文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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王様ゲームスレを初代から一気に読んだりガンプラを拳法で粉々にするゲームにのめり込んでたら遅れました
その他全てが疎かになったお陰で、アサシン式の宝具レベルは4
代わりに一振いちごは出ました。嬉しい、かわいい


四十二話 打ち合い、交わる道

「まぁそれも猫魈だにゃん♪」

 

結論らしい結論を出すよりも先に、なにはともあれ殴りたい、という欲求を優先した小猫を、黒歌は笑顔で受け入れた。

勿論、拳の一撃を受け入れる訳ではなく、理屈でなく本能で動く猫らしさを受け入れた、というだけなのだが。

 

「殺すつもりは無いですけど……一回死ねぇ!」

 

「どっちにゃ!?」

 

轟、と、風を劈く轟音と共に小猫が迫る。

激しい音は特殊な術理を用いずに大気の壁を引き裂くが故のパワーロスの現れであるが、それを自覚しつつも小猫は力を抜かない。

高速で黒歌に迫る小猫。

更にそこから減速無しの全力で繰り出される大振りな拳。

拳の端から漏れる白い蒸気は夏の高い湿度から生まれる小規模な飛行機雲か。

いや、違う。

少なくとも小猫と相対する黒歌がそれを見誤る事は無い。

白い蒸気は単純に大気中の水分が凝結したものではない。

それは白い霧の中に輝く細かな氷の結晶が証明していた。

 

「れいとう……パンチ!」

 

掛け声と共に拳が着弾し、込められていた『力』が解放された。

着弾点を端とした十数メートルほどの範囲から熱が奪い去られ、見る間に凍結していく。

拳に込められていた魔法の名は砕氷塵(グレイ・バスター)

本来であればやはり多少の詠唱を必要とするこの術もまた、一言の詠唱も、力ある言葉による呪文名も無く、出鱈目な掛け声と共に発動した。

事前情報により小猫の使用する術の特性をある程度理解していた黒歌だからこそ引っ掛かる、不意打ち気味の広範囲攻撃。

 

「おっとと、危ないにゃあ」

 

凍結し切るよりも早く解けて霧散する黒歌の虚像。

声の出処は術の範囲の外。

声に現れる余裕はそのまま小猫と黒歌の戦力差の現れとも言える。

呪文詠唱を丸々省略する謎の技術を駆使したとして、やはり黒歌との戦闘力の差は歴然。

長引けば長引くほど、体力の回復手段の無い小猫にとって不利な勝負。

更に先の一撃も悪い。

詠唱省略という不意打ちに最適な技術を使っておきながら関係ない掛け声を付けての大振りの一撃、しかも減速も無く突っ込み、肝心の対象は術の効果の範囲外。

狙い撃ってくれ、攻撃を当ててくれと言わんばかりの残心の放棄。

 

「そんな隙だらけの攻撃──」

 

加速だけを考え、避けられた先の姿勢制御すら捨てていた小猫に、黒歌が流れるような動きで近寄り、鋭く手を伸ばす。

仙術により生命エネルギーを操る黒歌は、例え打撃として成立しない様な一撃だとしても、相手に触れた時点で有効打を与える事ができる。

空中で羽根を使っての姿勢制御すらままならない状態の小猫では避ける事は難しい。

 

「当たらないんでしょう、知ってます。だから」

 

小猫に触れる直前、小猫と黒歌の間に生まれた土壁が、黒歌の視界と接触を遮る形となる。

土壁、いや、単純に土だけを寄せ集めて作られた壁代わりの簡易ゴーレムを蹴り、小猫は崩れていたバランスを整え、空中で反転、更にもう一度強く土ゴーレムを蹴り宙へ。

土壁を隔てて反対側に居た黒歌に蹴り砕かれた土が降りかかりそのまま目潰しとする策だ。

勿論、遮られた時点で黒歌はその場から飛び退いているので当たる事はない。

しかし、単純に触れられる事と視界を防ぐことだけを考えて作られた土壁ゴーレムの範囲は広く、視覚的には黒歌も小猫も相手の姿を捉えられない。

 

無論、生命力を感知可能な仙術使いの黒歌にこの目眩ましは子供騙しも良いところだろう。

だが、子供騙し程度にはなる。

生命力を感知して居場所や大体の状態を感知することが可能だからといって、対象の全てを把握できる訳ではない。

 

蓮獄火炎陣(ヴレイヴ・ハウル)!」

 

つまりそれは詠唱の時間を稼ぐ程度の事は可能であるという事だ。

着地と同時、今度こそ正規の詠唱を経て組み上げられた魔法が発動する。

地精へと干渉した魔力により、小猫の眼前の大地が広範囲にわたってグラグラと煮え滾ったマグマの海へと変貌し、大地に根を張っていた森の木々を焼き尽くしていく。

 

「にゃにゃ、無茶苦茶するわね」

 

炎上しながらマグマに沈んでいく木の上に立った黒歌が、額から汗を流しながら笑う。

流れる汗は冷や汗でも脂汗でも無い、純粋に大気温度が上がった事に対する汗でしかなく、黒歌は未だ余裕を持って小猫の先方を分析する余裕すらある。

一見して派手な魔法を振り回して力任せに動いているだけの様に見える小猫だが、その行動の多くに黒歌の仙術や妖術を封じる為の意図が含まれていた。

徹底的に動き回り距離を取り続けているのは勿論、黒歌との肉体的な接触を避ける為だが、この派手過ぎて周囲の被害を一切考慮していないようでもあるマグマにもまた理由はあるのだ。

