二人の鬼   作:子藤貝

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※第三十七話のif話です。本編とは一切関わりがありません。


第三十七話if 再誕

ああ、世界はなんと残酷なことか。

 

すれ違い続けた少女らの、互いの心の中を知ることもないままの別れ。

 

決して、もとには戻らない。

 

砕けたガラス細工を継ぎ合わせても元の輝きは戻らないように。

 

少女の心は、途方も無き暗闇で曇りゆく。

 

 

 

 

 

木乃香に拒絶されたという、余りにも衝撃的な出来事は彼女の行動を鈍らせた。それこそ、彼女が最も優先すべきことを数秒忘れてしまうぐらいに。

 

「ぐ……ぁ……」

 

刹那を突き飛ばし、嫌悪の言葉を吐いていたはずの木乃香から苦悶の声が漏れでた。その胸元には、一本の矢が突き刺さっており、そこから真っ赤な液体が滴り落ちている。

 

ゆっくりと、彼女が崩れ落ちていく姿を刹那の目は正確に捉えていた。まるで時間の流れが急激に遅くなったかのように、数秒の出来事であろうことが数分にも数十分にも感じられた。

 

やがて、木乃香は胸から矢を生やしたまま屋根の瓦に、受け身も出来ずに倒れこんだ。

 

「阿呆っ! なんでお嬢様を射たんや!」

 

千草に責め立てられ、慌てふためく烏族。あくまで、彼は千草の動いたら打てという命令に忠実に従っただけだ。だが、その打った相手が問題であった。

 

「この、ちゃん……?」

 

一方で、刹那は未だ状況がうまく飲み込めていなかった。木乃香に何かがあったことは分かったが、それがどういうことなのか理解できていない。いや、脳がそれを理解することを拒否しているかのようであった。

 

「な……なぁ……このちゃん……どうしたの……?」

 

目を見開いたままの木乃香へ、刹那は恐る恐る声をかける。木乃香からの返事は、ない。

 

「顔色、真っ青やで……? なぁ、気分悪いん……?」

 

彼女へと触れようとして、おっかなびっくりに手を伸ばす。不気味なほどに、木乃香は静かであった。

 

『大嫌いや!』

 

「っ! ご、ごめんなさい……このちゃ……」

 

刹那は、彼女に触れようとした瞬間に先ほどのことがフラッシュバックし、既で手を引っ込めた。

 

「ごめんなさい……私なんか、が、触るなんて……嫌、だよね……」

 

身を縮こませながら、小刻みに震えている刹那。彼女はゆっくりと、木乃香から離れていく。木乃香からの反応がないのは、大嫌いな刹那が近くにいるせいだと勘違いしたのだ。

 

「ごめんなさい……ごめん、なさい……」

 

両の目から涙を流し、怯えるようにして体を掻き抱く。その姿はまるで、孤独の中で泣く幼い子供のようであった。

 

「許して……ごめんなさい……一人は嫌だよぅ……」

 

「って慌てとる場合やない! は、はよう回復の呪符を……」

 

あまりの事態に慌てふためいていた千草であったが、ようやく落ち着きを取り戻したらしく、木乃香を助けようと回復の呪符を取り出して木乃香へと近づいていく。その間、刹那はただ泣きながら震えているだけであった。

 

「お嬢様、申し訳ありません。すぐに回復して……」

 

千草は彼女を見下ろすと、謝罪の言葉を吐きつつその白く細い腕を取り。

 

「……脈が、ない……」

 

最悪のことが頭をよぎり、千草は真っ青な顔になる。だが、そんな彼女以上に木乃香の顔色は青白く、まるで幽鬼のよう。

 

「だ、大丈夫や。傷を直せばすぐに回復して……」

 

きっと目を覚ます。そう思って彼女を癒やそうとするが、札が反応しない。

 

「そ、そんな……何かの間違いや、きっとそうや……」

 

だが、札はいつまで経っても反応しない。うんとも、すんともいわないのだ。この呪符は傷を負った対象に対してかざせば発動する。大怪我であっても即座に回復でき、その分作成には手間もかけた自信作。

