当方小五ロリ   作:真暇 日間

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EXステージ シーン9 「ようこそ、貴人聖者さん」 古明地さとり ○

 

 ふらふらと、何かに導かれるように進む。周囲の風景が目に入る度、鈍い頭痛が走る。まるで脳髄に流れる髄液を少しずつ酸に変えられていくような、取り返しのつかない物であると本能的に理解できてしまう異様な感覚が、ゆっくりと正邪の意識を蝕んでいた。

 気付けば正邪は自身がどこにいるのかもわからないまま、ただ立ち尽くしていた。見たこともない大きな建物の中の、見たこともない部屋。自分がいつの間にこうしてこんな場所に来たのか。どうやってきたのかもわからない。

 ただ、自分がやるべきだと思われることは理解していた。

 

 その部屋の中には本棚があり、本棚の隣には金庫が一つ置いてある。その金庫には当然鍵がかかっていたが、正邪は自身の能力で鍵の状態をひっくり返して閉じていた鍵を開いている状態へと変えた。

 そして鍵の開いた扉は簡単に開き、その中にしまわれていたものの姿を見せつける。

 

 それは、三冊の異様な雰囲気を持つ本。奇妙なほどに艶やかで、しかし同時に忌避感と怖気をもたらすその三冊の書には、ただその場にあり、その姿を見せているというだけで正気を失わせる何かがあった。

 正邪は震える手を三冊の本に近付け―――そして触れてしまう。あの古明地さとりが危険だからという理由で封印していた三冊の本に、まったく同時にその手が触れた。

 途端に正邪の脳裏に現れる映像。いや、それは本当に正邪の意識の中だったのだろうか。もしかしたら正邪ではなく、正邪の中に生まれたというもう一人の正邪の意識が繋がってそこに見えているのかもしれない。しかし、間違いなく正邪は見えもしないものを見てしまっていた。

 

 それは、白い髪の自分が、黒い髪の自分をその爪で裂き、腸を掻き出して一心不乱に貪るという幻像。また、奇妙な蛸のような触手を顔から何十も生やした巨大な像に向かって緑色に輝く磯臭い液体が並々と注がれた大鍋のような物の前で顔を隠すようなローブを着て、ひたすらに何らかの呪文を唱え続けている白い髪をした自分の姿。そして、ゆっくりゆっくりと手の触れた所から成長し、老いていく自分の姿を見る。

 同時にそんなおぞましい物を見せられた正邪だが、しかし彼女は驚愕することもなくそこから手を放す。そして―――

 

「……これ書いたの、あんたか」

「ええ、そうよ」

 

 背後にいた少女の形をした化け物に話しかけた。

 それは確かに少女の形をとってはいたが、しかしその内面を見通すことはできない。正邪の覚えている限りではその姿は明らかに自身が見たことのないもので、しかしなぜかその姿に安心している自分がいることにも気付くことができた。

 

「あんた、誰だ?」

「古明地さとり。まあ、覚えてくれなくても結構よ。どうせ覚えられたところで呼ばれる機会なんてそうないでしょうし」

 

 さとりはクスリと笑い、正邪に向けて手をかざす。すると正邪の持っていた本と面がさとりに向けて飛び出し、さとりの手に収まった。

 

「気付いてはいたけれど、貴女が見つけてくれていたのね。ありがとう、貴人聖者(・・・・)

「……」

 

 何か、自分ではないものに呼びかけられた気がした正邪は言葉を返さない。代わりに、自分の意志から離れて勝手に口が動いた。

 

「どういたしまして、古明地さとり」

「しっかりとどちらが呼ばれたかわかるのね。察しが良くて助かるわ」

「……では、『私』をこの場に招いたのも?」

「そう、私がみんなにお願いしたの。みんなちゃんと動いてくれたから助かったわ」

 

 勝手に動く自分の口と、その口と会話をしている目の前の怪物。身体は自分の意志ではほとんど動かせなくなってしまっているし、飛行することもできない。それどころか口など完全に動きを奪われているため呪文を唱えることもできない。それはつまり、現状どう頑張っても正邪がここから逃げ切ることはできないということを示していた。