木々を焼き続けるマグマはその熱気から上昇気流を生み出し、周囲に張り巡らせていた毒霧を上空高くへと押し上げている。

また、周囲の障害物を排除してしまえば後に来るのは単純な術や打撃のぶつかり合い。

攻撃的な魔術を得意とする小猫のホームグラウンドと言っても良い。

周囲への配慮の一切をかなぐり捨てているという点を無視すれば効果的な戦略だろう。

小技のぶつけ合いとなった時点で小猫の元から薄かった勝機は更に薄くなるのだから、妨害を廃しての真正面からの火力勝負というのは小猫にとって唯一の勝機がつかめる道筋でもある。

無論、毒霧の全てが空に飛んでいった訳でもなく、また、マグマと化した大地から出る熱は黒歌だけでなく術者である小猫ですら蝕む筈だが……。

 

「面白いもの持ってるじゃない」

 

「良いでしょう。友達からのプレゼントです」

 

薄っすらと小猫を覆う白い靄。

魔力とも気とも違う不可思議なエネルギーで出来たそれが、周囲の熱から小猫の身体を護っている。

様々な術を収めている黒歌からしてみても珍しい、興味を引かれる力。

ひょう、と、マグマに沈む木の上から飛び上がり、小猫の数メートル後へと回りこむ黒歌。

振り返りマグマ溜まりを背後に置いた小猫に対し、にぃぃ、と、実に猫らしく口の端を吊り上げる。

 

「後で見せてね?」

 

勿論、捕まえて、禍の団のアジトに連れて行った後の話だけど。

言外にそう告げる黒歌。

まだまだ余裕があり、素直に妹の成長を喜んでもいる。

小猫は埋まらない戦力差に対する焦燥をおくびにも出さず、口の端を少しだけ釣り上げる小さな笑みで応えた。

 

―――――――――――――――――――

 

にぃ、と笑顔を浮かべて、形だけでも自分を奮起してみたはいいものの。

──駄目、全然殴れません。

正直、ここまで攻めればどこかで手足の一本目の片方くらいは獲れてると思っていたのに、相も変わらず姉様は無傷だ。

私に対して牽制程度にしかならない攻撃を繰り返す辺り、しかもそれでほぼ無傷な辺り、私はどうも、姉様との戦力差を少なめに見積もりすぎていたらしい。

いや、勿論、私と姉様が『自分の実力だけ』で戦っていたなら、一撃も当てられないどころか、私はもっと早い段階で意識を失い、あっけなく攫われていただろう。

私も魔法や地道な組手で育ってはいるつもりだけど、はっきり言って、姉様の仙術とは相性が悪い。

 

「……」

 

口の中で小さく詠唱を繰り返しながら、腕のお守りを撫ぜる。

すぅ、と、身体の中で巡っていた魔力が抜けて、お守りの中に吸い込まれていくのを感じた。

次いで、お守りから新たに白い靄が溢れてくる。

白い靄が仙術で作られた毒霧を、地球の血液とも言えるマグマの熱を吸収し、結果的に靄を生み出すのに使った分を補填し、魔法行使で減った分の魔力を補充する。

生命力と精神力、魔力と相互に変換するこの機能があれば、まだ学び始めたばかりの拙い仙術でも、ある程度は姉様の仙術を防げる。

そう、ある程度は。

それだって時間制限付きだ。

この靄がどういうものか、仙術に、生命力を操る事に長けた姉様なら、もう気付いていても可笑しくない。

姉様が私を殺さない様に手加減しながら捕まえようとしている以上、どの程度の仙術がどの程度弾かれるか、という点を理解されたら終わりだ。

仙術以外の、妖術などを織り交ぜて強めに強化された時点で詰みかねない。

 

「もう降参? 久しぶりの姉妹のふれあいなのに、白音はだらしないにゃあ」

 

数メートル先に姉様を見ながら、靄を出すという一見して守りの一手しか無い私に姉様が笑う。

嗤う、という程に邪悪じゃなくて、それこそ、本当に、一緒に遊んでいた妹が先に疲れてしまったのを『仕方がないなぁ』と言う様な。

優しさすら感じる笑み。

 

「まさか」

 

あぁ。

なんて、なんて優しい笑顔だろう。

ずっと昔に、こんな笑顔を向けられた事を思い出す。

姉様はあの頃から全然変わっていない。

主である王を殺して犯罪者になったとしても、力に呑まれたなんて嘘みたいで。

 

「まだまだ、ここからが勝負」

 

お守りに込めてある魔法を思い出す。

つめ込まれた魔法は、見事に試打のことばかりを考えた脳筋ラインナップ。

修行相手が居なかった事もあって、影縛りどころか地精道すら入れていない。

入れていれば、もっと上手い立ち回りもできたんじゃないか。

なんともタイミングが悪い。

そのタイミングの悪さを、良かった(・・・・)と思う。

 

あるのだ。

たった一つだけ、上手い立ち回りを考えずに適当に魔法を詰めた今だからこそできる、姉さんに一発良いのを当てる手段が。

撃つかどうか、それは、今から決める。

決まる。

 

「姉様」

 

「なあに?」

 

一見して隙だらけで何も構えていない姉様。

それは、同じく隙だらけで何も構えていない私に対する余裕でもある。

何か奥の手があっても勝てる、という、力の差から来る余裕。

それは当然だ。間違いじゃない。

それに対する憤りなんて浮かぶはずも無い。

浮かんだとしても自分への不甲斐なさくらい。

だから。

 

「なんでですか」

 

「?」

 

私が怒っている(・・・・・)とすれば。

 

「なんで、私を置いていったんですか」

 

「────」

 

