文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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四十一話 Sの本心/貫くこころ

真昼の空に、大きな星が浮かんでいた。

真球と歪んだ球を押し付け結合したかのような不格好な星。

その星が齎すものは光でなく、破壊。

 

「おいおいおい、こりゃヤバイんじゃねーの!?」

 

地面に刀を突き刺し、片膝を付いて地面に座り込む黒獅子の中、ツネ次郎が叫ぶ

変形させた無数の雲球で杭を打つようにして地面深くまで機体を固定し、コックピットの中に居るにも関わらず、ツネ次郎は自らの身体が今にも浮き上がり空に向けて、空の星目掛けて飛ばされそうになっているのを感じていた。

 

「やばくない訳ねーだろ1024倍馬鹿!」

 

片腕を失い、コックピット周りの装甲が破壊され半ばコックピットがむき出しになっている風雷鷹の中、タヌ太郎は現神の術により自らの肉体組成を変化させ、重量を得てどうにか浮かび上がらない様に耐えていた。

それはタヌ太郎の先祖が多摩丘陵から追い出されるまでの騒動で復活させた变化の術に似て、継続にはやはり多くの精神的、肉体的負荷を与えるものだった。

タヌ太郎の精神を削りながらも『星』の吸引に耐えている風雷鷹を庇う様に、白い忍者ロボ、飛影が凭れ掛かっている。

単純な超過駆動の連続により全身の駆動系が破損し、一見して無事に見える飛影もこの場を離脱する事が出来ず、風雷鷹と共に飛ばされないように耐えるしかない。

耐える飛影の中、タヌ太郎と同じく肉体の大半を比重の重い金属へと変化させた深里が項垂れる。

 

「ごめん兄さん、私が、二人の念星の引力計算を間違ったから……」

 

「言っても仕方ねぇだろ! おいらの妹ならもっとどんと構えとけ!」

 

話だけは聞かされていた、しかし言い出せず、つい最近まで兄妹である事を明かせなかった妹を激励しつつ、タヌ太郎は内心で臍を噛む。

念雅流を鍛えて、鍛えて、かつてのような無様を晒す機会は無くなったと思っていた。

だというのに、この場で自分ができるのは耐えるだけ。

空に、遥か離れた空で、この山を、山を包み込む異界をまるごと飲み込まんとしている念星を、どうにかしようとしている奴らが居る。

自分がそこに混じれない事に悔しさを覚えると共に、何処か納得している自分が居た。

 

かつて旅の仲間を失って、がむしゃらに修行に励んだあの頃。

あの頃ならば、こんな風に落ち着いていることは出来なかっただろう。

守るべき家族を身近に得る事でここまで落ち着くことができた。

だがそれは、念雅流で求められるものではない。

家族を守るため、という感情は穏やかな様でいてしかし動きの強い正の感情だ。

静極念を使うスタンダードな念雅流であるタヌ太郎にとって、精神的成長を齎す家族愛は、念雅流忍者としての成長の頭打ちを意味していた。

 

家族を顧みない先代、家族を大事にする感情を持ちながら、子供のような無邪気さを失わず意念の操作に優れる現後継者。

タヌ太郎はそのどちらにもなれない。

いや、それを言えば今代の中では誰一人としてこの条件に当てはまる者は居なかった。

動極念、感情の激しい揺らぎを力とする、イレギュラーなまん丸を除けば。

 

タヌ太郎は空を仰ぎ、笑った。

異界そのものを飲み込まんとする念星の周囲で吸い込まれる事無く浮かんでいる四つの影。

その中でただ一人の念雅流の同輩に、エールを送る。

 

「頑張れ、まん丸、お前がナンバーワンだ」

 

―――――――――――――――――――

 

「!」

 

「どないしたん?」

 

「いや、なんでもない」

 

今突っ込みどころが生まれた気がするが、今はそれを気にしている場合じゃあない。

ギオとネンガ様が互いに放った念雅流極意、『大念星の術』

膨大な意念を質量を得るまでに圧縮し作り上げられる擬似ブラックホールとでも言うべき星は、二つ連なりすでに術者の制御から離れてしまっている。

ネンガ様が念星の衝突の余波で吹き飛んでしまったのも悪いが、何より悪いのはギオだ。

天容の笛を手に入れた一瞬に隙を見せた雅とかいう吸血鬼の支配下から逃れ粉砕、駆けつけていたネンガ様と一騎打ちをして、ネンガ様を粉々にした後、哄笑しながら灰になって消えてしまった。

