ダンジョンというものには幾つもののパターンが存在するらしい。
それは例えば2DMMORPGで言うインスタンスダンジョン風のものと言えばいいいだろうか。土塊の祭壇と呼ばれるダンジョンの中では他者と擦れ違うことはない。それぞれが同じようで、別のダンジョンに潜っているのだ。
内部もそこに在るだけで、幾人もの冒険者が誘われるようにそれに挑み、飲み込まれていくような割りとありがちなスタンダードなもの。
吸血姫の館のように、大量の血を吸ったような曰く付きの場所に自然発生する、クリアによって消滅する固有のものはそう多くない。
前者のスタンダードなダンジョンは試すような機構や配置をしていることが多く、後者は最後まで一貫性がない。要するに、クリア出来るように誂えられたものと、自然と形成されたものとの差である。
土塊の祭壇と呼ばれる場所は、所謂前者の何者かの調整が入ったものの分類に入るらしい。そう、土塊の祭壇とはダンジョンだったのである。
「それでな、土塊の祭壇ってぇのはゴーレムが割りと出やがるから稼ぎとしては美味しい訳よ。あー、マナリスト鉱石って知ってるか? 装飾品やらポーションの原料にも使えるアレだ。そういった鉱石類はやっぱ需要があるからな。そいつを落とすゴーレムの類から幾ら取ってきてもそれなりに安定した金になる訳だ」
ボクに景気良く話してくれていた男は豪快に笑った。
「だからこんな場所なのにそれなりに人通りがあるんですね」
「おうよ。ちぃと腕が立つようになれば俺みてぇに一人で浅く潜って帰れるようになるからな。それでも嬢ちゃんはそこの良さげな装備した姉ちゃんが守ってくれんだろ? カカッ、俺はフェミニストだからな! 可愛い子には優しいんだ。嬢ちゃんたちも気を付けてけよ!」
「……えっ」
男は複雑な文様が刻まれた幅広の長剣の鞘を肩に預けると、笑いながらボクに背を向け、去っていく。
「……」
「主……」
そんな哀れんだような目でボクを見るな。
コレットの生ぬるい視線を早足で歩くことで振り払う。
「大分役に立ちそうな情報が手に入ったね」
「……そうだな」
慌てて追いかけて来たコレットに向けて小さく呟く。
先ほどの男性、冒険者として今回ボクたちが向かう土塊の祭壇の常連さんらしい。というか、先ほどの話を聞いてからは、ティーリアの言っていた選定者うんぬんよりも、個人的にはマナリスト鉱石が欲しい。ここでストックしておきたい。
ふと気づくと、なぜかコレットの目が右往左往している。
「……別に、さっきのは全然気にしてないからいいよ」
灯火の巫女姫の称号が付いた時点で色々諦めてたし。きっとボクはそういう星の元に生まれたんだろう。Alice関連は自業自得な気がしないでもないが。
「むしろ気にしてくれてもいいんだが。そういった劣等感と恥じらう表情と不満を浮かべる瞳は時に武器とも成り得るとも思う」
コレットは真顔だった。
これはボクがヘコんでも慰めてくれるとかそういう意味なのだろうか。
時々……いや、結構コレットは分からない。
しかし、ゴーレム。
土塊の祭壇という名前からそんな気はしていたが、そこまで苦戦はしなさそうだ。低レベルの時に対ゴーレムの経験を積んでおいただけある程度はマトモに立ち回れそうではある。いや、まぁ調子に乗ってぼこぼこにされる可能性も全然あるけど。しかし、対処法の割れている戦闘というのは結構自信があるのだ。ハムスターが滑車を回すがごとく周回プレイすることこそがボクの本領である。……まぁ、このゲームでそこまでやる機会はあんまなさそうだけど。
「どうした主、難しい顔をして」
コレットが心配そうにボクに尋ねる。そんな顔をしていたのか、ボクは。
「……ゴーレムって捕まえれられないかな」
「やめておいたほうがいい。先ほどの男がソロで潜れるダンジョンのゴーレムだ。定期的に狩られている状況下で知性が芽生えるほど力を蓄えたゴーレムも居ないだろう。そもそもの話、図体だけのデカブツなどは所詮――」
コレットはなぜか力の篭った声で一瞬で並べ立てた。
むむ、残念だ。