ふっ、と、一瞬だけ姉様の笑みが消える。

笑顔の剥がれた後に見えた無表情の様な顔。

それは後悔で、悲しみで、後ろめたさで、どういう顔をしていいのか分からないものでなく。

それら全てを含みながら、太い背骨となる決意が、明確な表情を作らせずにいるような顔。

そんな顔を見ればわかる。

力の暴走があったのかもしれない。

でも、私の事を置き去りにしたのにも、しっかりとした理由があった。

裏切られた訳じゃあなかった。

だけど。

 

「私は、姉様と一緒に居たかったです。何処かに行くなら、連れて行って欲しかった」

 

「でも、それをしたら白音は死んでたにゃ」

 

嘲るような語尾と笑み。

貼り付けたような笑みと誤魔化すような軽薄さ。

でもきっと、その言葉に嘘は無くて。

私を連れて行っても、弱い私ばかりが脚を引っ張って。

でも、それを庇って姉様が死んでしまうような事になってしまったのだろう。

何があったか、なんでああなったのかは知らない、想像もできない。

でも、きっと、姉様はそれなりに正しい道を歩いた結果、ああなったんじゃないか。

奇妙な確信。

でも、だから?

だから、納得できるか、と言えば。

絶対に、ありえない。

 

「それでも、それでも、私は」

 

何か一言告げて言ってくれるだけでも良かった。

ほとぼりが冷めた後にでも別れと再会の約束だけでも残してくれれば、私はいくらでも待てた。

付いて行って、足手まといになるなら、そこで死んでも良かった。

庇われたなら、更に庇い返してもみせた。きっと私は命をかけてそれをした。

あの時代、塔城小猫が白音だった時代。

姉様が世界の全てだったから。

 

「姉様と、一緒が、良かった……!」

 

―――――――――――――――――――

 

涙。

魔力を溢れさせ、仙術を弾く靄を纏い、闘気を漲らせながら、塔城小猫は、白音は、血を吐くような告白と共に泣いていた。

常の小猫を知っている者が見れば、誰もが驚く程に深く、重い、激情の吐露。

いや、この状態こそが、本来の小猫の、白音の心の在り方だったのかもしれない。

楽しければ声を上げて笑い、悲しければ泣く。

そんな素直な少女が、黒歌との別れから今までで、感情を大きく表に表さない物静かな少女へと変貌した。

 

「……大丈夫、これからは、ずっと一緒にゃん」

 

誰のせいだろう。

大本を辿れば、黒歌が王を殺す原因を作った相手に辿り着くだろう。

だが、黒歌はそう自分の心を誤魔化す事をしなかった。

そこに妖怪特有の自分勝手さがあるのは間違いない。

だが、この愛おしい妹を、今度こそ絶対に離さない、という決意も確かにあった。

 

「……それも、いいかもしれません。でも、私は」

 

「今まで一緒に居られなかった分、白音と一緒にいる、ぜんぜんおかしなことじゃ無いにゃ」

 

それがたとえ、今の白音の生活を壊す事になるとしても。

その考え方が白音の希望に必ずしも沿う訳ではないとしても。

故に、

 

「おかしいです。……おかしいんですよ!」

 

悲しみに怒りが混じり、劇的な化学反応を起こし、爆発する。

 

「あの日、私は置いて行かれた! 白音はあの日に、置いて行かれたんです! その事実も! 悲しみも! 姉様が居なかった時間も! これからどれだけ一緒に居たって! 無くならない!!」

 

白音を、小猫を覆う白い靄が、紅く、血の流れの様に紅く染まる。

此処に来て小猫の中の大切な何かが弾けた。

禁じ手とされた術、結界内とはいえホテル近くの森であるという状況。

そういった諸々のセーフティーは頭の中から綺麗に吹き飛び、今の自分ができる、唯一姉に一撃を確実に入れられる方法を実行に移す。

弓を引き絞る様な動きで、もはや靄というよりも流体の様ですらある紅を纏った拳を振り被る。

 

「白音は、一緒に居たかった! 今だって変わらない! でも、今の私は、白音でも、塔城小猫だ!」

 

靄に込められた術の規模に、黒歌は迷わず前に出た。

この近距離で出していい術じゃない。

打てば間違いなく、余波で白音も冗談で済ませられないダメージを負う。

黒歌は白音を連れて行き一緒に居たいだけであって、白音を倒したい訳ではない。

そして、そんな細かい理屈を抜きにして、黒歌は白音を守りたかった。

後悔が確実にあり、力を付けた今、それを取り戻そうという意志が確かにあったのだ。

術が発動するよりも前に、全力の仙術で意識を奪うしかない。

黒歌にはそれができる自信があった。

だが、

 

「ビックバン・パンチ!」

 

小猫の動きは迅速で、黒歌の予想を遥かに悪い方向で裏切るものであった。

紅のエネルギー──竜破斬(ドラグ・スレイブ)を纏った拳を、あろうことか、全力で、自らの足元目掛けて振り下ろした。

余波で術者本人がダメージを食らう、などという生易しいものではない。

完全な自爆。

自らが巻き込まれる事を前提とした特攻。

これこそが、白音の、いや、塔城小猫が禁じていた奥の手。

理性的に考える事を良しとする小猫が、その理性を飛ばしてしまったからこそ放たれた諸刃の刃。

 

しかして、その効果は絶大。

ターゲットを無機物の大地として解き放たれた極大破壊呪法は、無情なまでにその威力を正しく解放した。

地面を殴りつける小猫、その小猫を止めようと手を伸ばす黒歌を中心に、都市破壊級の破壊的エネルギーが解放される。

それは大地を刳り、木々を吹き飛ばし、結界の内壁に反響し、繰り返し繰り返し結界内部のありとあらゆる物体へと行き渡り──

 

「────」

 

