文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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出なかった黒ジャンヌと消えた五人くらいのユッキーの謎
もう暫く課金は控えよう……


四十五話 青春、度が過ぎて

ポロックと呼ばれるお菓子のようなもの(木の実を複数組み合わせて作らえており、見た目よりも素朴な味がする)を齧りながら、サバミソは優れた五感で周囲の状況を確認する。

獣道よりはまだマトモといった程度に整えられた人通りの少ない道の脇、星明かりだけが照らす薄暗い道の中、二匹と一人、もしくは二人と一匹が座り込み、思い思いに食事を口に運んでいる。

野営と言えば多少なり火を起こしたりするものなのだが、今の主は夜の活動においても火をあまり必要としないらしい。

瞼を閉じ、恙無く食事を済ませる姿は自然体そのもので、視覚に頼らずに生活する事に慣れきっているのが良くわかる。

 

改めて、今の仮の主の姿を見る。

長く、癖のない黒髪を背まで伸ばし、腰に大太刀を佩き、白いぴっちりとした軍服の様な服に身を包み、しかし豊満な胸の膨らみが兇悪なまでに軍服の生地を張り詰めさせている。

鼻筋の通った和の美を感じられる、しかし、よくよく見れば造形の端々に幼さが感じられる、将来美女になる事が約束されているかの様な美少女。

美少女……に見えるが、男だ。

しかも女顔の男が多少の化粧を施して女装しているというわけでなく、顔面まで完全に別人の皮をかぶっているかの様な『変装』は、主の元の姿を完全に覆い隠している。

 

趣味……という訳でもないだろう。

この宛のない調査を始めた頃はもう少し大人しめの、顔と体の輪郭を隠す程度の軽い変装だけで済ませていた。

しいて言うなら……、この辺りの野盗の類いの趣味だろうか。

襲われているところに遭遇した、或いは襲われた後にアジトと思しき場所に監禁されていた被害者達の特徴を調べていった結果導き出された『最も襲われやすい』人相と格好である、らしい。

 

普通に考えれば、追い剥ぎ野盗の類が出る様な人通りの少ない道を歩く時に、態々目立つ、それも相手が襲いかかりたく成るような格好をして行動する、というのには、何かしらの理由がある。

例えば出没する野盗が何かしら、此方の必要とするような情報や物品を所持している場合。

例えば、この辺りに出没する野盗を懲らしめる、というか、討伐するような依頼をどこからか受けている場合。

だが、この男には勿論そんな理由は無い。

少なくとも本人から聞いた話ではそれは間違いない。

というか、襲い掛かってきた野盗に対する行動を考えれば、何をするためか、というのは聞かなくても理解できる。

彼は殺人狂だ。はっきりと言ってしまえば。

 

……でも。

それだけではないだろうにゃ。

少なくとも、サバミソにはそう思えた。

ほんの僅かな、一月にも満たない、彼の生活を垣間見ただけではあるが……。

 

―――――――――――――――――――

 

空中に固定された状態から部屋の中に連れ戻され、サバミソの頭の中が疑問と危機感で一杯だった。

何かがおかしい。

サバミソ、鯖味噌とは誰だろう。

少なくとも名前ではない筈だ。

日本への滞在期間も長く、鯖味噌というのがこの国の伝統的な料理の一種である事は知っているし、それが誰か、或いは何かの名前に使われる事は無いという一般常識も知っている。

だが、そう、それは知っているのだが、知っているのだが……。

 

「あれ、私の、名前……」

 

サバミソだ。

たぶん、漢字ではなく、カタカナでサバミソ。

間違いない、間違いない筈、間違いない?

もっと、この猫魈のサバミソは、白音の姉であるサバミソは……。

何か、何か大事な事を忘れ去っているのではないか、そんな不安が頭の片隅から離れない。

いや、ギリギリで離れていない。

離してはいけない、そんな思いがある、気がする。

 

「うーん……なるほど、魔術だの仙術だの呪術に似たものが無いという事は無いでしょうしね。聞けば、貴女は仙術や妖術、その他の術にも長けているという。対抗術の十や二十は仕込んでいてもおかしくはない」

 

「何、何を、言ってるにゃ」

 

対抗術、何に?

