不死鳥になりまして   作:かまぼこ

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不死鳥と吸血鬼Ⅲ

「なんだ……あれは」

 

 カーミラ派の吸血鬼たちは、空を見上げていた。空の色は、世界の終わりのような黒紫。

 その空を縦横無尽に駆ける二頭の龍。その龍たちは、争っていた。

 宙でぶつかり合い、ブレスを吐き、互いが互いを殺そうとしている。

 龍。それは絶大な力を持つもの。二頭の強力な龍の闘いの余波は、ツェペシュ派の城を徐々に取り崩してゆく。

 そして、黒き十字架のように突き刺さる機体。轟轟と燃え盛るそれは、ツェペシュ派の遠くない未来を暗示しているようであった。

 

 

   ――○●○――

 

 

 ライザーは突き進む。吸血鬼を切断し、壁を切り裂き、進む。やがて、魔法陣の下に辿り着いた。

 

「ここか……着いたぞ、ギャスパー」

 

 そこは、祭儀場であった。幾重もの魔法陣、儀式に使用したであろう術具。そして、魔法陣の中央に倒れる、一人の少女。

 それは、彼女であった。

 それは、ギャスパーが探していた少女であった。

 

「ヴァレリー!」

 

 ギャスパーが近づき、ヴァレリーを抱え上げる。

 

「ヴァレリー、返事をして!」

 

 ギャスパーが必死にヴァレリーの身体を揺するが、返事はない。目が閉じられ、だらりと腕が下がっている。

 

「よくぞお出でいただきました。こんばんは」

「ああ。こんばんは。ヴァンパイア」

「だ、誰ですか……?」

 

 そこに立っていたのは、一人の男であった。柔和な笑みを浮かべているが、それが見かけだけのものであると、ライザーは見抜く。

 

「私の名前はマリウス・ツェペシュ。ヴァレリーの兄でしてね。王位継承第五位のものです。まあ、それよりも、『神器(セイクリッド・ギア)』研究最高顧問と言ったほうがいいかもしれませんね。そして、今はこの通り、『神滅具(ロンギヌス)』、『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』の所有者です」

 

 そう言い、マリウスはあるものを掲げる。美しき細工を施されたそれは、聖杯であった。

 

「どうです? 素晴らしいでしょう? いつでも『禁手(バランスブレイク)』に至れる聖杯ですよ」

「ヴァレリーに……ヴァレリーに何をしたんですか……!」

「ふ……抜き取ったんだろうさ。聖杯を! 奴の手にあるモノ、お前の腕の中のモノ……単純明快じゃあないか。奴はぶん取った! 己が妹から聖杯をな……」

 

 上空に浮かんだ魔法陣。それは、『神器(セイクリッド・ギア)』を抜き出す為のものだったのだ。

 

「そ、そんな……じゃあ」

「そうだ。『神器(セイクリッド・ギア)』を抜き取られたものは、死ぬ」

 

 『神器(セイクリッド・ギア)』に明るいとは言えないライザーであったが、その程度のことは知っていた。聖書の神の奇跡、『神器(セイクリッド・ギア)』。その奇跡の代償とでも言えばいいか。『神器(セイクリッド・ギア)』を抜き取られた宿主は例外なく、死に至る。

 

「さて、なぜ聖杯を取ったのかと思ったが……利用するため。それ以外の選択肢はないか」

「ええ、研究のために」

「け、研究……?」

 

 何のことではないように、マリウスは言った。そのことに、ギャスパーは呆然とその単語を繰り返す。

 研究。ただそれだけのために。それだけのために、ヴァレリーを。妹を。

 

