不知火 灯の野望~姫武将に恋と遊戯を与えます~   作:騎士見習い

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謙信ちゃんマジ神ちゃま!!《後編》

 

 

俺と謙信ちゃんを見守るかのように周りを囲っている炎は燃えている。だが、その炎を鎮火しようと、先程までの快晴が錯覚だと勘違いするほどに空は雲で黒く覆われ、ぽつぽつと雨雫が落ちてくる。

 

ある者は生まれながらにして天を味方につけ、地を知り尽くす。つまり、無意識だろうと天地を肉体の一部としている。今、この戦国の世に存在するその者ら。天下人《織田信奈》、甲斐の虎《武田信玄》そして──

 

 

『越後の龍《上杉謙信》』

 

その一人が今、自分の肌と同じような白馬に乗り俺の方へ槍の切っ先を向け突撃してくる。馬の突進を避けると隙をついての槍が俺の心臓を狙って襲いかかる。

 

 

「ふっと」

 

 

両手に持つ小太刀で受け、弾く。そこから、馬の動きとは思えない急激な方向転換により、無防備な俺の腹に槍の石突きが吸い込まれるようにめり込む。

 

 

「かはッ……!」

 

肺の中の空気が全て押し出されたかのようだ。呼吸しようにもできない、体をくの字に曲げながら顔を上げる。

 

 

「もう次はないわよ」

 

 

謙信ちゃんはそう言い残し、一定に開いていた俺との距離を詰める。彼女と馬の動きはまさに人馬一体。

 

まるで日本版ケンタウロスだな。良い比喩だなと自分で自分を褒めながら、呼吸が元に戻るのと同時に装束から巾着袋を取り出す。

 

「ほら!お小遣いだよ!」

 

開け口を開けたま空中に振り撒くと巾着袋からは灰色の粉が前方に舞う。

 

「目くらましのつもり?そんなの意味無いわ」

 

構わず突っ込んでくる。そして、そのまま灰色の雪の中に入った瞬間、両手に持つ二つの小太刀を力強くぶつけ合わせる。金属同士がぶつかり合うことによって生じる火花を点火源とする。

 

灰色の雪はたちまち火に変わり、極小規模の爆発を起こす。突然の爆発によりパニックを起こした馬は甲高い鳴き声を響かせながら、縦横無尽に暴れるように駆ける。

 

 

「所詮は動物ってことだよ。君みたいに生まれ持った本能に抗えるような動物は少ないんだよ」

 

 

「じゃあ灯はどっちなのかしら、抗えるの?抗えないの?」

 

爆発する時、咄嗟に馬から降りていたのだが、鎧や皮膚には煤が付着していない。

 

 

「……実際試してみたらどうかな?」

 

 

お互い武器を再度握りしめ、走り出す。

 

「はっ!」

 

射程距離的にも謙信ちゃんが大きく有利なため、一筋の線を描く高速の突きを刃で受け流しながら距離を詰める。そして、右手に持つ小太刀で斜めから振り上げるようにして切りつけようとするが、自分の武器である槍を捨て、後ろへ跳んで避けられる。

 

 

「久しぶりね、人から放たれた攻撃を避けるのは。この数日の間に悟りでも開いたのかしら?そうでもしない限り無理だと思うのよ……殺気を込めずに攻撃をしてくるなんてことわね。あなたは抗えるのね」

 

 

「何も開いてないし、抗えもしないよ。後悔をしたくないから踏み出せる。誰にでも出来ることをしてるに過ぎない。

殺気を出さないのは君を殺すつもりはないだけ。だから、殺さず殺す」

 

 

「あなた自分で言ってることが矛盾してるって気づかないの?殺さず殺す?その時点であなたに私は殺せないわ」

 

 

腰に携えた太刀を抜き放ち隙のない構えをとりだす。

 

 

「でも俺には──それを可能とする力が今はある!」

 

 

 

 

 

 

 

 

私の目の前にいる忍。その名を不知火灯という。腕前は申し分なく、この戦乱の世でも肩を並べる者は少ないだろう。そんな彼に会った時から少しばかりの興味が湧いていた。

 

なぜだろうか?この戦乱の世に生を受けてから私が興味を持ったのは片手の指で足りるぐらいだと思う。だからこそ私は理由を知るべく考えた。でも、分からなかった。

 

毘沙門天としての私を否定し、挙句の果てには毘沙門堂を燃やした。だけど、彼を憎む気にはなれなかった。なぜだろうか?