あの面倒臭いことこの上ない雅とかいう吸血鬼を念星に吸い込ませてくれたのは嬉しいが、それでチャラになる問題ではない。

せめてどちらかが念星の制御を解いて消していれば、もう片方も術者の意識が消えると同時に消えてくれたものを……。

 

「やっぱり横合いから突っ込んで殺しときゃよかったんだよ!」

 

「いや、それやるとまた復活した時殺した奴にターゲッティングしてくるからやめようって話纏まってたじゃん!」

 

禁じ手の大隔世遺伝で巨大な金毛白面九尾の狐へと変じた九魅ちゃんを宥めながら、対抗策を考える。

考えるが……。

 

「書主さん、さっきのずばーっていうの、何回か撃ちこんだら消えないかな」

 

九魅ちゃんの乗り捨てた零影と無理矢理合体させて作った海魔アナザーバージョンを現神の術で空間に固定したまん丸が問うてくる。

子供っぽいところがまだ多く残っているまん丸は擬音で表現する事が多いので解り難いが、このズバーというのは赤の力、超秘伝忍法『紅』状態で放つ忍法『純粋数学式物理法則改竄バスタービームの術』の事だ。

通常は惑星上で撃つと偉いことになる術だが、異界という事もあって思い切りぶちかましてみたのだが……。

 

「駄目だ、あの不安定な二連念星にこれ以上撃ったら、どう変化するかわからん」

 

消し飛ぶどころか、念星の術式というか込められた意念がバスタービームのエネルギーによって変異を起こし、臨界状態の原子炉の様な危険な状態になりつつある。

最悪、込められた意念と打ち込まれたバスタービームが加圧された状態で解き放たれれば、異界を破裂させ、余剰エネルギーが地球の表面を焼き払い、日本列島を中心として地球という惑星の半分が人の住めない死の大地に変わりかねない。

かといって、『海』を使うのはもっとヤバイ。

単純に属性が似通っている為、念星と同質の属性を得て、周囲全てを吸い込むという状態を単純に強化してしまい、こちらの場合は地表どころか地球の質量の四割が吸い込まれてしまうという計算結果が出ている。

 

これで触れる相手なら追記することでどうとでも成るのだが、あの念星は触るどころか近づくだけで吸い込まれ追記するどころの話じゃない。

かといって、この状況を打破できる能力を持った誰かをこれから思いついて描いて記述を写して、というのも現実的ではなく。

飛び散ったネンガ様も天容の笛の元に僅かずつではあるが集まって再生を始めているが、それも間に合うかどうか……。

 

「……こういう時のお決まりで行くしか無いんやないか」

 

多色形成のオーラを纏いながら漂っていた日影さんが口を開いた。

 

「お決まり?」

 

「こう……全員の最強技を纏めてぶつける的なの、あるやろ」

 

「ああ、バトル物のラストとかであるあれか!」

 

「あれか、じゃないよ九魅ちゃん」

 

無茶苦茶だ。

ここに居るメンツでそんな真似をしたら、最悪、この異界どころか、空間がぶっ壊れて────

 

「それだ!」

 

「え!? 本当にそれで大丈夫なの?」

 

「ああ、計算上、此方、日影さん、九魅ちゃんの力を合わせれば、あの二連大念星が何らかの変異を起こす前に空間をぶち抜いて『この世界の外側』に押し出せる」

 

この世界の外側には迷惑を掛けるかもしれないが、こちとら地球の命運が掛かっているのだ、なりふりかまっていられない。

 

「でも、そんな真似して大丈夫なの? 空間に穴が空いたら、凄いことになっちゃうんじゃ」

 

「なる。なので、まん丸はこの世界の側から穴を塞いでくれ。現神の術で……そうだな、でっかい絆創膏でも貼っておけば治る筈」

 

別に絆創膏そのものに意味があるわけではないが、取り敢えず何らかの強い力で封じておく必要はある。

そうすれば時間経過で自然と割れた空間も元通りに戻る、筈だ。

 

「この世界の側から……? じゃあ」

 

九魅ちゃんの言葉に頷く。

 

「此方は大念星と共に穴の外に出て、あちら側から穴を塞ぐ」

 

「無茶だ!」

 

「無茶でもやるんだよ!」

 