 

しかし、発動には例外も存在する。対象が怪我をしていない場合は勿論のこと、怪我を負っている場合でも……。

 

「……死ん、でる……?」

 

死者に対しては、効果は発揮されない。

 

「ああ……ああああああっ……!」

 

千草はわなわなと震え、事の重大さを即座に理解して恐怖した。関西呪術協会の正統後継者を、殺してしまったのだ。最早、彼女一人では事は済まない事態へと発展してしまった。

 

「うちが、うちが……殺してもうた……」

 

そして、千草の様子を怯えながらも見ていた刹那もまた、ようやく彼女の死を理解した。いや、理解してしまった。

 

(このちゃんが、死ん、だ……?)

 

何の冗談だそれは、と思った。先ほどまで、彼女は自分を突き飛ばすほどの元気があったではないか。認めるものか、彼女が死ぬはずがない。理解してなお、それを受け入れることを拒否しようとする。

 

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だだウソだウソダ……。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ……!」

 

だが、現実は覆せない。目の前で青白くなっている彼女からは、全く生気を感じない。壊れかけの彼女に、邪悪な笑みを浮かべた月詠が追い打ちを掛ける。

 

「いいえ~、お嬢様は死んでまいましたえ~」

 

ただ、事実を述べただけ。だが、千草以外の更に別の者が言った一言は現実味を持たせるには十分すぎた。

 

「死ん、だ……? もう、起きない……の……? じゃあ、もうこのちゃんは、いないの……? 私、独りぼっち……?」

 

「そうですえ~、そして殺したのは千草はんですけど~」

 

見殺しにしたのは先輩ですえ?

 

「私、このちゃんを……そんな、つもりじゃ……」

 

世界が反転していく。暗く、冥く。重く淀んで粘りつき、沈み込んでいく。

 

落ちる、落ちる。意識が落ちていく。

 

堕ちていく――――。

 

 

 

 

 

『ここ、は……また、きてしまったのか……』

 

『……ふん。期待していたのだが、駄目だったか……』

 

『誰、だ……?』

 

『知る必要はない……とはいえんか。私はここを見定める者……世界の裏に潜む者だ』

 

『世界の、裏……』

 

『貴様はこの世界に求められた。お前は資格を得たのだ、ここへとやってくる資格を』

 

『資格……そ、か……私……このちゃんを……』

 

『お前は何を望む? 親友を殺した者への復讐か、それとも殺戮か』

 

『……何も』

 

『……全く。ここに辿り着けるだけのものをもっていながら、いざ私を見ることができるようになれば無気力とは。まるで幼いころの主を見ているようだ』

 

『主……お前は誰かに仕えているのか』

 

『そうとも。そしてお前のよく知る人物だ』

 

『……まさ、か……』

 

『主もかつてはお前のように無気力であったよ。だが、目的のために生き続けた。そして今も』

 

『……私も』

 

『ん?』

 

『私も、あの人といきたい……このちゃんはもう、行ってしまった。私のせいで……もう、一人は嫌だ……』

 

『それがお前の望みか……。よかろう、ゆくがいい……新たなる修羅よ……』

 

 

 

 

――――光が戻り、意識が浮上する。

 

「戻って、きたのか……」

 

意識が戻った時。見える景色が変わっていた。あまりにも、そうあまりにも脆くはかないバランスで成り立つ世界のカタチ。

 

見渡してみれば、先程まで木乃香であった死体が転がっていた。刹那はそれを暫し眺めたあと。

 

「……ごめんな、このちゃん……嘘ついて……うちはバケモノやから……このちゃんと一緒にいられるわけなかったんやな……」

 

転がっていた夕凪を手にし、彼女はゆっくりと木乃香の死体へと近づいてゆく。未だ、木乃香を蘇らせようと必死の形相で呪符を翳している千草は、背後から近づいてきた刹那に気づいて振り返る。

 

