俺ガイルとワールドトリガーとのクロスオーバーとなっております。

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ボッチトリガー

 その日、いつものように三雲修は空閑遊真と雨取千佳の訓練の付き添いで玉狛支部から本部へと来ていた。非番の時は必ず二人についてくる三雲は、二人を待つ間いつも対戦ブースのロビーで訓練生同士のランク戦だったり、たまにやってくる正隊員同士の勝負を見ていた。

 様々な対戦を見る事を烏丸に進められていた三雲は、その言葉に従い多くの対戦を見るように心がけていた。

 この日はいつもよりロビーが込み入っており、C級隊員だけではなくB級隊員、それに混じるようにちらほらA級隊員の姿があった。三雲は不思議に思いながらもスクリーンに目をやると、どうやらA級隊員同士が対戦しているらしくその様子をこれだけの人数が見に来ていたようだ。周りから洩れてくる噂話によれば十本勝負らしく、一回目の判定が出てない事を見ればいま始まったばかりだと分かった。

 三雲の見るかぎり二人とも互角の勝負をしているように見えていたのだが、その均衡が徐々に崩れ始め片方が攻撃をくらうようになって来た。一度体勢を崩されそのまま体勢を立て直すことができず、首を狙ったスコーピオンをガード出来ずに緊急脱出してしまった。

 それから十本、同じように体勢を崩されてからの急所に一突きでの敗北、隙を突かれて四肢を分断されてのトリオン漏出過多での敗北で、片方は一勝もできずに勝負はついた。

「ふむ、強いですね」

「空閑! いつの間に」

 いつの間にか三雲の横には空閑が立っており、同じようにスクリーンを頷きながら見ていた。

「確か、七回目くらいかな」

「ならその時に声をかけてくれればよかっただろ」

「なに、真剣に見ているオサムに声をかけるのが憚られたからですよ」

「まったく……そう言えば千佳はどうしたんだ?」

 もう一人の仲間である雨取の姿がない事に気がついた三雲は空閑に聞いた。

「もう少し撃ってくるって言ってたぞ」

「そうか」

 自分も負けてられないな、とそんな決心をしたかのような表情を三雲は浮かべ、何かを思い出したような表情で空閑に顔を向けた。

「空閑、さっき強いって言っていたけど、どんな動きが良かったんだ」

 空閑に強いと言わせるくらいの動きを少しでも吸収する為に学ぶ姿は、いかにも三雲修と言う人間を表していた。

「そうだな、一番は隙の作り方が絶妙だったな。絶対打ちこんじゃダメなんだけど、勝手に体が反応して切りこむだろうね。それに気がついても、動きを止めるために少し体が固まるからそこでこっちに隙ができる。戦うとなれば始めから余裕なんてないかな」

「空閑でも勝てないのか?」

「勝てないとは言ってないよ、勝てるとも言えないけどね」

 そんな空閑の冷静な分析に、もう一度まだスクリーンに映っている戦績に目をやる。

「同じA級相手に十勝もするくらいだからすごいとは思っていたけど……」

「ん? オサム、何言ってんだ?」

 三雲の言葉に頭にハテナを浮かべた空閑が首をひねる。

「え、空閑が言ってたのは十勝した方じゃないのか?」

「違う違う、俺が言ったのは負けた方」

 スクリーンを指差して言う、

「あの、比企谷って書いている方だよ」

 

 

 

 この日、比企谷八幡は雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣に連れられて本部に来ていた。

本日は非番である比企谷は、休みを満喫する為に一日を家でゴロゴロすることに決めていた。しかし、その予定は二人の来訪と一人の妹の裏切りによってもろくも崩れ去っていった。

「おい、雪ノ下。非番くらいゆっくりさせろよ」

 腐った目を、より腐らせて文句をこぼす。

「比企谷君、前々から非番の日には訓練すると言っていたはずよ」

「あ~、そうだったか?」

「あ、まさかヒッキー忘れてたの!」

 雪ノ下と由比ヶ浜に挟まれるかたちで、比企谷は訓練室に連行されている途中だった。

「やぁ、雪ノ下さんと由比ヶ浜さん。奇遇だね」

 そう後ろから呼び止められ、怪訝そうに振り向く雪ノ下と、呼び止める声に覚えが無いのか不思議そうに振り向く由比ヶ浜の姿があった。比企谷もそれにつられて振り返ると、三人組のA級隊員がそこに立っていた。