違和感、そう、違和感だ。

この違和感の元がそれで、頭の中にある痒さにも似た感触の原因がそれだ。

だから、そう、その『対抗術さえ消してしまえば』……。

 

「ああ、無理に消さなくていい……いや、いいか。『その対抗術は維持し続けて下さい』」

 

「にゃあ。……!」

 

命令に一つ頷き実行し、思考が一気にクリアになり、総毛立つ。

その言葉はお願いという形を取っているようで、明らかに命令だった。

そして、自分はそれが命令であるという事に気付きながら、何の疑問も持たずに従ってしまった。

それに違和感が無い。

今この瞬間ですら、『それが何かおかしな事なのか』と思ってしまう。

 

「ふぅ……ん、なるほど。抵抗できる方はこうなるんですね。やはり妖怪の類は一味違う」

 

瞼をしっかりと閉じたまましげしげと眺めるような仕草を見せる男。

サバミソはこの男の事を知っている。

禍の団の方ではしっかりと調査が行われていた為に、彼の個人情報はある程度までは手に入っていたのだ。

サバミソはその資料に珍しくしっかりと眼を通していた。

妹に色々と世話を焼いている、という話を聞いてもいたし、純粋にこの男……この少年のこれまでの行動を考えれば、危険視してしかるべき相手であると考える事ができたし、猫魈としての本能が彼に注意を向けなければならないと教えていた。

……他の大半の禍の団のメンバーと違って。

 

「にゃは、貴方も、なんだかとんでもないヤツ……にゃん?」

 

そう、とんでもない相手の筈だ。

神器や錬金術によるコピーではないオリジナルの聖剣を大量に操り堕天使の幹部を殺害。

無数に湧き出る中級悪魔に匹敵する戦闘力を持つ禍の団の魔術師達を半壊させ、転移の魔法陣を乗っ取りアジトの一つを潰されもした。

挙句の果てに、妹である白音に未知の魔術を教えこんだのもこの少年であるという。

弱い筈がない。

脅威でない筈がない。

だというのに。

 

「……本当に、凄いやつなのかにゃ?」

 

「さぁ、凄いの基準がどこかもわかりませんので、なんとも」

 

小さくもそれと判る露骨な愛想笑いを浮かべて逸らかす。

その姿は余りにも自然で、何かの脅威に備えているようにも、何かの力を持っているようにも見えない。

いや、そう見えない訳ではない。

服の上からでもわかる、人間の肉体を効率的に動かすのに適した機能的な筋肉の付き方、ふとした動きから見える体幹の安定。

それに、先日の白音との喧嘩に割り込んできた時もそうだ。明らかに常人が可能な動きでは無かった筈。

だが、最終的に、彼は、どうみても、どこにでも居る一般人の少年であるとしか感じられない。

脅威である、と、『感じさせてもらえない』という脅威。

今のこの思考すら、理性的に分析して辛うじて結論を飲み込めては居るが、どこまで持つかと言われると疑問だ。

 

こいつの能力は危険だ。

古から生きている堕天使を殺すだけの力がある。

こいつの行動は危険だ。

殺しても良いだろうと判断したが最後一切の躊躇いなく殺す。

 

間違いない、間違いないが……。

『こいつは何処にでも居る一般人だ、なにかやろうとしても、自分ならどうにでもできるだろう』

そう思う。本心から。

絶対におかしい筈なのに。

こいつの使役する使い魔にすら勝てそうにないというのに。

結論に至るまでの計算と、胸に収まり納得を与える結論がまるで異なる。

 

「にゃあ……」

 

へにゃり、と、尻尾と耳が倒れ、闘志が萎える。

これが、過度の興奮状態にある戦闘狂や殺人狂であるなら、相手が一般人だと感じたとして、殺意や敵意を萎えさせる事はないだろう。

或いは、そこらに居る極普通の一般人ほど油断ならない、という経験則でもあれば話は別かもしれない。

だがサバミソは本能に忠実だとしても暴力的な嗜好を持っている訳ではない。

しかも、相手は対話の姿勢を取っている。

絶対にそんな筈はないのに、こうなるともう、『何かの間違いで自分を捕まえてしまったただの一般人が、取り敢えず話し合いをしようとしている』ようにしか思えない。

そうなると、『ただの一般人相手に何を警戒しているんだろう、自分は』という、一種の自己嫌悪すら湧き出てくる。

 

ぺたり、と、地面に脚が付く。

空中で逃げる態勢を保ったまま固定されていた身体が、部屋の床に降ろされたのだ。

既にサバミソを物理的に拘束するものは何もない。

だが、それが何だというのだろうか。

それは逃がしてもらえるとかいう話ではなく、自分を捕まえていたであろう赤い金属質の化物はその場で佇んでいる。

そして、既にサバミソの頭の中に『逃げなければ』という切迫した感情は残されていない。

逃げる事は出来ないし、逃げようと思う事すらできない。

そうすると、張り詰めていた緊張感が抜け、身体に蓄積されたダメージが重い疲労感を与えてくる。

仕方のない事だろう。

何せ、こうして攫われて来る直前には、都市破壊級の魔法を至近距離で受けてしまったのだ。

妖怪としての最低限の肉体強度こそ持っているものの、悪魔としての性質は純粋な魔術型であるサバミソにとって、このダメージはそうそう無視して元気でいられるものではない。

