでのタフネス。殺しきるまで殺さなければ、
そして、今のリアスの戦力では、それを可能とする術がない。
苦々しさを味わいながら、リアスはアーカードの傍を抜ける。
「覚えておきなさい、皆。この屈辱を」
――○●○――
「アーカードめ……わざと通したか」
玉座で肘を付きながら、ライザーは目の前に立つリアスたちを見、そう言った。
「ええ。興が削がれた、ですって」
「まあ、いいだろう。あれの判断したことだ。所詮は模擬戦……
「……遊びのような、もの、ね」
ライザーもアーカードも、本気だ。本気だった。だが、全力は出していない。
「リアス。お前は俺の『伴侶』となり、そして『敵』になる者だ。だが、お前はまだ、弱すぎる。『敵』と認定するには貧弱よ……それをお前に実感させようと、俺は思う」
「あまり、油断しないことね、ライザー。足元を掬われるわよ」
「油断も慢心もない……さあて、行くぞ」
ライザーの周囲に魔力が充満する。空間の緊張が高まり、ラップ音が響く。
「……ッ! 皆! 私の後ろへ!」
「は、はい!」
それは勘であった。ただの勘。しかし、その咄嗟の勘と判断が、グレモリー一行の明暗を分けることとなる。
爆発。圧縮された炎の魔力が、解き放たれた結果、校庭全体を覆うような大爆発を引き起こした。
轟音、そして静寂。
リアスは、全力で滅びの魔力を放っていた。典型的なパワータイプであるリアス。その彼女が一切の余裕を脱ぎ捨てた結果、眷属たちは無事であった。
「ほう……耐えたか……いいぞ、リアス。滅びの魔力……それなりに使いこなしているようだな」
「く……」
手に火傷が出来ている。それだけで済んだ。そう言ったところか。
「ぶ、部長!」
「すぐに手当を!」
「ダメ! アーシア!」
「……え?」
斬。
アーシアは袈裟懸けに斬られていた。
ライザーが振るう軍刀によって。
一瞬。一瞬である。一瞬にして、アーシアは狩られていた。
「この……!」
『
「……っ!」
接近戦を挑んだ小猫は、踵落としで意識を刈り取られる。
「ひ……」
ギャスパーもまた、容易く切断される。
「これはどうです!」
雷を放つ朱乃であったが、一刃のもとに雷が斬り捨てられ、胸を一突きで沈黙させられた。
「先日の焼き増しだったなァ……弱いということは罪なものだ。死に方すら選べないのだからな」
振り下ろされる断頭の刃。それを、イッセーは篭手で受け止めた。
「そう、何度も……やられてたまるかあああ!」
『Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!』
赤龍帝が吼える。
「ほう……『騎士』ですら見切れなかった刃を受け止めるか……」
十秒ずつの倍加の力かと、ライザーは冷静に分析する。
「だが、ぬるい」
「『プロモーション』! 『戦車』!」
「ぬるいと言ったはずだ! 赤龍帝!」
「ぐああっ!」
刹那、ライザーは回し蹴りをイッセーに叩き込む。
吹き飛ぶイッセー。
校庭をバウンドし、校舎に叩きつけられた。
「イッセー!」
「まだ……まだです……部長……! 俺は、まだ、終わってません……! 部長のご褒美があるんです……!」
それでもイッセーは立ち上がった。
足元がふらつき、意識が朦朧とする中、それでも。
「それなりに殺す気でやったのだがな……」
「俺は……まだ……っ……」
「イッセー……」
「綺麗なお姉さんのいっぱいいる店にいくんですから!」
リアスはずっこけた。それは綺麗にずっこけた。
「ふーむ。発破をかけたのは俺自身だが……ここまで来ると、いっそのこと尊敬しそうだ、兵藤一誠……愉快な男だ。なあ、リアス?」
「そこで私に振らないで頂戴。あの子は本当に予想外過ぎるわ……」
リアスはこめかみを揉んだ。
再び立ったことは褒められるが、理由があまりにもあんまりな理由だけに、手放しで褒められない。
「やれやれ。どうにも調子が狂う……お前は俺の近くにいなかったタイプだ。それだけの話だが……さて」
ライザーはイッセーを見る。
「ボロボロの身でどうする? 兵藤一誠……なんなら、『
「十分に、溜まってるぜ……!」
『Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!』
「今度はさっきの倍だ!」