「な、なんや……あんた、何があったんや……?!」

 

刹那の醸しだす異様な雰囲気に、千草は(おのの)いた。先ほどまでの凛と張った、清廉な空気は一切感じさせることはなく、むしろそんな雰囲気が以前感じられたこと自体にさえ違和感を覚えるほど、重く淀んだ、濁りくすんだ気配を漂わせている。

 

まるで、彼女の中身が変わってしまったかのようであった。さっきまでの刹那のはらわたを抜き取り、代わりに真っ黒い何かを詰め込んだかのような。

 

「うふ、うふふっ」

 

そんな彼女を見て、月詠はとても楽しそうに笑っていた。しかし、その目は暗く濁りきっており、悪辣な愉悦を感じているようであった。

 

「このちゃん……さっき、このちゃんはうちのこと嫌いゆうたよね? ……うちも、このちゃんが嫌いになってもうたわ。うち、本当に化け物になってもうたから。人間のこのちゃんなんてどうでもようなったわ。だから……」

 

一方で、刹那は取り乱している千草に対して何の反応もせず、ただただ木乃香を見つめている。そして、抜身の夕凪を逆手に持ち変えると。

 

「あ、あんた何する気……!」

 

ザシュッ

 

「サヨナラや、このちゃん」

 

木乃香の躯から、首を切り離した。

 

千草は、刹那のやったことに一瞬訳がわからず呆けるが、すぐに気を取り戻すと絶叫を上げた。

 

「あ、あ、あああああああああああああ!」

 

まだ、人の姿であったからこそ千草は木乃香が生き返るかもしれないという、どうしようもない程にちっぽけな希望にすがりついていたのだ。だが、これでもうそれもなくなってしまった。首が分断された人間が、生きていられるはずがないのだ。

 

「う……く……ふ、ふふふ……」

 

笑みを、浮かべていた。深く鋭い、獰猛な獣のような笑みであった。だが、なぜか千草にはその表情が笑いには見えず。

 

「あんた、泣いとるんか……?」

 

むしろ、涙を流していないだけで、泣いているかのようであった。

 

「泣いてる……? ……アハハッ! アハハハハハハハハハハ!」

 

千草にそう言われ、一瞬ほうけた顔をしたかと思えば、急に大声で笑い出した。これが、さっきまで気丈に親友を守り続けようとしていたあの少女だというのか。

 

「そっか、うち悲しいんや……悲しいのに涙が出ないで……笑っちゃっとる……」

 

悲しいはずなのに、涙がでることもない。気分は高揚し、歓喜に打ち震えている。感情も表情も気分も心も。全てがあべこべになっている。

 

「じゃあ、あんたを殺したらうちはスッキリした気分になれるんやろか? 大好きだった、今は大嫌いなこのちゃんを殺したあんたを殺せば」

 

「ひっ!?」

 

その凄絶な笑みを浮かべたまま、刹那は今度は千草へと向き直る。千草は即座に、自分が彼女の標的にされたことを理解した。見つめてくる眼差しはどこか人間味に欠け、気味が悪い。殺気を感じはすれども、余りにも透き通り過ぎている。不純物が一切感じられない、ただ殺気のみを抽出して発しているかのようだ。

 

(ば、バケモンや……こいつ、バケモンになったんや……!)

 

人ならざる者はよく見てきた。妖魔鬼神に魑魅魍魎。妖怪変化のたぐいは東洋呪術とは深く関わっているし、善鬼・後鬼のように使役することだってある。高位のものであれば、人のように知恵をつけ賢しく動いたりもする。

 

だが、目の前のこれはそのどれとも違う。人間でもなく、妖怪でもない。そうであればこんな不気味で歪な人形のような生き物であるはずがない。

 

ならば、彼女はまさにバケモノと呼ぶに相応しい。

 

「……このちゃんの仇や」

 

無造作に、夕凪を振るう。それだけで、真空の刃が発生して千草を襲う。それは彼女の体を容易く通過し、虚空へと消えていく。

 

「こ、の……バケモンが……」

 