時間がない。

ネンガ様の復活が早ければやる必要は無いのだが、天容の笛を掴む形で復活しつつあるネンガ様はまだ肘辺りまでしか無い。

やらなければ、地球が、この世界が、ヤバイ。

此方の命を、否、心を救ってくれたこの世界が、そこに住む、母さんが、父さんが、仲間たちが、友たちが、死ぬ。

それは、どうしても許せない。

散々、情が沸かない相手を勝手な理由で殺しておいて何を言う、と言われても、これだけは絶対に譲れない。

此方は、此方を愛してくれた世界を、愛してくれた人達を、絶望から救ってくれた何もかもを、失わせたくない。

 

「……一応、戻ってくる目処はある。死ににいく訳じゃない。だから」

 

頼む、と、言おうとした所で、忍者装束の襟を掴まれ、後に引き寄せられ────

 

「ん……」

 

唇を奪われた。

慣れた温度、馴染み深い感触、いつもと変わらない匂い、日影さんの唇、目の前には至近距離から見える日影さんの顔面。

黄に近い金の、蛇に似た瞳孔が真正面から此方の瞳を見つめる。

互いに目を閉じない口吻。

 

「っ、ん……」

 

一方的に長い舌を口の中に差し込み、ずるり、と態と大きく音を立てて舌を絡ませながら口を離し、見せ付けるような舌なめずり。

 

「帰ってきたら、続きや」

 

「そりゃ、楽しみだ」

 

大念星に向き直る。

今更タイミングを口で言って合わせなければならないメンバーじゃない。

ので、毛を逆立たせて不機嫌そうにしている巨大な九尾の狐らしい文字列とか、恋人って事でやってるなら文句言う筋合い無いけど私の目の前でやるか? 書主も最近ヤッた相手の目の前で~、とかいう記述も目に入らないので。

改めて、杖を四本、此方を取り囲むように浮かべ、それを増幅器に、詠唱を開始。

 

《闇よりもなお暗き存在(もの)、夜よりもなお深き存在(もの)

 

『海』そのものは駄目だが、出力的には低減しつつも魔法という確固たる方向性を得た重波斬なら、危険性は無い。

だが、これ単体ではバスタービームに純粋威力で劣る。

なので、この呪文を四本の杖で増幅し、光の剣に宿すようにしてバスタービームに載せる。

更に、

 

『Carry over』

 

忍者マフラーに追記した倍加機能を機動。

これまでに倍加した回数を全て持ち越しでカウントする、これを、

 

『Transfer』

 

最適な形で全員で共有。

増幅され、日影さんの持つ忍者ではない力、まん丸の意念、九魅ちゃんの尻尾と同化した光の武器五本とニンタリティ、カラテ、雷嵐、槍の尾を限界まで強化。

過剰な威力だ。万が一にも地表に向けていい火力ではない。

だが、下手に弱い威力だと、逆にこの世界と外の世界の壁を大きく壊す事になってしまう。

綺麗に、適度に小さな穴を開ける為には逆にこれくらいの威力が必要になる。

増幅が完了し、誰が言い出すでもなく、力を解放する。

 

大念星が破滅を予感させる膨張を始め、しかし決定的な終わりを迎えるよりも早く空間が砕け散り、その向こう側へと落ちていく。

ごう、と、大気とも物理法則とも世界のルールとも呼べる物が、空間の穴から互いに溢れだし、混ざり合っていく。

 

「書主さん、絶対戻ってきてよ! 絶対だからね!」

 

そのまん丸の言葉と共に背を押される。

まん丸が現神の術で生み出した空間の破片で作り上げた巨大絆創膏だ。

絆創膏の真ん中、傷口に当てるガーゼ部分に背を押され、一直線に空間の穴へと飛ぶ。

ありがたい、自分で飛ぶよりかなり早い。

振り返らない。

返事もしない。

必要がない。

何故なら、必ず戻ってくると決めたから。

 

そうして、世界に開いた穴を通りぬけ、真っ逆さまに外の世界へ落ちて行く。

さぁ、極めて迅速に終わらせよう。

ご褒美が待っている。

 

―――――――――――――――――――

 

ドレスに身を包んでいるからといって、それで私の何が変わる訳でもない。

私は私、塔城小猫である。

最低限、恥ずかしくない振る舞いができるように教育は受けたけれど、だからといって、誰かとダンスを踊るような柄じゃあないのだ。

夕刻から始まったこのパーティでも、それが変わる事は決してない。

物好きにも私に声を掛けてくる少し変態臭い男性悪魔を躱しながら、用意された食事を摘みながら時間を潰す。

派手で華やかなパーティーだけれど、実際目的も無く参加してみれば退屈極まりない。

料理は美味しいけれど、それは別に特筆すべき事じゃない。

というか、悪魔は長生きなんだから、貴族の家のパーティーで使う施設のシェフならこれくらいは出来て当たり前。

まぁ食べますけど。

 

