クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

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お待たせしました。

あらすじ
聖剣ティーリアの正体は過去の光の巫女姫の宿る一振りの剣だった。
聖剣いわく、どうやら各地にフィラメリアの箱庭なる場所へと誘われる渡りびと(プレイヤー)が現れているらしい。
せっかくだからフィラメリアの箱庭に繋がるという土塊の祭壇を訪ねてみよう。



Quest48

 泥のように意識が薄れ、霧散し、再び集結する。

 同時に、背中にやや硬めのベッドの感触が触れ、未だにややぼんやりとしていたボクの頭に刺激を与えた。

 時を経て、やや薄汚れた天井が目に映る。

 

「……ふぅ」

 

 ベッドに寝そべったまま、掌を宙に掲げ、軽く握りしめる。

 違和感はないことに小さく安堵。

 こういった、アバターの感覚を慣らすという行動はそれほど珍しいことではない。例えるなら、プールに入る前の準備体操のような。――基本的に、VRアバターは現実の肉体よりも優れた能力を持つ。……いや、リアルの方の肉体が筋肉お化けとか、そういう一部の例外を除いて。

 

「んふふー」

 

 ――声が聞こえた。どこか、聞き覚えのある声だった。

 

 ぼんやりとする頭を軽く振りながら、ボクはベッドから上体を起こす。

 若干の傷みは見受けられるものの、この吸血姫の館自体の造りは素人目のボクから見ても良いものである。

 

 コレットが他の部屋から文字通り引きずってきたボクとコレットが使う、二つのベッド。大き目のテーブルとしっかりとした造りの椅子。古ぼけた本や、中身の変色した本の眠る本棚。そして、窓から近い場所にボクが丸々一人納まるほど大きな姿見が掛かっている。最近、屋敷の中から拾ってきて、軽く手入れをしたばかりのそれは、元が上等な代物だったらしく、雑多な部屋の中でも、若干浮いていた。

 

 銀の鏡が映すのはこの世界では若干浮いた姿の少女だった。

 

 肩で切り揃えた黒の髪と同じく黒の瞳。

 真っ白なシャツと胸元で結ばれた赤のリボン。シャツの上からはブレザーを着ていた。

 少女はベッドに転がるボクから背を向けて、鏡に喰いつかんばかりに視線を向けている。

 

「……若い。これは……あれだね。もうちょっと胸を盛るべきだったか。これでもちょっと盛ってるんだけど……うーむ、どこまでも深みに嵌まっていきそうだね、これ。くぅぅ! このままタイムスリップでもして基本無料を謳った廃課金廃プレイオンラインRPGに呑まれた私の青春を取り戻せないかな」

 

 誰だこの人。

 なんか知らない学生さんが居る。

 

 ほぼ無意識に、視線で部屋からコレットの姿を探す。

 ――居ない。

 

 その時、上半身を起こしたボクの手がベッドの枠に触れてギシリ、と軋みの音を響かせた。

 

「……えっ?」

「……あっ」

 

 ボクの呆けたような声と、思わず、といった体で振り返りながら少女が声を上げるのが重なった。

 

「……」

「……」

 

 視線が重なる。同時に、少女の顔付きが鮮明にボクの目に飛び込んでくる。

 スイさん。

 スイさんだ。

 スイさん(社会人予定)だった。

 

 ――どう足掻いても顔付きがスイさんだった。

 

 同時に先ほどの言葉の意味を理解してしまう。

 ――盛ってるのか。

 なにが、とは言わないけど。……そうらしい。

 

「いや、その、こ、こんにちは!」

 

 咄嗟に捻り出した挨拶はボクが完全にテンパっていてたせいで、声のキーが外れていた。

 スイさんの瞳は濁っていた。

 濁った瞳のまま、スイさんは指先が霞むほどの速さで虚空を指先で叩いた。瞬間、スイさんが早着替えの如く、全身装備を別のもの、冒険用のしっかりとしたものへとに変えた。

 

「これは初回特別版のパッケージに付いてた選択式の特典衣装だから決して私の趣味とかそんなことは全然ないこともなかったような気がしないでもないようなないような、私の灰色の学生時代を思い出して微妙にアンニュイというか、やり直せるならやり直したいというか強くてニューゲーム的な新しいスイさんが誕生したらしいいのになとかいう思考が微妙になくもないというか、」

 

 駄目だ、完全に壊れてる。

 スイさんは虚ろな瞳のまま、ぶつぶつとなにごとかを吐き出し続ける。

 辛うじて理解出来たのはこのブレザーというか、学生服はどうやらSWOの初回盤のパッケージ特典らしい。初回特別版のパッケージってそんなの貰えたのか。ネット通販は開始五分で売り切れたとかなんとかで一時期話題になってた気がする。こういった特典は殆ど実用性のないものなので、ボクはスルーしたけれどちょっと羨ましい。

 

「なんで脱いじゃったんですか?」

「いやいやいや! だってこれ、コスプレじゃん!」

 

 スイさんはぶんぶんと手と首を振って否定する。

 別にいいような、ゲームだし。

 