イッセーの体から、赤きオーラが噴き出す。赤龍帝。その存在の片鱗が、現れたのだ。
不完全ながらも、龍の姿を象るオーラを纏い、イッセーはライザーに向かって突貫する。
一歩進むたびに、地を砕きながら進むその姿は正しく暴虐の化身。
その速度は尋常ではない。
だが、ライザーは、涼しげな顔であった。
「一つ、面白いことに気付いたぞ、兵藤一誠」
「――ッ! 避けて……! 避けるのよイッセー!」
「俺はどうやら、独占欲が強いらしい」
ライザーが指を鳴らす。すると、足元から紅蓮の炎が高々と空に立ち上がった。
轟々と燃える炎はただの炎ではない。徐々にその形が顕になる。
それは、炎で出来た巨大な鳥であった。
「受けろ、その身で。味わえ、天上の焔を。灰塵と化し、失せるがいい」
龍と不死鳥がぶつかる。
拮抗したのは一瞬であった。劫火が龍を飲み込む。
「燃えろ」
ライザーのその言と共に、焔の不死鳥が爆ぜる。爆炎と爆風が、空間を揺らした。
リアスが目も開けられないほどの爆発。髪が揺れ、土が吹き飛び、リアスの頬を叩く。
「イッセー!」
グラウンドは原型を留めていなかった。ぽっかりと穴が空いている。そこが爆心地だというのは明白で。その中心に、倒れこむ一人の少年。イッセーだ。
「これで、お前だけになったな、リアス。手足はもがれた。さあ、どうするんだ、リア――」
ライザーが片手を上げた。
「ふ。不意打ちか。だが、殺気が隠しきれていないぞ。もっと上手くやることだ、『騎士』よ……」
ライザーの指に挟まれたそれは、一本の剣。
木場祐斗の創り出した、刃。
「クッ……」
「……トドメを刺しきれていなかったか……だが、無駄だ」
フェニックスの炎を推進力にし、ライザーは木場を裏拳で殴りつける。
吹き飛ぶ木場。ボロボロの姿の彼は、抵抗もなく、地面に落下した。
「いや……僕の犠牲は……無駄なんかじゃ、ない……」
『リアス・グレモリー様の『騎士』、一人
「……?」
ボロボロの木場。そのことに、ライザーが違和感を覚える。そして、ライザーの頭脳は即座に答えを導き出した。
「なるほど……フェニックスの涙を使ったか……自分ではなく、奴に!」
ライザーの視線の先。そこには金髪のシスターがいる。『
「ミスだな……調子に乗っていたようだ、俺は。アナウンスの確認をすら忘れるとは……やれやれだ」
ライザーが右腕を立てる。そこに、小猫の回し蹴りが叩きつけられた。
「……えい」
「む」
ゴキリと、骨が折れた音が響く。ライザーの身体が、僅かながら後退した。
それを確認した小猫は、ライザーの腕を踏み台に、一気に飛びずさる。
そこは、ポイントであった。
雷が、龍の一撃が、滅びの魔力が、そこに集約される。
不可避の状態。三者が放った最強の一撃が、ライザーを飲み込んだ。
「流石に、意識の一つや二つ、失った、よな……?」
「いいえ。イッセー。プレッシャーが消えていないわ。ライザーは健在よ」
朦々と立ち上る煙。
「WRYYYYYYYY……」
その中に立つ人影が一つ。
「認めよう……」
その声が、響く。
「侮っていた……奢っていた……慢心していたぞ、俺は……」
煙が晴れ。ライザーが現れる。その右腕は、肩から綺麗さっぱりと消えていた。
「あれだけやって、腕一本……! 化物かよ……!」
「この傷は甘んじて受けよう……この『レーティングゲーム』の間には……」
ライザーは邪魔になった上着を脱ぎ捨てた。
ライザーの放つプレッシャーが、増大する。
「アーカード! 『
「認識した、我が主」
遠目から戦局を見ていたアーカードが応じた。
「……ッ」
「どうした 、来ないのか?」
ドドドドドドド……その音は、心臓の音であった。リアスたちの心臓が、早鐘を打っているのだ。圧倒的プレッシャー。圧力そのもの。
「誇るがいい。俺の能力の一端を引き出させたことを」
ライザーの背に、黒金の人型が現れる。
リアスはそれを知っている。それの名を知っている。その人型は。
「っ……! 『
「どう気を付けるんすか部長!」
「き、気合よ!」
「無理っすー!」
現実は非情である。
否。
現実は非情以上に――非情である。
「悪いが……時止めは行わん……」
「え?」
『それ』に気付いたのは、ギャスパーであった。
『その』現実を視てしまったのだ。
「ラ、ライザー様……」
「なんだ、ギャスパー……」
