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「カーミラ派の襲撃か!?」
「なにが起こっている!」
「な、何者だ! こんなことをして、ただで済むと思うな!」
「何者、か……まあ、なんだ。生憎、そこの辺りを答えるわけにはいかないんだ……何分、こちらもそれなりに面倒な立場なものでね……」
ツェペシュ派の城に飛行機に突っ込んだライザー達を出迎えたのは、当然というべきか。複数の吸血鬼たちであった。
いわゆる近衛兵と言ったところだろう。並みの吸血鬼よりは、少しばかり出来るようだと、ライザーは見当を付ける。
そして、同時に取るに足らないと結論付けた。
「すまないね……ちょっとばかり、フリーダムかつダイナミックな入城とさせてもらった。ああ。アポイントメントは、必要だったかね? 『
「ふざけるなあ!」
「ひぃい!」
一斉に襲いかかってくる吸血鬼たち。それを見て、ライザーは右腕に波紋を迸らせる。ターゲットは全員。沈めるは一瞬。
太陽光線と同じ波長の波紋は、吸血鬼という種族にとって、天敵となる。
「塵は塵に……灰は灰に……! 塵に過ぎない貴様らは塵に還るがいい……!
「ぐあああああ!」
「ほう、確かに――確かに、だ。効き目が薄い……やはりそのようだな」
ライザーの放った波紋は、普通の吸血鬼ならば灰と化するに十分な威力が込められていた。だが、目の前にいる吸血鬼たちはどうであろうか。
焼け焦げ、身体の半分ほどが灰になりながらも、確かに、生きている。
『
その有様に、ライザーとアーカードは不快な顔をするのを隠そうともしなかった。
「やれやれ……実にしぶとい奴らだ……
「死ににくい吸血鬼という奴だ……全くもって馬鹿らしい。馬鹿馬鹿しいとはこのことだと、そうとは思わないかね?」
「その通りだ。アーカード。全くもってくだらん。ちょいとばかり死を遠ざけただけで、自己意識を肥大させる……愚かしいとはこのことだな」
「ぐおお……」
波紋を足に流し、足元にいた吸血鬼を踏んで灰に帰す。『死ににくい』だけであって、不死である。というわけではない。
雑魚たちに、あまり時間を割くわけにもいかない。ライザーの決断は早かった。
「アーカード! オーダーだ!
「認識した。我が主」
臣下の礼を取った後、アーカードは立つ。
ずるりと、影が蠢いた。
「さて、そういうことだ……」
拘束制御術式が解放されてゆく。
アーカードの影に無数の瞳が現れた。アーカードの形が崩れ、影が本体となる。
「では教育してやろう!
「教育してやれ。存分にな」
「ククク……貴様らは狗の餌だ」
「う、うう、ああ、化物……化物ォ!」
影が縦横無尽に動き回り、瞬く間に吸血鬼を喰らってゆく。死ににくい吸血鬼を一方的に虐殺してゆくその様は、ギャスパーの心に恐怖心を与えるに充分であった。
「ひ、ひぃいいぃい!」
吸血鬼が吸血鬼をいとも容易く蹂躙してゆくその光景の異常さ。そう、まさしく、吸血鬼としての格が違うのだ。少なくとも、この場にいる吸血鬼たちはものの数にも入らないのだろう。
「いくぞ段ボールメイド」
「そんな特異なジャンルになった覚えは……ありましたぁ……」
諦めの感情と共に、そっと涙を流しながら、ギャスパーはライザーに連れられて、城の更なる奥へと向かってゆく。
「貴様ら! 侵入し――」
「やかましい」
一閃。異空間から取り出したブラックミラブレイドが、黒い軌跡を描く。そのひと振りは、吸血鬼たち五人の首と胴体を切り離した。
斬った後から黒焔が吹き出し、不死の存在を燃やす。
死ににくいはずの吸血鬼を容赦なく燃やし尽くす、黒き呪いの焔。
いとも容易く行われた虐殺の光景に、ギャスパーは胃から酸が上ってくるのを感じた。
「ラ、ライザー様……どうしてこんな、酷いことを……」
「我々のやり方に口を出すな……そういう契約だっただろう?」
「で、でも……」
「お前の目の前にいるのは一応悪魔なのだがな……」
またライザーがブラックミラブレイドを振るうと、血が飛び散った。新兵器の試し斬りという目的が微塵もない――とは言わない。
ライザーはそれが単純作業であるかのように、吸血鬼狩りを繰り返す。
「最早、あれらは吸血鬼ではない。『吸血鬼』のガワを被った、別の何かよ……お節介だが、駆逐してしまうのが、世のため人のため俺のためだ」
聖杯を使った彼らは、既に吸血鬼ではないと、ライザーは断ずる。
彼らは種を超越したと、そう驕っているが、そんなことはない。彼らは弱点塗れの己から逃避しただけに過ぎないのだ。逃避して、聖杯にすがりついているだけ。
それが、本質だ。なんと無様なことだろうか。
「
「む、無茶苦茶ですよお! 僕は……! ぼ、僕は、ヴァレリーさえ取り戻せれば、それで――」
「甘いな。濃縮に濃縮を重ねたシロップのように甘いぞ、ギャスパー」
