不知火 灯の野望~姫武将に恋と遊戯を与えます~   作:騎士見習い

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ほんわか忍者 佐助

「それでは!かんぱぁぁい!!」

 

酒器を掲げ、打ち付ける。かこん、と鈍めの音を響かせる正体は『枡』である。軽めに飲むという今朝の発言を覚えているのか疑いたくなるほど挑戦的な飲み方をし、ぐびぐびと飲んでいる。

 

 

「くぅぅぅ~~身に染みますぅ~~」

 

 

全身を震えさせ体全体で美味しさを表現している。そんな無邪気な動作を見ると指摘する気力も削がれてしまう。相変わらず蔵人ちゃんには甘いな、と反省しながら俺も枡を傾ける。

初めて飲んだ頃と違い、今は清酒の美味しさを知っている。あ、ちなみにおつまみはスルメと豆腐、煮物です。

 

 

「いやぁ灯様も良い飲みっぷりですね。やっぱり、強いほうですか?」

 

 

「強いほうだと思うよ。段蔵姐さんとか師匠の飲み相手になったりしてたから飲み慣れてるんだよね。初めは不味いし喉は焼ける、翌日は吐き気と頭痛が酷かったり散々だったよ。」

 

 

そのおかげで今、こうして楽しい時間を過ごせてるから後悔はない。

 

話は変わりますけど、と前置きをする蔵人ちゃん。

 

 

「次はどこに行くんですか?灯様のことだから、そろそろ甲斐を出発すると思ってるんですけど」

 

 

奥州からずっと一緒にいるだけあって俺の考えてることが筒抜けになりつつある。近い内にこの溢れんばかりの蔵人ちゃんと一夜を過したい欲求も理解してくるに違いない!

 

 

「やっぱり相模ですか?ここから近いですし。ま、まぁ相模と言えば『風魔』ですしね。あ、いえ、会いたいなぁ、なんて全く考えてませんから」

 

 

後半の私欲は無視するとして、近いという利点、そして北条氏康ちゃんは貧乳!!絶対零度のような冷たい目つきは癖になるとかならないとか。とても、行きたいけ……

 

 

「俺自身も残念だけど相模には次行かない。次は──尾張に行きます」

 

 

「と、言いますと。織田信奈ですか。これまた癖がありそうな……」

 

 

この先の展開を想像してなのか表情が若干面倒くさそうになっている。

 

俺の本当の目的は未来人である相良良晴。未来からの知識を用い、織田信奈の天下統一事業の一片を担っている。

 

──相良良晴はこの時代に何を求めるのか

──相良良晴はこの時代に何を与えるのか

──相良良晴はこの時代に何を成すのか

 

同じ未来から来た俺は真意を聞く義務があると思う。

 

 

 

「あまり面倒ごとは起こさないようにするから。尾張には知り合いがいるしね」

 

 

「尾張に知り合いって……その方は忍ですか?」

 

 

枡に入っている清酒の水面に映る自分を見ながら修行時代を思い出す。

 

 

「普通の姫武将。今はそれなりに良い地位に付いてるんじゃないかな。尾張に行ったら紹介するから」

 

 

この話に一区切りついたので俺の方の本題に入る。追加の酒を頼もうとしている蔵人ちゃんに鋭い視線を向ける。

 

 

「幸村ちゃんと仲直りした?」

 

 

発せられるはずだった言葉を飲み込んだ蔵人ちゃんはギギギ、と錆び付いてるかのような硬い動きでこちらを向く。

 

 

「………一応……したと、思います」

 

 

本人が謝罪なのかすら不確かだということがあるのだろうか………?

詮索しようにも俯いていられると表情が読み取れないので嘘か真実か見分けることができない。

 

 

「コホン。まあ謝罪らしいことはしたと思うから、その件は終わりにしよう……か、な」

 

 

甘い言葉を餌に蔵人ちゃんの様子を見る。

 

ふむ、反応がない。これは初めてのパターンだ。いつもなら『ほんとですか!いやっほぉぉ!!祝い酒飲みましょ!!!』ぐらい言っても不思議じゃないんだけどな。

 

突然、蔵人ちゃんは両肩を細かく刻むように震えている。

 

 

「あら、灯と世良じゃない」

 

 

声をかけてきたのは昌信ちゃんである。それだけでなく隣には昌景お嬢様に幸村ちゃんがいた。いつもと違い服装は軽装で体のラインがはっきりしていて実にエロい。

 

