「思うんだけどさ、人間って言うのは元々孤独な生き物だと思うんだ。誰も頼らない、誰も助けない」
ーーパチン
「はい、ピンクとブラックとった。次シャマルの番な」
「でもさ、そんな人間にも一つだけ例外はあると思うんだ。つまり何が言いたいかって言うとね……」
ーーパチン
「やったわ! ブラックとレッドとホワイトをトリプルゲットよ! 次はやてちゃんどうぞ」
「……友達ってさ、いいもんだよね。困った時に助け合えるってさ、素晴らしいと思わない?」
ーーパチン
「あっ、私もブラックゲットや!
はい、シグナム」
「ああ、いや……本当はそんな話がしたいんじゃないんだ。もっと分かりやすく言うと……」
ーーパチン
「私もブラックゲットです。これでご令弟は脱落ですね」
「……みんなで俺を集中攻撃するのをやめてください……。俺に仲間はいないんですか……?」
はい、そんなわけでいきなり敗北宣言を食らっています。ちなみに俺達が今何をしているのかというと、八神家五人用特別オセロ、通称ゴセロ。
通常の白と黒の駒に加えて、赤、ピンク、グリーンが追加された姉さんの悪ふざけによる産物だ。相変わらず変なことばっかり思い付きやがって。
しかもこのゲーム、数の暴力によるイジメが可能なだけじゃなく、もう一つ恐ろしいことがある。
「それじゃあ最下位の楓は罰ゲーム決定や! みんな~」
「はいはーい! 全裸でショタコンレボリューションを踊ってもらいましょう! あっ、もちろん私も一緒に踊ります」
「いやいや、バカを言うな馬鹿。ご令弟にそんな恥知らずな真似をさせられるか馬鹿。私とかめ○め波の練習をしていただくに決まっているだろう馬鹿」
「私はシグナムの恥の定義が気になるわぁ。ヴィータは何がええと思うー?」
……そう、最下位に他の全員がよってたかって罰ゲームを与えるのだ。ザフィーラ、どうやら盾の守護獣の出番のようですよ。
「ジュース……」
「ん?」
なにやら覚悟を決めたような声をヴィータちゃんが搾り出す。
「……あたしは、ジュースが飲みたい! 飲みたいったら飲みたい!!」
「お、おいヴィータ。ジュースくらい別に今度でもいいだろう?」
「あたしは今飲みたいんだよ! だから楓、買ってきて!! 早くッ!!」
……今、もしかしたらみんなの目にはヴィータちゃんは我が儘な子供に写っているのかもしれない。
みんなで決めるはずの罰ゲームを、癇癪を起こして勝手に決めたんだからそう見えても不思議じゃないだろう。
だが俺は見た。
ヴィータちゃんの口が確か『に・げ・て』の形に動いたのを。
ありがとうヴィータちゃん。
最高だよヴィータちゃん。
君がご近所で天使だの癒しだの魔窟にさす一筋の光だのと言われてる理由がハッキリ分かったよ。
***
さてさて、ヴィータちゃんの助けもあって逃げて来たのはいいけど、これからどうしようか。家にはしばらく戻れないし、金もないし、友達もいないし。
公園にでも行くか……。……おや? あそこにいるのは
「あっ、君はあの時のフェレット落としの人」
「そう言う君はビー玉集めの子」
……いや、フェレット落としの人は無いんじゃないか。そんな渾名つけられてみろ、温厚なムリゴロウさんが修羅と化してやって来るぞ。
「……って、ああ、そういえば前は結局名前も聞くの忘れてたんだっけ。えっと、俺は八神楓。君は?」
「あ、えっと、フェ、フェイト……。フェイト・テスタロッサ」
「フェイト・テスタロッサ……なんかかっこいいね。よろしくテスタロッサさん」
「あっ……。よ、よろしく……」
ビー玉の子改め、テスタロッサさんと握手を交わす。
「それにしてもこんなところで会うなんて奇遇だね。テスタロッサさんは何してたの?」
「……テスタロッサ、さん……あっ! わ、私はジュエルシードを探してたんだ」
「あー、やっぱりまだ全部は見つかってないんだ。俺も気にしてはいたんだけど……ごめん、あれ以降は見てないや」
「そ、そんなこと! 協力してもらってるのは私だから!!」
ーーあれ、この子もしかしてすっごい良い子じゃねぇ?
