不知火 灯の野望~姫武将に恋と遊戯を与えます~   作:騎士見習い

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さらば越後

あの一騎打ちから三日。旅をしてから蓄積されてきた疲労を全て抜くかのように睡眠という名の底なし沼に浸かっていた。いくら身体的能力が優れていても、俺の体はまだ、この世に順応してないことが今の状況でよく分かったのが大きい収穫かもしれない。

 

俺が目覚めてからは蔵人ちゃん、兼続ちゃんに謙信ちゃんや段蔵姉さんと一気に押し寄せてきたが、申し訳ないと思いつつ退室していただいた。だって……傷口が開くほど騒がれるんだもん。

 

 

「みんな元気そうで何よりだ」

 

「これでも心配したからな。交代でずっと看病してたんだから、ちゃんと礼ぐらい言っとけよ」

 

「そうだったんですか。って、なんでいるんですか段蔵姉さん?出ていったはずじゃあ」

 

「あれは残像だ」

 

さっすが段蔵姉さん!忍術をこれでもかっ!というぐらい無駄遣いするなんて、流石の一言に尽きてしまう。

でも、段蔵姉さんもこの度のことで大分丸くなったと思う。前なら、この状態でも問答無用で毒舌や手裏剣を雨のように浴びせてくる。

 

 

「にしても、だ。女のためにここまでするなんて、気持ち悪りぃし変態を通り越して変人だぞ」

 

 

前言撤回。毒舌だけは浴びせてきました。ううっ……良かれと思ってしたことなのに、挫けそうだよ。

 

「だけど、良くやったな」

 

 

ふわっ、と微かに椿の香りが鼻腔をくすぐり、段蔵姉さんの柔らかい体に包まれる。

 

「はい。ありがとうございます」

 

もし、俺に姉がいたら彼女みたいな人がいいな。家族というのに今更ながら愛着が湧いてきてくる。もう二度と会えない現在の家族を思いながら、

 

「段蔵姉さん。それ以上力を入れられると傷が……」

 

 

自分の力強さを忘れて強く抱いてくれるのは嬉しいこと限りないのだが、万力で締め付けられてるようで、骨がきしみ出してしまっている。

 

「わ、悪い悪い。慣れてなくてな。んじゃま、兼続たちが気づき始めただろうから、出てくわ」

 

「はい。ではまた」

 

入口ではなく天井裏から出ていくと、すれ違いのように兼続ちゃんが入口の襖を勢い良く開ける。段蔵姉さんがいないことに気づいて慌てて来たらしく、息荒げに辺りを見渡している。

 

 

「はぁはぁ。だ、段蔵はど、どこへ?」

 

「いや、ここには誰も来なかったよ」

 

「そ、そうですか。療養中なのにお騒がせしてすみません。……あ、湯が沸きましたのでよろしかったら入ってください。疲れを流すには良いかと」

 

濡れた手ぬぐいで体は拭いてもらっていたのかもしれないけど、紳士として俺の息子を綺麗にしとかなければな。さ、さすがに寝てる間に息子も拭かれてない……よな………。

 

「じゃあ早速、入らせてもらうよ」

 

「では、着替えを後で持っていきます」

 

「ありがと。それと、兼続ちゃんは俺が寝てる間に恥部を見てない……よね……?」

 

これから放たれる一言で俺の人生がかかっていると言っても過言ではない。脂汗が額から滲み出ながら言葉を待つ。

 

「……………」プイッ

 

顔を赤く染め高速で背けた。全て言わずとも分かる。俺の……負けだ。

 

 

「……うわっっっっん!!!」

 

 

全力疾走で入浴へ向かった。

 

「あ、灯先輩ぃぃ!!大丈夫ですぅ!!ほんの少しほんの少しだけですからァァ!!」

 

ピタッと止まり、兼続ちゃんの方へ向き直る。

 

「そのほんの少しが俺の自尊心を刈り取ったんだよ」

 

さらば!我が自尊心!ようこそ!羞恥心!

 

 

 

 

 

 

「ふぃ〜〜生き返るぅ。やはり風呂は日本の嗜みだよまったく」

 

 

檜100%の湯船はもう最高でござる。大名によっては入浴という習慣がない人もいるらしいが、現代っ子の俺にはなくてはならないものである。

謙信ちゃんは体を清めるという意味合いもあって、神聖な場の一つでもあるここも趣深く造られている。

 

シャンプーやボディソープといった物はもちろんなく、この時代は手ぬぐいを用いる垢取りで体を綺麗にする。

 

「灯先輩。お背中を流しにきました」

 

「ん〜ご苦労さまぁ〜」

 

 

扉が開き、布で体を覆いながら恥じらう清純派姫武将の兼続ちゃんがいた。

 

んんんん!!??