 

その答えを知るべく彼の二本の小太刀を受け止める。

 

 

「あなたは何者なの?」

 

受け止めた小太刀を弾き、右足で踏み込み上段から振り下ろす。

 

 

「ただの忍、って答えは求めてないんだよね。なら、こう答えるよ。全国の姫武将に恋と遊戯を与える者だと」

 

後ろへ飛ぶ形で避けられだが踏み込んだ右足をそのまま蹴り、追撃する。

 

「そんなのただの迷惑よ。恋?遊戯?そんなの誰も求めてないわ」

 

腕を弓の弦のように引き、矢を射出するが如く勢いで突く。彼の足が地面に着く前に私の切っ先が彼の体を貫こうとするが、右手の小太刀を地面に刺し、突き刺さった小太刀の頭に着地してから再度、後ろへ避けられる。

 

咄嗟の危機回避能力に戦闘技術は、やはりずば抜けて突出している。

 

 

「まぁ確かに求めてない姫武将もいるだろうけど、少なくとも、謙信ちゃん。君は求めてると俺は思う」

 

 

彼は何て言ったのだろうか?私が恋と遊戯を求めてる?冗談でも笑えないことを真剣に言ってきた。

 

 

「……っざけ、る、……ふざけるな!!私は生涯不犯となり物欲を捨ててまで毘沙門天と成り、亡き父親の罪を償うために義の戦いに身を投じてるのだ!!それを今更、私が恋と遊戯を求めてる?馬鹿にしないで!そんなもの私には必要ない!」

 

 

距離を一気に縮め、怒りに任せ刀を振るう。消えろ消えろ消えろ!!私の中の毘沙門天として心が彼は危ないと警告する。

 

 

「お願いだから消えて!」

 

 

私の悲痛の叫びを刀に乗せて振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて痛々しい表情をしているんだ。彼女と刀を交じる毎に気持ちが流れ込むようにして心に刺さる。

 

 

「お願いだから消えて!」

 

 

頭上から振り下ろされた斬撃を小太刀一本で受け止めるが、今までと比べ物にならないほどの力によって小太刀が折れる。

ざしゅ!と肉を裂かれる痛みが全身を走る。口からは吐血し、まるで鉄を食わされてると思うほど、鉄の味が口に広がっていく。

 

 

「今のはさすがに効いたよ」

 

 

傷口を押さえ、気絶することを拒否する。

 

「このままじゃ本当に死ぬのよ?だから、諦めて」

 

「それは無理だよ。傷を負ってもないのにそんな苦しい顔をする君を放っておけないからね。げほッげほッ、それに刀を交えて分かるんだよ。君の本音が聴けてないってさ」

 

一言いう毎に唾液の代わりを務めるかのように血が流れ込む。意識も朦朧としているが関係ない。

 

 

「だから言ったでしょ!さっきの「毘沙門天としてじゃない!人間である上杉謙信!君の言葉を聴きたいんだ!!」

 

 

人から産まれてきた時点で人となる。どのような人生を歩もうと人が神仏になることはできない。なら、彼女のどこかに人間としての自分がいるはず。

 

 

「わ、私は物心つく前から毘沙門天として生きてるの。人間である私は存在しない」

 

 

この戦場にこだまするほどの大声で言葉にしたかったが俺の代わりにその言葉を紡ぐ者がこの戦場にはいる。

 

「いい加減にしてください!私が心からお仕えした謙信様はそんなんじゃありません!」

 

 

雨に濡れた黒髪はより艶が増し、彼女の象徴たる愛の兜も水が滴っている。

 

「かね…つ、ぐ……?」

 

信じられないという表情で体を兼続ちゃんのところに向き、固まっている。

 

「もう我慢の限界です!私は謙信様の家臣であっても毘沙門天の家臣ではありません!ずっと、ずっと私は謙信様の命令に従いたかった!」

 

 

一歩、また一歩と消えない炎へ近づく。

 

 

「なぜ私に毘沙門天として命令を下すのですか!謙信様は私のことが嫌いなんですか?」

 

 

輪の中に入ろうと炎に臆することなく体を投げ入れる。消えないだけであって、一般的な炎と大して変わらないはずなのに退くことをせず、歩む足を止めない、熱で皮膚が焦げ、肉が焼けているのに関わらず炎の中を歩き切った。

 

「ど、どう、なんです……か?ヒクッ、けんしん、さまは、わたしのことを……」

 

 

雨なのか涙なのか見分けがつかないほど兼続ちゃんの顔は濡れていた。

 

 

「そんなわけないじゃない!」

 

 

謙信ちゃんは沈むようにその場に座りこみ、

 

「怖かったのよ!あなたや越後のみんなが毘沙門天としての私だからこそ忠義を尽くしてくれてるんじゃないかって。もしも人間としてなら離れてしまうのかと思うと、怖くて怖くて。もう一人ぼっちは嫌なの」

 

 

人離れした能力と容姿を持つからこそ、人を惹き付ける。そのことが彼女を追い込み、成れるはずのないモノに成ろうと今日まで必死に努力してきた。

忠義に厚い大名は逆にその忠義によって苦しんだ。まったく可笑しな話だね。

 

 

「謙信様。私はいや、私たちは今日この日まで謙信様自身に仕えてきたんです。離れるなんてことはありません。謙信様の願望が叶えることができるその日まで一蓮托生です。だから、一人にしません。させません!」

 

 

