バイオハザード 田中さんの逃走   作:キューブケーキ

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MOBキャラな田中さん

 1998年、来年には「ノストラダムスの予言」で有名な世界の終わりがやって来ると噂されていたが、現実はそれより酷かった。

「イチロー、日本人が勤勉ってのは知ってるが、過労死ってやつになるぞ。折角、スティツにやって来たんだから休日を楽しめよ」

 同僚の言葉は悪魔の囁きだった。

「OK、本場のオージービーフを楽しましてもらう」

「オージーはオーストラリアだ。てめえはカナダ人か! 間違えるな」

 フォートレブンワースの陸軍指揮幕僚大学に留学していた田中一郎は陸上自衛隊の3等陸佐、休暇を利用して観光旅行に出かけていた。

 レンタカーで立ち寄ったラクーンシティで一泊、次の日には西海岸に向かうはずだった。

「なんじゃこりゃ」

 田中はモーテルの外に出ると思わずそう呟いた。

 パニック状態の群衆が居た。人が人を襲い、食らいついている。

(まるでロメロのゾンビ映画かバタリアンだな)

 急いでチェックアウトをして町を出る事にした。料金は前払いなのでフロントに鍵を返すだけだ。

 フロントに向かうとスタッフが数人に噛みつかれていた。咀嚼する物音と濃厚な血の臭いで現実であると言う事が嫌と言うほど理解が出来た。

 手元にある武器は自衛隊でも採用されている9mm拳銃の原型、シグ・ザウエルP220。留学生であり、なおかつ公的機関の職員である田中は銃の携行が許可されていた。P220を取り出して構えると、静かに後退した。

(糞、こんな街、さっさと逃げ出さないと!)

 田中はレンタカーに乗り込んだ。警察署に保護を求める事も考えたが、現状は逃げるのが優先だ。

 キーを回してアクセルを踏み込んだ。ガリガリとサイドブレーキを戻し忘れていた為に嫌な音が出る。はっとした瞬間、車の前に人だかりが出来ていた。

 法令を順守する。それは社会の常識だが、相手が人で無ければ適応されない。その事が導き出されると、田中はレンタカーだと言う事も忘却の彼方へ押しやって感染者を車で撥ね飛ばした。

 何処から沸き出したと思うぐらい通りを感染者が埋めていた。

(どけどけどけ、退いてくれ!)

 レンタカーは途中で引き殺した感染者の血肉で真っ赤に染まっていく。車体はへこみタイヤが滑る。レンタカーの廃車は確実だ。

『ラクーンシティ住民の皆さん。こちらは市警察です。州知事からの命令で、この街は隔離封鎖されました。皆さんは速やかに御自宅に戻られ屋外には出ないでください。街から逃亡を行う者は感染拡大の防止の為に射殺されます──』

 市警察のヘリコプターが拡声器で事実上の戒厳令を布告していた。街からは逃げられない。

(冗談じゃない!)

 日本には妻と娘を残して来ている。35歳の田中にはまだまだやり残した事がある。死ぬわけにはいかなかった。

 車が急に速度を落とした。燃料が空になっている。

「糞っ!」

 朝になったらガソリンスタンドで燃料を入れるはずだった。だが今朝の出来事で予定は全て狂った。

 鞄を掴んでレンタカーから出ると感染者が走って迫って来る。

(あいつら死んでるんじゃないのか!)

 古いゾンビ映画では水中を泳いだり、斧で扉を攻撃してくるゾンビも居た。映画は想像の産物に過ぎないが、ゾンビが走らないと言うのは知識不足と固定観念に過ぎない。

 先ずは連中をまいて、何処か安全な避難場所を探そうとした。

 道路標識に市役所の表示が見えた。

 

     ★☆☆

 

 9月24日、市内で暴動が発生した。夜には州軍の投入が決定され、アンブレラ社の企業城下町であるラクーンシティ封鎖を下達され出動した。

「ラクーンシティでアンブレラ社の薬品工場で事故があったらしい。致死性の高いウィルスが流出し、市内では暴動が発生している。ウィルスを拡散させる訳にはいかない。誰一人として外には出すな」

