当方小五ロリ   作:真暇 日間

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鬼と覚は向かい合い、共にゆるりと酒を干す

 

 お礼参りと言う言葉がある。外の世界では既に悪い意味の方が浸透してしまっているようだけれど、本来は神仏への願掛けを行い、願いが叶った時に参拝すると言うものであり、悪い意味などは無い筈なのだ。

 勿論それを悪い意味に取る者もいないわけではない。願いがある時にしか参拝せず、普段は知らんぷりしているくせに自分が困った時にばかり頼ろうとするとは何事か、と。

 本来、信仰とはそう言うものだ。初めに自身への益があるからこそ、その存在への信仰と言うものが成り立つのだ。だから、その機会を奪おうとすると怒り狂う神も存在するのだけれど……そういった神は大概の場合殆ど信仰されていなかったりする。誰だってちょっとしたことで怒り狂い、害を振り撒く存在を崇めたいとは思わないだろう。よしんば信仰されていたとしてもそれは邪神や悪神に対して『これだけの事をしますから私達に害を与えないで下さい』と言うようなものだ。そういった信仰はある程度狭い範囲ならばともかく、知る範囲が広くなると成り立たなくなる。誰もがその場所から逃げ出してしまい、崇める者がいなくなるからだ。

 だからこそ、そう言った轍を踏まないように現在まで存在している宗教の神などはかなり温厚だったり、ちょっとした願いを叶えてあげたりしてちょこちょこと信仰を得ていたりするわけだ。勿論お礼参りまでしてくれれば結構嬉しかったりするだろう。そこまで期待はしていなかった相手から、ある程度ではあるが纏まった量の信仰が手に入るのだから。

 

 さてこのお礼参りだが、言葉の成り立ちは神仏へのそれが元ではあるが実際に使うとなるとそれ以外の相手にも使う機会が多い。大変な時に手を貸してくれた人達にお礼の気持ちを持って行ったりする時にもお礼参りと言う言葉は使える。今私がやっているのもそうだ。

 ペット達や妹分にやった『ご褒美』も言葉を変えただけのそれとほぼ同じだし、地霊殿の近くに新築された教会で一人祈り続けている貴人聖者も正しく『お礼参り』をしている。そもそも貴人聖者が産まれたきっかけの一つがあの神だったわけだし、間違いなくお礼参りだろう。

 私は今回の異変で色々なところに借りを作ったり、あるいはいくつか貸しを返してもらったりした。そう言った事を気にせず協力してくれた者もいるけれど、そういった相手の厚意に甘えた分は私なりに便宜を図っておきたいと思う。

 

 そこで今回、そういったことを殆ど気にしないと言う勇儀さんに私からの感謝の気持ちを受け取って貰おうと思う。貸し借りはしっかり……と言うけれど、勇儀さんは本当にそういうことを気にしない。なにか借りを作っても、宴会でもしようと言ってそれで済ませてしまう。

 

 ……そう言うことなので、私は勇儀さんの所まで美味しいお酒を運んでいた。やっぱり鬼の方にはこうした物の方が喜ばれるし、勇儀さんも変わらない。むしろ勇儀さんはとても鬼らしい鬼なので、鬼らしいことを考えれば大体当てはまる。

 肉を好み、お酒を飲むのが好きな勇儀さん。そんな彼女に私はお礼をする時にはお酒を渡すようにしている。私に用意できる物の中でそれなりの品質をコンスタントに高いものを選ぶとどうしてもそうなってしまうのだ。

 量が少ないと不満がられてしまうし、量の事を考えてと言うのもある。それなりに多く、同時に美味しく。その二つを両立させるのはやっぱり難しい。

 

 ───けれど、できないわけではない。あくまで難しいだけで、不可能と言うほどでもない。

 昔々、古今東西の酒造の神の知識を覗き見て色々とアレンジしながら作り上げたお酒がある。どうしても酔い潰れたい時に浴びるように飲んできたのだけれど、今回のことに対しての恩返しに放出しようと思う。

 ちなみに、方法を色々と変えて作っているため樽ごとに味がかなり変わっているのだけれど、どれもこれも美味と言うのに些かの躊躇いも必要としないだけの味だ。流石は酒造の神々の叡知を用いて作られた酒だ。作ったのは私だけれど、知識に従って作っただけなので私の功績なんて無いも同然。当たり前ですね。言い方を変えてみれば猿真似以外の何物でもないですし。

