不知火 灯の野望~姫武将に恋と遊戯を与えます~ 作:騎士見習い
俺が段蔵姉さんと会ったのは何年も前だった。
出会う前の俺は大切なモノを失い絶望の淵に追いやられ、生気が吸い取られたかのように全身を引きずりながら目的なく歩き続けてた。
だがすぐに限界がきた。食料が尽き、一文無しとなり後は死を待つのみだった。どこだか分からない場所で倒れ、刻一刻と近づいてくる死期に怯えながら拳を強く握る。
「まだ……まだ……何もできてないんだよ……」
立ち上がろうとするが、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。自分の無力さを痛感し、嗚咽が漏れる。
「クソ……死にたくない」
その言葉と同時に周りには霧が発生し始めた。
「生きたいのかお前は?」
人の声がした。視線を様々な方向に向けるが、どこにも人らしき影も形もなかった。幻聴だとしても言ってやるよ。
「生きたい!生きなきゃいけないんだ!」
「そうか……なら生きろ!」
消えかける意識の中、多分幻覚なんだろうな。霧の中から突然現れた女性。彼女が持つ獣のような鋭い目が印象に残った。
*
「こ、ここは……?」
覚醒してない頭で状況を把握しようとする。
「足は……ついてるな」
よかった。どうやら死んでないみたいだ。確認もできたところで体を起こし、辺りを見ると、年季の入った木造の一室にいるらしい。
「やっと起きたか。丸二日もお前は寝てたんだぞ」
襖を開いて現れたのは、
「あなたは確か俺の幻覚に現れた女性……痛っ!」
いきなり殴られた。それも篭手をしてる手で!
「誰が幻覚だ?目を覚まさせる一発を御見舞してやろうか?」
「いやもう食らってるんですけど……」
「まぁ耐久性はあるんだな」
話が噛み合ってないと思うんだけど。耐久性って何?
「名前はなんて言うんだ?」
「不知火灯です」
「灯な。あたいは加藤段蔵だ」
加藤段蔵って忍の名前だった気がするのだが。本人だとしたらまさか女性だったとはな……。
「話しは後だ。ほら食え」
差し出されたお盆には湯気が立ち込める山菜の味噌汁にきゅうりの浅漬けや玄米といった献立に空腹だった腹が鳴る。
「い、いいんですか?俺が食べて?」
「生きたいんだろ?なら食え……」
「ありがとうございます!」
箸を掴み、掻き込む。この美味しさを伝える言葉が見つからないことを悔しいと思いながらも箸を進める。
「死んでも知らないけどな」
「えっ?」
食べてる手を止める。いや止まってしまった。そのまま俺は目覚めてすぐ意識を失った。
*
『どうして私を救ってくれなかったの?』
『俺に力がなかったから……』
『灯がそう思うのならその通りだよ。なら、これから頑張って強くなって姫武将のみんなに与えていってね』
『うん。死ぬ気でやるよ。必ず俺が恋と遊戯を与える。だって……君との最後の約束だしね』
『そうそう。普通なら私が灯に悪夢を与える役割だったんだろうけど、気が変わったんだよね』
『ほんと君は自由だね』
『ははっそうかも。だからさ灯!がんばって!』
*
「こ、ここは……?」
目が覚めると………以下略。
「おっ、生きてたか。なら合格」
「助けておいて殺す気だったんですかぁこの鬼畜ぅ!!!???」
頬に何かが掠ったと思ったら、壁には一本のクナイが刺さっていた。
「これから師匠となる相手に向かって言う台詞じゃねぇよな?」
「はい!これからよく分からないですがお願いします!段蔵姉さん!」
「お前を立派な忍にしてやるからな灯」
俺が食べた食事には悪夢を見せる毒薬を盛っていたらしく、意志が弱ければそのまま痛みすら感じず死ぬらしい。そして心の底にある願いをうなされるように呟くという便利な毒薬。
俺は強くなりたいという願いを聞かれてしまった訳だけど、結果的には想いと意志の強さを気に入れられて段蔵姉さんの修行を受けられるようになったしね。
こうして生きていられたのはやっぱり……俺はまた君に救われてしまったんだね。
悪夢をも気分で変えてしまう彼女の自由奔放な姿を俺は思い出していた。
*
とまぁこんな感じかな。段蔵姉さんは俺にとっては命の恩人であり、初めての師でもある。そんな特別な女性。
修行内容は現代のゆとり生活に慣れていた俺には本当に血を吐いてしまうほどの厳しい修行だった。その内の二割ぐらいは毒舌による精神的ダメージであった。