最後に、その場に小猫が立っていたのは、ある種の奇跡か。

お守りの防護によるものか、ギリギリの所で服は残っているものの、全身の骨はひび割れ、砕け、僅かに吹き付ける風ですら激痛を誘う。

その激痛によって保たれる意識が、姉の姿を探す。

障害物が無い為か、黒歌の姿は直ぐに見つかった。

全身ボロボロで、艶やかに着崩した着物も見る影も無く、しかし、小猫に比べてダメージは明らかに少ない。

 

(ああ────敵わないな)

 

原因なんていくつも思いつく。

そもそも猫魈としての力を使いこなす過程で、妖物としての頑健さも増していく以上、姉は自分よりも確実に生命力があるだろう。

仙術で空間を渡れば、あのタイミングでも被害を少なくする事は不可能ではない。

勿論、結界内に封じ込めているから完全に逃げ切る事はできないけれど……。

それも、あの姉の隣で肩を貸そうとしている男……禍の団の孫悟空の援護が間に合った、と考えれば合点がいく。

 

どうにも、実に都合のいいタイミングで結界を抜けて助けに来たらしい。

黒歌が何か叫びながら自分に駆け寄ろうとして、男も何か口にしている。

明らかに叫んでいるのに、小猫には何も聞こえない。

鼓膜が破けているんだな、と、どこかはっきりとしない頭で考え、次に、これからどうなるのか、と、考える。

姉様が心配している、男も何か驚いた様子で、それでいて姉様を邪魔する様子も無い。

たぶん、ここで私は姉様に連れて行かれて、治療を受ける事になるんだろう。

姉様は隣の男の手を借りて、しっかりとした足取りで近づいてくる。

姉様は優しい。

さっきだって、私の狙いを読んで止めようとした。

そんな姉様と、これからずっと一緒、と考えると、悪くない気分になる。

 

―――――――――――――――――――

 

でも。

でも。

本当に、それでいいのか。

脳裏に走馬灯の様に浮かぶ、これまでの生活。

オカ研での日々。

学校での時間。

何気ない日常。

白音の事を知らず、塔城小猫として生きてきた私を知る皆。

 

普段はぱっとしないけど、大事なところではきっちり締めてくれる、まぁまぁ頼りになる部長。

そんな部長を陰ながら影のように密かにさり気なくフォローし続ける気遣いのできる副部長。

スカした雰囲気も薄くなって、ちゃんと歳相応に馬鹿な所も出てきた、でもいざという時本当に頼れる祐斗先輩。

悪魔から見ても、本当に良い意味で天使の様な優しいアーシア先輩。

エロスに敏感で、でも変にヘタレで、変に義理堅い、おっぱい好きすぎる、それでも熱いイッセー先輩。

頭おかしいんじゃないかなって思うけど、それ以上に凄くオカ研に馴染んでいる、ゼノヴィア先輩。

最近目覚めた性癖を除けば、順調に外に出るようになり明るくなってきたギャー君。

それに────

 

「────ん」

 

そうだ。

まだ、まだ、姉様と一緒に行くわけにはいかない。

私は、私には、まだ、会わないといけない人が、逢いたい人が、居るから。

だから、私はまだ、これからも、塔城小猫として、あの場所に帰らなきゃならない。

あの学校で、あの教室で、通学路で。

 

「────さん」

 

約束を、果たす為に。

私は、私の大切な友達の、大事な人の、名前を呼ぶんだ。

まだ少し、気恥ずかしい、新しい呼び方で。

呼ばれた時の、彼の顔を、見るために。

 

「書主、さん」

 

目の前にまで迫った姉様を見ながら、私は喉を、舌を、唇を震わせながら、ようやく決めたその呼び名を口にして────。

浮遊感と共に、あり得ない姿を見た。

逢いたくて逢いたくて、そう思うから元気が出る。

そんな事を思える、思ってしまえる相手の顔が、目の前にあった。

 

―――――――――――――――――――

 

まず、最初に目に映った光景が元の世界かどうか判断するよりも早く、身体が動いた。

巨大なクレーターの真ん中で満身創痍で立ち尽くす友人に、手を伸ばす女性。

誰? という疑問には女性の隣に立つ先日四分の一殺し位にした男の姿が答え。

壁になる何かを間に投擲、するよりも早く、空間の縁を蹴り加速。

特殊な走法にて空間の隙間を走り、衝撃波一つ起こさず光速で友人の元へ。

ぱっと見た状態は明らかに瀕死で、例え衝撃波を殺しても光の速度に耐え切れる状態ではない。

減速し、友人を抱えて飛び上がる。

とっさの事で女性も男もこちらに視線を向ける事すらできないようだ。

好都合なのでそのまま空を蹴り距離を開ける。

 

「残しておいて良かった」

 

懐からげんきのかたまりを取り出し、友人に押し当てる。

物理法則を無視するように友人の身体にげんきのかたまりが飲み込まれて行き、簡易結界の端に着地する時には全身の傷が塞がっていた。

傷が塞がってもダメージを受けた時のショックが抜けていないのか、腕の中の友人は呆けたような表情で此方の顔を見ている。

……これで、よく似た別の世界の別人でした、とかなったら悲しいけど。

 

「書主、さん?」

 

呼び方違うし、別人かな?

あ、……あー、そうだそうだ。

別の呼び名にする、とか、決めてたんだっけ。

流石に人の身の此方に54クールとかは長かった。結構重要な約束だったのに思い出すのに少し時間が掛かってしまった。

まだ文字列で確認できてないけど、この太ももから膝裏、ふくらはぎにかけての手触り的には、多分、此方の知る友人本人で間違いないだろうし。

 

「うん、書主さんだよ。久しぶり、小猫さん」

 

「あ、え、……あの」

 

「なに?」

 

「……出待ちじゃない、ですよね?」

 

「此方もそれは思った」

 

タイミング良すぎない? これ。

 

―――――――――――――――――――

 

苦笑するよみ……書主さんの姿に、釣られて笑みが溢れる。

出待ちじゃないか、と、そう口にしたけれど、なんでこのタイミングで現れたか、という疑問に、私は少し、いや、かなりロマンチックが過ぎる答えを思いついてしまった。

 

『本気で塔城さんが求めるのなら。……此方は何処からでも駆けつけて、貴女の名を呼び、貴女の手を掴み、何度だって、引き戻すよ』

 

私が、名前を呼んで、求めたから。

だから今、書主さんは、私の名を呼んで、手を掴んでいる。

…………乙女かっ!

