クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

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Quest51

 カシャン、カシャンと金属の擦れ合う音。

 ボクは大盾を構えながらノブをゆっくりと開いていく。

 最悪、この扉が罠でも、覚悟が出来ている分被害を減らせるだろう。

 

 半ば開いた扉の端からちらりと顔を出して扉の奥を覗きこむ。

 

 ――そこにはダンジョンとは違う土の地面が広がっていた。

 

「……へ?」

 

 喉の奥から呆けた声が出る。

 半端に開け放たれた扉にコレットが手を添えて、完全に開ききる。

 その先の光景にボクと同じように驚愕に僅かに目を見開くコレット。

 

「……外だね」

「……外だな」

 

 視線を交わし、お互いに頷く。見上げれば青空が広がっている。

 ……もしかして、これがダンジョンの終着点なのか?

 これではまるでトンネルを抜けただけのような、微妙な物足りなさというか、少しだけ寂しい気がする。

 

 少しだけ不用心気味に、扉の中に入る。

 だが、ボクはすぐに思い知ることになった。違う。違うのだ。ここは決して外などではない。

 

 そこに広がっているのは一面に広がる草花。

 力強い野草のようなものから、手入れされなければ儚く消えてしまいそうなものまで多種多様な草花の広がる、天然の植物園のような光景だった。しかも、時折草木の間を小さく、儚い光が飛び回っている。

 

 まるで誰かに守られた小さな箱庭のような――。

 

 弱い風が吹いた。

 草木が揺れるのと一緒に辺りを見渡せば、あちらこちらにこの場所に不釣合いなものがあった。

 

 扉。黄土色のものや、樹木を削りだして作ったようなもの、青やピンクのものまで様々な扉があちこちに点在している。

 

 ――そうか。ここがフィラメリアの箱庭。

 

 殆ど直感のようなものだ。だが、ある種の確信があった。

 

「なぜだろうな、どこか懐かしい気がする場所だ」

 

 風に靡いた髪を押さえつけながら、コレットが呟く。

 ……懐かしい? 一体なにがだろうか。

 

「……行ってみよう」

 

 あつらえたように伸びる小さな小道を進む。

 途中で幾つかの扉とすれ違ったので、そのノブを回してみるが、まるで鍵が掛かっているような手応えだけを感じた。

 

「これは、なんだ」

 

 コレットが呻く。小道の終着点。

 小さな池を守護するように巨大な石像、いや、ゴーレムがそびえ立っていた。

 瞳を表しているだろう鉱石に光はなく、まるで眠っているかのようだ。

 

「……千切れている。……いや、焼かれた?」

 

 触れてみる。

 ゴーレムの体には蔦が絡まっていたのか、萎れた蔦の残滓が未だに纏わりついている。だが、蔦の切れ目には千切れたような、場所によっては焼き切られたような痕が残っている。

 

 慌ててボクは一歩退く。

 ボクがゴーレムを観察していると、その瞳の鉱石が、僅かに光を湛えた気がする。

 

――来たか。七人目の選定者候補よ。……いや、おぉ、これは……既に終えているとは。導きの必要はない、か。

 

 その言葉が響くと同時、コレットが瞬時に大剣を構え、ボクの前へと出た。

 

――しゃしゃり出てくるか、魔人。貴様もさきの死する竜と同様に我に敵意を向ける獣であるか。であれば、捻り潰すぞ。此度は焼かれるような不覚は取らぬ。

 

 次に聞こえてくる声は鋭い、敵意の滲んだ声だった。

 ……捻り潰すって、コレットを?

 若干むっと来たので腰のホルダーに手を掛けながら、ゴーレムを睨みつける。

 

――む、むぅ。そう敵意を向けてくれるな、選定者よ。我は魔性に相いれぬ性質を持つ故、魔物や魔人とは相いれぬのだ。

 

 一転変わって、狼狽えながらゴーレムは謝罪する。

 ……魔性に相いれぬ性質? 善性とかカルマ値とかそういうことを言っているのだろうか。

 

「……貴方は、ここの管理者、それともこの場所を治めているんですか?」

 

――惜しいな。我はこの場所を預かっているに過ぎぬ。この場はフィラメリアの箱庭。女神の作りし守護されたる命の始まりであるからして。先の選定者候補は我を代行者などと、適当に名づけた。好きに呼ぶがいい。

 

 どうやら、ここがボクの目的地、フィラメリアの箱庭で合っていたらしい。

 

「単刀直入に聞きますが、先ほど代行者さんが言っていた選定者候補と選定者とはなんですか?」

 