修行の最中に落ち武者に襲われた時、俺に見せてくれたのが『綾取り』だった。残酷な技だけどその中に美しさを感じてしまった俺があの時いた。
そして、段蔵姉さんの修行の日々が半年ほど経った時、俺は決意した。
『段蔵姉さん!俺はもっと色んなことを学びたいんです!自分の野望のために!』
恩を仇で返すような突然の一言を段蔵姉さんは怒る仕草一つせず。
『そうか。お前の好きにしな。だけど、条件がある───』
今なら段蔵姉さんが出した条件を果たせる気がします。
*
毘沙門堂が燃えた次の日。越後全土ではある話題で持ちきりだった。
不知火灯という余所者が神聖な毘沙門堂を燃やした。って話題でね。兼続ちゃんは今回のことのすべてを俺に任せてくれるって言ってくれたし、できる限りの支援をすると約束した。
つまりは俺とその仲間の蔵人ちゃんはただの凶悪犯になった。
「いや〜こんなに早く広まるなんてね」
木を隠すなら森の中。城下町を仲良く変装しながら、ずっとできないでいた観光中です。
「そうですね……あっ……また私たちの手配書だワーイ」
町中に貼りめぐられている俺たちの手配書。特徴をよく捉えてるね。やっぱりこの時代の人はすごく器用だ。
予想の範疇を超えたらしく蔵人ちゃんはさっきからこんな感じで落ち込んでます。
「あ〜〜!!灯様がここまで馬鹿だなんてぇ〜!!毘沙門堂は炎上ッ!人々の心も炎上ッ!私の心情ッ!分かりまぁ〜すか?あーい♪」
ストレスが貯まりすぎてしまったらしく、まだこの時代に存在しないラップを刻んでいる。挙句の果に……。
「洋洋♪
ウインクしながらラッパーのポーズをとっていた。何この天使!?めっさ可愛いんやけどぉぉーー!!!
奇跡が起きたんだなきっと!生きててよかったです!
「あと五時間ぐらい続けて欲しいんだけど。そういうわけにはいかなくなったんだよね」
明らかに一般民とは雰囲気が異なるのが少なくとも六人はいる。気づかれまいと気配を消そうとしたり、自然な動作を心掛けているのだろうけど、俺から見ると不自然過ぎて困るよ。
「八つ当たりしたいので殺ってもいいですよね?」
「よくないよくない。連中は偵察が目的だろうから今騒動を起こすのは得策じゃないよ」
「は〜い」
偵察してる奴らが嫉妬するほど仲良く観光しました!不知火灯。
*
凶悪犯として過ごす初めての夜。生きてる内にしたいことの一つである焚き火を森の中でする。夕食用に買っていた新鮮な魚を串に刺して火の周りを囲っている石と石の間に突き刺す。
風で揺らめく火をボーと見つめて時間を潰す。
「ほら焼けたよ……たぶん」
自分の目を信じて、見た目的に一番焼けてるであろう焼き魚を蔵人ちゃんに差し出す。
「あっ、こっちの方を貰うので大丈夫です」
人の厚意をここまで冷たく跳ね返されることに悲しみよりも先に尊敬してしまった。そのことを口に出さず渡そうとしていた焼き魚を口に運ぶ。
「食材そのものの味ってこのことをいうんだねぇ」
「ほんのり香る磯の香りが魚の新鮮さを物語ってますねぇ」
一匹じゃ物足りなく、一匹、また一匹と食べ進むと、
「囲まれてるってのに大した余裕だな灯ぃ!!」
上を見上げると木の枝に乗っている段蔵姉さんがいた。その他の忍たちは俺たちを円状に囲うように均等な幅で位置についていた。
「余裕もなにも結局は俺と段蔵姉さんの一騎打ちですよね?なら囲まれたとしても被害なんてありませんよ」
「一騎打ちってことは覚えてたんだな」
「もちろんですよ。忘れるはずがないです」
「ならいい。おい、あたいは灯と殺り合うからお前らは世瀬の相手でもしてろ」
何人もの忍が蔵人ちゃんへ視線と殺気を向ける。
「どうして毎回こんな目に……」
文句の一つ二つ~十つぐらい言うのだろうけど今日の蔵人ちゃんは一味違う。なぜなら……
「黒脛巾組の忍五十名を率いる組頭!世瀬蔵人がお相手してあげますよ!!八つ当たり相手を探してたから良い機会に巡り会えましたよまったく」
まぁ、こういうことです。
いつまでもこんな調子でいると段蔵姉さんに殺られかねないので集中する。精神が統一すればするほど、目の前にいる段蔵姉さんがどれだけ大きな存在なのかを実感してしまう。
できることなら戦いたくない。けど、それだとあの日の条件を果たせない。
『次会う時はあたいを超えるほど強くなりな』
今夜果たしてみせます段蔵姉さん!
