文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活 作:ぐにょり
今年も気を長くしつつ広い心を持ちながら当SSをよろしくお願いします
そして夏っぽい曲からサブタイを持ってくる計画、二話目にして断念
じぃじぃじぃ。
耳にこびりつくんじゃないかと思うほどに喧しいセミの声を聞きながら、木陰になっているベンチに座り、空を見上げる。
憎らしい程の快晴。
雲一つない、という程でなく、遠くに大きく入道雲が見える。
夏、見るからに夏だ。
今の私の視界を適当に写真に収めるだけで夏を題材にした写真が一枚綺麗に完成してしまうだろう。
「……暑い」
まだ『熱い』にならないだけましとはいえ、中々に堪える暑さだ。
基本的に私達悪魔は太陽に弱い。
というのは、今はそれほど関係ない。
この暑さでは天使だろうと堕天使だろうと参ってしまうに違いない。
ちら、と、公園の中央に設置された、じりじりと熱を蓄え続けている時計を確認する。
──確認すると同時に、首筋に場違いな程の冷たさが走った。
「ひあっ」
飛び上がる様にベンチから立ち上がり、振り向く。
そこに居たのは、水滴の付いた缶ジュースを持った読手さん。
「おはようございます、塔城さん。待ちました?」
「そんなには待ってないです」
他愛のない悪戯、驚きはしたけど、怒るほどのものでもない。
缶ジュースを受け取り、小さく「ゴチです」と言ってからプルタブを開け、口を付け、傾ける。
自販機かコンビニで購入したばかりなのか、キンキンに冷えた炭酸が、日影に入った程度では逃れられない暑さに熱された身体を内側から冷やしていく。
美味しい。味はいつも通りだけど、この冷たさが美味しい。
「ぷあ……。それにしても、早いですね」
飛び上がる直前に見えた時計の針は、九時二十分程を指していた。
待ち合わせ時間から考えると三十分以上早い。
「先に待ってた塔城さん程じゃありませんよ」
「む……」
別にそんなに早くに来たつもりは無かったのだけど、言われてしまえば確かにそうだ。
待った時間は十分程だけれど、それでも本来の待ち合わせ時間の事を考えれば早くに来過ぎた感はある。
何故こんな早くに、と聞かれても、イマイチ原因は分からない。
何時もよりも早くに眠ろうとして、何故か寝付けなくて。
何時もよりも少し遅い時間にようやく眠れて。
なのに、何時もよりも早くに目が覚めた。
二度寝しようとしても何故だか落ち着かず、少しだけ出かける準備に時間を掛けて、少しテレビの前でぼうっと時間を潰して。
テレビも然程面白くなかったので、ゆっくり歩いて行けば待ち合わせの時間になるだろうと早めに出てしまったのだ。
どれもこれも原因なんて分からないから、聞かれて何か困るという訳でもないのだけど。
困る訳ではない、筈だけど、聞かれて、そのままに答えるのは、なんだか、まずいというか、恥ずかしい気がするのは何故だろう。
「じゃあ、どうします。適当にブラ付きます?」
「ノープランなんですか?」
「いやいや、おおまかに行く場所は決めてるんですけど、時間がね」
「なら適当に歩きましょう。その内に良い時間に成るでしょうし」
聞かれたくない事は聞かない。
そういう気配りが出来るのがこの人の美点だ。
そんな事を少しほっとしながら思いつつ、適当に物陰の多い通りへと歩き出した。
―――――――――――――――――――
自慢じゃあ無いけれど、私は誰かと遊びに行く事が少ない。
……割と本気で自慢にならないけど、自分が社交的な悪魔でない事は自覚があるので負い目も無い。
だから、夏休みの最初の一週間を一緒に遊びに行こう、なんていうのも当然その場の思いつきで、具体的に何をどうするか、なんて事も深く考えては居なかった訳で。
何処に行くのか、という点については、ほぼ読手さんに任せきり、という形になっている。
「なっている、じゃなくて、誘った方も多少考えたほうが良いんじゃないかなって思いますけど」
「読手さんなら変な場所には誘わないでしょう?」
いや、勿論絶対に変な事をしない、と言い切れる訳じゃないけれど。