「私は聖杯に非常に興味がありましてね……王家だとか、派閥だとか、そんなものは私にとって煩わしいものでしかないんですよ……そして、『脅威』も私にはいらない……」

「俺たちが『脅威』だったと、そういうわけか」

「そうです! 急襲をかけ、暴虐の限りを尽くすあなたがたはわかりやすい『脅威』でした……故に、聖杯をこの手に確保する必要がありましてね」

「そ、そんな……じゃあ、僕たちが来たから……」

「馬鹿を言え、ギャスパー。奴は遅かれ早かれどう転んでもヴァレリーから聖杯を引っこ抜こうとしていただろう。そうでもなければ、こんな大仰な儀式を即席で出来るはずもない」

 

 城を覆い尽くすような、大規模な魔法。それを容易く出来るほどの力はマリウスにはないだろう。そう、ライザーは読んだ。

 そして、それは紛う事なき当たりなのである。

 

「ええ。まあ、私が持っていた方が何かと都合がよくてですね。少々計画を前倒しする羽目になりましたよ。そして、こうして成功したから、問題はありませんがね。うん、流石は私といったところでしょうか」

「あ、貴方は……貴方はヴァレリーのお兄さんなんでしょう!? なんでこんな酷いことが出来るんですか! どうして、どう、して……!」

 

 ギャスパーの慟哭が、祭儀場に響く。

 

「私はね。聖杯の研究さえ出来ればそれでいいのですよ。妹のことなんてどうでもいい。これさえあれば、それでいいのです」

「もういいぞ、小悪党。ここからは、『悪』の時間よ――さっさと退場するがいい」

 

 ライザーの腕に波紋が走る。山吹色の波紋疾走(サンライトイエロー・オーバードライブ)だ。

 ライザーの一撃は、マリウスの目には映らぬ。結果として、マリウスの胸に大穴が空いたが、しかし、すぐさま塞がってしまった。

 

「どうです? フェニックスもかくやというこの再生能力! 私の身体はパーフェクトにこぺっ!」

 

 マリウスの顔面が消し飛ぶ。だが、それでも死なない。脳を潰し、心臓を破壊しようとも、マリウスは死なない。不老不死。その体現になっているのだ。

 

「無駄だと言っているのです! ははは! 素晴らしい能力! これこそが聖杯の力! これこそが神滅具(ロンギヌス)! 素晴らしい……! 素晴らしい!」

「くくく……たかだが不老不死になった程度でいきがるなよ……」

 

 ライザーは拳を打ち付けた。その手の間に、黄金が迸る。

 それを見たマリウスの心情は、特に何も変わらなかった。自分は既に殺せないモノとなった。何を恐れることがあろうか。

 しかし、それはあまりにも、ライザー・フェニックスという悪魔を舐めた感想であった。

 

「永劫の焔を味わうがいい! 『山吹色(サンライトイエロー)()無限波紋疾走(インフィニティドライブ)』!」

 

 黄金が叩き込まれる。そして、マリウスはやっと気付く。

 燃えた場所が、再生していないことに。灰になった箇所が、灰になったままだということに。

 そして、マリウスの身体に走るのは、激痛であった。

 

「この焔が焼くのは肉体だけではないッ! 魂を焼き尽くす焔ッ! 永遠の劫炎ッ!」

 

 燃える。

 燃える。

 燃える。

 黄金の焔が燃やし尽くす。

 

「死の忘却を迎え入れろ!」

 

 それは、宣告であった。

 どうしようもない、死の宣告。それを止める手段を、マリウスは持たない。

 

「ぐぎゃああああああああ! う、嘘だ! 嘘だ! 聖杯を手にした私が、私がああああ!」

「所詮貴様はインスタントだった……それまでのことよ」

 

 そうして、不老不死はあっという間に焼き尽くされた。聖杯を手に入れて、五分もしない内に、マリウスは死んだ。灰の上に落ちた聖杯を、ライザーは取る。

 

「三下には過ぎた技だったな……」

 

 灰がさらさらと消えてゆく。その光景から何の感慨もなく、視線を外し、ライザーはギャスパーとヴァレリーの元に足を進める。

 

