二人の鬼   作:子藤貝

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悪と悪の邂逅。選択を迫られる彼女。



第八話 交渉

『……して、その少女に作戦を阻まれたと?』

 

『申し訳ありません。上位悪魔を召喚してけしかけたのですが、力量の差があまりにも大きすぎたため……』

 

『うーむ、『赤き翼』に味方するものか?』

 

『1ヶ月ほど彼らを観察していましたが、少年二人組の稽古をつけているようでした。しかし、それだけでは判断材料には成り得ないかと……』

 

『……お前の見解を述べてみよ……』

 

『は。私が考えますに……彼女はむしろ中立的な人物かと』

 

『奴らを鍛えている時点で中立者とは思えんが?』

 

『……彼女は、経歴が全くの謎です。出身が『旧世界』であること、そしてアリアドネーでも多少有名であること以外はほとんど探ることができませんでした』

 

『なんと。アーウェルンクスシリーズたるお前がか』

 

『私自身の目から見ても、彼女は少々異質です。人間でしか無い彼女が上位悪魔を素手で圧倒し、気配を完全に隠して観察していたはずなのに、何度もこちらのことを見つめているかのような仕草をしていました。味方とは、どうにも思えないのです』

 

『むぅ、しかし計画の障害にならねば良いが……』

 

『……『赤き翼』が我々に感づいた以上、いずれ決戦のときは来るだろう。それまでに少しでも不安要素は取り除いておきたい……』

 

『全くですな。『黄昏の姫巫女』も回収せねばならないというのに……厄介な』

 

『彼女のことは私にお任せを。偵察を部下に続けさせておりましたので、位置は特定できております』

 

『では、こちらは引き続き『黄昏の姫巫女』を捜索するとしよう』

 

『……プリームム、デュナミス。……我が片腕たちよ、頼んだぞ……』

 

『『は! 必ずや計画の実現を!』』

 

 

 

 

 

「で、あの鬱陶しい監視は何だ?」

 

「……多分、アリアドネーの……時の……」

 

「上位悪魔をけしかけてきた輩か。その割には随分と雑魚ばかりじゃないか」

 

夕食の後。エヴァンジェリンは微かながら遠くから監視されている視線を感じ取り、部屋に戻った後に結界を張って、鈴音に問い詰めた。

 

「……でも、いつもの……視線じゃない……」

 

「交代で見張っているのか。ご苦労なことだ」

 

若干呆れ顔になりつつも、棚からワインの瓶を取り出し、栓を抜く。グラスに真っ赤な液体を注ぎ、香りを少し楽しんだ後、ゆっくりと口に含む。

 

「うん、悪くない酒だ。中々いい買い物ができた」

 

このワインは、鈴音が帰ってくる前日に購入したもので、特売品として安く手に入れたのだ。翌日に鈴音が帰ってきたら、二人きりで話をじっくり聞きながら飲もうと考えていたのだが、先ほどの視線のせいで若干気分が悪くなってしまったため、そこだけが心残りだった。

 

「……前の視線は、もっと……強い、気配……だった……」

 

「そうか。連合の奴らは……無いな。鈴音に強いと言わせるような強者(つわもの)は『赤き翼』ぐらいだったし、奴らも今は連合から追われている身だ」

 

「……第三の、組織……?」

 

「可能性はあるな。どうもこの戦争はきな臭いと思っていたのだ、裏で糸を引いている輩がいる可能性もあるだろう」

 

怪しい点は幾つもあった。わざわざお互いが戦争を泥沼化させるような行動ばかりしているし、そもそも戦争が始まった理由が人間側と亜人側の確執かららしいが、そうなるまでに歩み寄ろうとしていた人物がほとんど失踪か、または死亡している。やはり何らかの操作をされていると考えたほうがいいだろう。

 

もっとも、この戦争自体は彼女らにとって歓迎すべき状況だ。簡単に名を挙げて広めることができ、同時に彼女らの"目的"に必要な『英雄』を探すのが手早く済む。

 

「仮に戦争を長期化させるのが目的だとすれば、待ち受ける結末は」

 

「……共倒れ……」

 

目的は不明だが、求めている結果が『魔法世界』の破滅という、およそ狂人的な内容だとすればある程度今の世情に納得もいく。

 