「昌信ちゃん大丈夫なの?!奈々ちゃん心配してない!?」

 

 

「大丈夫よ。勘助様が見てくださってるから。月に一回、こうやって羽目を外しているの。普段は一人なんだけど、偶然幸村と昌景と会ったの。それと、奈々たちの心配してくれてありがとう。……あなた」

 

 

「ははっ、気が早いよ昌信ちゃん」

 

 

「あら、そうかしら?私はいつでも夫として迎えて何でもしてあげる覚悟はあるわよ」

 

 

挨拶のような会話で互いに笑い合い、ほのぼのとした一時を味わう。

 

 

「ちょ!この、ぶ…ではなく、灯!私を無視するとは良い身分ですわね」

 

 

俺と昌信ちゃんのイチャラブ空間を消し去るかのように昌景ちゃんが割って入ってきた。とても不機嫌で危うく豚と俺を呼ぶ寸前であった。

 

 

「ごめんごめん。昌景ちゃんも飲みに?」

 

 

「そうですわ。昌信がしつこく誘ってくるから仕方なく付き添っただけですけど」

 

 

先程の言葉と噛み合わない結果に混乱するが、ツンデレな昌景ちゃんだから、きっと、昌信ちゃんが飲みに行くことを知って、遠回しに行きたいって伝えたのだろう。

 

 

さて、俺が今、一番心配なのは幸村ちゃんである。普段なら俺の胸に飛び込むぐらい、はしゃぐはずなのに。それと、謝罪した者とされた者が一堂に会している状況に緊急事態発生の予感を感じる。

 

 

「蔵人どの!」

 

 

いきなり呼ばれ、蔵人ちゃんの体は大きく跳ねる。そして、ゆっくりと顔を上げ幸村ちゃんの方を見る。なぜか、顔は真っ赤であった。だが、その赤みは酔いによるものではない。

 

 

「この幸村、蔵人どのを勘違いしておりました!今朝方の蔵人どの思い、確かに幸村の心を撃ち抜きました!ですが、幸村も負けません!これからは同じ目的を持った友として高め合っていきましょう!」

 

 

 

う~ん話がまったく見えてこない会話に俺を含め昌信ちゃん、昌景ちゃんはついていけてなかった。

 

 

「えっ~と、幸村ちゃん。今朝は蔵人ちゃんと何があったの?」

 

 

疑問を投げかけると幸村ちゃんは目を輝かせ、自慢でもするかのように成長中の可愛らしい胸を張る。

 

 

「ふふん。それはですね!蔵人どのと幸村がどれだけ灯兄さんを「あぁぁーー!!!やめてくださいぃいーー!!!」」

 

 

思い出したかのように蔵人ちゃんは頭を抱えながら上下左右に振り、ますます顔が赤く染まる。

 

 

「幸村どの!あれは二人だけの秘密だと言ったじゃないですか!」

 

 

「恥ずかしがることなんてないですよ!蔵人どのから、あんなに灯兄さんの良いところを表した言葉を聞いたら……もう!」

 

 

「熱いも想いも関係ありません!!やめてくださぁぁいぃ!!」

 

 

流れる動作で地面へと倒れ込み、その場を耕すような勢いで転がっている。やめてぇ~、だの、その場の勢いぃ~、だのと悶えている。

 

 

「あ、そうそう灯」

 

 

蔵人ちゃんを気にせず昌信ちゃんが思い出したかのように話し出す。

 

 

「佐助から言伝預かっててね。たった一言『遊ぼ』だってさ。意味分かる?」

 

 

『遊ぼ』その一言はとても懐かしい響きだった。記憶を呼び起こしながら立ち上がる。折角、楽しくなりそうだった飲み合いをやめなければいけないことが残念だが、

 

 

──行くしかないか。

 

 

 

「ごめん!これから行かなきゃいけない所があるから先に失礼するよ。一緒に飲んで、みんながベロベロになって警戒心が消滅したのを見計らって☆※♂§★●なことをしたかったけど、また後で!!」

 

 

これ以上ない嫌悪を抱いてる表情で見送られながら俺は佐助の元へ向かった。

え?みんな正直者好きだよね?確実に色んなものに引っかかる言葉を言ったのがダメでした?

