バイオハザード 田中さんの逃走   作:キューブケーキ

2 / 2
ヒャッハー、ゾンビは死ね

「それは俺のどら焼きだ、狸野郎!」

 突然、大声を出して起き上がった男性に注目が集まる。

 事件の夜、J'sBARは通常営業をしていた。常連客が来ており、それなりの客入りだった。

「ケヴィン、仕事上がりとは言え制服姿の警察官がバーのカウンターで酔っ払って寝ているなんてあんまり良くないぞ」

 常連客のマーク・ウィルキンスだ。寝込んでいたケヴィン・ライマンに声をかけた。

「そうだぜ、ケヴィン。明日も仕事だろう? そろそろ帰った方が良いんじゃないか」

 ウェイターのウィルが声をかけた瞬間、薄汚い浮浪者が入ってきた。

「あ……あ……」酔っ払っているのか足下はふらついている。ウィルは顔をしかめ「何だ、あいつは」と呟くと追い出しに行った。

「おいあんた、ここは酒と雰囲気を楽しむ店だ。あんたみたいに汚い格好で来られるとこっちが迷惑なんだ。出てってくれ!」

 ウィルの言葉に浮浪者は呻き声を返すだけだった。

「おい、いい加減にしないと警察を呼ぶぞ!」

 その声を聞いてマークがケヴィンに声をかける。

「ケヴィン、市民が迷惑を受けてるぞ。助けてやれよ」

「仕事はもう終わりだ」そこまで言うと隣に居たマークの皿からスパゲティーを貪り食い始めた。「お前それでも警察官か」とマークが続けると、酔いの回った頭を殴り付けるような悲鳴が聴こえた。振り返るとウィルが喉元を噛みつかれていた。ケヴィンとマークはウィルら浮浪者を引き剥がすと外に追い出した。

「ああ、ウィル!」ウェイトレスの女性がナプキンを持ってきてウィルの傷口を抑えるが出血は止まらない。

「シンディ、911に電話しろ!」

 スパゲティーの激辛ソースで目を覚ましシャキッとしたケヴィンは指示を出した。

(酔っぱらってないケヴィンは格好いいかも……)

 場違いな事を考えるウェイトレスはシンディ・レノックス、24歳。脳内お花畑だがリアルでもハーブを育てる趣味を持っている。

 シンディが電話をかけたが病院も警察も通話中だった。普通ではあり得ない事が起きていた。

「おい、ヤバイぞ!」マークの声で外を見ると死人の様な顔をした人々が集まってきていた。

「何だこいつら……」

 まるで映画のゾンビじゃないかと考えて、ケヴィンは思い出す。

(確かS.T.A.R.S.の連中がゾンビに襲われたって言ってたな。だけど署長は戦闘の後遺症で皆おかしくなったから相手にするなと言っていた。最近の人食い事件だっておかし過ぎる。まさか本当にゾンビか?)

 情報が錯綜していた。最初に暴動の発生で、住民に安全を保証できないから外出するなと警察から通達が出た。

「とにかく逃げよう! 裏口は無いのか?」

「無いわよ」

 シンディの言葉にマークは何やら口の中で呟いた。

「ウィルの手当てをしないと、このままでは不味いな」

 ケヴィンはバーに入った。バーには酒がある。火炎瓶を作ろうと言う考えだ。

「シンディ、卵はあるか?」

「ええ、スノーボールとかカクテルに使うから。でもどうして?」

「ゲル状にして粘着性を高めるんだよ。釘とかも混ぜると良いな。探して来てくれ。ふふふ、糞ったれのゾンビどもめ。特製のモロトフカクテルを食らわせてやる」

 市民を守る警察官としての義務感から動き出した。

 

     ★☆☆

 

 州軍を市内に投入しないと言う選択は、感染を防ぐためには必要な事だった。

 だが町中は戦場だった。

 豊富な資金力で傘下企業を増やし勢力を広げたアンブレラ社。その戦闘部隊であるU.S.S.デルタチームは、停留所の見える通りを走っていた。

「前方に敵を確認」ベクターの報告で銃を構える面々だが、携行する弾は無限ではない。弾の補給は空から落としてくれると言う事だが、無駄弾を射たない様に射撃は極力控えていた。