「な、何を、したん、ですか……?」
怯えている。ギャスパーが怯えている。
それは割と見慣れた風景であった。あったのだが、その具合はいつにも増して怯えているのは明らかで。
「なに、って、なんだ……? ギャスパー」
「じ、時間の流れが不規則なんですよう……! ライザー様の能力は時を止めること……それなのに、今、時が加速したり減速したりしてるんですう……」
『
時間とは不変のものでなければならない。その不文律をあっさりと破るその能力。
いかにライザーが規格外の存在であるとは言え、ここまでではなかったはず。
なのに。『
いつにも増してプレッシャーを放つライザーとその半身が、目を離せない。
「フ……我がスタンド『
「え……」
「ふむ、では教授してやろう……我がスタンド 『
ライザーから目を離せない。それだけの存在感が、彼にはあった。
「そも、時間とは何か……それは第四の次元よ……これを止めるということは、即ちッ! 四次元を繰るということッ! 『
「な、何を言ってるかさっぱり分かんねえ……」
「イッセー……」
「理解する必要はない……お前たちは、ただ、負ける。自分が何にやられたのかお前たちには分からぬ……」
右腕を失っている『
なぜならば、『
「誇れ。この能力を使うのは、初めてなのだからなあ!」
瞬間、『何か』が、爆ぜた。
彼らが認識出来たのは、その時のみ。そして、その時には、もう遅い。
『リアス・グレモリー様の『僧侶』、一人
『リアス・グレモリー様の『戦車』、一人
『リアス・グレモリー様の『僧侶』、一人
『リアス・グレモリー様の『女王』、一人
無情のアナウンスが響く。
「……む?」
二人、足りない。
ライザーはその疑問を晴らすべく、リアスのいた方を見た。
そこにあったのは。
「イ……イッセー……?」
イッセーがリアスに覆い被さっていた。
それは、反射的な行動であった。
ただ、想い人を守ろうというだけの単純な行動。
「へへへ……身体が勝手に動いちゃいました……」
「……ッ! ばか! 貴方は本当に……ばかなんだから……」
『王』を守ったのではない。『リアス・グレモリー』を守ったのだ。
「ライ――」
ライザーと声を上げようとして、リアスはその言葉を続けられなかった。
「………………」
そこにあったのは、悪意であった。敵意であった。害意であった。
憎悪と憤怒の入り混じった形相。
リアスは、そんな顔をするライザーを知らなかった。
いつも悠然と構えるライザーしか知らない。
これは――なんだ。
「庇う? 庇っただと……? 貴様が、貴様か、兵藤一誠……!」
「ラ、ライザー……」
たった一言。ただ名前を呼ぶだけで、どれだけの負担か。
ライザーが一歩、進む。ただそれだけで、莫大な圧が、リアス達に降りかかる。
「兵藤、一誠……!」
ライザーが拳を振り上げる。
そして。
「そこまでにしておけ、オウサマ」
「……ッ」
観客に徹していたアーカードが、そう言った。
「ククク、珍しいこともあるものだ……そこまで余裕のないお前というのも新鮮だな。だが、我が王よ――そこまで、だ。取り返しのつかないことをするのか?」
「アー……カードォ……!」
拳が、下ろされる。
「否、否――この俺らしくもない……そうとも、落ち着くのだ、俺よ……激昂しやすいのは俺の悪い癖だ……掌握せねば……」
左手で顔を撫でるライザー。その下から現れた顔は、いつもの余裕を持った表情であった。
『リアス・グレモリー様の『兵士』、一人
イッセーの姿が消えてゆく。
「ありがとう、イッセー……」
リアスは立つ。堂々と立つ。裸の王となった今でも、リアスの心は折れていない
リアスの口から、真っ赤な血が一筋流れる。それは、己の不甲斐なさか、己への怒りか。
「ライザー……! まだ私はここにいるわ! 私がここにいる限り! 終わってはいない!」
リアスの手に紅い魔力が集う。
「はあああああ!」
「否、終わりだ、リアス」
突貫してきたリアスの全力を、ライザーは受け止めた。至極、あっさりと。
「お前はまだ弱い。弱いが……それだけじゃあない。滅びの魔力だけがお前の武器ではない……愛しき婚約者よ。もう一度、考え直すことだ。お前の強さというものを」
『『王』リアス・グレモリー様、
アナウンスが、鳴った。
――○●○――