ゴプリ、と口から血を吐き出し、悪態をつく。腰回りからもゆっくりと血が衣服へと染み渡り、不自然に千草の上体がズレてゆく。やがて、体を支えきれなくなったのか千草の上半身は前のめりに倒れ、下半身はその逆へと崩れ落ちた。

 

「……全然スッキリせえへん。そもそも、嫌いな奴の仇なんかとってもスッキリなんてせえへんやろし……」

 

怪訝な表情をし、そんな感想を漏らす。人一人を殺したというのに、一切同じた様子もなく、むしろそれを当たり前として許容してしまっている。

 

「もっと殺せば分かるんかなぁ……」

 

無邪気な言葉。罪悪も何も、感じていないかのような価値観。人間の枠で捉えられない、常人からすれば狂気的な認識。人と同じで思考し、理性を持ち、倫理観を有していたはずの少女は、バケモノへと羽化を果たした。

 

 

 

 

「綺麗やわぁ……先輩……」

 

人間ではない何かに変貌を遂げた刹那を見て、恍惚の表情を浮かべる。月詠には、刹那の姿がとても美しく見えた。歪で醜悪で狂的で邪悪な彼女の姿が、たまらなく愛おしい。敬愛する姉と、比べてみても遜色ないほどに。

 

「はふぅ……羨ましい……嫉妬してまいますわぁ。うちもああなれたらなぁ……」

 

溜息を吐き、羨望の眼差しを向ける。彼女はかなり破綻した認識の持ち主だが、あくまでも心も体も人間。鈴音も体は人間だが、魂そのものが鬼へと変質しているため、月詠とは全く違う。だからこそ、嫉妬で狂ってしまいそうなほどに刹那が羨ましい。

 

「……月詠。姉さんはどこにおるん?」

 

「うふふ、聞いてどうするんどすか?」

 

「会いたいんや。悲しさとかは全然ないのに、寂しゅうて寂しゅうて……。うち、このちゃんはどうでもええのに姉さんのこと考えるとすごく寂しく感じるんや」

 

先ほどまで喜悦で濁っていた瞳は、悲哀によって驚くほどに澄み渡っていた。あまりにも純粋過ぎる悲しみ。それを、木乃香に対してではなく姉へ、鈴音へ向けていた。

 

「うふふ……教えてもええですけど~、先輩はうちらとは敵同士やなかったでしたっけ~?」

 

「……さっきまではそうやったけど、今はちゃう。うち、やっぱり姉さんについていきたいわ」

 

「お嬢様、は死んでもうたから仕方ないとして……ネギ先生はどうするんどすか~? 気になったりせえへんのですか?」

 

「え? 全然。なんであんなんを気にせなアカンのや」

 

心底どうでもいいかのように言う。共闘関係にあるはずの人物らを、刹那は一切の容赦なく切り捨ててみせた。彼女の返答に満足したのか、月詠は薄く笑い。

 

「……了解しましたえ。ほな、姉さんに会わせたげます」

 

 

 

 

 

月詠は、現在仮の住まいとしている場所へと刹那を案内した。そして彼女らの気配を感じたのか、鈴音が扉を開けて姿を現した。鈴音と出会った途端、花が咲いたかのように無邪気な笑顔を見せ、駆け寄る刹那。そんな彼女を、鈴音は優しく受け止めた。

 

「……そう、貴女もきたの……」

 

「うん! うち、やっぱり姉さんと一緒がいい! このちゃんなんて嫌いや。うちは姉さんと一緒にいられればそれでええ」

 

刹那の言葉を聞きながら、ゆっくりと頭をなででやる。サラサラとした髪を、鈴音の手が梳いてゆく。

 

「んふふ~、姉さんの手や~」

 

くすぐったそうにしつつも、刹那は嬉しそうに体を震わせている。なにせ、長らく姿を見せることなく行方を晦まし、いざ再会すれば敵同士。そんな彼女と、再び一緒にいられるなど、まるで夢のようであった。

 