「……むぐ、むぐ」

 

食べるし、美味しいけれど、どうにも味気ない。

誰かと一緒にモノを食べる事に慣れてしまうと、一人の食事というのは些か物足りなさを感じてしまう。

勿論、美味しいものを食べる時に孤独と静けさが必要、という意見も分からないではないのだけれど。

 

「……ギャーくんでも誘えば良かったですかね」

 

そもそも、アーシア先輩やらゼノヴィア先輩やらが居る場所から離れなければ良いだけの話だったのだけれど、何故だか歩きたくなったのだから仕方ない。

なんというか、どうにも落ち着かないというか。

この極上っぽいローストビーフの味も、どこか舌の上を上滑りしていく。

 

……だけど、これが正常な私なんだと思う。

これで、少し前のアンニュイな私だったら、このぼっち飯にも色々と思いを馳せて悩みに繋げてしまっただろう。

そういう意味で言えば、この退屈さは健全な退屈さだ。

 

──ニー

 

小さく、場違いな声が聞こえた。

パーティ会場の談笑の邪魔にならない音量の音楽とも違う。

この場で聞こえる筈のない声。

勿論、ペット厳禁というわけでないから、パーティー参加者のペットとか使い魔という可能性が無い訳ではないし、もしかしたら精巧な声帯模写という可能性もある。

だけど、違う。

根拠は無い、勘だ。

視線を辺りに彷徨わせ、参加者の足元を擦り抜ける様に移動する黒猫を見つけ、理屈ではない確信を得る。

黒猫は振り返る事無くするすると参加者の足元を擦り抜けて離れていく。

 

──逃がすか。

 

と、追いかけるのが少し前までの私だ。

だけど、今は違う。

明確に何が違う、と言われて挙げられる違いだけじゃない、違いがある。

言ってしまえばプレミアムな感じ。

……あれは手掛かりじゃない。

誘いだ。

誘いというなら、間違いなく、居る。

そして、私が来るのを待っている。

なら、急ぐ必要も無い。

 

「すみません、ちょっと良いですか」

 

私は走り去る黒猫に視線を向ける事無く、洗練された動きで参加者にジュースやアルコールを渡して回っていたボーイさんに声を掛けた。

 

―――――――――――――――――――

 

部長に声を掛け、気分が悪いしやることもないので、外で新鮮な空気を吸いながらご飯を食べてくる、と伝えて、パーティー会場から離れる。

手にはボーイさんに頼んで包んでもらったパーティー会場のご馳走。

ご丁寧にバスケットまで用意してくれたボーイさんには頭が下がる思いだ。

 

「……さて」

 

ホテル近くの森の中で立ち止まる。

これで、私の勘が的外れだったのなら、とんだ間抜けになってしまうけれど……。

ちら、とホテルの方を見る。

ホテルの近くと言ったけれど、森の面積とホテルのサイズから近くと言っただけで、実際の距離はそれなりにある。

多少大声を出した所で誰かに聞きとがめられる事もない。

 

「姉様、居るんでしょう」

 

叫ばず、しかし通るようにはっきりと呼びかける。

確認ではなく返事を期待しての呼びかけ。

直感であの黒猫が姉様の仕込みである事は察する事ができた。

その仕込みの猫があのパーティー会場で誰に見咎められる事無く私に声を届けられる場所まで侵入してきた、という事は、姉様は私を誘い出す積りの筈。

これで万が一、あの黒猫が偶然一流のホテルマンの目を全て掻い潜り上級悪魔のパーティに忍び込んだだけの猫なら、それはそれでもう諦めるしかない。

もしそうなら、私が無人の森の中で誰かを呼ぶただの痛いヤツになるだけだから、痛いけどそれほど痛くない。

 

何かが動く気配を感じ、視線を向ける。

少し離れた木の影。

 

「ハロー、白音。久しぶり」

 

そこから、黒い着物を着た、黒髪で、黒い猫耳を生やした女性が、軽い調子で現れる。

私の記憶の中にある姿よりいくらか成長したその姿はやはり、何時か別れた姉様その人だった。

 

―――――――――――――――――――

 

