当方小五ロリ   作:真暇 日間

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 連続投稿8/12です。


75 私はこうしてトモダチと話す

 

 やって来たのは地底の入り口のすぐ近く。そこで私は地霊殿に向かっていたらしい私のオトモダチと会うことができた。

 まったく、本当に都合のいいときに来てくれますね。流石は私のオトモダチ。繰った通りに動いてくれる。

 

「おお!確かさとりと言ったな!」

「ええ、お久しぶりですね。それはそうと、貴女の持つオカルトボールを頂きたいのですが」

「ぬ……これか。いやしかしこれは太子様に───」

「物部布都」

「───」

 

 オトモダチの名を呼ぶと、オトモダチの瞳から光が消える。ころころと変わっていた表情は一度に抜け落ちて無表情になり、今まで見せていた感情も吹き消された蝋燭の炎のように見えなくなった。

 

「オカルトボールを、私に、渡しなさい」

「───はい」

 

 今の一瞬で決着がついたと見なされたのか、オトモダチの身体からオカルトボールが現れる。これで六つ目。残りは一つ。

 ……やはり、オトモダチはいいものだ。とても便利(・・)で、使い勝手(・・・・)もいい。個体差も大きいが、いいものを使えばそれなりのメリットはある。

 

 とりあえず、私はオトモダチを右手で殴り飛ばす。無防備に拳を受けたオトモダチは吹き飛び、地面に叩きつけられ、土埃で汚れ、怪我をする。その怪我に合うように記憶を作り、当て嵌め、そしてもう一度仮面を被せ直す。これでオトモダチは私に戦いで負けてオカルトボールを渡してしまったと思うだろう。

 気絶したまま放置するわけにもいかないので一応目が覚めるまで待ったが……やはり、非常に腹の立つ顔だ。能天気に顔を緩めて……。

 

 ……よし、いいことを思い付いた。

 

 

 

 □

 

 

 

「とじこぉ……とじこぉ……」

「……なんだよこんな時間に? お前いつもこの時間寝てんだろ? 寝とけよ」

「うぅ……」

「……わかった、何があったか聞くくらいはしてやる。だから泣くな」

 

 

 蘇我屠自古は珍しく見る布都の本気の泣き顔に押されていた。普段ならば自分が少しからかったり、今のように当然のことを言えば渋々だろうが納得して自分の部屋に戻ったりするはずなのだが、今日はどうやら勝手が違う。

 何があったのかはわからないが、少なくとも布都にとっては重大なことが起きたのだろうと屠自古はあたりをつけていた。

 

「……で、何があったよ」

「……怖い夢見た」

「子供かお前は」

「本当に怖いんじゃぞ!? 屠自古であっても絶対泣くぞ!」

「ほー? どんな夢なのか言ってみろよ」

 

 売り言葉に買い言葉、とでも言うのだろうか。屠自古が布都にそう言うと、しかし布都は口を噤んでしまった。

 

「……本当に、言わねば駄目か?」

「なんだ? 実はそこまで怖い夢でもなかったとかそんな感じなんだろ?」

「本当に怖いんじゃ!」

「なら言ってみろっての」

 

 布都をせかすと、布都はきょろきょろと周囲を……特に壁際の床に視線を向け、そして屠自古に視線を向けた。

 

「……我より大きなごきかぶりがな……群れを成しておるのじゃ……」

「……お、おう」

「……しかもな……身体が大きくなっただけではなく、大きくなった分だけ速く硬くなっとったんじゃ」

「……お……おおぅ……」

「……走って逃げようにも、ごきかぶりは速くての……船で飛んでも追いつかれての……しかもあやつら、飛ぶんじゃよ……」

「……撃ち落とせばよかったんじゃないか?」

「……視界のうち、空が一、陸が一、ごきかぶりが八じゃ……しかも撃ち落とすとそいつから卵が産まれての……親を餌にして増えるんじゃ……燃やしたら煙がまたごきかぶりの形になっての……」

「……うわぁ……」

「どこまで行っても逃げ切れんでな……ついに我は捕まっての……ごきかぶりは雑食じゃろ? 肉も食うんじゃよ」

「……待て、もういい、分かった、説明やめろ私も今寝たら夢に出そうで怖い」

「……怖いじゃろ?」

「私が悪かった。確かにそりゃ怖い」

 

 カタカタと、恐らく自分がごきかぶりに捕食されている場面でも思い出しているのだろう布都が身体を震わせ、そしてその光景を想像してしまった屠自古もまたぶるりと感じるはずのない寒気を感じる。

 

「……一人では眠れそうにないのじゃ……一緒に寝てはくれんか?」

「……はぁ……わかったよ。寝てやるからさっさとこっち来い」

 

 なんとなく、話を聞かせたのはこうして怖いと思う仲間を増やして一緒に眠るための仲間を増やす策略のような気もしたが、それを仕掛けてきた相手が単純馬鹿とも言える布都だと言うことを思い出して打ち消した。布都にそんな器用な真似はできない、と。