 上官から説明を受けた州兵達は、車列を連ねてハイウェイを疾走して封鎖線を張り巡らせた。

 この夜、遅くにモーテルに入った田中はまったく運が悪かったとか言えなかった。

 一夜明けると感染は拡大しており、アンブレラ社は苦境に立たされた。まだマスコミに真相は漏れていないが戒厳令による街の封鎖は伝わり始めていた。

「君の所で解決できないなら、州軍を街に入れるしかない。これ以上、抑えている事も私には出来ないからな」と州知事はアンブレラ高官に告げた。

 26日に日付が変わろうとする頃、州軍とは別にラクーンシティに向かうヘリコプターの群れがあった。事態を収束すべくアンブレラ社が投入した私設部隊──U.B.C.S.(アンブレラ社バイオハザード対策部隊)だ。しかし市警察と連動してるとは言い難かった。

 U.B.C.S.司令部は、ラクーンシティの封鎖と市民保護に動いていた。収容した市民は誓約書にサインすれば補償金を貰って新しい生活が始まる。アンブレラ社は救出に尽力したと企業イメージにも繋がる。

 警察は警察で、ラクーン市警察本部では対策会議が行われていた。並んだ椅子に空席が目立つ。

「アンブレラめ、私の町を滅茶滅茶にしやがって。私はここで死ぬ。だが皆は生きてくれ。そして一人でも多くの市民を助けてやってくれ……頼む」

 アイアンズ署長は多くの署員を失い、目の前で市長の娘を守れなかった自責の念から署長室に閉じ籠ってしまった。

「アンブレラの私設部隊が応援に来てくれたが、焼け石に水だな」

 そう言うと、溜め息をはく制服警官。制服はこの数日で血と汗で黒ずんでいた。

 床を見つめて何か考え込んでいた私服刑事が突然顔を上げると口を開いた。

「誰も言わないから言うが、あれはゾンビだ。ジル達が言っていた事は本当だったんだ!」

 会議の進行役を勤めていた叩き上げの巡査部長が注意をする。

「うるさい大声を出すな。今更、分かりきった事だろう。問題はこれからどうするかだ」

 過ぎたことを悔やんでも仕方が無い。

 ホワイトボードに張られたラクーンシティの地図には食人鬼の出没地域、州軍の封鎖線等が書き込まれている。

「州軍は俺達を外に出す積もりはない。外に出ようとしたら発砲して来やがった。あいつらマジでイカれてやがる」

 若いSWAT隊員が椅子で船を漕ぎながら言った。

「映画みたいにミサイル飛ばすか爆撃でもするのか? 市民が居るんだ、口封じに街を滅ぼすなんてナンセンスだ」

 外部からの情報は入って来ない。打つ手なしに思えた。

 それまで黙っていた黒人警官が何かを思い付いたらしく発言をした。

「古い戦争映画だがバルジの戦いを知ってるか?」

「マービン、それがどうした?」

 ドイツ軍機甲部隊を指揮するヘスラー大佐役のロバート・ショウが印象的な作品だ。

「バストーニュと同じだ。無事な市民を警察署に収容しよう。ここで耐えきるんだ!」

 不足した人手はこれで補える。他に案もなく、市民の収容を行う事になった。

「アラモ砦か?」若い警官の言葉に微妙な空気になる。

「黙れブラッド」

 どやしつける巡査部長の指示で、翌日27日、市警察はSWATを投入し鎮圧作戦を行うが失敗。市内の治安維持は不可能になった。

 アンブレラ社は事態の悪化を懸念し、Bプランを実行した。

「U.B.C.S.は健闘している。だが感染者は増える一方だ。念のためにU.S.S.(アンブレラ社保安部)を証拠隠滅の為に出動させる」

 これに対してアメリカ合衆国政府も静観していた訳ではない。

 

     ★★☆

 

 刑務所は囚人を逃がさない様に出来ている。防御拠点としても外敵を阻み最適とも言えた。しかし密閉された空間での感染は爆発的に拡大する。

『──現にダグラス刑務所の協力者とも連絡が着かない。受刑者、看守、職員の生存は絶望的だろう。ただし生存者に接触した場合は始末しろ』

 U.S.S.司令部は厄介な囚人を始末すべくダグラス刑務所にデルタチームを送り込んでいた。

「行け!」

 UH-60汎用ヘリコプターからドアガナーの援護射撃でデルタチームは中庭に降り立った。周囲に集まっていた感染者は機関銃の掃射で片付けられている。デルタチームの面々は飛び散った肉片や血溜まりに顔色を変えるほど初ではない。