 

 

「なななんでいるの!?」

 

「お礼の代わりと申しますかなんというか……いいから!お背中を流させてくれなきゃ切腹します!」

 

なんという横暴な脅し文句なんだ、と衝撃を受ける。それ以上の衝撃を俺に与えるかのようにひらり、と兼続ちゃんの体を覆っていた布が下に落ちる。

 

目に見えるのはこの時代には存在しない、伝説であり誉れである一品。

 

「す、スクール、み、水着…だと…?」

 

紺色のパツパツとした素材が控えめな胸の形をくっきりと写し出し、エロい。言葉にしたいが俺の国語力ではエロいとしか言いようがない。

 

「それをどこで!」

 

「なんでも尾張の未来人が造らせたという衣服の一種らしく、たまたま尾張からきた商人から買取りました。なんでも、殿方は喜ぶといお聞きして」

 

相良良晴。君とは良い酒を飲みかわせそうだよ。ああ、相良。君に早く会いたいよぉ〜〜。

 

だが、理性の化け物ではない俺には正直もう我慢の限界である。ロリコン?ここは戦国時代。そんな言葉はあと数百年は待ってから言うんだな!

 

目から虹彩が消えていることを自覚しながら、一歩、また一歩近づく。

 

「ツッ〜〜〜!!!あ、ああ灯先輩!みみ見えてますよ、隠してくださいその……固そうなものを!!」

 

 

プチんと何かが切れた。

 

 

「ちっぱい。生JC。スク水。清純。後輩。──万歳!!!」

 

 

襲いかかる寸前に何者かが現れ、意識を奪い取っていった。

ううっ〜理想郷がぁ〜。意識は温泉に浸かるかのように沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「スク水!!」

 

魔法の言葉を唱えながら目覚めると見知らぬ一室にいた。

 

「あら、お早いお目覚めね。どう、疲れはとれたかしら?私の大事な家臣を襲う元気があるのだから取れてない方が可笑しいわね」

 

城下町を一望できる窓の縁に琵琶を片手に持ちながら座っていた。夕陽に照らされるその白銀の髪は琥珀色に輝き、一本一本の髪が一つの宝石のように思えてしまう。

 

「やっぱり謙信ちゃんだったんだ、あれ。兼続ちゃんの件は悪いと思ってるけど、俺も一応男だし……ね」

 

「ふ〜ん。なら、今この一室には私と灯の二人しかいないわよ。襲ってみる?今なら抵抗しないし、逆に快楽に満ちた表情で灯の子種で孕みたいって言うけど」

 

 

思うのだが、小十郎ちゃんもとい真面目やエロいことに関心がない人ほど、解き放たれるとお構いなしでエロ発言してくるよね。まぁギャップがあって良いんだけどさ。

 

「喉から手が出てくるほど魅力的だけど野望のためにお断りさせてもらいます」

 

残念ね、と案外簡単に引き下がったことを何故か悔しいと思ってしまった。

 

「なら、こっちに来てちょうだい。あなたに見て欲しいのよ。私の父、長尾為景から私に受け継がれ、そしてあなたが毘沙門天から解き放ったこの国の姿を」

 

この国に来てから一望する機会はなかった。一時は嘘と陰謀が渦巻く国だった。そこから義を重んじる国となった。

 

座っている謙信ちゃんの隣に立ち、窓から見渡す。生涯、織田信長じゃなくって織田信奈に支配されることのなかった国を。

 

「ああ。とっても美しいよ」

 

「ふふっ、そう言ってくれると思ってた」

 

子供のような無邪気な笑顔を浮かべる彼女もこの景色に見劣りしないぐらい美しかった。

 

「腰を折るようで悪いんだけど。俺としてはまだ終わってないんだよね。むしろここからが本番というか」

 

「詳しく聞かせてもらえないかしら」

 

 

いくら家臣たちに上杉謙信という存在を再認識させても、それではダメである。いつの世も国を動かしているのは大名でも天皇でもない。国に住まう、民である。民なくしては国は成り立たず。