「国家を崩壊させ、世界情勢を混沌に叩き落とすのが目的……ではないだろう。そうなれば、困るのはむしろそいつらだろうからな」

 

「……目を、逸らす……?」

 

「ほぅ、そういう見方もあるか。大規模なことを、例えば何らかの儀式などを仕出かすために、わざわざ戦争を誘発させて泥沼にし、目立つそれらを覆い隠す、か。いや、むしろ戦争そのものも必要な過程であることも考えられるな」

 

鈴音の意見を聞き、また別の解を導き出す。しかしそうだとしても、やはり目的がわからない。

 

「仮に、本当に世界の崩壊が目的だった場合……、アスナを狙ってくるやもしれんな」

 

「……『魔法無効化』……」

 

彼女の能力は、そのチカラを増幅すればそれこそ世界の消滅へと導くことさえできる。魔法がプラスであれば、それと引き合い打ち消しあうマイナスが『魔法無効化』だ。そして、エヴァンジェリンが科学的な視点も含めて考察した、あるひとつの仮定。

 

プラス同士の反発で魔法が生まれるならば、マイナスの反発、即ち『魔法無効化』の反発現象による強力な消滅力場。もしこれが本当であった場合、彼らが行おうとしている儀式がそれである可能性は否定出来ない。

 

「……アスナは、守る……」

 

無論、むざむざ彼女を渡すつもりなど無い。彼女もエヴァンジェリンや鈴音にとって大事な仲間だ。

 

しかし。

 

「鈴音。お前の能力(・・・・・)もまた、『魔法無効化』と同じマイナスの力だ。そいつらにお前らのことが知れた場合、お前も対象になるだろうな」

 

「……私は、負けない……」

 

「まあ、魔法が通じない上に体術だけなら私さえ追いつかないお前なら心配ないかもしれんが、万一ということもある。気をつけておけ」

 

月明かりに照らされたエヴァンジェリンの顔は、美しく。そして少しだけ憂いを帯びていた。

 

 

 

 

 

翌朝。アスナはいつも通りウェイトレスの仕事で出かけ、エヴァンジェリンは大事な取引があるため朝早く出かけている。

 

「……誰……?」

 

エヴァンジェリン一行が帝国にて利用している住居は、そこそこ広い。それでも、彼女が剣の素振りをするにはやはり狭いため、人目の付かない森林へとやってきていた。そこで暫く素振りを続けていたのだが、ふと、誰かの視線を感じたのだ。

 

「……やはり、見えているのか……」

 

木々の合間から、まるで突如出現したかのように現れる、一人の青年。恐らくは、姿を隠す魔法を使っていたのだろう。

 

「いやまさか、アリアドネーで有名な才女がかのエヴァンジェリン一味の人間、それも『狂刃鬼』だったとはな……」

 

青年の顔立ちは、それこそ人形のように整っており、白髪がそれを更に印象付ける。そして、その視線さえも無機物的であった。

 

「……丸見え……」

 

「どういうことだ? 君は僕の気配に気づいていながら、今まで何のアクションも起こさなかった。監視をしていることを承知で、だ。余裕でも見せていたつもりかい?」

 

「……必要ない……。……人形では、私は……殺せない……」

 

「っ! 僕の秘密まで分かっているとは……。どうやら、君は予想以上に危険な人物らしい」

 

そう言うと、青年は指に魔法媒体と思しき指輪を嵌めた。

 

「こちらに引きこもうかとも思っていたんだが、不安要素が多すぎる。君は僕らの障害になり得る。排除させてもらおうか」

 

殺気が、森林の中に一気に膨れ上がる。そのあまりの迫力からか、周囲で(さえず)りをしていた小鳥たちが一斉に飛び立つ。

 

「……やってみろ……」

 

対して、鈴音もそれを感じ取った次の瞬間には意識を既に切り替えていた。その瞳からは、吸い込まれそうになるほどの怖気を感じさせる鈍い眼光。

 

「……信じられないな。偽の感情を与えられただけの僕ですら、嫌な気分になる。君ほどの人物が未だ賞金首止まりとはね、『闇の福音』は相当な手練のようだ……」

 

しかし、現状では鈴音はやや不利だといえる。ただの素振り稽古でここにやってきたため、練習用の木刀を携えているだけなのだ。相手が火属性の魔法でも放てば、彼女は武器を失ってしまう。あとは魔法で嬲られるだけだ。