 

「怪我をしているんでしたね」

 

「白音がここまで出来るとは思ってなかったから、お姉ちゃんとしては嬉しい限りにゃ」

 

警戒しようとするのは無駄だと割り切り、普段通りに話す。

怪我はそれなりに重い。

致命傷という程ではないが、この状態で明確に敵対している相手に出会ったならそれこそ逃げの一手以外は打てないほどの負傷だ。

直前でどうにか防御が間に合ったけれど、それを超えてコレほどのダメージを負うとは思わなかった。

だからこそ、嬉しくも思う。

悪魔の下で育った白音は、自分とは違う道を歩めど、立派に成長してみせたのだ。身体以外。

 

「……そういえば、まだお礼を言ってなかったにゃあ」

 

「お礼?」

 

「白音を治してくれて、ありがとう」

 

思えば唐突な横槍だった。

だが、目の前の極普通の一般人に見える怪しげな男が、それこそあの場で命を繋げる事ができたか怪しいレベルのダメージを負った白音を治した事だけは事実だろう。

どうやって、という疑問は残るが大した問題ではない。

自分を攫った動機も、どういう人格の人間なのかもわからないが、妹の命の恩人である、という一点だけは間違いない事実なのだ。

 

「礼、礼ですか。……それを言うなら、此方も貴女に礼の一つも言っておいた方がいいかもしれませんね」

 

「にゃん?」

 

「貴女が仮に……あー、いや、これはやめておきましょうか。結果として示せなければ意味が無い」

 

言葉を途中で濁らせて打ち切る。

礼を言われる心当たりもないサバミソとしては首を捻るばかりだが、無理に聞き出せる雰囲気でもなければ無理が通せる相手でも無い事は承知している。

それに何より、今の自分は万全とは程遠い。

仙術や妖術の類を駆使したとしても難しい事を、この満身創痍の身体でやろうと思うほど向こう見ずではないのだ。

 

「それで、君はお姉さんを捕まえて何を話したいのかにゃ?」

 

できれば手短に済ませて欲しい、という言葉を飲み込み話を促す。

余裕の態度も崩せない。態度だけの余裕を崩してはいけない。

心の底から湧き上がってくる『この程度の相手なら隙を見れば余裕で逃げきれるだろう』という、理由の無い心の余裕に身を委ねたが最後、自分はこの相手に対し、本格的な警戒心を抱くことが不可能になるのではないか、という不安。

そして、そうして気を張らなければ、例え手短に済ませてくれたとしても、意識を保っていられなくなってしまう。

だが、そんな不安を閉じた瞼の下から見抜いてでもいるかのように、男は首を振った。

 

「本当ならこの場でもう少し話を進めてしまいたかったのですが、どうやら貴女の怪我は思ったよりも大きいようだ。治療を済ませて、しっかり休息を取り、それなりにちゃんと頭が回るようになってから、改めて、お話をさせて頂きます」

 

男が手を翳す。

小さく、サバミソの妖怪としての聴覚をもってしても完全には聞き取れない程の小声で成された詠唱が、一つの魔法を発動させた。

サバミソが最後の意地で保っていた意識が薄れていく。

眠りの魔法。

多芸な男にゃん、と思いつつ、サバミソは魔法に抵抗する事すらできず、意識を手放した。

 

―――――――――――――――――――

 

「……」

 

食後のお茶を飲みながら、サバミソが虚空を見つめてぼうっとしている。

考え事から何かを思い出して回想に入ってしまっているのだろうけれど、此方の前でこういう無防備な姿を晒すのはやはり順調に精神が侵されているからだろうか。

なつき度が上がったせいで警戒心を抱けないのだろうが、元の人格に変化が生じてしまっては目も当てられない。

最終的には野生にリリースするか、無理なら譲り渡して手元から居なくなるのだから、あまり野生から遠ざけるような真似をしてはいけなかったのかもしれない。

かといって、今直ぐボールから解き放てばすぐさま逃げ出して禍の団に戻ろうとするだろう。

少なくとも、あそこに居る数名はこの野良猫気質が同じところにとどまり続けたいと思える何かを持っている。

だからこそ、それ以上の何かを提示出来るようになるまでは、彼女の拘束を解く訳にはいかないのだ。

 

「さて、一服し終わりましたし、わかりやすい目印があるところまで進んでしまいましょう。そしたら今日はお開きです」

 

「別に構わないけど、なんだかちょっと早くにゃい?」

 

