当方小五ロリ   作:真暇 日間

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29 私はこうしてお寺に入る

 

 トントンと門を叩くと、その音に気付いたのは一人だけであった。強く叩くと手が痛いので、気づいてくれれば御の字だと思ってのことだったのだが、日頃の行いが良かったからか私は無事に気付いてもらえたようだ。

 私に気付いたのは、小さな小さな賢将。彼女達が力を合わせて封印から解き放った尼僧に一声かけてから、彼女は門に足を進めてくるのがわかった。

 

「はいはい、どなたかな?」

「初めまして……ですかね。ここは『命蓮寺』で合っていますか?」

「ああ、そうだよ。……妖怪がここに何の用だい?」

「大した用ではないのですがね……なんでも、この寺に住む住人たちは最近大きな事件を起こしたそうではないですか。つい最近まで引きこもっていたため、外のことについてはあまりよく知らないのです。ですから、いろいろと教えていただければ嬉しいな、と」

 

 私がそう言っても、小さな小さな賢将は私のことをじっと見つめている。疑いの視線、とまではいわないが、私の顔ではなく、態度がどこかで会ったような気がしてならないようだ。

 時間を与えすぎれば追い返されるだろうし、あまり短気に振舞っても同じように追い返されてしまう。ここはある程度時間を取ってから、もう一度。

 

「あの、お願いできませんか?」

「……失礼。構いませんよ。どうぞこちらへ」

 

 まだもやもやとしている間に声をかけて、思考を纏めさせないうちに会話を進めようとしてみれば見事に成功する。どうやら彼女はまだ、私の事をあの事態に結びつけてはいないらしい。

 しかし、どうやらそれなりに格の高い妖怪である可能性を考えて敬語を崩さないでいる。気の回し方が上手いと言うか、他者を立てるのに慣れていると言う印象を受ける。なんとも鼠らしい慎重な策だ。感心すら覚える。

 私はそういった感心などを心の内に秘めて小さな小さな賢将の後をついて行く。彼女はどうやら私の性質を試すつもりらしく、客間に通したら少し待たせて様子を見るつもりのようだ。その時の私の行動によってあちらも出方を決めるつもりらしい。

 態度次第では力尽くでお帰り願うことも考えているようだが、まあ……彼女が考えているようなことはまず無いと思ってもらっていいだろう。私は反撃以外で攻撃的に力を振るうようなことは殆どないのだから。

 

「……では、ここでしばらく待っていてもらえるだろうか?」

「構いませんよ。お食事中に来てしまったのはこちらですからね」

「……私は食事中だったと言ったかい?」

 

 どうやら今の私の言葉は彼女の警戒心を刺激したらしい。隠すことなく私に疑いの視線を向けてくる彼女に、私は苦笑しつつ自分の左の口許を指差す。

 

「ご飯粒、ついていますよ」

「………………」

 

 私が指した場所と同じ場所を触ると、彼女の指先には確かにご飯粒が着いていた。それを理解すると同時に、彼女の頬が朱に染まる。

 

「……ええと……まあ、お食事中に来てしまったのは私ですし、貴女方の準備が整うまでここで待たせていただきますね」

「……気遣い痛み入る」

 

 まるで今にも消え去りそうな幽霊のような小さな声での言葉を残し、彼女はこの部屋からいなくなってしまった。まあ、口許にご飯粒をつけたままの行動くらいならお空やこいしにとっては日常茶飯事。そんな二人を見ている私にとっても日常茶飯事。恥ずかしがるのは彼女の勝手だが、過ぎれば自滅と変わらない。

 実のところ、彼女はもっと分かりにくい方法で食事中だと示すつもりだったらしい。炊事の煙の薄さだとか、遠くから聞こえてくる音だとか、そう言うもので認識させたかったようだ。

 そうすることで、何によって気付いたのかを知ることができればある程度の対策をとることができる。音で気付いたのならば耳がいいと言うことがわかるだろうし、炊事場の煙が薄く見えたのならば観察力と視力が、時間や彼女の存在を知っていると言うところからの推測ならば推理力が秀でているとわかるはずだ。

