二人の鬼   作:子藤貝

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表と裏。人の心は目に見えない。


第十九話 日常の表裏

学園へとたどり着いたネギは、二人の女生徒に遭遇した。

 

「えーと、君がネギ君?」

 

「は、はい。たしかに僕はネギ・スプリングフィールドですけど……」

 

「……予想以上に小さい子だったわね」

 

「せやなー、でも丸こくてかわええで?」

 

名前を尋ねられたので反射的に答えたが、ネギは相手が誰なのかわからないでチンプンカンプンである。一方の女生徒二人、アスナと木乃香はネギを置き去りにしてヒソヒソと話をしている。

 

「あ、あの……麻帆良学園はここでいいんでしょうか……?」

 

恐る恐るといった風に、ネギは二人に尋ねてみる。

 

「え? ああ、ごめんごめん。ここで問題ないわよ」

 

「後、君がうちらの先生になるゆう話やから、一緒について来て?」

 

「あ、わかりまし……」

 

その時。乾燥した空気が風となって塵を巻き上げ、ネギへと飛んできた。目にゴミが入った訳ではない。彼の鼻をくすぐったのだ。

 

「へ、は……は……」

 

彼の鼻は反射的に異物を吐き出そうと。

 

「はぶしょい!」

 

大きなくしゃみが出た。そしてそれと同時に。

 

ブワッ!

 

「きゃ……!?」

 

「……っ!」

 

一陣の風が彼女らを襲う。彼の秘める膨大な魔力が、生理的反射によって暴発して擬似的な魔法を発生させたのだ。そしてよりにもよって、今回暴発で出たのは、"もうこれ脱がすための魔法じゃね?"などと一部で言われている『武装解除』の魔法だった。

 

これは相手の武器や魔法具を強制的に吹き飛ばす比較的初歩の魔法なのだが、なぜか服まで吹き飛ばしてしまうという欠点を持つ。つまり、今の二人は下手をするとすっぽんぽんになってしまう可能性が非常に高い。

 

しかし。

 

「うひゃ~、随分強い風やったなぁ……」

 

「……そうね」

 

二人はスカートを抑えながらそんな余裕の会話を交わしていた。一方のネギは、反射的に発動しただけだったためその異常(・・)に気づくことはなかった。

 

「うーん、風邪ひいちゃまずいし早く理事長のとこ行こうか」

 

「せやせや、それがええな」

 

鼻をすするネギの腕を掴み、アスナが率先して歩き始め、木乃香はその後を追っていく。木乃香は歩いている途中で、アスナがなにかブツブツと言っているような気がしたが、気のせいだと思い忘れるのだった。

 

「まったく……魔力制御もろくにできないのね。これじゃあ先が思いやられるわよ……」

 

 

 

 

 

理事長との顔合わせも済ませ、生徒名簿を受け取る。そして彼が担当することとなる中等部2-Aの副担任だった源しずな教諭に案内され、教室まで歩いてゆく。そして教室へと足を踏み入れようと扉に手をかける直前で。

 

「えーと……これって……」

 

「黒板消し、ですわねぇ……」

 

ふと扉が少し開いていることが気になってなんとなしに上を見上げてみれば、そこにはチョークの粉が大量に蓄えられているであろう黒板消しの姿が。

 

「うーん……どうしよう……」

 

扉の隙間から少しだけ中を覗いてみれば、楽しそうに談笑している少女たちの姿が見えたが、その中でも一際目を輝かせている二人がいた。容姿がそっくりなところからして、双子なのかもしれない。

 

「ネギ先生? 今黒板消しを取り除きますので少しお待ちになって……」

 

「いえ、しずな先生。ここはあえて行くべきだと思うんです!」

 

「ネギ先生!?」

 

黒板消しを取り外そうとしていたしずなに待ったをかけたネギは、そのまま勢いよくドアを開いた。そして重力に従って落ちる黒板消しは、彼の頭上へと吸い込まれるように落下していき。

 

一瞬だけ彼の頭上で静止した。

 

(しまった! 魔法障壁を消すのを忘れてたー!?)