まぁ、どちらにせよ、ちょっとだけ気になっただけで実際そこまでして欲しい訳でもないのだが。テイミングし過ぎて獲得経験値をこれ以上減らされても困るし。ただでさえ、コレットを使役魔物にした時点で半分になっているのだ。というか、この半分の経験値は能力制限の入っているコレットにきちんと蓄積されているのだろうか。どっか虚空に消えているとかだと虚しいものがある。
幾らか切り開かれた小道を進む。
途中で何組かの険者とすれ違ったので軽く会釈をしておく。
この辺り出会ったのはNPC七割、渡りびと三割といったところだろうか。やはり、土塊の祭壇は狩場としてはそれなりに有名なのかもしれない。というか、ボクでもそれなりに進行早いと思ってたけど他の渡りびとも早いな。急いでいる訳ではないが、微妙に悔しい気がしないでもない。
◇
「……ここかぁ」
それは土塊の祭壇と言うに泥臭い名前の割りには些か清廉な気配を感じさせるものだった。
端的に言えば巨大な台座だろうか。
灰色の台座の上へと一人、また一人と足を踏み入れていく。足を踏み入れた瞬間、台座が淡く発光し、その上に居た人々が掻き消えるように居なくなった。
他のゲームではポータル、この世界で見たもので言えばワールドゲートが近いかもしれない。少なくとも、なんらかの目的や意図を以って生み出されたダンジョンであることは間違いなさそうだ。
「しかし、人が多いな。ゴーレム素材は確かに有用だがこれほどか……」
コレットは頬を引き攣らせる。
元々コレットは人嫌い……とまでは言わないが、積極的にコミュニケーションを取ろうとしない。数秒に一度台座の上から人が消えたり現れたりを繰り替えす光景には余り良い印象を抱けないようだ。
逆にボクはオンラインゲームにおける交流所のようになっている台座付近には些か懐かしさすら感じる。今なら処理落ちでキャラクターがワープとかしてる状況でも許せる気がする。
「でも、街ほどじゃないでしょ?」
「ワールドゲート周辺の混雑具合は頭一つ抜けていたからな」
「……ワールドゲート抜けてすぐコレットは真っ二つになってたけどね」
あれほどヴィジュアル的に心臓に悪い思いをすることはそうあることではないだろう。あれで臓腑をぶちまけるとか精神的に宜しくない演出が入ってたらボクは気絶してたかもしれない。
種族柄、高耐久で能力値が高くてもやっぱ死ぬ時は死ぬんだな。という教訓にはなったけど。というか、あの時は胴体から真っ二つになってたのにコレットの真紅のバトルドレスっぽいなにかが未だに無事なのはどういう仕組みなのか。コレットは気まずそうに目を背けているが、もしかしたら数字上の耐久値は結構減っているのかもしれない。……後でスイさんに聞いてみよう。
「さて、行ってみようか」
丁度人の流れが止まったので、コレットを台座の上まで引っ張って行く。
ボクが片足を台座に一歩踏み出した。
その時だった。
唐突に視界の端に紫色のウインドウが浮かんだ。
――プレイヤーネーム:ユラ。最多使用スキル「盾」。その他保有スキル6。保有称号「灯火の巫女姫」、称号強度最大。現在適用可能NPC12人。励起効果を保有するアイテムの所有を確認。アイテム適用可能NPC1人。適応値を確認。94.6%。予測最高値を確認。対象NPCを最優先で割り当てます。励起効果を保有するアイテムと該当プレイヤーを紐付けました。プレイヤー属性に選定者を付与します。
ちょ、ちょっと待って、メモかスクリーンショット取らせ――。
あ゛あ゛ぁぁぁ! ウインドウ消えたぁ!
それと同時に視界が暗転し、石で組まれた迷路のような場所に転送された。
恐らくここが土塊の祭壇におけるダンジョン部分なのだろう。……多分。
コレットがしげしげとダンジョンを観察していた目をボクへと向け、その目を見開いた。
「な、なんで主はそんな悲しそうな顔をしているんだ? この一瞬で一体なにが――」
また一つ、なにかの流れに乗り遅れた気がする。
逃した魚は大きい。いや、逃したから大きく見えるのかもしれない。
……もっかい入りなおしたらさっきのウインドウまた出たりしないかな? ……しないよね。