そう言った『秀でているところ』を知りたかったからこのような事をしたのだろうが、まさか自分がそんな大きすぎるヒントを引っ提げていたとは思いもしていなかったらしい。

 不覚……ご主人じゃあるまいし、客人にこんな姿を見せてしまうとは……!と言うのが本人の心の中の声であるらしいが、彼女に『ご主人』と呼ばれている毘沙門天代理は今もいつものようにご飯粒を口の回りにくっつけては隣に座る船幽霊に取ってもらっているようだ。

 いつもはあの尼入道がその役目をやっていたりするようだけれど、なぜか突然体調を崩して寝ているようだ。何があったのやら。

 周囲を見渡すと、ふと一つ気になったことがある。

 この下。どれだけ下かは微妙なところだが、何かがいる。『ある』ではなく『居る』。

 だが、どうやら今は何も考えていない状態らしい。呆我の極致や覚者に至っているわけではなく、半分以上死んでいる状態。仮死状態、と言うのが一番正しいだろう。

 流石に死体から記憶を読むのは難しいが、死体からではなく死体のある場所そのものから世界の記憶を覗き見すれば問題ない。

 ただ、流石にそれをするのは封印中では難しいので、一度封印の札をぺりっと剥がして能力を使う。

 場所から逆算して当人達が誰なのかを認識し、その人物名で世界の情報庫から本人達の足跡を追う。

 

 …………豊聡耳神子。……聖徳太子? え、どうしてそんなビッグネームがこんなところで仮死状態のまま眠って? それに当時の豪族の娘が二人……物部氏と蘇我氏と言う敵対し合っていた筈の彼女達が……いったい何が?

 

 足跡を追ってみると、中々に面倒かつ面白そうなことになっているようだ。

 こうなっている原因は、邪仙と呼ばれるとある仙人───霍青娥。当時熱意ある青年だった聖徳太子を甘言と術で垂らし込んだらしい。言い方はあれだが大体間違ってはいないはずだ。

 その邪仙が何かを仕掛けてくるかどうかはわからないが、とりあえず現状でこの下にいる三人は目覚めかけている、と言える状態にある。世界の記録から見てみれば、本人たちは復活までもう少し時間がかかるだろうと予想していたらしいが……何らかの刺激で目を覚ましそうになっているのだろう。

 だとすればその刺激の第一候補はこの命蓮寺の建立なのだが、ここの住人たちの多くはそのことを知らないようだ。何かを封印している、あるいは封印するためにここに寺を建てたと知っているのは数人いるようだが、その封印の中に居るのが誰なのかと言うことまではわからなかったらしい。

 

 だが、そうなるとまたここから異変が起きるような気もする。ここ数年での異変の発生率が異様に高いという話を八雲紫からされたが、どうやらまだその波は終わってはいないようだ。

 彼女たちが目覚めたらいったいどんな異変となるのかはわからないが、今は探るのはこのくらいにしておこう。私はさっき剥がした封印の札を、もう一度同じように張り付け、用意されたお茶を飲む。特に何もしかけられてはいないようなので安心して。

 

 ……さて、私と彼女たちが会話できるようになるまで、あとどのくらいかかるのだろう。

 まずは小さな小さな賢将の耳から赤みが抜けるのを待って、それから賢将が話を持って行く。食事を終わらせてから合う準備をして、そして実際に会うまでに……短くとも四半刻はかかることだろう。何か便利な魔法や、紅魔館のメイド長のように時を止める事ができるのならば話は変わってくるが、この中にそんなことができそうなものはいない。

 つまり、私はまだしばらくの間、のんびりとこうしてお茶をすすっていることができるわけだ。

 

 私は最大限好意的に物事を解釈し、少しぬるくなったお茶をゆっくりと喉に流し込んだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ

「――――――――――――!!」ガクガクブルブルガクガクブルブルガクガクブルブルガクガクブルブル

 




 
 最後の? 誰ですかねぇ(すっとぼけ)

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