「ヴァレリー! ヴァレリー、僕だよ……! ギャスパーだよ! 目を覚まして……! ヴァレリー!」

「ギャスパー……ちょいとどけ」

「ライザー様……ヴァ、ヴァレリーが……!」

「それを今からどうにかしてやろうというのだ。これを使ってな……」

「イ、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)……!」

 

 ライザーが持っていたのは黒き悪魔の駒(イーヴィル・ピース)であった。真っ黒な駒。しかし、それは、今ライザーが持っていないはずのものであった。

 

「そうだ。悪魔に転生させる」

「で、でも、ライザー様の駒は、僕とトレードして……」

「ああ。そうだ。そうだから、一度あいつの所に向かったのだ。ギャスパー、今のお前は俺の眷属ではない。あいつの眷属よ。そしてこの手にある駒こそが、俺の駒。ヴァレリー・ツェペシュを救う第一歩の(ピース)だ」

 

 そう、行きがけにライザーがリアスを訪ねたのは、気まぐれからではない。ヴァレリー・ツェペシュのSOS。それが本当であれば、ヴァレリーの身になにか良からぬことが起きているのは必至。当然、その命に危害が加わるだろうことも、予測出来ていた。

 聖杯をヴァレリーの中に戻し、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を使い、ヴァレリーを悪魔へと生まれ変わせる。最終手段に近いものではあるが、その手札を、ライザーは切る。

 

「………………」

 

 しかし、ヴァレリーの目が開かれることはなかった。

 

「なぜだ……なぜ、意識を取り戻さない……アジュカ・ベルゼブブの作品がバグを起こすとも考えられん……となれば、別の要因、別のケースということか……? だが、それはなんだ……? ヴァンパイアだからという理屈は通用せん……悪魔の駒(イーヴィル・ピース)はどんな生物をも悪魔に変える反則の力……ならば……」

「あー、もしかしたら、これも戻さないと一度失われた意識は戻らないかもねぇ」

 

 もう一人。いつの間にか、もう一人がいた。軽い軽い声。だが、悪意に満ちた声。

 銀髪の男だった。背中には、真っ黒な翼が生えている。

 つまり、悪魔だ。

 そして、その手には、聖杯を持っている。ライザーは思考する。つまり、ヴァレリーの聖杯は、複数個で機能するものなのではないかと。その考えが正しければ、目の前の男は、マリウスが気付かない内に聖杯を掠め取っていたことになる。

 

「何者だ……? 随分とまあ、随分なものが現れたようだが」

「うしゃしゃしゃしゃ! 随分たあ、お言葉だねーフェニックス君♪」

 

 ライザーが『ライザー・フェニックス』だと知っている。

 ライザーは眉を顰めた。

 

「やめろ、気色悪い。お前のことなどどうでもいい。俺が必要としているのは、その手に持つ聖杯だけよ」

「おいおい。こちとらお前さんに興味津々なのよ。ちょーっとくらい興味を返してもらってもいいんじゃないかなーって、俺ことリゼヴィムは思うワケさね」

「リゼヴィム……ああ、聞いたことのある名前だな。リゼヴィム、リゼヴィム……そうか。リゼヴィム・リヴァン・ルシファーか」

 

 ルシファー。それはつまり、旧魔王の系譜。悪魔の世界ではビッグネームもいいところだ。

 

「ポォンピーン! 大☆正☆解。僕ちゃんがリゼヴィム・リヴァン・ルシファーでぇぇえす! 4649頼むよ、フェニックス君」

「やれやれという奴だな、ご大層なものが出てきたものだ……」

 

 リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。聖書に記載された悪魔。その名は、リリン。

 

「それで? 明けの明星の息子が何の用事かね? 俺としてはさっさとその聖杯を眠り姫に入れて叩き起こしてやらねばならないのだが」

「まーまー、そう慌てなさんなって。モテないぜっと」

 

 そう言ったリゼヴィムは、世間話でもするように、ギャスパーとヴァレリーに向かって、攻撃を仕掛けていた。

 ギャスパーは反応出来ない。目の前に迫る悪意。

 だが、ライザーが受け止めていた。

 