いや、乙女、乙女だけど、こういう場面での乙女じゃ、いや、場面はいいんですど。

相手は友人、友人ですから!

書主さんは名前呼びくらいはする、たぶん親友的な位置に居るけど恋愛とかそういう、いや、誰も恋愛がどうとか言ってない。

シチュエーションは如何にも激的だし、事前の書主さんの言葉もロマンスな感じだけど。

……うん、大丈夫、大丈夫。

場の雰囲気に流されてる、だけ。

友人でも、異性なら偶に意識してしまう事があるのは仕方がない事。

うん。おかしくない。

おかしくないので。

 

「……書主さん、その、微笑ましそうな顔、止めません?」

 

「いや、小猫さんの百面相が楽しくて、つい」

 

「もう……」

 

毎度毎度、意地が悪くて、調子のいい人だ。

お陰で、なんだか私まで、何時もの調子に戻ってしまった。

ボロボロだった身体まで治ってるし。

 

「所で、この状況はいったい?」

 

「見てわかりません?」

 

「いや、今の視界だと……ぐ」

 

言葉の途中で書主さんが顔を顰める。

星の散る宇宙の様な瞳が、細められた瞼で僅かに遮られ、しかし、何故か完全に閉じきらない。

 

「…………あー、クソ。本当に、この視界は久しぶりだっていうのに」

 

「目ぇ閉じたら良いじゃないですか」

 

「何言ってんですか。久しぶりに会った友人の顔を見るなとでも?」

 

久しぶり久しぶりって言うけど、まだ一月も経ってないんですが……。

まぁ、そこまで会うのを心待ちにされていた、と考えると、割りと嬉しいような気もしてくるのだけど。

 

「そんなに見たいなら調子のいい時に見せてあげますから」

 

「その台詞なんだかエロいですね」

 

返事は拳で返した。

が、抱きかかえられたままだからか拳に勢いが乗らずに胸元を軽く叩く程度しかできない。

 

「いきなり出てきて人の妹とイチャつくなんて、いい度胸してるじゃない。誰? キミ」

 

と、ここで、放置されていた姉様が私達の方に向き直り訝しげな表情で問いかけてきた。

さっきまでの怪我を隠そうともしない必死さが見えないけれど、それが未知の敵を相手にしての虚勢であることは私から見ても簡単に判る。

 

「それは此方の台詞ですよ。こんなクレーターの真ん中で、半裸でふらふらと半裸の小猫さんに手を伸ばすなんて、一体貴女は何処の痴女……小猫さんのお姉さん?」

 

「はい……わかるんですか?」

 

言葉を途中で区切って私に確認してくる書主さんに、頷きながら聞いてみる。

 

「そりゃわかりますよ。……それじゃあ、あの、全身痛くない所が無い位にダメージを負っていて、それでも妹に妙に馴れ馴れしい良く知らない男に弱い部分を見せる訳には行かない、みたいに気を張りつつ、小猫さんがエロいことされそうになったら取り敢えず死ぬ気で妨害、いやもしかしてこの子、白音のツガイ? それならそれで見極めなきゃ! とか考えてる割と妹煩悩な頭悪そうな半裸の痴女の(かた)が、小猫さんのお姉さん? あ、白音さんって呼んだほうがいい?」

 

はい、シリアス死んだ。シリアス死にましたよ今。

向こうで姉様が心を読まれた驚愕と隠していた内心を暴露された羞恥からか訳の分からない表情のまま赤面している。

私も姉さんがそんな事を考えていると言われて若干どういう顔をしていいのかわからなくなってきた所だ。

 

「小猫がいいです。……それと、その、姉様は本当に、そんな事を?」

 

「うん。この、小猫さんと似たような内容でいて方向性が絶妙に違う面倒臭さは実に小猫さんのお姉さんだと思うけど。あ、それ抜きにしても見ればわかるレベルで姉妹っぽいよ?」

 

それは、なんというか、嬉しい、と、素直に喜んでいいものか悩ましい……。

でも、書主さんがそう言うからには、少なくとも嘘ではないのだろう。

姉様が本気で私の事を気にかけている、そう考えれば、許してしまいそうになる。

というか、取り敢えず気が済むまでぶん殴る、という点で言えば、竜破斬自爆に巻き込んでスッキリしたから、まぁ、別にいいかな。

 

「……それで? 今度はお前さんがその娘の代わりに相手してくれんのかい?」

 

静かな、だけど、興奮を隠し切れないといった声色でそう問いかけ、ギラつく視線を書主さんに向ける禍の団の男。

さっきまでの、とりあえず仲間だから回収しに来た、という、やる気なさげな雰囲気は完全に消え失せている。

 

「……事情は今大体わかり(読み終え)ましたけど、その台詞なんだかレイパーっぽいですね。猿でレイパーとか最悪じゃないですか!」

 

特に根拠の無い誹謗中傷が禍の団の男の人を襲う!