また現れた吸血鬼たちを一刀のもとに切り伏せながら、ライザーは言う。
「奴らにとって! ヴァレリー・ツェペシュとは! 禁断の果実よッ……! その禁忌の甘さに浸ってしまったら最後だ。奴らはそれこそ、死んでもターゲットを離さん。喩え、なにがあろうとも、な」
「そんな……そんなことって……」
それは、あまりにも、残酷だ。
「故に殺す。だから殺す。殺し尽くす。それだけだ。死、無き
くるりと、大剣が弧を描く。
何人もの血を吸ったブラックミラブレイドが、鼓動を打つようだった。
「……なぜ……、なぜそんなに拘るんですか? ライザー様……」
「元より俺は吸血鬼殺しの側でな……吸血鬼自体そう好まん。そうとも、好まないのだ、ギャスパー」
バチリ、とライザーの右腕が光を灯す。波紋法。ライザーが前世より使い続けている、吸血鬼を斃すための技術だ。
その手でもって、吸血鬼を屠ったことがある。
その意思でもって、吸血鬼を斃してきたのだ。
「喩え、どんな種族でも、その種族であるという誇りだけは捨ててはいけないものだ……こいつらは禁忌を犯した。天罰とは言わん。俺はそこまで傲慢ではない。だが、殺されてもいいくらいのことはしているのだ。もう一方のカーミラ派による自浄作用は期待も出来ないしな……」
弱点を克服した吸血鬼に、克服出来ていない吸血鬼が勝てるかどうか。
可能性はゼロではないと言ったところか。だが、そうしている間に、彼らはもっと道を外してゆくことだろう。
吸血鬼という道を外した化物へと転がり落ちてゆくことだろう。成り果ててしまう。
より強力になってゆく吸血鬼に対し、ライザーは微塵も恐怖を抱かない。彼らの元にある感情が『逃避』である以上、負けるはずもない。
一切の憐れみも持たず、ただただ、ライザーは吸血鬼を手にかけてゆく。
「表でアーカードが暴れているお陰で、楽だな……ふむ、サクサクと進むのはあまり趣味ではないのだが……まあ、救出任務という奴だ。早い方がいいだろう」
「ヴァレリー……大丈夫かな……」
「む」
「……? ライザー様?」
ライザーが立ち止まった。
それに倣い、ギャスパーも足を止める。
「懐かしい気配がする。と、そう思ったので来てみたが」
黒いコートに身を包んだ男であった。金と黒のオッドアイ。そして、それに対応したような、黒と金の入り混じった髪。
「中々どうして、面白い状態ではないか」
ライザーは一目で『それ』が、まともではないと感じ取った。ブラックミラブレイドが震える。
だが、それは、怯えではない。武者震いとでも言うのか。黒き戦意が、ブラックミラブレイドから伝わって来る。
「ほう、これはこれは。三つ四つばかり格の違うのが出てきたな……名を、聞いても?」
「
「……! 邪龍か!」
邪龍。龍種の中でも特に忌み嫌われる存在。彼の二天龍には及ばないが、並の龍とは較べ物にならない力を誇っているのもその特徴か。
そして、クロウ・クルワッハと言えば、その邪龍というカテゴリーの中で最強と、そう呼ばれる龍であった。
「ひぃいい! なんでそんなドラゴンがツェペシュ派のお城にいるんですかあ!」
「護衛という奴だ。正直期待はしていなかったのだが……予想外のものが釣れたな。その大剣から感じる波動。ミラボレアスのものか」
すっとクロウ・クルワッハのオッドアイが細められる。
同じく邪龍とも称されるミラボレアスと繋がりがあったらしい。その関係は、聞くまでもないだろう。
「時代というものだな……まさか、彼の黒龍が狩られていようとは」
「狩られたわけではない。試してみるか?」
ライザーは黒焔を纏うブラックミラブレイドを、クロウ・クルワッハに突きつける。
「なに?」
「こいつもこいつで、お前を見て興奮しているようだ……『
「ほう。その神器、ただの神器ではないな」
慧眼だな。ライザーは言う。
「だが、貴様は一つ! 勘違いをしている……! この神器は俺とミラボレアスの契約の証よ……!」
「契約だと……?」
クロウ・クルワッハの目が丸くなる。契約。それは、『黒龍』ミラボレアスにあまりにも似つかわしくないものであった。
されど、事実はそこにある。
クロウ・クルワッハの瞳が物騒な光を宿す。
ライザーはそれを好戦的な笑みで迎えた。
「どれ……手合わせ願おうか!」
ライザーの一手目。ブラックミラブレイドを振るい、力任せに叩きつける。
クロウ・クルワッハは、龍化した手でそれを受け止めた。
「ドラゴンに力勝負か……面白い!」
「ほう……素晴らしい、膂力だ!」
二手三手。黒焔を吐き出す大剣が振るわれる度に、壁が裂け、床が割れる。
「ククク……楽しいなァ!」
「全く、だ!」
一瞬の交差の後、お互い距離を取る。だが、それも刹那のこと。両者再び斬り結ぶ。方や大剣、方や龍の腕。拮抗する二人。
そして。
「出ろ!