「多少無理しても結果は変わりませんよ。それに、明日はちょっと早めに学校に行くので」

 

早朝の訓練と言っても何処までやって良いのかが不明瞭なのだ。

最悪、ニンジャ速度で特訓するという手も無いではないのだが、その場合は小猫さんが高い確率で置き去りになるのであまり意味が無い。

ニンジャ速度で片足繋いだ小猫さんを引きずり回しながらの二人三脚は間違いなく顰蹙を買うし、小猫さんに何を言われるかわかったものじゃない。

兵藤先輩の提案を受けるにしても断るにしても一度しっかり下見をした方がいい。

 

「にゃー……。もしかして、白音も来る?」

 

「さぁ? ……でも、そうですね、ちょっと連絡してみますか」

 

朝の登校時間は同じようなものだし、別段朝に弱いという事も無いだろう。

それに、ボール越しとはいえ妹である小猫さんとの接触を多めに取っておけば、精神面での変化も遅くなるかもしれない。

もう少し行った先に小さな街があった筈だし、そこに向かいながら、お誘いのメールでも入れる事にしよう。

 

―――――――――――――――――――

 

書主さんから、体育祭に向けての練習を早朝にやらないか、という提案を受けた。

前々から思っていたけれど、書主さんは割りとこういう学校行事に対して意欲的だ。

人の輪に進んで入っていくタイプではないけれど、人の輪の中に入れるのは嫌いじゃないのかもしれない。

 

「いっちにーいっちにーいっちにーいっちにー」

 

練習そのものは実に順調に進んでいる。

私は元が猫の妖怪だけど、駒が戦車という事もあり鈍足、それでも並の人間、クラスメイトよりは早い。

それに、彼のタイミングというか、呼吸はなんとなく掴めている。

後は何度か練習を重ねれば、少なくとも私の全速力程度には合わせられるようになるでしょう。

ただ……。

 

「ううむ……」

 

少し離れた場所から私達の練習を見ていたゼノヴィア先輩が腕組みをしながら悩ましげに呻く。

 

「どうしましたゼノヴィアさん。やっぱり何処かズレてました?」

 

「いや、そういう訳ではない、そういう訳ではないのだが……。身体と身体を、つまり肌と肌をくっつけて激しく身体を動かしている訳だろう?」

 

「……ゼノヴィア先輩、シャラップ」

 

なんだかもうオチが読めたので静止の言葉をかけるも、ゼノヴィア先輩は止まらない。

ググッと握りしめた拳を掲げながら力強さすら感じる口調で止めて欲しい続きを口にした。

 

「つまりこれは一種のセックスという事になるのではないか?」

 

頭か脳か心の病気かな?

 

「二人共ジャージだから肌と肌ではないんですがそれは」

 

書主さんちょっと突っ込むとこずれてますよ。

そんな言葉にならない突っ込みに誰一人として反応するはずも無く、ゼノヴィア先輩はむしろ書主さんの少しズレた突っ込みにこそ頬を僅かに赤らめ激しい反応を見せた。

 

「ジャージ越し、つまり、着衣でのセックス、略して着ックス……! 噂では男子学生なら十五割が憧れるという伝説の!」

 

「ニンジャ業界も大概ですけど、ここまでのキジルシはそうそう見ませんねぇ」

 

「それニンジャ業界が比較的マトモだったのを喜べばいいんですか、それとも眷属仲間がこんなんな事を悲しめばいいんですか」

 

練習を見てくれているゼノヴィア先輩が、まぁ、度々頭のおかしい発言をするのが悩みの種でしょうか。

もう一組のイッセー先輩とアーシア先輩組の時にはこの手のちょっかいを出していない辺りは納得行かない。

まぁ、それほど離れた場所で練習している訳でもないからゼノヴィア先輩の発言は二人にも届き、アーシア先輩なんかは顔を真赤にしてもじもじしているんですが。

あとイッセー先輩が自分たちに飛び火しないようにアーシア先輩を連れて少し離れた位置にこっそり移動している辺りもムカつきますね。道連れにしてあげたい。

 

「ふふ、安心してくれ、半分はジョークだ」

 

「何処を切って半分にしても安心できないって逆に凄いですよね」

 

「もうこの話題に突っ込みたくないレベルで凄いと思います」

 

「まぁ、なんだ、夏休み明けてからオカ研の方は面倒事が続いているからな。そういう柵のない部分では愉快で居たいじゃないか」

 

