当方小五ロリ   作:真暇 日間

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狸の親分は災難に遭い、怒れる覚に触れずに過ごす

 

「やれやれ、本当に戻れなくなるかと思ったぞ」

「術の構成上、自分で本名を名乗れば普通に術は解けるでしょうに」

「そう言われても普通は思いつかんぞそんなこと。そもそも変化を無理矢理に固着させようとか狂人の発想じゃぞ?」

「……」(無言の腹パン)

「ぐふっ!? な、なぜ……」

「私は人ではない」

「そんな事のために儂は殴られたのか!?」

「妖怪が『私は人間だ』なんて認めてしまったら消えてしまいますよ。大切なことです」

「それはそうかもしれんが……」

「二ツ岩大明神などと崇められているような方にはわからないと思いますけどね」

「いやいや、儂も妖怪じゃし、わからないわけではないぞ?」

 

 と言うか、鬼の腕力を再現してぶん殴ってくるような奴が大妖怪として名を馳せていないとはどうしても思えんのじゃが……。

 

「私は引き籠っていましたからね。まあ、それまでは多少名はあったようですが」

「ほほう? となれば異名の一つ二つはあったのではないか?」

「……あまり好きではありませんし、私のことを正確に捉えているとも思えませんが、確かに私には異名がいくつかありますよ。むしろ異名しか響いていなかったりもしましたけれど」

「たとえば?」

「あー……複数回呼ばれた物で特に覚えがいいものとなりますと、『歩く黒歴史増産装置』だとか『形持つ狂気』だとか『輝く三眼』だとか『不見不聴不言不行(みせずきかせずいわせずさせず)』だとか……」

「いくつか聞いたことのある超大御所じゃと思うんじゃがそれは……」

「どうせどこかで噂が拡大してるんでしょうね。よくある話ですよ。死後に作ってもいない子供がぽろぽろ湧いてきたり、やってもいないことをさぞやったように語られたり……」

「どこぞの神の黒歴史をひたすら増やして拡散してその神の力を削ぎ落とし、消滅させたことは?」

「それは違います。幼女趣味で気持ち悪い視線を私に向けてきたので、元々相手が起こしていた黒歴史の数々を広範囲に広げてやっただけで、私が増やしたわけではありませんよ。ただ、消えていく過程の怒りや焦燥などは美味しくいただきましたけど」

「……大妖怪同士が一族を率いて争っていた時にそこに乱入してその場のほぼ全員を発狂させて殺し合わせ、最後に残った一体ずつを正気に戻して自分のやったことを自覚させて壊したと言うのは?」

「いえいえ、それはやっていません。私はお互いの群れの長の懐刀しか狂わせていません。不意打ちで長を殺させ、そうして得た妖気を使わせて皆殺しにはさせましたが、最後に正気に戻して壊れるまでの無数の感情はすべて美味しく頂きましたので無気力になって勝手に自殺しただけです。騒がしかったのでつい」

「…………その三眼に見つめられればたちどころに狂い、壊れる……と言うのは?」

「何を言いますか。壊すだけでなく、治す方向に使っても全力を出すと第三の眼が光るみたいなんですよ。不可抗力みたいなものです。勿論狂わせる時にも光りますけどね」

「不見不聴不言不行とは……」

「相手の行動を完全に縛って見ることも聴くことも話すことも何かをすることもできないようにして放置しただけですよ。視覚聴覚嗅覚味覚触覚魔力覚霊力覚妖力覚気覚直感等々全て纏めた知覚を遮断し、身体を動かす運動感覚も打ち切っただけです。殺してませんし、最後に『不殺(ころさず)』も付け加えてくれると嬉しかったんですけどね」

 

 殺すよりえぐいじゃろうがそれは。

 

「死ねば全てが終わります。死んでおらず、心が折れていなければそこから再起することができます。それをしようとせず自ら命を絶つような者は生きていくことなんてできませんよ」

「その通りかもしれんがそれはどうなんじゃろうなぁ……」

 