黒金の人型がライザーの目の前に出現する。狙いは既に合わせた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
力と速度を兼ね備える六本腕の怒涛のラッシュ。クロウ・クルワッハがガードの体勢を取るが、構うことなく、ラッシュは続く。
「まだまだまだまだァ!」
「来い!」
パンパンパン、と乾いた音が響く。
都合百を優に越え、千に迫る圧倒的ラッシュの嵐。
締めは、爆発であった。
だが、クロウ・クルワッハは耐えた様子を見せない。
「これでもまだ耐えるか。頑丈だな」
「これでも邪龍と呼ばれているのでな。そうそう簡単にはやられん」
「なるほど……
邪龍は往々にして、しぶとい存在だ。クロウ・クルワッハも、ご他聞に漏れずといったところだろう。普通ならば原型をとどめていないほどのパワーを込めたラッシュ。だが、クロウ・クルワッハは、腕を少々焦がしただけで済んでいた。
「いいぞいいぞ、楽しいじゃあないか! 久々に滾る相手だ!」
「同感だな……ああ、同感だ。久しいぞ! この感覚は!」
二人は常人では理解できないであろう悦びに笑い合う。
「だが、残念なことに、だ。実に残念なことに……俺は何分急いでいる身でね……じっくりと戦う時間はないんだ……」
「そう冷たいことを言うな。貴様が倒れるまで、俺は戦うぞ、名も知らぬ戦士よ」
「それじゃあますますいかんな。それはこの戦いが永遠に続くということだ……」
ライザーは足を踏み込んだ。焔の翼で更にブーストを掛け、クロウ・クルワッハに向かって、飛び込む。
ブラックミラブレイドの剣先が弧を描き、クロウ・クルワッハの腕とぶつかり合い――
「行け! ミラボレアス!」
「キィィイイイイイ!」
大剣からノータイムで襲いかかるモノがいる。それは、ミラボレアスの首であった。
「なに!」
翼が、身体が、尾が。『人工
クロウ・クルワッハを巻き込み、巨体が城を崩壊させた。
『
「ゆくぞ、ギャスパー。ここはミラボレアスに任せておけば、それでいいだろう」
「は、はいぃ……」
化物対化物の交戦に腰を抜かしたギャスパーを俵担ぎでライザーは運ぶ。ミラボレアスほどの格にもなれば、クロウ・クルワッハであろうとも、無視出来まい。城への被害が甚大になっていくことなど目もくれず、入り組んだ城の構造に舌打ちをしながら、ライザーはヴァレリーを探す。
「ヴァレリーがどこに居るかまではわからん……城内にいるのは確実なのだろうが、少々骨だ……」
「確実、なんですか?」
「奴の重要性を鑑みれば、な。VIP扱いでもおかしくはない。今も聖杯を使わされているかもしれん……」
手当たり次第吸血鬼を切り裂きながら進むライザーの顔は、深刻なものであった。
その表情に、ギャスパーはごくりと唾を飲み込む。
「せ、聖杯を使うと、何か問題があるんですかぁ?」
「お前には話しておくべきか……『
「せ、聖杯を使うと、ヴァレリーにも、何か影響があるってことですか?」
「そうだ。ギャスパー。『
セバスチャンが纏めた資料を、ライザーは全て憶えていた。その項目の中には、『
「た、魂の汚染……?」
「詳しくは分からん。だが、碌でもないことに変わりはあるまい」
魂を汚染するだけで、命を弄ることが出来る……このリスクが高いのか、それとも安いものなのか……それは分からない。
だが、聖杯に縋った輩は、ヴァレリーの魂の価値など微塵も気にしていないだろうことは簡単に予想出来る。
そういう連中の集まりなのは、想像に難くない。
「で、でも、ライザー様にはフェニックスの涙が……」
「フェニックスの涙は肉体に作用するものだ。魂……心にはその効力を及ばさん」
フェニックスの涙は、万能薬ではない。その事実が、ギャスパーに突き付けられる。
「そ、それじゃあ……」
「お前がなんとかするしかないな。ギャスパー。俺の契約はあくまでヴァレリーを助け出すこと。それ以降は契約外だ」