そこで真っ先に身体ネタ振ってくるのはホントどうにかならないんですか。

……とはいえ、ゼノヴィア先輩の言いたいことはわかる。

それなりに偉い位置に居る貴族さんがアーシア先輩に粘着ストーカー紛いの事を延々続けている昨今、何の柵もなく馬鹿をやれる場面というのは重要だ。

アーシア先輩に粘着していると言っても普段の授業中に突撃してきたりはせず、アーシア先輩の訪れる場所、部室や家で高額なプレゼントを押し付ける偏執的ながら多少の理性が残ってる風の振る舞いなだけに逆に質が悪い。

一度でも犯罪的な方法でアプローチをしてこようものならどうにか曲解して暴力的な手段で解決できるというのに。

 

「す、すみません……」

 

と、少し離れた位置にいたアーシア先輩がしゅんと縮こまってしまった。

猥談が聞こえるのだから、当然この話も聞こえてしまうという事を失念していた。

 

「別にアルジェント先輩が謝る事じゃ無いでしょう。ほらほら、しょぼくれてないで景気づけに一発勝負しましょう。負けた方が勝った方にジュース奢りという事で」

 

「お、なんだか自信ありげじゃないか。よし、アーシア! 俺達のチームワークを見せてやろうぜ!」

 

落ち込もうとしていたアーシア先輩に呆れたような態度でフォローを入れる書主さんに、それに乗っかる形でアーシア先輩を励まそうとするイッセー先輩。

ここに祐斗先輩でも居れば更に追撃で応援のコメントを入れてジェットストリームな励ましになっただろうことは想像に難くない。

何だかんだ言って書主さんがオカ研男子と仲が悪く無い事の表れでもあり、アーシア先輩の素直さとか可愛らしさが人間関係を潤滑にすることの証明でもある。

この体育館裏は日影になっているから少しわかりにくいけれど空は見事に晴れ渡り、登り始めたばかりの朝日も眩しく、まさに青春。

 

「うんうん! これぞ正しく青春よね!」

 

皆で共に青春を謳歌していると、やけに嬉しそうな声が割り込んできた。

声の方向を見てみれば、そこに居たのは元教会エクソシストのイリナさん。

 

「あれ、イリナ、お前も来てたのか?」

 

「ええ、ゼノヴィアに『早朝の学校というのも乙なものだぞ!』とか誘われてね。……まぁ、顔出そうとしたらゼノヴィアがいきなりあんな事言い出すものだから、あっちの方で他人のふりしてたんだけど、そしたらなんだか一瞬で爽やかな雰囲気に変わったから」

 

残当。

しかし、そんなイリナさんの当たり前の判断に納得出来なかったのか、ゼノヴィア先輩が不満気に頬をふくらませるという、学園に入ってからクラスメイトに教わったというあざとアクションで切り返す。

 

「そんな他人行儀な事をしなくてもいいじゃないか」

 

「なら昔ほどじゃなくても一般人並の羞恥心と常識を持って喋ってよね」

 

「いやこれは、元エクソシストというハンデを乗り越えて悪魔の仲間に馴染む為の私なりの……」

 

「その今の仲間の悪魔にもドン引きされてるじゃない……」

 

この人の突っ込み……出来る人ですね、間違いないです。

と、かつてコンビを組んでいた二人の相性の良さに頷いていると、書主さんが私の耳元に口を寄せてきた。

 

「知り合いですか?」

 

「……前に一度顔合わせてませんでしたっけ?」

 

「いや、少しだけ聞き覚えがある気もするんですが……脅威度が低くて交流の少ない相手ってそれほど覚えておこうと思えなくて」

 

「もうちょっと社交的になりましょうよ」

 

「頑張ってはいるんですよ? 最初の接触が敵対的でない相手に限りますけど」

 

「あー……」

 

顔合わせたのは二回、しかも一度目は喧嘩腰な雰囲気で、二度目は明らかに他のことを考えながらの接触。

しかもそのままフェードアウトした上に、悪魔化した後のゼノヴィア先輩のインパクトも強かったから、仕方がないんでしょうか。

 

「ほら、エクスカリバーがどうこうの時の、ゼノヴィア先輩の相方で」

 

「……………………あー、居ましたね、なんか、いつの間にか消えてた人」

 

「うぐっ」

 

特に悪意も無く放たれた言葉の刃がイリナさんを襲う!