数年の時を置いての再会に似つかわしくない軽い挨拶をしながら、内心で黒歌はほんの少しだけ驚きを得ていた。

勿論、最初から妹である白音を誘い出すつもりで来た訳だけれど、白音のリアクションが想定から外れていたのだ。

使いに出した黒猫に反応すれど慌てる様子も無く、ゆっくりと後を追いかけてきたと思えば、決して敵対的でない、冷静な態度で呼びかけてきた。

それ自体は、とても喜ばしい事だと思う。

悪魔の下で面倒を見られ、猫魈としての力の使い方を指導できる教師すら居ない状態で、ここまで冷静で居られる事も。

それに、実の妹に悲しい顔や怒り顔をされるよりは、こうして静かに話ができる事も。

だが、

 

「わ、このお肉美味しい」

 

「……冷めても美味しいものを選んで包んで貰いましたから」

 

こうして、森のなかでシートを広げて、ピクニックの様にご飯を摘みながら話す事になるのは、完全に想定の外だった。

長々とパーティーを黒猫越しに見物していたからか、少し離れた場所に迎えに来たであろう美猴の気配を感じる。

白音はまだそこまで気配を感じ取れていないのかノーリアクションだが、黒歌にははっきりと、この状況を見てくつくつと笑いを堪えている美猴を認識する事ができた。

だけど、それもまだ軽めのリアクションだろう。

黒歌と白音──小猫の関係性を知っていれば、この白音の反応は意外に過ぎる。

 

「それで、今日はどうしてここに?」

 

「ちょっと、今務めてるとこで野暮用があって、パーティー会場を見物していたのはそのついでにゃん♪」

 

「姉様、働いてるんですか? 勤め先に迷惑掛けてないですか? サボったり遅刻したらいけないんですよ? バレると怒られます」

 

「にゃはは、白音もきっつい事言うようになったにゃん」

 

信頼とはかけ離れ、でも心配していると感じられる返答と、そこに交じる猫らしい強かな言葉。

悪魔の下で成長した白音がどうなっていたか、どんな性格になったかが少しだけ心配だった黒歌は、言葉の端に滲み出る自分に似通った自由さに安堵を覚えた。

余計な見物人も居るけれど、黒歌はこの時間を楽しんでいた。

最初はパーティー会場から誘い出して攫っていくつもりだった。

その上で当時の真相を話すなり、誤魔化してしまうなりして、これからは姉妹一緒に暮らすのだと考えていた。

だけど、白音は攫うまでもなく、自分と穏やかに食事を楽しみ、軽口も叩いてくれた。

仕方ない事とはいえ、あの時置いていってしまった事を考えれば、破格と言っても良い程に友好的な接触。

 

「ねえ白音、お姉ちゃんと一緒に来ない?」

 

故に、当初の予定の様に問答無用で攫うのでなく、誘う形をまず取った。

来ない? と、提案の様に言っているが、すでに黒歌の中で白音を連れて禍の団に行く事は決定事項であった。

誘う形にしたのは、誘ったら来てくれるかも、という目が見えたからだ。

どちらにせよ連れて行くにしても、白音が、妹が自分から自分に付いて来てくれると言ってくれたなら……。

 

「そうですね、それも、いいかもしれません」

 

「でしょ、でしょ!? じゃあ──」

 

妹からの、了承とも取れる言葉にはしゃぎながら身を乗り出す黒歌。

 

「でも」

 

身を乗り出した黒歌の目の前に、身を反らして距離を取り、突き出した白音の掌が映った。

手首には、地味でも派手でもない、白音の静かな雰囲気に溶け込むような黒いブレスレット。

黒いようで白いようで、黄金に似た、猫の目にも似た石が嵌めこまれたそれを、黒歌は意識する事ができない。

だが、それでも視線が僅かにそのブレスレットに嵌めこまれた石に向かったのは、石に何らかの力を感じたからか。

 

「その前に、一つ」

 

やること、やっておきましょう。

その言葉と共に、世界が反転した。

 

―――――――――――――――――――

 

ブレスレットに組み込まれた機能はしっかりと発揮され、私と姉様の居る森全体を、薄暗い半透明の膜が包み込んだ。

少し離れたところから私と姉様の事を見ていた禍の団の誰かはしっかりと膜──結界の外側に居る。

 

「にゃにゃん。なかなか面白い術だけど、なんのつもりかにゃ?」

 