 

即座に障壁を解除してチョークの粉をかぶる。ちらと少女たちの方を一瞥してみると、訝しんだような様子の人物はいないようだ。そのことにホッと胸を撫で下ろすと。

 

「いやー、引っかかっちゃいましたー」

 

と、どうみても棒読みでしか無い喋り方で仕切り直しにかかる。しかし、そのまま一歩を踏み出そうとした瞬間。

 

足元に張ってあったロープの存在に気づかなかった。

 

「あれっ?」

 

そのまま彼は転ばないように体勢を立て直そうとするが、頭上から降ってきたバケツによって水浸しになりながら視界を塞がれて阻止され、前が見えないまま盛大に転ぶ。しかし、それだけでは終わらなかった。

 

足元が、降ってきたバケツに入っていた水によって滑りやすくなり、そのまま回転しながら前方へと進んでゆき、その最中で玩具の矢が彼のいたるところに命中する。そして最後は大きな音とともに窓側の壁へと激突したのだった。

 

「ネギ先生ッ!?」

 

あんまりにもあんまりな一連の出来事に、呆けていたしずなが血相を変えて彼へと歩み寄る。一方の彼は、頭にバケツを被ったままあちらこちらに玩具の矢についた吸盤が張り付いて色々と形容できない感じになっている。

 

「だ、大丈夫です」

 

それでも、しっかりと返事は返す。当の仕掛け人である女生徒側は、当惑した表情だ。担任に罠を仕掛けたつもりが、全く関係のない人物が引っかかってしまったのである。

 

彼らの担任であるタカミチは、学内で『デスメガネ』の異名をとるほどに荒事に慣れていることが有名で、今までどんな罠を仕掛けても引っかかることがなかったのだ。故に、今回はいつも以上に罠を増やしたのだが……。

 

「わー! ごめんなさーい!」

 

「ちょ、ちょっとこれ大丈夫!?」

 

「きゅ、救急車! だれか110番を!」

 

「それは警察や! ええと、177番やったっけ!?」

 

「亜子さん、それは天気予報です」

 

ギャーギャーと騒ぐ生徒たち。動揺のあまり救急車を呼ぼうとするものまでいたが。

 

「お静まりなさいっ!」

 

一人の少女が一喝してそれを制する。麗しい金髪にスラっとした体躯。しかし中学生とは思えないほどにメリハリの有るボディがなんとも悩ましげである。

 

「これ以上騒ぐことは、新任の先生に迷惑ですわ! クラス委員長として、この場は私が預かります!」

 

「おおー、さすがいいんちょ」

 

「やるぅー!」

 

「お黙りなさいっ! そもそもお二人があんなものを仕掛けなければこんなことにはなりませんでしたのに、少しは反省なさいっ!」

 

「「はーい……」」

 

慌ただしい初顔合わせとなったが、その後は10歳のネギが担任を務めるということに対する衝撃と、彼を愛でる2-Aメンバーが暴走したぐらいでなんとか無事に終わることとなった。

 

 

 

 

 

【で? 私に電話してきたの?】

 

「だって常識がないのよあの子! 教室で魔法障壁展開してんじゃないわよ!」

 

【まあ、それは確かに駄目ね。でもその程度のことで私の読書を邪魔したわけ? あと、声が大きいわよ】

 

「う……だって霊子っていつも暇そうにしてるじゃない……」

 

【私をなんだと思ってるのよ。下らないこと言ってるとあだ名が『アスリン』になる呪いかけるわよ】

 

「また色々と突っ込みどころが大きい呪いね……」

 

【あら、じゃあ『あすにゃん』のほうがお望みかしら?】

 

「どっちも嫌よ。というかどういう呪いよそれ……」

 

放課後。人気のない校舎の隅でアスナはとある人物へと電話をかけていた。

 

【一応私の馬鹿弟子がいるから、万が一の時には動くはずよ】

 

「夕映のこと? なんか頼りないわねぇ……」

 

アスナの脳裏によぎったのは、親友の木乃香と同じ図書館探検部に入っている少女だ。性格的にはクールな子ではあるが、かつては世界の全てに興味が無いような虚ろな状態だったことは覚えている。

 

「まあ、あんたの弟子になってからは多少ましになったっぽいけど……それでも不安だわ」

 

 

【あらそう。だったらもう一人(・・・・)にでも打ち明けてみる?】

 

「駄目よ。彼女は普段通りに生活するようにってマスターに言われてるのよ。それに彼女も私が関係者だってことは知らないし」

 

【まあ、一般人らしく生活してるあなたが実はこっち側(・・・・)であるなんて普通は分からないわよね】

 

