文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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二話 蛇は絡み

神器(セイクリッド・ギア)とは何か。

特定の人間に宿る、聖書の神が作り上げた特殊な力を持つ遺物。

歴史上に名を残した偉人の多くは神器保有者である、らしい。

通常は人間社会の中で僅かに突出できるかどうか、という程度の力しか与えない、ちょっとしたおまけの様なものなのだが、中には人の身を悪魔や天使、神に届かせる程の力を与えるものも存在する。

 

……それなら、テレビで見た有名人の中に神器の持ち主が居ても可笑しくないと考えたのだが、残念ながら当たりを引けたことはない。

今は偉人が生まれにくい時代なのか、はたまた神器の力が無くとも偉人になれる程に人が進歩したのか。

後者だと嬉しい、とは思うのだが、もしかしたら、単純にこのシステムの根幹を成す聖書の神様が死んでいる事から来る悪影響なのかもしれない。

そうなら嬉しくない話だ。

 

だが、だからこそ人は自らの意志で努力する事ができるのである。

天は自ら助くる者を助く、と言うが、理想を言えば天が助けなくても自らの力だけで自らを助けられるのが一番いい。

何しろ今の御時世、天が助けてくれる可能性は微々たるもの。

信じるべきも高めるべきもまず自らの力から。

 

そんな訳で、今日も自助努力の時間である。

 

魔剣創造(ソード・バース)に、黒い龍脈(アブソーション・ライン)ね。中々どうして粒ぞろいじゃあないか」

 

二年の木場祐斗先輩、同じく二年の匙元士郎先輩、ごちそうさまです。

校内散策で呆気無くこの二人の神器保有者を見かける事が出来たのは僥倖だった。

目を開けたまま長々とうろつくのはこれで気が滅入る作業だから、目立つ二人がそうだったのは嬉しい誤算だ。

できれば、もう少し日常生活で使えそうなのがあると良かったけど、まぁ、無いよりはある方がいい。

 

制服をハンガーにかけ、椅子に座り目を開ける。

目の前に広がるのは、外よりは幾分安らげる光景、リラックスできるプライベートなスペースだ。

早い話が自室だ。

だが、ただの自室ではない。

ただの自室では無くしたのだから当然だが。

 

壁、天井、ドア、窓、机、椅子、本棚、ベッド、テレビ。

壁に掛けてある自作の風景画、ハンガーに掛かった制服。

それらは全て文字ではなく、三次元的厚みのある漫画絵で出来ている。

 

これらは、いわゆる挿絵である。

 

表面に手を当てて『捲れ』ば、その中にはいつも通りの文字の塊がうごめいているが、これらはそれなりに力を入れて捲らなければ剥がれない特別製だ。

何しろ、どれもこれも此方が丹精込めて何度も何度も重ね書きした特別製の挿絵である。

そんじょそこらの、稀に文字の上に現れる薄くて枚数の少ない挿絵と一緒にされては困る。

此方が重ね書きすると見た瞬間のインパクトというか、存在感が増すらしいが、そんな事は別にどうでもいいんだ、重要なことじゃない。

捲れず、一見して文字の塊には見えない。

これこそが重要なのだ。

 

「ふん、ふふーん」

 

適当なメロディの鼻歌を歌いつつ、机の中から金属の塊を取り出す。

別に、そこらから拾ってきたものでもいいのだが、こういうものはちゃんとした製品を利用したいと思うのが人情だ。

これには一切手を入れていない。

 

さて、ここに取り出しましたるは、何の変哲もないアルミブロック。

目に見えるのは何処で採掘されたボーキサイトか、来歴、分子構造程度の単純な代物でございます。

これを、まずある適度のサイズに千切ります。

タバコの箱程度あれば十分です。

今回はこれを二つ。

できますね?