 

そう、通常で(・・・)あれば(・・・)

 

「君が剣士であることは知っている。そして、素手での戦闘が出来る人物でもあることも。なら、君が接近できないほどの質量で魔法を放てばいいだけだ」

 

剣士というものは、ひどく難儀なものだ。なにせ剣という、大抵の場合は長物を利用する以上は距離を保つのが重要となる。長距離からの攻撃には防戦するだけで精一杯であり、逆に近接ではインファイトとなるとかえって剣が邪魔になる。

 

しかし飛び道具が通用せず、あらゆる武器での戦闘が可能な神鳴流であれば、そのデメリットは存在しないし、鈴音の『村雨流』も同様である。加えて、彼女の流派には独自の移動術である『朧縮地(おぼろしゅくち)』が存在し、無理矢理にでも縮地を行うことが可能だ。

 

「……遅い……」

 

一瞬。彼女の姿がぶれた。その次には目の前にその姿があった。余りに理解不能な状況に、青年はほんの少しだけ思考が混乱した。彼女はまだ、先ほどの場所にいるのに。残像が消える頃には、彼は地面に叩き伏せられた後であった。

 

「ぐぅっ!?」

 

彼女の、鋭く、そして重い一撃は彼に大きなダメージを与えていた。彼自身、彼女の余りにも予想外な戦闘能力に驚いており、彼女の速度に自分の反応が追いつかなかったことに、なんと驚きを通り越して激怒していた。

 

「ありえない……。たかが人間の少女如きが、あのお方(・・・・)に造られしこの僕が太刀打ち出来ないなど、あってたまるか!」

 

彼女から極力距離を取り、始動キーを唱える。紡ぐ呪文は、少女を容易く轢き潰すであろう殺傷能力の高い魔法だ。

 

「…………」

 

その様子を、彼女はただ見ているだけであった。再び距離を詰めて攻撃してこないのかと、普段であれば疑問に思ったであろう彼も、激高した状態では気づけない。

 

「では、サヨウナラだ」

 

目の前では青年が、呪文を完了させていた。よく練り上げられた魔力を利用し、強大な魔法を現出させ、一気に彼女の方へと投げ飛ばす。巨大な水の塊であることから察するに、恐らくは水流系統の呪文だろう。その圧倒的質量に、彼女は全く動じることなくそれを受け入れる。

 

(とった……!)

 

青年が排除の完了を確信した次の瞬間。

 

魔法が突如消滅した。

 

「……何が起こった?」

 

見れば、少女は先程の位置から少したりとも動くことなく佇んでいる。その無表情は、こうなることが当然とでも言うかのように。

 

「魔法が、消えた!? 君は、まさか『魔法無効化』能力持ちか!」

 

もしそうだとすれば。青年にとっては、いや組織にとって好都合だ。『黄昏の姫巫女』がエヴァンジェリンに連れ去られていることは知っていたが、エヴァンジェリンは恐らく彼の組織の人間でも倒せるか不明なほどの魔法使い。

 

彼も、魔法世界ではトップクラスであろう実力があるが、残念ながらエヴァンジェリンを相手取れるほどではない。不老不死の怪物を相手取れるほどの人物は、それこそ彼の同僚か主人ぐらいだろう。

 

だが、この少女であれば。今一人きりの状況である彼女さえ何とか出来れば、不安要素の

排除と儀式に必要な鍵が、一気に手に入る。

 

「……気が変わったよ、君を……連れて行く」

 

 

 

 

 

「ンア? 鈴音ガイネーナ」

 

エヴァンジェリンといつも行動を共にしているチャチャゼロも、今日は鈴音と共に仮住まいでの留守番をしていた。とはいえ、昨晩浴びろほど酒を飲んだせいでぐっすりと眠っており、起きたのは既に日が高いところまで昇るかという時間帯。とりあえず寝起きで鈴音を探していたのだが、彼女の姿がどこにもないのだ。

 

「ンー、素振リデモシテンノカ?」

 

彼女の朝の習慣を思い出す。最近は仕事で離れていたため、彼女の稽古に付き合えなかったのだが、久しぶりに彼女と手合わせでもしようかと思っていたのだ。ならば丁度いいなと、彼女は鈴音が素振りをしていそうな近場の森林を目指したのだが。

 

「……ナンダコリャ」

 