少なくとも、友人と遊びに行く先に、悪魔や堕天使や天使のお偉いさんが居る場所を選んだりはしないだろう、と思える程度には信頼している。
読手さんは少し頭のおかしい部分もあるけれど、日常生活の中では私の友人の中でも片手の指に入る程に常識を弁えている人だ。
友人の人数を聞いてはいけない。聞かれたら流石の私も冷静では居られないだろう。
「まぁ、いいですけどねー……、っと、到着です」
出来る限り涼しい道を選んで歩き続けて、辿り着いたのは駒王町の中では比較的賑わっている方に分類されるアーケード。
で、目の前にある建物は……。
「映画ですか」
「まぁ、妥当でしょう?」
「何か面白そうなのやってますかね」
「悪魔的にホラーものってありですか?」
「モノによりますけど、私は嫌いじゃないですよ」
普段それほど映画を見る訳じゃないけれど、映画と言えばアクションかホラー映画が安牌なんじゃないか、程度の拘りはある。
どっちも事件が起きてから解決までに時間や伏線が必要になるわけじゃないから、二時間程度に収めるのに具合がいい。
……という話を聞いて『なるほどなー』と思って以来、なんとなく映画と言えばアクション、パニック、ホラーのどれかばかり見ている気がするのだ。
まぁ実際、恋愛系の話を二時間枠に収めると誰も彼も急に恋して急に仲を深めて、という、話の都合でキャラが動いている感じがして受け付けないので、そう間違った意見ではないだろう。
「そろそろ始まりそうなのは……ああ、タイミング良いですね。三本くらいありますよ」
「『闇を行く者達の宴』に、『泥男は誰だ?』、あとは『冬咲く桜』ですか」
アクションホラー、ホラー、痛快グロテクスニンジャアクションラブコメディー。
「……3つめのジャンルって、どう受け取れば良いんでしょうね」
「こういうゲテモノ駄目でした?」
「いや、駄目か良いかの判別が難しいといいますか」
「最後にコメディーって付いてる場合、そこで全て許される感じがしますけどね」
「ああ……」
冗談みたいな話、という事だろうか。
実際、コメディタッチの話にしてグロさを緩和させる映画というのは海外に多いらしい。
日本では少ないのか、と聞かれるとどうとも答えられないけれど、どちらかというとそういうゲテモノは話題に登りにくいから知らないだけなのかもしれない。
「どうします?」
「んー、午後にやるハリウッドのやつなら自信持ってオススメできるんですけど……午前中のはさわりしか知らないので」
「午後のって?」
「あれです、あれ。大物死体役女優が出るんですよ」
大物死体役女優(哲学)
世の中には私の知らない世界がまだ多く存在しているらしい。
というか、なんで読手さんはそんなニッチな女優が出るという情報をキャッチしているのだろうか。
「じゃあ……冬咲く桜以外で」
痛快かどうかは置いておくとしても、グロテスクニンジャアクションは最近見飽きるレベルで見ているので除外。
ラブコメは……ギャー君……いや、やめておきましょう。
本人に自覚がないなら外野の私がとやかく言うのも野暮というものです。
「じゃ、宴の方にしますか」
―――――――――――――――――――
実際、映画を目的として映画を見るのでないのなら、映画の内容の善し悪し、というのはそれほど問題にならないらしい。
余程悪くない限りは劇場の映像と音声の迫力で誤魔化しが効くし、実際今日見た映画はそれほど悪く無かったと思う。
邪神の復活を企む邪教と、それに立ち向かう探索者達の物語。
と、ここだけ聞くとかなりヒロイックな内容に思えるけれど、運命か偶然かで集まった探索者達にできた事はそう多くない。
最悪の未来は阻止した。彼等の冒険の結末を語るならその言葉がしっくりくる。
万事が万事解決して笑顔から青空でFIN、と行かないビターエンド。
「でも、こう……煮え切らないエンデイングでしたね」
「いやでも、あそこで斬ってもそれはそれでバッドエンドになりません?」
とはいえ、むしろ後味の良いハッピーエンドで終わる、爽快感が残るだけの映画よりは、かなり話の種になる。