焦る様子も見せない姉様。

だけど、それも仕方がない。

この結界の構造は実際簡素だ。

読手さんも『時間稼ぎにはなるけど、それ以上は望めない』と断言していた。

……でも、それで十分。

この結界を外から破られるまで此処に留まるとなれば、流石に部長も異変に気付く。

そうすれば他の皆も駆けつけてくれる筈だ。

 

「姉様、黒歌姉様」

 

「なあに、白音」

 

「私は、姉様の事が、大好きです。昔も、今になっても、久しぶりに会っても、それは変わりません」

 

幼い私を守りながら育ててくれた、唯一の肉親。

強さと才能には、危機感と共に憧れも確かに感じている。

美人だし、セクシーだし、私より年上と言っても、それを考慮しても凄く豊満で羨ましくもある。

尊敬するし、一緒に話して、一緒に食事をして解ったけど、そういう理屈を抜きにしても、私は姉様が大好きだ。

少し唯我独尊過ぎる部分もあるけれど、そういうところを愛嬌と受け取れるくらいに。

 

「私も、白音の事好きにゃん?」

 

「知ってます」

 

「にゃにゃ、言うじゃにゃい」

 

一緒に食事をして、少し言葉を交わしただけでも判る。

黒歌姉様は、今でも私の事を大切に思ってくれている。

私達姉妹は、姉妹の絆は、今も強く繋がっている。

互いに違う場所にいて、互いに違う立場になったとしても、それは決して変わらない。

それは、本当に嬉しい。

 

「小猫」

 

「にゃん?」

 

「塔城小猫、って、言うんです。今の名前」

 

塔城小猫。

私の新しい……もう、新しいと形容するには馴染みすぎた名前。

私の、悪魔として生活してきた、もう一つの名前で、もう一つの人生。

 

「ただの白音だったら、一緒に、行けたけど」

 

でも。

私は白音だけど、塔城小猫。

塔城小猫として生きてきた人生が、時間が、今の私を作っている。

人間の世界に悪魔として紛れ込む生活。

学校での他愛ない退屈な時間。

眷属の仲間のみんな。

間抜けで、おせっかいで、いらんことしいで、変にプライドが高い、不器用で、でも、優しい王。

それに。

 

「……なんて呼ぶか、まだ、決めてないけど」

 

友達が、待っているから。

なんでもない学校で、なんでもない時間を一緒に過ごす、でも、本人は全然何でも無くない、変な人、人間の、友達。

大事な大事な友達と、また、学校で会うと約束した。

全てを投げ捨てて、姉様と一緒に行くなんて、できないし、したくない。

だから。

 

「私は」

 

―――――――――――――――――――

 

「まぁ、そうなるにゃあ」

 

黒歌が得たのは落胆でなく、納得。

妹、白音には白音の、これまで自分と別れてからの人生がある。

その中に捨てきれないものだってあるだろう。

それくらいは十分に理解できる。

が、

 

「それでも連れてくんだけどにゃ」

 

それはあくまで理屈。

黒歌は何も、姉妹は一緒に居るべき、妹は自分が守らなければ、という倫理観のみで動いている訳ではない。

もちろん、妹を悪魔のもとに置いておくより、自分と一緒に居させたほうが良い、という思いもある。

仙術だって教えて、猫魈としての力を伸ばして、自分の身を守る力を持たせてあげる事もできる。

だけど、そんな理屈を超えた所で黒歌は動いている。

可愛い妹を手元に置いておきたい。

動物的な本能とも違う、妖怪的、悪魔的な欲望。

それで動いているが故に、黒歌は躊躇しない。

 

「色々聞きたい事もあるけど、それは後でゆっくり話しましょ?」

 

猫らしい捕食者の笑顔で、白音に仙術を仕掛ける。

生体エネルギーを揺さぶり意識を奪う単純な、しかし相手の肉体に余計な負荷を掛けない優しい術。

だが、強い優しさだ。仙術に精通している相手でなければ抵抗も難しい。

今の、仙術を習う相手の居ない白音であればこれで十分。

後は連れ帰ってから、これまでの話をしよう。

時間だけは沢山あるのだから。

 

「──んにゃっ!」

 

バチィッ、と、電気が弾ける様な音と共に、仙術が弾かれた。

抵抗されるでもなく、術そのものが拒まれたのだ。

挙句、術に使用した気まで一部持って行かれた。

黒歌の仙術を、白音が弾いた。

それが黒歌から見た単純な事実。

だが、違う。

 

風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)!」

 

彼女が相対するのは、白音であり、それでいて塔城小猫なのだ。

 

「にゃっ、っ!」

 