周囲の木々は、まるで大質量の何かに押し潰されたかのようになぎ倒されており、或いは鎌鼬でも起こったかのように鋭い切り口で無残な姿を晒していた。

 

「コノ斬リ口ハ……鈴音ニ間違イネェナ。トナルト、誰カト一戦ヤラカシタカ?」

 

この惨状を冷静に分析しながら、そんな結論を出す。だとすれば、彼女とここまで苛烈な戦いを展開した相手は一体何者なのか。そして、彼女は今どこに行ったのか。

 

「……コイツハマタ、面倒クセェコトニナリソウダゼ……」

 

 

 

 

 

「さて、君がこうして交渉に応じてくれたことを、心より感謝するよ」

 

「…………」

 

チャチャゼロが到着する少し前。青年と鈴音の戦闘は膠着状態に陥っていた。彼女は魔法が通用しない代わり、接近されないよう青年に警戒され、思うように攻撃が届かず。一方青年は魔法攻撃という大きな手段を封じられ、接近をさせないように警戒するだけで精一杯であった。

 

「……このままでは埒が明かない。一旦、休戦といこうじゃないか」

 

「……了承……」

 

罠である可能性もあるが、現状ではどうこうもしようがない。相手がエヴァンジェリンに準じる実力者である以上、余計なことはしないほうが面倒が少なくていいと、鈴音は判断した。こうして、二人は現在帝都のとある建物の一室にいた。

 

「何か飲み物でもいるかな?」

 

そう言いながら、手にはミネラルウォーターのボトルと紅茶の香りのするティーポット。

 

「……お茶……」

 

「紅茶のことかい? ストレートがお好みならダージリン、ミルクならアッサムもあるが……」

 

「……番茶……」

 

「すまないが、その、バンチャ? は置いていないな」

 

彼女の要求するものが何なのかが分からず、謝罪をしながら自分のカップに紅茶を注ぐ。

 

「……要求は……?」

 

「話が早くて助かるよ。簡潔に言おう、僕らとともに来て貰いたい」

 

「……断ったら……?」

 

「僕らのことを知った以上、生かすつもりはないさ」

 

ふと、背後の壁をちらと一瞥する。その向こう側からは、物音一つしないが……。

 

(……背後に一人、この部屋に……二人(・・)……)

 

背後から、並々ならぬ気配を感じ取る。一方で、この部屋からは彼女を抜いた二人の気配。一人は目の前の青年。もう一つは、部屋の隅。

 

(……魔法で隠れてる……)

 

気づいていることを悟られないよう、そちらの方は見ないようにする。視線というものはある種口以上にものを語ることもあるのだ。

 

「……条件は……?」

 

「『黄昏の姫巫女』をこちらに渡す。その代わり、君たちを今後付け狙わないことを約束しよう」

 

「……話にならない……」

 

この部屋にいる人物全員が纏めてかかったとしても、エヴァンジェリンは倒せない。それだけ、世界最高クラスの魔法使いとそれに準じるだけの実力者の隔たりは大きいのだ。しかし、青年は余裕の笑みを崩さない。

 

「そもそも、僕達が狙っていたのは『黄昏の姫巫女』、彼女だけだ。だが、かの『闇の福音』たるエヴァンジェリンが相手ではどうしようもないだろうね。それでも、僕らの戦力を集中させれば奪って逃げることは可能だ」

 

そう、あくまで彼らの目的は『黄昏の姫巫女』たるアスナのみ。彼女だけを集中して狙われれば、いくらエヴァンジェリンや鈴音でも守り切れないだろう。それに鈴音達は、彼らの組織がどれだけの大きさなのかを知らない。鈴音は、エヴァンジェリンが考察していたことを思い出す。

 

(……世界規模の、戦争を……起こせる……組織……)

 

そうであれば、恐らくは末端を含めて万単位。下手をすればその数倍かもしれない。それだけの数を相手に、例え鈴音たちであろうと苦戦は必至だろう。どこへ行こうとも、一時の安息さえ与えられないままじわじわと体力と精神を削られるかもしれない。

 

「言っておくが、僕らは現在勢力を少しずつ減らしているとはいえ、まだ末端を含めて数万の戦力を有している。このままこの交渉を破棄して逃げ切ったとしても、どこまでも逃げ切れるなどと思わないほうがいい」

 

「…………」

 