普段からヴォルケンの相手をしていると、こういう穢れの無さすぎる反応をされると、なんというか戸惑う。これがシグナムならインド映画みたいに唐突に踊り狂いながらジュエルシード探しの手伝いを要求してくるのに。
「あ、そうだよ。 今日はしばらく家に戻れないんだし、俺も探すの手伝うよ!」
「えっ!? い、いいよそんなの! どこにあるのかも分からないし……」
「いいからいいから、俺にも手伝わせてよ! その……困ってる時に助け合えるのって、友達っぽいしさ」
よし。多分俺、今いいこと言った。
……と思ったら、テスタロッサさんは何故か困ったような表情でこっちを見ていた。あ、あれぇ?
「……もしかして、迷惑だったかな? テスタロッサさん」
「あっ、いや、そんなこと……あの……で、できればその……あの、でも、やっぱり……な、名前が……!」
名前がどうしたって?
「名前で、呼んでほしい……かな、なんて……そっちの方が友達っぽいし」
***
そんなこんなで二人でジュエルシード探しを始めて早くも三時間が経過していた。
フェイトちゃんと雑談を交えつつも町中をくまなく探してはいたけど、やっぱりそうそう簡単に見つかるわけも無く、結局一つも見つけることはできないでいた。
「それで、その後の調子はどんな感じ? ビー玉集めは上手くいってる?」
「あんまり上手く行ってない……かな」
「そうなの?」
「うん……。そのせいで母さんを困らせちゃったし……それに、フェレットには煽り顔で
『相ッ変わらず無駄な抵抗をするんだねキミぃ……もっと賢く時間を使ったらどうだい? ホモビデオ見るとかさぁ!!』って苛められるし……」
ジワァ……。
あ、ヤバイ、フェイトちゃんが泣きそうだ。思い出して辛くなっちゃったのか。もう涙腺決壊三秒前って感じだ。大丈夫だよフェイトちゃん、多分俺でも泣くから。
「うん……。でも、仕方のないことなんだ。私がジュエルシードも碌に見つけられないだめな子だから……。フェレットには虐められるし、母さんには叱られるし、あの子にはボコボコにされるし……どうせ私なんて……」
なんかこの子ちょっと会わない内に大分ネガティブ入ってない?
「そ、そうだ。 そのビー玉ってそもそも何なの? 確かお母さんが集めてるんだよね?」
「あ、うん。これはジュエルシードって言って、これに強く願えば願いを叶えてくれるロストロギア……えっと、つまりオーパーツみたいなものなんだ」
よし、話題逸らし成功。
それにしてもあれか。7個集めると龍が出て来てってやつか。へぇー、思ってたより青くて小さいんだなぁ。
「い、意外と驚かないんだね。信じてもらえないかと思った」
「願いを叶えるオーパーツ如きで?
ははっ、うちには既にネジが5、6本は外れてるとしか思えない本の妖怪たちがいるのに?」
「君は君で辛い人生を送ってるんだね……」
その本気で哀れむような目を止めてくれないか。俺だって分かってる、分かってるんだ。
「それにしても、願いを叶えるね……」
ということは、あのビー玉を使えば姉さんの足を治せたりするのかな?
いや、上手くいけばおまけでシグナムとシャマルの頭も治せるんじゃないか? あれ、ビー玉すごくね?
