当方小五ロリ   作:真暇 日間

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妹様は覚に懐き、おぜうさまは旧支配者を憎む

 

「……だれ?」

 

 真っ暗な部屋の中に、私の声だけが響く。

 ずっと地下室に居るせいで、今がどのくらいの時間なのかもわからない。けれど、吸血鬼である私が眠くなるのはたいていが朝になりそうな時間で、そして私はついさっきまで夢の中でうとうととしていたはずだった。

 

 そんな時、突然私の頭の中に声が響いた。聞いたことのない声で、私の名前を呼んでいた。

 私はその声に呼ばれて目を覚ますけれど、私の部屋には誰もいない。いるのはやっぱり私だけ。

 私を怖がって妖精メイド達は私に近付いてこないし、扉を閉じてしまえば私は封印されたまま。内側から封印を破るためには力づくでは封印は破れないようにできていて、外から開けるか内側から理性的に開けるかしかできない。

 そんな場所に、こんな時間に誰かがやってくるはずがない。お姉さまがやってくるならもっと早くなるはずだし、咲夜たちがご飯を持ってきてくれるには時間が外れすぎている。

 きっと今のは幻覚か何かだろうと自分の中であたりをつけて、もう一度布団に潜り込もうとしたところで―――その存在に初めて気が付いた。

 

 私より少し大きな身体。

 変な形の髪飾りが胸にまで伸びている、ピンク色の髪の毛をした女の子。それが、私のベッドの枕元に座って私をじっと見つめていた。

 

『……こんにちは、と言うべきか、それともこんばんはと言うべきか迷うところですが……とりあえず今は「はじめまして」と言っておきましょう』

「……あなたはだぁれ?」

『私は古明地さとりと言います。貴女はフランドール・スカーレットで間違いありませんか?』

「うん。私はフランだよ」

 

 成功したようで何よりです、とさとりは一人頷く。フランドールにはそれが何に対しての物かはわからなかったが、とりあえずさとりにとっていいことが起きた、あるいは失敗はしていなかったと言う事だけは読み取ることができた。

 だが、フランドールの人生経験ではそれ以上のことはわからない。490年以上の時を孤独に薄暗い地下室で過ごしてきたフランドールには、相手が何を考えているかを理解するほどの力はなかった。

 

『今日はただの挨拶ですね。本当なら直接会って話をしたかったのですが、貴女のお姉さんに妨害されまして』

「……あいつが?」

『……あいつ、ですか。まあ、姉妹の関係がどうあろうと私がどうこう言える立場でないことには変わり無いですし、別に構いませんが』

「ならいいじゃない。ほっておいてよ」

『その事に関しては放置しますよ。まあ、それはそれとして』

 

 さとりが自分の背中に手を回したかと思うと、背中の後ろからざるに乗ったうどんと汁の入った器、そしてフォークがその手に現れていた。

 

「わっ!? それって魔法?」

『いえいえ、魔法ではなく能力の一環のようなものです。どうぞ』

 

 部屋にはいつのまにか机が用意されていて、出てきたばかりのおうどんが置いてある。

 

『夢の中ですので、こうして直接渡せないものでも出せてしまうのですよ』

「そうなんだ……でも、夢じゃあ味とかわからないんじゃないの?」

『問題ありませんよ。私の能力の応用で私が貴女の夢の中に意識を飛ばしているように、味の記憶を貴女に飛ばせばいいのです』

「そんなことができるの?」

『ええ、できますよ。……さあ、うどんが伸びてしまう前にどうぞ。血はどの程度?』

「ちょっとでいいかな」

 

 私がそう言うと、虚空から血の滴が現れてうどんの汁に落ち、綺麗な波紋を描いた。本当に、ここは夢の中なんだなと思う。

 でも、今はそれよりもおうどん食べよう。フォークを手に取り、つるつると麺を口に運ぶ。

 ……。

 

 太めの麺はかなりしっかりと練り上げられているようで、歯応えがいい。もちもちしていて食べていて楽しく、それでいて歯や口の中にくっつくことはない。

 汁には濃厚な血の味が広がり、人間の物以外にも何か別の生き物の血が混じっているような気がする。

 