彼女の想像通りの言葉を、青年は話す。鈴音は、とりあえずは彼の交渉の内容をさらに聞いてみることにした。

 

「しかし、だ。君はどうやら、『黄昏の姫巫女』と同じ能力を持っているようだ。ならば、君自身を対価にしてくれれば構わない」

 

どうやら、彼らは自分自身でも問題ないらしい。確かに、せっかく自由を得てこれからを生きていこうとしている彼女を引き渡すよりも、自分のような最低な殺人鬼の方がいいだろう。アスナはまだ、常識を学んでいる最中であり悪事に手を染めてはいないのだ。

 

「……そちらの、提示する……条件の……保証は……?」

 

「それならば問題ない。これを使えばいいからね」

 

そう言って、懐から手のひらサイズの(ワシ)の彫刻を取り出した。

 

「……これは……?」

 

「言霊を縛る代物さ。封印級のこのチカラを使えば、僕らも君も取り決めたことを順守せざるを得ない」

 

くれぐれも触れないでくれよと念を押していることから、中々に貴重なものであるらしい。鈴音の目から見ても、潜在している魔力は普通の魔法具とは比べ物にならない。

 

「さあ、こちらの条件は提示した。次は、君の番だ」

 

「……こちらからの、条件……」

 

これで、条件を提示して話を纏められれば交渉が成立してしまう。そうなれば、この魔法具は鈴音を縛るだろう。いくら鈴音の『能力』が強力でも、空間魔法や幻術魔法、そして誓約魔法は無力化できない。彼女は少し悩んだ後、

 

「……今決めなければ……駄目……?」

 

ただの引き伸ばしにしかならないが、向こうからすれば歓迎できない話だろう。彼がこうして形だけとはいえ1対1の場を整えたのは、エヴァンジェリンがいないという状況が好都合であったからであり、この機会を逃したくはないはずだ。

 

「駄目だね。聡明な君なら気づいているだろうが、ここに連れてきたのは『闇の福音』がいないからだよ。君だけならば、ダメージ覚悟で戦えば君を無力化だってできる」

 

「……つまり、脅し……」

 

「こうして交渉の場を設けているのだから、どちらかと言えば"お願い"、かな?」

 

先延ばしにするのは、やはり無理のようだ。こういった交渉事の場は、アリアドネーで秘書見習いとして働いていた時にさんざん見たし、エヴァンジェリンのもとでも経験済みだ。が、自分自身がその矢面に立たされることは初めてである。これだけ重要なことを自分だけで決定していいものかと、鈴音は悩んでいた。

 

「…………」

 

「早くして貰いたいね。僕らもあまり暇ではないんだ、これ以上引き伸ばしを行うなら……」

 

「……待って……。……条件……決まった……」

 

これ以上待てないという、相手側からの念の押しように、さすがに鈴音もこれ以上の時間稼ぎは無理だろうと判断した。

 

「決まったか。なら、早く君の口から言ってくれ。さっさと話を纏めたいからね」

 

ようやく決まったかと、青年は呆れながらも書類をテーブルの上に出す。恐らくは、契約を履行するための誓約書だろう。

 

「……私の、条件は……」

 

鈴音はまっすぐ青年の顔を見つめ、言い放つ。

 

「……貴方の、死……」

 

その言葉と同時。背後からの強烈な殺気に、青年は横へと飛び退く。青年が一瞬前にいた場所には、巨大な片刃の刃物。それが、テーブルごと誓約書を断ち切っていた。

 

「オイオイ、躱シタラブッタ斬レナイダロ」

 

「っ! 君は、『闇の福音』の……!」

 

青年が背後を見れば、チャチャゼロの姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

「マッタクヨォ、アチコチ探シ回ッテヨウヤク見ツケタト思エバ、ナニ鈴音一人ニ勝手ナ交渉事ヲ決メサセヨウトシテンダ」

 

そう言いながら、大刀を肩に担ぐ。あの後、鈴音が落としていったメモを頼りに、ここまでやって来たのだ。ただ、書いてあったのが"帝都"の二文字であったため、探すのに大分手間取ったが。チャチャゼロは、家から持ってきた鈴音の愛刀を彼女に放り投げる。

 

「……チャチャゼロ、ナイス……」

 

それをキャッチし、親指を立ててチャチャゼロにそういう鈴音。鈴音は、青年の背後にチャチャゼロが忍び寄っていたことに気づいていたのだ。

 