夕映と同じもう一人のクラスメート。アスナと同じくこちら側の者なのだが、彼女は普段通り生活するよう言い渡されており、更にアスナが関係者であることは知らない。アスナや電話の相手はほぼメンバーを把握しているが、夕映は迂闊に情報をばらされないために、その女生徒はとある事情により知らされていないのだ。

 

【そう。じゃあ一番厄介なあの子(・・・)ならどう? パートナーは常識人だし】

 

更に提示された相手は、確かに二人とは違ってこちらのことに明るい人物だ。しかしアスナにとっては一番関わりたくない者だった。彼女もまたクラスメートなのだが、正直アレに関わるぐらいなら自力でなんとかしたほうが方がいい。

 

「論外よ、彼女は不安定すぎるわ。結局私が頑張るしか無いのかなぁ……」

 

【あら。大分お疲れみたいね。じゃあ後で私のとこに来なさい、疲れが取れる薬あげるから】

 

「なんかその言い方だと怪しいお薬みたいに聞こえるわね……。というか貴女はクラスメイトでもなんでもないから口止めすればいいけど、私は夕映と同級生なのよ? バレたら不味いわ」

 

【今日は先生が来たからどうせ歓迎会でもやるんじゃない? 貴女のクラスってそういうの好きな娘ばかりでしょ?】

 

その言葉で、彼女は先ほど騒いでいた教室内での事を思い出す。ネギの歓迎会をしようといっていたが、どう考えてもパーティをするための口実にしか思えない。

 

「ああ、そういえばやるとか言ってたわ。ってそれじゃ私が歓迎会をサボることになるじゃない」

 

【あら、参加するの? 意外ね】

 

「新任の先生が来て普段礼儀正しい私が歓迎会をサボるなんて不自然すぎるでしょ。適当に理由をでっち上げようにもすぐバレる可能性があるし」

 

一応、アスナはクラスでも優秀な生徒であり、真面目で礼儀正しい模範的な生徒だというのが先生方からの一般的な認識だ。ただ、何人かには猫をかぶっていることがバレている可能性は否定出来ないし、クラスメイトには公然の秘密も同然である。

 

同室の木乃香には優等生を演じることの辛さを聞いてもらうし、初等部から腐れ縁であった委員長こと雪広あやかとはよく喧嘩をする仲である。

 

【そう。じゃあ私は色々と忙しいから。じゃあね】

 

「えっ、ちょっ!」

 

話は終わったとばかりに、一方的に通話を切られてしまう。先ほどの会話の流れからしても、最低限協力はしてやるが興味はないと言わんばかりだったことから、読書に勤しむために会話を放棄したのだろう。

 

「まったく、少しは別のことにも興味を示しなさいよ……」

 

そんな風に呆れつつ、彼女は携帯をしまう。そして人気のない廊下を歩き出す。暫く進んでいくと、階段を降りている少女を発見した。

 

「あれって……本屋ちゃん?」

 

アスナの同級生にして、一部からは本屋ちゃんの愛称で呼ばれる宮崎のどかが大量の本を抱えて階段をぎこちなく降りていた。

 

「ふらふらして危ないわねぇ、手伝ってあげるか……」

 

彼女にとっては宮崎のどかがどうなろうと知ったことではないが、友人の木乃香と仲がいい彼女が危ない所を見て見ぬふりをするのも気分が悪い。彼女を手伝おうと歩き出したその時。

 

「きゃっ……!」

 

のどかがバランスを崩して足を滑らせ、階段から今にも転げ落ちそうになる。

 

(ああもうっ!)

 

彼女は自身の健脚を活かして彼女を助けようとした。徐々に接近し、このままいけば助けられるだろうと当たりをつけていたのだが。

 

突如、別の方向から高速で走り抜けてきたネギによって先に彼女は助けられた。

 

「だ、大丈夫ですか宮崎さん!?」

 

「は、はいぃ……」

 

彼女を抱えたまま無事を確認するネギと、腕の中で何が起こったのか理解が追いつかないながらも、なんとか返事をするのどか。そしてそれを隠れて傍観するアスナ。

 

(へぇ……意外とやるじゃない)

 

魔法を使ったとはいえ、なかなかの速さで彼女へと接近して救助してみせたことで、アスナは内心での評価を少しだけ上げた。そして二人が妙にいい雰囲気だったため、アスナはそのままこっそりとその場を後にした。

 

(素質は十分、か……まあ、楽しめそうではあるわね)