 声は覚えが無かったが、その顔には覚えがあった。A級のランク戦で数回ほど対戦した事があるチームだった。どのランク戦も比企谷達のチームが勝利し、ランク的には下位のチームである彼等がなぜ声をかけてきたのか、比企谷には分かった。

「何かしら、私達は忙しいのよ」

 一歩前に出た雪ノ下が今すぐ消えろ、と言わんばかりの表情と声を向ける。

「いや、なに、最近君達のランクが上がってないから心配になってね」

 そんな風に、雪ノ下の態度を気にもせずに先頭の一人が口を開いて語り始めた。

「はじめの頃は順当にランクが上がっていたのにそれが停滞しているものですから、もしかしたら足手まといが居ると思ってね」

 後ろに控える二人はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、雪ノ下と由比ヶ浜を眺めていた。

「なにが言いたいのかしら」

 不快感をあらわにして問う雪ノ下と、ぶしつけな視線が嫌なのか比企谷の影に隠れるようにして状況を見守っていた。

「雪ノ下さんと由比ヶ浜さん、僕達の隊に来ませんか。君達二人がうちに入ってくれればA級トップになることができますよ」

「断るわ」

「絶対いや」

 二人は言い終わるか、言い終わらないかの時点ですでに首を振っていた。

「しかし、今の隊では足手まといである隊長の元でやっていかなければならないのは大きなマイナスでしかない。聡明な雪ノ下さんなら分かっていただけると思います」

 比企谷隊、スナイパーである雪ノ下雪乃とガンナーの由比ヶ浜結衣。それぞれが個人ランク上位の実力を持ったそんな二人の隊長である比企谷八幡は、A級個人ランク最下位である。

そんな二人を引き抜こうと、たまにこんな連中がやってくる。

「何度言えばいいのかしら、私は断ると言ったのよ。一度で分かりなさい」

「そう言わずよく考えてくれませんか」

 引き下がらない連中にイライラしてきた雪ノ下を見て、比企谷は嫌な予感をひしひしと感じていた。

「いいわ、ならあなたのところの隊長と比企谷君が戦ってみなさい。それで決めてあげるわ」

 その言葉に比企谷はため息をつき、三人組は余計にニヤリと口を歪めた。

 

 

 

 三雲達は対戦を見終わり、口々に勝手な事ばかり言いながら対戦ブースから出て行くC級とB級隊員の流れに逆らい、対戦していた二人を探してスクリーンの前まで来るとちょうどその二人がそれぞれの仲間とおぼしき人達と一緒にもめていた。

「だから私は言ったはずよ、戦った結果で決めると。別に比企谷君に勝ったらそっちの隊に入るとは言っていないわ」

「あ? 普通強い隊長が居る隊に入るだろうが!」

「つべこべ言わずさっさとこっちの隊に入りやがれ!」

 完全に三流どころの悪役の言い分だった。三人が三人とも怒りをあらわにして、欲しいものが手に入らなかった時の子供のようだった。

「うるさいわね。始めから断ると言っていたのが聞こえなかったの」

 髪の長いA級隊員が目の前の三人の態度を知ってか知らずか、煽るような言葉をなげかけていく。

「下手にでてりゃ……ふざけるな!!」

 さっきまで戦っていたA級隊員の一人が手を振り上げ、目の前にいる彼女に向かって殴りかかろうとしていた。三雲は思わず割って入ろうと体を動かすが、空閑に服を掴まれて体を動かすことができなかった。そんな空閑に戸惑いの顔を向けると、空閑は何でもない顔をして指先をその集団に向けた。