まぁ、確かに印象は薄いですよね……。

たぶん部室でのアーシア先輩を巡るやり取りとかも特に関係ないから覚えてないでしょうし。

しかも割りと事実だから否定も反論もできない。

 

「でもなんでこんなところに? しかもなんだか天使になってるみたいだし」

 

「色々あったそうです」

 

「なるほど」

 

「あ、あれ? それだけで済ませちゃうの? 私もここに至るまでに色々と挫折とか苦悩とか新たな救いとか」

 

「いや、知らない人の苦労話とか聞きたいかっていうと別に」

 

「私含むオカ研メンバーはもう一度聞いていますし」

 

二度三度聞く必要のある話でも無いですしね。

イリナさんはそこら辺の苦労とかを話したかったのか、しばし納得いかないという表情で唸っていたけれど、暫くして溜息と共に諦めの表情を浮かべた。

 

「ミカエル様の言った通りの人ね……。まぁ良いわ。人格態度はどうあれ貴方も迷える子羊で同じ学校の生徒の一人、これからよろしく」

 

「はい、よろしくお願いします。……それじゃあ、友好を深める意味で貴女も勝負に加わりませんか?」

 

「いいけど、ミカエル様のエースたる私に勝負を挑んだこと、後悔しても知らないからね?」

 

「あはは、お手柔らかにお願いします」

 

────このあと滅茶苦茶ジュースをおごって貰った。

 

―――――――――――――――――――

 

朝の特訓を終え、後片付けの時間。

 

「正直、ライン引きまで使う事はありませんでしたよね」

 

「いやいや、練習は本番のように、本番は練習のように、って言うだろ?」

 

「兵藤先輩は稀に良いことを言いますね」

 

「い、イッセーさんは何時も良いこと言いますよ! ……エッチな事以外は」

 

本番で走るコースまで再現する為に試用した諸々の体育用具を片付けるため、グランドの隅にある体育倉庫に訪れていた。

練習の参加者が殆ど全員前線で戦うメンバーだった為に体力的な面での疲れは殆ど無い。

本格的にタイミングを合わせて最高の速度を叩き出せるように練習するのでもなければこの程度で丁度いい。

何しろこれから授業が始まるのだから、変に疲れを残しては色々と問題がある。

 

幸い、肉体的な疲労は殆ど無い。肉体的な疲労は。

……別にゼノヴィア先輩の言葉じゃあ無いけれど、二人三脚は基本的に肩を組んで片足を紐で結んで走る関係上、肉体的に接触する面積が割りと多い。

少なくとも、日常生活する上で、友人とがっしり肩を組んで脚までぴったりくっつけるのと同じかそれ以上の接触をする事はそうそう無い。

しかも身長の差のお陰で肩は組めず、胸元背中側に腕を回してしがみつく形になる訳で。

走っている間は割りと真剣なので気にならないけれど、これはかなり、恥ずかしいというか、羞恥プレイというか。

並程度の身長の書主さんとぴったり並ぶことで小ささが浮き彫りになった挙句、外見ではまるでお父さんに抱き着いている娘のようではないでしょうか。

……いや、これは少し自虐が過ぎるかもですが。

 

それに……、身体をくっつけて初めて判る、相手の肉体的なあれこれも問題がある。

捕まってみて、『あ、見た目よりがっしりしてる』とか、『筋肉の動きが靭やかですね……』とか、『なんだか最近嗅いだような懐かしい匂いがする』とか。

走っている時にそれらはただの思考のノイズだけど、こうしてふと思い返すに、何を考えているんだろうと恥ずかしくなってくる。

いつの間に私は筋肉フェチや靭帯フェチや匂いフェチになったというのか。

部で格闘技の練習をする時とかに祐斗先輩やイッセー先輩に関節技を掛ける時なんかはこんな事、思いもしないのに。

私の無意識の嗜好を反映しての思考なのだとしたら、これはある意味体目当てなのか、体目当てだとしても意味が違う上に違わない時と較べても遜色ないレベルで人に知られたくないというか。

 

二人三脚は男女の仲でやっても気恥ずかしいけれど、そうでなくても心臓に悪い。

変な意味ではなくドキドキする。変な意味では無く。

今から着替えて教室に向かうのは早すぎるので、部室で少し気分をクールダウンさせてから教室に向かうべきでしょうか。

 

そう考えた所で、ガラガラという音と共に倉庫の中が薄暗くなった。

見れば入り口の金属戸を、ゼノヴィア先輩が後ろ手に閉じていた。

何事だろう、と、ゼノヴィア先輩を除く全員が首を傾げる。

 

「なぁ、みんな、こんな時になんだなとは思うが、少し頼まれてはくれないか」

 

「? はい、構いませんけれど……」

 

あ。

しまった、アーシア先輩が何時までたってもこういう場面で無警戒なのを忘れていた。

見れば止める間も無く頷いてしまったアーシア先輩を見ながら、イッセー先輩があわあわと口元に手を当てている。

 

「ありがとう、アーシア。君のその優しさには何時も救われる」

 

「今の良い台詞でしたね。……それじゃあちょっと部室に用事ができたので開けてもらえますか?」

 

「まぁ待ってくれ小猫。君に何か無茶な頼みをするわけじゃないんだ。ただ、できれば見届けて欲しい」

 