 

 

 

 

 

「わ、私達の部屋に!?」

 

校舎を出た時、アスナを探していたらしい木乃香が駆け寄ってきて、理事長に呼び出されたと言われて再び校舎へと戻った。理事長室に行く最中にのどかと別れたであろうネギと遭遇し、同じく用事で呼び出されたということで一緒に理事長室へと向かった。

 

そして理事長からとんでもないことを頼まれた。なんと、ネギを二人の住んでいる寮の部屋に共同で住まわせてほしいというのだ。

 

「ええと、ネギ君を、うちらの部屋に?」

 

「そうじゃ、ネギ君はまだ子供じゃから保護者が必要じゃろ? そこで君らの部屋に共同で生活させて欲しいんじゃ」

 

「爺ちゃん、うちはかまへんけどネギ君は先生やで? 色々と不味いんちゃうか?」

 

まだ少年とはいえ、男女を同じ部屋に住まわせれば間違いが起こらないとは限らない。

 

「しかし教員用の寮は古くなってきたせいで危ないし、元々学園の近くに家を持っとるか借りておる教員が殆どでな。近々取り壊す予定だったんじゃ。そうなってはネギ君に一人暮らしなど無理じゃし、海外から来たばかりの彼にこの広大な学園の地理は分からんじゃろ? 下手をすれば学園外で迷子になりかねん」

 

「それはそうですけど……」

 

この学園は非常に広大で、それこそ年に何人も迷子になる者がいる。更に自宅から歩くだけでも相当な距離になってしまう場合が多く、路面電車が走っているぐらいだ。

 

「ならば二人にそれを教わればよいし、寮は学園内じゃから迷っても誰かに道を尋ねれば何とかなる。それに学校から近いからのう、うってつけじゃろうて」

 

「んー……せやなー……アスナ、どうする?」

 

「アスナくん頼む! ネギ君のためなんじゃ!」

 

「……はぁ、分かりました」

 

こうして、ネギはアスナと木乃香の部屋に下宿するという形となったのだった。

 

 

 

 

 

さて、アスナは委員長に連絡を取り買ってきて欲しいものを聞きくと、用事があるからとそのまま別れた。木乃香は、元々歓迎会をサプライズ形式にするために教室から離すという役割があったため、そのついででアスナと共同で住んでいる寮の部屋へと案内した。そして委員長から連れてくるよう連絡を受けて、ネギを教室まで連れて行った。

 

「「「ネギ先生、ようこそ2-Aへ!」」」

 

突然のことに面食らってしまうが、ネギは慌てて言葉を返す。

 

「えっ、あっあのっ、こちらこそどうぞよろしくお願いしますっ!」

 

そのしどろもどろとした様子に、感極まったあやかが思わず飛び掛かり、胸に掻き抱いて力強く抱きしめた。あまりに一瞬の出来事であったため、ネギは避けることさえできずに窒息しそうになる。

 

「なーにやってんのよこの馬鹿いいんちょ!」

 

さすがに苦しそうなのでアスナはあやかの頭を引っ叩いてネギを開放した。

 

「いきなりなんですのアスナさん!」

 

「ネギ先生が窒息しそうだったじゃない。あんたは少し加減を知るべきだと思うわ」

 

「だからといっていきなり頭を叩かなくてもいいじゃないですか!」

 

そのまま二人は睨み合う。が、あやかは溜息を一つ漏らすと。

 

「まぁ、今回は私が悪かったのですから、潔く謝らせていただきますわ」

 

「お、珍しいねぇ。いいんちょがアスナとの喧嘩から身を引くなんて」

 

あやかとアスナは何かと同じクラスになりやすかった。その度にあやかとアスナは喧嘩ばかりしてきたが、あやかはその全てで敗北しているのだ。あやかも財閥の娘として武術を嗜んでいるが、アスナにはどうしても勝てた試しがない。その悔しさから今でもあやかはアスナに勝負を挑んだりするのだが、自ら身を引くのはかなり珍しい。

 

「今日はネギ先生を歓迎し、祝うための場ですのよ? 流石に無粋な喧嘩などいたしませんわ」

 

「へー、いいんちょもわりかし割り切れるんだねぇ」

 

先程から二人をカメラで撮影しつつそんなことを言うのは、クラスメートの一人にして2-Aのお騒がせパパラッチ、朝倉和美だ。スクープのためには手段は選ばないが、意外と分別はあり大事な一線までは越えることはしない。中々に人情味もあり、悪を許さない正義感も併せ持つ、そんな少女である。