「俺は自分が善良なる者だと認識したことは一度としてない……」

「ライザー様……」

 

 ぐしゃりと、悪意が握り潰される。

 

「だが、こんな俺にも吐き気のする悪は分かる!」

 

 赤金の視線が、リゼヴィムを貫く。

 

「うひゃひゃひゃひゃ! いいねーいいねーその瞳、いやん、ゾクゾクしちゃう! 悪役(ヒール)でもあり、英雄(ヒーロー)でもある……さしずめダークヒーローってとこか、なあー、フェニックス君よお」

「訳のわからん評価をどうもありがとう。しからば死ね」

 

 ライザーの身体から焔が漏れ出す。完全なる臨戦体勢だ。

 なぜならば、ライザーは直感で知っている。こういった手合いは、野放しにすればするほど大厄を持ってくると。

 悪意そのもののような男、リゼヴィム。

 ここで仕留めたほうが、いい。そんなタイプだ。

 

「おおっと、いいのかにゃー。全力で攻撃したら聖杯ごとドカンだぜい?」

「ふむ。その展開は面白くないな」

「理解の早い子はおじさん好きよ」

「その……聖杯を使ってどうするつもりだ? どうせ碌でもないことに使うんだろうとは予想が付くがね」

 

 我が意を得たりと、リゼヴィムは笑う。

 

「なあに、コトは実に単純なことよ。ちょいと前にとある実例が俺たちの『世界』にもたらされたのが始まり始まりだ――『俺たち』が知らない『異世界』の存在だ。こいつは以前から可能性を議論されていたわけだが、ついにその存在が確認されたわけだねー。ブラボー」

「『異世界』……ああ。なるほど。そういうことかね」

 

 それは、つまり。

 

「そう! そういうことだぜ! フェニックス君! 『異世界の魂』の観測さあ! 『ライザー・フェニックス』というこの『世界』じゃない『異世界の記憶』を持っている『魂』! 確かに前世の記憶を持つ者がいるっつー報告はそれなりにあるわけよ! だが、それが『異世界』のモノっちゃあ話が別さね! 異形の世界の研究者の間じゃ、革命的な出来事さ」

 

 うんうんとリゼヴィムは頷く。

 異世界の魂。ここではない、どこかの魂。

 次元の狭間を越えた果ての魂。

 それがどれだけ異様なことであるか。

 

「でな、俺は思いついちまったわけよ! ならいっちょ攻め込んでみようぜ! てな!」

 

 イエイ、とポーズを取るリゼヴィム。

 

「でもでも、そいつぁー叶わない! なーぜーなーら、こちらの『世界』の次元を守護するとんでもないドラゴンがいちまうからなー、そっちの世界にはそう簡単には行けやしない。そう、グレートレッドさんでーす!」

「つまり貴様はこうするというわけだ。グレートレッドを――」

「ぶ ち こ ろ す。はい正解。大正解! そんでもって異世界にレディ ゴーっつーわけだ!」

「だが、貴様程度ではグレートレッドは倒せんなァ……」

「そりゃそうだ。無理無理無理ぃ! 俺じゃ無理ってもんよ。じゃあ賢い僕ちゃんはどーするのか。こりゃ黙示録の一節を再現してみよーってわけ」

「……ふん。『666(トライヘキサ)』かね。くだらんことを考えるものだ……」

 

 『666(トライヘキサ)』。聖書を齧っている身ならば、知っているだろう、忌まわしき数字。忌まわしき獣。

 

「またまた大正解ぃー! いいねえ。話しがいってものがあるぜ! フェニックス君。座布団一枚差し上げちゃう! 大事にしてよー? そうそう、そうなのさ。赤龍神帝と同じく黙示録にババーンと書かれちゃってる『黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)』『666(トライヘキサ)』をけしかけりゃー、グレートレッドといい勝負しそうじゃない? どーよこのナイスアイディーア!」