「おいおい、女性を殴ろうとするのはいただけないなぁ」

 三人組の後ろから拳を掴んで止めている迅悠一の姿があった。

「やぁ、三人とも久しぶり。実力派エリートの迅さんですよ~」

「迅、どうしたんだ?」

 迅の後ろから新たに嵐山准が不思議そうな顔をしながら近づいてきた。その状況に三人組は自分達の方が不利だと感じたのか、腕を振りほどいてその場から逃げだそうとしていた。しかし、振りほどこうとした腕はがっちり迅に掴まれ振りほどく事ができず逃げだすことができなかった。二人の隊員も隊長が逃げれずにいる状況からか、自分達も逃げるタイミングを逃していた。

「あまり他の隊にちょっかい出すのはやめた方がいい。特に、この隊にはな」

 迅は笑いながら三人に向かって忠告すると、あっさりと手を離した。それを確認してすぐさまその場から逃げ去っていく。嵐山は何があったのか把握できずそのままただ見ていた。

その際、比企谷達に向かって威嚇のつもりか睨みをきかそうと目を向けると、雪ノ下と由比ヶ浜はもう三人の事など眼中になくそれが一層に三人のプライドを傷つけ後々に復讐を受けるような条件が整っていた。例にもれず、三人はいつかの復讐を決意し、その場のプライドを守るために比企谷を見下そうと目を合わせたのがいけなかった。

 初めに死を覚悟した。

 次に自分の四肢がある事を思い出した。

 最後に自分の首がくっついている事に気がついた。

 三人が三人ともドッと汗をかき、青い顔で俯きながら全力で今すぐその場を離れたくて仕方がない様子だった。自然に歩く速度が速まり、そそくさとロビーから出ていってしまった。

「迅さん!」

「お、メガネくん。さっきの対戦は参考になるから、後で宇佐美にでも言って取りよせて貰うといいぞ」

「え、あ、はい!」

「三雲くんも来てたのか」

「嵐山さんも来ていたんですね」

「いや、ついさっき来たばかりだからなにがあったのか知らないんだ」

 迅に話を聞くより三雲に聞いた方が早いと思ったのか、嵐山は駆けよってきた三雲に話しかけた。

「えっと、すいません。ぼくも詳しくは知らないんです」

「そうか、なら迅か三人から聞くしかないかな」

「おれも気になるね」

 三雲の後から歩いてきた空閑もその集団に加わった。

 

 

 

 今の状況はなんだろう、と比企谷は頭を抱えていた。

 一応、助けられたことになる迅は良いとして、嵐山隊の隊長である嵐山に、最近話題が尽きない玉狛支部の新人二人が集まってきたこの状況、もうどさくさにまぎれて帰っても誰も気がつかないだろう、と比企谷は悟られないように一歩だけ後ずさった。

「比企谷君、どこへ行こうとしているのかしら」

「ヒッキー、逃げちゃだめだよ」

 たった一歩、それがどれだけ長い一歩だったか。

「比企谷くんだったっけ、なにがあったか教えてくれるかな」

 どうやら今この状況の中心は自分だと判断し、ため息をついて逃げるのをやめた。

 

 

「―――と、言うわけです」

 これまでのいきさつを雪ノ下が語り終え、聞いていた嵐山が背もたれに体を預け、深くため息をついた。隊員のそれも同じA級隊員がした事を思えば、嵐山の態度も頷けるであろう。