『ちなみに今回は鴨一羽を丸々使って作った鴨南蛮の味を再現しています。お肉は当然鴨の物を特製の漬けタレに漬け込んだものを軽く焼いた物を使い、汁には調味料を加えた鴨の血液に骨から取った出汁とコラーゲン、さらに脳味噌を裏漉ししたペーストを加えることで味に深みを出しています。また、麺は柑橘の皮をごく薄く切ったものを混ぜ込んであるため汁のくどさを打ち消してさっぱりとさせています』

「美味しい!」

『それはよかったです。私が作ったもので喜んで貰って嬉しいですよ』

 

 このおうどんはこの妖怪……さとりが作った物らしい。吸血鬼のためにかどうかはわからないけど、血をたっぷりと使ったこの料理。とっても美味しい。

 でも、吸血鬼は動物の血はあまり好きではないはず。人間以外の血を飲むことはできるし、それで乾きを癒すこともできるけど……ここまで美味しい訳がない。

 

『地獄で人の血肉を啜って生きる動物達です。不喜処地獄等の動物に溜まる罪科などは、およそ五十年毎に一度地霊殿にやって来て血肉と共に削ぎ落とし、そして地獄の風に吹かれることで甦ってはまた人の罪を血肉として食らうのです。

 ですから、そうしてやってきた動物達の血肉は概念的に人の罪の象徴とも言える血でできていると言えます。その為吸血鬼でも美味に感じることができるのだと思いますね』

「…………?」

『……人喰いの血は人の血に似る、と言うことです』

「そうなんだ? ……えっと、おかわりしてもいい?」

『……まあ、夢ですし構いませんがね』

 

 そう言ってさとりは私にまたおうどんを出してくれた。

 

『ちなみにこれは前のとは違い、できる限りさっぱりとさせたものです。麺そのものに野菜を練り込み、爽やかな味を出させています。

 スープは魚介出汁がベースの塩。地獄から来ている魚達をじっくりコトコト煮込んで取った出汁を使っています。

 本当は昆布なども欲しかったのですが、残念ながら地獄には昆布は育ちませんので血の池地獄で育った魚を捌いて調味料に漬け込み、天日に干して乾かして作る干し魚を使っています』

「……?」

『……材料は中々取れないですが、美味しいですよ』

「やったぁ!」

 

 さっきと同じように、私はフォークを使って新しいおうどんを啜る。さとりの言う通り夢だからか、お腹が減ることもなければお腹いっぱいになることもない。

 美味しいものをたくさん食べられるって、幸せぇ……♪

 

『そんな貴女に朗報です。』

「ろーほ?」

『……いい知らせ、です。今回使われたこの地霊殿名物地底うどん生麺タイプ。地霊殿にて格安で提供しています。その場で食べて行くもよし、お土産として専用の汁と一緒に買っていくもよし。地霊殿に来た時には是非とも食べていってくださいね。貴女はとても美味しそうに食べてくれたし、割り引きしてあげるわ』

「ほんとに? ありがとう!きっと行くね!」

『待っていますよ』

 

 さとりは私に笑顔を向ける。すると、私の部屋がゆっくりと崩れ始めた。

 

『……夢が覚めるのね。けれど、地霊殿はあなたを歓迎するわ』

「……フラン」

『……そうね。じゃあ……私は、いつでもフランを歓迎するわ』

 

 そうして、私の夢は覚めた。

 

 けれど、私はちゃんと覚えている。夢の中に出てきた、魔法使いのような優しい妖怪のことを。

 

「さとり……お姉様」

 

 

 

 ■

 

 

 

 レミリアです。最近、と言うか今日の朝から、フランが外に行くと言って聞かんとです。

 

 レミリアです。何でも、古明地さとりに会いに行くために地底に行きたいと言いよるとです。

 

 レミリアです。フランの口から『さとりお姉様』なる言葉が出てきよっとです。

 

 レミリアです。レミリアです……。……レミリアです…………。

 

 ……で、あの覚妖怪め私のフランにいったい何吹き込んでくれた!? 私のいないところでフランを呼び出してフランにいったい何をする気だ!? 貴様は狂気を他人に押し付け、破滅に追いやるのが目的なのはわかっている!

 

 おのれ、おのれ古明地さとり……!

 




 
※なお、さとり本人にレミリアが思ったような目論見は無いことを明言しておきます。

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