………………まぁ、見届けるだけなら。

彼女はそれなりに義理堅いので、何をするにしても私が損害被るわけじゃないでしょう。

 

「じゃあ、改めて、読手書主」

 

「はい」

 

「私に、いやらしい事をしてくれるな?」

 

「嫌ですが?」

 

────ここまでテンプレ────

ちなみにこのやり取りはここ数ヶ月で繰り返し過ぎたせいで、アーシア先輩ですら殆ど顔を赤らめる事すらしなくなってしまった。

何度も何度も言っている通り、書主さんには既に日影さんという相手になる恋人が居るんだから、了承する理由が無い。

それはゼノヴィア先輩も承知している筈だし、最近はこういうひねった理由も無い突撃は少なくなってきていたのに……。

だというのに、ゼノヴィア先輩の眼からは不敵な輝きを感じる。

 

「わかっている、わかっているが……、最近、日向日影の方から少し話を聞いてね」

 

「日影さんから?」

 

「ああ。なんでも、夏休みの間に、自分以外の女に手を出したらしいじゃないか。しかも二人も」

 

……………………。

………………………………………………。

……………………………………………………………………………………へぇ。

 

「なん、だって……!」

 

イッセー先輩が、書主さんの方をものすごい視線で睨みつけている。

今にも血の涙を流し始めそうな表情だ。

普段から巨乳な恋人が居る書主さんに妬みの視線を送る事はあるけれど、それだけで済ませて普通にやり取りができているのは、書主さんがその恋人さんに一途なんだと知っているからだ。

そこで、実は恋人以外にも手を出してる、なんて言われて、黙っている筈がない。

でもイッセー先輩が手を出せないのはただのヘタレからですよね?

黙っている事ができないのはわかりますけど話の筋がずれるからだまりましょうか。

覚えたての仙術でイッセー先輩の脳幹付近をバチィしようと手を伸ばしたところで、ゼノヴィア先輩の視線がイッセー先輩に向き直った。

 

「そしてイッセー、君もいい加減、身の回りの誰かに手を出しても良い頃じゃないか? いや、出すべきだ」

 

「ちょ、ゼノヴィア! 俺とアーシアはそんな関係じゃ」

 

「君とアーシアの関係だけを言っている訳じゃない。今私は普遍的な世の常識を語っている。同じ屋根の下で年頃の男女が、一つ部屋の中一つベッドの中に収まって、何もナニもしないとは何事だ!」

 

「ぐ……」

 

割りとぐうの音も出ないゼノヴィア先輩の言葉に、イッセー先輩が口元、もとい血の溢れだした鼻を抑えながら呻く。

ベッドに潜り込んでくる部長や副部長、アーシア先輩のあられもない姿を思い出しての事でしょうか。

エッチな事ばかり考えて、行動もエッチな癖に、余りに実物に耐性が無い。

ヘタレ、と、言ってしまえば一言で済むところに、ゼノヴィア先輩は慈しむような笑みを浮かべた。

 

「だがな、イッセー、アーシア、それも今日でおしまいだ。これはクラスメイトから聞いたのだが……世の中には、ダブルデートという制度があるらしい。それに習って、二組の男女が同じ場所でまぐわえば、きっと難易度は下がる筈だ」

 

「どの世界のダブルデートでも、同じラブホの同じ部屋に入ったりはしないですけどね」

 

どういうシチュなのかわからない……。

というか明らかに難易度が上がっているんですが、今はそんな事はどうでもいい。

 

「……それ、私が見届ける意味あります?」

 

「ある。私達が致している間、入り口が外から開けられないように見張っていてくれ。勿論乱入も歓迎する」

 

無視して、視線を書主さんに向ける。

 

「視線が冷たい気がするんですが」

 

「気のせいです。……で、どうするんですか?」

 

結局、全ては書主さん次第だ。

イッセー先輩だってアーシア先輩だって、場の雰囲気に流されなければ、まだこんな場所でいやらしいことができる程の関係じゃない。

そして、夏休みの間に恋人以外の女性と関係を持ったという少し下半身が緩めなのかもしれない書主さんなら、この場を脱する手段はいくらも持っているでしょう。

そうでなくても、言葉を尽くして説得すればゼノヴィア先輩だって納得して引いてくれるかもしれない。

 

書主さんは肩をがっくりと落とし、溜息を吐く。

 

「……二人共、それなりに理由があっての関係だよ。その理由も日影さんには説明してるし、納得もしてもらいました。だから、そういう眼でみないでくださいな」

 

「どうせ、『せやな』とか、『ならしゃあないなぁ』とかそんな返事でしょう」

 