「デルタチーム、前進する」

 判事や陪審員まで抱き込んで有罪判決に持ち込んだ囚人は、アンブレラ社にとって厄介な記事を書く記者だった。

 アークレイ山脈の山中で起こった壮烈な戦闘。現場は市長と警察署長を動かして立ち入り禁止にしていたが、派遣された警察特殊部隊の生き残りから情報を仕入れていた。

「厄介事になる前に殺しちまえば良かったんだ。って死ねや、うぉらあ」

 無駄口を叩いている様で確実に感染者を排除している男はベルトウェイ。

「確かにそうだな……」

 ベルトウェイにスペクターが同意する。

「ん──」

 ベクターが何かを発見した。

 デルタチームの前に武装した集団が現れた。数は10名もいない。灰色を基調としたデジタルパターンの都市型迷彩服を着用しているのが珍しい。デルタチームの黒一色な装いとは真逆だ。

「訓練された動きだ。警察官や民兵ではない」

 U.S.S.司令部に報告するとデルタチームは敵の排除に移っていた。手榴弾を投擲し先制攻撃を取った。敵は散開して反撃してくる。

 フォーアイズは遮蔽物から立ち上がり、対面する敵兵に銃弾を撃ち込んだ。倒れる敵を確認するとしゃがみながら銃だけ突き出した。銃撃を浴びせて先を進む。弾倉を交換したバーサーがフォーアイズの前進を援護射撃した。

「ばいばい、お猿さん」

 フォーアイズはフェロモンスモークを投げ込んだ。フェロモンに呼び寄せられた感染者が敵に襲いかかる。そこにデルタチームは銃撃を浴びせ感染者ごと始末した。残った敵は及び腰になって逃げ出した。

「敵が後退するぞ」

 ルポは敵の死体を確認する。相手は最新の銃を装備していた。

「FN SCAR、米軍か」

 ラクーンシティで発生した騒動を解明すべく、米軍特殊部隊SPEC OPSが調査に投入されていた。米軍の介入を報告すると司令部の決断は早かった。

『デルタチーム、命令に変更は無い。目撃者は皆殺しにしろ』

「了解」

 捕虜はいらない。追跡をし、残った敵を必殺の射撃で確実に殺していく。

 米軍を排除した後、囚人の独房に到着。問題の記者を発見した。

「これは、これは」

 楽しげに笑うベルトウェイの視線の先に、感染者の仲間入りした記者の姿があった。唸り声をあげて格子にぶつかってくるが、こちらに手出しは出来ない。

 フォーアイズは興味を無くした様に呟いた。

「こうなっては敏腕記者も形無しね」

 もはや告発以前に人では無くなっている。取り越し苦労だった。

「悪いな。これが仕事だ」

 そう言うとルポは拳銃を記者だった者に向けると引金を引いた。

 

     ★★★

 

「何だ、この街は!」

 田中にとってアメリカ人の思考は理解出来なかった。バリケードや防火壁で閉じられた通りは大きく迂回するしか無かった。感染者はいたる所に居た。

 手持ちの銃弾に限りがある。ゲームの様にバンバンと派手に射つには足りない。その辺りに落ちていた角材とゴミ箱の蓋で武装すると市役所への道を探った。

(これでは迷路だ。かえって避難を妨害してるぞ)

 普段なら携帯で地図を開くが圏外になっていた。

(中継所が機能していないか、当局による電波管制か……)

 混乱の防止から言えば情報を制限する事は当然だった。何しろゾンビ映画の世界が再現されている。

 この数日間、ただ闇雲に街をさ迷っていた訳ではない。最初に街の外縁部にたどり着くと州軍の封鎖線があった。この種のバイオハザードでは疾病管理予防センター(CDC)が出て来て検疫行っている物だが、その姿は見えなかった。代わりに退去の指示と銃撃を受けた。