パンフレットを買って、一緒に適当な喫茶店に入ってしまえば、あとは映画の内容でグダグダ喋るだけでもかなり楽しい。
視聴者に考えさせる、考えたく成る、話し合いたくなる結末を用意できた、という意味で言えばあの映画は間違いなく名作だろう。
「何処がいけなかったんでしょうか」
「味方魔術師の慢心、これに尽きる。やっぱり魔術師は慎重でないと」
身につまされるようなつまされないような話だ。
私が教えてもらった魔術師の戦術は基本的にガンガン行こうぜという感じのものだから、ああなる可能性も無いではないのかもしれない。
「まぁ、パンフ見る限り、慢心しなかったからってどうにかなってたのかなぁ、って疑問は残りますが」
「あー」
映画本編では断片的な情報しか出ていなかったけれど、パンフを見る限り、あの女の子が異形化していた時点で状況は積んでいたようにも思える。
高位の魔術師が味方に居た、なんてなんの慰めにもならない。
私に置き換えて言えば、未だ知識でしか知らない、赤眼の魔王やその配下を相手に戦え、と言われているようなものだ。
「まぁそれを抜きにしても、やっぱり最後の最後でスッポ抜けるのは……」
「でもその前の刑事さんの連続スナイプは……」
―――――――――――――――――――
「あ、もう良い時間になりましたね」
言われて時計を見れば、もうこの喫茶店に入ってから一時間程が過ぎていた。
昼飯時にも関わらず客足は少ないけれど、入ってからずっとジュース一杯で延々駄弁っていたお陰で、店員さんが少し迷惑そうな視線を向けてきているのがわかる。
時間的に遅めの昼食にしてもいい時間だし、ここで適当に昼食を済ませてしまうのもいいかもしれない。
「じゃ、会計済ませて飯食いに行きましょうか」
「ですね」
いいかもしれないけれど、わざわざ静かなだけが取り柄の様な場末の喫茶店でご飯を食べる必要もないだろう。
時間的に昼のピークは過ぎているから、それなりに有名だったりして人の多い店に行ってみるのも悪く無い。
そう事前に決めていたので、私も読手さんも店員さんのちょっと怖い視線を完全に無視してスムーズに店を後にする。
……ジュース一杯で雑談して帰っただけであんな視線を客に向けるような接客でやっていけるのは少し不思議だ。
まぁ、ライバル店が少ないからかもしれないけれど。
さて、喫茶店を出て遅めの昼食を、という事になったけど、別にあてが在るわけでもなし。
ただ遊びに来ただけでそう大仰な店に入るのもおかしな話。
とりあえず適当に冷房が効いている店内で食べられればそれでいいんじゃないか、という事は決まったものの、これ、という決め手も無い。
「あえてのラーメンとか」
「いや、逆にカレーですよ」
冷たい蕎麦やら冷やし中華という結論にはどうしても至らず、熱いメニューを双方望んで、行き着く先は結局ファミレス。
ここでも適当にカレーとラーメン、デザート各種とドリンクバーを頼んでダラダラと駄弁る。
……なんともしまらない、如何にも適当に出歩いています、という風でしかない時間が過ぎていく。
それでも退屈、という訳でもなく、授業の開始時刻などに追われる事無くゆったりと過ぎていく友達との時間。
周囲からどう見えているかは分からないけれど、これはこれで心安らぐ贅沢な時間の使い方だと思う。
……そんな風に、誰かに茶化される事もなく誂われる事もなく、夏休み初日が平穏に過ぎていく。
そう考えていたのはほんの数分前の話だ。
「これなんかどうです?」
所変わって、所変わって……何故か、私達は呉服屋の中に居た。
呉服屋というのは基本的にそう人で溢れかえるような場所では無い。
しかも夏休み初日となれば一般的には余裕で平日に分類される日であるので、余計に人が居ない。
そしてアーケードの隅にひっそりと店を構える様な小さな店となれば尚更で、店内に居るのは何時から務めているのかも分からない様なヨボヨボの店員さんと私達のみ。
「いや、そんな持ってこられても」
「……いや、それもそうなんですけどね」
綺麗な浴衣を二着程手にした読手さんは困ったような顔で同意してくれるが、それでも浴衣を元の場所に戻さない。
