比企谷八幡は猫である   作:T・A・P

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比企谷八にゃんの人間さがし

 比企谷八幡は猫である

 名前は八にゃんと言う

 

 

 八にゃんが奉仕部に入って数日が経った。

 と、言っても八にゃんが入部した日から今日まで誰一人として依頼が来る事もくる様子もなく、八にゃんは日がな一日、放課後は奉仕部の部室の窓際で日向ぼっこしながら寝ていた。

 夏と言うにはまだ日射しが弱く、春と言うにはうっすら肌に汗がにじみ始めているが、八にゃんからすれば昼寝をするには非常にいい日射しである。

 静にゃんに連れられて初めて奉仕部に来た時は廊下側に椅子を置いて座っていたのだが、どうにも窓から入ってくる日射しが気持ち良さそうで、翌日には椅子を移動させて窓際に陣取っていた。

 そして、今日も今日とて、八にゃんは窓際でまどろんでいた。

 窓を通って降りそそぐ日射しを背に、こくりこくりと頭を揺らしながら頭から生えている耳をへにゃっとたらし、ズボンからはみ出ている二本の尻尾がゆらゆらと揺らめいている姿を、さっきまで本に目を落としていた雪ノ下が見るからに新品であり新製品であるハンディタイプのビデオカメラで様々な角度から撮影していた。

 夢を見ているのかたまにピクピク動く耳に、誘っているのではないかと思うくらい蠱惑的にくねる尻尾。

猫っ毛でさわり心地のいい髪の毛を撫でると、気持ちいいのか無意識で手の方にすり寄り警戒心のない緩んだその顔をさらしていた。

「…………ッッッッ!!」

 今にも口から大声を漏らそうとしている雪ノ下だが、こんなに気持ち良さそうに寝ている八にゃんを起こさないよう必死に耐えていた。不意に起こしてしまうと、その日の撮影と可愛がりができなくなってしまう、と言う事情もあるからだ。てか、そっちがメインであるだろう。

 どうにか感情の波がピークを過ぎ、ようやく落ち着き撮影を再開しいているとたれていた耳が急にピンッと立ち、それを見た雪ノ下は急いで席に戻りカメラをしまい、さもずっと熱心に読書していたように取り繕っていた。

「ん……悪い、寝てた」

「ええ、見たら分かるわ」

 眠い目をこすり、眠気を飛ばすために頭を振ったあと、すぐに入口の方に目を向けた。

 同じく雪ノ下もドアに目をやると、勢いよくドアが開き慌てた様子で家庭科の教師である鶴見教諭が飛び込んできた。

「比企谷くんはいますか!」

「つ、鶴見先生、どうしたのですか?」

「いきなりごめんなさい雪ノ下さん。でも、今すぐに比企谷君の助けが必要なの」

「落ちついてください、まずは話を聞かせてもらえますか」

「…………ええ、そうね。ごめんなさい」

 八にゃんはさっきまで座っていた椅子を鶴見教諭に譲り、立ったまま窓枠に寄りかかり話を聞く体勢を整えた。

「それで、どうしたんですか」

「実は、ついさっき娘から家出をするとのメールが……」

 そう言って取り出した携帯の画面を雪乃下に見せ、後ろから八にゃんが覗き込んだ。メール画面の差出人のところに留美と書かれており、本文のところにたった一行だけ『家出します』とだけ書かれていた。

「雪ノ下、どうする」

「決まっているわ、探しましょう」

「そうか、なら何か起きる前に動かないとな」

 八にゃんは今すぐ外に出るためにドアに向かって足を向けた。

「比企谷君、あなたには何かあてがあるのかしら」

「まぁ、それなりに。それと、鶴見先生は平塚先生に言われてきたんですよね」

「え、ええ。そうよ」

「なら、その留美ちゃんの写真とかありますか? 探すにしても、容姿が分からなきゃ探しようがないですからね」

 不安そうな鶴見教諭を安心させるように、八にゃんは笑いかけた。

 

 

 

 三人は八にゃんがよく日向ぼっこしているベストプレイスに集まっていた。

「それで、どうするのかしら」

「まぁ、見てろ」

 八にゃんは大きく手を三回鳴らすと、どこからともなく続々と猫が集まってきた。

「ひ、比企谷君、こ、これは……」

「あ~、その、なんだ。俺って昔から猫に好かれるたちでな、こうやって俺が手を鳴らしたら集まってくるんだよ。それに猫って意外と頭が良くてな、人探しくらいならできるんだぜ」

