クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

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Quest7

 夕方になれば村は一気に静まり返る。

 子どものはしゃぎ回る声も聞こえなくなり、静寂が村を支配する。

 村長の持つ、カンテラの光だけが唯一の灯りだ。

 

「ここが、私の倉庫……といってもたいしたものはないのですがね」

 

 村長が扉を開け放った先には無数の金属の煌めき。

 鎧に剣、槌、斧、槍とスタンダードなものから全身鎧や布装備まで装備種ならば一通り揃っているのではないだろうか。

 

 破魔ノ剣 Rank4 術式に対する強い抵抗力を持つ片手剣。低位の術式ならば容易く裂く力がある。ただし、その性質故、所有者の術式に対しても反発してしまう。 耐久:250/250

 

 なんか明らかに凄いのまであるし……。

 Rank4かぁ。疾風の大盾も強いけどこれといった派手な効果はないしなぁ。

 もしかしたらRank4からが一種の節目なのかもしれない。

 

「おぉ! お目が高い。やはり渡りびととなると優秀な目をお持ちだ。この剣は私が冒険者時代に用いていたものでね、術式に通じない私には斬っておけば間違いないコイツは相棒のようなものだったのですよ」

「えっ、いや……あはは……」

 

 破魔ノ剣を眺めたり、軽く柄を握っていると村長の昂奮した声がボクに掛かる。それにしても、やっぱりプレイヤーの鑑定眼というかシステムウインドウは便利だ。モノの優劣や自身のステータスまですぐに分かってしまう。というかこっちの人は自身のステータスを直感というか本能で理解するらしい。そういう意味ではプレイヤーはのシステムウインドウはそれの劣化というか補助止まりなのかもしれない。

 

 そんなことを考えているとカンテラに照らされた村長の瞳に真剣な光が宿る。

 

「さて、ここまで来て頂いたのには理由があります。ここにある、私の装備、型落ちとなってしまったものも多くありますが、好きなものを持って行って欲しいのです」

 

 ……はい?

 村長って装備マニアさんなんじゃないの?

 しかもそのラインナップに破魔ノ剣とか入っているんじゃないの?

 

「なにを、という顔をしていらっしゃいますね」

「落ち着いてください。明日の朝になって後悔するのは目に見えてるじゃないですか。というかボクがそういうの、良くあります」

 

 良い気になってあげるあげるって言って次の日の朝、喪失感に苛まれるんだよ、そういうの。

 

「はっはっは。私は落ち着いています。これらの装備はですね、私の無念、いや、醜い執着なのですよ」

「執着?」

「聞いたところ、ユラくんはナイフに盾、陣術と手を変え、品を変え、自分のスタイルを模索している最中らしいですね」

「まぁ……そうですね」

 

 初心者だからね。手探りで自己を確立していくのは大事だよね。

 

「自慢っぽいですが、若い頃の私には剣の才能がありました。そして、増長した私は冒険者となったのですよ。私は寂れた村で終わる人間ではない、とね。一つの街に留まって魔物を斬り続けました。それが終われば酒を浴びるようにして呑んで安宿で泥のように眠る。これが「自由」だなどと日々謳って暮らしていました」

「……それは」

「ですが、ふと気づいたのですよ。毎日街からも殆ど出ず、近隣の討伐依頼のみをこなす、しかもなぜか私はパーティーを組もうという気も起きませんでした。私のちっぽけな才では剣だけでは限界があります。その限界に気付きながらも私はそれ以外のスキルを磨こうとも習得しようともしませんでした。ある日気づいたのです、パーティーを組もうと思わないのも、いずれ居なくなるから、――誰が? 私がです。いつだって私は駄目なら村に帰るという選択肢があった。街から出なかったのもそこそこの大きさの街の中でそこがこの村から一番近かったから。だからこそ、この装備たちは私の執着なのです」

 

Questが発生しました。

『受け継がれるもの』

このクエストを受諾しますか? Y/N。

 

 クエスト発生ウインドウを確認してボクは目を伏せる。

 この胸を占めるもやもやはなんなんだろうか。

 

「だからこそ、持って行って欲しいのです。あなたならばこれを役立てることが出来るでしょう」

 

 村長の言葉には酷くどろりとした達観というよりも諦観が込められていた気がする。だからこそ――ムカついた。無償にイライラした。ボクはクエストを受諾すると倉庫の片隅へと駆けた。真新しいソレを両手に抱え、村長の元に戻る。

 

「……これ、これが欲しいです」

「い、いや、ユラくん、それは珍しいものではなくてだね。狩人の装備の予備として置いてあるだけの――」

 

 ボクが持っているのは革鎧、ズボン、靴の三つだ。

 インベントリからボクはグレイウルフの毛皮をありったけ取り出して床に置いた。

 

「素材、足りないかもしれませんけどお返しします」

 

 ボクは手の中に収まる三つの装備に一つ一つ視線を向けていく。

 

 グレイウルフのレザーアーマー Rank2 グレイウルフの革を用いた革鎧。とても軽く、扱いやすい。耐久200/200

 グレイウルフのズボン Rank2 グレイウルフの革を用いたズボン。とても軽く、扱いやすい。 耐久200/200

 グレイウルフのブーツ Rank2 グレイウルフの革を用いたブーツ。とても軽く、扱いやすい。 耐久200/200

 

「そ、そうだ。革鎧ならもっと良いのがこっちにだね……」

「ボクはこれがいいです」

 

 ボクの言葉に村長の表情に僅かに苛立ちが混じった気がする。

 真正面から村長を見る。実際はボクが低身長なので見上げているのだが、恰好がつかないことは今は考えない。

 やがて根負けしたのか、村長が大きな溜息を吐いた。

 

「……なぜだね」

「ボクがこの世界を遊び回るのに重荷になりそだからです。だからボクは村長の面倒な過去なんて持って行ってあげません。自分で清算してください」

「……ユラくん、キミは私とは違って物わかりの良い性格だと思っていたがとんでもない。若い頃の私の数倍気が強いよ。負けん気があるというか」

「……別に、負けん気がある訳じゃないです。自分勝手で我が儘なだけです。凄く欲しいものがあれば前言撤回して持って行ってました」

 

 ふい、と目を背けながら言うと村長が小さく噴き出し、堪えきれずに笑い出した。

 いやいや、なんで笑うのさ。

 

「いやいや、いい子ちゃんよりは何倍もいい。これはこれで違った可愛げがあるものだ。そうだな、まだ全てを捨ててしまうには早かったかもしれないな」

 

 村長は大仰に笑いならがら破魔ノ剣の柄を握りながらどこか嬉しそうにそれを見つめている。

 画面の向こう側を見つめるだけなら悩むことなんてなかったのにな。難しいものだ。

 ただ、あのどろどろとした感情はもう村長からは見受けられなかった。


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