 

「むしろネギ先生だからなのでは?」

 

そんな風に言うのは、2-Aの誇るお馬鹿5人衆、バカレンジャーの一人にして図書館探検部所属の綾瀬夕映。ただ、最近は勉強にも大分力を入れているようなのだが、それが成績に結びついていない。

 

「ほら、のどか。チャンスですよ」

 

「で、でもゆえ~」

 

「のどかはもう少しガツンと前へ出るべきです。さあさあ!」

 

夕映に押されて出てきたのは、先程ネギによって助けられたのどかであった。

 

「え、えと……あの……」

 

「み、宮崎さん?」

 

「あの! 助けていただいて、ありがとうございました! これ、よかったら使って下さい!」

 

そう言って差し出してきたのは、数枚の図書券であった。ネギは慌てて受け取れないという。一方ののどかはと言えば、顔を恥ずかしさで真っ赤にしながらも差し出した手を引っ込めない。意外と覚悟を決めたら引かない性格らしい。

 

「え、いやそんな! 生徒を助けるのは先生として当たり前ですよ、受け取れません!」

 

「ネギ先生、のどかは先生にとても感謝してるです。受け取るのが男というものでは?」

 

「え、でも……」

 

「もらっときなさいよ、それとも本屋ちゃんの感謝をふいにする気?」

 

アスナからのダメ押しの一言で、ネギはのどかの差し出した図書券を受け取る。まだ顔が赤いのどかは顔を洗ってくると言ってそそくさと教室を後にした。

 

「にゅふふ~、なーんかラブな香りが漂ってますなぁ」

 

そんなことを言いながら現れたのは、のどかや夕映と同じく図書館探検部に所属し、共に行動することの多い友人でもある早乙女ハルナ。漫画研究会にも所属しており、ペンネームは"パル"。クラスの何人かからもパルと呼ばれており、愛称となっている。そんな彼女は、他人の色恋沙汰に興味津々な人物であり、そういった話が絡む度に暴走する。時には色々と突っ走りすぎて注意を受けることもあり、彼女の悪癖といえるだろう。

 

「ハルナ、のどかは恥ずかしがり屋なのですからあまり話を大きくしないほうがいいです」

 

頭についた二本の触覚のような髪を、ピコピコと揺らしながら楽しそうにしているハルナへと夕映は苦言を呈す。ハルナもそれを分かっていたのか、大人しくなる。色々と暴走しがちな彼女だが、普段は友人達からも頼られる姉貴分のような存在であり、互いの信頼は深い。

 

「……あら? 美姫さんと茶々丸さんはどちらに?」

 

「いや、見てないぞ。そういえば確かにいないな。茶々丸もいないし、保健室にでも行ったんじゃないか?」

 

クラスメートの二人がいないことに気づき、あやかがそんなことを尋ねるが、近くにいた龍宮真名がそう答える。中学生とは思えない長身とプロポーション、褐色の肌が特徴的であり、雰囲気も一般的な中学生とはかけ離れている。その目は妙に鋭さを帯びており、人を近づけない印象を与える。

 

「そうですか……それは残念ですわね……」

 

「まあ、風邪でも引いたら大変だからな。それにあいつは元々体が弱いから、仕方ないさ」

 

「今日は妙に饒舌ですわね、龍宮さん?」

 

「私をなんだと思ってるんだ。これでも人並みの社交性はあるんだよ」

 

「そうでしたか。私、龍宮さんと殆ど話したことがありませんでしたから、勘違いしてましたわ」

 

「いや、私も自分が無愛想なやつだとは分かってるんでね。……そういえばこの時間帯では保健室は開いていないな。だとすれば、美姫と茶々丸はどこに行ったんだ?」

 

「私がどうしたと言うんだ?」

 

そんな会話をしていると、背後から声がしてきた。振り向いてみれば、そこには二人の少女がいた。一人はショートカットに切り揃えられた黒髪に、透き通るように白い肌が特徴的で、きりっとした顔つきは生真面目さを感じさせる。

 

もう一方の少女は、妙に大きな耳飾りをつけており、緑色の髪は腰まで伸びている。顔は無表情で変化に乏しく、まるでロボットのようだ。というよりも、彼女は実際にガイノイドという女性型のロボットなのだが。