 全員ロビーの一角で座りながら雪ノ下の話を聞いていた。話し始める前に雨取が三雲達を探しにロビーに来たので、なにも知らない雨取もついでにその集団に加わっていた。

「一度ルールの見直しが必要かもしれないな」

 嵐山は一人で頷きながらどうすればいいか考えをめぐらしていた。

「あ、あの、迅さん。この方たちは……」

 恐る恐る手を上げて三雲は迅に三人の事を訊ねた。

「そうね、私とした事が自己紹介を忘れていたわ。私は比企谷隊のスナイパー、雪ノ下雪乃よ」

「あたしは比企谷隊ガンナー、由比ヶ浜結衣。よろしくね!」

 立て続けに自己紹介する二人に少し戸惑いながらも三雲は頭を下げて挨拶を返していた。A級隊員だと言うのは雪の結晶がデザインされたエンブレムで分かっていた。

「あ~、比企谷隊隊長、比企谷八幡。A級最弱だから覚える必要はないぞ」

 そういう比企谷に呆れた態度を取る雪ノ下と、少しムッとしている由比ヶ浜をしり目に空閑が口を開く。

「おまえ、つまんないウソつくね」

 唐突にそんなことを口走る空閑に、全員の注目が集まった。

「……おいおい、つまんない嘘って決め付けんなよ。てか、お前にとってつまんない嘘でも、他人にとってはつまんなくねぇ事かも知れねぇだろうが」

 比企谷は嘘をついている事を否定しなかった。ただ、嘘の質に反論があった。

「比企谷、ちょうどいい機会だからそろそろ嵐山には教えていいだろ。あと、おれの後輩であるこの三人にもな。いずれA級の上位になるぞ、おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

 事態を飲み込めない嵐山、三雲、雨取以外は少し黙り、ようやく比企谷が口を開く。

「はぁ、貸しはこれでチャラですよ」

「お、やる気になったか」

「未来永劫、俺がやる気にやることはないっすよ」

 そう言って比企谷は立ち上がりそれにつられて全員が立ちあがった。そのまま比企谷に連れられてロビーの入口にさしかかると、入口に太刀川慶と風間蒼也の二人が壁にもたれるようにして立っていた。

「……今から嵐山さんと模擬戦するんできますか?」

 この言葉は嵐山にとっても初耳な様で、隣にいる迅に何か聞いていた。

「嵐山の次は俺だぞ」

「まったく、お前はいつまでこんな事をするつもりだ」

「いつまででもですよ、風間さん」

 

 

 

 訓練室には比企谷と嵐山の二人がトリガーを起動してトリオン体で模擬戦開始の合図を待っていた。

 ブースの外では残りのメンバーがその二人を見守っていた。

 模擬戦は一回のみの一本勝負、嵐山はいつものように突撃銃型トリガーを装備し比企谷は手ぶらのまま立っていた。嵐山は比企谷の見た目から、スコーピオンを使うアタッカーだと判断し、まずは対処できる距離を保ちながら戦う事にしていた。手ぶらと言う事なら、太刀川隊の出水公平のようにシューターの可能性があるが、シューターをメインにしている隊員はほとんどおらず、いたとしたら噂になっているはずで知らないはずがないと除外していた。

 そして、模擬戦開始の合図が鳴り響く。

 

 

 嵐山は銃口を比企谷に向け動き出すのを待っていた。

 通常のトリオン兵だったり、訓練用のトリオン兵相手ならすぐさま射撃を開始していただろう。しかし、これは対人戦であり相手は初めて戦う相手だ、いくら個人ランクがA級最下位であると言えど油断はできない。

 だから、油断はしていなかった。

 故に、自分の視線が転がっている事が不思議だった。

 すぐに視線が元に戻ると目の前には比企谷の姿がなく、周囲を探すと自分の後ろに比企谷の姿があった。

 

 モニターしていた三雲達はそろって口が開いていた。

「やばいね、おれでも勝てなさそう」

 少し笑いながら空閑が呟く。その言葉で三雲と雨取は改めて目の前にいる存在がどれほどの実力を持っているのか、認識を再確認していた。

 それ以外の雪ノ下、由比ヶ浜の比企谷隊の二人と、迅、太刀川、風間は顔色を変えずに一部始終を見ていた。

「迅さん、あの人は……」

「旧ボーダー古参の一人で、現ボーダー最強の隊員だ」

 迅が口を開く前にその横にいた風間が、モニターから目を離さずに三雲の質問に答えた。

「そういう事」

 風間の言葉に迅が肯定する。

「迅、もういいだろ」

「ええ、いいですよ。太刀川さん、ついでに嵐山にこっちに来るように伝えてもらえるとありがたいですね」

 返事を聞くが早いか、太刀川はすぐさま訓練室に急いで言ってしまった。数秒も経たずモニターに太刀川の姿が現れ、比企谷から話を聞こうとしている嵐山を訓練室の外に追い出した。

 モニターではすぐにでも合図を待っている太刀川と、うんざり顔の比企谷が立っていた。さっきとは違いすぐに開始の合図が鳴り響き、太刀川が弧月を引き抜いて切りかかっていた。