 

次に、ちぎり取った金属を一度平たく伸ばします。

面積を広げる事が重要なので、掌で適当に薄く広げてあげれば十分です。

 

そして、書き込みます。

適当なペンでもあればいいですが、無いなら指でも箸でもなんでもいいです。

先っちょが細いと書きやすいです。

 

魔剣創造(ソード・バース)と同じ機能を持っている。魔剣創造の機能に関しては後述】

 

あとは、余ったスペースに元の持ち主からカンニングした機能を書きます。

来歴、材質、製作者に関しては省いて構いません。

とりあえず機能だけ書けば十分です。

何か不便な点があれば、その部分はこのように但し書きを付け足して補填してしまいましょう。

 

【伝説上の魔剣に匹敵するものは作れないと言われているが、これは魔剣創造そのものではないので、その縛りは存在しない】

【能力使用による負担は無い】

【また、持ち主は自在に魂の中にこれを格納する事ができる】

【羽のように軽く、壊れず、持ち主が外そうとしない限り外れない】

【盗難不可】

 

こんな感じです。

元の機能部分はオリジナルから完コピなので、機能不全は起こりません。

 

あとは、適当な形に纏めます。

やりやすいのはブレスレットでしょうか。

ある程度体積があっても形をまとめやすいです。

捏ねて円形にして、部屋にある家具と同じように、上から適当なデザインのブレスレットの挿絵を重ね書きすれば……。

 

「害のないのでいこう」

 

ブレスレットを腕にはめ、念じる。

すると、何の前触れもなくペティナイフ程度のサイズの剣が掌に現れた。

同時に部屋の中の光量が減り、薄暗くなる。

ナイフサイズの魔剣で何度か空を切り裂くと、部屋の中は闇に包まれた。

ただ、ナイフの刃にだけ、細い光が灯っている。

机の上に置きっぱなしだったアルミブロックに刃を当てる。

じゅ、という音と共に、アルミブロックはバターを熱したナイフで切り裂くように切断された。

 

「名づけて蓄光剣、でいいか」

 

―――――――――――――――――――

 

さて、この世界が一冊の本である、世界は文章と挿絵で出来ている、と確信した理由に関しては、これで多少は理解して頂けるだろう。

少なくとも此方は認識している文字列に追記し、その存在を書き換える事が容易くできる。

何故できるのか、と言われれば、此方が知っている訳がないだろう、と答えるしか無い。

文字列なんだから書き足せるだろう、と、そんな思いつきがそのまま上手く行ってしまっただけなので、本当に、こればっかりは推測でモノを言うしかないのが現状なのだ。

何しろ、此方の体を構成する文字列を端から端まで熟読しても、この力に関しては一切の記述が無い。

 

推測で語るとするならば、この、頭の中で思い浮かべているにも関わらず、何処かに語りかける様な思考と共に説明しなければならないだろう。

大前提として、この世界が本の世界、少なくともとある一冊の本から派生した文字媒体の物語であろう、という確信がある。

そして、多少なりの『読者』が居るという事も。

 

例えば、此方の目は人や物を文章の塊と、極稀にそれを覆い隠すようにして現れる挿絵として認識している。

最近で言えば小さい猫……塔城某を見た時のあれだ。

ぱっと見ただけで読み取れてしまう表面的な個人情報に、文字を追うごとに見えてくる肉体の作りを時に無機質に、時に情緒豊かに無駄に説明する細かい文章。

だが、人の肉体とはそれだけで構成されているものだろうか。

人間の表皮に一体どれだけの細菌や微生物が張り付いて生きているか、考えた事は?