 

「なんだ、美姫も茶々丸もどこに行ってたんだ?」

 

「ちょっと花を摘みに行ってただけさ」

 

「私は美姫さんの付き添いです。女子校といえども、遅い時間ですのでお一人では危険だろうと思いまして」

 

この二人こそ、件の人物である大川美姫と絡繰茶々丸であった。美姫は身長が他の3人と比べて低いため、見上げるような形になっている。

 

「むぅ、相変わらず君たちは身長が高いな。本当に中学生か?」

 

美姫を除けば、この3人は平均身長で170cmをオーバーしている。特に真名は180cm以上であり、とても女子中学生のようには見えない。が、本人達も大分気にはしているようで。

 

「ぐっ、それは突っ込まないでくれるか美姫。私も結構気にしているんだ……」

 

「ほ、おほほほほ……」

 

「私はガイノイドですので、初めからこの身長で確定していますから」

 

と、三者三様の返答をする。美姫はそうか、済まなかったというとそのまま教室の隅へと移動していった。ちなみに、彼女の身長は135cm。小柄な夕映以上の低身長である。

 

「……意外と、気にしてらっしゃるんでしょうか?」

 

「さあな……。だが、無い者からすれば有る者は非常に羨ましいらしいぞ?」

 

「そういうものなのでしょうか? 私には理解ができません」

 

「まあ、君はロボットだからな、そういうのとは無縁だから分からんのだろうさ」

 

「……少し、お話しませんこと?」

 

「……そうだな、私も少し話がしたいと思ったところだ」

 

そうして二人は、一緒に窓際まで移動すると何かを話し始める。茶々丸は微動だにしない。クラスメートたちも新たに交流の輪を広げながら、歓迎会は続いていったのだった。

 

 

 

 

 

ネギが学園にやってきてから数日。様々な出来事があった。

 

まず、彼が女子寮住まいになったことで一悶着あった。年下の少年が好みのあやかが暴走してネギの争奪戦が勃発。しかしその場は学年主任の新田先生が現れたことで何とか収まり、一度は終息したかに見えた。

 

しかし、共同生活を始めてアスナがネギの体臭を指摘し、彼の風呂嫌いが発覚。そのまま強制的に風呂場へ連行して洗ってやったのだが、そこに2-Aメンバーが入浴のために現れ、再び争奪戦が加熱。今度は色々と収拾がつかなくなり始めてアスナが珍しく怒りを露わに一喝。さすがに悪ふざけが過ぎたと本人たちも反省してようやく争奪戦は終結した。

 

次に起こったのは、体育の授業で使用するはずのコートを横取りした高等部との対決だ。コートの使用権をかけて高等部のドッジボール部、通称『黒百合』と対決をしたのだが、辛くもそれに勝利した後、ドッジボール部の主将が背後からアスナを狙ったボールを投げ、ネギがそれを受け止めた。

 

そこまではよかったのだが、ネギは勢い余って『武装解除』を纏ったボールを投げてしまい、彼女らの服が吹き飛んでしまい、高等部の女生徒たちは悲鳴を上げながら去っていった。結局有耶無耶のままに2-Aが勝利して終わったが、勿論服はネギが弁償に行った。翌日に何故か高等部の生徒たちが勧誘をしに来たが。

 

「これがここ数日の報告よ、マスターにメールで送っておいて」

 

そう言ってアスナはリングタイプのメモ帳の紙を破き、相手に手渡す。その相手とは、彼女のクラスメートにしてガイノイドである絡繰茶々丸である。彼女もまた、アスナと同じく組織のメンバーだ。

 

「お疲れ様です。紅茶は飲んでいかれますか?」

 

「いいわ、あんまり長居もしたくないし」

 

今アスナがいるのは、女子中学校からほど近いログハウスの居間だ。本当は、ここは彼女が苦手とする相手の住居であるため来たくなかったのだが、報告をするためにも来ないわけにはいかなかった。メールは電子精霊の存在があるため電話以上に危険なのである。

 

「で、あいつはどうしてるの?」

 

「私のマスターはいつも通り趣味(・・)に関してのことで出払っております」

 

「はー、助かった。アイツと話すと疲れるから、なるべく会いたくないのよね」

 

「マスターはアスナさんとの会話は楽しいとおっしゃっていましたが?」

 