 

 

 

 

 

 

「はぁ……あんな忍のどこを好きになったのか自分を疑いたくなるわね。はぁ。あなたもでしょ?ね?世良……いや、蔵人ちゃん」

 

 

変態忍者は颯爽と消え、あたしが蔵人ちゃんに問いかけると、

 

 

「ふぇ……?!?!す、すすす好きになんてなってませんよ!!…………私には今のこの気持ちがなんなのか分からないです……。胸が締め付けられるような、この気持ちが………」

 

 

「あら、そんなことも分からないなんて無知ですわね。それはムぐぐぐぐ」

 

 

お邪魔虫を黙らせるために口を手で塞ぐ。目で合図を送り、喋るなと警告する。大人しくなったことを確認した後、手を離す。

 

 

「はいはい。野暮は良くないよ昌景。ごめんなさい、あなたが灯を好きだなんて、あたしの思い違いだったわ。……蔵人ちゃん、その気持ちは、きっと、これからの灯との野望の旅で答えがでるはずだから。今は忘れて、あたしたちと飲みましょ!!!」

 

 

本人が違うというのなら、それは違う。でも、時が経ち、自分の本当の気持ちに気づいた時、やっと女の子になれる。

 

近すぎるが故に気づけない。

 

近いようで遠い、というのはまさに今この目の前の状況なんだろうな。

 

 

「主人!お酒お願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竹やぶに一人、ポツリと佇む。町での騒ぎの後だと一層静けさが際立つのを感じる。

いつぶりだろうか。佐助との修行で使っていた場所。あの頃は段蔵姐さんとは違う辛さをここでは味わった。目を閉じ、夜風に揺れる笹の葉が織り成す一連の音を聴く。

 

 

「もうちょっと遅く来ると思ってたんだけど、早く来るなんて関心関心」

 

 

目を開け、陽気な声の方向を向く。月明かりに照らされながらゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。

 

 

「それが人を呼んどいて待たせる人の台詞じゃないと思うけどね」

 

 

「あははっ。それはそうかも」

 

 

ごめんね、と謝られながら目の前に到着する。

 

 

「そろそろ甲斐から旅立つでしょ?」

 

 

「そのつもりだよ。それを予測して呼び出したって訳だろ。しかも俺にしか通じない言葉を使って」

 

 

「余計な邪魔を入れないための保険だよ保険。だって、今からすることは邪魔者なしの真剣な試験なんだから」

 

 

そうだな、と真剣な声音で返す。それを心の準備はできていると受け取った佐助も滅多にしない忍の表情に変わる。

 

 

「今回は餓死するまで終わらないからね。───それじゃあ始めよっか。『かくれんぼ』」

 

 

 

 

 

「一、二、三………」

 

 

『かくれんぼ』子供たちの遊びの一つとして親しまれている。ルールは簡単。隠れる者と見つける者の二役に分かれる。見つける者を鬼と呼ぶ。鬼は目をつぶり十を数え、それから隠れている者を見つける。誰もが知っていることだ。当然、時間が経てば勝敗がどうであれ終了する。

 

だが、佐助の『かくれんぼ』は違う。見つかるまで終わらない。修行時代に挑戦したが何も食わず、事前に渡された水だけで一週間探し続けたが、佐助の『技』よって誰を見つけるのか分からないまま倒れた。

 

 

「九、十。もういいかい?」

 

 

いいよぉ~と全方位から反響するように聞こえてくる。

普通はこのやり取りで大まかな居場所を把握できるけど、やっぱり期待するのは良くないな。佐助から教えてもらったけど、いざ使われると厄介極まりない。

 

 

「さて、どうしますかな」

 

 

 

人を見つける原則として気配、息遣いを聞くことが必要だと、俺は学んだ。けど、佐助には通用しない。彼女には気配が存在しない。謙信ちゃんのように殺気がないから気配を感じることが出来ないとは違う。

 

 

───彼女は生まれつき存在感がない。

 

 

世間一般では影が薄いと言われることだが、忍として極めた佐助の存在感は『消す』ではなく『消滅』すると言った方が正しい。時間が経つにつれて佐助の存在自体を忘れてしまう。記憶から佐助を忘れてしまう。誰を見つけるのか分からなくなるが、探さなければいけない、という呪縛に囚われ続ける。

 

不思議極まりないが身を以て知っているので否定することができない。

 

 

なら、記憶から消える前に探せばいい。……が、それは無意味である。存在を認識できなければ、視覚で捉えることは無理である。

 