 もう、猫を目の前にして話を聞いていない雪ノ下に聞こえているかどうか分からな事を説明した後、鶴見教諭に顔を向けた。

「鶴見先生、写真をお願いします」

「え、ええ」

 鶴見教諭もこの光景に驚いているのか、言葉が出ないようだったが、それでも八にゃんに娘の画像を出した携帯を渡した。

「頼む、この娘を探してくれるか?」

 八にゃんが猫たちに頼むと、一斉に鳴いて四方八方に走り去っていった。雪ノ下が残念そうな顔をしていたのは、言うまでもない。

「ありがとうございます」

 携帯を返した後、今度は雪ノ下に顔をむけ、

「雪ノ下、明日あいつらにお礼の餌を持って来てくれないか?」

「え、ええ、そうね。頑張ってくれているのだから仕方がないわね」

「ああ、悪いな」

「いいのよ」

「んじゃ、俺たちも探しに行くか。鶴見先生は仕事に戻ってください、あとは俺たちで何とかします」

「そう、ありがとうね」

 濁っていても、どこか芯のある目を見ていると鶴見教諭は安心できていた。

「でも、俺たちができるのは探す事だけですから」

「ええ、そうね」

 この問題の重要なところは家出をした事ではなく、家出するにいたった経緯が問題なのだ。いくら家出した鶴見留美が見つかったとしても、その理由を、その原因を取り除かれない限り結局は同じ事になる。

奉仕部ができるのは、鶴見教諭と鶴見留美が話しあえる状況をセッティングすることであり、親子の問題を解決することではない。

決意を、覚悟を目に宿した鶴見教諭は二人にお礼を言って仕事に戻っていった。

「意外ね、そこまで考えているなんて」

「まぁ、俺も色々と考えるんだよ」

 人間を知るために、な。と、八にゃんは心の中で答えた。

「では、私たちも行きましょうか」

「ん、いや、もう見つけたみたいだ」

 雪ノ下が振り向くと、数匹の猫が戻ってきていた。

 

 

 

 鶴見留美は総武高校の校門前に隠れ、自分の母親が自分を探してくれるかどうかを見に来ていた。

 その鶴見留美は今、奉仕部の部室で母親と感動の再会をしていた。

「ごめんね、気がつかなくて。ごめんね」

「……うっううっわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

鶴見教諭はしきりに鶴見留美に謝り、鶴見留美は鶴見教諭に抱かれてボロボロと泣き始めた。八にゃんと雪ノ下はそっと部室の外に出て、二人っきりで話せるような状況を作った。

「あなたのおかげね」

「いや、俺は何もしてねぇよ」

「そうね、でも、あなたのおかげよ」

「そうか。なら、この部活を続けていた雪ノ下のおかげでもあるな」

「まったく、素直じゃないのね」

「そうか? 俺はこれ以上ないくらい素直なつもりなんだがな」

 そう、話しているとドアが開き鶴見親子が手を繋いで出てきた。

「ありがとうね、二人とも」

「いえ、見つかって良かったです」

「ほら、留美。探してくれたお兄さんとお姉さんよ」

「えっと、鶴見留美です。あの、ごめんなさい」

 少し恥ずかしそうに二人に向かって頭を下げた。

「いえ、あなたが無事でよかったわ。私は雪ノ下雪乃よ。こっちが……」

「比企谷八にゃ……八幡だ。何事もなくて良かったな、ルミルミ」

 目線を合わせるようにしゃがんだ八にゃんは、鶴見留美の頭を優しく撫でていた。

「ルミルミ言うな」

 少し不服そうに頬を膨らませていたが、どこかまんざらじゃない表情にも見える。

「ルミルミがどうして家出をしようとしたか、俺には分からんし聞こうとは思わん。だが、お前の母親にはちゃんと話をしておけよ」

「うん、分かった」

 その返事に八にゃんは鶴見留美の頭をポンポンと軽くたたき、微笑みかけて立ち上がった。

「……ねぇ、たまに八幡に会いに来ていい?」

 立ち上がった八にゃんの制服の裾を掴んで、上目づかいで八にゃんに頼んでいた。

「あ~、それは……」

 八にゃんは鶴見教諭と雪ノ下に視線を向けると、鶴見教諭が少し笑い、

「そうね。雪ノ下さん、たまにでいいので私の仕事が終わるまで留美を預かってもらえないかしら?」

「ええ、かまいません」

「ありがとうね」

「ありがとう」

 そう二人にお礼を言って、鶴見親子は手を繋いで帰宅の途についた。

「んじゃ、俺たちも帰るか」

「ええ、そうね」

「あいつらの餌、頼むな」

「分かっているわ。そのかわり、その……」

「あ~、あいつらもかまってほしいかもな」

「そう」

 長い髪をひるがえし鞄を取りに部室に入る時、雪ノ下が嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 


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