真面目というかなんというか。愛と義を貫いている兼続ちゃんだからこその嘘偽りのないドストレートな言葉はきっと、誰よりも謙信ちゃんの心に響いてるだろう。

 

 

「そう……全部私の勘違いだったのね。ふふっ、何だか不思議な気分ね。あれだけのほつれがこんな簡単に解けるなんて。ありがとう兼続」

 

 

再び立ちが上がる謙信ちゃんには先程とは別物の意志が混じってることが俺には分かる。

 

「不知火灯。私からあなたに依頼するわ。私を殺しなさい」

 

「いいのかい?折角こうして分かり合うことができたのに、それを無駄にするなんてもったいない」

 

 

「いいの。これで私も長年続いた呪縛から解き放たれるの。最後は人間らしく逝きたいのよ。お願いできるかしら?」

 

 

「ああその依頼受けさせてもらう。だけど条件を一つだけ、毘沙門天として最後まで闘ってくれ、負けっぱなしは性に合わないからさ」

 

 

ええ、いいわと満足気な声で返される。俺も地面に刺さりっぱなしの小太刀を引き抜く。

 

お互い、再び己が武器を手に取り構える。迷いが消え、逝くべき道を進む決意をした今の謙信ちゃんが強さのピークだと、分かる。

 

傷は止血したとはいえ、いつ開いてもおかしくない。血は兵糧丸で少しは補えるとしても実力の半分出せるかどうかである。それでも、負ける気はしなかった。

 

 

いつの間にか雨は止み、雲の隙間から陽射しが射した時、まったく同じタイミングで地を蹴り、炎の中心で刀を交えた。衝撃で空気が震え、川に波紋ができるほどの一撃。

受け、弾き、斬る。単純で繊細な攻防が何度も続く。だが、実力者同士の闘いは一瞬で決まる。

 

陽射しが謙信ちゃんを照らされたことで、光の眩しさで目を細めた隙とも呼べないような、ほんの一瞬。体を空中で捻るように回転し、しゃがみこむように切り落とす。咄嗟に受け止めようとした謙信ちゃんの刀は無情にも、受け切ることができずに一閃された。

 

 

「最後の最後で天はあなたに味方したのね。ちょっと悔しいけど、ありがとう。灯」

 

謙信ちゃんはそのまま後ろへ倒れた。依頼はこれで達成された。人間としての彼女の笑顔を俺はそれこそ神のような美しさを感じてしまった。

 

そして最後の力を振り絞り、あることをしてから、その場で崩れ落ちた。

 

 

 

こうして、とある忍と上杉謙信による川中島の戦いは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

これで良かったのよね。きっとそう。だって、悔いはないもの。

 

「──さま!───さま!」

 

誰かの声が聞こえる。とても義に満ち、愛に満ちている心優しき彼女の声に似ている。

 

「謙信様!謙信様」

 

声の主は私を呼んでいた。死んだはずの私に何の用があるのだろうか?不思議なことに四肢の感覚がある。死というものを経験したことがないから、普通なのかしら?それでも、声の主を知るべく開かないはずの目を開く。

 

最初は焦点が合わずぼやけていたが、次第に見えるようになり声の主を見ることができた。

 

「兼続?なぜあなたが」

 

彼女に膝枕をされているのか、目の前には兼続の顔があった。

 

「目を覚ましたのですね!よかった……」

 

訳が分からない。確かに斬られて死んだはずのなのに。あの一閃の跡に沿って血が付着し、軽く斬られただけなのはどういうことなのか。

 

「なぜ私は生きているの?死んだはずよ」

 

「何を言ってるのですか。謙信様は生きてますよ。死んだのは毘沙門天です」

 

 

見てくださいと、肩を借りて数歩歩くとそこには真っ二つに斬られた私の鎧が置かれていた。生きている衝撃で鎧がないことに気が付かなかったが、それでもまだ、分からない。

考えていると補足するように兼続が口を開いた。

 

「灯先輩のおかげで毘沙門天は斬られ、倒れたかと思ったら灰となって消えたのです」

 

彼女に似合わない不適な笑みを見て合点がいく。

 

「そう、これが灯の言っていた殺さず殺すってことなのね」

 

鎧の近くで世瀬蔵人の膝を枕にして満面の笑みで気を失っている彼に微笑む。彼の実力だからこそできる芸当。あの時斬ったのは毘沙門天。だから、人間である私は生きている。

 

「本当に面白い。兼続、帰るわよ。彼を連れて、私たちの家に」

 

今までの私だったら言うはずの無い言葉。だけど、兼続は見たことのない笑顔で、

 

「はい!謙信様!」

 

と返事をしてくれた。

 

 

そして、毘沙門天としての私に別れを告げながら川中島をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

心が暖かい。心が安心する。心が癒される。これが、恋なのかしら?灯──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





苦手な戦闘描写とその他諸々とあり、疲れました。段蔵姉さんの影が薄い?それは幻覚です。書かれてないだけで必死に頑張ってたですよ。

では、次回は越後編の最後です。よろしくお願いいたします。

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