――当然の疑問だな。先の者たちも皆尋ねていった。答えよう。汝は選定者、先に尋ねてきた六人は選定者候補である。汝に我が導きは必要あるまい。心の赴くままに行くがよい。

 

 ……まったく分からん。もしかして、ボクがアホなだけだろうか。

 コレットへと目を向けるが、無言で首を左右に振られた。

 

――む、分からぬか。選定者とは例えるなら100の素養を満たしたものである。だが、最初から素養すべてを満たしているものが現れるとは思わなんだ。我の役目とは素養のうち、30を保有している選定者候補に残り70の素養を満たすように導くことである。

 

「もっと分かりやすく」

 

――む、むむむ……。この場所に入るには幾らかの素養が必要だ。コップ半分の水を満たしたものに、我はコップの残りの半分の水を満たす方法を教えるのだ。

 

「もっと、もっと!」

 

――ぬぬぬ……。我はリンゴを五つ所望する。ここに入ることが出来るものはリンゴを二つ以上持っておる者だけだ。我はその者に残り三つのリンゴの在処を教えるはずだったのだ。だが、汝は最初から五つのリンゴを持ってきた! これでどうだ!

 

 ブラボー。

 なんか途中から小学生の算数みたいになっていた気がするけどやっと理解出来た。

 

「やれば出来るじゃないですか」

 

――であろう、であろう。こう見えて我はこの全ての庇護されし生命の始まりの地を守るために原初の精霊と同時期に生まれた存在であるからしてな。そこらの物言わぬ石像とは格が違うわ。……う、うむ? なにか間違っておらぬか?

 

「気のせいですよ」

 

――……くっ、汝の相手はあのなにを考えているのかもしれん蜥蜴女とは別の意味で疲れる。あの我が姿を捉えるなりやたらと腰の低くなった男も面倒であったが、渡りびととは皆このように厄介なものか。……ううむ、あの女神が創りし我が身にピッケルを突き立ておった優男だけは次に会った時にはこの拳で潰してやりたいものよ。

 

 そういえば前にどっかで聞いたな。

 一部の生産スキルは戦闘に影響を与えることがあるって。この場合、該当するのは採掘スキルあたりか。いや、そもそも部位破壊に関するスキルが存在する可能性も否めない。……いや、まぁこの辺りを考えるのは後にしよう。

 

「で、ボクたちに一体なにを期待しているんですか?」

 

――あるがままを。我はただ候補にそれぞれの指針を示すだけ。無視するも従うのも勝手だ。時が来たれば、ある者は好敵手に、ある者は剣を担う者に、ある者は途切れえぬ絆を、ある者は運命を届けるだけの旅人、ある者は幼き子に背を追われることになるやもしれん。それが記憶の片隅にでも残っていれば良い。

 

  代行者さんは淡々と、しかしどこか熱の入った口調で語る。

 

「候補になる条件ってあるんですか?」

 

――む、汝は既に条件を満たしておる。だが、その選定者たる条件、資質というのは実のこと、たいしたものではない。候補だけで言えば我はこれから数百人、数千人導くことになるやもしれぬ。箱庭の各所に点在する扉は候補を誘うだろう。この場所へと続く扉自体はそう珍しいものではないのだ。

 

 ダメだ。

 結局条件とやらは教えてもらえそうにない。もうちょっとヒントでも貰えれば条件が割り出せそうだけど。と、そこまで考えたところで、ふと足元が揺らいだ気がした。

 

「なっ、主っ!」

 

 コレットが慌ててボクの体を受け止めようとして、同じように崩れ落ちるように地面に倒れた。

 

――む、喋りすぎたか。ここは本来は生を謳歌する者ならば長居無用の場。安心せよ。これは我の不始末。安全に送り届ける故に。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「にゃ……わっと!?」

 

 一瞬意識が飛んだかと思えば、ボクはいつの間にか土塊の祭壇の入り口に居た。急なことに、あまり落ち着けていなないが、どうやらここまで飛ばされたらしい。

 周囲の冒険者たちが突如奇声を上げたボクに少しだけ胡乱げな瞳を向けてから通り過ぎて行く。

 

「……まるで化かされたような気分だ」

 

 コレットが苦虫を噛み潰したかのようにぼやくのが耳に入って、ボクは小さく頷いた。

 というか、帰されるにしてももうちょっとダンジョン探索したかったから扉の外に追い出してくれた方が嬉しかった。気が効かないゴーレムだ、とコレットに言ったらなぜか笑われた。

 解せぬ。




やや拍子抜けな感じで今章本編は終了。
次回掲示板回予定。

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