 

「そう言うわけですので私は大したことはしてませんから」

「いやいや、そりゃあつまり『神話の時代の失われた美酒の製作法を現代に蘇らせた』って事だろう? 大したことじゃないか!」

「知ったからやってみただけですよ。それに土地の気候や湿度、樽に使う木材等にはあまり拘らなかった……と言うか拘れなかったので完璧とも言えませんし、物によっては行程を省略したり前後させたり混ぜてしまったりもしましたから」

「古きから学び今に活かして未来へ進むって事だろう? それは猿真似じゃなくて『成長』と言うのさ。この話を続けてるとさとりはどんどん自分を卑下し始めるからこの辺りでよそう。ほら、せっかく美味い酒があり、遠くからと言うほどでもないが友が訪ねてきてくれたんだ。飲もうじゃないか!」

 

 勇儀さんはそんなことを言って私の持ってきた樽から大きな柄杓で中身を杯に移していく。それはとても楽しそうで、同時にとても嬉しそうで、私は勇儀さんを止めるタイミングを見失ってしまった。まあ、きっとどれだけ言ったところで勇儀さんは自分の意見を翻すことはないだろうからこれで諦めることにしよう。悪いことではないだろうし。

 その場にすとんと座り込み、こんなこともあろうかと自分で持ってきておいたグラスにお酒を注ぐ。胃の容量が小さいので沢山は飲めないけれど、それでも十分酔うことができるくらいにこのお酒は強い。勇儀さんはぐびぐびと凄い勢いで飲んでしまうのだけれど、いったいあんな量があの身体のどこに消えているんでしょうね。胸ではないことは確かなようですが。

 

「そんじゃ、乾杯」

「はい、乾杯」

 

 勇儀さんと軽く杯を打ち合わせてから注がれた一杯目を飲み干した。まあ、自分で作っておいて言うのも少し恥ずかしい気もするけれど、悪くない味だ……と思う。あくまで自分の意見であってそれが全員に通じる共通の意見だとは思っていない。人間だったらまず間違いなく匂いだけでも酔いつぶれるような者が出てくるだろう。それほどにこの酒の酒精は濃い。

 外の世界における物理学では酒精の濃度は限界が決まっているそうだが、神の手にかかればそんなものはどこかに吹き飛んでしまう。酒精を二つ以上全く同じ場所に重ねて存在させることによって酒精の濃度の限界を突破しているようなのだ。

 ただ、その副産物としてこの酒は普通のそれに比べると明らかに重い。存在の密度が上がっているとも言えるような酒で、飲むと文字通りの意味でお腹にずしんと溜まる。その分味も香りも濃厚であり、それが古今東西の酒造の神の基本的な技術であるというのはこの場では私しか知ることはないだろう。知っていた所でどうと言うわけでもないのだけれど。

 

「んほぉ~うめぇっ!」

「自信作ですからね。美味しく飲んでいただけて嬉しいですよ」

「覚ってのは酒造を司る神の末裔だったりは……」

「私の知る限りでは、しませんね」

「そうかい。だったらこれはさとりの努力の結晶ってわけだ。否定はいらないからな? 本当に初めの頃は知識はあっても失敗したろう? そっからの努力は間違いなくあるはずさ」

 

 確かにある。失敗しなかったわけではないし、初めから美味しくできたわけでもない。けれど私はその経験自体を酒造の神から無断で拝借してきているのだ。身体がその知識に合わせて動くようになってからは一度も失敗らしい失敗はしていない。

 どんな配合にすれば酒の味がどう変わるかはなんとなくわかっていたし、それらを無数に参照すれば私は今も地霊殿で酒を作っている酒造室でもある程度思い通りの酒を作ることはできた。そこには確かに努力はあったし、ほんの少しだけではあるけれど苦労もあった。

 

「……なら、その言葉はありがたく受け取っておきますよ」

「そうしな。いやしかし美味いなこの酒。まだあるのか?」

「寝かせるのに相当時間がかかっていますから、今から新しく作ってもそれが飲めるようになるのは百年ほどかかりますよ」

「最速ならどうだ?」

「二秒ですがやる気はありません。相当疲れるんですよ、あれ」

 

 時間を操る存在の力を借りれば簡単ではあるのだけどね。今の幻想郷には時間系の能力者が居るから嬉しいわ。また作っておきましょうかね。

 


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