「う~、ズルいおす。うちも撫でてください~!」

 

二人の様子を眺めていた月詠であったが、我慢できなくなり姉に甘えようと駆け寄って頭を差し出す。横から突っ込んできた月詠に面食らった刹那をよそに、鈴音は月詠の頭を撫でる。

 

「ふあぁ~、落ち着くわぁ~」

 

だらしなく顔を弛緩させ、うっとりとした表情をする月詠。普段の不敵な笑みを浮かべ、食えない態度の彼女とは思えないほどにリラックスしている。やはり、彼女にとっても鈴音の存在はとても大きなもののようだ。

 

「……なあ姉さん。うち、これからどうすべきやろ」

 

「……近衛木乃香は、死んだ……。……なら、今更ネギ・スプリングフィールド一行に……混ざるのは不自然過ぎる……」

 

そう。木乃香は死んでしまったのだ。その護衛である刹那がネギ達のもとへと戻っても、怪しまれるだけだろう。ならば、今後は月詠のように鈴音とともに行動すべきだ。

 

「……話しておいたほうがいいか。……アスナも、私達の仲間……」

 

「えっ!? アスナさんも仲間やったん!? 全然気がつかへんかったわ……」

 

「……アスナは、演じるのが上手い、から……」

 

今後誤解を生まないように、アスナがこちら側であることを伝えると、刹那は酷く驚く。普段の明るく礼儀正しい、まさに絵に描いたような優等生と認識していたアスナが、まさか鈴音と同じ組織の大幹部であるとは、思いもしなかった。

 

「……アスナは、組織内でもかなり年長……。……付き合いも、かなり長い……」

 

アスナは、鈴音にとっては無二の親友の一人らしい。相当にお互いを信頼しあっていることが言葉の端々から伺える。

 

対して、自分はどうだろう。姉がいるおかげで孤独とは無縁になろだろう。だが、友人の一人もいなというのは寂しい。かつては友人であった木乃香も、既に死亡している。尤も、彼女のことなど今更どうでもいい刹那は、すでに彼女の存在が頭から消えかかっていたが。

 

「うちも……また友達ができるやろか……」

 

俯いて、暗く呟く。そもそも姉とともに行くことを決める決定的な原因となったのが、木乃香との喧嘩と死に別れだ。友人関係というものに不安を覚えるのも無理は無い。

 

「……大丈夫。……組織には、刹那と同じぐらいの娘はいる……きっと、仲良くなれるはず……」

 

「それに、うちもおりますえ。先輩とは敵同士やったけど、今はおんなし立場や」

 

「姉さん……月詠……」

 

不安な顔をしている刹那に、鈴音と月詠がそれぞれ声をかける。特に、月詠は刹那に対してかなり友好的な態度で接そうとしていいるのが見て取れた。

 

「それとも、やっぱり先輩はうちのこと嫌いおすか? 友達、なれへんのやろか?」

 

月詠はそう言いながら、右手を差し出す。月詠の言葉に暫し困惑するも、やがて刹那はゆっくりと月詠に近づくと、おずおずと手を差し出し。

 

「つ、月詠……うちと、友達になってくれへん……?」

 

「うふふ、喜んで~」

 

こうして、刹那は再び友人を得た。それは、本当の自分を知る相手であり、とても得難い親友であった。

 

 

 

 

 

「く、そ……」

 

「……よくもった方。……けど、貴方では私は倒せない」

 

燃え盛る火炎の中、倒れる子供が一人と、佇むバケモノが一人。倒れているのがネギで、それを眺めているのが鈴音であった。

 

刹那がバケモノとして再誕した後。後から来たネギは、楓から木乃香の死を知り、一時はかなり荒れた。しかし、千雨やのどからによって宥められ落ち着きを取り戻し、関西呪術協会の本部へと向かった。

 

無事、とは言えないが親書を手渡すことには成功し、木乃香の死を知った西の長は大分怒りを抑えつつも仕方ないことと割り切り、彼らを労った。

 