 

「さて、貴人聖者……まあ、私が勝手にそう呼んでいるだけなのだけれど、貴女に感謝の印として渡したいものがあります」

「なんでしょう」

「神話の知識ですよ。クトゥルーの神官を目指す者よ」

「!」

 

 ゾクリ、と正邪の背に寒気が走ったような気がした。それを知っては、絶対に戻れなくなってしまう。それを本能的に察知したが、正邪の身体は全く動こうとしない。どうして動かないのかはわからないが、とにかく動かないということは事実としてわかる。わかってしまう。

 目の前の怪物は、にっこりと微笑みを浮かべながら自身の胸の前に浮いている目玉のような形をした飾りに手をかざす。正邪の身体はその場に跪き、祈りを捧げる。

 

『おい、おい!やめろ!ふざけるな!私の身体だぞ!勝手に変なことしてんじゃ―――おい!!』

 

 正邪は明らかに動揺した。怪物の手がアクセサリに翳された瞬間からそのアクセサリは輝きだし、同時に凄まじい勢いで異様な知識が流れ込み始めている。

 それは、水底に存在する邪神の知識。古い古い、もしかしたら人間が生まれるよりもはるか昔から存在していた『存在の維持に信仰を必要としない神』。ただ強く、ただ暴虐を振りまき、ただ恐ろしく、ただただ強い。それだけの存在。

 恐怖から生まれたわけでも、話から生まれたわけでもない。ただそこに存在しただけで既に神と呼ばれるにふさわしいだけの存在感と力の格を備えていた、そんな存在。

 現在の神は信仰によってその在り方を変える。信仰する人間たちがその神は女だったと本気で思ってしまい、その形で信仰すれば、その神がたとえ男であろうと無性であろうと関係無しに女としての在り方を押し付けられる。だからこそかつて古明地さとりは八坂神奈子と洩矢諏訪子の伝承を書き換え、諏訪子を両性の神に、神奈子を女性の神にほぼ固定し、新たな神話を書き加えるなどという荒業を実現させて見せたのだ。

 

 しかし、この神は言ってしまえばひたすらに強大で、視界に収めたり存在を知ったりすると正気を失わせ、多くの眷属を支配し、かなりの魔術的な事象にかかわっているだけの動物と変わりない。周囲が自身をどう扱っていようと、本体であるクトゥルーには何の影響もない。ただ悠然と、泰然とそこに存在するだけである。

 貴人聖者は歓喜した。自身の知らないかの神の知識。それを得ることができ、さらにその神官になることもできるという。そんなチャンスがあるのならば、貴人聖者は自身の表人格のことなど気にも留めない。

 だが、鬼人正邪はそうして入ってくる知識に苦しめられる。自身がこれまで培ってきた記憶。経験。感情。そういった物が根こそぎその神の重圧によって圧し潰され、形を変えていく。

 今まで歪み、捻じれ曲がることによってなんとか折れることを回避してきていた正邪の精神は非常に頑強なものだった。ただの人間ならここまで精神の強いものは存在しないだろうと言い切れるほどに。

 

 あいてが古明地さとりでさえなければ、鬼人正邪はここから逃げ出し、また逃げ回ることができていただろう。その場合、さとりの部屋の周囲に存在するペットたちや妹分たち、そしてさとりの友人達が作る囲いを突破し、地底の妖怪が蔓延るこの地底を抜けなければいけないが、それでもやってのけられた可能性はあった。

 

「それでは―――『想起』」

 

 さとりの声が聞こえると同時、鬼人正邪と言う天邪鬼の意識は文字通りに消し飛んだ。残ったのは、さとりによって恣意的に知識を与えられた貴人聖者と、さとりだけ。さとりは跪いたままの聖者に手を差し伸べて言った。

 

「幻想郷へようこそ、貴人聖者さん」

 

 黒かった髪は全てが白く染め変えられ、銀色のメッシュは金色に変わる。唯一赤かった一房の髪は見事に色が反転して青くなり、瞳は両方が金色に変わっていた。

 貴人聖者は笑顔を浮かべ、さとりから差し伸べられた手を取った。

 

 


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