強烈な暴風。

白音から吹き荒れる、丸太すら吹き飛ばす強烈な風に吹き飛ばされる。

互いに距離が開いた。

既に仙術で一撃で意識を奪える様な距離ではない。

が、白音はその場から逃げた訳ではない。

立ち上がり、ボロボロになったシートを蹴り飛ばし、ファイティングポーズを取る。

魔術を覚えるまでの攻勢の構えでもない。

魔術を覚えてからの守りの構えでもない。

そのどちらをも────白音でなく、塔城小猫として戦ってきた経験を織り込んだ、全てを出し切る為の構え。

突き出した手刀、その手首に巻かれたブレスレットからは、黒とも白とも黄金ともつかない混沌とした色の靄がマフラーの如くたなびいている。

空中で身を捻り背の高い木に着地した黒歌は、その構えとたなびく何かから、白音──小猫が戦うつもりなのだとはっきりと理解した。

 

「戦うの? 怪我はさせたくないんだけどにゃー」

 

仙術を弾かれ、吹き飛ばされ、それでも黒歌には余裕があった。

右から左に流れていった諸々の騒動の報告の中、しっかりと聞いていた小猫の戦闘力は、低くは無いものの、決して自分に勝るものでは無かったからだ。

勝てると踏んでいるし、それは一面の事実でもあったし、それは小猫にも十分に理解できた。

罪を被せられそうになったけれど、それでも保護者を得て、日常の中で戦闘を熟す程度の自分では、恐らく手配されてから多くの修羅場を潜り抜けてきた姉に、才能でも経験値でも届かない。

 

だが、この一対一の戦闘は長続きしない。

どこかのタイミングで禍の団の男は侵入してくるだろうし、部長達が駆けつけてくればイッセーや祐斗が無理矢理に結界を破って助けてくれる。

不利になるか有利になるかわからないけど、この一対一の殴り合い(語り合い)は長くは続けられない。

だから、勝てる負けるはそれほど気にしない。

 

「姉様、私も、色々と言いたいことが山程あるんです」

 

気にしない。

気にしないが、小猫の心には渦巻くものがあった。

向き合うと決心した力、しかしそれを嘲笑うかのように姉が現れ、自分を連れて行こうとしている。

素直に嬉しいという心、何を今更という心、それでも一緒に居たいという心、でもその為に誰かと離れるのは嫌という心。

小猫の心の中はぐちゃぐちゃだ。

 

「ついていくのも良いかなって思いますし、帰って会いたい人も居ますし、姉様と一緒に居られたらと思うし、その人に会えなくなるもの嫌だし……だから」

 

「だから?」

 

迷いはある。どうするかもまだ決めては居ない。

だから、だからこそ。

 

「だから────」

 

だん、と、森の木々を揺らす程の震脚。

反動で、躊躇いなく、小細工無く、一直線に黒歌へと跳ぶ。

 

「諸々纏めて、私の気が済むまで、ぶん殴ります!」

 

どうするべきか、どうしたいか。

全ての迷いを飲み込んで、塔城小猫は拳を振り被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こ、小猫さん……(ポッ)
な感じで、妙に肝が座って脳筋な結論に達してしまった小猫さん回でした
想定していたヒロインイベントと違うけど、理想とする猫娘ヒロインとしてはありな流れなので別に修正しなくていいかなぁって
ちなみに理想の猫娘はグレアン・クーラーズです
男に頼りきりにならず自立したとこがあるヒロインというか……
まぁどういう娘かは原作プレイするといいです
本編クリア結構難しい上にプレイ時間くそ長いけどそれにみあった価値は確実にあるので
今はアーカイブ出てるけど、あれ上下のディスクに書かれた文章もいいんですよねぇ……

主人公側?
そりゃ平均的な忍者ですら光の速度を超えて動く世界だもの
週刊とまではいかないまでも、月間とか季刊とかで世界の危機くらいはありますよ
今回はそれに偶然主人公が遭遇しただけの話です
たぶん本編裏でもエグリゴリとかオリジナルARMS連中とか路地裏同盟とかそういうのが色々な出来事に巻き込まれてるんじゃないかなって
あ、この設定は話の展開で消えたり生えたりするからあまり気にしなくていいですよ?