そしてその日の夜。関西呪術協会の過激派による襲撃を受けた。屋敷を焼き討ちされ、過激派の呪術師達がなだれ込んだのだ。

 

最初は優勢であった。魔法世界の大戦において英雄と称された西の長相手に、数もそれほど多くなかった呪術師たちはほとんどが蹴散らされた。

 

『うふふ、うちらも混ぜておくれやす~』

 

だが、その後に乱入してきた勢力によって戦況は覆された。『夜明けの世界』のメンバーが仕掛けてきたのだ。西の長は即座に交戦を開始、ネギ達も奮闘したが、相手によって分断され、ネギと長以外はどこにいるかもわからない状態となった。

 

『……さらばだ、取り残された英雄……』

 

『この、か……』

 

そして、長は相対していた仮面の女、鈴音によって斬り伏せられ、それに激高したネギが無謀にも勝負を挑んだ。だが、彼女相手には一切の魔法が通用せず、拙い体術もまるで効いていなかった。結局、圧倒的な実力差を見せつけられ、ネギは敗北した。

 

ネギが悔しさで歯噛みしていた、そんな時。

 

「姉さん、他の輩の掃除は終わりました」

 

聞き覚えのある声が、ネギの耳へととどいた。顔を上げてみれば、そこには。

 

「刹那、さん……?」

 

「あ、お久しぶりですネギ先生」

 

そこにいたのは、昼間に行方を眩ませたはずの、桜咲刹那の姿。だが、その容姿は前とはかけ離れていた。時代劇に出てくるような侍の如き格好をしており、漆黒の袴と着物がまず目に入る。そして、黒髪であったはずの刹那の頭髪は、白銀の色へと変わっており、漆黒の衣服と相まってよく映えている。

 

そして何より、その瞳の奥に暗く淀んだ光を湛えていた。

 

「刹那さん、今までどこに……」

 

「そんなこと、先生に言う必要があるんですか?」

 

おかしい。出発前に見た彼女とは、明らかに違いすぎている。

 

「木乃香さんが亡くなったんですよ!? それなのにどうして……!」

 

「だって、それ私が見殺しにしたせいですし」

 

「え……?」

 

木乃香のことを話すも、むしろ刹那から衝撃的な言葉が告げられた。親友といえる間柄の彼女が、木乃香を見殺しにしたと。

 

「それに、あんな奴もうどうでもいいんです。私の事嫌いだって言いましたし」

 

「そんな……」

 

「それよりも、私は姉さんと一緒の方がいいって分かったんです。だから、こうして姉さんと一緒にここへ来たんですから」

 

そう言って、鈴音へと近づいてゆく。それだけでネギは理解した。彼女の言う姉とは、あの仮面の女だったのだと。

 

「う、ぁ……」

 

「今日は挨拶代わりに顔を出しただけや。けど次会うとき、うちらは殺しあう仲っちゅうことをよく理解してや、せんせ?」

 

寒気のする笑みを浮かべながら、刹那は明確な敵対の言葉を告げる。自分の生徒が、再び彼の敵となった。先日の氷雨のことといい、最早ネギの許容量をオーバーしてしまった。

 

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

翌朝。何とか生き残ることが出来た千雨は、他のメンバーの安否を確認するため山の中をさまよい続けていた。そして、ようやく焼け落ちた関西呪術協会本部へたどり着くも、そこには魂が抜け落ちたかのように無反応な少年が座り込んでいるだけであった。

 

ネギ・スプリングフィールドは精神に異常をきたしたとし、故郷ウェールズへと帰され、ベットの中で生活する日々が続いた。長瀬楓は死亡、宮崎のどかと神楽坂アスナは行方不明とされ、関西の裏社会は混乱が続いた。長谷川千雨も、後に麻帆良学園から失踪した。

 

後に、『夜明けの世界』が旧世界へと本格的に手を伸ばし始めた時。標的の一つとなった日本へ、幹部の一人が送り込まれた。その姿は、真っ白な頭髪と羽が特徴的な剣士であったという。


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