「迅、彼は何者なんだ?」

 太刀川に追い出された嵐山が迅たちのもとにやってきて、迅に詰めよった。

「それは私達が説明するわ」

 さっきからずっと黙っていた雪ノ下が口を開いた。

「まず、私達二人は四年半前、比企谷君に助けられたわ。だから、私達は何があっても彼以外の人とチームを組むつもりはないのよ」

 それは、先程の事態に対しての答えだった。そして、比企谷八幡と言う人間が最弱と嘯く理由である。

 雪ノ下は語り出し、隣の由比ヶ浜はそれを静かに聞いて思い出す。

 

 

 

 比企谷八幡は四年半前、多くの人々をトリオン兵、いや、近界民から守った。その中に、雪ノ下と由比ヶ浜の二人も含まれ、その二人の周りの人々も数多く救っていた。しかし、最初の近界民侵略の最後にはボーダーに感謝する人間はあれど、比企谷個人に感謝する人間はほぼ皆無であった。

『来るのが遅い』『今まで何してたんだ』『何人死んだと思っている』極め付けが『お前が死ねばよかった』

 行くところ、行くところ、必ず言われた。そこに感謝はなく、あるのは罵倒のみ。それでも、助ける手を止めなかった。トリオン体である戦闘時の体はどれだけ傷ついても、生身の体は一切傷つくことはなかった。だが、比企谷八幡の心はこの時、完全に死んでしまった。今の比企谷だったら耐える事ができただろうが、この時はまだ中学生であり耐性ができていようもなかった。

 ようやく落ち着きを見せ復興が進む中、二人はボーダー入隊試験を受けに、ボーダー本部へ来ていた。その合格発表日、偶然にも比企谷と再会、いや、遭遇することができた。しかし、二人は声をかける事ができなかった。

 あの時とは明らかに、目の腐り具合が違っており雰囲気も声をかける事ができるような空気ではなかった。二人はただただ、その横を通り過ぎる事しかできなかった。それが、二人にとってどれほど悲しい事だったのか。

 それから二人は訓練生となり、驚異の早さで訓練生から正隊員に昇格し比企谷とチームを組める条件が整っていた。当時は今のボーダーほどまだ細かい部分のルールが確立しておらず、正隊員同士であればチームが組めていた。当時、どのチームにも所属しておらず、自分のチームも結成していない比企谷を隊長として無理やりチームを組むことに成功した。

 本当にチームを組めたのが奇跡に近く、比企谷を知る者からすれば驚愕の表情をしていたと言う。

 始めはろくに話をする事も出来ず、ただ一方的に話しかけるしかなかった。そして、あの侵略で自分達は比企谷に助けられた、と、言ってしまった。

 言ってしまったのだ。

 その目は、今にも腐り落ちるかのように濁りきり、ただ一言『もう関わるんじゃねぇ』と顔を俯かせて言い残し、ついてくるなと言わんばかりの空気を背中にまとってどこかに行ってしまった。

 チラリと見えたその表情は苦痛に満ち溢れ、二人にはその心情を推し測るべくもなくなにもできないことだけを理解させられた。

 なにもできない、と言うことは別になにもしてあげられない、と言う訳ではない。一ヶ月、二ヶ月ではない年単位で比企谷と一緒にいる事、そして同じ高校に進学する事、最初の一年では到底無理だった。だが、二年目からようやく顔を向けてくれるようになり、三年目からは軽口をたたき合えるようにまでなっていた。それでも、目は腐ったままだが二人はその目が好きになっていた。

 それからだろう、比企谷が変わってきていたのは。昔から目立つことは避けていたのだが、それがより徹底してきていた。すでにA級認定を受けていた比企谷隊は上位トップ3に入る実力を持ちながら、中盤あたりのランクを維持するようになっていた。個人総合ランクも徐々に落ち、今ではA級最下位に落ち着いていた。