 後は街で事態の終息を待つしかなかった。幸いにして物資を空から投下してくれている。だが集めに行くまでが一苦労になる。

「すみません、誰かいませんか? 助けてください!」

 中で籠城して居るのか、留守なのか、どの民家の扉も閉まっており無理に入る事は出来なかった。

 東京や大阪では空き家が問題になっている。アメリカにも住民不在の空き家は存在した。薄汚い部屋にベッドにマットレスが残っている。

(屋根があって寝れるだけ十分か)

 感染者に視力があるのか、光に反応するのかは分からないが窓と扉を遮光して外から見えないようにした。

「後はバリケードを築いてやり過ごせば良いかな」

 拠点を確保して一段落すると、水や食料を調達しに出かけた。

 その途中に感染者ではないまともな人に出会った。

「やあ、ちょっと良いか?」

 だが、何処からか狙撃を受けて話しかけた相手は死んだ。

「嘘だろ。おいおい、射つな! 俺達は人間だ!」

 大声で叫んでジェスチャーをしたが銃弾が飛んでくる。相手は声が届かない遠距離からの狙撃だと考えられた。

(畜生、どうなってるんだ!)獣の様な咆哮が辺りから聞こえてくる。

 路地に飛び込んで田中は狙撃から逃れ人影の無い路地を進む。

 一方通行で狭い路地の先に通りが見えた。だがまた狙撃を受けてはたまらないと周囲をうかがう。

 近くの壁が木片を撒き散らして弾けた。攻撃を受けている。今度は連発の自動小銃による銃撃だ。咄嗟の事で身を隠そうとしたが、足元にあったバナナの皮で滑った。

「うわあ!」

 頭から近くのゴミ箱に倒れた田中に声がかけられた。浅黒い肌をしたラテン系の若者だ。

「おう悪い。あんた、連中とは違うようだな」

「へ?」

 相手は正規軍や警官とは違う。民兵の様な格好をしていた。

(M4か……)

 ちらりと装備を見て、自分を狙撃してきた相手とは違うと理解出来た。

「俺はカルロス、U.B.C.S.であんたらを助けに来たんだ。って言うか、あんた臭いしひどい格好をしてるな」

「誰のせいだと!」

 土地勘の無い田中としては他に選択肢も無かった。取り合えず避難民が集まっている市電の停留所に向かう事になった。

 

     ★★★★←New! 追加シナリオが増えました

 

『デルタチーム、U.B.C.S.のD小隊がB.O.W.の包囲を受けている。救援に向かえ』

 刑務所内から中庭に出たデルタチームにU.S.S.司令部から指示が入った。

 送られてきた情報をチームリーダーのルポは確認する。小隊長はミハイル・ヴィクトール大尉。4個分隊の編成と言っても定数割れをしているだろうと予想出来た。

「U.B.C.S.の連中は使い捨てじゃなかったのか?」

「まだ使い道があるって事だろう」

 ベルトウェイの言葉にルポは答えるとヘリコプターに乗り込む様、指示を出した。

「糞、面倒臭ぇな」

 仲間のぼやきを聞き流してルポは操縦席に顔を出した。

「ローンウルフ、話は聞いてるな?」

「ああ、あんたらをU.B.C.S.の連中と合流させるんだろ。特急便で送ってやるよ」

 ローンウルフと呼ばれたパイロットはルポに答えると機体を上昇させ始めた。

 市内の移動はヘリコプターなら数分の距離となる。上空から確認すると市電の停留所を中心にD小隊の防御線が張られていた。

「ここらには降りる所が無い。あそこの駐車場に降りるぞ」

 大型ショッピングセンターの駐車場にヘリコプターは降りた。建物の屋上で救助を求める人影が見えたが、任務に関係は無いのでルポは無視する。

「またな」と背中に声を受け飛び出すデルタチーム。

 何処から攻撃を受けたのかローンウルフとは別のUH-60汎用ヘリコプターが墜落して来た。爆発してローターが近くに飛んできた。巻き込まれた感染者が数体、昇天して行った。

「すげえぞ、まるでベイルートかソマリアだな! 一体、どうなってやがるんだ」

 感染者を排除しながら先を急いでいると司令部から催促が入った。

『何処かにスナイパーが紛れ込んで妨害をして居るらしい。デルタチームは合流を急げ』

 死が蔓延したラクーンシティ。米軍も動いており油断は出来ない。


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