いや、確かに穿った捉え方をするとエロ台詞に聞こえなくもないですけど。

 

「相変わらず、余裕かましてくれるねぃ。前は散々だったから、ここでリベンジマッチと洒落込ませて貰おうかぃ!」

 

ぶん、と如意棒を振る禍の団の人。

台詞が『死ねぇ!』と言いながら飛びかかるタイプの怪人ばりに死亡フラグの様に聞こえるけれど、たしか猪八戒の知り合いだか沙悟浄のファンだかいう感じの妖怪なだけあって、その実力は高そうな気がする。

以前三勢力会談の時にボロボロだった鎧や身体は万全のようだし、もしかしたら書主さんも真正面から戦えば普通に苦戦する可能性もあるのかもしれない。

 

「ふぅん。まぁ、いいですよ。貴方はともかく、そちらの小猫さんのお姉さんには用事ができましたし、逃げられるよりは面倒が少ない……五輪書、キーオブザグッドテイスト(アメリカ大会レギュレーション)」

 

ばきん、と、金属をへし折る様な音と共に空間を割いて現れたのは、一領の甲冑と黄色いカブトムシの様な玩具。

一見して共通点の見当たらない二つから感じ取れるのは、奇妙なまでの力のうねりと存在感。

それが何なのか、言葉で説明する必要性を感じない、見ただけで脅威と判るエネルギーを感じる。

私を地面に下ろし、着ていた上着を脱いでかぶせてくれた書主さんは、甲冑を背後に置き、両手を広げながら薄く笑った。

 

「ここで良いお知らせです。此方は今、今生の中で最も心に余裕がある。……殺さないように相手をしてあげましょう」

 

「上等さぁ! 筋斗雲!」

 

禍の団の人の足元に金色の雲が湧き出し、天高く舞い上がり、くるりと一回転し、書主さん目掛けて急降下を始める。

 

「千日の稽古を(ちから)とし、万日の稽古を(まもり)とす」

 

書主さんの両手を広げたままの詠唱に背後の鎧が分解し、風を切り宙を舞い、書主さんの周囲を旋回する。

何が起こるのか、どうなるのか、気になりつつも小さく口の中で影縛りの詠唱を始めたところで、書主さんと禍の団の人の間の空間に亀裂が入った。

 

「そこまでです、美猴、黒歌。悪魔が気付きましたよ」

 

亀裂から飛び出た腕が持つ聖なる光の力を宿した剣によって、急降下の勢いの載せられた如意棒が受け止められ、美猴と筋斗雲が空中で静止した。

次いで、空間の亀裂をこじ開けながら、メガネに背広の真面目そうな男が現れた。

 

「あれは」

 

「知っているんですか?」

 

小さく驚いたような声を上げた書主さんに尋ねる。

書主さんは謎が多い上にバックに強大っぽい組織があるだけあって、ああいう謎の人物に詳しいのかもしれない。

 

「あの鬼畜眼鏡の持ってる聖剣、カリバーンですね」

 

鬼畜眼鏡……?

いや、確かにそんな雰囲気ですが。

 

「カリバーンですか」

 

ちょっと前に書主さんが使っていたカリバーンとはまったくシルエットが異なる訳だけれど、エクスカリバーが何本もあるのと同じ理屈なのかもしれない。

漫画原作のアニメと国産ドラマ、映画、海外ドラマみたいな関係かもしれない。

ラストはオリジナルストーリーで締めたけど名作になったアニメ版と、有名俳優のコスプレを楽しむことしかできない実写ドラマの違いのような。

……これは違いますね。

 

「たぶん、あっちのカリバーンの方が頑丈ですよ」

 

「じゃあ、迂闊に打ち合えませんね」

 

「そもそも忍者は聖剣で戦いませんから考慮する必要は無いんですけど」

 

「自分の戦いとか省みたりしないんですか?」

 

あの校庭での戦いはいったい何だったのか。

そんなやり取りを小声で行っていると、あちらの話も終わったらしい。

書主さんと軽口を叩きながら耳を欹てて聞いた限りでは、姉様と禍の団のメガネじゃない方が勝手に出て行ったままなかなか戻らないのを心配して迎えに来たのだとか。

やはり、正統派の聖剣使いは苦労人枠なのですね……。

あ、ゼノヴィア先輩とか書主さんは除外で。

 

「それで、お帰りですか? できればそちらの痴女の方は置いていって欲しいのですが」

 

「そういう訳には参りません。彼女も我々の大事な仲間ですからね」

 

「左様で」

 

書主さんが気の抜けた声で返事をすると、周囲を舞っていた鎧の破片が元の形に組み合わさり、掠れる様にしてその姿を消す。

臨戦態勢、という訳ではなかったけれど、完全に戦う雰囲気では無くなったようだ。

 

「話の判る方で助かりますが、本当に良いんですか?」

 

「どうせ次の機会もあるでしょう。それに、さっきも言いましたけど、今は機嫌がいいんです」

 

「それは残念。聖魔剣使いとデュランダル使いだけじゃなく、貴方にも興味があったのですが」

 

「ただの雑談程度なら構いませんけど、どうせ手合わせしたい、とかそういうのでしょう? 生憎と忍者は戦闘職じゃありませんので」

 

「つれない人だ。……だけど、それもまた、次の機会待ちという事にしておきましょうか」

 

スーツの男がコールブランドを振るうと、先の空間の切れ目が広がり、数人が潜れる程度のサイズに広がった。

その裂け目に禍の団の人達が入っていき、姉様が裂け目に入ろうとした所で、書主さんの腕がぶれる。

 

「あいたっ!」

 

と思えば、姉様の額に丸い何かがぶつかりその衝撃で仰け反り、跳ね返った何か────紅白のボールから赤い光が放たれ、姉様の身体全体を包み込んだ。

反射的にボールをキャッチしようと二人の男性が手を伸ばすも、跳ね返ったボールはいつの間にか書主さんの手の中に戻っている。

 

「じゃ、そろそろ結界の方は解除しますね。結界の外、異常に気付いた悪魔の方々で一杯でしょうし」

 

にんまりと笑いながらの書主さんの発言に、先の赤い光が何なのか、姉様にどんな影響があるのか聞く事すらせず、全員が裂け目に消えていった。

 

―――――――――――――――――――

 

…………終わった?

