連続投稿12/12です。連投はこれでおしまいとなります。
「私の名前は?」
「さとり様です!」
「貴女は誰?」
「宇佐見菫子です!」
「貴女は私の何?」
「私はさとり様のペットです!」
「よろしい」
「あひぃ」
軽く耳朶に指先を触れさせ、そこから快楽を得た時の脳波と同じものを流し込む。結果的に董子は可愛らしく喘ぎ、四つ這いのまま四肢を必死に伸ばして耐える。少しくらいかくかくとしていても、私はそこまで気にしたりはしない。それがよほど酷くなったりしない限りは、精神的な調教を終えた菫子にそれは必要ないからだ。
これから必要なものは鞭ではなく飴。ちょっとしたことならばそれなりの。大きなことをしたならばそれに匹敵するだろう飴を与え続け、悪いことをしたら叱る。それくらいで十分だ。
私はそんな健気な新しいペットの背に座りながら、世界の概念を改変し、現実を捻じ曲げていく。流石に生物らしい生物を作り出すのは無理があるが、生物らしくない生物ならば十分に作ることができる。それは例えば……金属生命体。別に金属でなくともいいけれど、その場合は月にあっておかしくないもので作られることになる。まず間違いなく金属生命体か岩石生命体のどちらかになるだろう。
そして、その生命は科学では解明できない生態を見せる。最新鋭の機器を用いても図りきることのできないものに触れ、それを解明しようと躍起になるだろう。
そして、いつの日にか気付く。己が己の知る人間と言うものから離れていっていることを。
月には魔力が宿る。その魔力を得て生まれた生命は、極微弱な魔力を喰らってほんの少しずつ成長していく。
一体にして群体、唯一にして無数。月と言う一つの塊であると同時に、月の石の欠片と言う個別の存在。それらは一つ一つに意思があり、しかし割れば増え、滞積や融解した結果として混ざり合えば一つの意志が残る。そんな奇妙にして奇怪な生命。
それを私が概念と魔力を用いて作り出す。いったい何年、何十年先になるかはわからないが、その存在を人間が認識し、そして人間がその生命体によって変質すれば───この世界に再び魔の法が日の目を見るときが来るだろう。
そうなれば、世界に魔法と言う概念が否定されるものとしてではなく甦る。同時に魔法……つまるところ妖怪や悪魔といった者達も新しく産まれてくることができるようになるだろうし、力を失いかけて消えそうになっている神が居ればたった一人の信仰を得るだけでも十分にその存在を保つことができるようになるはずだ。土着信仰が再び活性化することはまず間違いない。
……クトゥルフ神話が実現することになるかもしれないが、基本的には架空の存在だと言う認識の上で語られている神話なのでまず大丈夫なはずだ。間違いなく平気だとは言えないけれど、まあ大丈夫な筈だ。
世界に魔の力が満ち、気が満ちれば妖怪にとっては非常に暮らしやすい世界となるし、もしかすると人間の中に再び魔法や陰陽術を扱うことができるものが生まれるようになるかもしれない。あらゆる場所に生命が生まれ、科学以外のアプローチが世界中で当然のように扱われる。科学が衰退することはないだろうが、一度手に入れることとなった魔法が失われるということにもまた人間たちは反発するだろう。
その時には当然争いも起きることだろう。魔法や超能力が使える人間と使えない人間との間に差別や格差も生まれるだろう。
しかし、そんなものは人間社会においては当然のものだ。かつて黒人が白人に奴隷として扱われていたように。中世のヨーロッパにおいて魔女が積極的に狩られていったように。誰もが当然のものとして踏みにじって来たものの中には人間や妖怪、悪魔や魔女といった存在が含まれていた。そして、それに巻き込まれた人間もまた多数存在している。
少々の争いはどこでも起きている。そして思想や人種による弾圧など、人間達は何度も何度も繰り返し、しかしその全てを潜り抜けてきた存在もいる。
それと同じように、予想される争いも適当に融和して消えることだろう。最終的には科学と魔法が融合し、現在の核弾頭のように『存在しているという事実が武器になる』兵器を作り上げて平和は保たれる。
そこに到達するまでどれだけ人間を含む動物、植物が死ぬかは知らないが、魔法という技術が存在するならば割と簡単に修復することができる。星はできるだけそういう形にしようという力が働くから、科学に比べて壊すのと直すのに必要な力に差は出てこない。ゼロから何かを作るのならばともかく、一を効率よく増やしていくのは科学よりも魔法のほうが優れていると言える点の一つだろう。
それによってこの現代世界の問題を解決に導くこともできる。例えば地球温暖化。植物を一気に成長させると大地から栄養が無くなってしまう。しかし、もしも栄養のたっぷり入った水の中で樹を成長させた場合、太陽光と二酸化炭素が周囲に存在すれば存在しただけ吸収して二酸化炭素の代わりに酸素を放出する。これを利用すれば二酸化炭素によって地球の気温が上がり続けている問題も解決に導かれていくことだろう。……とは言っても、一カ所でやっても効果が薄くなると言うのが間違いない以上、時間はかかるだろうけれど。やるなら世界中で一気にやるのがいい。そして成長した樹は材木にするなり植樹するなりしておけばなんとでもなる。
また、砂漠化ならば結界を張ってそこに植物を植え、少しずつ土に戻していけばいい。水は間違いなく必要になるだろうが、緑地が少しずつ後退していくということにはならない。
技術が増えればできることも増える。是非とも世界のために現代にも魔法を広めていきたいものだ。
「そうでしょう? 菫子」
「はい!さとり様の仰るとおり、素晴らしいことだと思います!」
菫子もこう言ってくれているし、やっぱり頑張らなくては。
それに、菫子も自分と同じような存在がもっと近場にいればあまり歪むことなく生きることができていたに違いない。今となっては歪ませようとすると折れ砕けて塵状になって再構成されるようになってしまっているので歪ませることも直すこともできなさそうだが、未来において同じような悩みを持つものを減らすことはできるだろう。
……神や妖怪も、新たに生まれてきたり思い出されることで復活することができたりするだろうし、人間だけではなく妖怪にとっても決して悪いことばかりではない。むしろ良い事だろう。
「そう思わない? 貴人聖者」
「ええ。命の増えることは喜ばしいこと。クトゥルフ様もお喜びになられるでしょう。……ところで、その娘は?」
「私の新しいペットよ。……ほら、ご挨拶なさい」
「ひゃいっ!?」
ぽんぽん、とお尻を軽く撫でるように叩くと、菫子は顔を上げて貴人聖者を視界に入れた。同時に『この姿を見られるのは恥ずかしい』という感情と『この姿を見られるのが嬉しい』という感情の二つが同時に沸き上がり、しかしすぐに私の命令通りに自己紹介を始める。
「は、初めまして。今日、さとり様のペットになりました、宇佐見菫子と言います」
「礼儀正しいですね。実に『正しい』ことです。私は貴人聖者。偉大なるクトゥルフ様を信奉する神官です。お見知りおきを。……ところで教祖様。この場所から見て南緯47度9分 西経126度43分とはどちらの方向になりますか?」
「……ああ、ルルイエですか。方角ならばあちらですが、方向となるとほぼ真下ですね。地球は丸いので」
「…………なるほど。では、そのように」
そう言うが早いか貴人聖者は文字通りに頭を下げ、祈り始めた。まあ、そういう風にしたのは私の作った本である以上仕方ないというか理解できなくはないのですが、面倒な存在になってしまいましたね。本当に。
放置しておいても問題はないでしょうし、大丈夫と言えば大丈夫なのでしょうけれど。