何故私達がこんな場所で浴衣を物色しているか、と聞かれると、この場には居ない面倒な人が関わってくる。
本当の事を言えば面倒な人だなんて間違っても口にしてはいけないであろう相手ではあるんですが……やっぱり部長は面倒な人だと思う。
何せイッセー先輩のメールを介して私と読手さんに『夏休みの間に浴衣を使う機会があるかもしれないから、時間があったら小猫の分を見繕っておいてくれないかしら』といった旨の話を持ち出してきたのだ。
そういう真似をするなら、最初から自分もメアドの交換くらいはしておけばいいのに。
「でも、夏休みの間に使う予定があるんでしょう? しかも冥界に行く前に用意しておきたい、と」
「だからって、何も読手さんに頼まなくても……」
これは別に、友人に浴衣を選んでもらう事が恥ずかしい、というだけの話ではない。
そもそもの問題として、読手さんは普段は目を閉じて生活しているのだ。
目を開けて接する日影さんを例外として、読手さんは人の服を選ぶのには適任ではない。
しかし、それ以上にデリカシーが無い。
そもそも彼は目を閉じて生活しているけれど、本当は目を閉じていたいと思っている訳ではない。
それくらいの事は、数ヶ月の付き合いしかない自分にだってわかる。
そんな彼に、似合う服を選んでくれ、というのは、どうかと思う。
「別に此方は構いませんよ。……それに、ちょっと楽しかったりしますしね」
「そうですか? でも、目は……」
「普通に見える時もありますよ。瞼を開けた時と見える時のタイミングが合う事も最近は多いですから。それに……」
「それに?」
問いに、ニッコリと邪気の無い笑みを浮かべる読手さん。
「塔城さんの浴衣姿を一番に堪能できるなんて、役得じゃないですか」
「……、…………は、恥ずかしい人ですね」
どうしてこう、こういう恥ずかしいセリフをサラッと向けてくるのだろうか。
恋人が居て、女性に慣れているから、というのも間違いなくあるのだろう。
まして相手があの色々と解り難い日影さんだ。
読手さんの方ではっきりと意思表示をするのも円滑なコミュニケーションを進めるのには必須なのかもしれないけれど。
だけど、
「そういう事言って、勘違いされても知りませんよ」
そういう口説き文句みたいなセリフは、それこそ日影さんにでも言っていればいいのに。
なんで、ただの友人の私にまでそんな事を言ってくるのだろう。
浮気症……という訳ではないのは、普段の彼の交友関係を見ていれば解るだけに、そこだけが不可解だ。
「大丈夫ですよ。此方だって、誰にでも言う訳じゃないんですから」
少しだけ真剣な口調に、言葉が詰まる。
気付かれないように大きく息を吸って整えて、勤めて平静な声を絞り出す。
「……どういう意味ですか」
「さて、どういう意味でしょう」
逸らかす様な、面白がる様な口調に、誂われている事に気付く。
なんだか言葉でじゃらされている様で、少しだけ負けた気分になる。
ムカついたので軽めに拳で小突く。
避けられる。
ムキになって再び小突こうとするも、手首を軽く押さえられて止められてしまった。
これがニンジャ特有のジュー・ジツ! 日常生活でも使ってくる辺り実に小癪だと思う。ズルい。
「小さい店なんだから、暴れたら周りの服がヤバイですって」
「ぐぬ」
ここで周りを巻き込む正論は更にズルい。
でも手首を取られて身体が近いので脛を蹴る。
片腕で二着の浴衣を持ちながらもう片方の手で蹴られた脚をさすってぴょんぴょんと跳ねる読手さんを見て少し溜飲が下がった。
……どのみち、部長が頼んで読手さんが引き受けた以上、一週間後までには浴衣を用意しないといけないのだ。
今後、時間を改めて浴衣を買いに行くとなって、大きくて他に客も居る呉服屋やらショッピングモールやらで選び直しになるよりは、今日人目の少ないここで買ってしまうのが一番妥当かもしれない。
「……それじゃあ、お任せしても大丈夫ですか?」
「ええ、これでも和服選びには一家言あるような無いような」
「どっちですか、もう……」
何でこのタイミングで不安に成るような事を言い出すのか。