順当に考えれば、表面に張り付いた別種の雑多な微生物の文章に遮られ、此方の目は目の前に居る人間の文章を追うことすら出来ないだろう。

 

その考えに至った小僧は、愚かにもこんなことを考えてしまった。

 

『空から地球全体を見渡した場合、何処から何処までが地球の文章に組み込まれるのか』

 

時代が時代だけに、宇宙から見た地球の写真など、小学生に上がったばかりの此方でも簡単に手に入った。

今ではネットで写真・地球とでも検索すれば一発だろう。

より大きな地球の写真を求め、学校の図書館に足を運び……。

…………目的の写真を一冊の本の中に、見つけてしまった。

あの時の衝撃をどう表現すればいいか。

 

確かに、地球もまた表面に生きる生物の事など殆ど省かれた、一つの無機有機の塊である惑星としての文章で構成されていた。

だが、その内容に詳しく目を通す事が出来たのは、写真を見てから暫くの期間を置いてから。

その文字の塊には、挿絵が張り付いていたのだ。

いや、挿絵と言うには語弊がある。

なぜなら、それは地球の姿を描いた挿絵では無く。

見覚えのある、昔々に死ぬ前に、生まれる前に見た、ライトノベルの新刊を知らせるチラシに描いてあった一冊のライトノベルの表紙が、まあるい地球の輪郭を完全に無視し、しかしこれ以上ない形で重なっていたのだから。

 

地球に被さっていたのは、挿絵ではなく、表紙。

この世界は、この星は、一冊の本。

 

そして、その日の、それは突如として空に現れた。

 

巨大な、余りにも巨大な目。

他の誰にも見えず、ただ此方の目だけが確認した、空に浮かぶ目。

その目の動きには、覚えがあった。

上から下へ、一番下から少し左にずれながら一番上へ。

此方を、いや、地球を睥睨する目の動き。

それは紛れも無く『本を読む人間の視線』だった。

 

理解してしまった。

その目を見た瞬間、理解してしまったのだ。

此方の目が、そして、恐らく、指か手か、さもなければ書こうとする意志が。

未だ此方ではなく、あの目と同じく彼方にある。

少なくとも、此方の一部は、未だ彼方にあった頃と同じように世界を感じているのだ。

 

―――――――――――――――――――

 

書主(ふみぬし)さん」

 

肩を揺すられ、名前の最後の辺りが僅かに強い独特のイントネーションの、落ち着いた低めの女性の声で、名を呼ばれる。

かつての記憶から今に意識を引き戻し、肩に手を置く声の主に視線を向ける。

闇の中、いつの間にか開けられていた窓から差し込む月光が、声の主の瞳だけを輝かせていた。

闇の中、はっきりと姿の見えない窓から入ってきたその人物は、当然の様に文字の塊ではなく、三次元的な厚みを持つ絵の姿をしている。

 

「こない部屋暗くして、どないしたん」

 

「ああ、これ、ちょっと動作試験を」

 

ぱきん、と手の中のナイフをへし折ると、ドロリと粘液状に圧縮された光が中から溢れ出し、蒸発するようにして部屋の明るさが戻っていく。

部屋が明るさを取り戻し、侵入者である女性に視線を向ける。

ボブカットにした緑髪、一見して何を考えているのかやる気があるのか分からない気の抜けたサイダーの様な表情。

腿の半ばまでカバーする裾の長いサマーセーターに包まれた胸は実際豊満、なんと嬉しいEカップ。

更に奇跡の様なくびれ、そして尻は喜ばしい曲線を描く。

 

だがそれらの内の何よりも注目するべきは、目だ。

縦に入った亀裂のような瞳孔の色は金よりも黄に寄っている。

常人にはありえない、蛇を思わせる瞳は、眺めていると吸い込まれ絡め取られそうになる。

美しい瞳。

当然だ。

画竜点睛を欠くわけには行かないのだから、瞳を入れる時には特に気を使った。

はっきり言って『彼女を描いた』時以上に、何かに集中して力を込めた事は前世含めて一度もない。

 

「また工作か。ホンマに、こういうの好きやね」

 

呆れたように言いながら、此方の手首からブレスレットを抜き取り、天井の照明に翳してしげしげと眺める。

盗難防止が働いていない訳ではない。

これは元々彼女の為に作っていたものなのだから、盗難の範囲に含まれないのだ。

 