全員帰って、姉様に逃げられたけど、一応、無事に終わりましたよね。

 

「……助かりました」

 

まるで出待ちでもしていたかのようなタイミングで出てきた書主さんが助けてくれなければ、私は姉様と禍の団に攫われてしまっていただろう。

その後に逃げる事ができたかと言えば絶望的だろうし、私が洗脳でもされて魔術の知識が盗まれでもしたら目も当てられなかった。

仮に、仮に、万が一にも無いだろうけれど、書主さんに何かややこしい企みがあって出待ちしていたのだとしても、ここは素直に感謝するべきだ。

 

「小猫さん、身体の具合はどう? 一応、さっきので怪我は治った筈だけど」

 

「はい。……ちょっと不気味なくらい怪我も無くなってます」

 

今更書主さんのイカレっぷりにどうこう突っ込みを入れるのは何だけれど、アーシア先輩の聖母の微笑並の回復を一瞬とか本当にどうなっているんだろう。

 

「じゃあ、ちょっとごめんね」

 

何がじゃあなのか、と問うよりも早く、顔が書主さんの胸板に押し付けられ、背中にガッシリとした腕が回される。

……ちょ。

 

「え、ちょっと、……え、待って、なんで」

 

有り体に言えば抱きしめられている。

いや、冷静にそう判断している場合じゃなくて。

 

「離し……」

 

「あー、良かった。本当、本当に、良かったぁ……」

 

腕の中から脱出しようと身体を動かし、文句の一つも言おう。

そう思っていたのに、書主さんの声があまりにも、感慨深げというか、染み染みとしているというか。

半泣きっぽいというか、凄くほっとしているのがわかる声で、たぶん、私の無事を安堵してくれているのが解ってしまって。

……まぁ、別に、抱きしめられるくらいなら。

そこまで身を案じてくれるのは嬉しいし、そこまで身を案じさせるような真似をしてしまった私にも責任はあるわけで。

 

「……よしよし」

 

抱きしめ返して、書主さんの背中をぽんぽんと叩く。

少しだけ恥ずかしいけれど、まぁ、現状を考えれば、これくらいは別に、おかしな行動じゃない。

良かった良かったと繰り返す書主さんの背中を叩いたり撫でたりを数分続けていると、ふと、背中に当たる書主さんの手の中にあるボールが気になった。

 

「あの、そのボール、何だったんですか?」

 

「ん、ああ」

 

落ち着きを取り戻したのか、私の身体を放しながら、書主さんが手の中に握っていたボールを見せてくれた。

さっき姉様の頭にぶつかった時は野球ボールくらいあったそれは、今ではピンポン球くらいのサイズに縮んでいる。

 

「別に、ぶつけられた側に害があるようなものじゃありませんよ」

 

「まぁ、そこは信用してますけど」

 

姉様の事について相談に乗ると行ってくれたのに、いきなり姉様を害しようとはしないだろう、という事は判るのだけれど。

じゃあそのボールは結局何なのか、という問いの答えにはなっていない訳で。

 

「まぁまぁ、どういうものかは、後々のお楽しみ、という事で」

 

悪戯っぽく笑いながら逸らかされてしまった。

 

「あ、そうだ。小猫さん」

 

「はい?」

 

「今何か、食べたいものとかあります? 猫っぽいもので」

 

「……何か意味がある質問なんですか、それ」

 

「いいからいいから」

 

意味深すぎて少し不安だ。

だけど、それが私の害になる問いとも思えない。

 

「猫っぽい食べ物……」

 

別に、ペディグリーチャムとかそういう話じゃないだろうし。

私が食べたい、猫っぽいもの……。

……別段、普段から猫っぽい食べ物を食べてる訳ではないのだけど。

 

「鯖の味噌煮、とか」

 

「渋い」

 

「いや、部長の家だと和食出なくて……」

 

直前のパーティーも冥界系だから和食無かったし。

あ、お味噌汁とかでも良かったかも。

こう、鰹だし香る感じの……。

 

「それじゃあ……鯖の味噌煮だと六文字になるから、サバミソかな。サ、バ、ミ、ソ、と」

 

「お味噌汁でも良かったかもしれ……あの、結局何の話なんですか?」

 

書主さんが小さなボールを弄りながら確かめるようにサバミソと唱えている場面を見て、ふと、なんというか、酷く取り返しの付かない事をしたのではないか、という不安が浮かび上がってきた。

 

「いや、ね。サトシくんに付き合って旅してるとさ、結構話の流れでリリースしちゃう場面が多くてメンバーが居着かないんだ。だから逆に、相棒枠半分固定で、残りにこういう流動的なメンバーを積極的に登用していくのも面白いかなって」

 

「誰ですかサトシ」

 

「十万ボルトの電流を浴びても死なず、時速六十キロ程度の速度で走る十歳くらいの少年かなぁ」

 

超人ってことしか分からないんですがそれは。

でも、まぁ。

 

「……なんだか、こういうやり取り、久しぶりな気がします」

 

「此方は十数年くらいぶりな気がしますよ」

 

「言い過ぎです」

 

「そうかなぁ」

 

「そうですよ」

 

結界が解ける。

元からお守りの機能で作られていた結界は、お守りの製作者である書主さんにとって解除に手間がかかるようなものでもないのだろう。

ズレた位相が元に戻り、少し離れたところにホテルが見える。

駆けて来るのは眷属の誰という事も無く、パーティーに出席していた眷属に、部長。

オカ研フルメンバーが慌てた様子で駆け寄って来ていた。

 