 そんな話をしながらの観察は、あまり成果をあげていない。覚妖怪であるのは確か。しかし覚妖怪にしては異様なほどの能力。反して殆ど感じない妖気。

 実際の戦闘となれば間違いなく強者。一撃当てれば倒せようと、その一撃が非常に遠い。一度当てるまでにいったい何度潰され、殺されることかわかったものではない。

 そんな力を自覚してか無自覚でかはわからないが自在に振るう。儂の知らぬうちに覚妖怪とは恐ろしい妖怪になったものじゃ。

 

「……それでは私はそろそろ先に行かせてもらいますね。行くべき場所も見えたことですし」

「おや……それではそこには近付かぬようにしなければの。どこに行くのじゃ?」

「人里ですよ。目的のモノはそこにあるようですからね」

 

 そう言ってあの覚妖怪は飛んでいく。急いではいるのだろうが、かなり遅い。あの妖力では仕方のないことかもしれんが、あまりにも遅い。

 だが、じっと前を見つめるその視線は捉えるべき物をしっかりと捉えた視線。けして逃がさないと言う強い意思のこもった物だった。

 ……一瞬、狸の妖怪としての本能が彼女を騙そうと囁きかけるが、迷うこともなくそれらを全て却下する。あの怪物の不興を買うような真似をしてたまるか。

 そうした瞬間に、にたりと笑みを見せられる。葛藤も悪戯心も敵意も悪意も善意も全て纏めて何もかも見抜いてくる相手と言うのは、こうもやりにくいものか。聖徳太子がやりにくいと言い、苦手とする理由がよく分かった。あれは儂でもやりにくい。と言うかあれを相手に純粋な情報戦で勝ちを拾える存在など皆無に近いのではないかとすら思える。

 いや、現実ではできないわけではない。人質を取るなり、命を奪わない代わりにと脅迫するなりすれば勝てないことはないじゃろう。暴力というのもまた交渉に使うことのできる道具の一つじゃし、そういった面ではあまり強くはないはず。

 まあ、失敗した時の報復が怖いし儂は絶対にその手は取らんがの。あの怪物がどの程度の距離まで心を読み、精神に影響を与えることができるのかは知らんが、最悪海を越えた先からでもこちらの記憶や意識を操作してくるやもしれん。そんなものを相手になどしていられるものか。

 儂以外の神に会ったことはある。和魂と呼ばれるものも、荒魂と呼ばれるものにも、どちらの面も持つものにも出会い、言葉を交わしたことがある。だが、あれほどに内と外が違うものはいなかった。長く生きてきた自信はあるし、なかなかの化け物にも出会ったことがあるつもりじゃったが……居るところには居るものじゃ。想像を超えた化け物というものは。

 

 ……もう奴のことを考えるのはよすとしよう。噂をすれば影、という諺の通り、話をするということは一種の召喚のような効果を発揮することがある。大概の場合は不完全な効果であり作動しないが、それがある程度以上大きな存在だと偶然の召喚が恐ろしい。そういった可能性はできる限り排除しておいたほうがいいじゃろう。

 では儂はそろそろ帰るとしようかの。眠くはないし必要でもないが眠るというのは力を回復させるという点では食事に次いで大きなものじゃ。消耗を抑えるという点ではむしろ食事を遥かに上回ることさえある。重要といえば重要なものじゃ。

 殴られた腹も正直かなり痛い。今何か形のあるものを口にしたらまず間違いなく吐いてしまうじゃろうな。もったいないし、今は酒だけ飲んでさっさと寝てしまおう。

 自分の手に負えないことからは目を背けて知らないふりをする。これも長く生きていくための秘訣の一つなんじゃよな。

 

 ……あー、胃が痛い。ついでに内臓全体が揺れているような気分じゃ。一体あやつはどんな威力で叩き込んできたのやら。知りたいような知りたくないような……いや、知らんことにしておこう。知りたくもない。これ以上の面倒事は御免じゃよ。まだ死にたいと思うほど生きてもおらんしの。

 


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