 比企谷は否定するだろうが、全て二人を危険な場所に行かせないためだった。

 A級上位のチームになればなるほど、遠征部隊に選ばれる可能性が高くなる。それを比企谷は危惧していた。初めて妹以外で自分の事を心配してくれる二人を、危険な目に会わせたくなかった。

 本当に助けられたのはどちらだったのか。

 

 

 

 モニターに映る比企谷は何度も太刀川の首を狩る。

 太刀川相手だけではなく、本気で行う模擬戦全てで比企谷が自分に課せたルールである。それは自分の使うトリガーの形状に合わせたルールだ。

「嵐山、模擬戦の時あいつを見失ったんじゃないのか」

「ああ、気がついたら首が飛んでいた」

 モニターではまた太刀川の首が飛んで元に戻る。

「それ、あいつのサイドエフェクトが関わっている」

 迅は唐突にそんなことを言う。その事を知っている三人を除いた残りが迅の方に顔を向ける。

「あいつはそれを、『ステルスヒッキー』って言ってたな」

「ステルス、ですか? つまり、カメレオンと同じようなサイドエフェクトなんですか?」

「いや、それ以上だ」

 風間が再び答える。

 隠密トリガー『カメレオン』姿を消して一方的に奇襲する隠密戦闘御用達のトリガーである。ボーダーでは「隠密戦闘と言えば風間隊」と言われているが、その風間も比企谷との模擬戦でカメレオンを使った事がある。ランク的に天と地の開きがある二人だが、結果は分かる通り比企谷の勝利であった。

 比企谷のサイドエフェクト『ステルスヒッキー』とは、自分の存在を薄れさせ様々な観測対象から認識できなくする能力である。サイドエフェクトのランクで言えば特殊体質に分類され低いと言えるが、その質は上位ランクなみだった。

 カメレオンは透明になるだけで、そこに『居る』と言うことは認識できる。しかし、ステルスヒッキーは目の前に立っている比企谷を認識できないようにする。そこにいる事が分からないようになる、そんな、サイドエフェクト。

 サイドエフェクトを使用した後、鎌のようなブレードを形成し手の平から生やしたスコーピオンで首を刈り取る。

 そう説明し終えると四人が再びモニターに目をやっていた。

 いつの間にか弧月を持っている比企谷が、太刀川と打ち合っていた。その腕前は太刀川と互角かそれ以上の腕前を持っており、太刀川は比企谷の作られた隙に不用意に打ち込まないよう警戒していた。

「ま、あいつは素でも強いけどな」

 三雲は真面目な顔でその模擬戦を見つめ、空閑は少しだけ笑い、雨取は由比ヶ浜にほっぺを突かれむに~となっていた。雪ノ下がちょっと羨ましそうにしていた。

 結局それが最後の一本だったらしく、比企谷の本当にできたとおぼしき隙に切りこんだ太刀川は切り返され模擬戦は終了した。

 

 

 ブースを出た比企谷は、まっすぐ嵐山のもとに向かった。

「俺の事、秘密にしてもらえませんか」

 もちろん、嵐山は秘密にすることに決めていた。しかし、比企谷本人の言葉を聞きたかった。

「……君のような強い隊員はボーダーに必要なんだけど、なぜ秘密にしなければならないのか、聞かせてくれるかな」

「あ~俺、妹がいるんですよ。遠征部隊になったら毎日妹に会えなくなるからです」

 あ、これ以上のない説得力だ。と、嵐山を知っている者は全員そう思ったとか。

「よし、秘密にしよう。三雲君たちもいいね」

「あ、はい!」

「分かった」

「分かりました」

 それを聞いて嵐山は笑顔で頷いた。

 それから比企谷隊の三人と三雲達はそこから別れ、三雲達は訓練室を出ていった。残った比企谷隊はと言えば、

「さて、訓練するわよ」

「おい、俺もか!」

「当たり前だよ、ヒッキー」

 笑いながら訓練ブースに引き込もうとする二人から逃れようとすると、

「私達があなたを守るためよ」

「いつまでも守られる気はないよ」

 その言葉でびっくりしたような表情になり、諦めた表情になった。

「はぁ、分かったよ」

 二人に手を引かれる比企谷は少しだけ、笑っていたように見えた。

 



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