クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

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Quest5

「泥濘の陣」

 

 三メートルほど先に土色の奇怪な文様の魔法陣が広がる。

 その陣の上には一メーター弱ほどの大きさの狼の姿があった。一つ、二つ、。ボクは気配を潜めて数を数える。

 三つでボクは腰を浮かせ、草むらから飛び出して駆け出した。掌には人形からドロップしたナイフが一本。

 

 狼、【グレイウルフ】はボクを視認すると吼えた。

 そして、ボクの五つ目のカウントが終わると同時に【グレイウルフ】の体躯が魔法陣へと沈んだ。沈んだ体躯を地上に戻すべく、狼は吼える。

 だがしかし、【グレイウルフ】が体勢を整えるよりも先にボクのナイフの閃きのほうが早かった。首を掻き切った【グレイウルフ】が肉、皮、牙のドロップを残して光の粒子となって消え去った。

 

 泥濘の陣。陣術の初期術理であり、陣展開後、若干のタイムラグを置いて、相手を陣に鎮沈めることが出来る。そして、今日のボクの反省、陣術は割りとボクの意思に従って細かな調整をすることができる。これに関しては正直大きい。今日だけで陣術……というか泥濘の陣にハメるのに二桁単位で失敗した。

 理由の一つがボクの隠密能力の低さ、そしてもう一つが陣そのものである。隠密能力の低さは慣れで誤魔化せたが陣に関しては気づくまで大分時間が掛かった。一体なにに気付いたのかというと、陣の色である。。最初のボクは視認出来る位置にイメージ通りに光の線で陣を描き、それを発動させていた。だけどぶっちゃけ派手だ。イメージはしやすいのだが派手だ。他の陣でならば光で描くのは調整が効いて便利だけれど泥濘の陣だけは別だ。陣で奇襲をかけるならばバレないことが第一、大地に似せた保護色のような色にすることが大事だ。そういう意味なら泥濘の陣を陣術の初期術理にした運営は相当意地が悪いと思う。

 

「うぅん……つ、疲れた……」

 

 こういう釣りじみた戦闘はちょっと精神的に疲れる。

 ベースレベル、つまり、ボク自身のレベルは今の戦闘で4に、陣術のレベルも4になってている。もちろんテイミングは1のままである。

 そして、ボクの今日の反省、その2、後天性スキルの取得を甘く見ていた。そこそこに短剣を振り回しているはずなのに未だにスキル取得に至らない。

 だというのにこれ、これである。

 

自衛の心得Lv2:手中の装備を用いての防御に特殊な補正を加える。

 

 なんだか凄く関係なさそうなスキルが取得出来た。しかもレベル上がった。

 陣に沈めるのに何度も失敗しては向かってくる魔物を構えながらナイフで追っ払ったり反撃決めて倒したりしていたからだろうか。スキルを取得してからは追い払うのがやたらと上手くいくようになっていた。スキルは装備できるのが十個、控えに五個までしか取得出来ないみたいだけど正直十個習得するだけでもかなり大変だと思う。というか明確なスキル取得条件が分からなくて辛い。

 

 そんなこんなで村の外周から少し離れた場所の探索を続ける。時折木陰や大きな岩の影に薬草の類が生えていれば採取をする。種類こそ少ないが、そこそこの頻度で群生地地帯を発見出来た。量は十分どころか、大分余るだろう。薬草は採り尽さないように注意されているので、半分だけを採取する。コヤツラは生命力が高いらしく、少し残っていればすぐににょきにょき生えてくるそうだ。上位の薬草は繊細なものも多く、ポーションの値段も跳ね上がるらしい。街の冒険者の間では低価格低効果ポーションがぶ飲み派閥と上位の薬草を用いたポーションの派閥の真っ二つに割れることも珍しくないとか。

 個人的にはボクなんかはポーションがぶ飲みしながらナイフなんて振り回したら吐くと思う。一体どんな体してんだろう。ポーションって体にかけてもいいんだっけ。でも正直ポーション濡れも勘弁してほしい。

 

「……ん?」

 

 ふと耳を澄ませれば草木の擦れあう音。だが、どこか風の流れに対して不自然な気がした。

 

「……ッ!」

 

 風切り音が聞こえるのと同時にボクはナイフを虚空を払うように抜いた。響いたのは金属の衝突する甲高い音。振り返ればボクの斜め後ろに一本の矢が突き刺さっていた。どうやらナイフはこの矢を僅かに逸らす程度のことは出来たらしい。というか正直に言えば自営の心得を取得してなかったらサクッと射られてたかもしれない。

 木立の隙間からマリオネットがカタカタと肩を揺らしながら這い出てくる。その数、二体。一体は長剣に大盾を持ち、もう一体は弓を両手に構えたまま近づいてくる。

 

「泥濘の陣!」

 

 騎士の足元に陣を描く。

 同時に番えられた矢がボク目がけて奔るのをボクは伏せるようにして屈んで避けた。背中を矢が駆け抜ける僅かな風が撫でて冷や汗が出る。

 気丈に振る舞おうとして睨んだボクの視線の先、マリオネットに重なるようにウインドウが現れた。

 

【マリオネットナイト】Lv8 状態:敵対

【マリオネットアーチャー】Lv9 状態:敵対

 

 【マリオネットナイト】が駆ける。それから一拍置いて、泥濘の陣が発動した。だがしかし、当然のように陣から抜け出した【マリオネットナイト】は捉えられない。

 これは良くないやつだ。というか、ボク自身のレベルが4だからレベルで言えば倍以上だ。だが、倍とはいってもいくらでもやりようはある。なによりも、レベルアップによる能力上昇は小さい。これはボク自身のステータスがレベル1時点とそれほど変わりないからだ。恐らく、このゲームに於いて、大事なのはスキルレベルとスキル自体の構成の方だ。本体のレベルというのはスキルレベルの目安や上限の現れという面が大きいのだろう。生産スキルについてはこれに限らないかもしれないけど。これはつまり、レベル1の魔物にも普通に倒される可能性があるってことだけど。というかこの自分で考えろスタイルの運営がレベルを上げてサクサク攻略なんて許すはずがなかったんだ。

 

 【マリオネットナイト】の上段からの斬り下ろしを半身になって避け、長剣の持ち手に飛び込みマリオネットの手首にナイフで突き込む。って抜けない! ナイフが突き刺さったまま抜けない! というかアーチャーがボクを狙ってるし!

 

「っ! でりゃあああ!」

 

 小さく跳躍してボクは【マリオネットナイト】の頭部に頭突きをかました。思ったより柔らかい感触。コイツ、マリオネットの癖にボクより身長が高いなんてナマイキだ。そのまま抵抗の弱まった【マリオネットナイト】を【マリオネットアーチャー】の射線上に肘打ちで押し出した。

 カァンと甲高い音を立てて【マリオネットナイト】の背中に突き刺さる一本の矢。そして膝から崩れ落ち、光の粒子と化す【マリオネットナイト】。粒子はその場に【マリオネットナイト】が用いていた緑色の涼やかな文様の描かれた大盾を残して消え去った。

 

 よし、盾ドロップ!

 なんだか一瞬、【マリオネットアーチャー】がボクを見る目に怯えが混じっている気がしたけどきっと気のせいだろう。無機物だしね。


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