 ……ただ、何かを隠しているような気はするが、恐らくそんな大それた事ではないだろう。自分が尸解仙になるための依代をすり替えられたりもしたが、最近は太子様との時間の取り合いくらいしか争いらしいことはしていない。昔よりも大分仲良くなれたと言う自信もあるし、恐らく布都も同じように思っていることだろう。

 

 自分の部屋から持ってきたらしい枕をぽすんと並べ、もそもぞと布団の中に入り込んでくる布都。明かりを消して布団に入れば、布都は腕を回してきゅうと抱き締めてくる。

 

「……で、本当はどんな夢を見たんだ?」

 

 びくん、と布都の身体が大きく震えたのがわかった。恐る恐ると顔を上げるが、別に怒っている訳じゃない。いやまあ嘘でもあんな内容の夢を話されたのは嫌だったが、怒っちゃいない。

 

「分かりやすいんだよ、お前は」

「……そうか」

「そうさ」

 

 怒っていないことを示すために布都の頭を軽く叩くように撫でる。その感触にやや安心したのか布都が私の顔を見上げ、そして僅かに安堵の溜め息を漏らす。

 

「……聞いてくれるか?」

「聞いてやるからさっさと言いな。今回もまたごきかぶりがなんだとか言う話をしたら雷ぶちかますけどな」

「なら大丈夫じゃな」

 

 布都は笑い、じっと屠自古を見つめる。その目には普段の力がなく、どことなく疲れたような印象を受けた。

 

「……我らが復活した時のことを覚えておるか?」

「あたしは復活しそこねたけどな」

「そう、復活しそこねた───そんな夢じゃ」

 

 ただし、と布都は虚ろな瞳を屠自古に向けながら続ける。

 

「復活しそこねたのは屠自古だけでなく、太子様もであり……亡霊として蘇ることもなかった。そんな夢じゃ」

 

 布都の虚ろな瞳には、光が存在していなかった。否、正確にはその瞳は虚ろなものではなく、絶望以外の全ての物が排された闇色の目であった。

 

「我は待った。どれだけ待ったかは覚えとらん。屠自古の依代の壺が崩れとったからほくそ笑んだりもしたし、自身の術が成功したことを喜んだりもした」

「おいこら」

「単なる事実じゃ聞き流せ。それにそこまでなら今と変わらん。違うのはここからじゃ」

「……と言うと……」

「……うむ。術に失敗したのは屠自古だけではない。そして、その失敗は今の屠自古よりも致命的なものじゃったよ。

 ───肉体は土へと還り、残ったものは骨だけ。亡霊として残ることもなく、この世に存在を証明する物は何一つ残っておらんかった。

 それに気付いたのは、我が目覚めてからどれだけ過ぎた頃じゃったかな。我の術が成功して、太子様の術が失敗することなぞ全く考えもしておらんかった。逆なら考えたのじゃがな。だから、ずっと待っておったのじゃよ。我が復活し、太子様が復活し、ついでに肉体は失いながらも魂だけ残ったお主が復活し、共に術の成功を祝福し、屠自古だけ失敗してしまったのをプゲラm9(^Д^)と笑い、そして皆で民を導かんとする日を夢見て、我は待った。

 何年待ったかはわからぬ。何年どころか何十年と過ぎていたかもしれぬし、何ヵ月程度しか過ぎていなかったかもしれぬ。この身がただ生きていくだけならば食事も睡眠も必要はないし、先に起きていたことを誉めてもらおうと修行を繰り返しておったから数年程度は過ぎていたと思うのじゃがな。とにかく我は待ち続けた。修行を続けながら、太子様の目覚めを待ち続けた。

 ……それでも、いくらなんでも遅いと思ったのじゃ。民が必要と思えば目が覚めるようになっていた筈じゃと言うのに、我だけ目覚めて太子様が目覚めていないのはおかしいと。もしかしたら太子様は先に起きていて、我が寝坊助だったから先に行ってしまったのかもしれぬと棺を開けてみれば───骨だけが、そこに転がっておった。屠自古のもな」

 

 布都の言葉の中には自分を軽んずる言葉が散りばめられており、ちょこちょこ拳骨を落としたくなった屠自古だったが、布都の言葉がまだ真剣なものだったために手を出すことは控えていた。そして告げられた言葉は、確かに布都が絶望するに相応しいと言える物だった。

 

「……なあ、屠自古。太子様は、術に成功なされたよな? また、会うこともできような?」

「……ああ。太子様とはちゃんと会えるし、私だってここにいる。……私に関しては嬉しくないかもしれないけどな」

 

 ぎゅう……と抱き締め合いながら、屠自古は布都を慰める。明日になって神子様と顔を会わせれば、布都のこの面倒な状態も元に戻るだろうと信じて、今日だけはこいつを慰めてやろうと抱き締める。

 

 神霊の住む廟の夜は、静かに更けていく。

 


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