リアスが目覚めたのは、医務室であった。眷属達は全員寝ている。
(ああ……眷属達を信用していなかったのは、私の方なのね……)
ぐっすりと眠る眷属達を見て、リアスはふと、気が付いた。
(眷属は私の剣であり、盾……なによりも仲間……)
信頼していただろうか、彼らを。
どこか自分とは違うとは思っていなかっただろうか。
それは、裏切りだ。自分を好き、付いてきてくれていた、彼らへの、どうしようもない裏切りだ。
「必ず、貴方の下へ……ライザー……」
唇を触りながら、リアスはそう、決心した。
――○●○――
「――気付いたかね?」
アーカードがライザーへ問う。
「気付くさ。絶対に気付く」
「随分な高評価だな、オウサマ」
「我が婚約者よ。我が敵よ。さすれば、この程度で止まるはずもあるまい」
「ほう……」
「あれはどこかで『俺』になろうとしていた節がある。だが、それは違う。あれの強さと俺の強さはまるで別種だ。然らば、強者となるにも別のアプローチが必要になるだろう……弱者でいるようなタマでもあるまい」
「ふ、そうかね」
異空間から出たライザーが、歩く。その先に人影が二つ。サーゼクスと、グレイフィアだ。
「中々、面白いものを見せてもらったよ、ライザー」
「ふん、嫌味か? サーゼクス。もうあんな無様は晒さん。この感情は制御しなければな……俺らしくもなかった。それだけよ」
「いや、嫌味じゃないさ……君の予想外の行動に、我々はむしろ好感を持っているよ」
「好感、だと……?」
ライザーの片眉が吊り上がる。
先のイッセーで見せた感情。それは、ライザーの内では恥ずべきものとして処理されていた。今までに一切無かった感情だ。
それが何であるか、ライザー自身ですら測り兼ねているものなのだが、サーゼクスはそれを、好感が持てると、そう言う。
「君が持て余しているその感情を、我々は知っているよ」
「待て。持て余しているだと? この俺が? そんなことはありえん……既にこの感情は我が制御下にある」
「いいや、それは封をしただけだよ、ライザー」
「………………」
「ライザー様。それは『恋』というものですわ。表出したのは、どす黒い部分でしたが、あなたは確かに、リアス様に恋をしているのです」
グレイフィアの言葉に、ライザーの雰囲気に剣呑なものが混じり始める。
「……ふん。つまりなんだ、俺は、あのガキに嫉妬していたと?」
「そうだね。言葉にすれば、それが一番近いかもしれない」
「戯言だな……下らん」
ライザーは、サーゼクスの隣をすり抜けた。
口を真一文字に結んで。
「ククク、その正体には気付いているのではないかね? オウサマ。お前は理知的だ。単純な恋心が分からんほど間抜けではあるまい」
「………………」
ここでやかましいというのは簡単だ。だが、それを言えば負けなことも重々承知だ。ライザーは無言を貫く。
「……リアスに伝えておけ。お前とその眷属はよくやったとな」
「おや、自分では言わないのかい?」
「ふん。勝者が敗者に向ける言葉など、そんなもので充分だろう……」
ライザーの雰囲気は常のものに戻っていた。アーカードはその後ろをついて行く。
「なんというか……彼のとても人らしいものを見たよ、グレイフィア」
「ええ、そうですね、ところで――」
「なんだい?」
「頬を腫らせた姿では格好が付かないかと」
「……君がやったんだろう」
「私にそうやらせるようなことをしたのが悪いのです」
Q 結局『神秘』の能力って?
A 三次元では認識できない高次元から干渉するというもの。こう書くとチート臭いが、実際の威力は低め。というのも、近接パワー型の『神秘』が次元を経由して攻撃する超遠距離攻撃のため、ものすごく苦手な作業だからである
ハイスクールD×Dの世界では『停止世界の邪眼』を無効化出来るくらいの格になると、不意打ちくらいの威力しか発揮しない。早い話、時を止めてオラオララッシュを決めた方が威力が出る
この能力の真髄は次元干渉、つまるところ時間旅行、ビッグバンなどが可能になることだが、ライザーの趣味ではないので封印されている
Q ライザーの恋w
A 戦闘狂のライザーであるが故に、前世ではついぞ恋というものをしなかった。その皺寄せが現世に現れた形。ライザーにとっては正体不明の感情なのである
リアスとライザー。本当はどちらがベタ惚れだったかの話