「高校卒業から早数年……学生時代のボディーと学生服の組み合わせは素面に戻ると厳しいものがあるんだよ……」

「そういうものですか?」

「そういうものだよ! 巫女っちだって昔の服着たら恥ずかしくなることもあるよ!」

「昔……昔の服……青の、エプロンドレス」

「……青の、なんか言った?」

「いえ、なんでもないです」

 

 冷や汗が背中を伝う。

 どこかから過去(黒歴史)が追いかけて来ている気がする。

 あれはアリスだから許された所業だ。ユラには許されない。別にアリスだったことを後悔したこともこれからも後悔することもないだろうが、もうちょっと、あれだ。なんとかならなかったのだろうか。もうちょっとボクの心が脆かったらアリスを今に残さないために白黒問わず命を賭したアリス狩りをしていた気がする。

 

 それはともあれ、だ。

 スイさんがここ、ギルドホームに居るということはそういうこと、なのだろう。

 

「ようこそ、ギルド、「トーチ」へ。新人さん」

「もー、びっくりしたよー! 冒険者ギルドで渡りびとがマスターのギルドの勧誘申請が来てるって言われてどこだと思ったらマスター、巫女っちなんだもん!」

 

 ボクがミーアさんに頼んだのがこのことだ。

 スイさんの勧誘。だが、正直に言えばこのギルドは形だけのものになるだろう。基本的にギルドホームを共有スペースにしただけ。各々が自由に動き回り、時折ちょろちょろ一緒に遊ぶくらいに活用出来ればいい程度だ。元々この無駄に広い空間を有効活用出来ればいいというのと、あとは幾つか考えてたことがあるくらいだった。

 

「それじゃ、スイさん用の作業場でも決めますか」

「えっ、いいの?」

「ふふん、男の甲斐性です。褒め称えてくれてもいいです」

「ふぉぉ! さすが巫女っち! よっ、SWOのアイドル!」

 

 誰がアイドルだコラ。

 

「いえ、本音を言えばここの建物は結構傷んでたり、戦闘跡でそこそこ壊れたり攻略した時にボクがダメージ与えちゃったので補修してくれる人が居ると助かります」

「ちょっと待って巫女っち! 私にこれ全部補修させる気!?」

「特別扱いです。やりましたね」

 

 作業場を一つ丸々貸すんだ。それくらいはやって貰った方が後々気兼ねなく使って貰える気がした。

 

「……うぎぎ、仕方ないね。というか建物の補修って木工スキルの範囲内なのかな……というか、なんで私いつの間にかDIYすることになってるんだろ……」

 

 微妙な表情をしていたスイさんがころころと表情を変える。

 

「暇してる時はコレットをこき使ってくれてもいいですから」

「えっ、いいの?」

「……きっと、コレットも一人でここでぼんやりと過ごさせるよりはそっちの方が健康的です」

 

 ボクがそう言うと、スイさんはなぜか目を瞬かせ、それから少しだけ首を傾げた。

 

「……巫女っちって意外とコレットさんに対して優しいんだね」

「……」

 

 一瞬だけ、ボクの思考が止まった。

 

「……なんのことだか、よく分かりません」

「そうだよねー、巫女っちは自分が居ない時にコレットさん寂しくないか不安なんだよねー」

「……」

 

 にやにやと表情を崩して口元に笑みを浮かべるスイさんが憎たらしい。

 ……なんでこんなことに無駄に鋭いんだ。

 

「……なーんちゃって! やったね巫女っち! 巫女っちの思惑通りにギルドの生産スキル持ちゲットだよ!」

 

 手で頬に触れると、無駄に顔が熱いのが嫌でも分かった。

 恥ずかしくて死にたくなる。

 そうだ。ぶっちゃけてしまえばボクが欲しかったのはちょっとした賑やかしというか、暇な時にコレットに構ってくれそうな人だ。誰でもいい訳ではない。……そうだ、これは工房を探していたスイさんと生産スキル持ちを探していたボクとの利害関係で成り立つ関係だ。……と、そういうことにしておきたかったのに!

 

「んふふー、巫女っちかーわいー」

 

 からかう気満々のスイさんのその顔を見ていると無性にイラッとする。

 表情筋の緩んだ表情がなぜかコレットと重なって見えた気がした。

 

 入れ込みすぎなのは分かっている。

 ボクはプレイヤーでコレットはNPCである。

 だけど、今のボクは冒険者のユラであって、由良ではない。旅の道連れに感情移入して何が悪い。

 

「も、もういいです。ボクはコレット引っ張って行きますから」

「はいはい、じゃあ私作業場の候補決めとくー。……あ、あれ? というか、よく考えたら場所があっても設備がない……」

 

 ひらひらと手を振っていたスイさんが顔を青ざめさせる。

 

「み、巫女っち、簡易じゃない設置型の生産用の設備って一からそれなりのを設置したらどのくらいお金掛かるんだっけ……!?」

 

 顔を上げたスイさんが縋るような瞳をボクへと向ける。

 ボクは無言で小さく舌を出して部屋の外へと歩き出した。

 コレットを探しに扉を開く際にちらりと振り返るとインベントリの所持金欄を覗きこみながら真っ白に燃え尽きているスイさんの姿が目に入った。


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