★大念星の術
念雅流の極意、秘技でも奥義でもなく極意
効果は言ってしまえば任意で発動と停止ができる擬似ブラックホールである
厄介なのはブラックホールを作っている訳ではないのでブラックホールと同じ方法では抜けられないという点と、吸い込まれたら二度と出てこれないという言葉を覆す展開が原作で無かったという点
やっぱり設定少ない技は重箱の隅つつきにくいから頑丈である
今回の暴走状態はオリジナル、というか原作ではネンガ様しか使えなかったから同じ状況が起きようがなかった

★あちら側の世界
次元の壁をぶち抜いた先の世界
HSDDの世界で似た場所がある気がする?
そのルートもあるし、そこを突き抜けて本格的に別の世界に行くルートもある
ただし描写はしない
そろそろ主人公とヒロインを合流させたいので

★金毛白面九尾の狐フォーム
たぶんご先祖に顔が白くて顔芸が得意なでっかい狐が居る九魅ちゃんの全力フォーム
なお大隔世遺伝は妖魔化と同種の禁じ手ではあるが、ニンジャの技術によりほぼノーリスクである
尻尾の内五本は主人公からのプレゼントである光の武器、毒牙爪(ネザード)颶風弓(ガルヴェイラ)烈光の剣(ゴルンノヴァ)瞬撃槍(ラグド・メゼギス)破神槌(ボーディガー)と融合している
通常時に使うよりも威力は確実に増しているが、これは九魅の力で増幅している訳ではなく、九魅の肉体が人間忍者の限界を超えた大妖怪状態になった為、武器の側がセイフティを解除しているだけに過ぎない
残りの四本は忍者スキルが使えない為に尻尾に回された二種と、ご先祖様が恐れた力が遺伝子に刻まれてたとかそんなんじゃないかな

★主人公
世界の壁を突き破り、外側から時空の穴を塞ぐ事に成功した書主
しかし、元の世界への戻り方に四苦八苦している間に、別の世界の引力に捕らわれてしまう
文字列でなく常に挿絵、イラストで表現される世界に喜ぶと同時に見つけたのは、輪ゴムの隣で真っ二つになった女性の死体だった
「この人は、まさか、輪ゴムで死んだ人!強キャラムーブしてたらラスボスに輪ゴムで殺された人じゃないか!」
次回(とこの話の間で繰り広げられる幕間)
『血統! 才能! チート! ~死体のスカートをめくると、そこにはパンツと共に文字列があった~』
「貴女連載終了後も読者から輪ゴムネタ延々引っ張られますよ。あと媚薬ネタの餌食になったり、小太りな主人公のヒロインになったり……あ、古本屋で売ってたの覚えてるから出せますけど、読みます?」
お楽しみに!
……みたいな感じの話を次回までの行間で何個かやるみたいけど文章に起こす訳ではないから気にしてはいけない
読みたければ作者の脳味噌にエーテライト刺すとかすればいいんじゃないかなと思います

★黒歌さん
現時点では総合力で小猫さんより強い
なお彼女の聞いた報告は駒王学園襲撃の際のデータのみでドラスレの事は知らない
予定では次回、ある意味酷い目に合う感じ

★白音改め小猫さん
Dボウイでもアイバタカヤでもないテッカマンブレード的な
色々と姉には思うところがあるし、ついていくかどうかも決めてない
「でもそんな事は置いておいて、まずは殴ります」
殴ってすっきりしてから結論出したい
思考が魔術知識のコピー元に引っ張られている可能性が無いでも無い
事前の予定では色々決意して黒歌さんを殺そうとして……みたいな流れになるはずだった
だがもう(そんな予定は)無くなった!
なんか戦闘面と麺→タレ→麺が強化されてこういうシーンではかっこいいヒロインムーブで固定になりそう
でも大丈夫! 日常場面では隙ありまくりだから!




そんな訳で、次回、ここまで来たら流石に主人公が合流します
予定通りのヒロインムーブはできないけど、これも小猫さんの選んだ道やでな……


特に書く予定の無い幕間の次回予告!

9つの世界を巡り、ついにたどり着いた元の世界へと戻れそうな最後の世界
多くの戦いを共に駆け抜けた仲間たちの助力を得て、ついに元の世界への扉が開かれる
「輪ゴムちゃん、エリアスさん、景明さん、照夫さん、足柄さん、サトシくん、同田貫ちゃん、リュウセイさん、そして、マンソン。……またね!」
邪悪あれど、文字列でない目にも心にも優しい世界達
後ろ髪引くその全てを振り切り、彼は帰るべき場所、生き抜くべき世界へと帰還する

次回!
『さらば友よ! ジャーニー・ルーザ・ディケイド』
熱き闘志に、チャージ、イン!

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