「もうちょっと長かったですよ。説教もされました」

 

「ちょっと聞いてみたいですねそれ。……で、どうします?」

 

ちらりと視線をゼノヴィア先輩に戻す。

眼を爛々と輝かせて、既にジャージを少し脱ぎかけ、見せ付けるように肌を露出している。

 

「さぁ!」

 

声に気合が篭っている。

なんでこの人、エロい服の脱ぎ方とかダブルデートとか知ってるのに、そういう事をするための空気作りとか学んでないんでしょう……。

 

「本番無しでもいい。まずは異性の触れ合いに慣れるべきとも聞いたからな。なんなら先っちょだけでもいいぞ。ピルも用意してるんだ。無論アーシアの分もあるぞ」

 

一度引き下がると見せかけて半歩前に出るスタイル。

これが前衛(意味深)のテクニック……。

しかし、大概の一般人なら怯むその姿を前に、書主さんが一歩踏み出した。

 

「書主さん?」

 

「言葉だけで迫られるなら軽口ですけど、今後これをネタに何度も同じことヤラれても面倒だし、ね」

 

男女逆にするとそれをきっかけにどんどん落ちて行くシチュで聞かれそうな言葉ですが。

それが分からないでも無いでしょうが、浮かぶ笑みは不敵だ。

 

「ゼノヴィアさん、貴女を相手取る程度、右手一本で十分過ぎる」

 

「舐めてもらっては困るな。指や手を使ったものなら自分でやり慣れている」

 

書主さんの台詞だけなら普通の強者っぽい台詞なのに……。

 

「三十秒」

 

「ん?」

 

「三十秒、此方の手に耐え切れたら、本番だろうがなんだろうがお手伝いしますよ」

 

「……なるほど、受けて立とう」

 

普段のゼノヴィア先輩なら、『ん? 今なんでもするって言った?』と返すところにこの反応……。

で、私は三十秒間友達と仲間のそういう場面見てないといけないんでしょうか。

 

「直ぐ終わるから、あっちの物陰で眼を閉じて耳を塞いで置いて貰えれば」

 

「……………………いえ、友達がこれ以上不貞を重ねないように、ここで、見張ってます」

 

何か間違いがあったら日影さんが悲しむし。

友達が悪の道に転がり落ちないようにしてあげるのも友情というかですね。

だから……別に、少し、少しだけそういう事に興味があるとか、軽めのものならショック少なそうだから後学の為に、とか、そんな事は全然思っていないので。

勘違いはしてほしくないです。

いや、本当に、ね?

 

 

 

 

 

 





青春とはなんだったのか、それはつまり青い春(意味深)という事ではないだろうか
ゼノヴィアさんが出てくると場を支配しようとしはじめるから困る
あ、仮にゼノヴィアさんヒロインで話作る時はもう少し丁寧に攻めさせるのでご安心下さい、ここのゼノヴィアさんは当て馬仕様ですので
作る予定一切ないですが

★主人公
一般人としか感じられない、という記述により、おおよその場合は一般人として認識される
抜け道として、一般人とか敵対者とか超越者とかそういうカテゴリ分けではなく、一個人として付き合いを深めて行くことで認識を多少改める事が可能
論理的な思考でも一応は抜ける事ができる筈

★サバミソ
次回も回想入る
ぶっちゃけ信頼描写の半分はなつき度制度のお陰

★小猫さん
まだ慌てるような時間じゃない
ヒロインムーブはこの巻の最後からできるかもしれない
できなければそういう方向のSSとして進むか唐突に終わるだけなので問題はない
でもここまできたらヒロインムーブさせてあげたい

★ゼノヴィア
核弾頭
悪魔になったのでこれまでのように主に祈りを捧げてれば良いというわけにはいかない
悪魔とくればやはり享楽
兎にも角にも人生の楽しみだ
オナニーはいいぞ! 体力以外は何も消費しないのにこんなに楽しい!
ならセックスとかきっと最高に違いない
しかも自らの子供も生まれて愛を注ぐことができる
これぞ女の喜び!

改めて書くとウチのゼノヴィアさんは酷いことになってますね……
今の状態で子供作ったら本格的にいびつで不幸な家庭が一つ出来上がるだけである
もう暫くすると学友との交流でマトモになれるかもしれない
予定は所詮未定に過ぎない

★イッセー&アーシア
空気と化した先輩達
つまり場の空気次第で流される可能性が高くなった
発情したキジルシと迎撃体制のニンジャが一体づつ……来るぞイッセー!




次回はキンクリで事後
そして回想、できればこの巻の絵の具候補さんとの邂逅とかも
運が良ければ部室でゲームの上映会とかも、全ては進行次第

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