「馬鹿な、いくら『闇の福音』の従者とはいえ、所詮は人形だぞ! 僕があれほど接近されて気づかないなんてことは……」

 

「甘ェヨ。オレヲソコラノ量産品ト一緒ニサレチャ困ルゼ」

 

そう言いながら、青年に向けて片刃の大刀を振り下ろす。青年はそれを紙一重で躱し、距離をとる。幸い、この部屋は広さがそこそこあり動きやすい。それでも、壁や天井がある以上は、接近戦主体の二人を相手にするのは骨が折れるだろう。

 

「まあいいさ、交渉が上手くいくかは期待していなかったんだ。傷めつけてから連れて行ったほうが楽だ」

 

彼が頭上に手を上げると、部屋の隅で姿を隠しながら待機していた人物が姿を現す。そして壁の向こうで待機していたであろう人物も、壁をぶちぬいて登場した。

 

「なんだ、結局やりあうのかよ。だったら初めからそうしてた方がよかったんじゃねぇの?」

 

筋骨隆々の、中年ぐらいであろう男性。しかしその体から迸る熱気は、只者ではないことを悟らせる。

 

「…………排除」

 

一方で、姿を隠していた方は物静かながら、底冷えのする寒気を感じさせる雰囲気の女性。頭部の二本の角が印象的だ。こちらも、相応の実力者だろう。

 

「さて、君たちには悪いが3対2だ。なにせ君等が相手ではこちらも正々堂々などと言っていられないのでね」

 

先ほどの不意打ちを受けた時とは違い、冷静かつ余裕の表情の青年。

 

「一応、紹介ぐらいはしておこう。こっちのごついのが、火のアートゥル。で、こっちの無口な方がセプテンデキム。僕と同じく、さる偉大なお方に造られた人工生命体だ」

 

「人工生命、ネェ。オレト同ジヨウナモンカ?」

 

大刀を方に担ぎ、そんなことを呟く。チャチャゼロもエヴァンジェリンに造られた人形ではあるが、目の前の三人ほど歪ではない。魂がしっかりと定着しているからだ。だが、相手方は人間らしい感情を見せていながら、しかし違和感しか感じさせない。まるで意図的に感情をでっち上げられているかのようだ。魂が、随分とぶれている。

 

「そこはノーコメントとさせてもらうかな。紹介が遅れたが、僕の名前はプリームム。アーウェルンクスの『1番目』だ。ここまで語った以上、その人形にはスクラップとなって貰うとしよう。ああ、安心するといい。君は殺さないよ」

 

大事なキーだからね、と鈴音を指さして言う。それに対し、鈴音は。

 

「……今、なんて言った……?」

 

「ア、コリャヤバイワ」

 

圧倒的な怒気を含んだ眼光と、言葉。青年側からすれば彼女の纏う空気が変わったこと以外は、特に変化は見受けられない。しかし彼女をよく知るチャチャゼロには、普段の無表情からは想像できない怒りの表情を読み取れた。

 

「……チャチャゼロ、あいつら……殺していい……?」

 

「……イイケドヨォ、オレニモ残シテクレヤ」

 

チャチャゼロは、こうなった鈴音が止まらないことをよく知っているので、渋々了承する。本当であれば、青年を鈴音に譲り、二人両方を切り刻みたかったのだが、今の彼女は三人纏めて斬り殺しそうな勢いだ。せめて一人ぐらいは譲って欲しかった。

 

「……あっちの、筋肉……あげる……」

 

「ケケ、斬リ応エノアリソウナ方カ。アッチノ女モ、柔ラカソウデイインダケドナ、今回ハ諦メルトスッカ」

 

「がっはっは! 俺を斬るってか!? たかが人形にできるわけが……」

 

「油断大敵ダゼ?」

 

ザシュッ

 

余裕の笑いを浮かべていたアートゥルは、一瞬で首を宙に飛ばしていた。その足元には、先程まで鈴音の隣にいたはずのチャチャゼロの姿。そして彼女が握っている大刀には、アートゥルのものと思しき血が付着しており、彼女は大刀に血振りをやる。

 

「…………死んだ?」

 

その様子を、何の感慨もなく冷静に分析するセプテンデキム。やはり、彼らには感情的な部分に大きな違和感を感じる。

 