 

「俺は誰を探して……違う、佐助を探してるんだ」

 

 

数分経った時、俺の記憶が消え始めた。

予想以上に記憶の消滅が早い。あっちも本気ってことか……。けど、焦る必要はない。佐助がどこにいるのか、確実という訳では無いけど、きっと彼女はそこにいる。

 

 

軽い動作で後ろに振り向く。当然のように佐助の姿なんてなかった。だが、俺は何もない空間をそっと、ガラス細工を触るように優しく抱きしめる。

 

始めは温度も質感も何も感じなかった空間が次第に熱を持ち、柔らかい感触に変わり、見慣れた人物が浮き上がってきた。

 

弧を描く長い茶髪の女性も俺の腰に手を回し互いに密着するように抱き合う形になっている。

 

存在感がない故に彼女は誰よりも孤独の辛さを知っている。

 

 

「お前はあの頃、ずっと俺を見守ってくれてたんだろ?」

 

 

修行時代、毎度毎度、佐助はタイミング良く現れる。思い返してみれば偶然では片付けられないことがあった。俺が孤独や後悔の念で押しつぶされそうな時に限って、姿を見せ何気ない会話で気を紛らわせてくれる。

 

何度も彼女に救われてきた。

 

 

「あはは~気づかれちゃったかぁ~」

 

 

愛らしい糸目でこちらを見て、照れ笑いを浮かべる佐助。彼女の周りの空気が太陽の陽射しのようにポカポカとほんわかしていく。

 

 

「遅いぐらいだろ。修行の時に気づかないなんて鈍感!って説教受けるかと思ったけど、何もしないでいいのか?」

 

 

「何もって……今こうして灯の心音をすぐ近くで聞いてるよ~。それだけで十分。説教はまた今度」

 

 

なるほど、説教は確定だと。

 

 

「俺の心臓がこうして動いていられるのは『彼女』がいたからだよ」

 

「まだ……ううん。忘れられるはずないもんね。命の恩人を……。……敵を」

 

 

先程と変わって寂しげな表情をこちらに向けてくる。言いたいことは分かる。

 

 

「命の恩人か……それもある。けど、彼女は何もない俺に───恋を教えてくれた。だから、復讐をする。これから進む道が人から外れる道だろうと、ね」

 

 

そっか、と納得するように回されていた腕の力が解け、互いに向き合える距離になる。

 

 

「灯は試験に合格した。だから、もう師弟関係なんてない。灯にどうこう言う権利もないけど、一人の女性として……」

 

 

温かく、柔らかい確かな感触が俺の唇に触れる。咄嗟のことに思考が回らなくなり何もできなかった。普段から誤魔化すような笑顔を浮かべる佐助からは想像できないほどの真っ赤に染まった顔。

 

永遠にも感じられる時間が静かに流れていき、名残惜しさを残すように終わりを告げる。

 

 

 

「存在感がない私はずっとずっと寂しくって現実から消えたかった。でも、君と出会ってから気付かされた。存在感がない私の存在を認めてくれる人たちがすぐ近くにいたことを」

 

 

能天気とか思っていた俺には彼女が語る言葉は驚きだった。

 

 

「君は、忍として人を殺めることしかできなかった私に遊戯を教えてくれた。お館様や幸村、武田四天王のみんなとの楽しい毎日をくれた。それから、君への感謝は私にとって恋に変わった。だから……だから……」

 

 

彼女の目から涙がこぼれる。たくさんの感情が渦巻いているに違いない。

 

「佐助、聞かせてくれよ」

 

 

ただ一言。彼女の心に灯火を灯すように優しく。

 

 

 

「私は─────」

 

 

 

目元をゴシゴシと擦り、涙を拭く。顔に負けないぐらい真っ赤に腫れた目元。だけど、笑顔だった。

 

竹林の隙間を縫うように差す月光が彼女を照らしていた。

 

誰もが思うだろう。今の彼女は『かぐや姫』のようだと………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──私はずっと、君のために存在していくよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ども、騎士見習いです。クリぼっちで悲しくって一人寂しく書き上げました。

拙い文章でしょうが、年末年始の暇つぶしぐらいに読んでください。

次回で甲斐編は終了です。灯の修行時代編は書くかは微妙です。

では、あらためまして読んで下さってありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

感想、意見もよろしかったら気軽にどうぞ。




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