「とは言っても大抵は暴走して、おかしな結果になるんだけどね。だから楓も、もし見つけてもお願いしちゃ駄目だよ?」
やっぱり世界がそんなに優しくできてるはずがなかった。俺の人生ハードモード確定。
……ん? あそこの猫、なにかくわえてる? なんか光ってるけど、あれってまさか……
「にゃー、にゃー。……はぁ、なんで私がこんな……完全に労基違反だろ……あっ、ヤバ。にゃー、にゃー」
なんか今聞こえてはいけない何かが聞こえた気がしたんだけど……。中間管理職の愚痴みたいな……
「って! あった! あったよ!! フェイトちゃん!!」
「うそ、本当に……。あっ! 触っちゃダメだよ! 暴走する前に封印するから!」
どういう経緯で猫が愚痴ってたのか果てしなく疑問が尽きないところだけど、なんにせよラッキーだ。
フェイトちゃんが極めて慎重な手つきで猫が落としていったビー玉を封印する。なんか鎌みたいなのがどこからか出てきたけど、最近の魔法の杖ってやたらアクロバティックなデザインになってるんだな。
「やっぱり暴走するとヤバイものなの?」
「軽くこの町が壊滅するくらいには」
予想以上に物騒だった。
俺、前にそれを投げて遊んでたんどすけど……。
「でもみんな、なんでそんな危ないもの欲しがるんだろうね? 俺だったら頼まれても要らないよ」
「……母さんは、その危ない力で地球の人に迷惑がかからないようにって言ってた。ジュエルシードを解析して正しい使い方をするって」
「いいお母さんだね」
「フェレットの方は……全人類男性化計画がどうとか言ってたけど……」
「最低の畜生だね」
そのフェレット、本当にどこを目指してるんだよ。
「そうだ、今度は楓の話を聞かせてほしいな」
「……え?」
「楓の家族の話、聞きたい」
「……うちの話なんて聞いても仕方ないと思うけど」
「そんなことない。私は楓の話、聞きたいな」
そんなことある。俺は家族の話、聞かせたくないな。
……と、期待値マックスのフェイトちゃんに言えるはずもなかった。
「……家は6人家族なんだけどね、姉が一人と、あとは奇妙な人達が4人ほど……かな?」
それにしてもうちの話か……。
この前シグナムが剣道場で試合中に間違って死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! って叫んでクビになった話でもしようか。
「ぶふっふぉっ!! おふぇっ、おへっ!!」
あ、笑ってくれた。始めてみる笑顔がむせながら吹き出す姿ってのもちょっと複雑だけど。
「こ、個性的なお姉さんなんだね。でもそんなこと言ったら相手の人も傷付くかもしれないし、止めておいた方がいいと思うよ……?」
すげー。見渡せば変態ばかりのこんな世の中だけど、フェイトちゃんは常識人でした。そう、これが人のあるべき姿なんだ。笑顔で容赦なく常識を粉砕する同居人なんておらんかったんや。
「まぁ実際のところ、かなり助けられてはいるんだけどね。なんだかんだで面白い人達だし。それに実はうち、姉さんが病気してるんだけど、最近はみんなが付いててくれるから学校にいる間も安心できるんだ」
「……お姉さんのこと、大切なんだね」
「うん、たった一人の肉親なんだ。命をあげたっていい」
せっかくだし携帯を取り出して写真でも見せてみようか。双子とは言ってないからビックリするかも。
…………着信、38件……。メール62通……。
「あっ、死んだわ俺」
「えっ、死ぬの?」
とりあえずメールを古い物から順に開封してみる。
『遅いけど大丈夫? 今どこにいるん?』
『帰りが遅いので心配してます。どこなん?』
『今どこ?』
『今シグナムが罰ゲームで鼻からレヴァンティン出してます』
なにそれすっごい見たい。
***
その後、見付けたジュエルシードはフェイトちゃんに渡し、急いで家に帰ったものの家に着くころにはすっかり真っ暗になっていた。
あ、玄関の電気、消えてる……もう寝たのかな?
もしかして俺、助かるパターン?
「……おかえり、楓。随分と、遅い帰りやったな」
お父さん、お母さん、多分僕は今夜そっちへ逝きます。
「た、ただいま姉さん……」
「楓! ちょっとそこに座り!」
そのあとめちゃくちゃ怒られた。
結論、夜遊びはいくない。
次回、高町なのは、立つ