「排除する。援護しろ」

 その時、通りに面した店の扉が開かれた。生存者を見つけて感染者が殺到したが、炎が出迎えをしてくれた。火だるまになる感染者達だった。

「ははは、ゾンビのバーベキューだぜ」

 大量に作った火炎瓶を投擲しながらケヴィン達は脱出した。躊躇する事無く攻撃を行うケヴィンの姿にマークはひいていた。

「こいつ、マジで警察官なのか……」

 ウィルに肩を貸してシンディとマークは二人で運んでいた。その様子を視界に入れて「何だありゃ」とベルトウェイは呟いた。

「興味深いわね」

 市民が感染者相手に勇戦する様をフォーアイズは楽しげに評価した。

「任務に関係は無い。前進するぞ」

 ルポは市民の安否に興味はなかった。この忌々しい仕事を終わらせて帰る事が頭を占めていた。

 感染者の多い大通りを避けて脇道に入った。その背後では奇声が聞こえていた。

 

     ★★☆

 

「止まれ、誰彼!」

 停留所を目前にして突然声をかけられた。M4の銃口を向けられてデルタチームも反応する。

 警戒に当たっているU.B.C.S.の隊員であると服装から分かった。だが向こうからしてみれば黒ずくめの武装集団は不審者にしか見えない。親切に答えるほどデルタチームの面子も優しくなかった。

「うるせえ大声出すな。糞兵隊ごっこで習わなかったのか? 同じ会社でも殺すぞ」

 ベルトウェイの見も蓋もない物言いに味方であると認識したU.B.C.S.の隊員は構えていた銃を下ろす。

「U.S.S.デルタチームだ。小隊長はどこだ」

「待ってたぞ、よく来てくれた。こっちだ」

 ルポの言葉にU.B.C.S.隊員は抱擁でもしそうな反応を返すと、一行は停留所に開かれた指揮所に案内された。その途中で少なくない数の避難民が保護されている事に気付いた。

「何だこいつらは」

 その質問にベレー帽を被った小隊長が答える。疲労感を漂わせた声だった。

「市民だ。我々の任務は市民の救助だからな」

 アンブレラの私兵として杯を交わしていても、時代が変わろうと小隊長の様な職業軍人の本質は、無辜の民を守ると言う善良な物だった。

「貴方達も協力してくれないかしら」

 青いチューブトップに黒のミニスカート。戦場には似つかわしくない服装をした女性が口を挟んだ。

「誰だお前は」

 ルポは場違いな格好に似合わず血の香りを漂わせた女性に警戒の視線を向ける。ただの市民には思えなかった。

「ラクーン市警察のジル・バレンタインよ」

 ジルの纏う戦い慣れした者の空気から、自分達と立場は違うが同じ戦士であると理解出来た。ルポが口を開こうとしたが、ベルトウェイが口を挟んできた。

「ふざけるな。それは俺達の仕事じゃねえ! ここは戦場だ。自分の運命は自分で切り開け」

 ジルにしてみれば全てはアンブレラが原因だった。事情を知らぬ末端の兵隊相手でも聞き捨て出来ない台詞だった。

 今までの鬱憤が爆発する。

「何言ってるのよ、そもそも街がこんなになった今回の事件はアンブレラが発端なのよ! 何人が犠牲に成ったと思っているの」

「知るかボケ。俺らは傭兵だ。傭兵を動かしたければ金を払え」

 ベルトウェイがジルと怒鳴りあっている間にルポは小隊長のミハイルに決断を求めた。

「我々は貴様達の救出を命じられている。大人しく着いてこい」

「断る」

 アンブレラ系列の社員とその家族を救えば報奨が出る。だがミハイルはそれだけの為で市民を助けようと言うのではない。元軍人として市民を守ると言う良識を持っていた。

 それにU.B.C.S.とU.S.S.は組織として会社は同じだが、受けた命令が違う。不穏な空気を感じ取ってミハイルの部下がデルタチームに警戒の目を向ける。両者の間で一触即発の空気が広がっていた。そこに通信が入った。

『デルタチーム、任務変更だ。そこの市民を連れて脱出しろ』

「何だと」

 相手はオペレーターで上からの命令を伝えているだけだが、ルポは理解出来なくて思わず問い返した。

『質問は許さん。命令に従え』

 確かに傭兵は雇い主に従うだけだ。理解出来なくても納得はする。それが契約だ。

「了解した……」

 ルポからU.B.C.S.との協力と脱出援護の指示を受けたデルタチームの反応は様々だった。

「逃げるなら早くしようぜ」

 そう言ってカルロスが逃げ遅れた市民──田中やケヴィン一行──を保護してやって来た。

 