「そんな……で、でもライザー様ならなんとか……!」
ゆるりとライザーは
「俺はその手段を持っていない……当たり前だ。俺とヴァレリーには何の繋がりもないからな……所詮どこまで行っても、他人よ……」
ライザーはヴァレリーの顔も知らない。ギャスパーが言わなければ、助けになど来ない。契約のターゲットである。それだけの関係だ。それだけでしかないのだ。
「故にお前だ。ギャスパー」
「え……?」
ライザーはギャスパーを見下ろす。
そして、その目と目を合わせた。
「ギャスパー・ヴラディ。お前が救うのだ。『覚悟』を! 『覚悟』を持たなければならない! ヴァレリー・ツェペシュを救い出すという『覚悟』だ!」
「そんなの無理です……! 僕には、無理ですよぉ……! なぜ……なぜ、そんなことを言うんですか、ライザー様ぁ……」
ライザーのような不老不死ではない、アーカードのような戦闘能力もない。
ないない尽くしの少年。あるのは忌まわしい眼のみ。それがギャスパーだ。
「助けたいと思ったのはお前だ。俺は契約で動いているに過ぎないッ! そうである以上、俺が出来るのは助け出すまでッ! 『救い』はお前の手でもって、もたらされなければならないッ! ヴァレリー・ツェペシュの救いと成りうる可能性を持つのは、貴様だけだッ!」
「そんな……ぼ、僕にそんな力はないです! ライザー様……!」
「否、ヴァレリー・ツェペシュの魂が呼んだのは貴様だ。魂の叫び声を聞いたのは貴様だ。貴様と奴の間には確かな繋がりがある。貴様にしか出来ないことだ。ギャスパー・ヴラディ」
「僕にしか……」
無茶だ。無謀だ。そんな言葉がギャスパーの中を渦巻く、だが、それ以上にライザーの言葉が染み渡る。
奇妙なことに、出来るかもしれない。そんな気持ちがふつふつとギャスパーに湧いてきた。
「そうだ。貴様にしか出来ない。『覚悟』を持つのだ。喩えなにが起ころうとも、ヴァレリー・ツェペシュを救うという『覚悟』を」
「『覚悟』……」
「『覚悟』をするのだ! ギャスパー・ヴラディ! 『覚悟』とは! 暗闇の荒野に! 進むべき道を切り開くことだッ! 不可能を可能にする原動力だ! ヴァレリー・ツェペシュを救いたいと思うのなら! 『覚悟』をしろ! 喩えどんな苦境に立とうともッ、喩え誰を犠牲にしようともッ! 貴様が目指すものはなんだ!」
「ヴァレリーを救います! 恩人を……救います!」
「ならば!」
襲い来る敵をフェニックスの焔で焼き尽くす。
「征け! 征くのだ! ギャスパー・ヴラディ!」
「はい!」
「その意気やよし……!」
ライザーの大剣が、壁を斬り裂いた。
「征くぞ。ギャスパー」
「はい! ライザー様!」
助け出すのは、ライザーの仕事。その後から、ギャスパーの力が必要になる。そのことを、ライザーは知っていた。
「やれやれ。蠅のように湧いてくるな……」
次々と出てくる吸血鬼たちを駆逐しながら、ライザーは城を驀進する。
「こう、幼馴染の力でなんとなく居場所が分かったりとかしないのか?」
「そんな便利な力はありませんよぉ……」
「そうか。残念だな」
その時であった。城の空気が変わった。
「なんだ……?」
ふと、空を見ると、巨大な魔法陣が浮かび上がっている。
「……ッ!」
「こ、これは……?」
「分からん」
複雑な紋様に目を細めるライザー。魔法陣からそれがなんであるかまでは分からない。セバスチャンやアシュタロスならば分かったかもしれないが。
「分からんが……よからぬものであることに違いはあるまい。急ぐぞ、ギャスパー。目的地は定まった」
Q ダイナミック入城……
A ノックしてもしもお~~~しと悩んだ
Q ライザー、ヘルシングの台詞喋ってね?
A ついに他作品にまで手を伸ばし始めたライザー。ネタまみれの男である
Q 段ボールメイドとは
A 非常にレアリティの高い属性をギャスパーは手に入れたようです
Q クロウ・クルワッハおるのね
A おるのよ