……とはいえ、少なくとも今読手さんが手にしている二着の浴衣はどちらも悪く無いデザインで。
彼の言葉が照れ隠しなんじゃないかな、と、そんな事を考えれば、少し面白くもあり。
私は読手さんに促されるまま、試着室へと向かうのであった。
―――――――――――――――――――
……普段の部長のカリスマ()で学園のお姉さま()な雰囲気からは想像もつかないかもしれないけれど、部長は策士で、頭も回る。
貴族教育がどうこう以前に、持って生まれた才能として頭の回転が早いらしい。
そこら辺の頭の良さというか小狡さとかを駆使すればアーシア先輩の猛攻なんて問題にならない程の速度でイッセー先輩を虜にして恋仲になれるんじゃないかな、と、思うのですが。
「ふんふん」
少なくとも今日のこの時間まで、それが真っ当に生かされている場面をレーティングゲーム以外で見たことがない。
挙句の果てに部長はその優れた頭脳を持って、公表するつもりなんて欠片も無かった部下のプライバシーを暴くのが大好きなんじゃないか、と思う時がある。
「それでそれで?」
腕を組み、嫌らしい笑顔で顔を寄せてくる部長。
夕方、日が沈んだ後の時間、悪魔としての活動のために部室に集まった私達グレモリー眷属。
それぞれ思い思いの夏休み初日を過ごした訳ですが、如何せん、他のヒトは初日からあちこち遊びに行ったりはしなかったらしく。
事前に初日から遊びに行くという情報を漏らしてしまっていた私は、話のネタとしてまたも部長の口八丁で生け贄に捧げられてしまった。
……というか、話題という話題なら、イッセー先輩を副部長と部長が取り合っている辺りの話とかを使えばいいのに、なぜ私なのか。
ギチギチギチ、という音がどこからともなく聞こえてくる。
「小猫ちゃん、手、手」
なんですか祐斗先輩、私の手がどうかしましたか。
この拳は別に何かを殴るために握っている訳じゃないですから大丈夫ですよ。
格好いい言い方をすれば、この拳は誰かを倒すよりも誰かを守るための拳です。
因みに守る対象は主に呪文詠唱中の自分ですが。
つまり専守防衛なので無害だからノーマークでいて下さい。
こんな真似を繰り返されたらあらぬ方向に飛んで行くかもしれないけどそれが誰に当たったとしても事故になるから大丈夫です。
「小猫、ねえ小猫。それで結局良い浴衣は選んでもらえたの?」
「はい。中々のものを」
悪びれもしない部長に怒る気も失せ、頷く。
自信満々に言うだけあったのか、読手さんの選んだ浴衣は派手さや奇抜さこそ無いものの、夏らしい涼やかさを感じる夕顔柄の白の浴衣。
それは丁寧にラッピングされ、私の腕の中にあった。
何に使うか分からない以上、今日使う可能性もあったので、一応この夜の集まりに持ってきたのだけれど。
「ちょっと見せてもらっていいかしら」
「………………はい、どうぞ」
今度はどんな事をやらかすつもりなのかと思うと素直に渡したくない気持ちが次から次へと溢れでて来るけれど、こんなのでも一応私の王。
経験則によるちょっとの精神的苦痛を理由に渡さない、というのは無理だろうと思い、渋々渡す。
ラッピングの一端を破れないように丁寧に剥がして中身を確認した部長は、顔に浮かべていた笑みを更に深くして頷く。
「やっぱり、良い趣味してるわ」
「どういう事です?」
「センスがいいって事よ。洒落てるし、それに……ああ、これ以上は言わぬが花ね」
思わせぶりに何かを言いかけて止める。
そういうのはもっと位の高い黒幕とかボスキャラがやるものであって部長がやっていいセリフ回しじゃないと思うんですが。
もしかしたら、最近はこういう言い回しをする偉い人達とばっかり関わっているからストレス発散に部下で遊んでいる可能性もある。
……負けても問題ないレーティングゲームとか近いうちにやりませんかね。
ライザーの時みたいな非公式非公開な感じの。
ちゃんとアーシア先輩だけは背後に庇っておきますからやりませんかね。
無理? そうですか……。
「でも部長、浴衣なんて何時使うんですか?」
「そうねぇ、冥界でそういう催しを行うなんて話も聞かないし」