「まだ細工の途中なんですけど」

 

だが、プレゼントとして渡すにはデザインがラフ同然で荒過ぎる。

ここから少しずつ上書きを繰り返していい感じのデザインにしようと思っていたのに。

今のままだと細部が荒くて、人に渡すには恥ずかしい。

ん、と手を突き出して返すように催促する。

 

「そうなんか、なら、少し待たせて貰うわ」

 

あっさりとブレスレットを返し、ベッドに腰掛ける。

どうやら完成を待つらしい。

別に、今すぐ使う場面が出てくるような便利なものではないのだが。

 

「見てて面白いもんじゃないですよ」

 

「そう思とるんは、あんただけや」

 

「なら、いいですけど」

 

ベッドからの視線を体の側面に受けながら、芯の入っていないシャープペンをブレスレットの上になぞらせる。

大まかなデザインはあちこちから構想を得た適当なものだが、ここからはフィーリングだ。

大まかなデザインを示した薄く、荒い線、『文字列ではない、意味を持たない純粋な線』に、やや力を込め、強く上書きしていく。

色はやや光沢の薄い銀を主軸に。

そう願うだけで、芯の無いペン先から生まれる新たな線は思い浮かべた通りの色へと変わっていく。

緑の細くしなやかなライン、先端近くから赤で短くチロリと分岐させ、そのすぐ近くに黄を一点加える。

何の絵か連想できるだけで、絵にはならないギリギリのライン。

灰の森に潜む、舌を出した蛇。

割と自身がある。

 

「書主さん、自分の癖、知っとるか」

 

「なに?」

 

「親しうないやつと喋る時、敬語使うやろ。間違ったやつ」

 

「その何処弁だか分からない訛りも間違ってるとは思いますが」

 

「それは生まれつきや、しゃあない。……あんな」

 

のそり、とベッドから立ち上がり、しかし動きの一切に切れ目のない蛇の様ななめらかな動作で近づき、背後から頭を抱きしめてきた。

 

「何ぞ、暗い事考えて、勝手に落ち込んどる時も、敬語になっとる」

 

「……ん」

 

あまり温かくないのは、外から入ってきたばかりだからか。春先でも夜は冷える。

ほんの少し低めの体温が、柔らかな感触と共に頭部から熱を奪っていく。

 

「ほれ」

 

彼女の細く、長い指が、頬を、顎を、口を撫でる。

首に絡んだ腕が頭を少し引き寄せた。

この腕も、顔をなぞる指も、そのどれもが容易く命を刈り取る事ができる凶器でもある。

それは良く知っている。

彼女は、戦う人だ。

武器を使って戦うが、人の首を、顔を、握り潰して引きちぎる程度の事は容易い。

 

だが、見て欲しい。

いや、見ても此方にしか理解できないか。

顔をなぞる指も、抱きしめてくる腕も、頬にかかる彼女の毛筋の一本に至るまで。

文字ではない。

三次元的なイラストではある。

しかし、そこに居るのは、文字の塊ではない、人の姿。

温かみのある文字の塊ではなく、温かみが少なくとも実感できる、人の姿。

ぼやけること無く、文字に塗りつぶされる事無く、そこにあり続けている。

 

「わしは、ここや。見えるやろ」

 

「ええ、見えていますよ」

 

彼女の名は日影。

この世界からの逃げ場で、頼れる相手で、此方の多くを知る唯一の人で──

──此方の、『最高傑作』だ。

 




書き溜め無しは宣言通り。
書けたら出す。

前回あの引きをしておいて、今回D×Dのキャラは名前しか出てこないという暴挙。
そして日影さんは出す。意地でも。

次回はD×D原作勢がメイン予定。
タイミング的にはそろそろイッセーが出てくるかも。
予定は未定。
ガバゆるプロットバンザイ。

作中注
『此方』は主人公の一人称
倫理観は部分部分ガバガバ

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