クエストだらけのVRMMOはお好きですか?   作:薄いの

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Quest47

 巻き上げられた砂煙が舞っていた。それが止んだ先にはズタボロというに相応しい状態で黒ノ長剣を杖にして立つクロトさんと澄ました顔のティーリア。そして、なにをやったのか傷どころか汚れ一つないココノハさんとアマリエさん。というか、ふと気づく。馬車の走っていた街道は螺旋の軌跡に蹂躙され、ぼこぼこに歪んでいる。これでは馬車が通れないだろう。……ボクは無言で旅の扉、改め盟主の扉を呼んでおく。

 

「どうじゃ、坊。これが差じゃ。多少は諦めが付いたかの?」

「へっ、この程度どってことないだろ」

 

 クロトさんのギラギラとした瞳で睨まれ、嘆息していたティーリアの目が見開かれ、唐突に視線が泳ぐ。辺りの惨状に気付いてしまったのだろう。今は夕方だから人通りが少なくて済んでいるが、朝になれば別だ。馬車の動きがまた活発になるだろう。その時にこの破壊痕がどれだけ邪魔になるか。

 

「坊が無駄に粘るせいでち、力が尽きてしもたわ! ふん、坊よ。努々妾の言葉を忘れるでないぞ!」

「……は?」

 

 ティーリアの姿が薄れ、さくりと音を立てて聖剣が土の上に突き刺さる。

 

「そろそろ野営の準備をしなければ間に合わないな」

「そうですね。ココちゃん、先にご飯の準備始めちゃいますね」

 

 そして、ココノハさんとアマリエさんがそそくさとその場から離れていく。

 ここに来て、ようやく事態を理解したらしく、クロトさんは冷や汗を流している。

 十五分の発動時間が終わり、重厚な扉が虚空から湧き出てくる。

 ドアノブを開き、帰ろうとしたボクの肩を大きな手が掴もうとして、再びコレットに叩き落とされた。無表情で手の甲を摩(さす)るクロトさん。

 

「……ユラ、俺たち友達だよな」

「……まぁ、そうですね」

「だから明日の朝までにこの大量の穴埋めるの手伝って――」

 

 ボクは無言でインベントリからスコップを引き抜いて、地面に突き刺した。

 

「特別に貸してあげます。頑張ってくださいね」

 

 クロトさんの顔が絶望に染まるのを見届けてボクは盟主の扉を潜った。

 特に恨んではないけど今日はもう眠い。思ったより道を進めなかったな。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 翌日、盟主の扉で荒れていた街道に戻ると、昨日の惨状はどこへやら、

 若干、土の色に変化はあるものの、馬車が通っても違和感がない程度には道が整えられていた。

 

「ははは、どうだユラ、俺一人でやってやったぞ!」

 

 全身土に塗れて吼えるクロトさん。ここに一人、土木勇者が誕生した。……いや、土木勇者。なかなかいい響きだ。木の根で敵を捕えたり地割れを引き落としたりしそう。

 

「クロトくん、汗臭いです。あんまり派手に動かないでください」

「食料品には近づいてくれるなよ、クロト」

「清潔にするまでは妾には触れさせぬぞ、坊」

 

 両手を挙げてふはふはと笑っていたクロトさんが膝から崩れ落ちる。そして、ココノハさんとアマリエさんにサラっと混じっているティーリア。

 どうせこんなことになると思って汲んできた水の入った桶を二つほどインベントリを出して地面に降ろし、クロトさんに渡す。

 

「これ以上、心の傷を負う前に綺麗にしてきたほうがいいです」

「……お前って意外に面倒見いいよな」

 

 なんだか凄く失礼なことを言われている気がする。まぁ、自分の性格がいいとも思っていないからいいんだけど。クロトさんが冗談だ、と笑って桶と布を持って木々の奥へと消えていく。体を洗いに行くんだろう。……うーん、やっぱりこのインベントリは便利だ。

 

「……八:二、といったところかの」

「いや、違うな軌跡の姫。あぁ見えて、主は親しくなれば四:六にはなる」

「……いやはや、まさかそれほどの。じゃが妾は一:九が良いの。厳しさなぞ一で、九でいつも甘やかされていたいのぉ」

「いや、だが逆にそこまでこちら側に都合が良いと怪しく見えてこないだろうか?」

「甘いの、火の姫の眷属よ。悠久の時を過ごしておるとこれが居るのじゃ。純白の心、無垢なる魂とも呼べるかもしれぬ。誠に惜しい、アレで資質さえあれば……ついでに十代前半なら言うことないの。役目など放り捨てて、ほのぼのなヌルい旅がしたいのぉ……」