     ★★★

 

 血の気が失せて顔色の悪いウィルにベルトウェイは近付くと拳銃を突きつけた。

「そいつ噛まれてるな。射って良いか」

 噛まれれば感染者の仲間入りをする。その前に殺す方が苦しめずにすむ。

 バーサがベルトウェイに注意する。

「駄目よ。市民を守れって命令でしょ」

 仕方無いと諦めかけたジルの目の前で奇跡は起きた。

 バーサは抗ウィルススプレーで感染状態を治した後、救急スプレーを使用した。

(そんな簡単に治ったの?)

 アンブレラ側の人間であるデルタチームは感染も治せると言う事にジルは驚いた。抗生物質があるなら、なぜ配らないのか問い詰めようとした。だがベクターの「敵接近」と言う報告にその時の疑問はうやむやと成った。

「相手は分隊規模、例のSPEC OPSか」

 相手は武装した集団で感染者ではない。刑務所で遭遇した米軍の仲間だとルポは判断した。攻撃態勢に入るデルタチームに対してミハイルが声をかけてきた。

「待て、あれは人だ」

 内心で舌打ちするルポの前でミハイルは相手側と交渉を始めた。

「私はエコー6指揮官のディーアイだ。君達はアンブレラの傭兵か」

 米軍の指揮官に対してミハイルは答える。

「ああ、私はU.B.C.S.のミハイル。こっちはU.S.S.だ。市民の脱出を手伝ってくれるのか?」

 ミハイルが答えた言葉に嘘偽りは無い。胡散臭い物は雰囲気でも伝わる。

「合衆国市民を守ると言う意味では利害が一致している協力しよう」

 そう言いながらもデルタチームにちらちらと視線を向けて気にしていた。自分達の仲間が刑務所で何者かに襲撃を受けたと報告を受けていたからだ。

「面白くなって来たじゃねえか」

 ベルトウェイの言葉にバーサは喉の奥で哄笑をあげて答えた。

 

     ★★★★← New! 追加シナリオが増えました

 

 具体的な脱出経路はミハイルが知っていた。

「病院の裏手に時計搭がある。そこをランドマークに救出のヘリコプターがやって来る計画になっている」

 ラクーン市の名所、セントミカエル時計搭に向かい、そこから脱出する。それが今後の方針となった。

 戦える者は武器を持って女子供、怪我人を守れと指示が出た。銃の取扱いに慣れてる者には死んだU.B.C.S.隊員から回収したM4A1、H&K MP5が配られた。

(アンブレラの警備部門ね。まるで軍隊だな)

 田中はU.S.S.やU.B.C.S.の説明を受けて驚いた。日本では警備業法や銃刀法で武器の携行が規制されているが、アメリカの製薬企業は武装した警備員まで持っている。物によっては自衛隊より良い銃を持っていた。

「そいつは良い銃だ」

 自分の拳銃に目を向けていた田中にカルロスが声をかけてきた。

「どうせならアサルトライフルとか欲しいよ」とM4に視線を向ける。

「悪いな。これは俺専用なんだ」

 そう言ってる間に、ミハイルとディーアイの打ち合わせは終わった。

「アンブレラの傭兵諸君に先導をして貰いたい。我々はこの街の地理には詳しくないのでね」

「了解した。殿(しんがり)は任せて大丈夫か」

 戦闘力の高いU.S.S.が尖兵となって露払いをする。U.B.C.S.は両翼で避難民を守り、SPEC OPSが後衛と言う隊形で連携する。だがルポには分かっていた。

「連中は我々を信用していない。むしろ疑ってさえ居るな」

「俺達に背中は任せておけないってか」

 ベクターの言葉に頷く。確かに前に居たら戦闘に紛れて始末する事も可能だ。だが今回は協力関係にあった。それに夜明けに成ればミサイルを撃ち込み街を消し去ると連絡が来ていた。時間は限られている。

「行くぞ!」

 ミハイルが声をかけると路面電車の線路に沿って避難民が一斉に動き出す。言ってみればインディアンの襲撃から女子供を守りながら逃げる開拓民だ。

「時計塔に着いたら警戒を配置しよう」

 手持ちの武器は小火器ばかり。火制範囲を重なる様に配置し火網を構成する。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。