イッセー先輩と副部長の言葉も最もだ。
基本的に、冥界はそういう娯楽文化に非常に乏しい。
貴族、というか、数少ない純血悪魔達によるパーティ的な催しものはあっても、聖書の勢力という事もありどれも洋風で、正装とくればドレスになる。
一般の悪魔達のお祭りで浴衣を着るような情緒溢れる催しものなんて望むべくもない。
「最近はお兄様の視察の甲斐もあって、そういう文化も広まり始めては居るのよ?」
「じゃあ、これは荷物の中に仕舞っておいた方がいいですね」
冥界行きの日は決まっているけど、だらだらと準備を先延ばしにして直前で慌てるのはなんだか嫌だ。
一週間遊ぶだけ遊んで、その後はゆったりと冥界に行きたい。
自慢すると、宿題だって後回しにはしないタイプなのだ。
「ああ……そう、ねぇ」
つい、と、視線を虚空に向けた部長が少しの間考えこむような素振りを見せる。
「……ああは言ったけど、実際に向こうでそういう催しに参加できるかは、まだ分かってないのよ。だから、その浴衣は前日まで荷物とは別に分けて置いてくれる?」
「……ちょっと、予定がふわふわし過ぎじゃないですか? 部長が頼んだから選んできたのに」
「ええ、そうね。本当にごめんなさい。ふふ、私が頼んだのに、ね」
クスクスと笑いながらとても反省しているとは思えない謝罪をする部長。
なんでこのひとはさっきからずっと笑顔なんだろうか。
誰か理由を知っているかと周りの顔を見回してみるも、部長の腹心()である副部長ですら不思議そうにしている。
私が不審そうな顔をしている事に気が付いた部長は、それでも悪戯を仕掛けた子供の様な笑みを浮かべたまま、立てた人差し指を『ちっち』と振りながら言葉を繋げた。
「慌てる必要なんて無いのよ、小猫。まだ夏休みは一日目、冥界に行くまで一週間もあるんだから。……こっちでの夏休みを、十分に堪能しておきなさい?」
ちょっと場面がぶつ切りになりすぎかも、と思いつつそのまま投稿しちゃう自分への甘えが見える三十六話でした
仕方ないんです。ジャックが詫び石で出た時点で自分、お母さんになってしまったので
今回のジャックでおかあさんになってしまったマスターはどれだけ居るのでしょうか
★初日
小手調べ
映画見て喫茶店で喋ってファミレス行く辺りまでは友人と遊びに行く枠で収まると思う
でも呉服屋はどうかなぁ
因みに次は最終日、中5日なんて無かった
でもそうでもしないと5巻が進まないから仕方ないし7日分もデート描写なんて出来ない
★映画
元ネタはどれも名作
検索で元ネタが真っ先に出る奴だけ申し訳程度にタイトル改変
特に三つ目は腹が捩れる程
一作目は大作必見
ふたつ目は更新待ってます
★冥界行き
原作と違い、夏休み前にイッセーにも話が行ってる
たぶん前の話とは別の時間で、小猫さんのスケジュールとかで部長が誂う場面があって、そこから夏休みの冥界行きの話になった
この話の時点ではイッセーの家はまだ普通
★浴衣
部長がイッセー経由で主人公に依頼
別に怪しくもなんともない
★小猫さん
遊びに行く前日少し落ち着かなかったけど、初日は概ね平穏に過ぎ去ってホッとしてる
別に浴衣を選んでもらうとかしてもデートではないので誤解しないで下さい、とのこと
★リアス・グレモリー
知慧に優れる策士
有益な方向で活かすかはともかく頭脳は優れている
自分の恋愛は上手く行っていないけど大丈夫?
★その他グレモリー眷属
大体が空気と化した
小猫さんメインの話だから仕方ないね
★ギャー君
浴衣を選んでもらった事を部長の口八丁で自白させられた小猫さん
……の事を、無言のままじぃっと真顔で見つめていた
そうそう毎度出番があると思うのは慢心でしかない
★最終日
冥界に入る前の思いつきデート編はこっちが本編
初日なぞ我ら夏休みデート四天王の中では最も格下
四天王だけど7日ある
が、初日、省かれる中日、最終日の三種であるため実はこの時点ではむしろ一日足りない
もう一日追加するかどうかは5巻の原作ルートの内容及び、このSSを書いてる人の記憶力次第
次回、選ばれしメインヒロインにのみ許されたデート回後編
お楽しみに