 

だから、越後の民に上杉謙信は毘沙門天の化身ではない。列記とした女の子であることを伝えなければ、今までの努力が泡となってしまう。

 

そのことを簡潔に謙信ちゃんに伝える。

 

「その通りね。でも、これは私たちの問題であってこれ以上灯に頼るのは一国の長として申し訳ないわ」

 

「いやいや。乗りかかった船は最後まで乗るのが俺の主義だから。それに、元はといえば俺が毘沙門堂を燃やしたのが原因な理由ですし」

 

「それを言ったら、私が兼続たちの気持ちを汲むことができずにいたのが問題だわ!」

 

ムッ、なかなかしつこいですな。意地っ張りというかなんというか。これが本性だと思うと可愛らしく思えてしまうのが男の性なのかもしれない。

 

「んっ、そういえば毘沙門天を倒した時の報酬を貰ってなかったなぁ。はぁ、越後の上杉謙信ともあろう者が恩人に報酬を献上しないとは、世も末だね」

 

 

「クッ、そ、それは卑怯だぞ灯」

 

「卑怯で結構。忍ですから」

 

「………分かった。よろしく頼むわ、鬼畜変態忍者さん」

 

内心、お怒りっぽい謙信ちゃんだけど拗ねてるようできゃわわ!!

 

ま、まぁ。本筋的なところは全部謙信ちゃん次第。俺はただ結果への道標を示すだけ。進むのは謙信ちゃん。

 

ってことで、思い立ったが吉日。早速行動を開始しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ〜たくさんだねぇ」

 

「招集をかけて丸三日ですからね。越後の民の大半は来てるんじゃないですか」

 

蔵人ちゃんと天守閣から見渡すと、数千規模の民たちがひしめき合っている。謙信ちゃんというか毘沙門天の信仰度合いが良く分かるよ。

 

「肝心な上杉謙信はどこに?」

 

「そろそろ来るんじゃないかな」

 

城下町に急遽造らせた十メートルほどの土台。それを中心として囲うように民たちは集まっている。

 

「ごめんなさい少し手間取って。もういつでも行けるわ」

 

鎧に身を包んでなく、繊細な造りをした十二単に身を包んでいる彼女はまさしく姫そのもの。

見蕩れてしまうが蔵人ちゃんから繰り出されたつねりで正気に戻る。

 

 

「あまり見ないでくれるかしら……。私自身、この格好に戸惑ってるの」

 

 

目を泳がせながら、もじもじする謙信ちゃん。

彼女を勇気づけるように、跪き左手を胸に右手を差し出す。

 

「参りましょう姫。さぁお手を」

 

柔らかく温かい手が触れる。

 

「ありがと」

 

手を握りながら立ち、お姫様抱っこをすると、

 

「きゃ!」

 

このたまに出る可愛らしいところが謙信ちゃんに萌える一つだね。

 

そのまま土台まで屋根から屋根へと飛び、ものの数分で土台の上に降ろす。突然十二単姿で現れた謙信ちゃんに驚く民たち。

 

「俺の役目はここまで。がんばってね謙信ちゃん」

 

「灯も野望を叶えなさい。そしたら、また遊びに来てちょうだい。今よりも一層美しい町々があなたを出迎えてくれるわ」

 

「そりゃあ楽しみだ」

 

 

笑顔で答え、その場から消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後まで聞かなくて良かったんですか?灯様」

 

「ん?ああ、大丈夫。素直な気持ちほど説得力があるものはないから」

 

「そんなもんですかね」

 

「うん」

 

 

城下町を抜け駆けていると、

 

「灯ぃせんぱぁぁい!!!ありがとぉございましたぁ!!それとぉ!いってらっしゃぁぁい!!」

 

声を響かせようと口を大きく開ける可愛い可愛い後輩からの言葉を受け取る。

 

「いってきまぁぁす!!!」

 

見送られながら、蔵人ちゃんから質問がでる。

 

「次はどこへ行くんですか?」

 

「次は───甲斐!!」

 

 

 

 

聞こえるはずのない謙信ちゃんの声が聞こえた。大衆に向けてなのか、それとも特定の人物へ向けての言葉なのか。

 

きっと、彼女しか知らないだろう。

 

 

 

『私は恋を与えられた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも騎士見習いです。

越後編終了です。

続いては甲斐の虎こと武田信玄!!

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