「馬鹿な……!? 油断していたとはいえ、アートゥルが一撃だと!?」

 

「ケケケ、ナメンジャネェヨ。コノ『狂刃鬼』ノ剣戟戦闘面ヲ、誰ガ鍛エテヤッタト思ッテル」

 

魔法戦闘や武器なしの近接戦闘は、エヴァンジェリンが鍛えたが、刃での戦闘はどうしても不足してしまう。どうしようかと悩んだ末、チャチャゼロのことを思い出し、彼女の師匠に据えたのだ。鈴音自身の戦闘技法や基礎は十分だったが、刃物同士の独特の戦闘は、距離の維持や

防御方法などを学ぶには、熟練者を相手に経験を積むしか無い。

 

その点、チャチャゼロは人を斬り殺し慣れている点で非情に優秀な師であった。数年の研鑽は確実に鈴音を強くし、エヴァンジェリンでさえ本気で相手をせねば首が飛ぶレベルまで成長した。そして彼女を鍛えたチャチャゼロも、彼女の『村雨流』独特の技法に興味を抱き、その技術を戦闘を重ねるうちに身につけていったのだ。先程プリームム及び二人にも感知させなかったのも、その技術の応用である。

 

「ケケケ、ヤッパ鈴音以外ダトオレカゴ主人グライダナ、『朧縮地』ガ使エンノハ」

 

肉体の限界を考慮せず、只々速さを求めただけの技とも言えぬ暴挙。しかし人形である彼女であれば習得は容易かった。むしろ、魂は鬼とはいえ肉体は人間の鈴音が使いこなせていることが異常なのだ。

 

「イイネェ、コノ生命(イノチ)ヲ刈リ取ル瞬間ッテノハ。マ、人形ミタイナ奴ノ魂ジャチト味気ナイガナ」

 

生命の終わりゆく、そんな物悲しさを感じ取ることができる殺しの一瞬。彼女が人を斬る理由は単純なそれだ。人形の身に魂を収めているからこそ、生命の懸命なる姿と儚さ、そしてそれを奪う瞬間がたまらなく好きなのだ。

 

「まさかこれほどだったとはね……認識を改めるとするよ、チャチャゼロ君」

 

アートゥルが死んだことで、形勢はイーブンとなった。だが、それも少しの間だけ。

 

リィン

 

鈴音が、愛刀『紅雨』を抜刀した。普段居合を主に用いる彼女にしては珍しい。だが、その抜刀も異様だった。まるで、抜刀と同時に何かを振り抜いたかのような勢いだったのだ。事実、彼女の抜刀の数瞬後、窓の閉まっているはずの室内でカーテンが大きく揺れた。

 

「セプテンデキム、そちらの人形は任せるぞ。僕は、彼女を相手する」

 

「…………」

 

「どうした、セプテンデキム!」

 

ぐらりと。彼女の腰から上が地面に倒れる。続いて、その衝撃で腕が、頭が、頭部の角が。バラバラになって転がり落ちる。

 

「……風、奥義……『疾風(はやて)』……」

 

彼女は、抜刀と同時に攻撃を完了させていたのだ。あの勢いの良い抜き方は、剣先から恐るべき真空波を発射するためのものだったのだ。それをもろに食らったセプテンデキムは、一瞬で切り裂かれてしまった。見れば、彼女の背後の壁は何度も鋭利な刃物を振り下ろされたかのように深い切り傷が、それも丁度彼女の背丈程に集中していた。

 

「……ありえない……なんだ、お前たちは!?」

 

攻撃する際の殺気に気づくまで、気配を感じさせなかったチャチャゼロに始まり、自分さえ反応できない速度でアートゥルを一撃で斬り捨て。そして都合よく一人だけを真空波でバラバラにした鈴音の謎の技。全てが、彼の想像の遥か上だった。

 

「……とんだ失態だ。貴重な戦力二人を、何の成果も挙げられないまま失い、あまつさえあのお方に造られた僕でさえ、勝てないと感じている……!」

 

彼からすれば、これほど屈辱的なことはなかった。主人に自分から任せるよう進言して返り討ちにあい、主人が造り上げた自分が、偽りの感情しかのないはずの自分が。

 

「この僕が、恐れているというのか……!?」

 

目の前の鬼と人形に、恐怖を覚えているということに。


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