そう言われて、アスナは件の少女のことを思い起こす。普段はかなりまともに見えるのだが、その本性は色々と狂的なものがある。最近は精神的に安定しているとはいえ、一度暴れだすと手がつけられなくなる。アスナはそれを一度体験しているため嫌というほど知っているのだ。

 

「あいつは苦手なのよ。茶々丸はよく平気ね?」

 

「私はマスターの従者ですので」

 

毅然とした態度で、というよりは機械的な対応だ。無表情だからそう感じるのかもしれないが。

 

「ま、あいつならそう言ってもらえれば嬉しいでしょうね。いい従者に恵まれたわねぇあいつ」

 

「私には過分な評価でございます」

 

「あーはいはい、そういうのは素直に受け取っとくものよ。じゃあね」

 

そう言って彼女は出入口の扉に手をかけ、ログハウスを後にしたのだった。

 

 

 

 

 

ネギ少年は悩んでいた。ここ数日過ごしていてなんとなくだが、同居人の一人とあまり友好的とはいえないのだ。木乃香は生来の天然な性格からすぐに打ち解けられたのだが、アスナの若干余所余所しい態度が気になっている。

 

彼女はプライベートではネギを呼び捨てで呼んだりとフレンドリーなのだが、どこか壁を感じている。この前はわざわざ風呂へ強引に連れていかれたが、あれも自分を気遣ってと言うよりは常識を覚えさせるためのように感じた。

 

 

 

「うーん、どうすればいいんだろう……」

 

ウンウン唸りながら考えてみるものの、元々山奥の村で暮らしていた彼は同年代と遊ぶということをしなかった。そのせいで、魔法学校でもあまり同級生と話をすることもなかった。せいぜいが幼馴染だったアーニャとぐらいだろう。彼の社交性は、あまり高くないのだ。

 

「ただいまー」

 

そんなことを考えていると、悩みの原因である少女が帰ってきた。

 

「おかえりなさい、アスナさん!」

 

「あら、ネギだけか。木乃香は?」

 

「木乃香さんは冷蔵庫の中身がないからと買い物に行きました。僕は留守番です」

 

「そ。宿題は終わらせてるし、オセロでもしない?」

 

と、ここで彼女の方から絶好の機会を提案してきた。無論、ネギからすればこれを断る理由はないので喜んで参加することにした。

 

「そういえば、あんたここには慣れた?」

 

「はい! まだ学園内は探検していないのでその内しようと思ってます!」

 

「この学園って下手なテーマパークよりも広いから、見回るだけで1日が過ぎてくわよ」

 

「それは大変ですね……。ああっ! いつの間にか角が全部取られてる!?」

 

「先生とはいっても、まだまだひよっこねぇ」

 

得意気に笑ってみせる彼女は、いつになく打ち解けた雰囲気がする。ネギはアスナと出会ってから初めて、彼女の本当の顔を少しだけ見たような気がした。

 

 

 

 

 

イスタンブール。トルコ最大の都市にして経済、文化、歴史など様々な中心地である。東西を行き交う人々が絶えずここを通り、アジアとヨーロッパの文化を結ぶ場所となっている。かつてはローマ帝国皇帝、コンスタンティヌス1世によってかのコンスタンティノープルが建設された土地でもある。

 

また時代が移りコンスタンティノープルが陥落した後は、オスマン帝国が支配者となり、メフメト2世によって都市インフラを再興された後は、多文化的な交易都市として再び文化の中心を担った。歴史上最も重要な都市の一つとして数えられるほどに、ここは様々な人々が行き交う都市なのだ。

 

そして、そんな多文化的な地であるからこそ、魔法使いにも様々な人種がいる。正義を志す『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』もいれば、それを毛嫌いする魔法使いだっている。金次第で何でもやる者もいれば、そういった者を取り締まる者もいる。

 

そして、魔法使いたちから恐れられる、かの組織の者もここにいた。

 

「……無駄足」

 

行き交う人々の波を流れるように躱し、その人物は呟く。小汚い赤茶けたマントを頭から被り顔を隠しているが、その声から女性のものだと分かる。また、かなり小柄な体格であり、下手をすれば10歳やそこらの少女にしか見えない。手には長い包みのようなものが握られており、長い布でグルグルと巻かれている。

 

「……お腹が、空いた……」

 