「伝説上の獣……存在は聞いているが、どこにいるかも分からないそんなものを使う気かね?」

 

 その存在は。観測されているグレートレッドとは違い、正しく伝説の存在、『666(トライヘキサ)』。

 

「んーふふふ、それがねぇ。いたのよ。――聖杯を使って生命の理に潜った結果、俺たちは見つけちゃったんだなー、これが。忘れ去られた世界の果てにてグースカ寝てる『666(トライヘキサ)』ちゃんをよー。ところがぎっちょん、どうにも先に『666(トライヘキサ)』を見つけて封印をしちゃった奴がいたんだなぁ、これが。誰だと思うよ、フェニックス君よぉ。誰でしょーか。正解は――聖書の神さまでしたぁーわーびっくりー! どんどんぱふぱふー!」

「貴様の雑音は長いな……聞くに耐えん。さっさと本題に入れ。能書きなど、このライザーの前には無意味よ」

 

 リゼヴィムの独壇場に、ライザーはいい加減辟易としていた。

 

「あやや、観客が飽きてきちまったか。よーし、んじゃあ、俺様の目標は一つ! あっちの世界で唯一無二の大魔王になるってことさ」

「ああ、そいつは無理だ。無理無理」

「あー? おいおい、人の夢を無理とか言わんでくれるー? 俺傷付いちゃうわー。何事もやってみなきゃ分かんねえって」

「大魔王は俺がなるからな」

 

 それは、ライザーの計画だ。そして、夢である。

 リゼヴィムは大魔王にはなれない。それがライザーの目的であるが故に。

 ライザーは、そう確信している。

 

「あらぁ? まさかの対抗馬かよ! うひゃひゃひゃひゃ! いいね! そういうのもありっちゃーありか!」

「お前は大魔王にはなれない。俺がいるからな。異世界を刈り取る? 不可能! 俺がお前を処理するからだ――『神秘』(アルカナ)ァ!」

 

 黒金の人型が現れる。

 

「おおっとお? おいおい、ケンカはよそーぜ、痛い目にあいたかねーのよ。今日の収穫はフェニックス君とこの聖杯ちゃんだけで充分……ドキがムネムネするぜ! なーんせ聖杯のお陰であんなことやこんなことがヤリ放題だもんなー」

 

 その時、ギャスパーが動いた。限界だった。ヴァレリーのためギャスパーは初めて、時を止めようと思い、実行したのだ。

 

停止世界の邪眼(フォービドゥン・バロール・ビュー)!」

 

 世界が止まる。だが。

 

「んなもん効かねーよ」

 

 リゼヴィムは、ギャスパーの渾身の時止めを平然と無効化していた。

 停止世界の邪眼(フォービドゥン・バロール・ビュー)はある程度の力を持ったものならば、レジストすることが出来る。だが、リゼヴィムのそれは、根本的に異なる。

 神器無効化(セイクリッド・ギア・キャンセラー)。ライザーは与り知らぬことだが、リゼヴィムは『神器(セイクリッド・ギア)』に対し、絶対の防御を誇るのだ。

 

「んちゃ! じゃあ、またどっかで会おうぜぇ。異世界の魂ちゃん! うひゃひゃひゃひゃ!」

 

 最初から最後まで、耳障りな笑い声を上げながら、リゼヴィムは、魔法陣の中へと消えていった。

 

「そんな……聖杯が……」

 

 聖杯が無ければ、ヴァレリーが目を覚ますことはない。絶望感が、ギャスパーを襲う。だが、ライザーは動じていなかった。

 

詰み(チェック)にはまだ早い」

 

 その手にあるものを見て、ギャスパーは驚愕する。

 

「そ、それは! 聖杯! な、なんでライザー様が……!」

「やれやれ。俺が何の能力を持っているのか忘れたのかね? ギャスパー」

「と、時止め……」

「そうだ。奴が転移する刹那に時を止めた」

 