「俺はあなたを超えます!」
「来い!灯!」
*
数回、刃を交じり合うだけで肉体、精神的疲労が凄まじい。段蔵姉さんの武器のいくつかは毒が塗ってあるため掠った瞬間に負けが決定する。そのため一回一回の攻撃には全神経を集中して対処しなければならない。
「正念場はここかな」
段蔵姉さんの姿が消え、代わりに霧が現れる。見慣れた光景なのだが、一つだけ納得できないことがある。
霧が濃くなるまでの時間が異常に短いのである。通常なら十五分ほどでピークに達するが、今回は一分もかからずに視界が白く覆われるほどではあった。
「悪いが早いところ決着をつけてやるよ灯」
声で位置を探ろうとしても全方向から等しい大きさで聞こえてくる。与えられた時間はごく僅か。
通常の攻撃をしてくるのか、それとも綾取りなのか。どちらか一方の対処をしなければ死ぬだけ。
もしかしたら考えることなんてないのかもしれない。あれだけの時を過ごしてきたんだ。きっと段蔵姉さんは全身全霊の力で俺を殺しにくるなら、することは一つに決まっている。
「降参するなら今のうちだ」
霧が晴れると周辺全域を包むように糸が何十本も宙に浮いている。首には何本も巻かれていた。全てを合わせれば、数は昨日の戦闘時の倍はあると思う。その分、評価されてると喜びを感じる。
「命乞いの余裕を与えるなんて、らしくないじゃないですか」
「ふん。唯一無二の弟子の命乞いぐらいは汲んでやらなきゃ罰が当たっちまうと思ってな」
「そんなことしなくても大丈夫ですよ。俺は死にませんから」
そうか、と呟き手を体の方向に引っ張り、糸は音をたてて限界まで伸びた。
「満足して死ね」
装束越しの首に巻かれていた糸が急激に絞まり、肉を押しつぶしながら切断しようとしてくる。だが、三センチほど絞まるとそれ以上進まず、ただ圧迫してるだけであった。
「な、なんで切れねぇんだ!?」
何度も力を込めてるのだろうけど一向に進む気配はなく、ギシギシと擦れる音が反響するだけである。
「何をした!灯!」
「簡単です。ただ相殺しただけ、それだけです」
完全に緩みきった首元の糸を小太刀で削り切り、首を覆う布を下におろす。
中から見えるのは、何重にも巻かれた糸。
「手に入れるのに苦労したんですよ、これ。観光する目的と併用してこの糸も探してたんです」
もう必要のない首の糸も外し、地面に落とす。首に出来た痣を摩りながら一点を見据える。
「成長したな灯。……だが、まだ終わってないからな!」
周辺に浮いている糸が突然、鞭のようにしなりだす。一本一本の糸が意志を持ってるかのように不規則な動きが、続けて繰り出される。
互いの糸がぶつかり合い、反動でまた違う糸にぶつかるという無限ループの繰り返し。おかげで一歩も動けなくなった。
「あたいのとっておき、『揺り籠』だよ」
「ほんと人が悪いですよ。隠し玉を持ってるなんて聞いてませんよまったく。」
「隠し玉の一つや二つ無きゃ忍なんて名乗れないと思っとけよ灯」
揺り籠の面積がじょじょに小さくなりすぐに体のあちこちに接触し切り傷となる。
こんな時にもまた思い出す。
『不知火って燃え尽きない火ってことでしょ?ならカッコイイじゃん!不知火灯って!』
君の勘違いのような言葉で自分の名前が好きになった。だからこそ、君のためであり俺のためでもある。この技々を創り上げた。
「不知火忍法───」
俺だけの技。数々の修行を経て、たくさんの忍に教わりできた集大成。
「──
掌に灯すのは紅に色めく赤ではなく、人々を暖かく包むような橙色。灯した火を間近まで迫った糸に優しく灯す。
「燃え尽きろ」
言葉と同時に一瞬にしてすべての糸に燃え移る。
「んなもん消してやるよ」
地面に叩きつけたり、風の勢いを使って消そうとするが、弱まることなく燃え続ける。
「あ〜あ、こんな隠し玉持ってるとか予想外だわ。負けたよ」
糸はすべて灰となって燃え尽きた。見届けた段蔵姉さんの表情には悔しさの感情が見て取れなかった。
「だけど、ちゃんと条件を果たしてくれて、あたいは嬉しいよ」
代わりに今まで見たこともないぐらい優しく、慈愛溢れる穏やかな表情だった。
「最初に比べると本当に見違えたもんだよ」
「こうなれたのもすべて段蔵姉さんのおかげですよ。段蔵姉さんがいなかったら今の俺はいませんでした」
「ふふっありがと」
まるで息子を見るかのような目。きっと、俺は目の前の光景を一生忘れないと思う。
「灯様ぁこっちは片付きましたよぉ〜」
ヘトヘトな蔵人ちゃんが空気を読まず来た。
「う、うんまぁお疲れ様」
どうやら殺してないらしく返り血がついてない。こちらもこちらで優しい娘だね。
「やっぱりお前らは良い相棒どうしだな!」
笑いながら言う段蔵姉さんの言葉を反対する蔵人ちゃん。
──もう霧は晴れたよな。
☆
「お前は最高の弟子だよ灯!」
灯の技は某忍者漫画にもありますが、決して意図的にやってないんで、よろしくです(∩´∀`@)⊃