「……なるほど、やはりヴァンパイアとしての生というのは他人を糧として見てしまう性分もあって、人を見る目を曇らせるのやもしれんな」

「そう卑下するものではないわ。現に妾は好かんが、お主は火の姫という宝を掘り当てておる。妾から見ても、因縁さえなければアレもまた、一級品じゃろうて」

「……軌跡の姫」

「ふっ、ティーリアで構わぬわ。火の姫の眷属」

「私はコレット・テスタリア。……コレットで構わない」

 

 なんの話だ、それ。

 ティーリアとコレットが、顔を見合わせて、お互いにふっと笑う。

 この世界特有の単語や記号を使った会話なのだろうか。こういうところに少しだけ疎外感を感じてしまってちょっとだけ、本当にちょっとだけ、寂しい気がする。

 コレットは少々気難しい質だ。例え、ティーリアがボクに苦手意識を持っていても、仲良くしてくれると嬉しいと思ってしまうのは少し我が儘かもしれない。

 

「火の姫、主はちょいと寄り道をしていけ」

「寄り道?」

「……そうじゃ。主は渡りびと、それに奇特な経験を積んでおるじゃろうし、可能性はあるだろうのう」

「可能性って一体なんのことを言って――」

「――主らがゴーレムの顕れる遺跡、土塊の祭壇にはフィラメリアの箱庭に通づる道がある」

 

 フィラメリアの箱庭。一瞬思い出せなくて困惑した。

 そうだ、確かギルドで確認した眉唾ものの話だっけ。鍵を持つ選定者が扉を開くとかうんぬんかんぬん。……後でメモしておいた文書データ確認しておこう。

 

「それは、ボクが選定者だって言ってるの?」

「可能性としては、じゃな。無数の扉が存在する中で開き得る鍵の一つがお主かもしれぬ。残りの鍵となり得る渡りびとが一体どれほど居るのかは分からんがの。妾は既に何人か鍵と思われる者は見つけたぞ」

 

 既に何人か見つけた?

 ……そもそも、フィラメリアの箱庭というのは一体なんなのだ。

 思わぬところから気になる話が出てきた。――選定者には試練が与えらる。彼らはその試練とやらをもう終わらせたのだろうか。……気になる。

 

「フィラメリアの箱庭へと通ずる道自体は有名じゃ。そうじゃないか、そうじゃないかと何百年も言われてきた場所じゃて。じゃが、坊が旅をする間に、幾つかの道が開かれたことは確認しておる。開いたものは噂で聞いただけでは、屠った竜の鱗や皮を奪っては装備として纏い、あまつさえ、その死体を魂なき骨の竜として操っとるらしい、魔人なのではないかと噂されて坊が目を付けておる女の渡りびと。最近現れたという妾と同じような光の軌跡で敵を絶つという渡りびとの英雄。……なんじゃったかのぅ、パ……パ、パシリ……そう、パシリィ! そうじゃパシリィの英雄じゃ! 恐らく剣の銘か、そやつに縁のある場所がパシリィとやらなんじゃろ。……と、妾の知っとることはこのくらいかの。……恐らく、妾たちではフィラメリアの箱庭への道を開くために、渡りびとが満たしておる条件のなにかを満たしておらんのだろうの」

 

 満足気に頷くティーリア。

 どうやら、用途不明の遺跡のようなものは、この世界の各地に点在しており、珍しくもないものらしい。

 しかし、もう竜と戦っているような渡りびとが居るのか。しかも、倒した骨の竜を操る渡りびと。ちょっと、邪悪っぽいプレイスタイルだけど、一体どんな手段を用いたのだろうか。更にはパシリィの英雄だ。ボクはプレイヤー間の繋がりが酷く薄いので、そういった情報に疎いことは自覚がある。まぁ、だからといってどうこうするつもりもないのだが。

 

 しかし、それほど有名なら、これから選定者とやらは爆発的に増える可能性を秘めている気がする。この時代、情報の拡散など一瞬だ。

 

「……確かめてみようか」

 

 これで自信満々に行って、全然違ってたら……ちょっとだけ、ちょぉっとだけヘコむかもしれない。




・補足
ティーリア「……八(ツン):二(デレ)、といったところかの」
コレット「いや、違うな軌跡の姫。あぁ見えて、主は親しくなれば四(ツン):六(デレ)にはなる」
ティーリア「……いやはや、まさかそれほどの。じゃが妾は一(ツン):九(デレ)が良いの。厳しさなぞ一で、九でいつも甘やかされていたいのぉ」

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