懐を漁り、財布を取り出す。開いてみてみれば、ぎっしりと詰まったトルコリラが顔を覗かせる。彼女は手近な露店へと向かい、ドイツ語でドネルケバブの値段を聞く。トルコでは基本的にトルコ語が公用語だが、ドイツへ出稼ぎに行く者が多いトルコでは、クセが強いながらもドイツ語を話せる人が意外と多いのだ。

 

「1つ5トルコリラだ」

 

「……昨日買った店は、2トルコリラだった」

 

「そりゃそこの商品に自信がないからだ。うちのは自信を持って提供できるからこそ強気の値段で出してるのさ」

 

「……そう。……じゃあ、買わない……」

 

「ああ、待ってくれ。今はサービス期間だったのを忘れてたぜ。半額の2.5トルコリラだった」

 

「……買った」

 

商業の中心地であり、観光地でもあるここでは商魂たくましい商売人が多い。観光客相手には、普段よりも高い値段を言ってそれで売れれば儲けもの、という認識がある。少女は渡されたケバブの代わりに代金を渡し、再び歩き出す。

 

「……おいしい」

 

店の主人が、自信があるからといっただけあり、中々に美味だ。少女は黙々とそれを食べ、完食する。無意識的に歩いていたせいか、いつの間にか裏通りへと足を踏み入れてしまったらしく、周囲には浮浪者がチラホラと見える。

 

「よう、恵まれねぇ俺たちに色々と恵んでくれねぇか?」

 

そんな言葉に振り返ってみると、鉄の棒を振り上げた男がそれを振り下ろそうとしている瞬間だった。少女は咄嗟にバックステップでそれを躱し、距離をとる。

 

「おいおい、恵んでくれねぇのかよ。じゃあ通行料をもらうしかねぇな」

 

持っている鉄の棒を弄びながらそんなことを言う。少女は、顔が隠れているせいで表情が伺えないが、心なしか余裕そうに見える。

 

「おいコラ、痛い目にあいたくなきゃさっさと通行料を出せよ」

 

「…………」

 

「おい、話し聞いてんのかゴラァッ!」

 

男は凄んでみせるが、少女は一向に反応しない。痺れを切らせた男は大声で怒鳴るが、少女はどこ吹く風である。まるで人形にでも話しかけているかのような薄気味悪さを、男は感じていた。すると、少女は少しだけ覗く口元を笑みの形に歪め、持っていた包みの持ち方を変える。

 

少女が棒状の包みの布を解こうとし始めたその時。

 

「お兄さん、その人に喧嘩ふっかけるのはやめておきな」

 

「あ゛あ゛?」

 

男の背後からの声。そこにいたのは、こんな場所には不釣り合いな身なりの整った男だった。スーツを着こみ、腕には銀の腕時計。銀縁のメガネを掛け、口にはタバコを咥えている。

 

「誰だテメェ! これは俺とコイツの問題だ! 部外者は黙ってろ!」

 

「そういうわけにもいかないんだよ。その人はうちの大事な顧客なんでな」

 

そう言って男へと近づいていき、密着した状態で懐から何かを取り出して突きつける。

 

「ひっ!?」

 

「たかが成人もしてねぇガキが、いきがってんじゃねぇぞ」

 

布越しに伝わってくる硬い感触に男は恐怖で竦んで動けなくなる。スーツの男はそのまま少女の方へと向き。

 

「すいません、すぐに片付けますんで。おらさっさとどっか行け!」

 

怯えている相手をどつくスーツの男。そのせいで怯えていた男は尻餅をつく。

 

「は、はひっ!?」

 

怯えていた男はしどろもどろになりながら去っていった。

 

「……全く、下手すれば死んでいるとこだったぞ」

 

スーツの男はポケットに突っ込んでいた手を出し、取り出したジッポライターでタバコに火をつける。

 

「……タカミチか」

 

先ほどまで平然とした様子だった少女から、殺気が漏れ出る。対するスーツの男、タカミチも両の手をポケットに突っ込み、表情が険しくなる。

 

「やはり貴女か、鈴音さん」

 

「……前よりは、マシな顔つきになった」

 

「貴女のお陰で、色々と吹っ切れたんでね。……何を企んでるんですか?」

 

「……言う必要はない」

 

少女、明山寺鈴音は巻きつけられていた布を一気に解く。そこから現れたのは、一振りの日本刀だった。

 

「……腕が訛っていないか、確かめてあげる……」

 

「貴女を止める……ここで、必ず……!」

 

時を経て、二人は再び激突した。


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