「大目玉ですね、たぶん」

 

「素直に話せば、でしょう?」

 

「……? ああ、そうでした。この惨状、禍の団の猿っぽい人がやらかしたんでした。ええ、大変でしたね。おそるべしモンキーマジック」

 

「適当にざっくりその流れで話してくれれば適当にフォローはしますよ」

 

「残ってくれるんですか?」

 

「一応、現状では不法侵入扱いになっちゃうでしょうし、事情を説明して説得するまでは居ますよ」

 

「それなら、ついでに試合も見て行きませんか? 私も出るので。応援して貰えると、少し、嬉しいです」

 

「それくらいならいいですよ。あ、その前に少し姿晦ましますけど……」

 

「気にしませんよ、それくらい。いつものことじゃないですか」

 

久しぶりの、たぶん、現状一番の友達との、くだらない雑談。

それを、心の安らぎとかそういう重い理由無しに楽しめる程度に、今の私の心は軽い。

凝り固まっていた姉様への心の凝りは取れたのだ。

テロリストに身を窶してしまった姉様と、今後どう付き合っていくか、というのはまだ考えていないけれど。

 

難しい事は、また後々考えていく、という事で。

今日の所は、部長のお叱りを頑張って聞き流しに行くとしよう。

 

 

 

 

 

 





途中まで「戦闘長くなっちゃったかな」とか思ってたのに、いつの間にか「主人公と小猫さんの会話長いな……」となってしまった四十二話をお届けしました

諸々あるのでざっくりまとめ!

★小猫さんのヒロイン力
上がる予定だったが、うん、予定は未定でしたね……
でも芯のある自立してるヒロインが生理的な現象から心折れたりする場面はワクワクするので別にいいかなって
あ、生理的な現象と言っても公衆の面前で我慢できずにレモンスカッシュ!な展開はそうそう無いから誤解しないでいただきたいのです
何しろ健全なSSですので
発情期は生物学的な観点から見ておふざけできる内容じゃないから健全ですしね

★主人公の心の余裕
文字地獄から一時的に解放された事で過去に類を見ないレベルで回復
余裕を消費し切るまで人当たりが心なしか優しくなるぞ!
なお反動

★竜破斬自爆
魔族相手じゃないなら直接当てる必要はない
にしてもこの運用法は何らかの防御手段が無いと余裕で死ねるので真似してはいけない
スレイヤーズ原作の方でかなり至近距離で撃ってもほとんど巻き込まれない? そこは描写の都合なんじゃないかなぁって

★お守り
ルークの剣のアッパーバージョン+変換器
何種類かの呪文をストックしておくことができる。厳密な数は話作る上で面倒なので決めていない
リリカルなデバイスというよりもストジャの(スタッフ)+モールドに近く、ストックする呪文を入れ替えるのに多少手間が掛かり戦闘中には間違っても変更できないが、これ自体にかなりの魔力も込めておける
また、魔力と生命力の相互変換機能により、精神力を体力に回したり体力を精神力に回したりで余裕を持って立ちまわったり、逆に最後の一滴まで自分のリソースを注ぎ込んだ立ち回りもできるようになる
仙術、というか、生命力操作に対する防御は変換器の応用なのでぶっちゃけおまけ
呪文詠唱が必要なくなる為、オリジナルの技名をシャウトして精神力≒テンションを充実させて消耗を抑える事ができる、気がする
ホントは脳とか心臓とか魂っぽい部分が近い首に巻くのが一番効率的かもしれない

★黒歌お姉さん
妖術使って手足の一本二本もぐくらいのつもりで戦ってれば余裕で勝てた
でも妹大事、超大事。そこを妹に突かれるとは……
謎の紅白ボールぶつけられるは謎の赤い光に包まれるわでもう散々
そして、ここで赤い光に包まれた瞬間を、ニンジャ視力でもう一度確認してみよう!
結果は次のお話で
間違ってもヒロインにはならないしなれない
ポロック食べるぅ↑?

★外の世界編
ボーグ世界だけで54クールである
そりゃ心に余裕もできるってもの
なお反動

★外の世界編プロローグ

ペラ、ペラ。
慎重に、恐る恐るといった風情で、震える指を動かしてページを捲る。
内容を追う視線は酷く平坦なようにも見えるし、恐ろしく戸惑っているようにも見えるし、悲しいほどに納得しているようにも見える。
そんな彼女から少し離れた場所で、一番近くの人里から盗んできたカメラであちこちを撮影し続けている男が居るが、彼女はそちらに意識を向ける程の余裕は無い。
元から色が白かった肌からは血の気が引き、病的なまでに青ざめている。
予測するのと、事実を突きつけられるのでは、実際に受ける精神的衝撃の強さは大きく異なる。

──だから、この物語は、僕が歩き出す物語だ
肉体が……という意味でなく
厨二から現実にという意味で……
僕の名前は
『安心院なじみ』
最初から最後まで
本当に謎が多い男、
「読手書主」
と出会った事で……



っていう、お前漫画だよ此方小説っぽいけど、ほら単行本。という暴露から始まる、主人公を元の世界に戻すまで同行する事になった安心院さんのストレンジジャーニーな話かと思われるんですがどうですか
ちなみに自分はあとがきは読み飛ばす人多いから好き勝手出来て楽しいです!


次回は五巻エピローグです
ええ、試合はストーリーに絡まないので除外です
ダイジェストになるかすら怪しい
しかも6巻も主人公が絡んだ瞬間に終わりそうな気配すらありますし、ある意味箸休め的な話になるかもです
それでは次回も気長にお待ち下さい

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