 リゼヴィムの失態は、ライザーのことを、異世界の魂を持つものとしか見ていなかったことである。

 その隙を突いて、ライザーはまんまと聖杯を奪取したのだ。

 

「さっさとこの場を後にするぞ。我が邸に帰るのだ――アーカード!」

「呼んだかね? 我が主よ」

 

 影を使った転移。アーカードが、現れる。

 返り血をたっぷりと浴びての登場であった。

 

「状況はどうだ?」

「吸血鬼どもはたらふく食らってやった」

「よし――我が剣に宿れ! ミラボレアス!」

 

 黒い光が一直線にブラックミラブレイドに向かい、黒き龍が、『人工神器(セイクリッド・ギア)』に宿る。

 それを確認したライザーは、慣れた手つきで魔法陣を展開した。

 

「リゼヴィム・リヴァン・ルシファー……貴様はこのライザー・フェニックスが直々にぶちのめす」

 

 その言葉を置いて、ライザーは転移をした。ライザー邸へと。

 

 

       ――○●○――

 

 

 ライザー邸、一室。そこに寝かされていた少女の目が開く。

 そして、彼女は目に飛び込んできた一人の姿を見、ぱちくりと目を瞬かせた。

 

「あら……ギャスパー……これは夢? それとも幻? それでもいいわ……ギャスパーに会えるなんて」

「夢じゃない! 幻じゃない! 現実だよ、ヴァレリー……! 良かった……本当に良かった……!」

 

 感動の抱擁を交わしている二人を置き、部屋の外に立つライザーは言う。

 

「ふむ……ヴァレリー・ツェペシュの意識が戻ったか……」

「ええ、戻りましたね」

「流石だ、セバスチャン、アシュタロス」

「ライザー・フェニックスの執事たるもの、この程度のことが出来なくてどうします?」

「感謝の極みですわ。閣下」

 

 くつりと笑うセバスチャン。深く礼をするアシュタロス。

 さて、とセバスチャンが仕切り直す。

 

「リゼヴィム・リヴァン・ルシファーとは。吸血鬼を襲いに行ったと思ったら、とんでもないものに出逢いましたね、坊ちゃん」

「なに、聖杯という素敵アイテムをぶん取れたのだ……奴らの作業は大幅に遅延するだろう……」

 

 リゼヴィムの言いぶりから言って、彼の大魔王計画に、聖杯は重要なファクターだったのであろう。ライザーはそれを奪還した。

 

「納得いかない――そんな顔をなさっていますよ、閣下」

「一発殴っておくべきだった。そう思ってな。とはいえ、いずれ相対することになるだろう……! その時にとっておくとするか」

 

 共に目指す地点が大魔王ならば、遠くない未来に再度ぶつかるだろう。それはもはや必定のこと。

 で、あれば。その時に思い切りぶち込む。それだけである。

 

「それがよろしいかと」

「しかし坊ちゃん、サーゼクス様にご報告をなさるので?」

「するしかあるまい。ルシファーの息子の問題はデカすぎる。上層部に嵐が吹き荒れるぞ」

「そしてそれは、坊ちゃんの糧となる」

「当然だ。ライバルも現れた。ならば、こちらも手を抜くわけにもいくまい」

「ああ、閣下が楽しそうに……」

「リゼヴィム・リヴァン・ルシファー……さて、俺の敵と成り得るか……お手並み拝見と行こうか」

 

 

 

 




Q ヴァレリー死んでなかったよね?
A ライザーの勘違い。ヴァレリーは仮死状態だった

Q リゼヴィム テンションたけーな
A 脳内で千葉繁ボイスで喋りだしたんだ……俺は悪くねえ!

Q リゼヴィムちょろくね?
A 慢心 軽薄 迂闊の三拍子そろったリゼヴィムなんてこんなもん

Q ライザーの前世はどこから広まったの?
A 人の口に戸は立てられぬ。ライザー自身も特に隠していたわけではないのと、旧魔王派との接触辺りのがリゼヴィムの耳に届いたんでしょう、多分。

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